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&setpagename(薔薇乙女も使い魔 第3部 第一話 『薔薇乙女も使い魔 禁じられた遊び…?』)
幼いルイズは屋敷の中を逃げ回っていた。
迷宮のような植え込みの陰に隠れ、追っ手をやり過ごす。
二つの月の片一方、赤の月が満ちる夜。
「ルイズ、ルイズ、どこに行ったの?ルイズ!まだお説教は終わっていませんよ!」
遠くから母の声が聞こえる。いつものように、出来の良い姉たちと比べられ、叱られて
いた。
探しにくる召使い達。皆が私の出来の悪さを噂している。
哀しくて、悔しくて、誰にも見つかりたくなくて、『秘密の場所』へ逃げ出す。
あまり人の寄りつかない、中庭の池へ。
池の周囲には季節の花が咲き乱れ、小鳥が集う石のアーチとベンチがあった。池の真ん
中には小さな島があり、そこには白い石で作られた東屋が建っている。島のほとりには、
小舟が一艘浮いていた。
ルイズは小舟の中に忍び込み、用意してあった毛布に潜り込んだ。
「泣いているのかい?ルイズ」
霧の中から声が聞こえる。
「子爵さま、いらしてたの?」
島の岸辺に現れたのは、マントを羽織った若くて立派な貴族。憧れの子爵。
つばの広い、羽付帽子に隠れて顔は見えない。
でも、帽子の下でニッコリ笑った。
島の岸辺から、そっと手を差し伸べてくる
「子爵さま・・・」
「また怒られたんだね?安心しなさい。僕からお父上にとりなしてあげよう」
ルイズは頷いて、その手を握ろうとした。
その時、風が吹いて霧が晴れた。
東屋の中に人がいた。
貴族を背後からジッと見つめる、子供の姿があった。
子供は両手に人形を抱き、背中に皮布で包んだ長剣をさしている。
みんな・・・
幼いルイズは、子供と人形達に呼びかけようとした
だが、声が出ない。誰も答えない
月明かりの下、ただ無表情にジッと貴族を見つめていた。
ルイズはさらに声をかけようとした。
やはり声がでない。体も動かない。
子爵が子供に向き、杖を構えた。
子供は手に長剣を構える。
人形達も宙に浮き、手にステッキや如雨露を持った。
やめて
ルイズは叫んだつもりだった。だがどうしても声にならない。
顔も分からない貴族と、表情のない使い魔達が、睨み合う。
「やめてっ!」
ようやくルイズは叫んだ。
だが、その叫びを合図にしたかのように、彼らは駆け出した。
人形達は貴族の杖で、一瞬で粉々に砕かれた
杖と、剣が、ゆっくりと交差する
そして互いの武器は、相手の胸を貫いて
「いやああああっ!」
ガバッ!
ルイズは飛び起きた。
はぁっはぁっはぁっ・・・
肩で息をする。布団を握りしめる手が、いや、全身が冷たい汗で濡れていた。
ルイズは外を見た。まだ夜明け前、空に光が差してきていた。
額の汗をぬぐうルイズの周りを、小さな赤と薄緑の光がクルクルと回っていた。
「ホーリエ、スィドリーム・・・大丈夫、ちょっとうなされただけよ」
「どしたい?ちょっとって感じじゃなかったぜ?」
壁に立てかけたデルフリンガーも声をかける。
「そ、そう・・・でも、もう大丈夫よ」
大きく息をつき、汗でじっとりと濡れたネグリジェを脱ぎ捨てる。ベッドを降りて、ク
ローゼットの一番下の引き出しから下着を取り出した。
「なんで・・・なんであんな夢見たのかしら・・・」
少しずつのぼていく太陽を横目に、ノロノロと服を着始める。
ぼんやりと、さっきの夢を思い出す。
そして、ふと鏡台に視線を移した。
そこには、不安げな自分の顔があった。
そんなルイズを心配するように、二つの光球はふよふよと彼女の頭上に浮いていた。
アルヴィーズの食堂には、まだ人影はまばらだ。
ルイズは自分の席に着き、ぼんやりとしていた。
彼女の目の前には二つの光球がふよふよ漂っている。
「おはよう、ルイズ」
「おはよう、キュルケ」
珍しく早起きしたキュルケと、相変わらず無表情なタバサが彼女に寄ってきた。
「今朝はどうしたのよ、いきなり悲鳴なんか上げて。おかげであたしまで目が覚めちゃっ
たわ」
「ああ、ごめん…ちょっとね、イヤな夢をみてね」
「ふーん。あんたでも悪夢なんか見るんだ」
「それくらい見るわよ」
軽く挑発したキュルケだったが、ルイズは浮かない顔でため息をついた。
二人は入り口横に置かれたテーブルを見た。イスには誰も座っていない。
「ところで、あんたの使い魔達はどうしたの?」
「あ、今はちょっと用事をいいつけててね。しばらく帰って来ないわ」
「あ~、なるほど。大好きな坊や達がいなくて寂しいんだぁ♪」
「ばっバカ言わないでよね!あんなヤツら、ちょっといないくらい・・・」
赤くなって否定したルイズだったが、その声はだんだん小さくなっていった。
「まぁまぁ、いいじゃないの。あたしだってフレイムがいなきゃイヤだもの。
・・・さっきから気になってるんだけど、それ、何?」
キュルケは、タバサがさっきからじっと見つめている二つの光球を指さした。
「ん・・・ホーリエとスィドリーム」
ルイズは、ぼんやりと二つの光球を見つめながらつぶやいた。
「えっと、名前は分かったけど、何なのそれ?」
「使い魔」
「使い魔…誰の?」
「あたしの」
「…はいぃ?」
「あたしの、というか、真紅と翠星石の」
キュルケの口があんぐりとあいた。
タバサは、目が僅かに見開いた。
「使い魔・・・あのお人形達の?」
「ええ、使い魔、だと思うわ。あたしもよく分からないけど」
ルイズは魅入られたように、宙を舞う二つの光を見つめている。
「…え~っと、それってつまり、ルイズはぁ…その光のタマを使い魔にするお人形を使い
魔にする平民の少年を使い魔にした、て…事?」
「うーん、簡単に言うとそうなるかな?」
ようやくルイズはキュルケ達に向き直って答えた。
「ぜんぜん簡単じゃないわ・・・あんたの使い魔って、どんだけ増えてくのよ!」
ルイズはアゴに人差し指をあて、首をかしげた。
「えっと~、今のところ、これ以上増える予定はないかな?」
「普通、使い魔は増えないんだけど・・・」
絶句するキュルケと、やっぱり無表情なままのタバサをよそに、ルイズはぼんやりと考
えていた。
地球の学校って、どんなのかな・・・
焼け付くような日差しに照らされたアスファルトの道路を、セーラー服と学生服の二人
が並んで歩いていた。
「みんな、ビックリしてたわね」
「まぁ、しょうがないさ。しばらくはヘンな目で見られるだろうなぁ」
「大変ね。でも、梅岡先生はとても喜んでいたわ」
「別に、そんなの関係ないよ。あれこれ気を使われて、鬱陶しいだけだ」
「そうね、しばらくは我慢ね。トリステインでも色々と注目されてるんでしょ?」
「うん。でも、いい加減慣れてきたよ。まだ油断は出来ないけどな。
そっちはクラス委員、やっと辞めれたな」
「ええ…後は、部活も辞めて、受験勉強に専念したいわ」
「受験、かぁ」
ジュンは、空を見上げた。
季節は、まだまだ夏。もくもくと天に昇る入道雲。
始業式と、二学期のクラス委員選挙を終え、ジュンは柏葉巴と帰るところだった。
「ねぇ、桜田君の家に行っていい?雛苺に会いたいの」
「…ああ、来なよ。あいつもきっと喜ぶ」
「…うん」
桜田家のリビングにはトランクが二つ、テーブルに置かれていた。
ソファーに座る巴は、雛苺を膝に乗せ、髪をすいていた。ジュンも蒼星石を抱えて、並
んで座っている。
TVはワイドショーを映していたが、見てはいない。二人とも人形達をじっと見つめて
いた。
いつも無邪気に笑っていた雛苺も、生真面目で常識的な意見ばかりを言っていた蒼星石
も、今はもう、その口を開く事はない。二人とも瞼を閉じたままだ。あれほど元気に飛び
回っていた彼らの体は文字通り、ただの人形になっていた。
「ねぇ、ハルケギニアの人形も、雛苺みたいに笑うの?」
雛苺の大きなリボンを直しながら、巴が尋ねた。
「いや、こいつ等みたいな人形は、ハルケギニアでもありえないんだってさ」
巴は、僅かな失望を含む目でジュンを見つめる。
「でも、ガーゴイルっていう、ローゼンメイデンに近いモノはあるんだ。特にガリアって
いう魔法先進国では、すごいのになると擬似的な自我を持たせた、人間と見分けのつかな
いモノもあるってさ」
「あ、それじゃぁ」
巴の表情に光がさす。
「ん~、それでもローゼンメイデンにはほど遠いと思う。やっぱり、エルフの技ってやつ
が鍵かもしれないなぁ。でも、ハルケギニアの連中って、エルフとすごく中が悪いんだっ
てさ」
「エルフまでいるんだ。本当にファンタジーの世界なんだね」
「ああ。どんな姿の連中かまでは知らないんけどな。それにオークとかサラマンダーとか
もいるし。でも、ファンタージって言うほど、夢のお伽話じゃぁないよ。現実世界なのは
地球と同じさ。なんでも魔法でお手軽解決、とはいかないな」
「そっか・・・先は長そうだね。ローザ・ミスティカも見つからないし。」
「うん。出来る事から少しずつやってくしかなさそうだなぁ」
「そう・・・」
二人はそれぞれの人形を膝に乗せて、しばらく庭を眺めていた。
TVのワイドショーでは『・・・の上空を飛び回っていた謎のトランクは、ここしばら
く目撃情報が無く、警察では単なる愉快犯という可能性を・・・』というレポートを流し
ていた。ジュンと巴は、薔薇乙女達がトランクに乗って街を飛び回っていた頃を思い出し
ていた。
今はもう、ジュンの部屋のガラスが突っ込んできたトランクで、めったやたらに割られ
る事もない。だが、そのホッとして良いはずの事実が、ジュンの胸に針を刺すような痛み
を生む。
ジュンが、ふと口を開いた。
「まずは、協力してくれそうな『治癒』の使い手を捜そうと思う」
「ああ、水銀燈が探していた件ね」
「僕たちの秘密を守ってくれて、しかも心臓移植しか助かる手が無いような病気を治せる
ような水のメイジとなると、そうそういないけど。それでもまだ、他に比べれば見つかり
やすいと思うんだ」
「あらぁ、つまんないこと覚えてるのねぇ。もう忘れてると思ってたわぁ」
二人の背後から声をかけたのは、何時のまにやら来ていた水銀燈だった。
「ああ、お帰り水銀燈。捕まえた?」
「ええ。本当に手間かけさせるわねぇ。まったく恥知らずだわぁ」
ジュンに問われた水銀燈は、ヤレヤレという感じで廊下の方を振り向いた。廊下からは
きゃーきゃーごめんなさいーだってだって私だってハルケギニア見たかったのー
ごめんかしらーゆるしてー命ばかりはお助けなのかしらー
という情けない叫び声が聞こえてきた。
そして、真紅と翠星石に廊下をズルズルと引きずられてきたのは、ツタでぐるぐるまき
にされ、薔薇の花びらと黒い羽に埋もれた金糸雀と草笛みつだった。
「なーにを考えてるですかあんた達はー!あたし達の苦労を全部パーにするですかっ!」
「おまけに、わざわざ私達が帰ってきた時を狙うなんて、悪質にも程があるわ」
「だって、だって、見つかったら怒られるかしら?」
「か、カメラマンは時には命を賭けて写真を撮るのよ!芸術に妥協は許されないの!」
「あんた達の命なんか賭けなくていいのよぉ、おバカさぁん。真面目にやんなさぁい」
真紅と翠星石と水銀燈にとっちめられる二人を見て、巴はプッと吹き出した。ジュンは
本当にこんなんでやっていけるのかなぁ、と思いつつも顔はほころんでいた。
ふとジュンと巴は目が合い、さらに二人でクスクスと笑い出してしまった。
「それじゃ姉ちゃん、みんな、行ってくるよ」
「うー、でもジュンちゃん、たった一晩しか休んでないでしょ?今日も学校で色々疲れた
んでしょ?出発は今でなくても、もう一晩休んで、土曜の朝からでも」
「ダメよ、のり。あたし達には使い魔としての役目もあるの。ルイズとの約束よ」
「そうですよぉ、その事は何度も説明したですぅ。あんのちんちくりんはスッゴイ寂しが
り屋のクセに意地っ張りなんですからぁ。あたし達がついていてやらないとダメダメなヤ
ツなんですぅ」
「うう、ジュンちゃん・・・」
ジュン達との再びの別れを寂しがるのりの肩に、ポンっと手が置かれた。
巴が真剣な顔で、首をふる。
桜田家の倉庫、大鏡の前には、彼らが初めてハルケギニアから帰還した時と同じく、何
人もの人と人形がいた。
その時と違うのは、今度はジュン達の出発を見送るために集まった事だ。
水銀燈は、相変わらず倉庫の外で背を向けている。黒い翼がパタパタとはためいてる。
水銀燈は肩越しに鏡前の真紅を睨み付けた。
「ふんっ、何をゴチャゴチャ言ってるのよ。鬱陶しいわね、さっさと行きなさぁい」
「分かってるわ水銀燈、後の事はよろしくお願いするわ」
水銀燈は悪態をサラリと返した真紅を見て、忌々しげに顔を背けた。その頬は、少しだ
け赤かった。
「それじゃ、またな」
「心配しなくても、また戻るわ」
「あたし達がいなくてもしっかりしやがれですよー!」
輝く鏡面の中へ消えていく三人の背に、激励の言葉が贈られる。
「ジュンちゃーん!体にだけは気をつけるのよー!」
「頑張ってね。こっちの学校の宿題は任せてね」
「しっかり勉強するんじゃぞ、ジュン君。蒼星石を頼むぞい」
「あの、あの!向こうの写真、沢山取ってきてね!そのデジカメ小さいけど、メモリーは
8Gだからムービーも沢山入るからね!」
「頑張れかしらーっ!悪い魔法使いなんかに負けたら許さないかしらー!」
光の波が広がる異空間への扉は、ただの鏡へと戻っていった。
「頑張ってと言われてもなぁ。何からやったもんだろ」
「おいおい、しっかりしろよなぁ」
トリステイン魔法学院の早朝。
ちらほらと朝食に向かう貴族達を遠目に眺めつつ、広場でジュンは途方に暮れていた。
背中に皮布で包まれたデルフリンガー、腰にナイフ。服装は、先日街でデルフリンガー
を買った日に一緒に買った小姓の服。人形達やルイズはいない。
珍しく一人で行動しているジュンの姿に気付く貴族もいたが、特に気にするでもなく食
堂へ歩いていく。
今はもう学院の中にジュンを知らない者はいないので、不審に思われる事はない。武器
を身につけていれば、ルーンの力で少々の危険からは自分で身を守れる。ルイズや真紅・
翠星石も学院内にいるので、すぐに駆けつけれる。何より、『巨大ゴーレムと戦える剣技
を持つ平民』『マジックアイテム使いの少年』として知られたため、無意味に挑発される
事もないだろう。学院から出れば、小姓の服を着た彼は、どこかの貴族に奉公する平民の
少年にしかみえない。
そんなわけで、ようやくジュンも一人で堂々と行動出来るようになった。なので、朝の
着替え中なルイズの部屋から逃げてきた。
ジュンはストレッチをしながら、朝メシまで何しようかなぁ~っと考えていた。
「うーん、朝メシまで時間あるけど、今できる事は・・・」
ふと目を横に向けると、朝食の準備をするメイド達がいた。
「よし、仕事手伝うついでに情報収集」
「おめーさんは真面目だねぇ」
ジュンは厨房へ行く事にした。
「まさか・・・ホントにあるんですか?」
「ええ、『竜の羽衣』って言うの。地元の皆は、えと、タルブっていう村で、ラ・ロシェ
ールの向こうにあるんだけどね。寺院に飾って拝んでるのよ」
「おいおい、いきなりだな」
ジュンは食堂の皿を並べるのを手伝いながら、シエスタに、何か珍しそうな『秘宝』を
知らないか尋ねていた。コルベールから頼まれた『異世界召喚物探索』について、軽く学
院の人々から情報を集めるため、とりあえず学院の人々の中で一番話しかけやすいシエス
タに尋ねてみたのだった。
だが、いきなり『秘宝』の情報が出た。
「それって、どんな秘宝なんですか」
「えっとね、それを纏った者は空を飛べるっていうんだけど…まぁ、ぶっちゃけインチキ
よ。ひいおじいちゃんは、あっと、『竜の羽衣』を持ってきたのは、あたしのひいおじい
ちゃんなんだけどね。飛んでみろって言われても飛べなかったんだもの」
「なーんだぁ」
高価そうな花瓶に色とりどりの花を挿しつつ、ジュンはがっかりした。
「まぁそんなもんさ。お宝なんて、そじょそこらに転がってるもんかよ」
デルフリンガーの意見は、とってももっともだった。
だがジュンは花の配置を整えながら、せっかくの情報だし少し詳しく聞いてみよう、と
考え直した。
「あの、それってどんな形なんですか?」
「え?えーっとね、すっごく変わった形をしているの、あのね…」
と言ってシエスタは、花瓶の水を少し手につけて、水で秘宝の形を描いてみた。
だんだんと形になる『竜の羽衣』を見たジュンは、次第に目を見開き、最後には絶句し
た。
「あのっ!これ、今でもあるんですか!?」
「え?もちろんあるわ。父が管理してるの。固定化の魔法もかけてあるのよ」
「見せて下さい!ぜひ、急いでお願いします!」
唐突に頭を下げたジュンにシエスタは驚き、だが何故か哀しそうに目を逸らした。
「う…ん、みせてあげれればいいんだけど…ちょっとすぐには無理だと思う」
「あ、すいません。それほど急いでませんから、いずれ暇が出来た時でいいですよ」
「あ、あの、そういう事じゃなくて…」
シエスタは、うつむいて唇を噛み、苦しそうにつぶやいた。
「あたし…ここを辞めるの。モット伯のところで奉公することになったの…」
それだけ言って、シエスタはトボトボと厨房へ去っていった。
ジュンは、何も言えず彼女の背中を見つめていた。
「辛いねぇ、シエスタも」
ジュンに声をかけたのは、籠いっぱいのフルーツを抱えたローラだった。
「あの子、あのモット伯に目をつけられてねぇ。可哀想に…おっと、子供に言う事じゃな
かったわね」
口を手で塞いだローラは、さささっとテーブルに果物を置いていく。
「目をつけられて…デル公、もしかして」
「ああ、ボウズの想像通りだろうさ。貴族に泣かされるのは平民の常だけどよ。むごいわ
なぁ」
ジュンはハルケギニアの身分制度に対する怒りと悔しさで、肩が震えそうになる。だが
同時に、モット伯という名に引っかかるモノを感じた。
彼はルイズの部屋に戻った。
――ルイズの部屋 翠星石・ルイズ・真紅
「え~っとですねぇ、モット伯…確かに聞いたですねぇ。ルイズ、分かりますかぁ」
「ええ。王宮の勅使として時々トリステイン魔法学院に来てるわ。平民の若い娘に目を着
けると自分の屋敷に買い入れてる、ドスケベな中年貴族よ」
「でも、私やジュンはそんな事知らないわ。なのに名前は覚えてるのよね…なんだったか
しら?」
頭を捻った彼らは、ふと隣の部屋を見た。
――キュルケの部屋 キュルケ
「ああ、モット伯ね。ほら、『召喚されし書物』を欲しがってたっていう貴族よ。書物コ
レクターなの」
ルイズ達は顔を見合わせた。
――アルヴィーズの食堂 コルベール
「なるほどなるほど、そういう事ですか!では、私からモット伯に話してみましょうぞ。
急いでモット伯に連絡しましょう」
ルイズ達はコルベールに頭を下げた。
――教室前 コルベール
「先ほど返答がありましたぞ、申し出に応じてくれましたぞ!」
ルイズ達は明るい顔で、キュルケを探した。コルベールも一緒に。
――本塔バルコニー キュルケとタバサ
「え?あの本ならオールド・オスマンが資料にって」
ルイズ達もコルベールも呆れ果てた。
――学院長室 オールド・オスマン
「いやじゃいいやじゃい!これは、大事な研究資料なんじゃー!」
「えーい!恥を知りなさい!」
オスマン氏は、エロ本をコルベールに奪われた。見苦しい学院長の姿に、ルイズ達も、
キュルケも、冷たい視線を送った。タバサは半泣きの老人を指さし、「セクハラ」とつぶ
やいた。
――モット伯邸執務室 モット伯
「おお!これだよコレッ!うむ、感謝しよう。約束通り、シエスタは諦めるとしよう」
ルイズ達は胸をなで下ろした。同時に、スケベなオヤジがエロ本をニヤニヤ読んでる姿
を、ルイズ達もコルベールもキュルケも、彼らを風竜で乗せてきたタバサまで、白い目で
見ていた。
――――そして、次の日の朝。学院正門前
「それじゃ、いきましょー」
「ボウズの事はまかしときな」
「では、タバサどの。頼みましたぞ」
「うわあああ、すっごおい、あたし、竜の背中に乗ってるぅ~!」
いつものように本を読むタバサと、デルフリンガーを背負ったジュンと、コルベールと
シエスタを乗せて、ルイズと人形達とキュルケに見送られて風竜は翼を広げた。
「ああんもう!なぁんであたし達は居残りなのよう」
「しょうがないでしょ、キュルケ。私達は授業があるんだから」
「だってタバサはどうなのぉ~特例だなんてずるーい!」
残されたキュルケとルイズは不満げだ。そして真紅と翠星石は不安げだ。
「一人で大丈夫ですかねぇ?あのチビだけじゃ不安ですぅ」
「まぁデルフリンガーもいるし、ルーンの力もあるし、大丈夫とは思うわ。それに、狙わ
れるとすればあたし達ローゼンメイデンの方よ。あたしと翠星石が離れるのは危険だわ」
「うう~でもですねぇ~」
そんな彼らの想いをよそに、風竜は飛んでいった。
そして、タルブの村――――
素朴な小さな村。上空から見ると、広大な草原が海のようで美しい。
そんなありきたりな村に、ありえない程場違いな建物が見えた。上空からでも一目で分
かるほど、ありえない。
このハルケギニアにしめ縄と鳥居なんて、絶対あり得ない。なのに、あった。
『竜の羽衣』は、明らかに和風な寺院の中に鎮座していた。
ジュンは、その姿に驚愕した。シエスタからの話で予想はしていたが、まさかコレだっ
たとは。
「これが『竜の羽衣』ですな!?これが飛ぶのか!はぁ!素晴らしい!」
「これは、飛行機です。いえ…信じられないけど、これはゼロ戦って言います。僕たちの
国の、空を飛ぶための道具ですよ。
まさか、セスナとかじゃなくて、これだったのか…」
「へぇ~!それじゃ、ジュンさんとあたしって、同じ国の血が流れてたのねぇ」
「いやまったくおでれーた!奇遇も奇遇、しんじらんねーな~」
ゼロ戦が、くすんだ濃緑の機体が作られた当時のままに、静かに佇んでいた。
コルベールが、うーむ見た事もない金属だ翼は羽ばたかないのかうーむ、と唸ってる。
タバサはやっぱり無表情で無言だが、興味があるらしく機体をじっと見ている。
ジュンが機体に触れると、左手の包帯から光が漏れる。
なるほどな、これも確かに『武器』だよな
ジュンは感心しながら、機体をなで続ける。
中の構造、操縦法が、ジュンの頭の中に鮮明なシステムとして流れ込んでくる。僕はこ
れを飛ばせるんだ、と理解した。
燃料タンクを探し当て、そこのコックを開いてみた。なるほど、案の定そこはからっぽ
だった。どれだけ原型を留めていても、ガス欠じゃ飛ばす事は出来ない。
「そ!それではジュン君!さっそくこれを飛ばして見てくれんかね!?」
コルベールが手を興奮で振るわせながら、ジュンににじり寄ってくる。ジュンは困った
ように頭をかいた。
「いえ、これを飛ばすにはガソリンがですね。えと、ほら、この前研究室でぴょこぴょこ
とヘビの人形が動いてたでしょ?」
「愉快なヘビ君の事かね?」
「油で動かしてましたよね。あれが、いえ、あれとはまた違ったガソリンというのが必要
なんです」
と言ってジュンは燃料タンクのコックから、コルベールに臭いをかいでもらった。
「この中に、ほんのちょっとだけどガソリンが残ってるようです。これを…樽五本分くら
いあれば。まぁ、これが壊れてなければ、ですけど」
「おお、そう言う事か!なに、大変そうだが、必ず練成して見せよう!それにしても、僅
かな量が暖められもせずにこれだけ臭うとは、相当の爆発力だな…これだけでも素晴らし
いというのに…それに翼の風車を回転させるという発想は…ううむ…」
コルベールはもう、ゼロ戦に釘付けだ。
「なぁ、ジュンよ」
「なんだいデル公」
背中のデルフリンガーがつぶやいた。
「このままほっとくとあのハゲ、ゼロ戦とやらをバラバラにしちまうかもな」
コルベールは、ベタベタと機体に触りまくり、舵面をキコキコ動かし、プロペラを回そ
うと
「ちょ、ちょっと先生!あの、今日はこれくらいにして、どうやって学院に持ち帰るか考
えましょうよ」
「え?あ、いや、でももう少しだけ」
「あの~これはシエスタさんちの家のものですから、まずはシエスタさん家のご主人に言
わないと」
「う~うむ、そうですな。ではシエスタさん。君のお父さんに会わせてもらえますか?」
「はい、承知しました。おそらく父も快く譲ってくれると思いますわ」
村の共同墓地。
白い石で出来た幅広い墓石が並ぶ中に、黒い直方体の墓石があった。
「これですよ、旦那様方。この墓は生前、祖父さまが自分で作ったモノです。この墓碑銘
を読めた者に『竜の羽衣』を渡せと言う遺言でした」
シエスタの父に連れられて、コルベール達は共同墓地へ案内されてきた。
ジュンは墓石の前に座り、手を合わせ目を閉じた。
デルフリンガーが不審そうに尋ねてくる。
「んー?ジュンよ、そりゃ何の呪いだ?」
「僕の国の、日本でのお参りの仕方なんだ」
目を開けたジュンは墓石を読む。
「海軍少尉佐々木武雄 異界ニ眠ル・・・日本語だ。あの、この人はいつ頃亡くなられた
んですか?」
「ん?じーさんが死んだのは、もう随分前だよ。うーん、何年くらい前だったかなぁ」
「いや、いいですよ。間に合わなかったのは同じなんだし」
「ジュン君…故郷が懐かしいのかね?」
「いえ、そういうわけじゃないんですよ。ただ、会えれば…と思って」
コルベールが気遣ってくれるのはジュンも分かっていた。タバサも黙ってジュンを見つ
めている。だが、まさか『すいません、昨日自宅に帰ってました』とは言えない。
佐々木武雄が死ぬ前に会う事が出来れば、地球に連れて帰れたのに。そう思ってシエ
スタの父に尋ねたジュンだったが、もはや意味のない考えと思い直した。
「ともかく読めましたから、『竜の羽衣』は持ち帰っていいですね?」
「ああ、構わんよ。どうせ管理費も高くて困ってたし」
「ではついでに、形見の品を見せて頂けませんか?僕の国のやり方で供養しようと思うん
ですが」
「ふむ、どれでも持って行ってくれて構わんよ。同じ国から来た人になら、じーさまも喜
ぶだろうよ」
一行はシエスタの家に戻る事にした。ジュンは『地球から新たに持ってきたデジカメと
かは、この佐々木さんの遺品やゼロ戦の中にあったモノなんだよー、て言う事にしよーっ
と。これでかなり自由に地球からの品を持ってこれるぞ。しめしめ…』とか考えて、ほく
そえんでいた。
夜
今夜はシエスタの生家で泊まる事になった。
こんな村で貴族を迎えるなどめったにないし、その後シエスタから詳しい経緯を聞いた
シエスタの父は『そ、そんな事情だったとはつゆしらず、娘の恩人に対して無礼の数々、
平にお許し下さい!』とコルベールに平身低頭して恐縮しまった。
ぜひ村長の家で村を挙げての歓迎会を、と村長まで挨拶に来たが、ジュンもコルベール
もタバサも、騒がしい事は望まなかった。
シエスタの家で歓迎の夕食を囲み、シエスタ達八人兄弟と父母を紹介された。久しぶり
に家族に囲まれたシエスタは幸せそうで、楽しそうで、ジュンは羨ましくなった。
最後に家族がみんな揃ったのって、いつだったろう
ジュンの周りには、以前とは比較にならないほど沢山の人がいる。
姉ののり、真紅、翠星石、ルイズ、幼なじみの巴、金糸雀、草笛さん、水銀燈・・・
なのに何故か、ずっと会っていない両親の事が思い出される。
ふとジュンは横のタバサを見た。
いつもと同じ、無口で無表情。なのに、何故だろう、自分と同じ目をしている、いや自
分より遙かに寂しく暗い目だ、ジュンはそう感じていた。
「おっほん。二人とも、故郷からも家族からも遠く離れて寂しいとは思う。だが、今は学
院で、仲間達に囲まれておるのですぞ。決して寂しいだけの毎日ではないことを忘れては
いけませんぞ」
「そーだぜ。第一ボウズ、おめーにゃあんな可愛いご主人様までいるじゃねーかよ」
二人に気を使って、コルベールと、壁に立てかけられたデルフリンガーが励ましてくれ
る。
「そだな、うん、そーですよね。んじゃ、とにかく食べるとしましょう!」
食事に手をつけるジュン。もちろん、学院の貴族向けな食事とか、地球のジャンクフー
ドに比べれば、質素で味気ないモノばかりだ。それでも、何故かジュンにはとても美味し
く思えた。
タバサは何も言わず、黙々と食べていた。どこにそんなに入るのかというくらい。
夕食後、ジュンは村はずれに腰をおろし、草原を眺めていた。
月明かりの下、草原の中を風が渡っている。
風が吹いている所だけ草が頭を垂れ、月明かりをキラキラと反射する場所が移動してい
く。まるで波打つ海原のように、草原が煌めいていた。
デルフリンガーもシエスタの家に置き、今は腰のナイフしかもっていない。
「静か、だな」
ジュンは、久々に一人っきりになった事に気がついた。
ローゼンメイデンが来て以来、常に彼の周りには誰かがいた気がする。一人になったの
はトイレと風呂くらいだろうか。
特にハルケギニアに来てからは、真紅と翠星石と共に、ルイズの後をついていっていた
し、背中のデルフリンガーも四六時中しゃべりっぱなしだ。
「不思議だな、あれだけ一人でいたいと思ってたのに。今は一人が寂しいや」
ジュンは、草の中に大の字で寝っ転がった。
目の前には、地球の都会ではありえない星空が広がっている。
「どこに行ったかと思ったら、ここだったのね」
声の方を見ると、シエスタが立っていた。
「あ、探しに来たんですか。すいません、勝手に外に出て」
「いえいえいーのよ。横、いいかな?」
「ええ、いですよ」
シエスタは、ジュンの横に腰をおろした。
茶色のスカートに木の靴、草色の木綿のシャツ。広がる草原のような姿だった。
なら風に揺れる黒髪は、この星空だろうか。
「あの、本当にありがとう。助けてくれて」
「こっちこそ助かりましたよ。ゼロ戦が手に入るなんて」
シエスタは、草原を見渡した。
「この草原、とっても綺麗でしょ?」
「うん…こんな広い原っぱ、生まれて初めて見たよ」
「ジュンさんの国にはないの?」
「無いよ。僕の国は山だらけ、草原はほとんど無いんだ。平地は全部街と畑だから」
「へぇ~。ねぇ、ジュンさんとひいおじいさんの国の事教えてよ」
「ん・・・と、僕の国の事、かぁ」
ジュンは、当たり障りのない範囲で、日本の事を話した。
シエスタは目を輝かせながら、彼の話を聞いていた。
「凄いなぁ。ひいおじいさんもジュンさんも、そんな国から来たんだ」
「いや、別に凄い国でもないよ。むしろ僕にはハルケギニアの方が凄いよ。特に魔法がホ
ントに」
「あら、あなたのお人形さん達って、ハルケギニアのゴーレムとかより凄いって噂じゃな
いですか。なら、ジュンさんの国の魔法の方がもっと凄いですよ。『東の世界』かぁ、凄
いなぁ、憧れちゃうなぁ」
「あー、う~…」
ジュンは、なんだかロバ・アル・カリイエについて誤った情報が一人歩きしそうで困っ
てしまった。とはいえ、次元の壁を越えて来ましたとも言えない。
「それにしても」
シエスタはジュンをじっとみつめた。
「ジュンさんって、14歳だったんですね」
「そうです・・・あの、言っときますけど、僕の国では同年代の子は、これで普通なんで
すよ。みんな大体あと数年で、もう少し、30サントくらいは伸びると思います」
そんな保証はないけれど、つい言ってしまう。
「へぇ・・・そうなんだ」
シエスタは、ジュンの顔を覗き込んだ。彼女とジュンとの間が、すすっと狭まる。
「驚いたなぁ、あたしと3つしか違わないなんて」
シエスタの瞳に、何かゆらめく焔の様なモノが見えた気がした。
「ねぇ、ジュンさん」
「は…はい、なんでしょう?」
と答えつつ、ジュンはゆっくりとシエスタから間を開けようとする。
だが、同じようにシエスタも寄ってくる。
「今、好きな人とか、いるの?」
「え?えと、その、あの、まだ、いない、はい、いません・・・」
「そっか、いないんだ・・・」
しどろもどろで、目が泳ぐ。
そんなジュンにシエスタが、ピッタリと身を寄せた。
「あ、あの、その・・・」
「助けてくれたお礼、まだしてなかったよね」
「…え?」
ジュンの上に、シエスタが覆い被さった。
細い指が少年の頬を捕らえ
しなやかな腕が彼の体に巻き付き
柔らかな胸が乱暴に押しつけられ
彼女の唇は、彼の唇と重ねられた。
二人の鼓動が、早鐘のように鳴り響く拍動が、互いに伝わる。
一瞬か、永劫か。どれくらいの時が過ぎたか、ジュンには分からなかった。
ようやく唇を離したシエスタは、硬直するジュンを熱い目で見下ろしていた。
ゆっくりと、名残惜しそうに体を離す。
「風邪、ひくわ」
シエスタに手をひかれ、ぎこちなく立ち上がるジュン。これ以上ないほど赤面して、言
葉も出ない。うつむいて、シエスタの顔もまともに見れない。
「うふふ…確か『契約』の時やってるから、まだ2度目かな?」
「う・・・」
ジュンはモジモジして、答える事も出来ない。今起きた事が、シエスタの唇の感触が、
ふくよかな胸が、からみついてきた腕が、シエスタが頭の中を駆けめぐり、他に何も考え
られなかった。
「さ、帰りましょ。・・・キスとか、したい時は言ってね。待ってるわ」
そういってシエスタは、ジュンの腕を取って家へと戻っていった。
そんな彼らを遠くから見ていた影が4つ、正しくは二人と一本と一匹。
木陰のコルベール「いいですなぁ若いって。羨ましいですぞ」
屋根の上に伏せるタバサ「ショタコン」
タバサの横に置かれたデル公「かー!情けねー。それでも男か!?最後まで行けっての!」
家の影から頭だけ出した風竜「きゅいきゅい」
第一話 禁じられた遊び…? END
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&setpagename(薔薇乙女も使い魔 第3部 第一話 『禁じられた遊び…?』)
幼いルイズは屋敷の中を逃げ回っていた。
迷宮のような植え込みの陰に隠れ、追っ手をやり過ごす。
二つの月の片一方、赤の月が満ちる夜。
「ルイズ、ルイズ、どこに行ったの?ルイズ!まだお説教は終わっていませんよ!」
遠くから母の声が聞こえる。いつものように、出来の良い姉たちと比べられ、叱られて
いた。
探しにくる召使い達。皆が私の出来の悪さを噂している。
哀しくて、悔しくて、誰にも見つかりたくなくて、『秘密の場所』へ逃げ出す。
あまり人の寄りつかない、中庭の池へ。
池の周囲には季節の花が咲き乱れ、小鳥が集う石のアーチとベンチがあった。池の真ん
中には小さな島があり、そこには白い石で作られた東屋が建っている。島のほとりには、
小舟が一艘浮いていた。
ルイズは小舟の中に忍び込み、用意してあった毛布に潜り込んだ。
「泣いているのかい?ルイズ」
霧の中から声が聞こえる。
「子爵さま、いらしてたの?」
島の岸辺に現れたのは、マントを羽織った若くて立派な貴族。憧れの子爵。
つばの広い、羽付帽子に隠れて顔は見えない。
でも、帽子の下でニッコリ笑った。
島の岸辺から、そっと手を差し伸べてくる
「子爵さま・・・」
「また怒られたんだね?安心しなさい。僕からお父上にとりなしてあげよう」
ルイズは頷いて、その手を握ろうとした。
その時、風が吹いて霧が晴れた。
東屋の中に人がいた。
貴族を背後からジッと見つめる、子供の姿があった。
子供は両手に人形を抱き、背中に皮布で包んだ長剣をさしている。
みんな・・・
幼いルイズは、子供と人形達に呼びかけようとした
だが、声が出ない。誰も答えない
月明かりの下、ただ無表情にジッと貴族を見つめていた。
ルイズはさらに声をかけようとした。
やはり声がでない。体も動かない。
子爵が子供に向き、杖を構えた。
子供は手に長剣を構える。
人形達も宙に浮き、手にステッキや如雨露を持った。
やめて
ルイズは叫んだつもりだった。だがどうしても声にならない。
顔も分からない貴族と、表情のない使い魔達が、睨み合う。
「やめてっ!」
ようやくルイズは叫んだ。
だが、その叫びを合図にしたかのように、彼らは駆け出した。
人形達は貴族の杖で、一瞬で粉々に砕かれた
杖と、剣が、ゆっくりと交差する
そして互いの武器は、相手の胸を貫いて
「いやああああっ!」
ガバッ!
ルイズは飛び起きた。
はぁっはぁっはぁっ・・・
肩で息をする。布団を握りしめる手が、いや、全身が冷たい汗で濡れていた。
ルイズは外を見た。まだ夜明け前、空に光が差してきていた。
額の汗をぬぐうルイズの周りを、小さな赤と薄緑の光がクルクルと回っていた。
「ホーリエ、スィドリーム・・・大丈夫、ちょっとうなされただけよ」
「どしたい?ちょっとって感じじゃなかったぜ?」
壁に立てかけたデルフリンガーも声をかける。
「そ、そう・・・でも、もう大丈夫よ」
大きく息をつき、汗でじっとりと濡れたネグリジェを脱ぎ捨てる。ベッドを降りて、ク
ローゼットの一番下の引き出しから下着を取り出した。
「なんで・・・なんであんな夢見たのかしら・・・」
少しずつのぼていく太陽を横目に、ノロノロと服を着始める。
ぼんやりと、さっきの夢を思い出す。
そして、ふと鏡台に視線を移した。
そこには、不安げな自分の顔があった。
そんなルイズを心配するように、二つの光球はふよふよと彼女の頭上に浮いていた。
アルヴィーズの食堂には、まだ人影はまばらだ。
ルイズは自分の席に着き、ぼんやりとしていた。
彼女の目の前には二つの光球がふよふよ漂っている。
「おはよう、ルイズ」
「おはよう、キュルケ」
珍しく早起きしたキュルケと、相変わらず無表情なタバサが彼女に寄ってきた。
「今朝はどうしたのよ、いきなり悲鳴なんか上げて。おかげであたしまで目が覚めちゃっ
たわ」
「ああ、ごめん…ちょっとね、イヤな夢をみてね」
「ふーん。あんたでも悪夢なんか見るんだ」
「それくらい見るわよ」
軽く挑発したキュルケだったが、ルイズは浮かない顔でため息をついた。
二人は入り口横に置かれたテーブルを見た。イスには誰も座っていない。
「ところで、あんたの使い魔達はどうしたの?」
「あ、今はちょっと用事をいいつけててね。しばらく帰って来ないわ」
「あ~、なるほど。大好きな坊や達がいなくて寂しいんだぁ♪」
「ばっバカ言わないでよね!あんなヤツら、ちょっといないくらい・・・」
赤くなって否定したルイズだったが、その声はだんだん小さくなっていった。
「まぁまぁ、いいじゃないの。あたしだってフレイムがいなきゃイヤだもの。
・・・さっきから気になってるんだけど、それ、何?」
キュルケは、タバサがさっきからじっと見つめている二つの光球を指さした。
「ん・・・ホーリエとスィドリーム」
ルイズは、ぼんやりと二つの光球を見つめながらつぶやいた。
「えっと、名前は分かったけど、何なのそれ?」
「使い魔」
「使い魔…誰の?」
「あたしの」
「…はいぃ?」
「あたしの、というか、真紅と翠星石の」
キュルケの口があんぐりとあいた。
タバサは、目が僅かに見開いた。
「使い魔・・・あのお人形達の?」
「ええ、使い魔、だと思うわ。あたしもよく分からないけど」
ルイズは魅入られたように、宙を舞う二つの光を見つめている。
「…え~っと、それってつまり、ルイズはぁ…その光のタマを使い魔にするお人形を使い
魔にする平民の少年を使い魔にした、て…事?」
「うーん、簡単に言うとそうなるかな?」
ようやくルイズはキュルケ達に向き直って答えた。
「ぜんぜん簡単じゃないわ・・・あんたの使い魔って、どんだけ増えてくのよ!」
ルイズはアゴに人差し指をあて、首をかしげた。
「えっと~、今のところ、これ以上増える予定はないかな?」
「普通、使い魔は増えないんだけど・・・」
絶句するキュルケと、やっぱり無表情なままのタバサをよそに、ルイズはぼんやりと考
えていた。
地球の学校って、どんなのかな・・・
焼け付くような日差しに照らされたアスファルトの道路を、セーラー服と学生服の二人
が並んで歩いていた。
「みんな、ビックリしてたわね」
「まぁ、しょうがないさ。しばらくはヘンな目で見られるだろうなぁ」
「大変ね。でも、梅岡先生はとても喜んでいたわ」
「別に、そんなの関係ないよ。あれこれ気を使われて、鬱陶しいだけだ」
「そうね、しばらくは我慢ね。トリステインでも色々と注目されてるんでしょ?」
「うん。でも、いい加減慣れてきたよ。まだ油断は出来ないけどな。
そっちはクラス委員、やっと辞めれたな」
「ええ…後は、部活も辞めて、受験勉強に専念したいわ」
「受験、かぁ」
ジュンは、空を見上げた。
季節は、まだまだ夏。もくもくと天に昇る入道雲。
始業式と、二学期のクラス委員選挙を終え、ジュンは柏葉巴と帰るところだった。
「ねぇ、桜田君の家に行っていい?雛苺に会いたいの」
「…ああ、来なよ。あいつもきっと喜ぶ」
「…うん」
桜田家のリビングにはトランクが二つ、テーブルに置かれていた。
ソファーに座る巴は、雛苺を膝に乗せ、髪をすいていた。ジュンも蒼星石を抱えて、並
んで座っている。
TVはワイドショーを映していたが、見てはいない。二人とも人形達をじっと見つめて
いた。
いつも無邪気に笑っていた雛苺も、生真面目で常識的な意見ばかりを言っていた蒼星石
も、今はもう、その口を開く事はない。二人とも瞼を閉じたままだ。あれほど元気に飛び
回っていた彼らの体は文字通り、ただの人形になっていた。
「ねぇ、ハルケギニアの人形も、雛苺みたいに笑うの?」
雛苺の大きなリボンを直しながら、巴が尋ねた。
「いや、こいつ等みたいな人形は、ハルケギニアでもありえないんだってさ」
巴は、僅かな失望を含む目でジュンを見つめる。
「でも、ガーゴイルっていう、ローゼンメイデンに近いモノはあるんだ。特にガリアって
いう魔法先進国では、すごいのになると擬似的な自我を持たせた、人間と見分けのつかな
いモノもあるってさ」
「あ、それじゃぁ」
巴の表情に光がさす。
「ん~、それでもローゼンメイデンにはほど遠いと思う。やっぱり、エルフの技ってやつ
が鍵かもしれないなぁ。でも、ハルケギニアの連中って、エルフとすごく中が悪いんだっ
てさ」
「エルフまでいるんだ。本当にファンタジーの世界なんだね」
「ああ。どんな姿の連中かまでは知らないんけどな。それにオークとかサラマンダーとか
もいるし。でも、ファンタージって言うほど、夢のお伽話じゃぁないよ。現実世界なのは
地球と同じさ。なんでも魔法でお手軽解決、とはいかないな」
「そっか・・・先は長そうだね。ローザ・ミスティカも見つからないし。」
「うん。出来る事から少しずつやってくしかなさそうだなぁ」
「そう・・・」
二人はそれぞれの人形を膝に乗せて、しばらく庭を眺めていた。
TVのワイドショーでは『・・・の上空を飛び回っていた謎のトランクは、ここしばら
く目撃情報が無く、警察では単なる愉快犯という可能性を・・・』というレポートを流し
ていた。ジュンと巴は、薔薇乙女達がトランクに乗って街を飛び回っていた頃を思い出し
ていた。
今はもう、ジュンの部屋のガラスが突っ込んできたトランクで、めったやたらに割られ
る事もない。だが、そのホッとして良いはずの事実が、ジュンの胸に針を刺すような痛み
を生む。
ジュンが、ふと口を開いた。
「まずは、協力してくれそうな『治癒』の使い手を捜そうと思う」
「ああ、水銀燈が探していた件ね」
「僕たちの秘密を守ってくれて、しかも心臓移植しか助かる手が無いような病気を治せる
ような水のメイジとなると、そうそういないけど。それでもまだ、他に比べれば見つかり
やすいと思うんだ」
「あらぁ、つまんないこと覚えてるのねぇ。もう忘れてると思ってたわぁ」
二人の背後から声をかけたのは、何時のまにやら来ていた水銀燈だった。
「ああ、お帰り水銀燈。捕まえた?」
「ええ。本当に手間かけさせるわねぇ。まったく恥知らずだわぁ」
ジュンに問われた水銀燈は、ヤレヤレという感じで廊下の方を振り向いた。廊下からは
きゃーきゃーごめんなさいーだってだって私だってハルケギニア見たかったのー
ごめんかしらーゆるしてー命ばかりはお助けなのかしらー
という情けない叫び声が聞こえてきた。
そして、真紅と翠星石に廊下をズルズルと引きずられてきたのは、ツタでぐるぐるまき
にされ、薔薇の花びらと黒い羽に埋もれた金糸雀と草笛みつだった。
「なーにを考えてるですかあんた達はー!あたし達の苦労を全部パーにするですかっ!」
「おまけに、わざわざ私達が帰ってきた時を狙うなんて、悪質にも程があるわ」
「だって、だって、見つかったら怒られるかしら?」
「か、カメラマンは時には命を賭けて写真を撮るのよ!芸術に妥協は許されないの!」
「あんた達の命なんか賭けなくていいのよぉ、おバカさぁん。真面目にやんなさぁい」
真紅と翠星石と水銀燈にとっちめられる二人を見て、巴はプッと吹き出した。ジュンは
本当にこんなんでやっていけるのかなぁ、と思いつつも顔はほころんでいた。
ふとジュンと巴は目が合い、さらに二人でクスクスと笑い出してしまった。
「それじゃ姉ちゃん、みんな、行ってくるよ」
「うー、でもジュンちゃん、たった一晩しか休んでないでしょ?今日も学校で色々疲れた
んでしょ?出発は今でなくても、もう一晩休んで、土曜の朝からでも」
「ダメよ、のり。あたし達には使い魔としての役目もあるの。ルイズとの約束よ」
「そうですよぉ、その事は何度も説明したですぅ。あんのちんちくりんはスッゴイ寂しが
り屋のクセに意地っ張りなんですからぁ。あたし達がついていてやらないとダメダメなヤ
ツなんですぅ」
「うう、ジュンちゃん・・・」
ジュン達との再びの別れを寂しがるのりの肩に、ポンっと手が置かれた。
巴が真剣な顔で、首をふる。
桜田家の倉庫、大鏡の前には、彼らが初めてハルケギニアから帰還した時と同じく、何
人もの人と人形がいた。
その時と違うのは、今度はジュン達の出発を見送るために集まった事だ。
水銀燈は、相変わらず倉庫の外で背を向けている。黒い翼がパタパタとはためいてる。
水銀燈は肩越しに鏡前の真紅を睨み付けた。
「ふんっ、何をゴチャゴチャ言ってるのよ。鬱陶しいわね、さっさと行きなさぁい」
「分かってるわ水銀燈、後の事はよろしくお願いするわ」
水銀燈は悪態をサラリと返した真紅を見て、忌々しげに顔を背けた。その頬は、少しだ
け赤かった。
「それじゃ、またな」
「心配しなくても、また戻るわ」
「あたし達がいなくてもしっかりしやがれですよー!」
輝く鏡面の中へ消えていく三人の背に、激励の言葉が贈られる。
「ジュンちゃーん!体にだけは気をつけるのよー!」
「頑張ってね。こっちの学校の宿題は任せてね」
「しっかり勉強するんじゃぞ、ジュン君。蒼星石を頼むぞい」
「あの、あの!向こうの写真、沢山取ってきてね!そのデジカメ小さいけど、メモリーは
8Gだからムービーも沢山入るからね!」
「頑張れかしらーっ!悪い魔法使いなんかに負けたら許さないかしらー!」
光の波が広がる異空間への扉は、ただの鏡へと戻っていった。
「頑張ってと言われてもなぁ。何からやったもんだろ」
「おいおい、しっかりしろよなぁ」
トリステイン魔法学院の早朝。
ちらほらと朝食に向かう貴族達を遠目に眺めつつ、広場でジュンは途方に暮れていた。
背中に皮布で包まれたデルフリンガー、腰にナイフ。服装は、先日街でデルフリンガー
を買った日に一緒に買った小姓の服。人形達やルイズはいない。
珍しく一人で行動しているジュンの姿に気付く貴族もいたが、特に気にするでもなく食
堂へ歩いていく。
今はもう学院の中にジュンを知らない者はいないので、不審に思われる事はない。武器
を身につけていれば、ルーンの力で少々の危険からは自分で身を守れる。ルイズや真紅・
翠星石も学院内にいるので、すぐに駆けつけれる。何より、『巨大ゴーレムと戦える剣技
を持つ平民』『マジックアイテム使いの少年』として知られたため、無意味に挑発される
事もないだろう。学院から出れば、小姓の服を着た彼は、どこかの貴族に奉公する平民の
少年にしかみえない。
そんなわけで、ようやくジュンも一人で堂々と行動出来るようになった。なので、朝の
着替え中なルイズの部屋から逃げてきた。
ジュンはストレッチをしながら、朝メシまで何しようかなぁ~っと考えていた。
「うーん、朝メシまで時間あるけど、今できる事は・・・」
ふと目を横に向けると、朝食の準備をするメイド達がいた。
「よし、仕事手伝うついでに情報収集」
「おめーさんは真面目だねぇ」
ジュンは厨房へ行く事にした。
「まさか・・・ホントにあるんですか?」
「ええ、『竜の羽衣』って言うの。地元の皆は、えと、タルブっていう村で、ラ・ロシェ
ールの向こうにあるんだけどね。寺院に飾って拝んでるのよ」
「おいおい、いきなりだな」
ジュンは食堂の皿を並べるのを手伝いながら、シエスタに、何か珍しそうな『秘宝』を
知らないか尋ねていた。コルベールから頼まれた『異世界召喚物探索』について、軽く学
院の人々から情報を集めるため、とりあえず学院の人々の中で一番話しかけやすいシエス
タに尋ねてみたのだった。
だが、いきなり『秘宝』の情報が出た。
「それって、どんな秘宝なんですか」
「えっとね、それを纏った者は空を飛べるっていうんだけど…まぁ、ぶっちゃけインチキ
よ。ひいおじいちゃんは、あっと、『竜の羽衣』を持ってきたのは、あたしのひいおじい
ちゃんなんだけどね。飛んでみろって言われても飛べなかったんだもの」
「なーんだぁ」
高価そうな花瓶に色とりどりの花を挿しつつ、ジュンはがっかりした。
「まぁそんなもんさ。お宝なんて、そじょそこらに転がってるもんかよ」
デルフリンガーの意見は、とってももっともだった。
だがジュンは花の配置を整えながら、せっかくの情報だし少し詳しく聞いてみよう、と
考え直した。
「あの、それってどんな形なんですか?」
「え?えーっとね、すっごく変わった形をしているの、あのね…」
と言ってシエスタは、花瓶の水を少し手につけて、水で秘宝の形を描いてみた。
だんだんと形になる『竜の羽衣』を見たジュンは、次第に目を見開き、最後には絶句し
た。
「あのっ!これ、今でもあるんですか!?」
「え?もちろんあるわ。父が管理してるの。固定化の魔法もかけてあるのよ」
「見せて下さい!ぜひ、急いでお願いします!」
唐突に頭を下げたジュンにシエスタは驚き、だが何故か哀しそうに目を逸らした。
「う…ん、みせてあげれればいいんだけど…ちょっとすぐには無理だと思う」
「あ、すいません。それほど急いでませんから、いずれ暇が出来た時でいいですよ」
「あ、あの、そういう事じゃなくて…」
シエスタは、うつむいて唇を噛み、苦しそうにつぶやいた。
「あたし…ここを辞めるの。モット伯のところで奉公することになったの…」
それだけ言って、シエスタはトボトボと厨房へ去っていった。
ジュンは、何も言えず彼女の背中を見つめていた。
「辛いねぇ、シエスタも」
ジュンに声をかけたのは、籠いっぱいのフルーツを抱えたローラだった。
「あの子、あのモット伯に目をつけられてねぇ。可哀想に…おっと、子供に言う事じゃな
かったわね」
口を手で塞いだローラは、さささっとテーブルに果物を置いていく。
「目をつけられて…デル公、もしかして」
「ああ、ボウズの想像通りだろうさ。貴族に泣かされるのは平民の常だけどよ。むごいわ
なぁ」
ジュンはハルケギニアの身分制度に対する怒りと悔しさで、肩が震えそうになる。だが
同時に、モット伯という名に引っかかるモノを感じた。
彼はルイズの部屋に戻った。
――ルイズの部屋 翠星石・ルイズ・真紅
「え~っとですねぇ、モット伯…確かに聞いたですねぇ。ルイズ、分かりますかぁ」
「ええ。王宮の勅使として時々トリステイン魔法学院に来てるわ。平民の若い娘に目を着
けると自分の屋敷に買い入れてる、ドスケベな中年貴族よ」
「でも、私やジュンはそんな事知らないわ。なのに名前は覚えてるのよね…なんだったか
しら?」
頭を捻った彼らは、ふと隣の部屋を見た。
――キュルケの部屋 キュルケ
「ああ、モット伯ね。ほら、『召喚されし書物』を欲しがってたっていう貴族よ。書物コ
レクターなの」
ルイズ達は顔を見合わせた。
――アルヴィーズの食堂 コルベール
「なるほどなるほど、そういう事ですか!では、私からモット伯に話してみましょうぞ。
急いでモット伯に連絡しましょう」
ルイズ達はコルベールに頭を下げた。
――教室前 コルベール
「先ほど返答がありましたぞ、申し出に応じてくれましたぞ!」
ルイズ達は明るい顔で、キュルケを探した。コルベールも一緒に。
――本塔バルコニー キュルケとタバサ
「え?あの本ならオールド・オスマンが資料にって」
ルイズ達もコルベールも呆れ果てた。
――学院長室 オールド・オスマン
「いやじゃいいやじゃい!これは、大事な研究資料なんじゃー!」
「えーい!恥を知りなさい!」
オスマン氏は、エロ本をコルベールに奪われた。見苦しい学院長の姿に、ルイズ達も、
キュルケも、冷たい視線を送った。タバサは半泣きの老人を指さし、「セクハラ」とつぶ
やいた。
――モット伯邸執務室 モット伯
「おお!これだよコレッ!うむ、感謝しよう。約束通り、シエスタは諦めるとしよう」
ルイズ達は胸をなで下ろした。同時に、スケベなオヤジがエロ本をニヤニヤ読んでる姿
を、ルイズ達もコルベールもキュルケも、彼らを風竜で乗せてきたタバサまで、白い目で
見ていた。
――――そして、次の日の朝。学院正門前
「それじゃ、いきましょー」
「ボウズの事はまかしときな」
「では、タバサどの。頼みましたぞ」
「うわあああ、すっごおい、あたし、竜の背中に乗ってるぅ~!」
いつものように本を読むタバサと、デルフリンガーを背負ったジュンと、コルベールと
シエスタを乗せて、ルイズと人形達とキュルケに見送られて風竜は翼を広げた。
「ああんもう!なぁんであたし達は居残りなのよう」
「しょうがないでしょ、キュルケ。私達は授業があるんだから」
「だってタバサはどうなのぉ~特例だなんてずるーい!」
残されたキュルケとルイズは不満げだ。そして真紅と翠星石は不安げだ。
「一人で大丈夫ですかねぇ?あのチビだけじゃ不安ですぅ」
「まぁデルフリンガーもいるし、ルーンの力もあるし、大丈夫とは思うわ。それに、狙わ
れるとすればあたし達ローゼンメイデンの方よ。あたしと翠星石が離れるのは危険だわ」
「うう~でもですねぇ~」
そんな彼らの想いをよそに、風竜は飛んでいった。
そして、タルブの村――――
素朴な小さな村。上空から見ると、広大な草原が海のようで美しい。
そんなありきたりな村に、ありえない程場違いな建物が見えた。上空からでも一目で分
かるほど、ありえない。
このハルケギニアにしめ縄と鳥居なんて、絶対あり得ない。なのに、あった。
『竜の羽衣』は、明らかに和風な寺院の中に鎮座していた。
ジュンは、その姿に驚愕した。シエスタからの話で予想はしていたが、まさかコレだっ
たとは。
「これが『竜の羽衣』ですな!?これが飛ぶのか!はぁ!素晴らしい!」
「これは、飛行機です。いえ…信じられないけど、これはゼロ戦って言います。僕たちの
国の、空を飛ぶための道具ですよ。
まさか、セスナとかじゃなくて、これだったのか…」
「へぇ~!それじゃ、ジュンさんとあたしって、同じ国の血が流れてたのねぇ」
「いやまったくおでれーた!奇遇も奇遇、しんじらんねーな~」
ゼロ戦が、くすんだ濃緑の機体が作られた当時のままに、静かに佇んでいた。
コルベールが、うーむ見た事もない金属だ翼は羽ばたかないのかうーむ、と唸ってる。
タバサはやっぱり無表情で無言だが、興味があるらしく機体をじっと見ている。
ジュンが機体に触れると、左手の包帯から光が漏れる。
なるほどな、これも確かに『武器』だよな
ジュンは感心しながら、機体をなで続ける。
中の構造、操縦法が、ジュンの頭の中に鮮明なシステムとして流れ込んでくる。僕はこ
れを飛ばせるんだ、と理解した。
燃料タンクを探し当て、そこのコックを開いてみた。なるほど、案の定そこはからっぽ
だった。どれだけ原型を留めていても、ガス欠じゃ飛ばす事は出来ない。
「そ!それではジュン君!さっそくこれを飛ばして見てくれんかね!?」
コルベールが手を興奮で振るわせながら、ジュンににじり寄ってくる。ジュンは困った
ように頭をかいた。
「いえ、これを飛ばすにはガソリンがですね。えと、ほら、この前研究室でぴょこぴょこ
とヘビの人形が動いてたでしょ?」
「愉快なヘビ君の事かね?」
「油で動かしてましたよね。あれが、いえ、あれとはまた違ったガソリンというのが必要
なんです」
と言ってジュンは燃料タンクのコックから、コルベールに臭いをかいでもらった。
「この中に、ほんのちょっとだけどガソリンが残ってるようです。これを…樽五本分くら
いあれば。まぁ、これが壊れてなければ、ですけど」
「おお、そう言う事か!なに、大変そうだが、必ず練成して見せよう!それにしても、僅
かな量が暖められもせずにこれだけ臭うとは、相当の爆発力だな…これだけでも素晴らし
いというのに…それに翼の風車を回転させるという発想は…ううむ…」
コルベールはもう、ゼロ戦に釘付けだ。
「なぁ、ジュンよ」
「なんだいデル公」
背中のデルフリンガーがつぶやいた。
「このままほっとくとあのハゲ、ゼロ戦とやらをバラバラにしちまうかもな」
コルベールは、ベタベタと機体に触りまくり、舵面をキコキコ動かし、プロペラを回そ
うと
「ちょ、ちょっと先生!あの、今日はこれくらいにして、どうやって学院に持ち帰るか考
えましょうよ」
「え?あ、いや、でももう少しだけ」
「あの~これはシエスタさんちの家のものですから、まずはシエスタさん家のご主人に言
わないと」
「う~うむ、そうですな。ではシエスタさん。君のお父さんに会わせてもらえますか?」
「はい、承知しました。おそらく父も快く譲ってくれると思いますわ」
村の共同墓地。
白い石で出来た幅広い墓石が並ぶ中に、黒い直方体の墓石があった。
「これですよ、旦那様方。この墓は生前、祖父さまが自分で作ったモノです。この墓碑銘
を読めた者に『竜の羽衣』を渡せと言う遺言でした」
シエスタの父に連れられて、コルベール達は共同墓地へ案内されてきた。
ジュンは墓石の前に座り、手を合わせ目を閉じた。
デルフリンガーが不審そうに尋ねてくる。
「んー?ジュンよ、そりゃ何の呪いだ?」
「僕の国の、日本でのお参りの仕方なんだ」
目を開けたジュンは墓石を読む。
「海軍少尉佐々木武雄 異界ニ眠ル・・・日本語だ。あの、この人はいつ頃亡くなられた
んですか?」
「ん?じーさんが死んだのは、もう随分前だよ。うーん、何年くらい前だったかなぁ」
「いや、いいですよ。間に合わなかったのは同じなんだし」
「ジュン君…故郷が懐かしいのかね?」
「いえ、そういうわけじゃないんですよ。ただ、会えれば…と思って」
コルベールが気遣ってくれるのはジュンも分かっていた。タバサも黙ってジュンを見つ
めている。だが、まさか『すいません、昨日自宅に帰ってました』とは言えない。
佐々木武雄が死ぬ前に会う事が出来れば、地球に連れて帰れたのに。そう思ってシエ
スタの父に尋ねたジュンだったが、もはや意味のない考えと思い直した。
「ともかく読めましたから、『竜の羽衣』は持ち帰っていいですね?」
「ああ、構わんよ。どうせ管理費も高くて困ってたし」
「ではついでに、形見の品を見せて頂けませんか?僕の国のやり方で供養しようと思うん
ですが」
「ふむ、どれでも持って行ってくれて構わんよ。同じ国から来た人になら、じーさまも喜
ぶだろうよ」
一行はシエスタの家に戻る事にした。ジュンは『地球から新たに持ってきたデジカメと
かは、この佐々木さんの遺品やゼロ戦の中にあったモノなんだよー、て言う事にしよーっ
と。これでかなり自由に地球からの品を持ってこれるぞ。しめしめ…』とか考えて、ほく
そえんでいた。
夜
今夜はシエスタの生家で泊まる事になった。
こんな村で貴族を迎えるなどめったにないし、その後シエスタから詳しい経緯を聞いた
シエスタの父は『そ、そんな事情だったとはつゆしらず、娘の恩人に対して無礼の数々、
平にお許し下さい!』とコルベールに平身低頭して恐縮しまった。
ぜひ村長の家で村を挙げての歓迎会を、と村長まで挨拶に来たが、ジュンもコルベール
もタバサも、騒がしい事は望まなかった。
シエスタの家で歓迎の夕食を囲み、シエスタ達八人兄弟と父母を紹介された。久しぶり
に家族に囲まれたシエスタは幸せそうで、楽しそうで、ジュンは羨ましくなった。
最後に家族がみんな揃ったのって、いつだったろう
ジュンの周りには、以前とは比較にならないほど沢山の人がいる。
姉ののり、真紅、翠星石、ルイズ、幼なじみの巴、金糸雀、草笛さん、水銀燈・・・
なのに何故か、ずっと会っていない両親の事が思い出される。
ふとジュンは横のタバサを見た。
いつもと同じ、無口で無表情。なのに、何故だろう、自分と同じ目をしている、いや自
分より遙かに寂しく暗い目だ、ジュンはそう感じていた。
「おっほん。二人とも、故郷からも家族からも遠く離れて寂しいとは思う。だが、今は学
院で、仲間達に囲まれておるのですぞ。決して寂しいだけの毎日ではないことを忘れては
いけませんぞ」
「そーだぜ。第一ボウズ、おめーにゃあんな可愛いご主人様までいるじゃねーかよ」
二人に気を使って、コルベールと、壁に立てかけられたデルフリンガーが励ましてくれ
る。
「そだな、うん、そーですよね。んじゃ、とにかく食べるとしましょう!」
食事に手をつけるジュン。もちろん、学院の貴族向けな食事とか、地球のジャンクフー
ドに比べれば、質素で味気ないモノばかりだ。それでも、何故かジュンにはとても美味し
く思えた。
タバサは何も言わず、黙々と食べていた。どこにそんなに入るのかというくらい。
夕食後、ジュンは村はずれに腰をおろし、草原を眺めていた。
月明かりの下、草原の中を風が渡っている。
風が吹いている所だけ草が頭を垂れ、月明かりをキラキラと反射する場所が移動してい
く。まるで波打つ海原のように、草原が煌めいていた。
デルフリンガーもシエスタの家に置き、今は腰のナイフしかもっていない。
「静か、だな」
ジュンは、久々に一人っきりになった事に気がついた。
ローゼンメイデンが来て以来、常に彼の周りには誰かがいた気がする。一人になったの
はトイレと風呂くらいだろうか。
特にハルケギニアに来てからは、真紅と翠星石と共に、ルイズの後をついていっていた
し、背中のデルフリンガーも四六時中しゃべりっぱなしだ。
「不思議だな、あれだけ一人でいたいと思ってたのに。今は一人が寂しいや」
ジュンは、草の中に大の字で寝っ転がった。
目の前には、地球の都会ではありえない星空が広がっている。
「どこに行ったかと思ったら、ここだったのね」
声の方を見ると、シエスタが立っていた。
「あ、探しに来たんですか。すいません、勝手に外に出て」
「いえいえいーのよ。横、いいかな?」
「ええ、いですよ」
シエスタは、ジュンの横に腰をおろした。
茶色のスカートに木の靴、草色の木綿のシャツ。広がる草原のような姿だった。
なら風に揺れる黒髪は、この星空だろうか。
「あの、本当にありがとう。助けてくれて」
「こっちこそ助かりましたよ。ゼロ戦が手に入るなんて」
シエスタは、草原を見渡した。
「この草原、とっても綺麗でしょ?」
「うん…こんな広い原っぱ、生まれて初めて見たよ」
「ジュンさんの国にはないの?」
「無いよ。僕の国は山だらけ、草原はほとんど無いんだ。平地は全部街と畑だから」
「へぇ~。ねぇ、ジュンさんとひいおじいさんの国の事教えてよ」
「ん・・・と、僕の国の事、かぁ」
ジュンは、当たり障りのない範囲で、日本の事を話した。
シエスタは目を輝かせながら、彼の話を聞いていた。
「凄いなぁ。ひいおじいさんもジュンさんも、そんな国から来たんだ」
「いや、別に凄い国でもないよ。むしろ僕にはハルケギニアの方が凄いよ。特に魔法がホ
ントに」
「あら、あなたのお人形さん達って、ハルケギニアのゴーレムとかより凄いって噂じゃな
いですか。なら、ジュンさんの国の魔法の方がもっと凄いですよ。『東の世界』かぁ、凄
いなぁ、憧れちゃうなぁ」
「あー、う~…」
ジュンは、なんだかロバ・アル・カリイエについて誤った情報が一人歩きしそうで困っ
てしまった。とはいえ、次元の壁を越えて来ましたとも言えない。
「それにしても」
シエスタはジュンをじっとみつめた。
「ジュンさんって、14歳だったんですね」
「そうです・・・あの、言っときますけど、僕の国では同年代の子は、これで普通なんで
すよ。みんな大体あと数年で、もう少し、30サントくらいは伸びると思います」
そんな保証はないけれど、つい言ってしまう。
「へぇ・・・そうなんだ」
シエスタは、ジュンの顔を覗き込んだ。彼女とジュンとの間が、すすっと狭まる。
「驚いたなぁ、あたしと3つしか違わないなんて」
シエスタの瞳に、何かゆらめく焔の様なモノが見えた気がした。
「ねぇ、ジュンさん」
「は…はい、なんでしょう?」
と答えつつ、ジュンはゆっくりとシエスタから間を開けようとする。
だが、同じようにシエスタも寄ってくる。
「今、好きな人とか、いるの?」
「え?えと、その、あの、まだ、いない、はい、いません・・・」
「そっか、いないんだ・・・」
しどろもどろで、目が泳ぐ。
そんなジュンにシエスタが、ピッタリと身を寄せた。
「あ、あの、その・・・」
「助けてくれたお礼、まだしてなかったよね」
「…え?」
ジュンの上に、シエスタが覆い被さった。
細い指が少年の頬を捕らえ
しなやかな腕が彼の体に巻き付き
柔らかな胸が乱暴に押しつけられ
彼女の唇は、彼の唇と重ねられた。
二人の鼓動が、早鐘のように鳴り響く拍動が、互いに伝わる。
一瞬か、永劫か。どれくらいの時が過ぎたか、ジュンには分からなかった。
ようやく唇を離したシエスタは、硬直するジュンを熱い目で見下ろしていた。
ゆっくりと、名残惜しそうに体を離す。
「風邪、ひくわ」
シエスタに手をひかれ、ぎこちなく立ち上がるジュン。これ以上ないほど赤面して、言
葉も出ない。うつむいて、シエスタの顔もまともに見れない。
「うふふ…確か『契約』の時やってるから、まだ2度目かな?」
「う・・・」
ジュンはモジモジして、答える事も出来ない。今起きた事が、シエスタの唇の感触が、
ふくよかな胸が、からみついてきた腕が、シエスタが頭の中を駆けめぐり、他に何も考え
られなかった。
「さ、帰りましょ。・・・キスとか、したい時は言ってね。待ってるわ」
そういってシエスタは、ジュンの腕を取って家へと戻っていった。
そんな彼らを遠くから見ていた影が4つ、正しくは二人と一本と一匹。
木陰のコルベール「いいですなぁ若いって。羨ましいですぞ」
屋根の上に伏せるタバサ「ショタコン」
タバサの横に置かれたデル公「かー!情けねー。それでも男か!?最後まで行けっての!」
家の影から頭だけ出した風竜「きゅいきゅい」
第一話 禁じられた遊び…? END
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