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「鮮血の使い魔/鮮血の使い魔‐06」(2007/11/15 (木) 17:15:51) の最新版変更点
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&setpagename(第6話 私がイヤだと言っている)
#settitle(第6話 私がイヤだと言っている)
夢だったらいいな。そう思った。
でも、どこから、どこまで?
魔法を失敗ばかりして『ゼロ』と呼ばれた事が?
サモン・サーヴァントで平民を召喚してしまった事が?
言葉と誠に慣れていく自分が?
あるいは。
もしくは。
「おはようございます、ルイズさん」
「……おはよー」
ひとつのベッドに言葉と並んで眠っていたルイズは、起床と同時に嘆いた。
嗚呼、夢じゃなかった。
Nice Real.
理由は解らないが昨晩突然言葉がルイズに愛をささやき、ベッドにまで突入してきた。
ヤる気満々の言葉を必死に説得し、貞操を死守したルイズ。
でも流れで同じベッドで眠る事になってしまった。
このままいくと数日後にはヤられかねない、とルイズは頭を抱える。
その日、言葉は誠の入った鞄を一度も開けぬままルイズと朝食に行った。
言葉は鞄を持って来なかった。
いったい何事かと他の生徒達は驚いていたが、
あんな気味の悪い物は見たくない近づきたくないという意味で受け入れられた。
そのまま授業に出て、ふとルイズは気づく。
言葉が鞄を持ってないせいか皆上機嫌なのに、なぜかモンモランシーだけは顔色が悪い。
そういえば昨晩のワインの事、すっかり忘れていた。
結局ワインはあの場に放置して……ワイン?
「ワインの件で話があるんだけど」
「知らない聞かない話さない」
授業後、ルイズは話を聞かれないよう言葉に部屋の掃除を命じてから、
モンモランシーを人気の無い廊下に連れ込み問い詰めていた。
「昨日の夜、あんたギーシュと一緒にワイン飲んでたでしょ?」
「飲んでない」
「あんた達が残していったワイン、グラスに入ってる分、
もったいないから私とコトノハで飲んじゃったのよ。直後から『ああ』なの」
「知らない見てない興味ない」
「香水のモンモランシーっていうくらいだからポーション作りとか得意よね?」
「ううん全然ちっともポーションに関しては成功率ゼロなくらい苦手」
「人の精神を惑わす薬とか、犯罪よね。水のメイジに調べてもらえばすぐ解るわ」
「そうね、でもあの平民は薬なんか飲んでないから調べる必要ないわね」
「そうね、だから調べても問題ないわよね。ちょっと頼んでくる」
「ごめんなさい堪忍してください私がやりました惚れ薬ですしくしく」
実にスムーズに話は進み、モンモランシーはすべて暴露する。
ギーシュに口説かれて嬉しかった事、言葉から誠入り鞄を盗ろうとした事、
ギーシュに助けられて惚れ直した事、ギーシュの浮気が許せない事、
惚れ薬を飲ませようとした事、言葉達が現れたのであの場から逃げ出してしまった事。
「あんたねー……やっぱりマコトを盗もうとしてた訳?」
「だって、気持ち悪かったんだもん」
「気持ちは解るけど……」
「でも今日は鞄持って来てなかったし、今が捨てるチャンスじゃない」
「薬が切れたら殺されるじゃない」
「そこは自分の責任にならないよう上手に誘導するのよ」
「……」
Nice idea.
「コトノハただいまーお掃除すんだ?」
モンモランシーのアイディアにより意気揚々と帰ってきたルイズ。
愛しい人が帰ってきて、言葉は満面の笑みで出迎えた。
「はい、うんと綺麗にしておきましたよ。特にベッドを」
見ればシーツにはしわひとつ無い。
嫌な予感にルイズの笑みがちょっとだけ歪む。
ルイズのそっちの気は無いのだが、言葉の性的魅力は同性でもクラクラするほど強烈だ。
あの豊満なバストなどあらゆる男を魅了の魔法にかけるだろうし、
女性からは嫉妬と羨望の双方を向けられる強力な武器いや兵器だ。
それに大きくて柔らかい胸を触った時の気持ちよさは男女共通。
昨夜、ベッドの上で窒息しそうなほど胸を押しつけられたルイズはその恐ろしさを知った。
(し、死守よ! ヴァリエール家の娘ともあろう者が、平民の使い魔の、
しかも同性相手に貞操を奪われるなど天地が引っくり返ってもあってはならない事ッ!!
私は主、コトノハは使い魔。私は貴族、コトノハは平民。
そう! 私が上、コトノハが下ッ!! これは天地開闢以来くつがえらぬ絶対の掟!
なればこそ! ルイズ・フランソワーズ、弱気になってはダメよ。強気になるの!
そう、私は強い。強気に断る! 拒む! 主として貴族として強気の強気に決める!)
心の中でルイズが咆哮すると、突如窓の外で雷鳴が鳴り響いた。
さらにザーザーと豪雨。これはまさにルイズの気迫が呼んだものだった。
天をも動かすルイズの覇気が狭い部屋に嵐のように渦巻く。
「ルイズさん」
来たな、とルイズは身構えた。雷と龍を背景に背負う。
その迫力たるやエルフも裸足で逃げ出す勢いだ。
強気で無敵で素敵なルイズが炎と猛る!
「あ、あのねコトノハ。昨晩も話した通り私はヴァリエール家の娘なの。
だから私は、誇り高い貴族として心身を清く在らねばならない宿命にあってね。
すなわち、こ、困るから、その、結婚前の男女、いや、男女じゃないけど、
ともかくお父様やお母様に知られたらお仕置きされちゃうし、
いくら私でも両親には逆らえないし、敬ってるし、尊敬してるし、敬愛してるし、
両親の期待と信頼を裏切るくらいならもー死んでお詫びをしたいくらいで。
だからどおか今宵のうっふんあっはんは堪忍してください後生ですから」
全力で低姿勢のルイズ。
それを聖母の如き包容力で包み込む言葉。
「大丈夫ですよ。私は無理強いなんてしませんから」
「そそ、そう思うなら、あの、頭を胸で挟むの、やめてもらえないかな」
「えいっ、ぱふ……ぱふ……うふふっ」
「ふにゅぅ~」
夢心地な挟撃にルイズの脳味噌がトローリトロリと溶け出した。
(あー、気持ちいい。何ていうの、至福? そう、至福。
いいなぁ、胸が大きいのは正義よね。胸が、胸、大きいの、いい。
私もこれくらい大きくなったら、もう、死んでいい。胸胸胸胸胸……んはぁっ!?)
思考がヤバイ方向へ全力疾走していると気づいたルイズは大慌てで言葉から離れた。
バックステップだ。
蹴っつまづいた。
ベッドの上に背中からポフン。
「わひゃぅっ」
「純潔を穢さない範囲で気持ちよくして差し上げますね」
獲物を逃がすまいとする肉食獣のように言葉はルイズに迫る。
絶体絶命。このままでは快楽の虜に堕とされる。
それだけは阻止せねばならない。ラノベヒロインの誇りにかけて。
しかし逃げるすべが見つからない。
ルイズが呼んだ雷雲は轟々と雨を降らし、ルイズの悲鳴も嬌声も飲み込むだろう。
だから大声を出すという手段は使えない。
もっとも使い魔に押し倒されて大声で助けを呼ぶなど、プライドが許さないが。
「ルイズさん……好き……」
「だ、ダメ……。み、見られながらなんてダメ! マコトが、その、いるじゃない?」
と、ルイズはベッド脇の棚に置かれている鞄に視線を向けた。
すると言葉は、ニッコリと微笑んで鞄に向かう。
「中に誰もいませんよ」
と、空っぽの鞄の中を見せつけた。
「……えっ…………」
意味が、解らない。
「だから、今日は二人っきり……誰も邪魔する人なんていません。
……やっと二人きりになれましたね、ルイズさん」
鞄を放り、制服を脱ごうとする言葉。
「……マコトは、どこ」
震える声で問われた言葉は、穏やかな瞳で微笑みで口調で答える。
「寮の裏の木の下に埋めちゃいました。亡骸を野ざらしになんてできませんから」
……意味が、解らない。
「ごめんなさい、勝手に埋葬してしまって。でも、誠君の生首を持ちあるくだなんて、
正気の沙汰じゃありませんよね……以前の私はどうかしていたんだと思います」
そう、そうだけど、でも。
「女同士だなんて不自然かもしれませんけど、私は全身全霊でルイズさんを――」
ベッドから起き上がり、うつむいたままのルイズの唇が動き出す。
同時に窓から射し込む閃光。
「黙って」
静かな、しかし力強いルイズの声。
直後、天を裂くような雷音が鳴り響いた。
それはまるでルイズの言葉そのものであるかのように、力強く言葉の身を打つ。
「……ルイズさん?」
「あんたは……あんたは……あんたは、あんたは、あんたは!」
何色だっただろうか。
生首を偏愛していた狂気の暗く深く淀んだ黒瞳は、今は真っ直ぐな愛情にきらめいている。
その瞳を見つめる鳶色の双眸は、何色だっただろうか。
「あんたは私の使い魔なのに!」
どういう意味で、どんな意味を込めて言ったのか、そんあのルイズにだって解らない。
けれど、言葉はルイズの使い魔で。
首を持ち歩くだなんていう狂気の平民が使い魔だなんて認めたくない。
だから認めないために、ルイズは行くのだと思う。おかしいけれど、そうなのだ。
言葉を突き飛ばして、ルイズは鍵もかけずに部屋から飛び出した。
「ルイズさん!?」
背中に言葉の呼び声が投げつけられても、構わずルイズは廊下を走る。
雨音、風音、足音、雷音、心音、響く。
すべての音が速度を増す。すべての音が感覚を狭める。すべての音がルイズを打つ。
ザァザァ、ゴゥゴゥ、カツカツ、ゴロゴロ、ドクドク。
響いて打って早く早くと急かし立てる。
寮から飛び出たルイズをさっそく歓迎する雷雨。
一瞬で濡れ鼠になりながらもルイズは走る。泥が跳ねて靴もソックスも汚れていく。
嗚呼、私は何をしてるんだろう。何をしようとしてるんだろう。
自問自答した直後、その答えをハッキリと思い描いて否定する。
馬鹿な!
そんな真似をする訳がないこの自分がなぜよりにもよって何かの間違い絶対そう。
ならなぜ泥を跳ねさせる足は止まらない? ならなぜ足はあそこに向かってる?
きっと自分は頭がおかしいのだ。
使い魔の頭が『ああ』だったから、自分も『ああ』になっちゃったに違いない。
理性は言う、やめよう引き返そう。
身体にベッタリと張りつく服が冷たく、そして気持ち悪いけど、気にならない。
理性は言う、立ち止まれ。
立ち止まった。
嗚呼、何だ。やっぱりそうじゃないか。
ルイズは思う。理性の言う事を聞ける自分は、頭がどうにかなってしまったのだ。
だって、立ち止まったその場所は、寮の裏にある木の前だったから。
見下ろした木の根元、土がぬかるんでいるそこに、在る、いや、居る。
理性は言う。まだ引き返せると。
うん、そうね。引き返せるね。じゃあ、掘り返そうか。
本当に、自分は馬鹿になってしまったのだとルイズは確信した。
尋常ではないルイズに不安を駆られた言葉は、慌ててルイズの後を追った。
自分を召喚したルイズ。誰よりも愛しいルイズ。
死体を愛でるだなんていう狂気を打ち払ってくれたルイズ。
そのルイズが、あんな瞳の色を見せてるだなんて。
鳶色の中で渦巻いていた、様々な感情の色。
混ざりすぎて、元の色が何色だったのかなんて誰にも解らない色。
でも、すべての色を混ぜると黒くなるのに、黒くなかったと言葉は感じた。
「ルイズさん……」
轟々と降る雨の中に言葉は身を投げ出す。
こんな雨を浴びていたら風邪を引いてしまう、早くルイズを連れ戻さないと。
彼女がどこに行ったのか。
想像はついたが、確認のため言葉はその場にしゃがみ込んだ。
「足跡……やっぱり、寮の裏……」
そこに何があるのかは、誰よりも知っている。自分がそこに埋めたから。
「どうしてっ……!」
ルイズは違う。かつての自分のような、狂気の住人ではない。
首だけとなった醜くおぞましい死体に向ける感情など無いはずだ。
あの優しいルイズが、聡いルイズが、どうして。
駆けつけた時、一心不乱に木の下を掘るルイズの姿が見えた。
「ルイズさん! やめてください!」
このままではルイズが狂ってしまう。言葉は直感的に思った。
うずくまって犬のように地面を掘るルイズの無様な姿が胸を痛ませる。
白い指は茶色く汚れ、爪の間に土が入り込み、泥がかかった顔で振り向くルイズ。
「……コトノハ……」
「もう、やめてください。部屋に戻りましょう? もう、無理に求めたりしないから。
早く身体をあたためないと、風邪を引いてしまいますよ? あから、お願いします」
「うん、早く戻ろう。三人一緒に」
視線を穴に戻したルイズは、再び素手で泥を掘り返し始めた。
一度は言葉が掘って埋めた穴、素手でも十分作業できる。
だが、雨で土が泥になり、柔らかくなったものの、
固体とも液体ともつかぬ泥は手のひらに絡みつき思うように掘り返せない。
指がジンジンするほど冷たいのに、動悸も息遣いも荒くなっていく。
「どうして、どうしてですか。ルイズさんは……誠君の事が、好きなんですか!?」
「ううん、嫌いよ。大嫌い」
掘る。掘る。ルイズは掘る。
黒い髪が指に絡む。
「だったら誠君を掘り返す理由なんて何も無いじゃないですか!
もう、死んでるんですよ!? 誠君は死んでるんです! 死んでいるんです!」
「何だ、解ってるんじゃない」
掘る。掘る。ルイズは掘る。
灰色の皮膚が露出する。
「ルイズさんに、そんなつらくて汚い事を、私はして欲しくないんです!
私が悪かったのなら謝ります。ごめんなさい、ごめんなさい」
「何が悪いのかも解らず謝られても、相手の心には届かない」
掘る。掘る。ルイズは掘る。
白い眼球が露出する。
「解りません、今のルイズさんが何を考えているのか解りません……」
「私はコトノハが何を考えてるのか解らないわ。死体を愛でるなんて、変」
掘る。掘る。ルイズは掘る。
瞳孔全開で見つめ返される。
「もう誠君の事は何とも思っていません! 彼はもう死んだ、過去の人です。
でもルイズさんは生きている、生きているんですよ!?」
「でも私が今、雷に撃たれて死んでしまったら、言葉は私の遺体を抱きしめる」
掘る。掘る。ルイズは掘る。
落雷。
「キャッ……」
「ずいぶん近くに落ちたわね。ここに、落ちなきゃいいけど」
掘る。掘る。ルイズは掘る。
ようやく呼吸をやめている鼻を発掘する。
「ルイズさん……少しでも、ほんの少し、カケラほどでもいい。
私の事を好きでいてくれているのなら、もうやめてください」
「じゃあやめない。私はコトノハが大嫌いだから」
掘る。掘る。ルイズは掘る。
唇は青紫。多分ルイズの唇も身体が冷えたせいで似たような色をしてるはず。
「コトノハなんて大嫌い。何で平民が私の使い魔になるのよ、最ッ低だわ。
生首持ってるのも信じられない。馬鹿じゃない? っていうか馬鹿よ馬鹿。
死んでるマコトを後生大事に持ち歩いて、話しかけたりなんかして。
人形遊びじゃないんだから、そんな事したって無駄だし無意味で無為よ。
気持ち悪い。
うん、もう言っちゃうから。正直に。気持ち悪いのよ、あんた。
生首、死体、マコトなんかを恋人だなんて言い張って。頭おかしいわ。
恋人が死んで頭がおかしくなった可哀想な平民、それがあんたよコトノハ。
同情や憐憫よりも、恐怖と嫌悪が先に立つ。
おぞましい、穢らわしい。
マコトなんて見るのも嫌、触ったらそこが腐りそう。
そんなマコトが大好きなコトノハも嫌い嫌い大嫌い……大ッ嫌いなのよ!」
きっと自分は泣いているんだろうと言葉は思う。
拒まれ、罵られ、雨と一緒に頬を流れているに違いない、涙が。
悲しい。最愛のルイズから嫌われて、胸が引き裂かれそう。
でも、まだ、引き裂かれない。
小さな疑問が心を守る。
「そんなに……嫌いなら……。どうして……そうまでして、誠君を……?」
「あんたは多分、ううん、絶対、今のままの方が幸せなんだと思う。
そう、解ってる。解ってるのよ。でも、私は主だから、こうするの。
死んでしまった恋人を忘れて、新しい愛に生きているコトノハの瞳は、
普通の人間らしい生気が感じられて、黒曜石のようにきらめいてる。
ああ、これが生きている人間なんだ。これが正気の人間の瞳なんだ。
十六年しか生きていない若輩者にだって、それくらいは解るの。解るのよ。
でも違う。その心は偽り。だって、コトノハは、飲んだから」
「何を?」
「心を惑わす惚れ薬。モンモランシーがギーシュに飲ませようとしてたの、
あんたが間違って飲んじゃったのよ。だからモンモランシー達は悪くない」
「惚れ薬なんて、関係ありません。私は本当に、ルイズさんの事が」
「薬の効果はいつか切れる。その時になって、コトノハは後悔する。
マコトを埋めてしまった事を後悔して、怒って、誰かを傷つけるかもしれない」
「まさか、自分が傷つけられるだなんて思っているんじゃ……。
わ、私、ルイズさんを傷つけるなんて、絶対にしません!」
「薬が切れて、私にも非があるって解ったら、きっとコトノハは私を傷つけるよ。
それが怖かった。だから自分の責任にならないようコトノハを誘導して、
自発的にマコトを埋めるよう仕向けてやろうと思った」
「だったら大成功じゃないですか! 私は自分の意思で、彼を埋めたんですよ!?」
「意思の上に『薬でおかしくなった』という文をつけるのが正解よ」
「やめて、やめてください。惚れ薬なんて私は飲んでません!
ルイズさんを愛するこの純然たる想いは、私の内から自然と産まれたもの!」
「今は信じなくてもいい。でも惚れ薬の効果が切れたいつか、コトノハは後悔する。
悔やんで、怒って、悲しむの。自分自身の手でマコトを埋葬した事実に」
「私はそれでも構わない!」
「私がイヤだと言っている!」
雷鳴が天地を切り裂き、耳が痛くなるほどに響く中、ルイズの手が動きを止めた。
雨は、まだ降り続けている。ルイズの掘った穴にも、泥水が溜まっていく。
「だから、コトノハ」
ルイズは泥水の中に深く手のひらを突っ込み、
そこに沈んでいる、あるいは埋まっているそれを両の手でしっかりと掴んだ。
「ちゃんと持ってなさい」
引っこ抜くようにして、尻餅をついて、ルイズはそれを腕で抱きしめる。
「コトノハが本当に自分自身の意思でマコトと別れられるその日まで」
泥まみれになった誠の頭部を、ルイズは言葉に差し出した。
「……。はいっ」
受け取って、彼を愛していた過去を思い出し、言葉はしかと抱きしめる。
雨は上がらない。二人の身体から容赦なく体温を奪っていく。
でも、寒いとは思わない。
「薬の効果が切れて、またコトノハが狂気に呑み込まれても、私は絶対見捨てない。
そう、自分の使い魔を見捨てるメイジなんて貴族失格だもの。
私の使い魔は狂気に呑み込まれたコトノハじゃない。
薬で仮初の正気を取り戻したコトノハでもない。
私がまだ見た事もない本物のコトノハが私の使い魔よ」
雨も雷も、二人の意識から消える。
あるのは自分と相手、ただそれだけだった。
だから雨の中でも雷の下でもなく、自分と相手の二人きりの世界で、
偽りの愛情に満たされたまま、本当の心が解らぬまま、言葉は応えた。
「それがルイズさんの使い魔としての条件なら、必ずいつか、私は」
興奮のせいか本音を全部吐き出してしまったルイズ。
後悔していない訳じゃない。
薬の効果が切れたら、今自分が言ってしまった言葉を言葉は赦さないかもしれない。
そうして、自分に凶刃を向けるかもしれない。
だから、後悔してる。少しだけ。
でもそれ以上に、そんな小さな後悔が問題にならないくらいに、自分が誇らしい。
人間として、貴族として、間違った事をしてしまったのかもしれない。
でもルイズとしてやった事だから、それでいい。それでいいんだ。
第6話 私がイヤだと言っている
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