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「ゼロのおかあさん-6」(2007/10/19 (金) 22:57:09) の最新版変更点
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▽ ▽ ▽
「ねえシンジ。アンタってどこに住んでたの?」
「あぁ?」
一頭の馬に二人で跨りながら、ルイズは僅かに首を後ろに向ける。
その視線の先にある荒垣の顔は、前方に広がる大地だけを見つめていた。
「べ、別にシンジの事に興味が出てきたとか、そう言うんじゃなくて、
ただ……そう! 使い魔の事を把握しておくのはメイジにとって当たり前だからよ!」
最初の方の言葉は風で掻き消えてしまったが、後半は荒垣にもしっかり聞こえていた。
使い魔と言う単語を訂正させようとした荒垣だったが、今ここで揉める必要も無い。
とりあえず、好きにさせようと考えた荒垣だったが、
質問の内容が内容であったため、包み隠さず話すべきか躊躇われる。
荒垣の暫定的な予想では、ここは自分のいた世界とは違う場所なのだ。
月にしても魔法にしても、文字や文化なども認識していた常識と、あまりにもかけ離れている。
が、それを正直に相手に話した所で、その内容を相手が信じるだろうか。
(ま、頭のおかしい奴と思われるわな)
わざわざ不審がられる行動をとる理由も無いため、荒垣は真実を語りはしなかった。
代わりに答えたのは、あらかじめ用意しておいた無難と思える答え。
「この国……じゃねぇな」
「なら、ゲルマニア?」
「いや」
「じゃあアルビオン? それともガリアやロマリア?」
「悪ぃが、どれも違う」
「え、でも」
ルイズは首を傾げる。自分の挙げた国名がハルケギニアの全てだ。
なのに、荒垣はそのどれも違うと即答した。
別の可能性もあったが、荒垣の姿が人間そのものであったため破棄。
結局、答えが導き出せなかったルイズは頬を膨らしながら口を開いた。
「じゃあ、結局何処なのよ」
「……遠い所だ」
「遠い所って……だからそれを聞いてるんじゃなないの! もう!」
語尾を荒げて不機嫌だと言う気持ちをアピールするが、荒垣は取り合おうとしない。
その態度に、ますますルイズの不機嫌さが増していく。
が、朝の誓いを思い出してここはグッと堪える。
(だ、駄目よルイズ。ここで怒ったら、主人の器まで小さいって事になる)
身体は小さくとも、せめて心の器は大きくありたい。
ここから先は余裕を持って接してみようと、ルイズは改めて心に誓う。
荒垣と同じように前方を見つつ気持ちを落ち着けると、次の質問へと移った。
「ところで、シンジは私の使い魔になる前は何をやってたの?」
さすがに決闘の話を直球で聞くのは難しいと判断したのか、無難なところから攻める。
それに、何をやっていたかと言うのも、ルイズ自身気にはなっていた。
「……」
だが、十数秒ほど質問の答えを待ったものの、後ろから言葉が聞こえてくることは無い。
余りに反応が遅すぎるため、気になって再び顔を背後に向ける。
視界に映った荒垣の表情は、どこか考えるような素振りを見せていた。
「ちょっと! 聞いてるの!?」
「聞いてる。静かにしやがれ」
「何その言い方! せっかくこっちが聞いてあげるって言ってるのに、その態度!」
先程の誓いは、早くも崩れ去っていったようだ。
ルイズはツンと顔を逸らして、二度と振り返るものかと前だけを睨む。
一方怒鳴られた荒垣も、特に何も漏らす事無く同じ方向に視線を向け続ける。
結局、二人は街に着くまでお互いに一言も喋る事はなかった。
そもそも、何故こんな状態になっているのか。
二人が馬に乗って外に出掛けた経緯は、この日の朝まで遡る。
珍しく早く目が覚めたルイズは、洗濯から帰ってきた荒垣に昨夜の事を訊ねた。
キュルケが風邪をひいていたと言うのは予想外だったが、
だからと言って、それが荒垣がキュルケの部屋にいた説明にはならない。
余談ではあるが、服の着替えは荒垣の手によってすでに完了している。
心なしか着替えに掛かった時間が、昨日より短くなっていたかもしれない。
着替えを済ませたルイズがそれとなく理由を聞いてみたところ、フレイムに呼ばれたのだと荒垣は答えた。
なるほど、話の流れに違和感は無いし、嘘をついているわけではないのだろう。
だが、わざわざ現れる可能性の低い荒垣を選ぶ理由が無い。
逆に、荒垣を選ぶ理由だけならばキュルケには十二分にある。
(風邪をひいてもちょっかいを出そうだなんて、ツェルプストーらしいわね)
幸い、昨日は二人の間で何か起こった様子は無い。
ルイズが扉を開けた時も、キュルケは恍惚とした顔をしていたが、
荒垣の方はキュルケの身体に意識を持っていかれているような様子は無かった。
(けど、あんなんでもシンジは男だし)
あの無愛想な男が女に愛を囁く姿は想像できないが、可能性はゼロではない。
他の女性ならともかく、キュルケとそうなる事だけは避けたいのだ。
こうなったらどうするべきか。ああなったらどうするべきか。
あれこれ考えているうちに、ルイズは無意識のうちに立ち上がり手をギュッと握り締めていた。
「とにかく、キュルケは駄目!」
「……突然叫んでどうした」
いきなりベットで立ち上がったルイズを気にする事無く、部屋の掃除をする荒垣。
それにより、かえって自身の奇行が浮き彫りになってしまい、その顔が赤くなる。
「な、何でもないわ!」
ベットの上に腰を落とすが、何か思いついたのかすぐさま立ち上がる。
「そ、そうだわシンジ。買い物に行きましょう」
「そいつは構わんが……随分急だな。何か必要なもんでもあんのか」
「い、いいでしょ別に! ほら、掃除が済んだら下で待ってて頂戴」
買い物は王都まで出ないと難しい。
そのため、移動には馬を使う必要性がある。
こうすればキュルケから離すと同時に、ツェルプストー家との因縁も教えられる。
目を付けられた以上、対処するのは早いほうがいい。
もう一つ、昨日の決闘で何をしたかだが、それもその時に聞いておけるだろう。
街までどうやって教え込もうか。ルイズの頬は自然と緩む。
……その結果はもはや言うまでもないのだが。
▽ ▽ ▽
これより少し前、場面は学園の一室に戻る。
青髪に眼鏡を掛けた少女ことタバサは、虚無の日が好きである。
この日だけは、誰に邪魔されることなく読書にのめり込めるからだ。
だが、彼女は今空に上に居る。正確には、シルフィードの背の上だが。
隣では、タバサを外に連れ出した張本人ことキュルケは、空の旅を満喫している。
連れ出された理由を何度も聞かされたが、要約すると人を追いたいらしい。
その人物に会わないと、キュルケの病気が治らないというのだ。
他人ならともかく、友人の頼みならば断るわけにもいかない。
あっさりと折れたタバサは、読書を諦めて窓の外にシルフィードを呼ぶ。
そして窓から飛び降りその背に乗ると、探し人の捜索を命じた。
キュルケもそれに続き、シルフィードの背中へと飛び乗る。
「出発」
「きゅい」
タバサの掛け声と共に、シルフィードが翼を羽ばたかせる。
「この吹き付ける風すら、あたしの体の火照りを抑えられないわ!」
自分の肩を強く抱きしめる友人など気にする事無く、タバサは読書を再開した。
それを気にする事無くキュルケは喋り続けるが、右から左へと聞き流す。
ちなみに「病気に掛かっているのはいつもでは?」と一つだけ質問した所、
自慢の胸を揺らしながら「どれも違う病原体なのよ」と屈託無い笑みで返してきた。
その返事に呆れる事も納得する事もなく、タバサは本へと視線を落とした。
あの馬上での無言の時間から暫くして、ルイズと荒垣は城下町の門に到着した。
ここまで一緒に乗ってきた馬は、門のそばにある駅に預けていく。
その預けられた馬は、嫌な空気から開放されて安堵の表情を浮かべていた。
帰りも自分が背に乗せるなど覚えていないくらいに。
そんな馬に見送られているとは知らず、二人は城下町へと入った。
凛と姿勢を正して歩くルイズとは対照的に、荒垣は腰を叩きながら歩く。
最初は並んで歩き出していたが、しばらくすると荒垣が半歩遅れたような形になる。
段々遅れてくる荒垣が気になったルイズは、その姿を見ると口元を緩めた。
「あら、シンジったら馬にもろくに乗れないのかしら?」
「慣れてねぇからな」
苦々しい表情を浮かべながら、荒垣は腰を擦る。
その様子に満足したのか、ルイズの顔から怒りの色が抜けていく。
「ほら、ゆっくり歩いてあげるから、ちゃんと付いて来なさ――きゃっ」
と、胸を張って前を歩き出そうとしたルイズの額が何かにぶつかる。
うずくまりながら視線を上げると、そこにはいかにも傭兵だと言った風体の男が立っていた。
「お、すまんな貴族様。よそ見してたぜ」
「ちょっと、平民の癖にぶつかってそれだけだなんていい度胸じゃない!」
機嫌の移り変わりの激しいルイズなど気に留めず、男は足早に去っていってく。
その様子をジッと見ていた荒垣は、ルイズの額を撫でて傷が無いのを確認すると、
男の去っていく方向をしっかりと目で追いながら、ルイズだけに聞こえるように呟いた。
「悪ぃが、少し待っててくれや」
「え、あ、なに? どこ行くのよ!」
ルイズの呼びかけに答えず、荒垣は路地裏へと消えていく。
残されたルイズは、路地の角に消えた荒垣をただただ見送るしかなかった。
城下町の大通りから外れ、いかにも路地裏と言った場所に辿り着いた荒垣。
用心深く壁に背を預け、曲がり角の先を覗き込むと、体格のいい男が三人いた。
一人は剣を担いだ大柄の男。もう一人は、小柄で痩せ気味な男。
そして最後の一人は、見覚えのある財布でお手玉をしている。
「へへ、貴族とは言えあんなガキならちょろいもんだぜ」
「おぉ! お前貴族から財布を盗んだのか。やるなぁ」
「なんの、いずれは俺が『土くれ』の名前も忘れるほどの盗賊になってやらぁ」
三人は談笑に夢中で、荒垣の接近には気付いていない。
少しずつ近付いてくる事も知らず、三人はお互いの成果を自慢し合っていた。
(どこの世界にもいるもんだな)
どちらかと言えば「こちら側」に馴染み深い身ではあるが、
だからと言って身に降りかかった火の粉は振り払わなければならない。
「ところで、そのオンボロな剣はどうしたんだ?」
「ああ、これか。インテリジェンスソードらしくてな。厄介払いを兼ねて引き取った」
「こんなボロがか?」
「おう。ま、実際は煩いだけのオンボロだがな。モノは言い様よ。
こいつを珍品好きな貴族にでも売りつけりゃ、そこそこの値にはなるだろ」
「すげぇ! そんな発想、誰も思いつきやしねーぞ!」
「だろぉ? これで魔法が使えたら、俺きっと公爵にでもなってたぜぇ」
「もしかしたらお前、貴族の息子だったのかもな」
「がはははは」
と、愉快そうに笑う大柄な男の背中に、荒垣が声を掛ける。
「ずいぶん楽しそうだな」
「ッ、なんだてめぇ」
「お前はさっきの貴族の」
慌てて財布を胸に隠すと、腰に下げていたナイフを取り出す。
それに倣って大柄の男は大槌を、痩せた男は弓を構えた。
「悪いな兄ちゃん。見ちまった以上、生きては返さないぜ」
あまりにも三流だと言わんばかりの台詞に、荒垣は呆れながら口を緩めてしまう。
「この野郎!」
馬鹿にされたと気付いたのか、ナイフを持った男は切っ先を向け突撃してきた。
それを半身をずらして回避しつつ、男の額目掛けて自身の額を振り下ろす。
「うぐぼッ」
クロスカウンター気味に入った額の衝撃に耐え切れず、男はナイフを手放し転げまわる。
これを見た大柄の男は、顔を歪ませながら大槌を荒垣の頭上目掛けて振り下ろす。
眼前に迫り来る大槌に慌てる事無く、地を蹴り男の隣まで転がり込む。
次の瞬間には、大槌が振り下ろされた地面は大きな窪みを形成していた。
「避けるんじゃねぇ」
「……」
大槌を振り下ろした反動で動けない大柄の男の隣に立つと、片方の足を払い落とす。
バランスが崩れ、仰向けに転倒していく男の顔面に、荒垣の踵が垂直に振り下ろされる。
悲鳴を挙げる事すら出来ず、大柄の男は口から泡を吹きながら意識を手放した。
「テメェもやるか」
「おぅわぉ」
最後に残った痩せた男は、意味不明な呻き声を出すと、懐から財布を投げて走り去っていった。
それを見送った荒垣は、服に付いた埃を払いながら溜息を漏らす。
と、この一瞬の隙を逃すまいとナイフの男が古びた剣を持って襲い掛かってきた。
『背中だ兄ちゃん!』
声が掛かると同時に荒垣は体をずらし、背後から迫ってくる影目掛けて力一杯裏拳を見舞う。
「ぐぇ」
蛙の悲鳴のような声を搾り出しつつ、男はずるずると地面に滑り落ちる。
そんな男に目もくれず、手の甲に感じた生温かい感触を嫌がる荒垣。
剣を手放した男は、鼻を押さえながら地面を這いずり回っていた。
荒垣は男を足で転がすと、その真上に立って男を見下ろす。
「どうすればいいか判るな」
「は、はひ」
顔を鼻血と涙で一杯にしながら、男は一生懸命頷く。
「手荒な真似をするつもりはねぇ」
すでにしてるじゃないかと言うツッコミがどこかから聞こえてきたが無視する。
片手で鼻を押さえながら、もう片方の手で懐から財布を取り出す。
「中身はどうした」
「す、すんません!」
慌てた様子で自分の財布を差し出すと、恐る恐る荒垣に差し出す。
(幾ら入ってたか判らねぇぞ)
ただ、貴族の娘というのだからそれなりには持っていたのだろう。
そこから掴めるだけ掴み取ると、空になった財布を叩き返す。
「悪さするなとは言わねぇが、相手を見てやるんだな」
その言葉を残すと、荒垣は財布を上着のポケットに入れて立ち去ろうとする。
『兄ちゃん~』
「あ?」
軽々しい呼びかけに、思わず男を睨みつけるが、男は必死に「違う」と首を横に振る。
周囲を見渡すが、人の気配はどこにもしない。
『おーい。ここだよここ』
「どこに隠れてやがる」
『いや、兄ちゃんの足元』
声の通りに荒垣が目線を落とすが、そこには古びた剣が転がっているだけ。
もしかしたら地中に隠れているのかと、剣ごと地面を蹴るが反響がない。
『ふ、踏みつける事はないだろうが! 兄ちゃんが踏んだ剣! それが俺!』
「……」
荒垣は頭を軽く振ると、何も見なかった様にその場を立ち去る。
『待って、お願いだから待って! 決して怪しいモノじゃないから!』
剣から放たれる必死の叫びを無視しつつ、荒垣は裏路地から姿を消していく。
『頼むよぅ! お兄さん『使い手』なんだろ? さっき蹴られて分かったよ!
た、試しに俺を握ってみてくれ。そうすれば俺が必死な理由が分かるからさぁ!』
人間だったら涙を流していそうな声に、さすがの荒垣も足を止める。
仕方なく踵を返して剣の所まで戻ると、面倒臭そうに持ち上げた。
その瞬間、荒垣の左手の甲に彫られたルーンがうっすらと光り、
荒垣の身体も、奥底から活力がみなぎってくるような感覚を覚える。
「身体が軽く感じるな」
『ね? ね? 言ったとおりでしょ。これが『使い手』ってヤツさ』
「その使い手ってのは何だ」
『そ、それは……その……ごめん。わすれちっ、ちょ、やめ、捨てないで!』
剣を遠投しようとした荒垣を必死で止める。
「遊んでる暇はねぇ。早く言え」
『それがその、マジで忘れちゃってるみたいで。てへへ……
い、いや、思い出すから! 必ず思い出すから! だから連れてって下さい!』
突然の申し出に胡散臭いものを感じるが、断る理由はあまりない。
それに、先程から気になっている事も聞きたいのだ。
「……ちなみに、この身体が軽くなってるのはお前の仕業か」
『へ? あ、そ、そうッス! 自分がやってますです!』
実を言うとこれは嘘なのだが、捨てられたくない剣としては必死である。
仮に拾われたとして、事実が知れれば後悔するとも知らずに。
「いいだろ。その『使い手』とやらが何なのか分かるまで待ってやる」
『ま、任せてください! 必ず思い出しますし、それまで武器として役に立ちますって!
あ、あと、自分はデルフリンガーって言います。に、兄さんのお名前は?』
言葉使いがかなり卑屈になっているが、どちらも気にしていない。
「剣に自己紹介ってのも変だが、荒垣真次郎だ」
『アラガキシンジロウ……なら、ガキさんって呼ばせてもらいます!』
「……好きにしろ」
『うす!』
どこかで聞いた事のあるようなノリの剣に、荒垣はこめかみを押さえつつ首を振った。
そこに、この場から離れようと少しずつ移動していたナイフの男と目が合う。
「おい」
「ヒィ」
「この剣……貰っていって良いか」
「ど、どうぞどうぞ」
無理矢理笑顔を作ってそれだけ言うと、男は遂に意識を手放した。
▽ ▽ ▽
大通りまで戻ると、待っていたのはルイズ一人ではなく三人になっていた。
「遅い! 何やってたのよ!」
「悪い。それより、もう盗られるなよ」
「へ? あ、これ」
荒垣が投げて寄越したのは、ルイズが無くしたと思っていた財布だった。
「盗られたって……もしかして取り返してきたの?」
ルイズの問いかけに肯定の意味も込めて頷く。
すると、ルイズの隣に立っていたキュルケが人目もはばからず荒垣に抱きついた。
「お前は昨日の――」
「凄いわダーリン。お間抜けなルイズの財布をキッチリ取り返して来るなんて」
「誰がお間抜けよ! と言うか、ダーリンって誰よ!」
「お間抜けは貴女よルイズ。で、ダーリンはアラガキのこと。
それにしても、財布を盗られたのも気付かないだなんてねぇ。
あたしと違って薄いし、無いなら即座に反応できるのに、それじゃ小さい意味が無いじゃない」
「ぬぅあ!」
胸を押さえながら、ルイズはキュルケを睨みつける。
そのやり取りを無視する事に決めた荒垣は、残ったタバサに声を掛ける。
「あの女の世迷言は何だ」
本を読んでいたタバサは、本から目を離す事無く呟いた。
「病気」
「ああ、病気か」
返ってきた答えに納得できたらしく、荒垣は二人の言い争うが終わるのを待つ。
数分後、顔を真っ赤にして肩で息するルイズは、ようやく荒垣の持っている剣に気付いた。
「何よその剣」
「貰った」
「貰った……って、犬じゃないんだから返してきなさいよ!」
「仕方ねぇだろうが。それに、コイツにもせがまれたんだ」
『こ、こんちわー』
鞘から刃を出し、やや遠慮がちに喋りだした剣を見せられ、思わず眉をしかめる。
「なにそれ、インテリジェンスソード?」
『どもども、デルフリンガーッス。気軽にデルフって呼んでください』
出だしと随分違う軽い口調である。横で見ていたキュルケも、デルフを見て呆れた。
剣としては大剣に分類されるだろうが、いかんせん錆が酷すぎる。
こんな古びた剣ならば、いつ刃こぼれしてもおかしくないだろう。
「ねぇダーリン、こんな剣じゃなくて、もっと立派なのが欲しくない?」
「ちょっと、何勝手な事言ってるのよ」
『そうだそうだ』
「アンタは黙ってなさい!」
『……はい』
今にも噛み付きそうな二人など気にも留めず、荒垣はデルフを鞘に仕舞い軽く振った。
「ちぃっとばかし軽いが、鈍器としては悪かねぇ」
「そ、そうなんだ」
問題無いという言葉に、ルイズはかなりのショックを受けていた。
本来の予定では、ここに到着するまでに欲しいものを聞いておいて、
主人のありがたみを理解させつつ、何かを買い与えるつもりだった。
例えば、あの決闘での雰囲気からして、武器の一つは欲しがるかもしれない。
それを見越して、出せるギリギリの所持金を持ってきたのだ。
だが、目の前の男は古びた剣だけで満足しきっている。
「で、買い物がどうこうって話はどうした」
「えっと、し、シンジが欲しいものは無いの?」
「無いな」
「ぁぅ」
即答され、あっさりと会話を終わらされてしまう。
続くキュルケも、暖簾に腕押しするようなやり取りで進展が無い。
「買い物に来たんだろ。早く行って来い……俺はここで待ってる」
そう言って壁に背を預けると、目を閉じて静かになってしまった。
取り付く島も無い様子に、ルイズは溜息を漏らす。
だがもう一方のキュルケは、諦めてなどいなかった。
軽快に指を弾くと、両腕で胸を押し上げてルイズに向き合う。
「なら、どっちがダーリンに喜ばれるプレゼントを買ってくるか勝負しましょう」
「ッ! わ、私はそんな勝負――」
「あら、戦う前から負けを認めるだなんて、いかにもヴァリエール家らしいわね」
最後の一言に、キュルケと真正面から向き合うルイズ。
キュルケと同じように腕を組むが、どこにも動きが見当たらない。
「なんですって!? いいわ、受けて立とうじゃないの!」
「ふふ。それじゃ、一時間後に。敗者は勝者の言う事を一つ聞く事」
「ふんっ! 今からアンタの泣く顔が楽しみだわ!」
それぞれ言い合いながら、大通りの向こうへと消えていく。
残った荒垣とタバサは、お互い干渉する事無く沈黙を守り続けていた。
▽ ▽ ▽
結局、学園に帰って来たのは日も暮れた時間だった。
プレゼントに関してはお互い同時にと言う事で見せていない。
が、道中飽きる事無く言い争うを続ける二人と一緒にいて、荒垣はかなり疲れていた。
こういう時は早めに休むべきなのだが、部屋の主が威嚇してくるため休めない。
そこで仕方なく、荒垣はデルフを抱えながら初日と同じ場所へと足を運んでいた。
「おや、ここにいたのかい?」
と、小屋に行く途中で、どこかで聞いた事のある声に呼び止められた。
振り返ってみると、薔薇を咥えたギーシュがそこで立っていた。
踊るように荒垣に近付くと、ギーシュは口から薔薇を抜き取る。
「痛ッ……さて、月の綺麗な夜だねミスタ・アラガキ」
切れた上唇を無視しつつ、ギーシュは言葉を続ける。
ちなみに、月は雲に隠れて姿を見せようとはしていない。
「まずはお詫びをさせて欲しい。
決闘前に不意打ちした事。それと、君の主を傷付けようとした事だ」
突然の事だったが、もともとこう言う輩なのだろうと諦める。
「……で? つまるところ何が言いてぇんだテメェは」
「そ、そんなに凄まないでくれたまえ。結構怖いんだよ。
えと、ぼ、僕が言いたかったのは、こういうことさ!」
薔薇の杖を荒垣に向けて、真正面から真剣な瞳を向ける。
「再戦したい!」
「ぁ?」
「思えば、あの決闘で君から手を出している様子はなかった。
もちろん、なんでワルキューレ達が潰されたのかと言う事も気になる。
だが、今の僕にとってそれは些細な事でしかない! 今の僕にとって重要な事……それは!」
わざわざ一回転して、ポーズを取り直す。
「君が手を出してくれるまで、僕は決闘を申し込むのを止めないッ!!」
最後に再び薔薇を咥え、揺らぐ事無く荒垣へ視線を送る。
仕草こそ間抜けであったが、その瞳だけは真剣そのものだ。
最初は断ろうと思っていた荒垣だったが、ギーシュの熱意を受け考えを改めた。
「怪我しても知らねぇぞ」
「承知の上さ」
「……来な」
デルフを抜かず、鞘ごと相手に見せ付ける。
一方のギーシュも、ワルキューレを三体呼び出し、杖を構えた。
「行けッ、ワルキューレ!」
その掛け声とともに、三体のワルキューレが同時に襲い掛かってきた。
うち二体は荒垣の背後に回りつつ距離をとり、一体は正面から突撃してくる。
まずは正面からくるワルキューレを沈めようと足を踏み出すが、
その瞬間を待っていたかのように、後方の二体がそれぞれ別方向から拳を突き出してくる。
「くッ」
瞬時に避けられそうな空間を探すが、それより先に正面にいたワルキューレの拳が荒垣の脇腹を突く。
(ぐぅっ)
呻き声はあげないが、こみ上げて来る痛みは前日の比ではない。
続けざまに来た二体の拳を回避しつつ、荒垣は大きく距離を取る。
「僕は七体のワルキューレしか呼べない。しかも、全部空洞だ。
……なら、数を抑えて、その分中身を詰めたらどうだろうと考えたんだ」
離れた荒垣の背後に、同じように二体のワルキューレが張り付く。
そのどちらも、絶妙な間合いを取って荒垣を牽制していた。
「どうだい? 手を出す気になったかな」
自信たっぷりなギーシュを軽く睨み、荒垣は血の混じった唾を吐いた。
「確かに、テメェが真剣なのは十分理解できたぜ」
そう言うと、荒垣は鞘からデルフを抜き取り、軽々と肩に担ぐ。
左手のルーンも、昼間と同じように薄く輝き始めている。
『自分の出番ッスか』
「ああ、テメェがどれだけ使えるか試してやるよ」
『うすッ!』
武器を構えた事にギーシュは、喜びのあまり必死で考えた策を度忘れしてしまう。
しかも、もう一度作戦を立てるのかと思いきや、そのままワルキューレを突撃さてしまった。
もちろん考え無しの特攻が上手くいく筈もなく、同時に突撃してきたワルキューレを跳躍してかわすと、
お互いに拳を交差させたまま動けなくなっているその背中に、デルフを思い切り叩き付けた。
「ああっ!」
ギーシュが失敗に気付いた時には、すでに二体のワルキューレが潰されて倒れていた。
そして、最後の一体もまた、薙ぎ払ったデルフを避けられずに、真っ二つとなって崩れ落ちる。
残されたギーシュは、力が抜けてしまい、膝を突いてしゃがみ込んでしまう。
「そ、そんな……せっかく考えた僕の作戦が」
両手を地面についてうな垂れるギーシュの横で、脇腹を擦りながら荒垣が口を開く。
「最後まで油断すんなバカ野郎が……次は気をつるんだな」
「あ、ああ!」
最後に「じゃあな」と言おうとした瞬間、爆発音が響き渡った。
地震とも思える振動に対し、デルフを杖にして身体を支える。
(なんだ!?)
空を見上げると、見覚えのある場所から煙の様なものが巻き上がっていた。
その先に意識を集中してみると、その煙の中心から誰かの声が聞こえてくる。
やがて煙が晴れ、大きな影が正体を現す。出てきたのは、巨大な岩の人形だった。
しかもよくみると、その肩らしき場所に人の影が見える。
雲の合間から注がれた月光を浴びたその人物の顔は、荒垣の位置からしっかりと確認できた。
(アイツは確か……)
幸い、相手はこちらに気付く様子はなく、岩の人形と共に学園から逃げていこうとしていた。
「ああああれは、まさかフーケ!?」
隣で腰を抜かしていたギーシュの言葉に、昼間の男を思い出す。
「フーケってのは何だ」
「と、トリステインの城下町に出没する盗賊で、巷では『土くれ』のフーケって呼ばれている……はず」
「アイツはその盗賊だったって事か」
「どどど、どうしよう。学園に盗みに来るなんて」
オロオロするギーシュの腕を掴み、無理矢理立たせる。
「テメェは瓦礫の下に誰か居ないか確認して、それが済んだら誰か人を呼んで来い!」
「き、君はどうするんだい!?」
ギーシュの問いに答える事無く、荒垣はフーケの逃げた方向に走り出す。
なぜ走っているのか、当人もわからないまま。
いつのまにか夜空から雲が消え、月と星が顔を見せていた。
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