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「マジシャン ザ ルイズ 3章 (20)」(2008/09/05 (金) 20:15:57) の最新版変更点
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マジシャン ザ ルイズ (20)プレインズウォーカーの狂気
それは黒い染み。
純白の世界に産み落とされた、汚らわしき黒の蜃気楼。
汚染と侵略とを等しくする邪悪。
「……ふん、くだらん、実に陳腐だ。失望したぞコルベール。お前は二十年の間に錆び付いて、俺の求めた温度ではなくなってしまったか」
倒れ伏せる男に向かってメンヌヴィルが吐き捨てる。
防御もままならまま、炎の射線へと己が身を躍らせた道化に対して、メンヌヴィルは既に興味を失っていた。
「興が殺がれた。コルベール、その命暫く預けておいてやる。次会うときは腑抜けた面構えをなおしておけ」
背を向けて、堂々と舞台から退場するメンヌヴィル。
扉が開かれ死神が去った艦橋、その場に五体無事で残されたのはルイズとモンモランシー、ギーシュの学院生徒達三人だけであった。
「モンモランシー!早く治癒を、早くっ!」
「嫌っ!嫌よっ!」
「ミスタ・コルベールは私達を助けるために身を呈して庇ってくれたのよっ!」
「だって、だって……わぁぁぁん!!」
ルイズの胸に飛び込んで大声で泣き出したモンモランシー。
突然の戦場、唐突な襲撃、そして目の前で仰向けに倒れているミスタ・コルベール。
ほんの少し前まで、戦いなどとは縁遠い学院で平和を享受していたモンモランシー。
大多数の貴族の令嬢がそうであるように、蝶よ花よと愛され育てられたモンモランシー。
そんな彼女にとって、ここ一時間に起こったことは何もかもが遠い世界の絵空事のようで、自分がどのような状況に置かれているかを本当に理解していなかった。
目の前に死の影が迫るまでは……
どうすればいいか分からず、背中を両手でそっと抱くルイズ。
だがそれも一瞬のこと、すぐさまモンモランシーの肩を掴んで引き離した。
「しっかりしなさいっ!モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ!」
顔を涙に濡らし、体を震わせているモンモランシーの目を、正面からしっかりと見据えるルイズ。
「見なさい!ミスタ・コルベールを!私達を救うために戦った人を!」
そしてモンモランシーの恐れ、その核心を突く。
モンモランシーの脳裏にフラッシュバックする、温度を失った顔をしたコルベール。
「この姿を見てもあんたは、ミスタ・コルベールがあいつと同じだって言うのっ!?」
モンモランシーの中に芽生えた原始的な『火』への恐怖、それを察知しながらもルイズは言う、打ち勝てと。
「で、でも……」
「皆戦ってる。ミスタ・ウルザ、ミスタ・コルベール、オールド・オスマン、タバサ、ギーシュも。あなたはあなたの戦いをしなさい、モンモランシー」
突き放すように言いながら、モンモランシーをいたわる色を滲ませるルイズ。
モンモランシーは顔をくしゃくしゃに歪めながら、治癒のルーンを呟き始めた。
「私じゃ応急処置しかできないわ……トライアングルか、それ以上の水魔法のメイジに早く治癒してもらわないと」
「そう……、聞いたわねギーシュ!すぐに王都に向かってちょうだい」
モンモランシーの治癒を受けても目を覚まさないコルベールの頭に手を置いてルイズの言葉。
だが、、、
「ルイズ、申し訳ないのだけれど、その前にまた問題発生のようだよ。最初に言っておくけど、僕はどっちが王都か分からない。次に、どうやらこのまま進むと敵のど真ん中みたいだ」
「……え?」
呆けた声を出したルイズは前方、硝子越しに月明かりに照らされた風景を見た。
いつの間にやら、船の周囲をうるさく飛びまわっていた屍竜達が消えていた、これはいい。
問題は、夜空を更に黒く染め上げる無数の影であった。
「……参ったのう、これは」
よっこらしょと、甲板に腰を下ろすオールド・オスマン。
その姿は汚れくたびれ、手傷も一箇所や二箇所では済まない。
中でも両足に負った火傷は見るからに酷く、座ったのが休むためだけではないことが伺える。
「きゅいきゅい!」
その横に降り立つタバサとシルフィードの主従。
こちらも似たり寄ったり、満身創痍といった格好である。
「どうかね、ミス・タバサ。あれはどうにかできそうかね」
「無理」
「困ったのぅ」
ウェザーライトⅡの前方に広がる無数な影。
それは王都を強襲すべく動員されたアルビオンの大艦隊。
旗艦レキシントン号を中心に編成された、ハルケギニア最大の航空戦力である。
船の数は五十隻以上、周辺を飛び回っている飛竜に至ってはどれだけの数がいるのか見当もつかない。
その背後に控えるのは、巨大な深淵からゆっくりと這い出してくる浮遊大陸アルビオン。
アルビオンの無敵艦隊がこの空域まで進軍しているという事実。
それはトリステイン王国王都トリスタニアが、既に喉元に短剣を突きつけられチェックメイトを言い渡されたということであった。
「あんな大艦隊、どうしろって言うんだ」
こちらは単騎。その上頼みの使い魔は意識を失ったまま、船の操作に詳しかったコルベールも重態。
素人であるルイズが考えても、勝ち目など無いことは容易に想像がついた。
かといって――
「今から王都に引き返しても、すぐさまに王都が攻撃を受けるわね」
元々魔法学院とトリステインはフネならば短時間で結ぶことのできる距離である。
現在地が分からないながらも、そういった事情を加味すると、アルビオン艦隊の位置は王都と目と鼻の先と考えて間違い無いだろう。
このままでは王都の住人達、そして学院から王都へと避難した人々が戦火に巻き込まれるのは明白であった。
「ちょっと行ってくるわ」
「行くって…まさか外に出るつもりなのかい?何のために!?」
腰を痛めたまま、席から立つことが出来ないギーシュが首だけを動かしてルイズに聞いた。
「私は私の戦いをするために」
「ば、馬鹿なことを言っちゃいけない!とりあえず舵を切って今は何処か遠くへ逃げるから、君も何かに掴まっていたまえ」
「いいえ、このままよ。真っ直ぐに」
「このままって……」
ギーシュは改めてルイズを見やった。
桃色がかったブロンドの長髪、挑発的な鳶色の瞳。女性的な柔らかさと未成熟なしなやかさを併せ持つ、若木のような体。
その顔は真っ直ぐに正面の大艦隊を見据えつつも、諦めも絶望も浮かべてはいない。
ゼロの蔑まれようとも、決して卑屈な態度をとったことの無い不遜な少女、教室で時折見せた自信に満ちた顔の少女がそこにはいた。
そしてギーシュは、そんな彼女の中に誇り高い『偉大なる貴族』を見た。
「……駄目だと思ったら、僕の判断で引き返すからね」
「ありがとう」
「さて、言ってみたはいいけど、どうしようかしらね、ホント」
ルイズの勝機、それは自身の中に眠る『伝説』、虚無の力である。
以前アルビオンで暴走したあの力、あれをもう一度引き出すことができれば目の前の大艦隊を打ち滅ぼすことも可能かも知れない。
だが、再びあれを再現できるのか、ルイズの中で疑問は尽きない。
唯一つ確実なのは、できなければトリステインに明日は無いということである。
「おーい、ミス・ヴァリエール!」
甲板の端、そこには座り込むオールド・オスマンと、その傍らに立つタバサの姿があった。
「二人とも無事で何よりです」
「ほっほっほ、老兵は死なずなんとやらじゃよ」
「……」
気がかりであった二人の健在な姿を見て、ルイズも思わず顔を綻ばせる。
「して……ミス・ヴァリエールは何用でこんな所に来たのかな?」
オールド・オスマンが好々爺とした表情に鋭い目つきを含ませて、ルイズの手の中に『始祖の祈祷書』があることを確認して言った。
ルイズはちらりとタバサを見た後、なにごともなかったように切り出した。
「私の『虚無』で、敵を打ち払います」
タバサが一瞬息を呑むのを感じながら、ルイズはそのまま続ける。
「今ここで食い止めなければ、王都トリスタニアはすぐさま敵の攻撃に晒されてしまいます。そうなったら沢山の人が犠牲になります。だから……私が本当に『伝説』であるならば、ここで立ち向かわなければならないと思います」
「……君は学生じゃ。戦争などという馬鹿げたことは、軍人に任せておけばいいのじゃよ」
「違います、オールド・オスマン。私は学生である前に、一人の貴族です」
きっぱりと言い切る教え子に、オスマンは悲しみと哀れみを込めた言葉で応える。
「しかし、君の魔法はミスタ・ウルザから使ってはいけないと、止められていたはずではなかったかね」
そう、ルイズは使い魔ウルザから、以前ニューカッスル城で虚無の暴走を引き起こして以来、使ってはならないときつく戒められているのである。
曰く「虚無の魔法は術者への反動が大きく、未熟な術者が行使すれば、肉体への影響は避けられない」と。
だが、それでも、
「それでも、やります」
前方から迫る無数の敵艦と竜騎士。
それらに立ち向かう形で、マントをなびかせたルイズが立つ。手の中には開かれた『始祖の祈祷書』。
「どれ、もうひと踏ん張りいくかの」
「あなたを、守る」
ルーンの詠唱を始めようとするルイズの前、女王を守る近衛のようにオスマンとタバサが左右で杖を構えた。
頼もしい二人の背中に、詠唱を中断し声をかけようとするルイズ。
しかしそれも一瞬のこと、再び詠唱を再開する。
信頼に言葉はいらない。
ただ信じることこそ、万の言葉よりも意味を持つのだ。
――エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ
古代のルーンを唱え、自分の中にある力のうねりを感じる。
神経を研ぎ澄まし、細心の注意を払いながらそれを制御していく。
一切の雑音は排除され、彼女の耳には届かない。
――オス・スーヌ・ウリュ・ル・ラド
だが、突如としてルイズの世界にノイズが走った。
『やはり君は素晴らしい。僕の小さな小さなルイズ』
ルイズの詠唱が止まる。
まるで心臓を掴まれたかのように、呼吸が、鼓動が、リズムが止まる。
その声を聴いた瞬間、それまでの集中が嘘のようにかき乱されていく。
制御されつつあった力は再び混沌へと回帰した。
オスマンとタバサが一歩前に進み、声の主を警戒する。
『おっと。レディの前に顔も出さずに声だけなんて、僕としたことが余りに不躾だったね』
放たれた二つ目の言葉。呼応するように、三人の前方の空間が水面に雫を落としたかのように波をうって歪む。
そこから這い出すように現れる、ヒトの右半身。
『これで僕が誰だか分かってくれたかな。僕のフィアンセ、愛しい愛しいルイズ」
続いて現れる左半身。
全身を現出させ、その姿を露にした者。全身を白く染め上げた魔法衛視隊の制服に身を包んだジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。
宙に浮かんだ白いワルド。
それを見たルイズの目が見開かれる。
確かにタバサからワルドが生きていたことは聞いていた。
だが、これは、まるで、ワルドの姿をした別の何かのようではないか。
確かにその姿、表情、仕草、それらは目の前の男がワルドであることを示唆している。
けれど、何かが違う。
まるで歯車を違えた機械時計が、全く別のものになってしまったかのような違和感。
再びルイズの前に現れたワルドは、そういったものを撒き散らす魔人と成り果てていた。
「アイス・ストーム……!」
初撃から最大魔法による迎撃。
サン・マロンの『実験農場』、そこでワルドの力を垣間見たタバサに敵への過小評価はありはしない。
氷雪の二つ名の由来、細かな氷の粒を巻き込んだ強烈な暴風がワルドを襲う。
だが……
「ウインド・ブレイク」
ワルドが呟いた風の低位スペル。
その瀑布が放たれた瞬間、渾身の力を込めたタバサの風は吹き散らされその力を失っていた。
「どうだい?僕の新しい力は」
三人は幽霊でも見たかのように、口を開いて宙を見た。
今ワルドが放った呪文の力も勿論驚愕に値する。
だが、それ以上に彼らを驚かせたのは宙に浮きながら呪文を唱え、あまつさえワルドの手の中に杖が無かったということである。
そのどちらもが、系統魔法にはあり得ない行為であった。
「僕は力を手に入れた。以前の僕は確かに君とつり合わない取るに足らない存在だったかも知れない。けれど……今の僕なら君に十分相応しいはずだ」
ワルドが右手を振る。
突如発生した空気の槌にタバサは全身を打ち据えられ、子供に投げ飛ばされたぬいぐるみの様に、一度、二度と甲板を撥ねて転がった。
「さあ、迎えに来たよ。僕の花嫁ルイズ、ああ、愛しい愛しいルイズ」
ワルドが左手を振る。
無数に現れた風の槍にオスマンの全身が貫かれ、血飛沫を撒き散らしながら吹き飛ばされる。
邪魔者を排除して、ゆっくりと滑るようにルイズへと近づいてくるワルド。
「これで僕達二人きりだ、僕の小さなルイズ。君は昔からこういったロマンチックな舞台が好きだったからね」
既にルイズの呪文の詠唱は完全に中断している。
否、ワルドが現れてからのルイズは、バジリスクの目を見てしまった犠牲者の如く固まってしまっていた。
「あな……あなたはっ」
「僕が死んでしまったと思っていたのかい?すまない、すまないルイズ!本当は手紙の一つも送るべきだったのかもしれない。けれど僕も忙しい身でね、伝えるのが遅くなってしまったよ!」
違う、全く違う。
自分の知るワルドは、ただ自分を道具として必要としただけの男。こんな狂熱に浮かされた目で自分を見ることはなかった。
目の前の男は……ワルドじゃない!
「ふふふ、聞いておくれルイズ。僕は今、この世界を開放する為に戦っているんだ。アルビオン、ガリア、ゲルマニアは既に僕の手の中にある。トリステインもすぐに手に入れてみせる。
そうしたら次はロマリアの腰抜け達だ。彼らが終わったら次はいよいよ砂漠だ!そう、エルフだよ!エルフ達から聖地を奪還するんだ!」
大きく手を振り体を動かして語るワルドの独演会。
ルイズ一人に聞かせるための狂想曲は、高らかにヒートアップしていく。
「ハルケギニアの悲願!始祖ブリミルが降り立った始まりの地!それが聖地!君はそこに何があると思う?そこにはね、扉だ、扉があるんだよ。僕達を外へ出て行けないようにしている扉があるんだ!僕はその扉を開け放ち、ハルケギニアを開放する!」
「そんな……エルフ達に、勝てるわけ、ないじゃない……」
「それは思い込み、思い込みなんだよルイズ!エルフ達は絶対の存在じゃない、彼らを上回る力を持ってすれば打倒するのはたやすい!何より僕は一人じゃないんだ!君だ、君がいる!僕の愛おしいルイズ!それだけじゃない!」
ワルドが左手を差し出して、握っていた手を開き、そこにあるものをルイズに見せた。
ルイズが視線を移した手のひらの上、そこには時折光を発する黒い球体があった。
否、良く見れば分かる、それはただの球体ではない。生き物の質感を持つ材質で作られた、機械の眼球。
「盟友たる彼が与えてくれた眼が、僕に無限の知識を与えてくれる!これと君の力があれば、ロマリアも!エルフも!始祖も!何も恐れる必要なんてない!」
ルイズはワルドの手のひらから、ゆっくりと視線を上に移動させる。
そこには触れ合うほどに近づいたぎらぎらと異様に光る二つの眼、そして猛毒の笑み。
「ああ、君が欲しい!ルイズ・ド・ラ・ヴァリエール!」
プレインズウォーカーの正気の度合いを計るのは難しい。
―――ウルザ
#center(){[[戻る>マジシャン ザ ルイズ 3章 (19)]] [[マジシャン ザ ルイズ]] [[進む>マジシャン ザ ルイズ 3章 (21)]]}
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マジシャン ザ ルイズ (20)プレインズウォーカーの狂気
それは黒い染み。
純白の世界に産み落とされた、汚らわしき黒の蜃気楼。
汚染と侵略とを等しくする邪悪。
「……ふん、くだらん、実に陳腐だ。失望したぞコルベール。お前は二十年の間に錆び付いて、俺の求めた温度ではなくなってしまったか」
倒れ伏せる男に向かってメンヌヴィルが吐き捨てる。
防御もままならぬまま、炎の射線へと己が身を躍らせた道化に対して、メンヌヴィルは既に興味を失っていた。
「興が殺がれた。コルベール、その命暫く預けておいてやる。次会うときは腑抜けた面構えをなおしておけ」
背を向けて、堂々と舞台から退場するメンヌヴィル。
扉が開かれ死神が去った艦橋、その場に五体無事で残されたのはルイズとモンモランシー、ギーシュの学院生徒達三人だけであった。
「モンモランシー!早く治癒を、早くっ!」
「嫌っ!嫌よっ!」
「ミスタ・コルベールは私達を助けるために身を挺して庇ってくれたのよっ!」
「だって、だって……わぁぁぁん!!」
ルイズの胸に飛び込んで大声で泣き出したモンモランシー。
突然の戦場、唐突な襲撃、そして目の前で仰向けに倒れているミスタ・コルベール。
ほんの少し前まで、戦いなどとは縁遠い学院で平和を享受していたモンモランシー。
大多数の貴族の令嬢がそうであるように、蝶よ花よと愛され育てられたモンモランシー。
そんな彼女にとって、ここ一時間に起こったことは何もかもが遠い世界の絵空事のようで、自分がどのような状況に置かれているかを本当に理解していなかった。
目の前に死の影が迫るまでは……
どうすればいいか分からず、背中を両手でそっと抱くルイズ。
だがそれも一瞬のこと、すぐさまモンモランシーの肩を掴んで引き離した。
「しっかりしなさいっ!モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ!」
顔を涙に濡らし、体を震わせているモンモランシーの目を、正面からしっかりと見据えるルイズ。
「見なさい!ミスタ・コルベールを!私達を救うために戦った人を!」
そしてモンモランシーの恐れ、その核心を突く。
モンモランシーの脳裏にフラッシュバックする、温度を失った顔をしたコルベール。
「この姿を見てもあんたは、ミスタ・コルベールがあいつと同じだって言うのっ!?」
モンモランシーの中に芽生えた原始的な『火』への恐怖、それを察知しながらもルイズは言う、打ち勝てと。
「で、でも……」
「皆戦ってる。ミスタ・ウルザ、ミスタ・コルベール、オールド・オスマン、タバサ、ギーシュも。あなたはあなたの戦いをしなさい、モンモランシー」
突き放すように言いながら、モンモランシーをいたわる色を滲ませるルイズ。
モンモランシーは顔をくしゃくしゃに歪めながら、治癒のルーンを呟き始めた。
「私じゃ応急処置しかできないわ……トライアングルか、それ以上の水魔法のメイジに早く治癒してもらわないと」
「そう……、聞いたわねギーシュ!すぐに王都に向かってちょうだい」
モンモランシーの治癒を受けても目を覚まさないコルベールの頭に手を置いてルイズの言葉。
だが、、、
「ルイズ、申し訳ないのだけれど、その前にまた問題発生のようだよ。最初に言っておくけど、僕はどっちが王都か分からない。次に、どうやらこのまま進むと敵のど真ん中みたいだ」
「……え?」
呆けた声を出したルイズは前方、硝子越しに月明かりに照らされた風景を見た。
いつの間にやら、船の周囲をうるさく飛びまわっていた屍竜達が消えていた、これはいい。
問題は、夜空を更に黒く染め上げる無数の影であった。
「……参ったのう、これは」
よっこらしょと、甲板に腰を下ろすオールド・オスマン。
その姿は汚れくたびれ、手傷も一箇所や二箇所では済まない。
中でも両足に負った火傷は見るからに酷く、座ったのが休むためだけではないことが窺える。
「きゅいきゅい!」
その横に降り立つタバサとシルフィードの主従。
こちらも似たり寄ったり、満身創痍といった格好である。
「どうかね、ミス・タバサ。あれはどうにかできそうかね」
「無理」
「困ったのぅ」
ウェザーライトⅡの前方に広がる無数な影。
それは王都を強襲すべく動員されたアルビオンの大艦隊。
旗艦レキシントン号を中心に編成された、ハルケギニア最大の航空戦力である。
船の数は五十隻以上、周辺を飛び回っている飛竜に至ってはどれだけの数がいるのか見当もつかない。
その背後に控えるのは、巨大な深淵からゆっくりと這い出してくる浮遊大陸アルビオン。
アルビオンの無敵艦隊がこの空域まで進軍しているという事実。
それはトリステイン王国王都トリスタニアが、既に喉元に短剣を突きつけられチェックメイトを言い渡されたということであった。
「あんな大艦隊、どうしろって言うんだ」
こちらは単騎。その上頼みの使い魔は意識を失ったまま、船の操作に詳しかったコルベールも重態。
素人であるルイズが考えても、勝ち目など無いことは容易に想像がついた。
かといって――
「今から王都に引き返しても、すぐさまに王都が攻撃を受けるわね」
元々魔法学院とトリスタニアはフネならば短時間で結ぶことのできる距離である。
現在地が分からないながらも、そういった事情を加味すると、アルビオン艦隊の位置は王都と目と鼻の先と考えて間違い無いだろう。
このままでは王都の住人達、そして学院から王都へと避難した人々が戦火に巻き込まれるのは明白であった。
「ちょっと行ってくるわ」
「行くって…まさか外に出るつもりなのかい?何のために!?」
腰を痛めたまま、席から立つことが出来ないギーシュが首だけを動かしてルイズに聞いた。
「私は私の戦いをするために」
「ば、馬鹿なことを言っちゃいけない!とりあえず舵を切って今は何処か遠くへ逃げるから、君も何かに掴まっていたまえ」
「いいえ、このままよ。真っ直ぐに」
「このままって……」
ギーシュは改めてルイズを見やった。
桃色がかったブロンドの長髪、挑発的な鳶色の瞳。女性的な柔らかさと未成熟なしなやかさを併せ持つ、若木のような体。
その顔は真っ直ぐに正面の大艦隊を見据えつつも、諦めも絶望も浮かべてはいない。
ゼロの蔑まれようとも、決して卑屈な態度をとったことの無い不遜な少女、教室で時折見せた自信に満ちた顔の少女がそこにはいた。
そしてギーシュは、そんな彼女の中に誇り高い『偉大なる貴族』を見た。
「……駄目だと思ったら、僕の判断で引き返すからね」
「ありがとう」
「さて、言ってみたはいいけど、どうしようかしらね、ホント」
ルイズの勝機、それは自身の中に眠る『伝説』、虚無の力である。
以前アルビオンで暴走したあの力、あれをもう一度引き出すことができれば目の前の大艦隊を打ち滅ぼすことも可能かも知れない。
だが、再びあれを再現できるのか、ルイズの中で疑問は尽きない。
唯一つ確実なのは、できなければトリステインに明日は無いということである。
「おーい、ミス・ヴァリエール!」
甲板の端、そこには座り込むオールド・オスマンと、その傍らに立つタバサの姿があった。
「二人とも無事で何よりです」
「ほっほっほ、老兵は死なずなんとやらじゃよ」
「……」
気がかりであった二人の健在な姿を見て、ルイズも思わず顔を綻ばせる。
「して……ミス・ヴァリエールは何用でこんな所に来たのかな?」
オールド・オスマンが好々爺とした表情に鋭い目つきを含ませて、ルイズの手の中に『始祖の祈祷書』があることを確認して言った。
ルイズはちらりとタバサを見た後、なにごともなかったように切り出した。
「私の『虚無』で、敵を打ち払います」
タバサが一瞬息を呑むのを感じながら、ルイズはそのまま続ける。
「今ここで食い止めなければ、王都トリスタニアはすぐさま敵の攻撃に晒されてしまいます。そうなったら沢山の人が犠牲になります。だから……私が本当に『伝説』であるならば、ここで立ち向かわなければならないと思います」
「……君は学生じゃ。戦争などという馬鹿げたことは、軍人に任せておけばいいのじゃよ」
「違います、オールド・オスマン。私は学生である前に、一人の貴族です」
きっぱりと言い切る教え子に、オスマンは悲しみと哀れみを込めた言葉で応える。
「しかし、君の魔法はミスタ・ウルザから使ってはいけないと、止められていたはずではなかったかね」
そう、ルイズは使い魔ウルザから、以前ニューカッスル城で虚無の暴走を引き起こして以来、使ってはならないときつく戒められているのである。
曰く「虚無の魔法は術者への反動が大きく、未熟な術者が行使すれば、肉体への影響は避けられない」と。
だが、それでも、
「それでも、やります」
前方から迫る無数の敵艦と竜騎士。
それらに立ち向かう形で、マントをなびかせたルイズが立つ。手の中には開かれた『始祖の祈祷書』。
「どれ、もうひと踏ん張りいくかの」
「あなたを、守る」
ルーンの詠唱を始めようとするルイズの前、女王を守る近衛のようにオスマンとタバサが左右で杖を構えた。
頼もしい二人の背中に、詠唱を中断し声をかけようとするルイズ。
しかしそれも一瞬のこと、再び詠唱を再開する。
信頼に言葉はいらない。
ただ信じることこそ、万の言葉よりも意味を持つのだ。
――エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ
古代のルーンを唱え、自分の中にある力のうねりを感じる。
神経を研ぎ澄まし、細心の注意を払いながらそれを制御していく。
一切の雑音は排除され、彼女の耳には届かない。
――オス・スーヌ・ウリュ・ル・ラド
だが、突如としてルイズの世界にノイズが走った。
『やはり君は素晴らしい。僕の小さな小さなルイズ』
ルイズの詠唱が止まる。
まるで心臓を掴まれたかのように、呼吸が、鼓動が、リズムが止まる。
その声を聴いた瞬間、それまでの集中が嘘のようにかき乱されていく。
制御されつつあった力は再び混沌へと回帰した。
オスマンとタバサが一歩前に進み、声の主を警戒する。
『おっと。レディの前に顔も出さずに声だけなんて、僕としたことが余りに不躾だったね』
放たれた二つ目の言葉。呼応するように、三人の前方の空間が水面に雫を落としたかのように波をうって歪む。
そこから這い出すように現れる、ヒトの右半身。
『これで僕が誰だか分かってくれたかな。僕のフィアンセ、愛しい愛しいルイズ」
続いて現れる左半身。
全身を現出させ、その姿を露にした者。全身を白く染め上げた魔法衛士隊の制服に身を包んだジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。
宙に浮かんだ白いワルド。
それを見たルイズの目が見開かれる。
確かにタバサからワルドが生きていたことは聞いていた。
だが、これは、まるで、ワルドの姿をした別の何かのようではないか。
確かにその姿、表情、仕草、それらは目の前の男がワルドであることを示唆している。
けれど、何かが違う。
まるで歯車を違えた機械時計が、全く別のものになってしまったかのような違和感。
再びルイズの前に現れたワルドは、そういったものを撒き散らす魔人と成り果てていた。
「アイス・ストーム……!」
初撃から最大魔法による迎撃。
サン・マロンの『実験農場』、そこでワルドの力を垣間見たタバサに敵への過小評価はありはしない。
氷雪の二つ名の由来、細かな氷の粒を巻き込んだ強烈な暴風がワルドを襲う。
だが……
「ウインド・ブレイク」
ワルドが呟いた風の低位スペル。
その瀑布が放たれた瞬間、渾身の力を込めたタバサの風は吹き散らされその力を失っていた。
「どうだい?僕の新しい力は」
三人は幽霊でも見たかのように、口を開いて宙を見た。
今ワルドが放った呪文の力も勿論驚愕に値する。
だが、それ以上に彼らを驚かせたのは宙に浮きながら呪文を唱え、あまつさえワルドの手の中に杖が無かったということである。
そのどちらもが、系統魔法にはあり得ない行為であった。
「僕は力を手に入れた。以前の僕は確かに君とつり合わない取るに足らない存在だったかも知れない。けれど……今の僕なら君に十分相応しいはずだ」
ワルドが右手を振る。
突如発生した空気の槌にタバサは全身を打ち据えられ、子供に投げ飛ばされたぬいぐるみの様に、一度、二度と甲板を撥ねて転がった。
「さあ、迎えに来たよ。僕の花嫁ルイズ、ああ、愛しい愛しいルイズ」
ワルドが左手を振る。
無数に現れた風の槍にオスマンの全身が貫かれ、血飛沫を撒き散らしながら吹き飛ばされる。
邪魔者を排除して、ゆっくりと滑るようにルイズへと近づいてくるワルド。
「これで僕達二人きりだ、僕の小さなルイズ。君は昔からこういったロマンチックな舞台が好きだったからね」
既にルイズの呪文の詠唱は完全に中断している。
否、ワルドが現れてからのルイズは、バジリスクの目を見てしまった犠牲者の如く固まってしまっていた。
「あな……あなたはっ」
「僕が死んでしまったと思っていたのかい?すまない、すまないルイズ!本当は手紙の一つも送るべきだったのかもしれない。けれど僕も忙しい身でね、伝えるのが遅くなってしまったよ!」
違う、全く違う。
自分の知るワルドは、ただ自分を道具として必要としただけの男。こんな狂熱に浮かされた目で自分を見ることはなかった。
目の前の男は……ワルドじゃない!
「ふふふ、聞いておくれルイズ。僕は今、この世界を開放する為に戦っているんだ。アルビオン、ガリア、ゲルマニアは既に僕の手の中にある。トリステインもすぐに手に入れてみせる。
そうしたら次はロマリアの腰抜け達だ。彼らが終わったら次はいよいよ砂漠だ!そう、エルフだよ!エルフ達から聖地を奪還するんだ!」
大きく手を振り体を動かして語るワルドの独演会。
ルイズ一人に聞かせるための狂想曲は、高らかにヒートアップしていく。
「ハルケギニアの悲願!始祖ブリミルが降り立った始まりの地!それが聖地!君はそこに何があると思う?そこにはね、扉だ、扉があるんだよ。僕達を外へ出て行けないようにしている扉があるんだ!僕はその扉を開け放ち、ハルケギニアを開放する!」
「そんな……エルフ達に、勝てるわけ、ないじゃない……」
「それは思い込み、思い込みなんだよルイズ!エルフ達は絶対の存在じゃない、彼らを上回る力を持ってすれば打倒するのはたやすい!何より僕は一人じゃないんだ!君だ、君がいる!僕の愛おしいルイズ!それだけじゃない!」
ワルドが左手を差し出して、握っていた手を開き、そこにあるものをルイズに見せた。
ルイズが視線を移した手のひらの上、そこには時折光を発する黒い球体があった。
否、良く見れば分かる、それはただの球体ではない。生き物の質感を持つ材質で作られた、機械の眼球。
「盟友たる彼が与えてくれた眼が、僕に無限の知識を与えてくれる!これと君の力があれば、ロマリアも!エルフも!始祖も!何も恐れる必要なんてない!」
ルイズはワルドの手のひらから、ゆっくりと視線を上に移動させる。
そこには触れ合うほどに近づいたぎらぎらと異様に光る二つの眼、そして猛毒の笑み。
「ああ、君が欲しい!ルイズ・ド・ラ・ヴァリエール!」
プレインズウォーカーの正気の度合いを計るのは難しい。
―――ウルザ
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