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「ルイズさんとハヤテくんよ-4-2」(2008/01/23 (水) 12:25:25) の最新版変更点
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シエスタから仕事を頼まれ、セーラー服スタイルで(何故かセーラー服が半脱ぎより先には脱げず、メイド服が着れなかった)ウエイトレスのまね事をするハーマイオニー。
初めは同性の筈の、男の視線を受けるのが辛かったが、気がつくと自然にスカートを翻せるくらい自然に動けていた。
『それにしてもこのハーマイオニー、ノリノリである』
(はっ! ……ああ、恥ずかしいなあ)
天の声で我に返ったところで、食堂の片隅から、若者達の賑やかな騒ぎが耳に入ってくる。
「おいギーシュ、モンモランシーと別れたんだって?」
「は、はは、別れただなんて人聞きの悪いことを。別れるも何も、僕に特定の相手などいないのだよ」
「まさか、もう次の相手を見つけたんじゃないだろうな!」
「相手だなどと、以前にも言ったじゃないか。薔薇は多くの人を楽しませる為にあるのだと」
(あれ? 先週も同じ光景を見た気がするなあ?)
デジャヴを感じながら遠目で見れば、前回と同様ギーシュが周囲のゴシップ好きな男性陣に囲まれて、騒ぎ立てられていた。
前回と違う所は、ギーシュの台詞回しに妙に引っ掛かりが見られ、目が自信を持たず、時々キョロキョロ所作無くさ迷っている事だ。
どうやら衆人監視の中で思いっきりやられた事が、少し効いてい
るらしい。
何と無く近寄ると問題がありそうな気配を察知したので、回れ右して撤退しようとした時、
「……あら?」
これまた都合がいいのか悪いのか、どこかで見た事があるような紫色の液体入りの小瓶が足元に転がってくる。今回は誰が落としたかは見ていないが、方向は例の群集の所だった。
呼び掛けるべきか否か―――一瞬迷ったが、やはり無くした事に気付かないとまずいだろうという心配が勝った。
「あのう、そちらの方の中で、この瓶を落とした方は―――」
「ああお嬢さん。感謝するよ」
さっきまで人込みの向こうにいた筈のギーシュが、言葉をかけ終わる前に瞬間的に現れた。前回無視して懲りたからか、それとも自分が女の格好をしているからか、どちらにせよ恐るべき反応速度であった。
(お、お嬢さんなのか……)
「無くしたら困るものだったよ。そうだ、少し礼をしよう。
城下街に珍しい、洒落た貴族用の店で茶でも飲もうか。それとも、水の精霊で有名なラグドリアン湖に遠乗りでも―――」
「凄えぜギーシュ、皆の前で口説くとは!」
「まさに男、いや漢! 俺達には出来ない事を平気でやるなァ!」
(―――ええっ!? 僕、口説かれてるの!)
「い、いえ、ちょっと困りますわ!」
同性に口説かれる展開になりつつあり、ハーマイオニーが両手と首を振って必死で拒否した所で、幸運にも助けが現れる。
「ちょっとギーシュ! 何で人の使い魔を勝手に口説いてんのよ!」
「お嬢様……!」
またもやトラブルを巻き起こしている中心部に自分の使い魔がいるのを確認し、仕方無く出て来たのだ。
ハヤテは流石お嬢様と歓喜し、この変な人を止めてくださいと視線で訴える。こうしている間にも瓶を持った手を両手で握られ、にじり寄られて気味悪い事この上ない。
「横から何だい、ヴァリエール? 大体、君の使い魔は男じゃないか」
そうだそうだ、と男性陣からヤジが飛ぶ。
「はっきりと顔を見た事は無いが、男を惑わすようなこんな嬉し、いやけしからん服を着ていなかったし、可憐な雰囲気なんて到底持っていなかったじゃないか」
「いやそれ全部外見で判断してるだけじゃない」
「引っ込めゼロのルイズ!」
「我らの可憐な天使を渡すな!」
「ギーシュだけのものにもするなー!」
という横からの、どっちを応援しているか分からない抗議に「トリステインの未来は大丈夫なのかしら……」と軽い頭痛を覚えながらも、彼等を絶望のどん底に落として蓋をするような一言を、慈悲深い心で言い放ってやる。
これ以上、道を間違えないように。あいつも震えてるし。
「いいえ、確かにそいつは私の使い魔で、
―――それ、れっきとした男よ?」
「……何?」
食堂内の時間が凍り付いた。
思いの外注目を集めていたらしく―――閉鎖的な学院という空間では若者は何であれ騒ぎが好物だからだろうが―――この空間の中では針一つ落としても音が聞き分けられるだろうな、という自信がルイズにはあった。
「馬鹿な……ッ!」
それは誰が呟いたか。小さく、だが確かに響き渡った拒絶の言葉に、やがて同調する意志が伝播し始める。
「そんな悪質な嘘をつくなよ、ヴァリエール! こんな可愛い子が、男なわけ無いじゃないか!」
「大体、男がどうやって女になるんだ!」
「その服が変なマジックアイテムで、着たら女になっちゃったのよ」
「また嘘だ! そんな羨まし、いや都合のいいアイテム、聞いた事ないぞ!」
ちっ、どさくさでデタラメは通らなかったわね、と心中で舌打ちする。実際した事は無いし、やり方も知らないのだが。
「待ちたまえ、諸君!」
こいつら本気で頭大丈夫かしら、とルイズの頭痛が酷くなった所で、事件の張本人たる男の鶴の一声が場を静まらせた。
彼は周囲の聴衆に訴えるように腕を大きく横に振り、続いて握り拳を胸の前に掲げる。
「諸君等は、ヴァリエールが本当のことを言っているか、嘘をついているか、そこに焦点がいっているだろう。
だが、僕から言わせればそれは瑣末事に過ぎないのだ」
「ねえルイズ、ホントはどうなのよ? マジックアイテムってのは」
周囲がギーシュに引き寄せられている間に、キュルケが耳打ちしてきた。
「デタラメだけど、筋は間違ってはないと思うわ。どうやっても脱げない服なんて、普通は無いもの」
「じゃあ、朝はそれを確かめてただけとか? なあんだ、つまんないわね」
「あんたは私に何を求めてるのよ……」
「納得した」
「って、タバサ……いつの間にいたのよ」
「お嬢様ぁ……助けてくださぁい……」
中心から聞こえる呼び声は無視。あんな欲望渦巻く空間には突入したくは無かった。
少女達の囁きの間にも、演説は続く。
「人間には必ずぶつかる壁、即ち試練が必ずある! それを越えるか壊すか、回り込むか逃げるか。
判断は自由だが―――僕は逃げずに一つの決断を下そう。
今回の壁は彼女がヴァリエールの言う通り男なのか、それとも女なのか―――敢えて言おう!
男でも可愛ければ一向に構わんッッ!!」
おお、と群衆から感動の声が響く。その中に女性の声が少なからず聞こえるのは、何を期待しているのか。
「見よ! 男を惑わすこのうるんだ眼差しを! 思わず手が伸びる白いふとももを! 揉みしだきたくなる尻を!」
「そ、そんなこと言わないでくださいよぉ……」
「ああ、胸部ばかりは男ならば詰め物であるのが口惜しいところだが―――」
「だったら確かめてみたら?」
『それは誰が発した言葉だろうか、その神のお告げのような言葉は、そこに居並ぶ若者達に期待と困惑を与えたもうた』
確かめる、何と響きのいい言葉か! だがどうやって?
見る? 覗く? それともわし掴む?
ハーマイオニーを差し置いて繰り広げられるそんな無言の視線が交錯するなか、またもやギーシュが前に出て、周囲の人間にサムズアップで答えた。
その瞬間、彼の背中の光を受けた全員の心中が一致したという。
(勇者だ……アホと書いて勇者がここにいる……)
「では、失礼。とおっ!」
「きゃあっ!?」
「……あ、れ?」
失礼ならやるなと反論する暇無く、悲鳴をあげてハーマイオニーが倒れるが、ギーシュはそんな事に気を向けている余裕は無かった。
何だろう、あのゴムのような弾力と、雲を掴んだような軟らかさが同居した、甘美なまでの感触は?
彼女の服を見ているとまるで食虫植物に引き寄せられる虫のように次々と大胆な行動に出てしまっていた。
だがその成果は大きく、ギーシュは世界征服を成し遂げたかのような高揚感に包まれる。
これだ、これこそが男の本能! モンモランシーには悪いけど、だからこそ男はつい『大きなもの』に目が行くのだ。そうとも、別に悪くない!
興奮の絶頂にいるギーシュは気付かなかった。ブチン、と切れる音がした事に。
ゆらあり、と幽鬼のように立ち上がったハーマイオニーが静かに腰を落とし、拳を溜めた事を。
本当は男なのにとか、いつもいつも女の子みたいっていいやがってとか、どうせあの両親は僕の生命保険でよろしくやってるんだろと、心の中に生まれて今まで溜め込んでいた不満を、ぐうっと踏み込む力に変えて、
「我が生涯に一片の悔い無し―――!」
「じゃあ死ねぇー!」
足の力を腕に持ち込んだ超音速のアッパーカットがギーシュに突き刺さり、食堂の上空に円弧を描いて、通称車田落ちを実現した。
「こ、こらあんた!」
シンと静まり返った空間。主の注意に、ハーマイオニーは我に返って自分のした事を思い返す。
「す、すみませんお嬢様! わたしったらとんでもない事を……!」
「ちゃんとストンピングしてトドメささなきゃダメじゃない!」
「そっちですか!?」
一方、仰向けに倒れたギーシュの姿に集うギーシュの周囲に男子達が集まり、一つの決意を固めていた。
「おい、ギーシュが平民の女に殴り飛ばされたぞ! あれ、男だっけ?」
「あの顔を見ろよ! なんて顔だ……」
「ああ、幸せそうな顔だ。多分、美少女に殴られたからだろうな」
『という訳で殴って下さい』
「って言ってますが、どうしましょう?」
ハヤテは右腕、左腕とぐるぐる、ぐるぐるとスピードを段々と上げて回していた。
一応伺いの形は取ってはいるが、人間として外れてはいけない部分が外れ、殺る気満々の据わった眼で見つめられては、ルイズは「まあ…好きにしなさい」と視線を逸らすしか無かった。
「燃えろわたしの小宇宙ーッ!」
「で、現実問題、どうするの? 女で使い魔……は彼なら出来そうだけど、周りがうっとおしいわよ」
「そうよね……」
向こうにある幸せのピンク色の瘴気が満ちたバイオレンス空間から顔を背け、真剣にどうにかしようと考えていると、いつの間にか背後に、どう声をかけるべきか判断のつかないロングビルが立っている事に気付いた。
「ミス・ロングビル、どうかしましたか?」
「いえ、ここで水兵服の少女が貴族を次々と殴り飛ばしている姿を見かけて、ちょうどいいと思いまして」
「ちょうどいい?」
「あの水兵服について、オールド・オスマンよりお話があるそうです。
ミス・ヴァリエール、貴方は彼女の主だそうですので、一緒についてきていただきたいのです」
「ふむ、知っているとは思うが、私がトリステイン学院長、オスマンじゃ」
ロングビルに学院長室に連れて来られた2人は、ただハヤテが水兵服を着ているから、そしてルイズがその主だからという事で連れて来られたため、何か問題でも起こしたかと理由も知らず緊張していた。
そんな中でも気になる事がある。前方の机にはオールド・オスマン、その側にはコルベールやロングビルが控えている中、もう一人この連中の中で一際小さな少女が、2人は気になっていた。
ハヤテが知っている着物という服を着込み、静々と袖で口元を隠した、タバサと同じぐらい小柄な黒髪少女。どうみても学生ではない者の存在に関心を惹かれ、自然とオスマンに向ける視線に乗せていた。
「言いたい事は分かっておる。まず、そこのお嬢さんはミス・サギノミヤといって、この学院に現在発生している問題の解決に協力してくれるメイジ……みたいなものじゃ」
「みたいなもの、ですか?」
「その辺りは気にせんでもよい。ミス・ロングビル、よく連れて来てくれた」
「それなのですが、この水兵服を着た彼女のどこがおぞましいのでしょうか?
見たところ、普通の少女にしか見えないのですが……」
「ふむ?」
そこで初めて、オスマンはハーマイオニーに気づいたように見つめ、注視して、凝視して、
「ハァハァ……ハァハァ……」
『ダメだろこのジジイ、と主従の心が合体した瞬間であった』
「…………ふんっ!」
「のおっ、ミス・ロングビル! いきなり頭にハイキックは危なくないかね?」
「いえ、今はオールド・オスマンの方が危ないと判断したので」
「……まあええじゃろ。ミス・サギノミヤ。説明を頼めるかな」
はい、と黒髪少女はまずハーマイオニーに近づき、服の前後左右から何かを確かめるように触ったり撫でたりしては、未知なる文字の羅列を書いた札状の紙を貼り付けていく。
それが終わってようやく後ろに下がり、口を開いた。
「この服は、呪いのセーラー服というもので、私も以前似た物を取り扱った事があります」
「呪い?」
「今回言う呪いとは、その物にとり憑いた思念が、対象に悪い効果をもたらすものじゃ。続きを」
「『この』服は、昔、ある国の女装好きで女言葉をよく使う、売れないお笑い芸人さんが、趣味と実益を兼ねて小道具として全力で作ったものです」
男が女物を着て女言葉を喋っていたら、まず注目せずにはいられないだろう、そう画策したが、そもそも注目されず売れないのは本人が面白くないからという事に気付かなかった。
やがて服代に全力を注ぎ過ぎて生活費すら無くなり、様々な怨念を遺して死んでいった。
怨念は服に宿り、様々な男に服ごと取り憑くという奇行を繰り返したという。
「その怨念の一つが、ハヤテさまに起こっている、身も心も女になろうとしている事です」
そして、と付け加えて、
「後は、注目されたいとの怨念が、被服者の周りの人を男性限定で変にしていくそうです。どう変なのかは解りませんが、欲望や妄想がどうとか」
「ああいいわ、それはもう嫌と言うほど分かったから」
ルイズは言葉を遮りながら安堵する。道理で食堂の男連中が貴族らしくない―――というか人間の道を平気で外したり、学院長のオールド・オスマンが変になったりした理由が分かった。
あれ、オールド・オスマンは初めからかしら?
「しかし、女に変わるとは迷惑な呪いじゃ……胸まで膨らむとは」
「呪いの本人の趣味だそうです」
『所詮男は大きい方が好きか!そんなのばかりだから、戦争が無くならないんだ! とルイズが思ったかどうかは、定かでは無い』
「先程貼り付けた札を一晩貼ったままにしておけば、呪いは解け、ハヤテさまは元通りです。そして、周りの方々も元通りです」
その言葉に、朝からずっと振り回されていた事にようやくけりがついたと、主従揃ってホッと一息。
明日からは、また普通の生活に戻るのだ。
そして、次の日にはきちんと相棒も帰ってきて、ハヤテに戻る事が出来たのだが。
「今気づいたんだけど、あのミス・サギノミヤって、何であんたの名前知ってたの? まだ名前出して無かったわよね?」
「そういえば、そうですね?」
「それに様付けだなんて、あんた……」
「いえ、本当に知りませんから!」
「結局、見る者に天国と地獄を与えるとは、どういうことだったのですか? オールド・オスマン」
「いや、ほら。今回は珍しく見た目がよい部類の男じゃったからな、見る分に天国じゃったが、ワシの頃はヒドイオッサンが着て、それはそれはおぞましい景色が……。
それに私も……」
「……もしかして、着たことが」
「…………聞かんといてくれるかのう。若さゆえの過ちじゃ」
「前回は、どうやって呪いを解いたのです?」
「着用者を殴るなりして気絶させると、服が脱げてふわふわと次の相手を探して彷徨うのじゃ。
前回はそこを、女性に頼んで捕まえてもらい、宝物庫の特別な箱に閉じ込めたのじゃ。蓋が長い間で開いてしもうたようじゃが」
「では、何故そんな危険なものを残しておいたのです?」
「実はの、以前よりあの服を美人な女性に着せたら目の保養になると気づいておったから、呪いが解けるまで保管しておったのじゃ。
という訳でミス・ロングビル、着てくれんか―――あいたた、蹴らないで踏まないで」
「遅かったな、伊澄。また迷子になってたのか?」
「少し用事があって……ハヤテさまのところに行ってました」
「む? 何の用だ?」
「心配しなくても、ナギが心配するような事はありませんから」
「そうか? それならよいのだが……」
「おや、君は確かあのルイズの使い魔だったね。うーん、君を見ると、何かとんでもない事を言ったような、言わなかったような……」
「き、気のせいじゃないですか?」
「それに、普段出来ないような事をして、とても幸せな目に遭ったような……」
「気のせいです」
「そうか、それなら別にいいか……」
『様々な混乱を残しつつ、騒動は幕を閉じた。
急に喋りすぎたキャラは死亡フラグが立つという噂を囁きつつも、次回こそゴーレムと戦いまっす!』
ミス・ロングビル、もとい最近貴族を騒がせている盗賊『土くれのフーケはつい最近まで困っていた。
魔法学院の貴重な秘宝、『破滅の杖』がある事をコルベールから聞きだし、先日オスマンの言葉で存在に確信を得たが、肝心の宝物庫にはそう易々と入れそうには無かった。
場所は学院長室の一階下にあり、扉には巨大な錠前。鍵はオスマンしか持っておらず、開錠の魔法も通じない。
錬金して鍵や壁、扉そのものをただの変化させてしまおうとしても、スクウェアクラスのメイジによって物質変化を防ぐ固定化が強く効いており、殆ど通じない。
コルベールから物理衝撃に弱いとは聞いたが、調べたところ外壁は並大抵の厚さでは無く、フーケ自慢の30メイルゴーレムでもそう易々と宝物庫の壁を壊せそうには無かった。
だが、今更お宝を目の前にして諦めるわけには行かない。
力任せに拳で叩く以外に何か無いか、と考え、じゃあ武器を用意してはどうか、という考えに行き着いた。
悪くは無いだろう、例えば硬い物を壊す、ゴーレム用に準備した鉄球などの質量兵器を用意して叩きつける。
だが、トライアングルの彼女では―――スクウェアでも難しいだろうが―――1日でゴーレム用の巨大兵器、それも宝物庫を壊せるぐらいの材質で造り、そのままゴーレムを造って突撃、なんて所業は精神力がとても足りない。
まあ、結構機会を待っていたから、今更二日三日、準備に費やした所でどうという事は無い。
ようやく盗みまでのルートを脳内で形作り、まだ見ぬ宝の効果にフーケは思わず舌なめずりを隠せなかった。
そして、各々の準備が整ったのが一週間後、つまり今晩。人目につかない中庭の植え込みに隠れ、機を窺う。周囲に人の気配が無いと、確認。
そして地面に杖を向けて長い詠唱を行い、土から巨大ゴーレムを作り出した。
そのゴーレムで、事前に植え込みの地下に空けた穴を掘り出し、造って置いた鉄球―――モーニングスターのようなものを取り出す。
「さて、結果は見てのお楽しみってね……」
全身を覆い隠すローブの中でフーケが呟き、ゴーレムに一つの指示を出した。鉄球を持って宝物庫外壁に現れたゴーレムは、柄の部分を掴み直し、指示通りに頭上でブンブン、ブンブンと鉄球を回す。
遠心力を乗せて叩きつけようとする分、ただ殴るより制御に精神力がかかるが、破ってしまえばこちらの勝ちだ。
「行き……なっ!」
フーケの気合いが乗り移ったかのように、ゴーレムは頭上の鉄球を振り下ろし、全力で踏み込んで叩きつける。
二つの月が光を静かに湛える中、トリステイン学院を文字通り揺るがす程の破砕音と振動が響き渡った。
それは偶然だった。いや、もしくは不幸バキュームカーである綾崎ハヤテの特性が、呼び寄せたものかもしれない。
ふと夜中に目が覚めてしまったハヤテは、窓の外に浮かぶ月に誘われるように、フラフラと外に出た。
東京とは違う綺麗な空気。木々の多さ。輝く夜空。そんな中を、初めて長い付き合いになりそうな友人デルフと散歩みたいに歩くだけでも、この世界も悪くないとは思えた。
夜逃げやバイトばかりで長い付き合いの友人は片手で数えられるぐらいしかいなかったが、デルフは自分が手放さなければいいのだから。
「相棒、黄昏れてるな?」
「はい……ちょっと、昔の事を」
「なんだ、俺様はてっきり女になった事を思い返してるのかと」
「それは絶対にありませんから」
あれは黒歴史にしたいですからと前置きし、
「僕のいた場所を、思い出していました。召喚なんてモノは無いところですから、僕は多分神隠しか失踪、もしくは死亡扱いになってるんじゃないかなって」
「未練でもあるのか?」
「未練なんてありませんよ。僕を本気で心配する友人も家族もいませんし」
「くしゅん! 何だか聞き捨てならない言葉が聞こえた気がするんだけど、気のせいかな?」
『フラグ立つ前に主人公と会わなくなったヒロイン候補のハムスターってのは、まあそんな扱いさ!』
「は、ハムスターは酷いんじゃないかな?」
「ああ、相棒の家族って前に聞いた、6000年生きてた中でも中々いないタイプのな」
「それは否定しませんけど。けど、だから僕を覚えている人がいないっていうのは、寂しいかなって思ってしまいまして」
「相棒にゃ、これからは俺様がいるだろ」
「うーん、頼りにしていいんでしょうか」
「うわひでえ」
6000年生きてたら人間だってこんぐらい物忘れすらぁと抗議しながらも、明け透けの無い返しに朗らかに笑う。
「しかし、何だっていきなりそんな事を?」
「感傷に浸ってしまった、って言えば格好つけてるみたいですけど……ここって、剣と魔法の世界じゃないですか」
「それ以外の世界の方が、俺様にゃ信じられないがな」
「もうちょっと殺伐としたのを想像してましたから、こんなに楽しくていいのかなと思いまして」
話は唐突に途切れ、草木が微かに擦れ合う音、鳥の小さなくちばしの音しか響かなくなった。
ハヤテの言いたい事は明確には解らなかったが、デルフは積み重ねた経験から予想は出来る。自身の望みが全然叶えられなかった人生を生きていると、そのうち望みや期待をする事をやめてしまったり、幸運や幸せを幻や偽物として素直に受け入れられなくなる。
だから、今の幸福にも身構えてしまう。いつも楽しそうな相棒の意外な一面、といったところか。
それは気のせいだ、人間気楽に生きた方が得だぞ、というのは易いが、剣の自分が言うよりは、同じ人間の言葉の方が通じるだろう。
さっきから相棒の後ろをひょこひょこ隠れながらついて来ている、バレバレの奴に。
「相棒も結構鈍いんだな。少なくとも、今は覚えてくれる人間が一人はいるだろ? ほれ、後ろの植え込みに隠れてるのが」
その言葉に振り向くと、今まさに隠れようとしていたルイズがいた。寝間着だったはずの服は制服に代わり、マントまでちゃんと羽織っている。
剣に見つけられた事に、ルイズは何かの感情を隠すように早口で弁解しだした。
「べ、別に深い意味なんてないんだから。ただ、こんな夜中にどこへ行く気かしらって……」
「お嬢様、起こして申し訳ありません。しかし……それなら後ろから声をかけてくださればよかったのに」
「へ?」
「あの、一応あれで隠れてるおつもりのようでしたので、声をかけづらくて」
「じゃあさっさと声かけなさいよーっ!」
『夜中に近所迷惑で理不尽なキレ方である』
「と・に・か・く!」
つかつかと足音立てて詰め寄り、杖をハヤテの顎に突き付ける。
恥ずかしさやら何やらは纏めてぶん投げてしまった。
「あんたはあたしの使い魔、オーケイ?」
「は、はい」
「だから……その……えっと……」
そこで、ルイズの口が精彩を欠く。
言いたい事はあるのだが、それを言葉に纏めるとなると難しい。
こいつは精神的に案外弱いところがあるから、下手な言い方をすれば誤解を招く。
(ええい、ここは勢いよ!)
「だから、あんたは私が一生面倒みてやるから、つまんない事考えないの!」
『教訓:勢いに任せすぎるのも問題である』
何故か無言の一人と一本に、何で何も言わないのよと考え直し、気付いてしまった。これではまるで、
「プロポーズ……みたいですね」
「言うなーっ! 気付くなーっ!」
「気持ちは嬉しいんですけど、子供に言われても……」
「私はもう16よっ!」
「―――ええっ!?」
本気でハヤテが驚くと、空気が凍った感じがした。ルイズの目尻が逆三角に尖り、周囲には命を吸ったバイオセンサーのようなオーラが見える。
早く何かを言わないと取り返しのつかない事になるが、下手なごまかしは死につながる。
(ここは綾崎ハヤテ、一世一代の勝負―――!)
「知ってますか? 明日来てくれるかな? で、いいともー! って言わなかった人がいるらしいですよ」
空気が違う意味で凍った。何と言うか、生温かった。
「知るかーっ!」
「はわわ! ごめんなさいごめんなさい!」
「……はぁ。何だかもう、どうでもよくなっちゃったわ」
ルイズは気が削がれたのか頭をポリポリかいて、それから身を翻し、
「明日も同じ生活があるんだからさっさと寝るわよ、ハヤテ!」
「は、はい!」
前を行く主に、早足で追い付こうとするハヤテ。
「あれ? 娘っ子が相棒の名前呼ぶの、初めてじゃね?」
「ちょ、ボロ剣! そんな事ばっかり―――」
気付くな、との言葉は、耳を破壊する暴力のような音に遮られた。
あまりの大きさに、全身に音を叩き付けられた気がして、二人は足どころか思考すらも一瞬停止させられた気がする。
「……いまの、なんですか?」
「あれは、中庭の方ね。何があったか知らないけど、急ぐわよ!」
「あっ、待ってください、お嬢様!」
シエスタから仕事を頼まれ、セーラー服スタイルで(何故かセーラー服が半脱ぎより先には脱げず、メイド服が着れなかった)ウエイトレスのまね事をするハーマイオニー。
初めは同性の筈の、男の視線を受けるのが辛かったが、気がつくと自然にスカートを翻せるくらい自然に動けていた。
『それにしてもこのハーマイオニー、ノリノリである』
(はっ! ……ああ、恥ずかしいなあ)
天の声で我に返ったところで、食堂の片隅から、若者達の賑やかな騒ぎが耳に入ってくる。
「おいギーシュ、モンモランシーと別れたんだって?」
「は、はは、別れただなんて人聞きの悪いことを。別れるも何も、僕に特定の相手などいないのだよ」
「まさか、もう次の相手を見つけたんじゃないだろうな!」
「相手だなどと、以前にも言ったじゃないか。薔薇は多くの人を楽しませる為にあるのだと」
(あれ? 先週も同じ光景を見た気がするなあ?)
デジャヴを感じながら遠目で見れば、前回と同様ギーシュが周囲のゴシップ好きな男性陣に囲まれて、騒ぎ立てられていた。
前回と違う所は、ギーシュの台詞回しに妙に引っ掛かりが見られ、目が自信を持たず、時々キョロキョロ所作無くさ迷っている事だ。
どうやら衆人監視の中で思いっきりやられた事が、少し効いてい
るらしい。
何と無く近寄ると問題がありそうな気配を察知したので、回れ右して撤退しようとした時、
「……あら?」
これまた都合がいいのか悪いのか、どこかで見た事があるような紫色の液体入りの小瓶が足元に転がってくる。今回は誰が落としたかは見ていないが、方向は例の群集の所だった。
呼び掛けるべきか否か―――一瞬迷ったが、やはり無くした事に気付かないとまずいだろうという心配が勝った。
「あのう、そちらの方の中で、この瓶を落とした方は―――」
「ああお嬢さん。感謝するよ」
さっきまで人込みの向こうにいた筈のギーシュが、言葉をかけ終わる前に瞬間的に現れた。前回無視して懲りたからか、それとも自分が女の格好をしているからか、どちらにせよ恐るべき反応速度であった。
(お、お嬢さんなのか……)
「無くしたら困るものだったよ。そうだ、少し礼をしよう。
城下街に珍しい、洒落た貴族用の店で茶でも飲もうか。それとも、水の精霊で有名なラグドリアン湖に遠乗りでも―――」
「凄えぜギーシュ、皆の前で口説くとは!」
「まさに男、いや漢! 俺達には出来ない事を平気でやるなァ!」
(―――ええっ!? 僕、口説かれてるの!)
「い、いえ、ちょっと困りますわ!」
同性に口説かれる展開になりつつあり、ハーマイオニーが両手と首を振って必死で拒否した所で、幸運にも助けが現れる。
「ちょっとギーシュ! 何で人の使い魔を勝手に口説いてんのよ!」
「お嬢様……!」
またもやトラブルを巻き起こしている中心部に自分の使い魔がいるのを確認し、仕方無く出て来たのだ。
ハヤテは流石お嬢様と歓喜し、この変な人を止めてくださいと視線で訴える。こうしている間にも瓶を持った手を両手で握られ、にじり寄られて気味悪い事この上ない。
「横から何だい、ヴァリエール? 大体、君の使い魔は男じゃないか」
そうだそうだ、と男性陣からヤジが飛ぶ。
「はっきりと顔を見た事は無いが、男を惑わすようなこんな嬉し、いやけしからん服を着ていなかったし、可憐な雰囲気なんて到底持っていなかったじゃないか」
「いやそれ全部外見で判断してるだけじゃない」
「引っ込めゼロのルイズ!」
「我らの可憐な天使を渡すな!」
「ギーシュだけのものにもするなー!」
という横からの、どっちを応援しているか分からない抗議に「トリステインの未来は大丈夫なのかしら……」と軽い頭痛を覚えながらも、彼等を絶望のどん底に落として蓋をするような一言を、慈悲深い心で言い放ってやる。
これ以上、道を間違えないように。あいつも震えてるし。
「いいえ、確かにそいつは私の使い魔で、
―――それ、れっきとした男よ?」
「……何?」
食堂内の時間が凍り付いた。
思いの外注目を集めていたらしく―――閉鎖的な学院という空間では若者は何であれ騒ぎが好物だからだろうが―――この空間の中では針一つ落としても音が聞き分けられるだろうな、という自信がルイズにはあった。
「馬鹿な……ッ!」
それは誰が呟いたか。小さく、だが確かに響き渡った拒絶の言葉に、やがて同調する意志が伝播し始める。
「そんな悪質な嘘をつくなよ、ヴァリエール! こんな可愛い子が、男なわけ無いじゃないか!」
「大体、男がどうやって女になるんだ!」
「その服が変なマジックアイテムで、着たら女になっちゃったのよ」
「また嘘だ! そんな羨まし、いや都合のいいアイテム、聞いた事ないぞ!」
ちっ、どさくさでデタラメは通らなかったわね、と心中で舌打ちする。実際した事は無いし、やり方も知らないのだが。
「待ちたまえ、諸君!」
こいつら本気で頭大丈夫かしら、とルイズの頭痛が酷くなった所で、事件の張本人たる男の鶴の一声が場を静まらせた。
彼は周囲の聴衆に訴えるように腕を大きく横に振り、続いて握り拳を胸の前に掲げる。
「諸君等は、ヴァリエールが本当のことを言っているか、嘘をついているか、そこに焦点がいっているだろう。
だが、僕から言わせればそれは瑣末事に過ぎないのだ」
「ねえルイズ、ホントはどうなのよ? マジックアイテムってのは」
周囲がギーシュに引き寄せられている間に、キュルケが耳打ちしてきた。
「デタラメだけど、筋は間違ってはないと思うわ。どうやっても脱げない服なんて、普通は無いもの」
「じゃあ、朝はそれを確かめてただけとか? なあんだ、つまんないわね」
「あんたは私に何を求めてるのよ……」
「納得した」
「って、タバサ……いつの間にいたのよ」
「お嬢様ぁ……助けてくださぁい……」
中心から聞こえる呼び声は無視。あんな欲望渦巻く空間には突入したくは無かった。
少女達の囁きの間にも、演説は続く。
「人間には必ずぶつかる壁、即ち試練が必ずある! それを越えるか壊すか、回り込むか逃げるか。
判断は自由だが―――僕は逃げずに一つの決断を下そう。
今回の壁は彼女がヴァリエールの言う通り男なのか、それとも女なのか―――敢えて言おう!
男でも可愛ければ一向に構わんッッ!!」
おお、と群衆から感動の声が響く。その中に女性の声が少なからず聞こえるのは、何を期待しているのか。
「見よ! 男を惑わすこのうるんだ眼差しを! 思わず手が伸びる白いふとももを! 揉みしだきたくなる尻を!」
「そ、そんなこと言わないでくださいよぉ……」
「ああ、胸部ばかりは男ならば詰め物であるのが口惜しいところだが―――」
「だったら確かめてみたら?」
『それは誰が発した言葉だろうか、その神のお告げのような言葉は、そこに居並ぶ若者達に期待と困惑を与えたもうた』
確かめる、何と響きのいい言葉か! だがどうやって?
見る? 覗く? それともわし掴む?
ハーマイオニーを差し置いて繰り広げられるそんな無言の視線が交錯するなか、またもやギーシュが前に出て、周囲の人間にサムズアップで答えた。
その瞬間、彼の背中の光を受けた全員の心中が一致したという。
(勇者だ……アホと書いて勇者がここにいる……)
「では、失礼。とおっ!」
「きゃあっ!?」
「……あ、れ?」
失礼ならやるなと反論する暇無く、悲鳴をあげてハーマイオニーが倒れるが、ギーシュはそんな事に気を向けている余裕は無かった。
何だろう、あのゴムのような弾力と、雲を掴んだような軟らかさが同居した、甘美なまでの感触は?
彼女の服を見ているとまるで食虫植物に引き寄せられる虫のように次々と大胆な行動に出てしまっていた。
だがその成果は大きく、ギーシュは世界征服を成し遂げたかのような高揚感に包まれる。
これだ、これこそが男の本能! モンモランシーには悪いけど、だからこそ男はつい『大きなもの』に目が行くのだ。そうとも、別に悪くない!
興奮の絶頂にいるギーシュは気付かなかった。ブチン、と切れる音がした事に。
ゆらあり、と幽鬼のように立ち上がったハーマイオニーが静かに腰を落とし、拳を溜めた事を。
本当は男なのにとか、いつもいつも女の子みたいっていいやがってとか、どうせあの両親は僕の生命保険でよろしくやってるんだろと、心の中に生まれて今まで溜め込んでいた不満を、ぐうっと踏み込む力に変えて、
「我が生涯に一片の悔い無し―――!」
「じゃあ死ねぇー!」
足の力を腕に持ち込んだ超音速のアッパーカットがギーシュに突き刺さり、食堂の上空に円弧を描いて、通称車田落ちを実現した。
「こ、こらあんた!」
シンと静まり返った空間。主の注意に、ハーマイオニーは我に返って自分のした事を思い返す。
「す、すみませんお嬢様! わたしったらとんでもない事を……!」
「ちゃんとストンピングしてトドメささなきゃダメじゃない!」
「そっちですか!?」
一方、仰向けに倒れたギーシュの姿に集うギーシュの周囲に男子達が集まり、一つの決意を固めていた。
「おい、ギーシュが平民の女に殴り飛ばされたぞ! あれ、男だっけ?」
「あの顔を見ろよ! なんて顔だ……」
「ああ、幸せそうな顔だ。多分、美少女に殴られたからだろうな」
『という訳で殴って下さい』
「って言ってますが、どうしましょう?」
ハヤテは右腕、左腕とぐるぐる、ぐるぐるとスピードを段々と上げて回していた。
一応伺いの形は取ってはいるが、人間として外れてはいけない部分が外れ、殺る気満々の据わった眼で見つめられては、ルイズは「まあ…好きにしなさい」と視線を逸らすしか無かった。
「燃えろわたしの小宇宙ーッ!」
「で、現実問題、どうするの? 女で使い魔……は彼なら出来そうだけど、周りがうっとおしいわよ」
「そうよね……」
向こうにある幸せのピンク色の瘴気が満ちたバイオレンス空間から顔を背け、真剣にどうにかしようと考えていると、いつの間にか背後に、どう声をかけるべきか判断のつかないロングビルが立っている事に気付いた。
「ミス・ロングビル、どうかしましたか?」
「いえ、ここで水兵服の少女が貴族を次々と殴り飛ばしている姿を見かけて、ちょうどいいと思いまして」
「ちょうどいい?」
「あの水兵服について、オールド・オスマンよりお話があるそうです。
ミス・ヴァリエール、貴方は彼女の主だそうですので、一緒についてきていただきたいのです」
「ふむ、知っているとは思うが、私がトリステイン学院長、オスマンじゃ」
ロングビルに学院長室に連れて来られた2人は、ただハヤテが水兵服を着ているから、そしてルイズがその主だからという事で連れて来られたため、何か問題でも起こしたかと理由も知らず緊張していた。
そんな中でも気になる事がある。前方の机にはオールド・オスマン、その側にはコルベールやロングビルが控えている中、もう一人この連中の中で一際小さな少女が、2人は気になっていた。
ハヤテが知っている着物という服を着込み、静々と袖で口元を隠した、タバサと同じぐらい小柄な黒髪少女。どうみても学生ではない者の存在に関心を惹かれ、自然とオスマンに向ける視線に乗せていた。
「言いたい事は分かっておる。まず、そこのお嬢さんはミス・サギノミヤといって、この学院に現在発生している問題の解決に協力してくれるメイジ……みたいなものじゃ」
「みたいなもの、ですか?」
「その辺りは気にせんでもよい。ミス・ロングビル、よく連れて来てくれた」
「それなのですが、この水兵服を着た彼女のどこがおぞましいのでしょうか?
見たところ、普通の少女にしか見えないのですが……」
「ふむ?」
そこで初めて、オスマンはハーマイオニーに気づいたように見つめ、注視して、凝視して、
「ハァハァ……ハァハァ……」
『ダメだろこのジジイ、と主従の心が合体した瞬間であった』
「…………ふんっ!」
「のおっ、ミス・ロングビル! いきなり頭にハイキックは危なくないかね?」
「いえ、今はオールド・オスマンの方が危ないと判断したので」
「……まあええじゃろ。ミス・サギノミヤ。説明を頼めるかな」
はい、と黒髪少女はまずハーマイオニーに近づき、服の前後左右から何かを確かめるように触ったり撫でたりしては、未知なる文字の羅列を書いた札状の紙を貼り付けていく。
それが終わってようやく後ろに下がり、口を開いた。
「この服は、呪いのセーラー服というもので、私も以前似た物を取り扱った事があります」
「呪い?」
「今回言う呪いとは、その物にとり憑いた思念が、対象に悪い効果をもたらすものじゃ。続きを」
「『この』服は、昔、ある国の女装好きで女言葉をよく使う、売れないお笑い芸人さんが、趣味と実益を兼ねて小道具として全力で作ったものです」
男が女物を着て女言葉を喋っていたら、まず注目せずにはいられないだろう、そう画策したが、そもそも注目されず売れないのは本人が面白くないからという事に気付かなかった。
やがて服代に全力を注ぎ過ぎて生活費すら無くなり、様々な怨念を遺して死んでいった。
怨念は服に宿り、様々な男に服ごと取り憑くという奇行を繰り返したという。
「その怨念の一つが、ハヤテさまに起こっている、身も心も女になろうとしている事です」
そして、と付け加えて、
「後は、注目されたいとの怨念が、被服者の周りの人を男性限定で変にしていくそうです。どう変なのかは解りませんが、欲望や妄想がどうとか」
「ああいいわ、それはもう嫌と言うほど分かったから」
ルイズは言葉を遮りながら安堵する。道理で食堂の男連中が貴族らしくない―――というか人間の道を平気で外したり、学院長のオールド・オスマンが変になったりした理由が分かった。
あれ、オールド・オスマンは初めからかしら?
「しかし、女に変わるとは迷惑な呪いじゃ……胸まで膨らむとは」
「呪いの本人の趣味だそうです」
『所詮男は大きい方が好きか!そんなのばかりだから、戦争が無くならないんだ! とルイズが思ったかどうかは、定かでは無い』
「先程貼り付けた札を一晩貼ったままにしておけば、呪いは解け、ハヤテさまは元通りです。そして、周りの方々も元通りです」
その言葉に、朝からずっと振り回されていた事にようやくけりがついたと、主従揃ってホッと一息。
明日からは、また普通の生活に戻るのだ。
そして、次の日にはきちんと相棒も帰ってきて、ハヤテに戻る事が出来たのだが。
「今気づいたんだけど、あのミス・サギノミヤって、何であんたの名前知ってたの? まだ名前出して無かったわよね?」
「そういえば、そうですね?」
「それに様付けだなんて、あんた……」
「いえ、本当に知りませんから!」
「結局、見る者に天国と地獄を与えるとは、どういうことだったのですか? オールド・オスマン」
「いや、ほら。今回は珍しく見た目がよい部類の男じゃったからな、見る分に天国じゃったが、ワシの頃はヒドイオッサンが着て、それはそれはおぞましい景色が……。
それに私も……」
「……もしかして、着たことが」
「…………聞かんといてくれるかのう。若さゆえの過ちじゃ」
「前回は、どうやって呪いを解いたのです?」
「着用者を殴るなりして気絶させると、服が脱げてふわふわと次の相手を探して彷徨うのじゃ。
前回はそこを、女性に頼んで捕まえてもらい、宝物庫の特別な箱に閉じ込めたのじゃ。蓋が長い間で開いてしもうたようじゃが」
「では、何故そんな危険なものを残しておいたのです?」
「実はの、以前よりあの服を美人な女性に着せたら目の保養になると気づいておったから、呪いが解けるまで保管しておったのじゃ。
という訳でミス・ロングビル、着てくれんか―――あいたた、蹴らないで踏まないで」
「遅かったな、伊澄。また迷子になってたのか?」
「少し用事があって……ハヤテさまのところに行ってました」
「む? 何の用だ?」
「心配しなくても、ナギが心配するような事はありませんから」
「そうか? それならよいのだが……」
「おや、君は確かあのルイズの使い魔だったね。うーん、君を見ると、何かとんでもない事を言ったような、言わなかったような……」
「き、気のせいじゃないですか?」
「それに、普段出来ないような事をして、とても幸せな目に遭ったような……」
「気のせいです」
「そうか、それなら別にいいか……」
『様々な混乱を残しつつ、騒動は幕を閉じた。
次回は、私と戦いまっす!』
「いやどうやって戦うんですか。それに、ゴーレムはどうしたんです?」
『ふっ、甘いな司よ。世の中には、大人の事情というものがあるのだ。
テポドン(↑↑→↓)が消されたようにな』
「司って誰ですか……」
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