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「ウィザーズ・ルーン~雪風の翼~9」(2007/10/10 (水) 00:19:48) の最新版変更点
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フーケが「隠れ身の衣」を盗んでいった翌朝、トリステイン学院は狂騒に包まれていた。
格式高いトリステイン学院の秘宝が、巷を騒がせる盗賊風情にまんまと盗まれてしまったというのだから、プライドの高い貴族である教師陣は、
それこそ火鉢をひっくり返したような大騒ぎであった。
今ヘイズの眼前では、「誰が当直だった」「自分は当直をしたことがあるのか」などといった、誰が秘宝を盗まれた責任を取らされるのかで舌戦が繰り広げられていた。
それも参考人として呼ばれたルイズ・サイト・キュルケ・タバサ・ヘイズの、まさにその眼前で、である。
その光景にあさってのほうを向きながらヘイズは、
「なあ、ハリー。どこの世界でもこういうのって同じなんだな」
「ヘイズ。今はそういう発言は慎むべきかと」
タバサは我関せずと黙々とヘイズの貸した物理学書を読んでいるし、キュルケはキュルケで爪の手入れなどを始めている。
真面目に身動きせず直立しているのは、ルイズとルイズに――ルイズが恥をかきたくないため半ば無理やり――強制されたサイトだけである。
朝から延々と繰り広げられる責任転嫁の応酬に、ヘイズはもはや辟易した表情で、
「ったく……こういうのは自治軍のお偉いと、実験室の研究者だけにして欲しいもんだ。ここで埒の明かない責任転嫁のやり取りなんか見てるより、
これからどうするかを語り合ったほうがいくらか有意義だぜ? 先生やファンメイならそう言うだろうし、オレだってそうする」
ロンドンにいる知り合い達を思い出しながら、頭をわしわしと掻いた。
「トリステイン貴族ってのは、家名をとことん大事にするものなのよ。ここにいるのは、まさにそうした家名に泥を塗りたくない一心で手一杯の人たちなのよ」
キュルケは髪をかきあげながら嘆息した。その言葉にルイズが噛み付こうとするが、
「ばかものども! 今はくだらん責任のなすりつけ等に終始しとる場合ではない! ヘイズ殿の言うとおり、これからどうするかが大事であろうが!」
ようやく現れたオールド・オスマンの一喝で、水を打ったように責任転嫁の応酬が収まる。
そしてオールド・オスマンの次なる一言を待ちわびるように、教師達がオスマンを仰ぎ見ていると、勢いよく扉を開け入ってくるものがいた。
「オールド・オスマン! フーケの居所が分かりました! 近所の農民に聞いたところ、近くの森の廃屋に入っていくローブの男を見たそうです」
「よいタイミングじゃ、ミス・ロングビル。さあ、賊の居場所は分かったぞ! 捜索隊を編成する。我こそはと思うものは杖を掲げよ」
誰一人として杖をあげようとしない。ばつが悪そうな顔を浮かべて俯いたり、おっかなびっくり隣の者と顔を見合わせてはまた別の者と顔を見合わせたり。
じれったくなったのか、じっと俯いて沈黙を保ってきたルイズが、ぴっとその杖を立てた。
その姿に教師達の視線が集まる。
「ミス・ヴァリエール!? 君はまだ生徒ではないかね――!」
「だって誰もあげないじゃないですか!」
非難するような声音の教師に、真っ向から論理をぶつけていきり立つルイズ。
ルイズがこうなったらテコでも動かないことを知っているサイトは、「あっちゃー」と顔を覆い、がっくりと肩を落としてうなだれている。
ご愁傷様なことだが、ルイズの使い魔と言うことで、これでサイトも捜索隊に同行することが決定だ。
そして杖を掲げる物好きがまた一人。
「ミス・タバサ!? 君もか!」
先ほどまで喧騒の真っ只中だと言うのに本を読み耽り、この件と関わる気はないものとばかり考えていたタバサまで杖をあげるのを見て、
コルベールは天を仰ぐような叫びをあげた。
そしてさらにキュルケまでもが、杖を掲げた。
「オレはタバサの使い魔ってことになってるから行くのは当然なんだが、キュルケは無理してついてくることはねえぞ」
「あら、あなたとタバサが行くのに私が行かないなんて、そのほうが理由が出てこないわ。友達を助けるのは当然じゃないの。
それにヴァリエールに遅れを取るわけには行かないしね」
ウィンク交じりに茶化して答えるキュルケ。キュルケが参加を表明したことで、タバサも心なしかうれしそうに見える。
そんな二人にルイズは、唇を噛み締めながら、感謝半分悔しさ半分といった感じで「あ、ありがとう……」と例を告げた。
もちろん感謝はタバサに対してで、悔しさはキュルケに対してである。
「教師は誰も行く気がねえ見たいだし、これで捜索隊のメンバーは決定だな。昨夜のメンバーそのままってのも、リベンジってことで乙なもんだしな」
ヘイズはそう言って、ぱちんと指を打ち鳴らした。オスマンも満足そうに頷く。
そんな様子を見てミス・シュヴルーズは声を荒げた。
「そんな!? 便利屋を営んでいるというヘイズ氏はともかく、他は生徒ばかりではないですか。危険すぎます!」
「では、君が行くかね?」
オールド・オスマンの一言でミス・シュヴルーズは押し黙ってしまった。
そこにうんざりとした声でヘイズが、
「あのよー……決起が鈍るんで、難癖つけるのはその辺にしといてくれるとありがてえんだが」
「そうじゃ。それに彼らは敵の姿を見ておる。ミス・タバサはこの歳でシュヴァリエの称号を賜る騎士だと聞いているが?」
オスマンの言葉にタバサへと驚愕の視線が集められる。もっとも当のタバサはといえば、ぼんやりとした表情で突っ立っているだけなのだが。
「それってすげえのか?」
「凄いなんてもんじゃないわ。王宮からもらえる爵位としては最下級だけど、家柄とか財力じゃなくて本当に実力のある者しかもらえない称号よ」
キュルケの言葉に、ヘイズはあらためてタバサを見つめなおす。
ヘイズは何回か見せてもらった授業での実技や、ヘイズが貸した学術書の飲み込みの早さ、そして先日のフーケ戦で見せた氷柱の命中精度などから、
タバサが並みの実力のメイジではないことは見抜いていた。
しかしそれほどまでの実力を持ち合わせていたとは……
――けどそれは生まれ持っての才能か、必要に駆られた実力かってことだよな。
最強や最高峰と言われる魔法士というものは、おおむね二種類に分かれる。
一つは元々強力な能力の持ち主だったり、I-ブレインそのものの性能や本人との相性がいい場合。
そしてもう一つは数多の戦場の中で、ひたすらに実戦経験を得て牙を磨き続けたものだ。
タバサは一体何故シュヴァリエという実力だけを求められる称号を、頂くようなマネをしなければならなかったのか――
そしてオスマンは視線をタバサからキュルケに移し、
「そしてミス・ツェルプストーは、ゲルマニアの優秀な軍人を数多く輩出した家系の出で、彼女自身も大層優れた火の使い手と聞いておる」
ふふん、と髪をかきあげながら、自慢げに視線に答えるキュルケ。
そして、ルイズに視線を移し……そこでオスマンは固まってしまった。
逡巡するようにあちこち視線をうろつかせた後、「おおそうじゃった」と――周囲にバレバレであったが――呟いて、
「えーと……ミス・ヴァリエールは数々の優秀なメイジを輩出したヴァリエール公爵家の息女で、そのーあーうん、なんだ、
彼女自身も将来有望というか……あっ! しかも、その使い魔は!」
とそこでタバサに負けず劣らず、ぼーっと突っ立っていたサイトを見て
「平民の身でありながら、かのグラモン元帥の息子、ギーシュ・ド・グラモンを決闘で打ち負かしたという噂じゃ」
「そのとおりです! しかも彼はあの伝説の『ガンダ……ぐふっ……ッ!」
コルベールが何か言い出したところで、オスマンは慌てて当身を食らわせて黙らせた。
その光景に不満を漏らしていた教師達は、いっせいに押し黙ることとなった。
「さて彼女たちに勝てると思うものがおれば、杖をかかげその意思を示すがよい」
もはや杖を掲げるものは誰もいなかった。
オスマンはルイズたちに向き直り、
「魔法学院は、諸君の努力と貴族の義務に期待する」
ルイズとタバサとキュルケは杖を垂直に掲げ、「この杖にかけて」と唱和し、スカートの裾をつまんで一礼した。
サイトも慌てて真似しようとするがスカートではなかったので、上着のすそを掴んで一礼しようとするも、
「普通に礼だけにしとけ」とヘイズに止められることとなった。
五人はミス・ロングビルを案内人として、馬車に乗って出発した。
馬車とは言っても、屋根のないタイプだが、これは襲われたときにすぐに対応できるようにする為とヘイズが助言したため、この馬車になった。
ミス・ロングビルが御者を買って出た為に、五人は荷台にてそれぞれのやりかたで時間を潰している。
タバサは相変わらず本――ヘイズの貸した分子運動とエントロピーについて――を読み耽っているし、サイトは腕を組んで昼寝、ヘイズは銃の手入れで、
キュルケは爪の手入れ、ルイズは手持ちぶたさにぼーっとしている。
ふとキュルケが思いついたように、ミス・ロングビルに話しかけた。
「ミス・ロングビル。どうして手綱を付き人にやらせないのですか」
それにミス・ロングビルは、どこか翳りを浮かべながらにっこりと微笑んで、
「いいのです。私は貴族の名を失った身です」
「ええ? でも貴女はオールド・オスマンの秘書なのでしょ?」
「ええ。でもオールド・オスマンはあまりそういうことに拘らない方ですから」
困ったようなあいまいな笑みを浮かべながらミス・ロングビルが答える。
「差し支えなかったら、事情をお聞かせ願いたいわ」
「やめとけ」
興味津々といったキュルケの様子に、ヘイズが釘を刺す。
「人の過去をほじくり返すのはよくねえ。誰しも言いたくない過去ってモンを持ってるもんだからな」
本に隠れているタバサの肩が一瞬ピクリと動いたのを、ヘイズは視界の端で捕らえた。
そのことを気に留めつつも続ける。
「言いたくないものを無理に聞き出すと、大抵ろくなことが起こったためしがねえ。それが女ならなおさらな」
「オレの経験上な」と遠い目をしながら言うと、
「何よ。ちょっと暇潰しに話題を作ろうとしただけよ」
とうそぶいて髪をかきあげるキュルケ。
「そういえば、ハリーはどうしたの? さっきから声が聞こえないけど」
「ハリーは今Hunter Pigeonとの距離が離れすぎてるから、連絡が届かねえんだ。中継地点でもありゃ別だが、ここらにそんなもんあるわけねえしな」
演算機関が不調でなければ、ハリーが気を利かせてこっそりと偏光迷彩を展開しながら付いてくるなんてこともできたが、
この世界の空気・温度・魔力などの関係で、未だ演算機関は調整中のままだ。
「ふうん。じゃあ、ハリーとおしゃべりして時間を潰すって言うのも無理かあ……残念」
キュルケはため息をついた。
しばらくして森は、鳥のさえずりも聞こえないほど、薄暗く静かになった。
「ではここからは徒歩で行きましょう」
ミス・ロングビルの指示で、馬車から降りる。
「それにしても薄暗いわねー。気味が悪いわ」
「オレはシティから出りゃ、常時こんな感じのトコだったから、割と慣れてるけどな。つか、お前は絶対に怖がってねえだろ……」
ヘイズのツッコミに、「私も女の子だもの」などといいながら目いっぱい怖がる振りをするキュルケ。
その隣ではルイズが本気で怖がっていたりするのだが、キュルケのいる手前必死に我慢しているようだ。
サイトはルイズの様子を横目で見ながら笑いをこらえて、笑っているのがばれて向こう脛を蹴っ飛ばされたりしているが。
タバサはというと、内容に思うところがあるのか、未だに本を読み続けている。
「今から盗賊を捕まえるってえのに、平和だなあ、おい」
ヘイズのもらしたそんな呟きは、全てを吸い込むような森の静寂の前に消えていった。
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