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「サイヤの使い魔-09」(2010/01/04 (月) 19:35:04) の最新版変更点
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#navi(サイヤの使い魔)
「町ってここからどのくらいのとこにあるんだ?」
「馬に乗って三時間ってとこね」
「三時間!? そんなにかかるんか?」
トリステイン魔法学院、正門前。馬着き場に悟空とルイズの姿があった。
今日は虚無の曜日である。ルイズはコルベールに頼まれた通り、悟空を連れて町に行き、何かしらの武器を買い与えようと考えていた。
「仕方ないじゃない、他に移動手段が無いんだから」
腕組をして何やら考えていた悟空が、「私にいい考えがある」と言わんばかりの表情を浮かべた。
「ルイズ、使い魔が飛べるヤツだったら、主人はそれに乗ってくよな?」
「そうね。タバサとかはそうだわ。何が言いたいの?」
「オラに乗ってかねえか? その方がよっぽど速えぞ」
「あんた、フライが使えるの?」
この間、魔法は使えないといってなかったか?
「いや、オラ達の世界じゃ舞空術っつう空を飛ぶ技があるんだ」
「フライやレビテーションとは違うの?」
「そうだな…。例えば、フライを唱えている最中に系統魔法は使えねえんだろ?」
ルイズの知識と、授業の内容から導き出した仮説を披露する。
「使えないって訳じゃないけど、物凄い集中力が要るから、上位のメイジでもないと難しいわね」
「舞空術なら、使ってる間に他の技を使う事ができるんだ」
「何それ? 反則じゃない!」
「反則って言われてもなあ」
「まあいいわ。とにかく、やってみせてよ。あんたが言うからには、馬より速く飛べるんでしょうね」
「まかしとけって」
そう言うと、悟空は宙に腹這いになった。杖も詠唱も無しに、あっけなく。
「ほれ、背中に乗れよ」
「やっぱり反則よ、それ…」
「そうは言うけどよ、オラだって飛べるようになるまでは随分苦労したんだぜ? 最初の頃はちょっとしか飛べなかったしよ」
舞空術を使っている間は気を消費する。今でこそ悟空の気は全宇宙でも指折りの大きさを誇っているが、飛べるようになったばかりの頃は、僅かに浮くだけで疲労困憊するほどだった。
ルイズが悟空の背中に馬乗りになると、下腹のあたりがきゅんとなった。
(あ、何この背徳感……?)
男に跨るという慣れない行為に、ルイズはちょっとだけドキドキしていた。
「それだと落っこちるぞ」
「え?」
「オラにおぶさるようにして、首に腕を回すんだ」
「なななななな……!!」
ルイズの顔がみるみる赤くなる。頭の中で「いいの?」と本能が囁き「だめ!」と理性が押し止める。
しかし、この使い魔のことだ。マジでそこまでしないと振り落とされるくらい速く飛べるんだろう。
短い葛藤の末、ルイズは言われたとおりにした。ドキドキがばれませんようにドキドキがばれませんように……!
「よし、じゃ、いっくぞー!」
「へ? うはひゃ―――――!!!」
ルイズを乗せた悟空が、投石器で投げられた岩のような勢いで空高く舞い上がる。純白の雲を見下ろす、遥かな空まで。
そのまま数百メイルほど飛んだところで、悟空がいきなり止まった。
衝撃でルイズが前に飛び出しそうになる。
「うわぅ! な、何よ! 何でいきなり止まるの?」
「そういや、街ってどっちにあんだっけ?」
ルイズは使い魔の頭をはたきそうになるのを辛うじて堪えた。ここでそれをやったら間違い無く落ちる。
「あっち」
ルイズが指差した方角めがけ、再び悟空の身体が宙を舞った。
振り落とされまいと、必死に悟空の背中にしがみ付いていたルイズだが、やがて身体に叩きつけてくる風に慣れてくると、周囲や眼下の光景を見渡す余裕が出てきた。
他の生徒はフライでこんな視点からハルケギニアを見ていたのか。
そう思うと、ルイズは少し悔しくなった。
「ゴクウ!」
「何だ?」
「もっと速く飛べないの?」
「できるけど、何でだ? 急いでるんか」
「あんたの力が見たいの」
「わかった。しっかり掴まってろよ」
悟空は気をその身に纏い、加速した。ルイズの手に力がこもる。
顔に当たる風の勢いで、まともに目を開けて前を見られないルイズは仕方なく地面を見た。あまりの速度に、何かの模様にさえ見える。
「凄い凄ーい!」
轟音を立て、ハルケギニアの青空を一筋の白い矢が長い尾を引いていった。
キュルケはルイズの部屋の扉をノックした。
ゴクウが出たら、今度こそ唇を奪ってやる。
ルイズが出てきたらどうしようかしら、と少しだけ考える。
その時はどうにかしてゴクウを連れだそう。今まで、初回のアプローチで唇を奪われなかった男は数えるほどしかいない。
キュルケはそんな不快なスコアを更新するつもりはさらさらなかった。
しかし、ノックの返事は無い。扉を開けようとしたが、鍵がかかっていた。
「…いないのかしら」
校則で禁じられているアンロックを唱え、ドアを空ける。やはり居ない。
キュルケは部屋を見回した。ルイズの鞄が無い。虚無の曜日なのに鞄が無いという事は、何処かに出かけたのだろうか。
仕方なく、タバサの所で暇潰しでもしようと考えた。
ノックに反応して扉を開けたタバサを見て、キュルケは目を丸くした。
「あら、貴女が虚無の曜日に外出なんて珍しいわね」
タバサは、虚無の曜日になると決まって自室に篭って本を読んでいる。
余程の事が無いと、今のように身支度を整えて外出する事などなかった。
タバサは簡潔に自身の外出の理由を述べた。
「ルイズとゴクウが街に出た」
「道理で部屋に居ないと思ったわ。で、それとタバサの身支度とどんな関係が有るのかしら?」
答えは何となく判っているが、それでも訊かずにはいられない。
「…………」
「顔、赤いわよ」
――バッ!
タバサが両頬に手を当てる。
親友が珍しく狼狽する姿がおかしくて、キュルケはつい笑ってしまった。
「…ぷっ、くく……。冗談よ。でもそこまでタバサが感情出すなんて、珍しいわね」
「出してない」
流石に怒らせたのか、タバサの視線に微かな怒気が含まれているのを感じ、キュルケは降参という風に両手を上げた。
「わかった。もうしません。でも本当に何があったの?」
「…昨日、ハシバミ草を食べて苦しんでた」
「だから?」
「謝りに行く」
「ふふっ。じゃあ、そういう事にしときましょうか」
「嘘じゃない」
「判ってるわよ。ついでに私も乗せてって」
タバサの沈黙は肯定の証とキュルケは受けとった。
キュルケは気付いていた。タバサが、ルイズの使い魔を名前で呼んでいた事に。
(ライバル出現かしらね…。でも、友達だからって引き下がると思ったら大間違いよタバサ。恋と友情は別物なの)
タバサは窓の外に向かって鋭く口笛を吹き、そのまま窓枠から飛び降りた。キュルケも後に続く。
空中で、落下する二人をシルフィードが受け止めた。
「昨日の人。多分馬には乗ってない。恐らくフライで飛行中」
「……昨日の人? タバサ、昨日は午後から出かけてたけど、二人で何してたの?」
「野暮」
キュルケの追求を簡潔に切り捨てる。どっちみち、従姉妹からの任務遂行の事はキュルケには内緒だ。
「……はいはい、恋は盲目って訳ね」
「違う」
「全く、可愛いんだから」
「違う」
タバサが後ろのキュルケを振り向いた。視線に気圧され、さしものキュルケも言葉に詰まる。
キュルケが黙ったのを確認すると、タバサは尖った風竜の背ビレを背もたれにして、持参した本のページをめくり始めた。
「あそこに降りて」
ルイズが指差した先には、ゴミや汚物が道端に転がっている狭い路地裏があった。
悟空が降りると、悪臭が鼻をついた。
「うわ、くっせえ! オラこういう所苦手だな~」
「そうね、わたしもあまんまりこういう所には来たくないわ」
犬並みの嗅覚を持つ悟空には軽い拷問だった。
二人が歩いていくと、四辻に出た。ルイズは立ち止まると、辺りをきょろきょろと見回した。
「あっちがビエモンの秘薬屋だから、この辺なんだけど……」
それから、一枚の銅の看板を見つけ、嬉しそうに呟いた。
「あ、あった」
見ると、剣の形をした看板が下がっていた。そこがどうやら、武器屋であるらしかった。
ルイズと悟空は、石段を登り、羽扉を開け、店の中に入っていった。
武器屋の親父が入ってきたルイズを胡散臭げに見つめた。すぐに相手が貴族である事に気付き、咥えていたパイプを離し、ドスの利いた声を出す。
「旦那、貴族の旦那。うちはまっとうな商売してまさあ。
お上に目をつけられるようなことなんか、これっぽっちもありませんぜ」
「客よ」ルイズは腕を組んで言った。
「こりゃおったまげた。貴族が剣を! おったまげた!」
「どうして?」
「いえ、若奥様。坊主は聖具を振る、兵隊は剣を振る、貴族は杖を振る、そして陛下はバルコニーからお手をお振りになる、と相場は決まっておりますんで」
「使うのはわたしじゃないわ。使い魔よ」
「忘れておりました。昨今は貴族の使い魔も縁を振るようで」
主人は、商売っ気たっぷりにお愛想を言った。それから、ルイズの後から入ってきた悟空をじろじろと眺めた。
「剣をお使いになるのは、この方で?」
悟空はそれには答えず、逆に店主に問い掛ける。
「おっちゃん、この店はおっちゃん一人でやってるんか?」
「そうですが、それがどうかなさいましたかい?」
悟空が店に入った時、三つの気を感じた。
ひとつはルイズ。
もうひとつは店の店主。
そしてもうひとつは……
悟空は乱雑に積み上げられた剣の方へ歩みより、その中から一振りの薄手の長剣を取り出した。
刀身の表面には錆びが浮き、お世辞にも見栄えが良いとはいい難い。
「…こいつだ。この剣から小さいけど気を感じるぞ……」
悟空が剣を両手で持つと、それに呼応するかのように、左手の甲に刻まれたルーンが光り出した。
「ルイズ、これ見てみろよ! ルーンが光ったぞ」
「本当だ! どうなってんの?」
握ったり離したりを繰り返すと、その度にルーンが点滅を繰り返す。
その時、悟空が握っていた剣から低い男の声が聞こえてきた。
「おう、おめえ『使い手』か」
「うわ、剣が喋った!」
悟空は驚き、腕を目一杯伸ばして剣を身体から最大限離した。
どういう構造なのか、鍔部分の金具を器用にカチャカチャと動かして「喋って」いる。
ルイズが当惑した声をあげた。
「それって、インテリジェンスソード?」
「そうでさ、若奥様。意志を持つ魔剣、インテリジェンスソードでさ。
いったい何処の魔術師が始めたんでしょうかねえ、剣を喋らせるなんて……」
「オラ、あちこち冒険して色々見てきたつもりだったけど、剣が喋るのなんて初めて見たぞ」
「俺ももう作られてから長い事経つが、まさかまた『使い手』の手に握られるなんて思わなかったぜ」
しげしげと互いを観察した(剣には目が無いがルイズにはそう見えた)使い魔と剣が同じ感想を同じタイミングで漏らす。
『おでれーた』
見事なユニゾンであった。
「おめえ、名前は?」
「俺っちはデルフリンガー様よ」
「出ろプリンター?」
「ちがわ! デルフリンガー様だ! おきやがれ」
「名前だけは一人前でさ」店主が呟く。
「オラ悟空。孫悟空だ。宜しくな」
「ゴクウ、それ買うの?」
「ああ。ルーンが光ったんだから、この剣に何かあるのかもしんねえぞ」
「汚いわよ。それにボロッちいし」
「それによ、こいつ握ってると、何か力が沸いてくる気がすんだ」
「う~ん、そこまで言うなら……」
と言いかけて、ルイズがはたと気付く。
「ルーンが光るのって、その剣だけかしら。他のも持ってみない?」
「そうだな」
悟空はとっかえひっかえ剣や槍を持ち替えた。半分くらいは反応しなかったが、実戦向けと思われるいくつかの武器に対してはルーンが反応した。
その度にルイズが値段を店主に訊き、返ってきた答えに不満げな顔をする。
「あーもう、武器がこんなに高価いなんて思わなかったわ」
「何だ、おめえ貴族なのにカネ持ってねえんか」
「違うわよ。この街はスリが多いから沢山は持ってこなかったの」
この店の武器は最低でも200エキューはする。ルイズは150エキューしか持ってきていなかった。
仕方なく、主人に尋ねた。
「さっきの喋る剣、あれはおいくら?」
「あれなら、100で結構でさ」
「安いじゃない」
「こっちにしてみりゃ、厄介払いみたいなもんでさ。ちょっとでも上玉そうな客を見ると、すぐに色目を使いやがるもんで」
主人は手をひらひらと振りながら、客に喧嘩を吹っかけることをオブラートに包んだ表現で示した。
悟空は上着の中からルイズの財布を取り出すと、中身をカウンターの上にブチ撒けた。金貨がじゃらじゃらと落ちる。主人は慎重に枚数を確かめると、頷いた。
「毎度」剣を取り、鞘に収めると悟空に手渡した。
「どうしても煩いと思ったら、こうやって鞘に入れれば大人しくなりまさあ」
「サンキュー」
悟空は頷いて、デルフリンガーという名の剣を受け取った。
タバサは道筋を再確認していた。
シルフィードの速度は、フライでの飛行速度を遥かに超える上、その眼は草原を走る馬ですらたやすく視界に収める事ができる。
空を飛ぶ人間一人見つけるくらい造作もない事だった。
なのに、一向に姿が見えない。
スタートで出遅れたとはいえ、最短距離を飛んでいるので、もうとっくに追いついてもいい頃合だった。
もうすぐ街に到着する。まさか知らぬ間に追いぬいてしまったのかとタバサが思った時、前方から飛来してくる物体をシルフィードが発見し、一声鳴いた。
「止まって」
タバサの指示で、シルフィードがその場にホバリングする。
やがて、悟空がそこにやってきた。
「よう。おめえらも買い物か?」
「……」無言でタバサが頷く。
「何ぶら下げてるの?」キュルケが尋ねた。
「オラの寝床にすんだ」
悟空の手にはロープがあり、その先にはロープで巻かれたシングルサイズのベッド用マットがあった。
よく見ると、そこににルイズと大剣が括り付けられている。
ルイズの要請で、帰りはマットの上に乗って悟空に引っ張ってもらう事にしたのだった。
そのため、落ちないように少々頑丈に捲きつけられていた。
キュルケはマットごとプラプラ揺れているルイズに向かって皮肉を言った。
「特等席ってわけね。羨ましいわ」
「頼んだって、あんたの席は無いわよ」
「べ、別に乗りたくないわよ……」
ルイズが上機嫌なのを見て、キュルケは呆れた。
傍目から見ると間抜けな体勢なのに、心底嬉しそうだ。
「ゴクウってそんなに速く飛べるの?」
「そうよ。魔法じゃないらしいけど、それでもフライなんて目じゃないわ」
「あらそう。そこまで言うなら、帰りはタバサの使い魔と競争しましょう」
「あんたたちは買い物するんじゃなかったの?」
「別に今日じゃなくてもいいわ。急ぎじゃないし」
本当は悟空を追ってこっそり後をつけるつもりでいたのだが、見つけたからにはもうどうでもいい。
キュルケは更に景品を提案した。
「勝った方が今日一日ゴクウを好きにする。タバサもそれでいいわね?」
「いい」実際に悟空の実力を見てみたかったタバサは同意した。
「ちょ、ちょっと! 勝手に決めるんじゃないわよ!!」
「別に負けなきゃいいんだろ?」
「あ、う、まあそれはそうだけど…。ゴクウ、わざと負けたら承知しないからね」
「しねえって。それより、その剣しっかり持っててくれよ」
悟空が風竜の隣に並んだ。
「よーい」
再び悟空が気を纏う。その光景を見てキュルケが「炎の系統魔法にあんなのあったっけ…?」と首を傾げた。
「どん!!」
悟空とシルフィードが空を翔ける。行き以上の加速で引っ張られたルイズの悲鳴を後に残して。
#navi(サイヤの使い魔)
&setpagename(孫悟空の買い物)
#navi(サイヤの使い魔)
「町ってここからどのくらいのとこにあるんだ?」
「馬に乗って三時間ってとこね」
「三時間!? そんなにかかるんか?」
トリステイン魔法学院、正門前。馬着き場に悟空とルイズの姿があった。
今日は虚無の曜日である。ルイズはコルベールに頼まれた通り、悟空を連れて町に行き、何かしらの武器を買い与えようと考えていた。
「仕方ないじゃない、他に移動手段が無いんだから」
腕組をして何やら考えていた悟空が、「私にいい考えがある」と言わんばかりの表情を浮かべた。
「ルイズ、使い魔が飛べるヤツだったら、主人はそれに乗ってくよな?」
「そうね。タバサとかはそうだわ。何が言いたいの?」
「オラに乗ってかねえか? その方がよっぽど速えぞ」
「あんた、フライが使えるの?」
この間、魔法は使えないといってなかったか?
「いや、オラ達の世界じゃ舞空術っつう空を飛ぶ技があるんだ」
「フライやレビテーションとは違うの?」
「そうだな…。例えば、フライを唱えている最中に系統魔法は使えねえんだろ?」
ルイズの知識と、授業の内容から導き出した仮説を披露する。
「使えないって訳じゃないけど、物凄い集中力が要るから、上位のメイジでもないと難しいわね」
「舞空術なら、使ってる間に他の技を使う事ができるんだ」
「何それ? 反則じゃない!」
「反則って言われてもなあ」
「まあいいわ。とにかく、やってみせてよ。あんたが言うからには、馬より速く飛べるんでしょうね」
「まかしとけって」
そう言うと、悟空は宙に腹這いになった。杖も詠唱も無しに、あっけなく。
「ほれ、背中に乗れよ」
「やっぱり反則よ、それ…」
「そうは言うけどよ、オラだって飛べるようになるまでは随分苦労したんだぜ? 最初の頃はちょっとしか飛べなかったしよ」
舞空術を使っている間は気を消費する。今でこそ悟空の気は全宇宙でも指折りの大きさを誇っているが、飛べるようになったばかりの頃は、僅かに浮くだけで疲労困憊するほどだった。
ルイズが悟空の背中に馬乗りになると、下腹のあたりがきゅんとなった。
(あ、何この背徳感……?)
男に跨るという慣れない行為に、ルイズはちょっとだけドキドキしていた。
「それだと落っこちるぞ」
「え?」
「オラにおぶさるようにして、首に腕を回すんだ」
「なななななな……!!」
ルイズの顔がみるみる赤くなる。頭の中で「いいの?」と本能が囁き「だめ!」と理性が押し止める。
しかし、この使い魔のことだ。マジでそこまでしないと振り落とされるくらい速く飛べるんだろう。
短い葛藤の末、ルイズは言われたとおりにした。ドキドキがばれませんようにドキドキがばれませんように……!
「よし、じゃ、いっくぞー!」
「へ? うはひゃ―――――!!!」
ルイズを乗せた悟空が、投石器で投げられた岩のような勢いで空高く舞い上がる。純白の雲を見下ろす、遥かな空まで。
そのまま数百メイルほど飛んだところで、悟空がいきなり止まった。
衝撃でルイズが前に飛び出しそうになる。
「うわぅ! な、何よ! 何でいきなり止まるの?」
「そういや、街ってどっちにあんだっけ?」
ルイズは使い魔の頭をはたきそうになるのを辛うじて堪えた。ここでそれをやったら間違い無く落ちる。
「あっち」
ルイズが指差した方角めがけ、再び悟空の身体が宙を舞った。
振り落とされまいと、必死に悟空の背中にしがみ付いていたルイズだが、やがて身体に叩きつけてくる風に慣れてくると、周囲や眼下の光景を見渡す余裕が出てきた。
他の生徒はフライでこんな視点からハルケギニアを見ていたのか。
そう思うと、ルイズは少し悔しくなった。
「ゴクウ!」
「何だ?」
「もっと速く飛べないの?」
「できるけど、何でだ? 急いでるんか」
「あんたの力が見たいの」
「わかった。しっかり掴まってろよ」
悟空は気をその身に纏い、加速した。ルイズの手に力がこもる。
顔に当たる風の勢いで、まともに目を開けて前を見られないルイズは仕方なく地面を見た。あまりの速度に、何かの模様にさえ見える。
「凄い凄ーい!」
轟音を立て、ハルケギニアの青空を一筋の白い矢が長い尾を引いていった。
キュルケはルイズの部屋の扉をノックした。
ゴクウが出たら、今度こそ唇を奪ってやる。
ルイズが出てきたらどうしようかしら、と少しだけ考える。
その時はどうにかしてゴクウを連れだそう。今まで、初回のアプローチで唇を奪われなかった男は数えるほどしかいない。
キュルケはそんな不快なスコアを更新するつもりはさらさらなかった。
しかし、ノックの返事は無い。扉を開けようとしたが、鍵がかかっていた。
「…いないのかしら」
校則で禁じられているアンロックを唱え、ドアを空ける。やはり居ない。
キュルケは部屋を見回した。ルイズの鞄が無い。虚無の曜日なのに鞄が無いという事は、何処かに出かけたのだろうか。
仕方なく、タバサの所で暇潰しでもしようと考えた。
ノックに反応して扉を開けたタバサを見て、キュルケは目を丸くした。
「あら、貴女が虚無の曜日に外出なんて珍しいわね」
タバサは、虚無の曜日になると決まって自室に篭って本を読んでいる。
余程の事が無いと、今のように身支度を整えて外出する事などなかった。
タバサは簡潔に自身の外出の理由を述べた。
「ルイズとゴクウが街に出た」
「道理で部屋に居ないと思ったわ。で、それとタバサの身支度とどんな関係が有るのかしら?」
答えは何となく判っているが、それでも訊かずにはいられない。
「…………」
「顔、赤いわよ」
――バッ!
タバサが両頬に手を当てる。
親友が珍しく狼狽する姿がおかしくて、キュルケはつい笑ってしまった。
「…ぷっ、くく……。冗談よ。でもそこまでタバサが感情出すなんて、珍しいわね」
「出してない」
流石に怒らせたのか、タバサの視線に微かな怒気が含まれているのを感じ、キュルケは降参という風に両手を上げた。
「わかった。もうしません。でも本当に何があったの?」
「…昨日、ハシバミ草を食べて苦しんでた」
「だから?」
「謝りに行く」
「ふふっ。じゃあ、そういう事にしときましょうか」
「嘘じゃない」
「判ってるわよ。ついでに私も乗せてって」
タバサの沈黙は肯定の証とキュルケは受けとった。
キュルケは気付いていた。タバサが、ルイズの使い魔を名前で呼んでいた事に。
(ライバル出現かしらね…。でも、友達だからって引き下がると思ったら大間違いよタバサ。恋と友情は別物なの)
タバサは窓の外に向かって鋭く口笛を吹き、そのまま窓枠から飛び降りた。キュルケも後に続く。
空中で、落下する二人をシルフィードが受け止めた。
「昨日の人。多分馬には乗ってない。恐らくフライで飛行中」
「……昨日の人? タバサ、昨日は午後から出かけてたけど、二人で何してたの?」
「野暮」
キュルケの追求を簡潔に切り捨てる。どっちみち、従姉妹からの任務遂行の事はキュルケには内緒だ。
「……はいはい、恋は盲目って訳ね」
「違う」
「全く、可愛いんだから」
「違う」
タバサが後ろのキュルケを振り向いた。視線に気圧され、さしものキュルケも言葉に詰まる。
キュルケが黙ったのを確認すると、タバサは尖った風竜の背ビレを背もたれにして、持参した本のページをめくり始めた。
「あそこに降りて」
ルイズが指差した先には、ゴミや汚物が道端に転がっている狭い路地裏があった。
悟空が降りると、悪臭が鼻をついた。
「うわ、くっせえ! オラこういう所苦手だな~」
「そうね、わたしもあまんまりこういう所には来たくないわ」
犬並みの嗅覚を持つ悟空には軽い拷問だった。
二人が歩いていくと、四辻に出た。ルイズは立ち止まると、辺りをきょろきょろと見回した。
「あっちがビエモンの秘薬屋だから、この辺なんだけど……」
それから、一枚の銅の看板を見つけ、嬉しそうに呟いた。
「あ、あった」
見ると、剣の形をした看板が下がっていた。そこがどうやら、武器屋であるらしかった。
ルイズと悟空は、石段を登り、羽扉を開け、店の中に入っていった。
武器屋の親父が入ってきたルイズを胡散臭げに見つめた。すぐに相手が貴族である事に気付き、咥えていたパイプを離し、ドスの利いた声を出す。
「旦那、貴族の旦那。うちはまっとうな商売してまさあ。
お上に目をつけられるようなことなんか、これっぽっちもありませんぜ」
「客よ」ルイズは腕を組んで言った。
「こりゃおったまげた。貴族が剣を! おったまげた!」
「どうして?」
「いえ、若奥様。坊主は聖具を振る、兵隊は剣を振る、貴族は杖を振る、そして陛下はバルコニーからお手をお振りになる、と相場は決まっておりますんで」
「使うのはわたしじゃないわ。使い魔よ」
「忘れておりました。昨今は貴族の使い魔も縁を振るようで」
主人は、商売っ気たっぷりにお愛想を言った。それから、ルイズの後から入ってきた悟空をじろじろと眺めた。
「剣をお使いになるのは、この方で?」
悟空はそれには答えず、逆に店主に問い掛ける。
「おっちゃん、この店はおっちゃん一人でやってるんか?」
「そうですが、それがどうかなさいましたかい?」
悟空が店に入った時、三つの気を感じた。
ひとつはルイズ。
もうひとつは店の店主。
そしてもうひとつは……
悟空は乱雑に積み上げられた剣の方へ歩みより、その中から一振りの薄手の長剣を取り出した。
刀身の表面には錆びが浮き、お世辞にも見栄えが良いとはいい難い。
「…こいつだ。この剣から小さいけど気を感じるぞ……」
悟空が剣を両手で持つと、それに呼応するかのように、左手の甲に刻まれたルーンが光り出した。
「ルイズ、これ見てみろよ! ルーンが光ったぞ」
「本当だ! どうなってんの?」
握ったり離したりを繰り返すと、その度にルーンが点滅を繰り返す。
その時、悟空が握っていた剣から低い男の声が聞こえてきた。
「おう、おめえ『使い手』か」
「うわ、剣が喋った!」
悟空は驚き、腕を目一杯伸ばして剣を身体から最大限離した。
どういう構造なのか、鍔部分の金具を器用にカチャカチャと動かして「喋って」いる。
ルイズが当惑した声をあげた。
「それって、インテリジェンスソード?」
「そうでさ、若奥様。意志を持つ魔剣、インテリジェンスソードでさ。
いったい何処の魔術師が始めたんでしょうかねえ、剣を喋らせるなんて……」
「オラ、あちこち冒険して色々見てきたつもりだったけど、剣が喋るのなんて初めて見たぞ」
「俺ももう作られてから長い事経つが、まさかまた『使い手』の手に握られるなんて思わなかったぜ」
しげしげと互いを観察した(剣には目が無いがルイズにはそう見えた)使い魔と剣が同じ感想を同じタイミングで漏らす。
『おでれーた』
見事なユニゾンであった。
「おめえ、名前は?」
「俺っちはデルフリンガー様よ」
「出ろプリンター?」
「ちがわ! デルフリンガー様だ! おきやがれ」
「名前だけは一人前でさ」店主が呟く。
「オラ悟空。孫悟空だ。宜しくな」
「ゴクウ、それ買うの?」
「ああ。ルーンが光ったんだから、この剣に何かあるのかもしんねえぞ」
「汚いわよ。それにボロッちいし」
「それによ、こいつ握ってると、何か力が沸いてくる気がすんだ」
「う~ん、そこまで言うなら……」
と言いかけて、ルイズがはたと気付く。
「ルーンが光るのって、その剣だけかしら。他のも持ってみない?」
「そうだな」
悟空はとっかえひっかえ剣や槍を持ち替えた。半分くらいは反応しなかったが、実戦向けと思われるいくつかの武器に対してはルーンが反応した。
その度にルイズが値段を店主に訊き、返ってきた答えに不満げな顔をする。
「あーもう、武器がこんなに高価いなんて思わなかったわ」
「何だ、おめえ貴族なのにカネ持ってねえんか」
「違うわよ。この街はスリが多いから沢山は持ってこなかったの」
この店の武器は最低でも200エキューはする。ルイズは150エキューしか持ってきていなかった。
仕方なく、主人に尋ねた。
「さっきの喋る剣、あれはおいくら?」
「あれなら、100で結構でさ」
「安いじゃない」
「こっちにしてみりゃ、厄介払いみたいなもんでさ。ちょっとでも上玉そうな客を見ると、すぐに色目を使いやがるもんで」
主人は手をひらひらと振りながら、客に喧嘩を吹っかけることをオブラートに包んだ表現で示した。
悟空は上着の中からルイズの財布を取り出すと、中身をカウンターの上にブチ撒けた。金貨がじゃらじゃらと落ちる。主人は慎重に枚数を確かめると、頷いた。
「毎度」剣を取り、鞘に収めると悟空に手渡した。
「どうしても煩いと思ったら、こうやって鞘に入れれば大人しくなりまさあ」
「サンキュー」
悟空は頷いて、デルフリンガーという名の剣を受け取った。
タバサは道筋を再確認していた。
シルフィードの速度は、フライでの飛行速度を遥かに超える上、その眼は草原を走る馬ですらたやすく視界に収める事ができる。
空を飛ぶ人間一人見つけるくらい造作もない事だった。
なのに、一向に姿が見えない。
スタートで出遅れたとはいえ、最短距離を飛んでいるので、もうとっくに追いついてもいい頃合だった。
もうすぐ街に到着する。まさか知らぬ間に追いぬいてしまったのかとタバサが思った時、前方から飛来してくる物体をシルフィードが発見し、一声鳴いた。
「止まって」
タバサの指示で、シルフィードがその場にホバリングする。
やがて、悟空がそこにやってきた。
「よう。おめえらも買い物か?」
「……」無言でタバサが頷く。
「何ぶら下げてるの?」キュルケが尋ねた。
「オラの寝床にすんだ」
悟空の手にはロープがあり、その先にはロープで巻かれたシングルサイズのベッド用マットがあった。
よく見ると、そこににルイズと大剣が括り付けられている。
ルイズの要請で、帰りはマットの上に乗って悟空に引っ張ってもらう事にしたのだった。
そのため、落ちないように少々頑丈に捲きつけられていた。
キュルケはマットごとプラプラ揺れているルイズに向かって皮肉を言った。
「特等席ってわけね。羨ましいわ」
「頼んだって、あんたの席は無いわよ」
「べ、別に乗りたくないわよ……」
ルイズが上機嫌なのを見て、キュルケは呆れた。
傍目から見ると間抜けな体勢なのに、心底嬉しそうだ。
「ゴクウってそんなに速く飛べるの?」
「そうよ。魔法じゃないらしいけど、それでもフライなんて目じゃないわ」
「あらそう。そこまで言うなら、帰りはタバサの使い魔と競争しましょう」
「あんたたちは買い物するんじゃなかったの?」
「別に今日じゃなくてもいいわ。急ぎじゃないし」
本当は悟空を追ってこっそり後をつけるつもりでいたのだが、見つけたからにはもうどうでもいい。
キュルケは更に景品を提案した。
「勝った方が今日一日ゴクウを好きにする。タバサもそれでいいわね?」
「いい」実際に悟空の実力を見てみたかったタバサは同意した。
「ちょ、ちょっと! 勝手に決めるんじゃないわよ!!」
「別に負けなきゃいいんだろ?」
「あ、う、まあそれはそうだけど…。ゴクウ、わざと負けたら承知しないからね」
「しねえって。それより、その剣しっかり持っててくれよ」
悟空が風竜の隣に並んだ。
「よーい」
再び悟空が気を纏う。その光景を見てキュルケが「炎の系統魔法にあんなのあったっけ…?」と首を傾げた。
「どん!!」
悟空とシルフィードが空を翔ける。行き以上の加速で引っ張られたルイズの悲鳴を後に残して。
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