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「ゼロの使い魔―銀眼の戦士― 8」(2007/10/15 (月) 22:47:29) の最新版変更点
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イレーネ、ルイズ、タバサ、キュルケが馬車の荷台に座り、ロングビルが御者を勤める馬車が街道を進む。
さすがに馬車の中だというだけあってデルフリンガーを突き刺してはいないが。
黙々と手綱を握るロングビル。本を読んでいるタバサ。座って目を閉じているイレーネ。
普段喧しいタイプのルイズとキュルケにとっては、ものスゴク居心地が悪い。
「あ、あの。ミス・ロングビル…御者なんて付き人にやらせればいいんじゃないですか」
重い空気を変えようとキュルケがロングビルに話しかけた。
「構いません。わたくしは貴族の名を無くした者ですから」
「でも、貴女はオールド・オスマンの…」
「差し支えなかったら事情をお聞かせ願いたいわ」
「聞かれたくない事を無理に聞くのはトリステインじゃ恥ずべき事よ」
ルイズにそう言われると瞬時にターゲット変更。イレーネに切り替わる。
「イレーネ姉さんは、『ゼロ』に召喚される前は何を?」
『ゼロ』の部分を強調して聞いてきたが、まぁ別に聞かれたくない事ではないので答えた。
「妖魔。こいつを斬り殺すのが我々の仕事だ」
「……吸血鬼みたいなものかしら」
「さぁな。吸血鬼というものを知らんからよく分からん。というか姉さんというのは何だ」
「それもそうね…呼び辛いし…『イレー姉さん』のがいいわね」
「…好きにしろ」
そんな話をしていると、馬車が森に入る。薄暗く、向こうなら妖魔の2~3匹居そうである。
「この森って…確か、ここ1年の間で行方不明者が沢山出てるって噂の森じゃあ…」
「…そうなの?」
「噂なんだけどね…出るらしいのよ…色々と」
ビクゥ!とタバサが動いた気がしたが一瞬だったので誰も気付いてはいない。
イレーネも無意識に妖力探知を行う。こういう場所には大抵、妖魔が居るので習慣みたいなものだ。
「……これは…いや、違うか…?だが他に考えられん」
聞こえない程度にそう呟くが、身体は警告を発している。
もちろん、確証は無いが。
「ここから先は、徒歩で行きましょう」
警戒しながら歩いていると開けた場所に出た。
それなりの広さで、真ん中ぐらいにボロい小屋がある。
「わたくしの聞いた情報だと、あの中にいるようです」
人の住んでる気配は全く無い。対象が妖魔であればすぐに分かるのだが、生憎そうもいかない。
イレーネを除いた四人が座って作戦会議を開いている。
タバサが絵を描いて説明しているが、ルイズが小屋に視線を向けると、背中のデルフリンガーを握ったイレーネが小屋に向け歩いていた。
「ちょっと作戦は…!?」
「時間が無い」
短くそう答えると、高速剣で壁を切り裂き壊す。
「…作戦…いらなかったみたいね」
「わ、わたくしは辺りを偵察してきます…」
ロングビルが駆け出しながら森の中に消えたが、イレーネは何か焦っているようだった。
小屋をガサ入れしていると、タバサがチェストの中から身の丈より大きい剣を見つけた。
重いし、全長も165サントとタバサよりかなり長いので、一杯一杯のようだったが、なんとか取り出す。
「『呪いの大剣』じゃない。宝物庫を見学した時に見たけど、あっけないわね」
「これが、この場所にあるという事は…やはり、読み違えたというわけではないか」
予想が確信に変わった。このまま、ここに留まるのは非常にマズイ。
「…逃げるぞ。説明している暇が無い」
「フーケは?」
タバサが聞いてきたが、この状況はフーケなぞ比較にならない程危険だ。
だが、外から大きい振動と、ルイズの悲鳴が聞こえてくる。
「こんな時に…!」
「ゴーレム!」
屋根が吹っ飛び空がよく見える。憎たらしいぐらい青い空を背景にしているのはフーケのゴーレムだ。
タバサとキュルケが魔法を放つが、ビクともしない。
「行くか、相棒」
「悪いが構っている暇が無いんでな」
小屋の中から跳躍。吹っ飛んだ屋根の淵を足場を利用し再び飛びゴーレムに取り付く。
無駄な時間を使っている余裕は無い。ゴーレム自身の身体を足場にし肩に飛び乗ると、頭目掛け高速剣を放つ。
炸裂音が森に鳴り響くとゴーレムの頭が弾け、それを確認したイレーネが飛び降りデルフリンガーを仕舞った。
「行くぞ。説明している時間は無い」
杖を握って突っ立っているルイズにそう言ったが、叫ばれた。
「なにやってるの!うう、後ろーーー!」
「何!?」
振り向くと同時に迫ってきたのは鉄と化したゴーレムの拳。
高速剣で勢いを殺そうとしたが、拳が鉄に変化している事と、そのパワーで、完全には殺しきれずに吹っ飛ばされる。
覚醒者なら首を狩れば勝負が決まる。長年の習慣での行動だったが、迂闊だった。
「がはっ!かはっ!…くそ…脚が折れたか。…首を狩っても動くだと?覚醒者以上だな…」
致命傷ではないが、砕けた骨を治すのは、四肢接続より厄介だ。
冷静を保ち、妖力を回復に回す。冷静さに定評があるイレーネなら、そう難しい事ではないが、今はその時間さえも惜しい。
「なにやってるの!逃げなさいルイズ!」
変わらない姿勢でルイズがゴーレムに杖を向け振ったが、ゴーレムの表面を爆発を襲ったが、すぐに再生されている。
「嫌よ!あいつを捕まえれば、誰もわたしをゼロなんて呼ばないでしょ!」
目がマジだ。こうなれば梃子でも動かないが、放っておくわけにもいかない。
自分もそう呼んでいただけに、責任もある。
「タバサ!シルフィードを!」
「間に合わない…」
もう、ゴーレムはルイズを潰そうと足を上げている。
風竜であるシルフィードとは言え、今からでは間に合いそうにない。
全員が目を閉じたが、ゴーレムが踏み潰す前に脚を治したイレーネがルイズを掴む。
そのまま、ゴーレムの足の範囲上からルイズを投げ飛ばすと自らも飛び、ルイズの頭を押さえる。俗に言う強制土下座のポーズだ。
「前に進むのもいいが…少しは身の程をわきまえろ。あれはお前が勝てる相手じゃないよ」
「で、でも!わたしは…!」
「そのために私が居るんだろ?道は私が拓く。お前はお前にやれる事をしろ」
「前は相棒に任せて、娘っ子は後ろで杖振ってりゃいいってこった」
ゴーレムが、その拳を振り上げ、それが飛んでくる。
途中で拳が鋼鉄に変わり、イレーネが居る場所に突き刺さった。
「イレーネ!」
潰された。そう思ったが、ゴーレムの腕の方から声が聞こえる。
「ようやく私の名を呼んだか。まぁ話は後だ。時間をかけると厄介な事になりそうなんでな…行くぞ!」
拳の腕に乗っていたイレーネが腕を伝うようにして駆ける。
速い。不安定な腕の腕とは思えない速さだ。
巨体とは言え、覚醒者に比べれば重鈍なゴーレムだ。
剣では仕留めきれないが、倒す方法はある。
茂みの中でフーケが舌打していた。
あの大剣の使い方を知っているかと思っていたが、使わずに倒してしまった。
それも、あの『ゼロ』のルイズの魔法が決め手となってだ。
「それにしても…どうしたものか」
ゴーレムを失った以上、あの化物と正面から戦って勝てる気はしない。
こうなれば、ロングビルとして対応するしかない…と思い、茂みから出る。
「ミス・ロングビル!」
「申し訳ありません。捜したのですが、フーケと思われる人物は見付かりませんでした」
我ながら白々しいと思わないでもないが、今はこれしか手が無い。
ルイズ、キュルケ、タバサがゴーレムを調べていると、ロングビルが出てきた茂みから、誰かが現れた。
女だ。それを見てイレーネの表情が少しだけ変わる。
「思いのほか…出てくるのが早かったな…」
「まさか、フーケ!?でも…ミス・ロングビルの情報だとフーケは男だって」
もちろん、本人が居るから、それはフーケではない。イレーネを除いた全員が訝しげにしていると、女が口を開いた。
「どうしてここにクレイモアが居るのか知らないけど…あなた達四人…美味しそうな匂いがして…もう我慢できないのよね…」
美味しそう?匂い?そう思ったが、理由はすぐに分かる。
しばらく、ビキビキと音を立てていたが、爆発するかのような音が辺りに鳴り響き、木々から鳥が飛び立つ。
「…なに…こいつ…」
「なに…って…こんなの化物に決まってるじゃない!ルイズ!」
女の体が膨張し、膨れ上がり、背中から無数の鋭い触手のような物が蠢いている。
「ああ…生きたまま…内臓…食べたい…」
膨張が止まる。人型を保ちフーケのゴーレムに比べれば遥かに小さいが、禍々しさは比較にならない。
「とりあえず…あたなたち四人以外はいらないのよね…」
言葉が意味する事に気付いたのか、タバサが短く叫ぶ。
「逃げて!」
(な、なんなのーー!)
「……っ!」
シルフィードが急速上昇すると同時に、触手の刃がイレーネとシルフィードに向かう。
「あら…結構素早いのね」
「相棒、ありゃあ…」
「くそ…出てくる前に退くつもりだったんだがな…あれが覚醒者だ」
苦々しげに呟くが、デルフリンガーがイレーネの様子が何時もと違う事に気付いた。
「あら、あなた…懐かしい物持ってるのね」
覚醒者が、そう言った視線の先にはキュルケが引きずるように持っている大剣だ。
「懐かしいですって…!?まさか…この剣の…」
力を与える変わりに破滅的な呪いを与える大剣。その呪いでこうなったのかと、完全にビビったキュルケが後ずさる。
「まぁ…あなた達は後にするとして…邪魔な人を八つ裂きにしてあげないと」
瞬間、その場から覚醒者が消える。
「相棒!上だ!!」
瞬時に跳躍するが、続けて触手が飛んでくる。
空中でデルフリンガーを使い防ぐが、数発が掠める。
息が荒い。妖力も抑えたままだし、そんなに動いてもいないのに呼吸が乱れている。
「はっ…はぁ…はっ…くっ…!」
「相棒…どうしたんだよ」
カタカタと音がする。小さな音だが、発生源は他でもないデルフリンガーだ。剣を持つ右手が震えている。
「どうしたね。相棒なら、あんなのにでも遅れをとらねぇだろ」
確かにそうだ。高速剣の能力が半減しているとはいえ、一桁ナンバーの覚醒者とでもサシで渡り合えるだけの力を持つはずだが
ある一つの感情のせいで本調子を出させないでいた。
「…怖いんだよ…私は…あの時の恐怖が未だに身体にこびり付いて離れない…お前なら分かるはずだ」
戦士や妖魔なら、こうはならないだろうが、覚醒者の歪に膨張した妖気。
これを感じた瞬間、身体にこびりついたプリシラへの恐怖が再燃していた。
もちろん、それを感じ取ったデルフリンガーも驚いている。
「おでれーた…相棒にそれだけ言わせるなんて、どんな化モンだよ。って危ねぇ!」
「ち…!」
首に向け刃が迫る。普段なら、高速剣で防ぐところだが、思いように身体が動かない状態では、かわせそうにない。
首を撥ねられたテレサの姿が浮かぶ。その整った顔が歪み、辺りにドロリとした液体が散らばった。
「痛いじゃない…残念だわ…生きたまま内臓を貪りたかったんだけど」
散らばったのは、赤ではなく、変色した青みがかった血。
タバサの『エア・カッター』が切り飛ばしたのだ。
軋むような音を出しながら覚醒者が顔を向け切り飛ばされた先を瞬時に再生する。
元は防御型だ。こうなると、首を落さない限りケリが付かない。
もっとも、防御型以前に覚醒者の動きを人が捕らえる事などできないだろうが。
今度はタバサに狙いを付け、再生させた触手を飛ばすが、今度は炎によって、それが焼かれる。
「…不思議な力を使うのね、この地域の人達って。でも、残念ね…あなた達じゃ私は倒せないみたい…」
焼かれた先は再生できないようだが、覚醒者自身がそれを切り離すと瞬時に再生を果たし、タバサとキュルケの顔が青くなる。
「無理よ…こんな化物…!」
「撤退…!」
一目散にシルフィードの元に逃げ出したが、覚醒者からすれば止まっているような速度だ。
「さて…と。それじゃあ…そろそろ行きましょうか。…あら?あなたは逃げないのね」
ルイズだ。ルイズがキュルケが遺棄した大剣の切っ先を地面に付けるような形で持っていた。
「お願い…!あれを倒す力をわたしに頂戴!」
柄を両手で握ったまま、必死になって呟いているが、当然何も起こるはずは無い。
「なんでよ!使い手に力を与えてくれる剣なんじゃないのこれ!?」
怒鳴ったが、怒鳴ったところで覚醒者が止まるはずもない。
「あなた…この四人の中で一番美味しそうな匂いがしてたのよね…」
目が一層光る。その異形に似合わぬ金色の両眼が。
風切り音がし、ルイズを捕らえるべく触手が飛ぶ。
泣きそうになったが、泣く暇すらも与えてくれそうにない。
やけにゆっくり迫る触手を見たが、それより先に、長い銀色が目の前に飛び込んできた。
「逃げろ…今の私ではそう長く持たん」
本来なら歯牙にもかけない相手だろうが、身体が動いてくれない。
頭にも、あの時の恐怖が叩き込まれているのか、防御に徹する事だけで手一杯だ。
「うぉぉ!なんだこりゃ!気持ち悪りぃ!」
触手がデルフリンガーに絡みつき、奪おうとしている。
「く…!泣いている暇があるなら行け!」
「イヤよ…!貴族っていうの…は!敵に…!後ろを見せない…者を…!貴族って…呼ぶのよ…!」
顔を歪めて泣いているが、今のイレーネには、構っている暇は無い。
「それに…!使い魔を見捨てるメイジは…メイジじゃないんだから…!」
ここで逃げれば、一生『ゼロ』と呼ばれる。
いや、人からは呼ばれなくても、自分自身がそう呼んでしまうだろうと思っている。
だからこそ踏み止まった。
「残念ね…あなた頑張ってたけど…力も私の方が上…」
触手の力が一層強まり、デルフリンガーが持っていかれそうになる。
妖力解放で対処したいとこだが、覚醒者の妖気がプリシラの物と重なって解放できないでいる。
それ程、プリシラは圧倒的だった。
駄目かと思ったが、上空から風の刃と火球が飛来し、デルフリンガーに絡み付いている触手を切り飛ばす。
「まったく…無駄だって言ってるのに…今の若い子達は…」
「あなた、情熱ってご存知?あたしの情熱は全てを焼き尽くすの」
軽口だが、杖を持つ手は震えている。
一般人が妖魔に遭遇しただけでもヤバイのに、覚醒者と相対したのだから当然だろう。
タバサは無言だが、身の丈程の杖をしっかりと握っている。こちらも戦る気だ。
「お前達では、やつの餌にしかならん。退け」
「あら、イレー姉さん。『微熱』の二つ名を持つあたしに、言ってくれるじゃない
そりゃあ一人じゃ無理かもしれないけど、言ってたじゃない。あたし達が協力すれば大丈夫よ。仲間なんだから」
それに追従するかのように、タバサも頷く。
「そうか…そうだったな」
「あらあら…余所見してる余裕なんてあるのかしら」
ビキビキと音を立てながら、高速の触手がイレーネとルイズを目掛け飛ぶ。
ルイズも巻き込まれるが、死んだ後で内臓を食べればいいと思ったようだ。
「そんな小さな妖気で覚醒者と戦おうだなんて…身の程知らずもいいとこ……え?なによ…?この妖気…」
「すまんな…今回お前の出番は無いぞデルフ」
高速剣。迫り来る触手を無数の斬撃で削ぐかのように斬り落す。
数が集まればプリシラを倒せるとは思っていないが、ともかく今はこれで十分だった。
もう右手の震えは止まっている。
「後先を考えんやつだ…本当に呪いが掛かっていたらどうするつもりだ」
「だって…何もできなくて…悔しくて…」
「貸してみろ、使い方と私の中身を教えてやるよ」
文句あり気なデルフを背負うと大剣を握る。
印は違うが作りは同じだけあって、やはり馴染む。
覚醒者を見据えると、抑えていた妖気を限界近くまで開放させる。
「…せめてもの手向けだ。お前の印が刻まれたこの剣で葬ってやる」
7割の妖力解放。現状を考えるとこれが限界だ。
身体がビキビキと音をたてると、覚醒者目掛け飛んだ。
「ガァア!」
今までで最大数の触手がイレーネに向かうが全て斬り落とされている。
「ガ…ガ…ア…!なによこれ…一体どういう…」
さらに地面を蹴り、加速したイレーネが覚醒者と交錯し、互いに背を合わせるような形で着地した。
「ば…化…物…」
「化物?冗談じゃない。私は…本当の化物というものを二人知っている」
一人は人として死に、その血肉はクレアに受け継がれ、もう一人は妖魔と化したあの二人。
まだ何か言いたそうだったが、言い終える前に細切れになり、辺りに無数の肉片と血が飛び散った。
剣を振り血を払うと、後ろから三人が恐る恐る近付いてきた。
「大丈夫!?呪われてない…?」
「ああ、今のところは大丈夫だ」
『今のところは』と言ったが、疲労と達成感と恐怖からの解放で、それは聞かれなかったようだ。
「フーケには逃げられたみたいですが、『呪いの大剣』は取り返せたし、あんなのと戦って命があったんだから良しとしましょう」
「そうね…でも疲れたぁ~」
「あたしも…」
「以下同文…」
抜け抜けとフーケが言ったが、あんなのを見た以上、フーケだと出ればまず一瞬で解体される。
そう思ったようで、しばらくはロングビルとして学院に留まり、隙を見て逃げる事にしたようだ。
お宝は欲しいが、命あってこそナンボなのである。
四人が馬車に戻ったが、背負ったデルフリンガーが刀身を少し出し口を開いた。
「なぁ相棒…あの力、あまり無理して使わない方がいいぜ。少しづつだけど、アレと似た力が大きくなってきてんだ」
「…そうだな。そうしよう」
妖魔の力を使う以上、何時か訪れる限界。
限界が訪れた時、果たして覚醒せずに人として逝けるか。
そう、不安に思わないでもないが、今は人として前に歩くだけだ。
小さいが闘う資格を再び与えてくれた、三人の『仲間』と共に。
イレーネ、ルイズ、タバサ、キュルケが馬車の荷台に座り、ロングビルが御者を勤める馬車が街道を進む。
さすがに馬車の中だというだけあってデルフリンガーを突き刺してはいないが。
黙々と手綱を握るロングビル。本を読んでいるタバサ。座って目を閉じているイレーネ。
普段喧しいタイプのルイズとキュルケにとっては、ものスゴク居心地が悪い。
「あ、あの。ミス・ロングビル…御者なんて付き人にやらせればいいんじゃないですか」
重い空気を変えようとキュルケがロングビルに話しかけた。
「構いません。わたくしは貴族の名を無くした者ですから」
「でも、貴女はオールド・オスマンの…」
「差し支えなかったら事情をお聞かせ願いたいわ」
「聞かれたくない事を無理に聞くのはトリステインじゃ恥ずべき事よ」
ルイズにそう言われると瞬時にターゲット変更。イレーネに切り替わる。
「イレーネ姉さんは、『ゼロ』に召喚される前は何を?」
『ゼロ』の部分を強調して聞いてきたが、まぁ別に聞かれたくない事ではないので答えた。
「妖魔。こいつを斬り殺すのが我々の仕事だ」
「……吸血鬼みたいなものかしら」
「さぁな。吸血鬼というものを知らんからよく分からん。というか姉さんというのは何だ」
「それもそうね…呼び辛いし…『イレー姉さん』のがいいわね」
「…好きにしろ」
そんな話をしていると、馬車が森に入る。薄暗く、向こうなら妖魔の2~3匹居そうである。
「この森って…確か、ここ1年の間で行方不明者が沢山出てるって噂の森じゃあ…」
「…そうなの?」
「噂なんだけどね…出るらしいのよ…色々と」
ビクゥ!とタバサが動いた気がしたが一瞬だったので誰も気付いてはいない。
イレーネも無意識に妖力探知を行う。こういう場所には大抵、妖魔が居るので習慣みたいなものだ。
「……これは…いや、違うか…?だが他に考えられん」
聞こえない程度にそう呟くが、身体は警告を発している。
もちろん、確証は無いが。
「ここから先は、徒歩で行きましょう」
警戒しながら歩いていると開けた場所に出た。
それなりの広さで、真ん中ぐらいにボロい小屋がある。
「わたくしの聞いた情報だと、あの中にいるようです」
人の住んでる気配は全く無い。対象が妖魔であればすぐに分かるのだが、生憎そうもいかない。
イレーネを除いた四人が座って作戦会議を開いている。
タバサが絵を描いて説明しているが、ルイズが小屋に視線を向けると、背中のデルフリンガーを握ったイレーネが小屋に向け歩いていた。
「ちょっと作戦は…!?」
「時間が無い」
短くそう答えると、高速剣で壁を切り裂き壊す。
「…作戦…いらなかったみたいね」
「わ、わたくしは辺りを偵察してきます…」
ロングビルが駆け出しながら森の中に消えたが、イレーネは何か焦っているようだった。
小屋をガサ入れしていると、タバサがチェストの中から身の丈より大きい剣を見つけた。
重いし、全長も165サントとタバサよりかなり長いので、一杯一杯のようだったが、なんとか取り出す。
「『呪いの大剣』じゃない。宝物庫を見学した時に見たけど、あっけないわね」
「これが、この場所にあるという事は…やはり、読み違えたというわけではないか」
予想が確信に変わった。このまま、ここに留まるのは非常にマズイ。
「…逃げるぞ。説明している暇が無い」
「フーケは?」
タバサが聞いてきたが、この状況はフーケなぞ比較にならない程危険だ。
だが、外から大きい振動と、ルイズの悲鳴が聞こえてくる。
「こんな時に…!」
「ゴーレム!」
屋根が吹っ飛び空がよく見える。憎たらしいぐらい青い空を背景にしているのはフーケのゴーレムだ。
タバサとキュルケが魔法を放つが、ビクともしない。
「行くか、相棒」
「悪いが構っている暇が無いんでな」
小屋の中から跳躍。吹っ飛んだ屋根の淵を足場を利用し再び飛びゴーレムに取り付く。
無駄な時間を使っている余裕は無い。ゴーレム自身の身体を足場にし肩に飛び乗ると、頭目掛け高速剣を放つ。
炸裂音が森に鳴り響くとゴーレムの頭が弾け、それを確認したイレーネが飛び降りデルフリンガーを仕舞った。
「行くぞ。説明している時間は無い」
杖を握って突っ立っているルイズにそう言ったが、叫ばれた。
「なにやってるの!うう、後ろーーー!」
「何!?」
振り向くと同時に迫ってきたのは鉄と化したゴーレムの拳。
高速剣で勢いを殺そうとしたが、拳が鉄に変化している事と、そのパワーで、完全には殺しきれずに吹っ飛ばされる。
覚醒者なら首を狩れば勝負が決まる。長年の習慣での行動だったが、迂闊だった。
「がはっ!かはっ!…くそ…脚が折れたか。…首を狩っても動くだと?覚醒者以上だな…」
致命傷ではないが、砕けた骨を治すのは、四肢接続より厄介だ。
冷静を保ち、妖力を回復に回す。冷静さに定評があるイレーネなら、そう難しい事ではないが、今はその時間さえも惜しい。
「なにやってるの!逃げなさいルイズ!」
変わらない姿勢でルイズがゴーレムに杖を向け振ったが、ゴーレムの表面を爆発を襲ったが、すぐに再生されている。
「嫌よ!あいつを捕まえれば、誰もわたしをゼロなんて呼ばないでしょ!」
目がマジだ。こうなれば梃子でも動かないが、放っておくわけにもいかない。
自分もそう呼んでいただけに、責任もある。
「タバサ!シルフィードを!」
「間に合わない…」
もう、ゴーレムはルイズを潰そうと足を上げている。
風竜であるシルフィードとは言え、今からでは間に合いそうにない。
全員が目を閉じたが、ゴーレムが踏み潰す前に脚を治したイレーネがルイズを掴む。
そのまま、ゴーレムの足の範囲上からルイズを投げ飛ばすと自らも飛び、ルイズの頭を押さえる。俗に言う強制土下座のポーズだ。
「前に進むのもいいが…少しは身の程をわきまえろ。あれはお前が勝てる相手じゃないよ」
「で、でも!わたしは…!」
「そのために私が居るんだろ?道は私が拓く。お前はお前にやれる事をしろ」
「前は相棒に任せて、娘っ子は後ろで杖振ってりゃいいってこった」
ゴーレムが、その拳を振り上げ、それが飛んでくる。
途中で拳が鋼鉄に変わり、イレーネが居る場所に突き刺さった。
「イレーネ!」
潰された。そう思ったが、ゴーレムの腕の方から声が聞こえる。
「ようやく私の名を呼んだか。まぁ話は後だ。時間をかけると厄介な事になりそうなんでな…行くぞ!」
拳の腕に乗っていたイレーネが腕を伝うようにして駆ける。
速い。不安定な腕の腕とは思えない速さだ。
巨体とは言え、覚醒者に比べれば重鈍なゴーレムだ。
剣では仕留めきれないが、倒す方法はある。
まず乗っている腕の右肩が砕ける。
だが、いかに高速剣といえど、大きさに差がある。
完全に切り離すことはできないが、肩に大きな穴ができる。
「今だ、やれ!」
直後に、その破損部分から爆発が起き、腕と胴を繋ぐ部分が完全に吹っ飛び脱落する。
続けざまに、瞬間的な妖力解放をし瞬時移動。右膝の辺りを狙う。
さっきと同じだ。その場所目掛けルイズが杖を振る。
再生するというのであれば、それを上回る速度で攻撃すればいい。
そこで決め手となるのがルイズの爆発だ。
表層への爆発なら、ゴーレムを欠けさせるだけだが、高速剣によって深くえぐれた場所を狙えば別だ。
これなら再生されるよりも早くパーツを内側から吹き飛ばせる。
数度繰り返すと、ゴーレムが四肢を全て吹き飛ばして転がって悶えている。
「痛みなど無いだろうに」
止めの一撃。胴体の中央に向け高速剣を繰り出し即座にその場を飛ぶと、そこに爆発が起き、上半身だった場所が砕けた。
「…やったぁ」
限界を超えたのだろうかもう再生はしない。
それを確認すると、ルイズがへたり込んだ。
「まぁ、お前にしてはよくやった方だ。一応褒めてやるよ」
「一応ってなによ、一応って」
不満そうだったが、顔は笑っている。
手助けがあったものの、自分の魔法が役に立ったという事が嬉しいのだろう。
茂みの中でフーケが舌打していた。
あの大剣の使い方を知っているかと思っていたが、使わずに倒してしまった。
それも、あの『ゼロ』のルイズの魔法が決め手となってだ。
「それにしても…どうしたものか」
ゴーレムを失った以上、あの化物と正面から戦って勝てる気はしない。
こうなれば、ロングビルとして対応するしかない…と思い、茂みから出る。
「ミス・ロングビル!」
「申し訳ありません。捜したのですが、フーケと思われる人物は見付かりませんでした」
我ながら白々しいと思わないでもないが、今はこれしか手が無い。
ルイズ、キュルケ、タバサがゴーレムを調べていると、ロングビルが出てきた茂みから、誰かが現れた。
女だ。それを見てイレーネの表情が少しだけ変わる。
「思いのほか…出てくるのが早かったな…」
「まさか、フーケ!?でも…ミス・ロングビルの情報だとフーケは男だって」
もちろん、本人が居るから、それはフーケではない。イレーネを除いた全員が訝しげにしていると、女が口を開いた。
「どうしてここにクレイモアが居るのか知らないけど…あなた達四人…美味しそうな匂いがして…もう我慢できないのよね…」
美味しそう?匂い?そう思ったが、理由はすぐに分かる。
しばらく、ビキビキと音を立てていたが、爆発するかのような音が辺りに鳴り響き、木々から鳥が飛び立つ。
「…なに…こいつ…」
「なに…って…こんなの化物に決まってるじゃない!ルイズ!」
女の体が膨張し、膨れ上がり、背中から無数の鋭い触手のような物が蠢いている。
「ああ…生きたまま…内臓…食べたい…」
膨張が止まる。人型を保ちフーケのゴーレムに比べれば遥かに小さいが、禍々しさは比較にならない。
「とりあえず…あたなたち四人以外はいらないのよね…」
言葉が意味する事に気付いたのか、タバサが短く叫ぶ。
「逃げて!」
(な、なんなのーー!)
「……っ!」
シルフィードが急速上昇すると同時に、触手の刃がイレーネとシルフィードに向かう。
「あら…結構素早いのね」
「相棒、ありゃあ…」
「くそ…出てくる前に退くつもりだったんだがな…あれが覚醒者だ」
苦々しげに呟くが、デルフリンガーがイレーネの様子が何時もと違う事に気付いた。
「あら、あなた…懐かしい物持ってるのね」
覚醒者が、そう言った視線の先にはキュルケが引きずるように持っている大剣だ。
「懐かしいですって…!?まさか…この剣の…」
力を与える変わりに破滅的な呪いを与える大剣。その呪いでこうなったのかと、完全にビビったキュルケが後ずさる。
「まぁ…あなた達は後にするとして…邪魔な人を八つ裂きにしてあげないと」
瞬間、その場から覚醒者が消える。
「相棒!上だ!!」
瞬時に跳躍するが、続けて触手が飛んでくる。
空中でデルフリンガーを使い防ぐが、数発が掠める。
息が荒い。妖力も抑えたままだし、そんなに動いてもいないのに呼吸が乱れている。
「はっ…はぁ…はっ…くっ…!」
「相棒…どうしたんだよ」
カタカタと音がする。小さな音だが、発生源は他でもないデルフリンガーだ。剣を持つ右手が震えている。
「どうしたね。相棒なら、あんなのにでも遅れをとらねぇだろ」
確かにそうだ。高速剣の能力が半減しているとはいえ、一桁ナンバーの覚醒者とでもサシで渡り合えるだけの力を持つはずだが
ある一つの感情のせいで本調子を出させないでいた。
「…怖いんだよ…私は…あの時の恐怖が未だに身体にこびり付いて離れない…お前なら分かるはずだ」
戦士や妖魔なら、こうはならないだろうが、覚醒者の歪に膨張した妖気。
これを感じた瞬間、身体にこびりついたプリシラへの恐怖が再燃していた。
もちろん、それを感じ取ったデルフリンガーも驚いている。
「おでれーた…相棒にそれだけ言わせるなんて、どんな化モンだよ。って危ねぇ!」
「ち…!」
首に向け刃が迫る。普段なら、高速剣で防ぐところだが、思いように身体が動かない状態では、かわせそうにない。
首を撥ねられたテレサの姿が浮かぶ。その整った顔が歪み、辺りにドロリとした液体が散らばった。
「痛いじゃない…残念だわ…生きたまま内臓を貪りたかったんだけど」
散らばったのは、赤ではなく、変色した青みがかった血。
タバサの『エア・カッター』が切り飛ばしたのだ。
軋むような音を出しながら覚醒者が顔を向け切り飛ばされた先を瞬時に再生する。
元は防御型だ。こうなると、首を落さない限りケリが付かない。
もっとも、防御型以前に覚醒者の動きを人が捕らえる事などできないだろうが。
今度はタバサに狙いを付け、再生させた触手を飛ばすが、今度は炎によって、それが焼かれる。
「…不思議な力を使うのね、この地域の人達って。でも、残念ね…あなた達じゃ私は倒せないみたい…」
焼かれた先は再生できないようだが、覚醒者自身がそれを切り離すと瞬時に再生を果たし、タバサとキュルケの顔が青くなる。
「無理よ…こんな化物…!」
「撤退…!」
一目散にシルフィードの元に逃げ出したが、覚醒者からすれば止まっているような速度だ。
「さて…と。それじゃあ…そろそろ行きましょうか。…あら?あなたは逃げないのね」
ルイズだ。ルイズがキュルケが遺棄した大剣の切っ先を地面に付けるような形で持っていた。
「お願い…!あれを倒す力をわたしに頂戴!」
柄を両手で握ったまま、必死になって呟いているが、当然何も起こるはずは無い。
「なんでよ!使い手に力を与えてくれる剣なんじゃないのこれ!?」
怒鳴ったが、怒鳴ったところで覚醒者が止まるはずもない。
「あなた…この四人の中で一番美味しそうな匂いがしてたのよね…」
目が一層光る。その異形に似合わぬ金色の両眼が。
風切り音がし、ルイズを捕らえるべく触手が飛ぶ。
泣きそうになったが、泣く暇すらも与えてくれそうにない。
やけにゆっくり迫る触手を見たが、それより先に、長い銀色が目の前に飛び込んできた。
「逃げろ…今の私ではそう長く持たん」
本来なら歯牙にもかけない相手だろうが、身体が動いてくれない。
頭にも、あの時の恐怖が叩き込まれているのか、防御に徹する事だけで手一杯だ。
「うぉぉ!なんだこりゃ!気持ち悪りぃ!」
触手がデルフリンガーに絡みつき、奪おうとしている。
「く…!泣いている暇があるなら行け!」
「イヤよ…!貴族っていうの…は!敵に…!後ろを見せない…者を…!貴族って…呼ぶのよ…!」
顔を歪めて泣いているが、今のイレーネには、構っている暇は無い。
「それに…!使い魔を見捨てるメイジは…メイジじゃないんだから…!」
ここで逃げれば、一生『ゼロ』と呼ばれる。
いや、人からは呼ばれなくても、自分自身がそう呼んでしまうだろうと思っている。
だからこそ踏み止まった。
「残念ね…あなた頑張ってたけど…力も私の方が上…」
触手の力が一層強まり、デルフリンガーが持っていかれそうになる。
妖力解放で対処したいとこだが、覚醒者の妖気がプリシラの物と重なって解放できないでいる。
それ程、プリシラは圧倒的だった。
駄目かと思ったが、上空から風の刃と火球が飛来し、デルフリンガーに絡み付いている触手を切り飛ばす。
「まったく…無駄だって言ってるのに…今の若い子達は…」
「あなた、情熱ってご存知?あたしの情熱は全てを焼き尽くすの」
軽口だが、杖を持つ手は震えている。
一般人が妖魔に遭遇しただけでもヤバイのに、覚醒者と相対したのだから当然だろう。
タバサは無言だが、身の丈程の杖をしっかりと握っている。こちらも戦る気だ。
「お前達では、やつの餌にしかならん。退け」
「あら、イレー姉さん。『微熱』の二つ名を持つあたしに、言ってくれるじゃない
そりゃあ一人じゃ無理かもしれないけど、言ってたじゃない。あたし達が協力すれば大丈夫よ。仲間なんだから」
それに追従するかのように、タバサも頷く。
「そうか…そうだったな」
「あらあら…余所見してる余裕なんてあるのかしら」
ビキビキと音を立てながら、高速の触手がイレーネとルイズを目掛け飛ぶ。
ルイズも巻き込まれるが、死んだ後で内臓を食べればいいと思ったようだ。
「そんな小さな妖気で覚醒者と戦おうだなんて…身の程知らずもいいとこ……え?なによ…?この妖気…」
「すまんな…今回お前の出番は無いぞデルフ」
高速剣。迫り来る触手を無数の斬撃で削ぐかのように斬り落す。
数が集まればプリシラを倒せるとは思っていないが、ともかく今はこれで十分だった。
もう右手の震えは止まっている。
「後先を考えんやつだ…本当に呪いが掛かっていたらどうするつもりだ」
「だって…何もできなくて…悔しくて…」
「貸してみろ、使い方と私の中身を教えてやるよ」
文句あり気なデルフを背負うと大剣を握る。
印は違うが作りは同じだけあって、やはり馴染む。
覚醒者を見据えると、抑えていた妖気を限界近くまで開放させる。
「…せめてもの手向けだ。お前の印が刻まれたこの剣で葬ってやる」
7割の妖力解放。現状を考えるとこれが限界だ。
身体がビキビキと音をたてると、覚醒者目掛け飛んだ。
「ガァア!」
今までで最大数の触手がイレーネに向かうが全て斬り落とされている。
「ガ…ガ…ア…!なによこれ…一体どういう…」
さらに地面を蹴り、加速したイレーネが覚醒者と交錯し、互いに背を合わせるような形で着地した。
「ば…化…物…」
「化物?冗談じゃない。私は…本当の化物というものを二人知っている」
一人は人として死に、その血肉はクレアに受け継がれ、もう一人は妖魔と化したあの二人。
まだ何か言いたそうだったが、言い終える前に細切れになり、辺りに無数の肉片と血が飛び散った。
剣を振り血を払うと、後ろから三人が恐る恐る近付いてきた。
「大丈夫!?呪われてない…?」
「ああ、今のところは大丈夫だ」
『今のところは』と言ったが、疲労と達成感と恐怖からの解放で、それは聞かれなかったようだ。
「フーケには逃げられたみたいですが、『呪いの大剣』は取り返せたし、あんなのと戦って命があったんだから良しとしましょう」
「そうね…でも疲れたぁ~」
「あたしも…」
「以下同文…」
抜け抜けとフーケが言ったが、あんなのを見た以上、フーケだと出ればまず一瞬で解体される。
そう思ったようで、しばらくはロングビルとして学院に留まり、隙を見て逃げる事にしたようだ。
お宝は欲しいが、命あってこそナンボなのである。
四人が馬車に戻ったが、背負ったデルフリンガーが刀身を少し出し口を開いた。
「なぁ相棒…あの力、あまり無理して使わない方がいいぜ。少しづつだけど、アレと似た力が大きくなってきてんだ」
「…そうだな。そうしよう」
妖魔の力を使う以上、何時か訪れる限界。
限界が訪れた時、果たして覚醒せずに人として逝けるか。
そう、不安に思わないでもないが、今は人として前に歩くだけだ。
小さいが闘う資格を再び与えてくれた、三人の『仲間』と共に。
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