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ルイズは夢を見ていた。
(ああ、またこの夢……)
夢の中でルイズはぼんやりと考えた。故郷、ラ・ヴァリエールの屋敷の夢……幼いルイズは小船で毛布に包まっている。
(来るわ。もうすぐ……あの『肩のない男』が……ああ、やっぱり来た)
マントを羽織った大柄な男の褐色の肌と鋼のような筋肉。頭に巻いた白い布といい、見慣れぬ異国風の服装であった。
そして、男の悲しみに満ちた眼差し――その瞳を見るたびに、ルイズは眠りながらぽろぽろと涙を流してしまう。
「すまない――」
そう言って背を向ける男。風が男のマントをはためかせ、『なにもない右肩』があらわになる。
(まって、ねえ、まってよ!)
ルイズが追いかけようと立ち上がると、瞬間、そこは戦場になる。さながら地獄の業火に焼き尽くされたような街。
無数の死に、ルイズは震えをこらえる。そして、男が少年を抱き上げ――。
……そこまではいつもと同じだった。
『それ』を見たとき、一瞬でルイズの思考は停止した。ルイズが気がついたときには、恐怖そのものが形をとったような巨大な白い怪物が目の前にいた。
『なァ、シャガクシャ……我が憎いか、倒したいか? くくっ、楽しいなァ……憎めよ。シャガクシャ、我を憎め』
(な、によ……これ……)
目の前にいる『それ』のもたらす圧倒的な恐怖にルイズの全身が痙攣するように震えだした。
『それ』は、ぎょろ、とルイズのほうを見て――確かにそうルイズには思えた――、かは、と嗤った。
『永遠の時の淵で……また会おうぞ』
ズドォォオォォォオオオオ!!!!!
轟音と共に空に消えていく邪悪な白い幻獣の姿が視界から消えたとき――
ルイズは眼を覚ました。心臓が破裂しそうで動悸が収まってくれない。ルイズは激しい息をつく。ベッドがびっしょりと汗で濡れていた。
「うなされてたな……娘っ子。汗びっしょりじゃねーか」
「デルフ……わたし今――」
夢のことを話しかけて、ルイズは黙り込んだ。恐怖が一気に蘇ってきたのだった。
――たしかに、アレはわたしを見た。わたしを見て、嗤った。
体をぎゅっと自分の腕で抱き、震える声でデルフに尋ねる。
「……ねえ、とらはどこ?」
「韻竜の娘っ子と一緒にどっか出かけたぜ。おめーもしっかり綱でもつけとかねーと、あの韻竜に使い魔取られるんじゃねーか?
あっちのが胸はでけえし――」
と、そこでデルフははっと口を噤む。つい調子にのってしまったようである。
「だだだだれの胸はぜぜゼロですって? おいコラ。ととと溶かすわ。こんなボロいらないし溶かすわ。『流走』あるし。いいいらないし』
「ごめん、悪かった。もう全面的に。ほんと、やめて」
「次はないわよ、あ?」
完全に沈黙したデルフリンガーにフンと鼻をならし、ルイズはもそもそとシーツを外して布団にもぐりこむ。まだ体がカタカタと震えた。
こんなとき、誰かの腕が抱きしめてくれたら――
一瞬、頭にとらを思い浮かべたルイズは、ぶんぶんと頭を振って布団を引っかぶった。
(知らない知らない知らない! タバサの使い魔と、よよ、よろしくやってればいいのよ! とらの、とらのバカ――!!)
さて、ルイズがベッドで一人悶々としているところ……
トリステイン城下町の一角、チェルノボーグ監獄で、『土くれ』のフーケはぼんやりと壁を見つめていた。
「なんだったのかしら……あの使い魔。あんなの見たことないわよ!」
自分を捕らえた小娘の使い魔……金色の巨大な幻獣を思い出すと、フーケはぞくりとした。雷の精霊がいたら、きっとあんな感じだろう。
自分のゴーレムを砕く雷、灼熱の炎、そして、30メイルにも達する土ゴーレムを一刀両断した『破壊の剣』
「やってらんないわね」
もはや明日にも縛り首になる身のには関係のないことだ、とフーケはごろりと横になる。
目をつむったフーケは、しかし、物音に気がつくと、すぐにぱちりと目をひらいた。こつ、こつと階段を下りてくる音が聞こえてくる。
フーケがベッドから身を起こすと、長身の黒マントをまとった人物が現れた。白い仮面が顔をおおい、顔は見えない。
しかし、長い魔法の杖がマントから覗いている。間違いなくメイジであった。
「おや! こんな夜更けにお客さんなんて、珍しいわね」
マントの人物は鉄格子の向こうで黙り込んでいる。値踏みするようにフーケを見ていたその男は、やがて口を開いた。
「『土くれ』だな?」
「誰がつけたか知らないけど、そう呼ばれているわ」
男が笑った。いや、仮面の下にその素顔は隠れているので、笑ったかどうかはわからない。しかし、なぜかフーケはそう感じた。
「……マルチダ・オブ・サウスゴーダ」
「――!? なぜ、その名を――!!」
かつて捨てた、いや、捨てさせられた貴族の名であった。フーケは体が震えるのを感じた。何か嫌な予感がする。
「共に来い。アルビオンの無能な王家を打ち倒し、ハルケギニアを統一し、エルフどもから『聖地』を取り戻す。われわれの同志となれ」
「い、嫌だね。わたしは貴族は嫌いだし、ハルケギニアの統一なんて興味がない。エルフだってそっとしておけばいいじゃない」
男は、マントの中に手を入れた。フーケは身構える。とはいえ、杖をとりあげられているフーケが、メイジと戦う術などないのだが。
「選択の余地などないのだよ、『土くれ』……」
男の手がマントから出ると同時に。
何かが――何か黒い影のようなものが、そこから、びゅる、と飛び出した。一瞬、ぎょろ、と、『それ』の目玉がフーケを見る。
「なっ……!!」
思わず叫び声をもらすフーケの口に、『それ』が飛び込んだ。
「ぐゥ……! えおぁ……ごぼっ……!!」
「優秀なメイジが必要なのだ。たとえ自動人形であろうと、なんだろうとな」
ぎゅる、ぎゅると両目を回転させて床で悶えるフーケを見下ろしながら、仮面の男が呟く。
やがて、ビクンビクンと痙攣していたフーケの体が動かなくなる。そして、ゆっくりと立ち上がった。その目は虚ろで、何も見ていないかのようだ。
仮面の男は、ポケットから取り出した鍵で、鉄格子をあける。
「さて、いこうか『土くれ』よ……レコン・キスタに栄光あれ」
「……レコン・キスタに、栄光、あれ」
……かつて『土くれ』のフーケであったものは、無表情にそう呟いた。
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ルイズは夢を見ていた。
(ああ、またこの夢……)
夢の中でルイズはぼんやりと考えた。故郷、ラ・ヴァリエールの屋敷の夢……幼いルイズは小船で毛布に包まっている。
(来るわ。もうすぐ……あの『肩のない男』が……ああ、やっぱり来た)
マントを羽織った大柄な男の褐色の肌と鋼のような筋肉。頭に巻いた白い布といい、見慣れぬ異国風の服装であった。
そして、男の悲しみに満ちた眼差し――その瞳を見るたびに、ルイズは眠りながらぽろぽろと涙を流してしまう。
「すまない――」
そう言って背を向ける男。風が男のマントをはためかせ、『なにもない右肩』があらわになる。
(まって、ねえ、まってよ!)
ルイズが追いかけようと立ち上がると、瞬間、そこは戦場になる。さながら地獄の業火に焼き尽くされたような街。
無数の死に、ルイズは震えをこらえる。そして、男が少年を抱き上げ――。
……そこまではいつもと同じだった。
『それ』を見たとき、一瞬でルイズの思考は停止した。ルイズが気がついたときには、恐怖そのものが形をとったような巨大な白い怪物が目の前にいた。
『なァ、シャガクシャ……我が憎いか、倒したいか? くくっ、楽しいなァ……憎めよ。シャガクシャ、我を憎め』
(な、によ……これ……)
目の前にいる『それ』のもたらす圧倒的な恐怖にルイズの全身が痙攣するように震えだした。
『それ』は、ぎょろ、とルイズのほうを見て――確かにそうルイズには思えた――、かは、と嗤った。
『永遠の時の淵で……また会おうぞ』
ズドォォオォォォオオオオ!!!!!
轟音と共に空に消えていく邪悪な白い幻獣の姿が視界から消えたとき――
ルイズは眼を覚ました。心臓が破裂しそうで動悸が収まってくれない。ルイズは激しい息をつく。ベッドがびっしょりと汗で濡れていた。
「うなされてたな……娘っ子。汗びっしょりじゃねーか」
「デルフ……わたし今――」
夢のことを話しかけて、ルイズは黙り込んだ。恐怖が一気に蘇ってきたのだった。
――たしかに、アレはわたしを見た。わたしを見て、嗤った。
体をぎゅっと自分の腕で抱き、震える声でデルフに尋ねる。
「……ねえ、とらはどこ?」
「韻竜の娘っ子と一緒にどっか出かけたぜ。おめーもしっかり綱でもつけとかねーと、あの韻竜に使い魔取られるんじゃねーか?
あっちのが胸はでけえし――」
と、そこでデルフははっと口を噤む。つい調子にのってしまったようである。
「だだだだれの胸はぜぜゼロですって? おいコラ。ととと溶かすわ。こんなボロいらないし溶かすわ。『流走』あるし。いいいらないし』
「ごめん、悪かった。もう全面的に。ほんと、やめて」
「次はないわよ、あ?」
完全に沈黙したデルフリンガーにフンと鼻をならし、ルイズはもそもそとシーツを外して布団にもぐりこむ。まだ体がカタカタと震えた。
こんなとき、誰かの腕が抱きしめてくれたら――
一瞬、頭にとらを思い浮かべたルイズは、ぶんぶんと頭を振って布団を引っかぶった。
(知らない知らない知らない! タバサの使い魔と、よよ、よろしくやってればいいのよ! とらの、とらのバカ――!!)
さて、ルイズがベッドで一人悶々としているところ……
トリステイン城下町の一角、チェルノボーグ監獄で、『土くれ』のフーケはぼんやりと壁を見つめていた。
「なんだったのかしら……あの使い魔。あんなの見たことないわよ!」
自分を捕らえた小娘の使い魔……金色の巨大な幻獣を思い出すと、フーケはぞくりとした。雷の精霊がいたら、きっとあんな感じだろう。
自分のゴーレムを砕く雷、灼熱の炎、そして、30メイルにも達する土ゴーレムを一刀両断した『破壊の剣』
「やってらんないわね」
もはや明日にも縛り首になる身のには関係のないことだ、とフーケはごろりと横になる。
目をつむったフーケは、しかし、物音に気がつくと、すぐにぱちりと目をひらいた。こつ、こつと階段を下りてくる音が聞こえてくる。
フーケがベッドから身を起こすと、長身の黒マントをまとった人物が現れた。白い仮面が顔をおおい、顔は見えない。
しかし、長い魔法の杖がマントから覗いている。間違いなくメイジであった。
「おや! こんな夜更けにお客さんなんて、珍しいわね」
マントの人物は鉄格子の向こうで黙り込んでいる。値踏みするようにフーケを見ていたその男は、やがて口を開いた。
「『土くれ』だな?」
「誰がつけたか知らないけど、そう呼ばれているわ」
男が笑った。いや、仮面の下にその素顔は隠れているので、笑ったかどうかはわからない。しかし、なぜかフーケはそう感じた。
「……マルチダ・オブ・サウスゴータ」
「――!? なぜ、その名を――!!」
かつて捨てた、いや、捨てさせられた貴族の名であった。フーケは体が震えるのを感じた。何か嫌な予感がする。
「共に来い。アルビオンの無能な王家を打ち倒し、ハルケギニアを統一し、エルフどもから『聖地』を取り戻す。われわれの同志となれ」
「い、嫌だね。わたしは貴族は嫌いだし、ハルケギニアの統一なんて興味がない。エルフだってそっとしておけばいいじゃない」
男は、マントの中に手を入れた。フーケは身構える。とはいえ、杖をとりあげられているフーケが、メイジと戦う術などないのだが。
「選択の余地などないのだよ、『土くれ』……」
男の手がマントから出ると同時に。
何かが――何か黒い影のようなものが、そこから、びゅる、と飛び出した。一瞬、ぎょろ、と、『それ』の目玉がフーケを見る。
「なっ……!!」
思わず叫び声をもらすフーケの口に、『それ』が飛び込んだ。
「ぐゥ……! えおぁ……ごぼっ……!!」
「優秀なメイジが必要なのだ。たとえ自動人形であろうと、なんだろうとな」
ぎゅる、ぎゅると両目を回転させて床で悶えるフーケを見下ろしながら、仮面の男が呟く。
やがて、ビクンビクンと痙攣していたフーケの体が動かなくなる。そして、ゆっくりと立ち上がった。その目は虚ろで、何も見ていないかのようだ。
仮面の男は、ポケットから取り出した鍵で、鉄格子をあける。
「さて、いこうか『土くれ』よ……レコン・キスタに栄光あれ」
「……レコン・キスタに、栄光、あれ」
……かつて『土くれ』のフーケであったものは、無表情にそう呟いた。
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