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#navi(鮮血の使い魔)
&setpagename(第3話 蝕み)
#settitle(第3話 蝕み)
とてもチャカす気分にはなれなかった。
『ゼロ』の二つ名の通り、何も召喚できなかったのなら、
思いっきり挑発して、落ち込む暇なんて与えず彼女を怒らせてやろうと思っていた。
もし万が一、偶然にも、あるいは奇跡、天運が味方をして、使い魔を召喚できたら。
その時は「やるじゃない」と言ってやるつもりだった。
言った後で「でも私の使い魔に比べるとねー」とチャカす。うん、いつも通り。
でも、キュルケはそれができなかった。
ルイズが召喚したのは平民の美少女。
それだけなら、まだ、チャカしようはあったけれど。
後から聞いた、あの平民の名前、コトノハ。
彼女があんな物を持っていなければ。
コルベールの腕を切り落とすなんて真似をしなければ。
軍人の家系として、人を殺めるすべも、殺める時の心構えも、学んでいた。
でもそれは学んだだけで、実践した事など一度たりともない。
まだ学生だから。
せいぜい男を取られた恨みで喧嘩を吹っかけてくる女や、
あるいは二股、三股、四股五股六七八九股、十股とかかけられた男が、
嫉妬に狂って襲ってきたりした時に自慢の炎で追い払ったりした程度。
あのコトノハという少女は、あの男を取られた恨みで襲ってきた女と、どこか似てる。
似てるけど、違う。致命的な何かが。
「ねえ、どう思う? タバサ」
キュルケはベッドに寝そべって、天井を眺めたまま訊ねる。
部屋の隅に座り込んで、本を読みながらタバサは答えた。
小さな、自分にしか聞こえない声で。
「壊れているけれど、あれは復讐者の瞳。やり遂げた者の瞳だと思う」
「え、何? 声が小さくて聞こえなかったわ」
「……何でもない」
タバサは本から視線をはずさぬまま、しかし、コトノハという少女の事を考えていた。
人の首を持って、それを大切にしている様は、あの人を思い出させる。
人形を娘と思い込んでいる、心の壊れてしまったあの人と。
「ターバサ!」
いつの間にかベッドから降りていたキュルケが、タバサを力いっぱい抱きしめる。
言葉ほどではないがそれでも大きな胸に顔を挟まれ、やや呼吸困難に陥りながら、
タバサはいったい何事かと抗議の視線をキュルケに向けた。
「何だか元気無いわよ、大丈夫?」
「……大丈夫」
「んー、でも、タバサって抱き心地いいから、もう少しこのままっ!」
わがままに見せかけて、キュルケは自分を慰めようとしてくれている。
そんなキュルケだから、タバサはキュルケの事が大好きで、無二の親友と思ってる。
この友情がいつまでも続けばいい。いつまでも。いつ、までも。
しばらくタバサとじゃれ合ったキュルケは、
しっかりタバサが元気になったのを確認してから自室へと戻っていった。
コルベールの腕は、どうなっただろうか?
そんな事を考えながらルイズは、ベッドに寝転がっていた。
もし、腕がくっつかなかったらどうしよう。
(コトノハを召喚したのは私。使い魔の責任は主の責任。……怖い)
教師の腕を失わせた責任。
それはとても重くて、それについて何か考えようとするだけで思考が凍る。
酷く疲れているのに、今すぐ眠ってしまいたいのに、眠れない。
身体が、震える。
「寒いですか?」
あたたかい、けれど寒気のする手が、ルイズの頬を撫でた。
悲鳴を押し殺しながら視線を横に向けると、言葉が、自分を、覗き込んでいる。
「う、うるさいわね。ほっといてよ」
使い魔とはいえ、相手は平民だ。しかし、強く突き放す事ができない。
できたのは弱々しい拒絶。
駄目だ、言葉を召喚してから、まともな思考ができない。
恋人の首を抱えて笑う美女。何て、おぞましいんだろう。
同じ部屋にいるというだけで、気分が悪くなる。
固定化のおかげで誠の首はもう腐食しないはずなのに、
吐き気を催す臭気が部屋中に充満しているように感じられてならない。
息苦しい、窒息しそうなほどに。
「安心して。ルイズさんが眠れるまで、こうしていて上げます」
シーツの中に、言葉の手が入ってきた。
(な、何をする気よ!?)
言葉の手は、ルイズの手を掴み、引き寄せ、胸に抱く。
基本的に誠の頭を抱えていたためそれどころではなかった言葉の胸の大きさを、
今さらながらルイズは実感した。これは、こんな、大きな、のは、ありえない。
もう胸として認められない。胸らしき何かだと割り切る事にする。
胸じゃないなら、これは何だろう?
その時ルイズは想像してみた。
言葉の大きな胸は、実は胸ではなく、中に他の男の頭が丸ごと入って――。
ありえない想像の恐ろしさにショックを受けたルイズは、気絶。
それを見て言葉は、ルイズが眠ったものと解釈した。
「それじゃあ、私達も眠りましょうか、誠君」
ルイズの不幸は、あまりにも酷い出来事が起きすぎたせいで、
大事な事を言葉に伝えなかった事にある。
使い魔の言葉がどこで寝るか、を。
窓から射し込む朝日が顔にあたり、ルイズは目を覚ました。
とはいえ、まだ眠い。正直寝惚けている。
ぼんやりと曇った視界の中、誰かの横顔が見えた。
「ん……。え?」
誰の、横顔。
すぐに顔をそむければいいのに、ルイズは目をこすってそれを見てしまった。
ルイズの隣で、仰向けに眠っている、人の首。誠。
「き……きぃ……きぃぃぃやぁぁぁぁぁぁっ!!」
ベッドから転げ落ちるルイズの反対側、誠の頭を挟んで眠っていた言葉が、
その悲鳴によって目を覚まし、隣で眠っている誠の頬におはようのキスをする。
と、そこにキュルケが部屋の戸を開けて飛び込んできた。
「どーしたのルイズ! 何事!?」
言葉が誠の頭を抱いたまま振り返る。チラリと見えてしまった切断面。
「ひぃぃぃえぇぇぇぇぇぇっ!!」
悲鳴を上げてバタンとドアを閉めて逃げ出すキュルケ。
そして、言葉は嬉しそうに。
「どうやら、ここの女の子は誠君を誘惑してこないみたいですね。
私は、誠君の方から……っていうんなら、許して上げますけど、
でも向こうから誘惑してくるのは、やっぱり嫌ですから。その時は、追い払いますね」
今度は舌で誠の冷たい唇をこじ開け、動かぬ舌に己の舌を絡めて、深く、深く。
ピチャピチャという水音を聞きながら、ルイズは、頭を抱えた。
頭痛がする。
頭を打ったとか、風邪を引いたとか、肉体的な理由じゃない。
明らかに精神的なものから来る頭痛だった。
さて本来なら使い魔を連れて授業に出ねばならないのだが、
人の頭を持った奴なんて絶対連れて行きたくない。
「あんたの彼氏はここでお留守番させておくっていうのはどう?
ほら、あの、やっぱりみんなビックリするだろうし……」
と提案してみたけど、言葉は首を横に振る。
「これからは、ずっと一緒って約束しましたから。
それに、誠君はこんな身体ですから、私がいないと不自由すると思うんです」
こんな身体(死体)だからこそ、誰がいてもいまいと不自由しないと思うルイズだった。
いっそ言葉もここで留守番させておこうか?
ふと脳裏に蘇る、言葉と誠の朝っぱらからのディープキス。
自分の部屋で、言葉と誠を二人きりに? 何だかとてつもなくヤバイ気がする。
どうしたものか。やはりい連れて行くしかない?
「……じゃあ、私の持ってる鞄、ひとつ上げるから、その中に入れて行きなさい」
「はい」
ルイズは鞄を渡してから、言葉が鞄を閉めるまで視線をそらしていたから、
言葉が誠の首だけでなく、血を拭ったノコギリも入れた事に気づかなかった。
言葉を連れてまず朝食に向かうルイズ。
平民だからという理由で言葉は質素な食事を床で食べる事になったが、
文句ひとつ言わず、無言で、ルイズを見つめ返し、唇だけで小さく笑う。
その後は普通に床に置かれたご飯を食べた。ルイズは寿命が縮まった気分。
ちなみに食事中、他の生徒のひそひそ話や蔑むような視線が非常に痛かった。
言葉が持っている鞄についても勝手な憶測が飛ぶ。
「あれ、何が入ってるんだ?」「召喚された時、人の頭みたいなの持ってなかったか?」
「じゃあ、まさか」「いや仮にそうだとしても人形か何かだろ?」
「遠くてよく解らなかった」「本物だったらあの平民、人殺しなのか?」「それはさすがに」
「ミスタ・コルベールを斬ったんだよな……」「変な服だけど胸がおおお大きいね!」
「まさかミスタ・コルベールの腕を入れてるとか」「ちょ、食事中に言うな」
「あの鞄にはおっぱいがつまってるんだよ、だって彼女はあんなにも大きなおっぱいだもの」
「黙れデブ」「後でお前あの中身が何なのか訊いてみろよ」「お前が聞け」「やだよ」
ルイズには聞こえないよう、生徒達は近くの仲間とひそひそ話。
それでも何を言われているかは想像できたので、ルイズは酷く鬱屈な気分になる。
結局朝食は半分も喉を通らぬまま、ルイズは教室に向かった。
一番後ろの目立たない席に座り、言葉には床に座るよう命令。
授業が始まると、ミセス・シュヴルーズはミスタ・コルベールの怪我は心配無いと告げ、
言葉に関しては触れず、土系統の授業を開始する。
コルベールの怪我は心配無い、つまり腕は何とかなったのだ。
それに心から安堵したルイズは、不安感が薄らいだおかげで授業に集中できた。
だから、隣で言葉がゴソゴソと何かをしていても気づかなかった。
そしてシュヴルーズは『一番真面目に授業を受けている』という印象を受けたルイズに、
教壇の前で『錬金』をするように言う。当然他の生徒達は反対。
しかし負けじとルイズは「やります!」と怒鳴って教壇に向かった。
そして石ころに杖を向ける。
詠唱。
錬金。
失敗。
爆発。
『ゼロのルイズ』の所以を教師とクラスメイトに見せつけたルイズは、コホンと咳払い。
「ちょっと失敗しちゃったみたいね」
眼前で爆発を受けたシュヴルーズは気絶。
机の陰に隠れていた生徒達はちょっとススで汚れた程度。
爆発に驚いた使い魔達は大混乱に陥って色々と大変な事になっていた。
そしてクラスメイト全員が立ち上がり、あるいは椅子に座るなりして、
教壇の前に立つルイズを睨みつけて文句を言い放つ。
ルイズは歯を食い縛って耐えていた。
と、そこに。
「あっ、誠君」
教室の端から声がして、ススで汚れた言葉が立ち上がって教壇に向かって走ってきている。
嫌な予感に導かれ、ルイズは視線を降ろしてみた。
足元の誠君と目が合った。
「ヒッ……!」
一応これで何度目かなため、ある程度耐性のできていたルイズは悲鳴を上げずにすむ。
だが、他のクラスメイト達は、ルイズの視線を追ってそれを目撃してしまい、
しかも首の断面が丁度見えるように転がっていて。
「首だあぁぁぁぁぁ!?」
「ヒィィィ! 肉が、肉が見えた! もう肉料理は食べられない!」
「骨ッテ本当ニ白インダネー……ガクッ」
そんな悲鳴をものともせず、言葉は誠を拾い上げると、汚れた顔をハンカチで優しく拭いた。
「ごめんなさい、驚いて落としてしまって。痛くなかったですか?」
「こここ、コトノハ。なんで、それ、鞄から出てるのよ!」
「せっかくだから、誠君と一緒に授業を聞こうと思って。
でも、鞄の中だとよく聞こえないでしょう? だから、出して上げたんです。
魔法の国の授業って、すごく面白くて……誠君も喜んでくれていました」
そしてルイズの爆発に驚いて落としてしまい、教室を転がって教壇の前までという訳だ。
とりあえず、このままでは非常にマズイと判断したルイズは、
言葉の手を引いて教室から飛び出した。直後、言葉を廊下に置いて、鞄を取りに戻り、
誰かが何か怒鳴りつけてきたのを無視して、再び教室から廊下へ。
「コトノハ! この中に、そいつを入れて! 早く!」
「はい。誠君、窮屈でしょうけど我慢してくださいね」
ほとぼりが冷めるまでどこかに隠れていよう。
そう思い、どこかいい場所はと考えて、ルイズはふと思い出した。
この件を相談するついでに、謝罪しに行こう。
治療室の戸を静かに開けたルイズは、恐る恐るコルベールの姿を探す。
いた。
一番奥のベッドで、頭髪の薄い男が半身を起こし右腕を撫でている。
言葉を連れて中に入りながらルイズは声をかけた。
「ミスタ・コルベール。お加減はいかがですか?」
振り向いたコルベールの表情は、驚きに満ちていた。
そして、ルイズはコルベールの服の袖から、右腕が出ていない事に気づく。
あれ? ミセス・シュヴルーズは、もう心配無いって言っていたはず。
あれ? なのに、あれ? あれ? どうして、右腕が、無いんだろう。
「や、やあミス・ヴァリエール。怪我でもしたのかな?」
「み、ミスタ……その、腕、治ったんじゃ……」
痛々しい笑みを作りながら、コルベールは首を横に振った。
「治療は続けたのだがね。傷口が荒くて、結局完璧につなぐ事はできなかったんだ。
無理につないでも、血が通わず腐食していくだけだろうと言われて……」
「そんな」
ルイズは、胸の奥に、黒く重い何かが圧し掛かるのを感じた。
この重みは、多分、一生、消えない。
壊れない限り。
化膿した傷は、手当てしなければ広がってしまう。
腐った肉は、切り落とさねば広がってしまう。
では心にそういったものを負ってしまったら。
それを癒せず、切り離せずにいたら、それは、少しずつ蝕んでいく。心を。
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