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「ウィザーズ・ルーン~雪風の翼~5」(2007/09/30 (日) 15:35:35) の最新版変更点
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学院長室は穏やかでない雰囲気に包まれていた。
「して始祖ブリミルの使い魔『ガンダールヴ』にいきついたということじゃな?」
コルベールが慌てた様子で学院長室に入ったのが、事の始まり。
それから学院長室は、コルベールの独演会場と化した。
春の使い魔召喚で、ルイズが平民の少年を呼び出したこと。
ルイズが契約した時に現れたルーン文字が気になって調べたこと。
それを調べていたら、その結論として出たのが、
「あのルイズが呼び出したのは伝説の使い魔『ガンダールヴ』です!」
ふむ、とオールド・オスマンはヒゲを撫で付ける。
「確かにルーンが同じ、となればあの少年は『ガンダールヴ』なのじゃろうな」
「どうしましょうか」
コルベールは心配そうに吐き出すが、
「しかし、それだけであの少年を『ガンダールヴ』と決め付けるのは、いささか早計かもしれんのう」
「それもそうですな」
そこまで話が進んだところで、ドアがノックされた。
「誰じゃね?」
扉の向こう側から、ミス・ロングビルの声で答えた。
「私です。オールド・オスマン」
「何事じゃ」
「ヴェストリの広場で決闘をしている生徒がいるようです。止めに入った教師もいましたが、生徒達に邪魔されて、止められないようです」
「ふうむ。で、暴れておるのは誰じゃ?」
「一人はギーシュ・ド・グラモン」
「あのグラモンとかのバカ息子か。どうせ女がらみのことじゃろうて。で相手は?」
「それが、ミス・ヴァリエールの使い魔の少年のようです」
オスマン氏とコルベールは思わず顔を見合わせた。
「そこにミス・タバサの使い魔が割り込んでいます」
「何?」
「彼はメイジという噂もあり、教師陣は『眠りの鐘』の使用許可を求めています」
オスマンは杖を振って、壁にヴェストリ広場の様子を写し出した。
なにやらミス・ヴァリエールやその使い魔と会話をしているようだが、ミス・ヴァリエールと共に決闘の傍から離れた。
「いや、待て。どうやら彼は決闘に参加しないようじゃな。これでは子供のケンカに逆戻りじゃ。使う必要はなかろうて」
「わかりました」
ミス・ロングビルが去っていくのを確認して、
「オールド・オスマン」
「うむ」
「彼がガンダールヴかどうか証明される瞬間ですよ」
「すまねえな。オレが適当なことを言ったばっかりに、こんな目に合わせちまって。平民のよしみだ。後はオレに任せろ」
ジャケットから、銃を取り出しながらサイトに謝罪した。
決闘を受けたのはサイトの責任だが、決闘にいたる道筋を作ったのは完全にヘイズのミスだ。
「オレは前の世界でもああいうのとやりあった経験があるんでな。あそこまででけえのはなかなかいなかったが」
「そんなことどうでもいい……」
満身創痍。右手は明らかに折れているし、左目は腫れ上がってふさがっている。
それでも……それでもサイトは立ち上がる。
その姿にルイズは慌てた。
「な、何馬鹿なことやってんのよっ! あとはこの人に任せればいいでしょっ! メイジである貴族に平民が勝てるわけないじゃないの!」
「それも関係ない。俺はただ平民とか貴族とか、メイジだとかそうでないとか、そんなの関係ないってあのキザ野郎に分からせてやりたいだけだ」
足ががくがく震えながらもサイトは続ける。
「それなのに、平民だからってメイジに頼んだら、それができなくなっちまう。そんなのは俺にはできねえよ!」
その言葉を聞いてヘイズは気づいた。
サイトはヘイズと違い、平民というだけではなく、メイジの肩書きもない。
便利屋として世界を渡っていたヘイズとは違って、ただの一人の少年として生活していたはずなのだ。
それなのに突如、なんの頼りもない異世界に放り出される。
ヘイズにはハリーがいる。無愛想ながらもコミュニケーションがとれつつあるタバサがいる。
タバサの友人であるキュルケや、厨房のマルトー親父も。
サイトにはいない。
平民と足蹴にし、使い魔と罵倒するルイズしか。
だからこそ、ここで貴族に勝つことで皆に分からせたかったのだ。
俺は平民でも使い魔でもなくて一人の人間だ! だから俺のことをちゃんと認めてくれ……!
――オレの出る幕じゃないってことか……まったくしょうがねえな!
「ちょっと待て」
ヘイズは軽くサイトの状態を確認する。
「右腕と左目以外は、擦り傷打ち身がひでえが、動けない傷じゃないな」
「ちょっと!? 何言ってるのよ!」
いきなりのヘイズの言葉にルイズは慌てて叫んだ。使い魔をこれ以上怪我させるなんて冗談じゃないと。
これにはサイトも驚いたが、すぐに平静になると、
「その銃を貸してくれよ。丸腰じゃ歯が立たなくても、武器さえあれば何とかできるかもしれない」
「こいつは電磁射出式だ。見た目はごついが、反動はそれほどでもねえ。あのゴーレム、狙うなら間接部だ」
銃を渡しながら、頑張れよとヘイズ。
受けとった銃を構えながら、歩き出したサイトを見ながらルイズは、怒りと共に言い放った。
「どうして止めてくれないのよ! 私の使い魔が死んじゃったらどうするつもりなの!?」
それにヘイズは指をぱちんと打ち鳴らし、
「誰でも一人は自分を認めてくれる人がほしいもんだ。お前にはそういう人はいないのか?」
と静かな口調で言った。
ルイズは真っ赤になった顔を見せたくないように俯きながら、ずっと肩を震わせていた。
サイトは自分の体の変化に驚いていた。
まず銃を受けとった瞬間に体中の痛みが消えた。
そして何故か、体が羽のように軽くなった。
ゴーレムの動きが遅く感じる。それも自分が速くなっているから?
銃が体の延長線上のように馴染む。銃なんてモデルガンしか触ったことがないのに、だ。
――なんだよ、俺ってやれるじゃん!
「へえ、銃か。平民が貴族にたてつく為の牙! それを握り締めて、このギーシュ・ド・グラモンにここまで楯突くことに、素直に敬意を表してやろう!」
ギーシュはそう言いながら、手に持った薔薇を振る。どこまでも芝居がかってキザなやつだ。
体はボロボロなのに、あいつの杖はあの薔薇か、とそんなことを考える余裕までできていた。
青銅のゴーレムが襲ってくる。
遅い、こんなやつに俺はあしらわれていたのか。
ルイズは、周囲の歓声とともに勢いよく顔を上げた。
そして信じられない光景を目にする。
まずサイトが先ほどまでとは比べ物にならない速さで、ゴーレムの懐に飛び込んだ。
そのときとなりで「身体能力制御だと……?」という声が聞こえたが、そんなことはルイズの頭に入らない。
ゴーレムが拳を振り上げるが速いか、サイトの銃がゴーレムを首元から吹っ飛ばした。
ぐしゃり、とマヌケな音をたて、首無しのゴーレムが転がった。
ギーシュがひいっと、情けない声をあげて、ゴーレムを六体生成する。
元々ギーシュのワルキューレは六体まで作ることができる。平民相手と思って、一体しか作らなかっただけだ。
五体のゴーレムがサイトを取り囲み、いっきに打ち倒そうとする。
「……ああっ!」
打って変わって危機に陥ったサイトに、思わず声が上がってしまうルイズ。
「うおおおぉっ!」
サイトは裂帛の叫びを上げ、むしろその最中に突撃する。
ルイズが瞬きをした次の瞬間には、一瞬にしてゴーレムの数が一体になっている。
残る一体を楯として自分の前に置くギーシュ。
最後のワルキューレを倒す瞬間、
「やべっ!」
舌打ちと乾いた音が聞こえたが、ルイズはそれに気づかない。
ただサイトを凝視しながら見守るだけだ。
ゴーレムを全て倒されたギーシュは、顔面を蹴られて吹き飛んだ。
そしてサイトがギーシュの額に銃口をポイントし、
「まだ続けるのか?」
「ま、参った」
完全にギーシュが戦意を喪失したのを確認し、サイトはルイズのほうに向けて歩き出したのだが、
「ちょ、ちょっと!」
急に力を失ったようにサイトが倒れこんでしまったのを見て、堪らずルイズはサイトに駆け出した。
「……あれはどういうこと?」
ヘイズのほうに寄って来たタバサが、納得できないという風に疑問を吐露する。
キュルケはどうやらルイズのほうに行ったらしい。あの二人、仲がいいのか悪いのか。
「確実にギーシュは射線に入っていたはず。でもギーシュに被弾はない。よく見えなかったけどその時、たしかにあなたは何かをしていた」
無口なタバサにしては、珍しく饒舌になっている。
ヘイズは、「こいつはなるべく使いたくなかったんだがな」と前置きし、
「いわゆるオレの『隠し玉』ってやつだ」
とそれだけ言った。
それだけの説明に、タバサはまだ納得しきれていないようだったが、この力のことを教えるのは、もう少し後になってからにしよう。
サイトは必死すぎて気づいていないところだったが、もう少しで死人が出るところだった。
そのサイトたちのほうを見れば、倒れたサイトをシエスタが抱きかかえて泣いている。
ルイズは真っ赤な顔でそれに何か口出しして、それをからかったキュルケと言い合いになって……。
みんなサイトのことを心配しているのが見て取れる。
少年が望んでいたものが、意識のない少年の傍で繰り広げられている。
あの雰囲気に水を差すのも悪いし、お小言は暇なときでいいか、とヘイズは指をパチンと鳴らした。
オスマン氏とコルベールは一部始終を見終えると、顔を見合わせた。
「あの平民、勝ってしまいましたが……」
「うむ」
「あのギーシュはドットメイジですが、それでもただの平民に後れを取るとは思えません。やはり彼は伝説の『ガンダールヴ』! ここは王室に報告して意見を仰がなくては」
「それには及ばぬよ」
オスマン氏は白い髭をなでながら、
「あの少年が本当に『ガンダールヴ』だったとしてもだ、そんなものを王室のボンクラどもに渡してみろ。また戦をおこす原因になるだけだろうて」
「ははあ。恐れ入ります」
「この件はわしが預かることにする。このことは他言無用じゃ」
「わかりました」
とそこまで話したところで、
「ところで、ミス・タバサの使い魔のルーンはどうなっておるのじゃ? 彼もなにか特別な力が?」
オスマン氏は少年に銃を貸し与えた赤髪の青年を思い出し、疑問を口にした。
「いえ、それが……」
コルベールは言いにくそうに言葉を濁した。
「なんじゃ? 彼も伝説のなにかが?」
オスマン氏の期待の声に、コルベールは居心地悪そうにしながら、
「実は、彼のルーンは記述に多少の変則的なところがありながらも、基本的な使い魔のルーンでして」
と実にばつが悪そうに答えた。
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