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「ルイズと再生の魔法使い・プロローグ」(2007/09/29 (土) 14:29:12) の最新版変更点
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エリンディルという大陸がある。
その大陸には、巨大な雲が降りて来たかのような霧に包まれた森があった。国の一つや二つを足してもなお森の広さに届かないほどの広大な森。
エリンディルの人々はその森を称して霧の森、と呼んでいる。
千年の昔から霧が晴れた事のないその森は、霧だけではなく雨もよく降りしきる。今日もまた、霧雨が止む気配もなく森を濡らす。夜も明けようとしているのに、太陽の光は今日も霧と雲に遮られてろくに森に届きはしなかった。
霧の森の外れの大きな木の下。
そこにあるのはつい先程盛られたばかりとおぼしき土の山。その頂に立てられたガーゴイルを模したような人形のようなオブジェが、寂しく霧雨を浴びていた。
その土の山はさして大きくない。人一人が入るだけの穴を掘り、その中に人を埋めて再び土を被せた程度の大きさ。
――つまりは、即席の墓である。
この中に眠っている一人の男は、人間ではない。正確に言えば人工生命。自然ならざる方法で生み出された者達の部品を組み合わせて作り出された、人ならざる者。
けれどその心は……誰よりも人間臭く、人間らしかった。
だが最早その肉体に心はなく、魂も宿ってはいない。
土の下の肉体には無数の刀傷が刻まれ、纏っていた衣服も切り裂かれ血塗れになり、その残骸だけが彼の遺体を包むのみだった。
彼の仲間だった者達は、既にこの場を去った。
彼を含めた四人の旅人達は、戦いの旅を続けていた。
幾度もの戦いを潜り抜け、軽口を叩き合い、笑い合っていた仲間は……ほんの僅かな時の壁に遮られ、彼を助ける事が出来なかった。
少女は呆然と泣き、青年は属していた組織を離れ、女は沸き上がる激情を噛み殺して無言を貫いた。彼の育ての親とも言える幼女は、むせび泣いた。
だが彼は、何の感情も表す事は出来なかった。
死んでしまったからだ。
仲間達は最後まで、墓の前を離れることを躊躇った。このまま去ってしまえば、これまで共に旅してきた仲間と永遠の別れをしなければならなくなるのだから。
現実を受け入れたくなかった、と言った方が正しいのかもしれない。その日の昼には共に昼食を取り、昼寝をし、川で水遊びをし、下らない冗談でただ笑い合っていた仲間が、今は見るも無残な亡骸と成り果てて二度とかつてのような時間を過ごせなくなったのだから。
けれど、旅を止める訳には行かなかった。
だから仲間達は、後ろ髪を引かれながら彼の許から去った。
――再び、静寂が訪れる。霧雨ばかりが降り注ぐ静寂のみが。
そんな時だった。
不意に厚い雲が割れ、その狭間から鮮やかな金色の陽光が霧を照らしていく。
空を覆う雲からすればそれは王の間に敷かれた絨毯に針の穴を刺したほどの、僅かな狭間。だが。その狭間から漏れる光は、彼が眠る土の山を煌々と照らし出すには、十分な量を持っていた。
土の山に降り注いでいた霧雨は、そこの空間だけ切り取ったかのように降るのを止め、広大な森を千年の間包み込んでいた霧は、その場だけ完全に消え失せてしまった。
周囲の森は以前寒々とした空気を漂わせている。だが、そこだけは。
まるで春の木漏れ日を思わせる、暖かな心地よい空気ばかりが流れていた。
――ふと、そこに一人の少女が立っていた。
背丈は小さい。だが地面に付くほど長い柔らかな白髪からは、金の光が発せられている。
その姿を見る者がいたならば、彼女の身体を通した向こうにうっすらと森が見える。
彼女は肉体を持っていないらしかった。見る者が見ればそれは幽霊か精霊か、と判別することが出来ただろう。しかし完全に彼女の正体を知る者は、おそらくはいない。
彼女は、金の瞳を土の山に向け。憂いの色を、そっと瞳に浮かばせた。
「……貴方は、ここで死ぬべきではなかったのかもしれない」
誰が聞くわけでもない独白を、静かに紡いでいく。
「けれど運命は、貴方に死を与えた。それは避けられたかもしれない運命。でも今、ここに厳然と存在してしまった運命。それを覆す事は――もう、出来ない」
淡々と紡がれる言葉。けれど痛々しいほど悲しみを含んだ、言葉。
「貴方の愛した仲間達との旅は終わってしまった。――けれど」
少女は、そっと両手を土壁に翳す。
「貴方を必要としている人は、存在している」
両手から現れるのは、淡く緑色に輝く鏡のような、“何か”。それは地面と垂直に立っていた。
「貴方が生きるべきだった運命とは少し異なってしまうけれど」
緑の鏡のような“何か”に吸い寄せられるように、土の中から男の亡骸が浮き上がってくる。浮き上がる亡骸は、“何か”……いや、少女に近付いていけば、徐々に男の体から傷が消え、衣服の残骸だった物も段々と形を取り戻していく。
「貴方には、もう一人。支えてあげてほしい女の子がいるの」
やがて、鏡の前に彼が浮かんで止まった時には、彼は生前の姿を完全に取り戻していた。
「――再び、生きて」
彼女の囁きと共に、彼の身体は“何か”に吸い寄せられ。エリンディルから消え去った。
時間にして、僅か。雲を割った狭間が、風に吹かれた雲に再び遮られる程の時間。
そこは何事もなかったかのように、先程までの光景を取り戻し、盛り土はなおも変わらず盛られたばかりの姿を取り戻していた。
その盛り土の中に男はいない。
その盛り土の前に少女もいない。
運命の悪戯によって仲間と分かたれた男は、エリンディルを去った。
ダイナストカバル極東支部長、トラン=セプターの旅は終わりを告げた。
けれどそれは全ての終わりではない。
新たなる冒険の始まり、だった。
そして彼は、目覚める。
草むらに倒れ付している自分を見下ろす、かつての旅の仲間だった少女と似たような背丈の美少女……だが、纏う雰囲気は決定的に違う。
「あんた、誰?」
トラン=セプター。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。
運命の大精霊アリアンロッドの、導きであった。
エリンディルという大陸がある。
その大陸には、巨大な雲が降りて来たかのような霧に包まれた森があった。国の一つや二つを足してもなお森の広さに届かないほどの広大な森。
エリンディルの人々はその森を称して霧の森、と呼んでいる。
千年の昔から霧が晴れた事のないその森は、霧だけではなく雨もよく降りしきる。今日もまた、霧雨が止む気配もなく森を濡らす。夜も明けようとしているのに、太陽の光は今日も霧と雲に遮られてろくに森に届きはしなかった。
霧の森の外れの大きな木の下。
そこにあるのはつい先程盛られたばかりとおぼしき土の山。その頂に立てられたガーゴイルを模したような人形のようなオブジェが、寂しく霧雨を浴びていた。
その土の山はさして大きくない。人一人が入るだけの穴を掘り、その中に人を埋めて再び土を被せた程度の大きさ。
――つまりは、即席の墓である。
この中に眠っている一人の男は、人間ではない。正確に言えば人工生命。自然ならざる方法で生み出された者達の部品を組み合わせて作り出された、人ならざる者。
けれどその心は……誰よりも人間臭く、人間らしかった。
だが最早その肉体に心はなく、魂も宿ってはいない。
土の下の肉体には無数の刀傷が刻まれ、纏っていた衣服も切り裂かれ血塗れになり、その残骸だけが彼の遺体を包むのみだった。
彼の仲間だった者達は、既にこの場を去った。
彼を含めた四人の旅人達は、戦いの旅を続けていた。
幾度もの戦いを潜り抜け、軽口を叩き合い、笑い合っていた仲間は……ほんの僅かな時の壁に遮られ、彼を助ける事が出来なかった。
少女は呆然と泣き、青年は属していた組織を離れ、女は沸き上がる激情を噛み殺して無言を貫いた。彼の育ての親とも言える幼女は、むせび泣いた。
だが彼は、何の感情も表す事は出来なかった。
死んでしまったからだ。
仲間達は最後まで、墓の前を離れることを躊躇った。このまま去ってしまえば、これまで共に旅してきた仲間と永遠の別れをしなければならなくなるのだから。
現実を受け入れたくなかった、と言った方が正しいのかもしれない。その日の昼には共に昼食を取り、昼寝をし、川で水遊びをし、下らない冗談でただ笑い合っていた仲間が、今は見るも無残な亡骸と成り果てて二度とかつてのような時間を過ごせなくなったのだから。
けれど、旅を止める訳には行かなかった。
だから仲間達は、後ろ髪を引かれながら彼の許から去った。
――再び、静寂が訪れる。霧雨ばかりが降り注ぐ静寂のみが。
そんな時だった。
不意に厚い雲が割れ、その狭間から鮮やかな金色の陽光が霧を照らしていく。
空を覆う雲からすればそれは王の間に敷かれた絨毯に針を刺したほどの、僅かな狭間。だが。その狭間から漏れる光は、彼が眠る土の山を煌々と照らし出すには、十分な量を持っていた。
土の山に降り注いでいた霧雨は、そこの空間だけ切り取ったかのように降るのを止め、広大な森を千年の間包み込んでいた霧は、その場だけ完全に消え失せてしまった。
周囲の森は以前寒々とした空気を漂わせている。だが、そこだけは。
まるで春の木漏れ日を思わせる、暖かな心地よい空気ばかりが流れていた。
――ふと、そこに一人の少女が立っていた。
背丈は小さい。だが地面に付くほど長い柔らかな白髪からは、金の光が発せられている。
その姿を見る者がいたならば、彼女の身体を通した向こうにうっすらと森が見える。
彼女は肉体を持っていないらしかった。見る者が見ればそれは幽霊か精霊か、と判別することが出来ただろう。しかし完全に彼女の正体を知る者は、おそらくはいない。
彼女は、金の瞳を土の山に向け。憂いの色を、そっと瞳に浮かばせた。
「……貴方は、ここで死ぬべきではなかったのかもしれない」
誰が聞くわけでもない独白を、静かに紡いでいく。
「けれど運命は、貴方に死を与えた。それは避けられたかもしれない運命。でも今、ここに厳然と存在してしまった運命。それを覆す事は――もう、出来ない」
淡々と紡がれる言葉。けれど痛々しいほど悲しみを含んだ、言葉。
「貴方の愛した仲間達との旅は終わってしまった。――けれど」
少女は、そっと両手を土山に翳す。
「貴方を必要としている人は、存在している」
両手から現れるのは、淡く緑色に輝く鏡のような、“何か”。それは地面と垂直に立っていた。
「貴方が生きるべきだった運命とは少し異なってしまうけれど」
緑の鏡のような“何か”に吸い寄せられるように、土の中から男の亡骸が浮き上がってくる。浮き上がる亡骸は、“何か”……いや、少女に近付いていけば、徐々に男の体から傷が消え、衣服の残骸だった物も段々と形を取り戻していく。
「貴方には、もう一人。支えてあげてほしい女の子がいるの」
やがて、鏡の前に彼が浮かんで止まった時には、彼は生前の姿を完全に取り戻していた。
「――再び、生きて」
彼女の囁きと共に、彼の身体は“何か”に吸い寄せられ。エリンディルから消え去った。
時間にして、僅か。雲を割った狭間が、風に吹かれた雲に再び遮られる程の時間。
そこは何事もなかったかのように、先程までの光景を取り戻し、盛り土はなおも変わらず盛られたばかりの姿を取り戻していた。
その盛り土の中に男はいない。
その盛り土の前に少女もいない。
運命の悪戯によって仲間と分かたれた男は、エリンディルを去った。
ダイナストカバル極東支部長、トラン=セプターの旅は終わりを告げた。
けれどそれは全ての終わりではない。
新たなる冒険の始まり、だった。
そして彼は、目覚める。
草むらに倒れ付している自分を見下ろす、かつての旅の仲間だった少女と似たような背丈の美少女……だが、纏う雰囲気は決定的に違う。
「あんた、誰?」
トラン=セプター。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。
運命の大精霊アリアンロッドの、導きであった。
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