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#navi(鮮血の使い魔)
&setpagename(第1話 鮮血の契約)
#settitle(第1話 鮮血の契約)
最初に起こったのは、人を馬鹿にした笑い。
続いて起こったのは、アレが何なのかとささやき合う声。
春の使い魔召喚の儀式を監督していたコルベールは、
嗅ぎ慣れたその匂いに気づき恐る恐る呼び出された少女へと近づく。
そしてソレが何であるかを理解するや、すぐさま生徒達に寮へ戻るよう指示した。
けれど。
少女が、目覚めて。
見慣れない服装、トリステインでは珍しい黒髪の美少女。豊満な胸。
その容姿に心惹かれ、あるいは嫉妬した次の瞬間、疑問が湧く。
起き上がって、胸に抱いていたソレがあらわになったから。
彼女を見る角度によっては、ソレの表情を確認する事も、できた。
悲鳴が上がる。
悲鳴の中ルイズは、ソレを抱く少女を召喚したルイズは、呆然としていた。
コ レ は な に ?
理解、できなくて、震えるルイズに気づいた少女、深く暗い瞳が、ルイズを、見た。
呑み込まれる。
見ているだけで精神が蝕まれるような、痛々しく、けれど愛に満ちた、狂気。
こ、れ、が、ルイズの、使い魔。
「あなた、誰?」
少女が問う。
「私は、言葉といいます」
少女が答える。
「あなたは?」
少女が問う。
「私はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。
トリステイン魔法学院に在籍するメイジよ」
少女が答える。
「メイジ?」
少女が不思議そうにその単語を呟く。
「それ、何?」
少女が不思議そうにソレの正体を訊ねる。
少女は、微笑んで、胸に抱いていたソレを、少女に見せた。
「私の彼氏の、誠君です」
ソレは、人間の少年の、頭部だった。
ようやく邪魔者がいなくなって、誠君と二人きりになれた。
私は誠君を抱きしめながら、ヨットの上に寝そべっていた。
行き先は、水平線の向こう。
もう二度と誰も私達の邪魔をしない、そんな場所を探しに行くために。
そして、銀色の光が、私達を導いてくれた。
これはきっと神様が私達を祝福してくれたに違いない。
私達は、ここで、楽園を築く。
恋人、誠の頭部を持って笑う少女の胸元はドス黒い血で汚れていた。
ルイズは思わず後ずさる。
今、この場で冷静なのは召喚された少女と、コルベールだけだった。
コルベールは、少女の壊れた瞳と壊れた声色を聞いて、すぐに察した。
ああ、この娘は、耐え切れぬ現実から目を背ける事で心を守っているのだと。
かつて、そんな人間を自らの手で作っていたコルベールは、
贖罪のために目の前の少女を見捨てるなどできなかった。
「ミス・ヴァリエール。この少女と契約しなさい」
「え……?」
この、人の頭を持った少女と?
「そ、そんな! サモン・サーヴァントは失敗です、平民を呼び出してしまうなんて。
やり直しを、やり直しをさせてください! ミスタ・コルベール!」
「使い魔がなぜメイジの召喚に応えるのか?
それは主が使い魔を、使い魔が主を必要としているからだよ。
この少女は、君を必要としているんだ。だから」
「でも、こ、この、彼女は、く、首、人の、頭を、持っています」
恐怖と、生首に対する生理的嫌悪によりルイズの声は滑稽なほど震えていた。
それでも構わずコルベールは契約を強要する。
「この少女は恐らく……何者かに恋人を殺されたショックから、心が壊れてしまったのだ。
もしかしたら目の前で首を刎ねられたのかもしれん。
そんな哀れな少女が、君に召喚された。これも何かのめぐり合わせだ。
どうか、君の優しさで彼女の心の傷を癒して上げて欲しい。
きっとそれができるのは、運命という絆で結ばれた召喚者、君だけなのだから」
「は……はい」
いやだいやだいやだいやだいやだ。
だって人の生首を抱いている女なんて気持ち悪い。
正気の沙汰じゃない、狂ってる。
「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。
五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」
それでも、契約せねばならない。
ルイズは少女にキスをした。
とても柔らかくて、あたたかくて、しっとりと濡れていて。
気持ち悪いくらいに気持ちよかった。
「い、痛いッ……!」
少女は左手を握り締めてうめく。ルーンが刻まれているのだ。
それでも抱いている誠君を落とさないよう痛みに耐えている。
左手の甲に、刻まれた、そのルーン。
悲哀と鮮血を呼ぶガンダールヴの印が少女に刻まれた。
同時に、少女の心の闇に、介入する一筋の光。
「契約が終わりました」
ルイズが言うと、コルベールは小さくうなずいて少女に向き直る。
「そうか。……君、いきなりこんな所に召喚してしまい申し訳ない。
事情を説明するから、名前を教えてくれないかね?」
「言葉。桂、言葉」
「そうか。では言葉さん、まず私についてきてくれないか?
君の大切な、彼を、いつまでもそのままにはしておけまい。
どこか、埋葬できる場所を探して――」
言葉の瞳が揺れる。
揺れて、誠を右手で抱いたまま、左手を地面に伸ばす。
コルベールの位置からは死角になっていたそこには、血濡れのノコギリ。
「あ……」
ルイズが声を漏らすと同時に、少女の左手がノコギリを掴み、ルーンが光る。
一閃。
あまりにも一瞬の事で、ルイズには何が起きたのか理解できなかった。
彼女達から距離を取って様子を見ていた生徒達も解らなかった。
ただ、コルベールだけが理解していた。
「ここにもいた」
言葉はゆっくりと、立ち上がる。
右腕に誠の頭を、左手にノコギリを持って。
「私と誠君を引き離そうとする人が」
右腕が、ボトリと地面に落ちる。
コルベールでなければ咄嗟に腕でノコギリを防ぐという真似はできなかったろう。
だから、コルベールは首を裂かれずにすみ、右腕を失った。
彼の右腕の切断面から、鮮血が飛び散る。
「ふふふ、あははははは」
鮮血の中、言葉は笑った。
生徒達は悲鳴を上げて逃げ出し、残ったのはキュルケにタバサという生徒だけ。
ルイズは呆然と、言葉の嬉しそうな笑顔を、壊れた笑い声を、見て、聞いて、いた。
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