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「零魔娘娘追宝録 4」(2008/08/25 (月) 22:03:14) の最新版変更点
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トリステインの都にて入手した剣
『デルフリンガー』
を背負った静嵐刀
彼とともに歩く
『ヴァリエールの女』
とはいかに?
「武器が欲しい?」
ギーシュとの決闘から数日後のある日。
静嵐は思うところがあり、ルイズに願い出た。
「この前の一件もあって思ったんだけどさ、やっぱり何か手持ちの武器がないとこの姿じゃ戦い辛いんだよ」
「あんた自分自身が剣なんでしょ。それでも武器が必要なの?」
ルイズの疑問はもっともだろうと静嵐は思った。
人間の姿に変身できるとは言え、剣自身が武器を欲しがるとはおかしな話だった。
ただ、それはあくまで自分を「武器」として使う場合の話だ。
「そりゃあね。あるのと無いのでは大違いだよ。武器があればそれだけ攻撃の幅も広がるし。
まぁ、何かあった時ルイズが刀に戻った僕を使って戦ってくれるって言うなら話は別だけどさ」
もしこの間のときのように、ルイズが静嵐を扱うことのできない状況で、
彼女自身を守らねばならない時がきたら、武器がないというのはいかにも心細い。
「それじゃ使い魔の意味が無いじゃない」
そうなのだ。使い魔というのはあくまでも主人の『魔法』を支援する存在であり、
その仕事には柔軟さが求められ、単純な護衛などとはまた違うのである。
静嵐の、「武器の宝貝」という特性を最も生かせる仕事は『戦闘』であるが、
使い魔はただ敵を倒せばいいというわけではないのだ。あくまでもルイズの補佐が仕事なのである。
ルイズはしばし思案するような顔を見せたが、決心したように顔を上げる。
「……ま、この間のことであんたもちょっとは使えそうだってわかったし。
今回だけは特別におねだりを聞いてあげるわ。そうね、明日はちょうど虚無の曜日だし、買い物に行きましょ」
*
キュルケはセイランという青年のことを考えてみた。
魔法の使えない、ゼロのルイズが召喚した使い魔。
最初はただの変わった格好をした凡夫だと思ったが、ギーシュとの決闘という大事件においては、
青銅製のゴーレム七体相手に堂々の立ち回りを見せ、平民でありながら見事貴族に勝利をしている。
キュルケにとって男の評価といえば「好意に値するか否か」であり、貴族か平民かなどは関係ない。
好きになってしまえば相手の身分など関係ないのである。
その点で言えばセイランは『平民でありながら貴族に勝利するほどの力の持ち主』
であり、『それでいて偉ぶった生意気なところのない好青年』と言えるだろう。
十分キュルケの『好み』に当てはまる。
だというのに。
「なーんか興味が沸かないのよねえ……」
それはキュルケにしては不思議であった。
これほどの好条件が揃った相手に「恋」をしないなど、キュルケならばありえないことであり。
彼女の二つ名「微熱」にはなんとも似つかわしくないことだ。
そんなキュルケの疑問を、彼女の友人である雪風のタバサはあっさりと切って捨てる。
「それが普通」
キュルケはいつものように、日がな一日本を読んでいるタバサのもとに押しかけ、
大声で自分自身に対する疑問を並べ立てていたのである。
それは本来、本を読む際の静寂と安寧を何よりも重視するタバサにとっては雑音以外の何物でもないが、
これさえなければ気のいい無二の親友を追い出すわけにもいかず、こうして適当に返事をしているのであった。
「それはそうだけどさぁ! おかしいわね、今度もまたいけそうと思ったのに……?」
やはり納得した様子はなく、キュルケは相変わらず首をひねっている。
タバサは少しだけ本から目を離し、何かを思い出すようにしながらポツリと漏らす。
「彼は……やめておいたほうがいいと思う」
「……どういうこと?」
キュルケがどんな相手と付き合おうと、何か問題が起きない限り基本的に放置するタバサにしては珍しく、
恋の相手に対するアドバイスめいたことを口にする。
キュルケとて、今までつきあってきた相手にはどうしようもない駄目男も存在する。
今になってみればなんであんなに熱をあげていたのかわからないという男がいるにはいたが、
たとえそんな男に対する恋心を吐露したときですら、タバサは何も言わなかった。
――無論、後腐れなく『力ずくで』別れる際に手伝うことは多々あるが。
「……」
問い返すキュルケに、タバサは答えない。
(根拠は言えないけれど、何か疑惑があるってところ?)
「まぁいいけど。貴女がそんなこと言うなんて珍しいし――あら?」
廊下から声が聞こえる、誰かが話ながら歩いているのだろう。
耳をすませば、「はやくしなさいよ」「待っておくれよ」とやや甲高い少女の声と、気の抜けた青年の声が聞こえる。
それが誰のものかはすぐにわかった。話題に上がっていた件の青年セイランと、彼の主人であるルイズだ。
「あの子たち何処かに出かけるみたいね。ま、今日は虚無の曜日だし、買い物にでも行くんだろうけど」
「……」
タバサは無言で本を閉じて立ち上がり、愛用の大きな杖を手にとってマントをつける。
今日は虚無の曜日。タバサが最も好む静かな休日に、自ら外出しようとするのは非常に珍しいことだ。
「出かけるの?」
「追う」
「追うって! ルイズたちを?」
驚いて問いかけるキュルケに、タバサはあっさりと答える。
「この間の助太刀に続いて妙な『雪風』の吹き回しねえ? なんだってあの平民くんをそんなに気にするの?」
「……」
タバサは押し黙る。
キュルケには、それは自分に言う必要が無いという沈黙ではなく、
言うことによってキュルケを厄介ごとに巻き込まないようにするための配慮の沈黙であることはわかった。
そんな友人の気遣いは水臭いと思わなくも無いが、
それを指摘することでわざわざ友人の思いやりを無為にすることもない。
いざというときに、自分が何も言わず手を貸せばいいだけの話だ。
そう考え、キュルケはわざと調子付いたようにふざけた言葉を吐く。
「あ、ひょっとしてああいうのが貴女のタイプだとか?」
「違う」
そこだけははっきりと否定して、タバサは部屋から出て行った。
友人の背中を見送って、キュルケは届かない声をかける。
「……あんまり危ないことしちゃ駄目よ、タバサ?」
*
「あんたも物好きね。よりにもよってそんなボロ剣にするなんて」
武器屋から出て、開口一番にルイズは呆れたように言った。
ルイズにボロ剣呼ばわりされたそれ――静嵐の背に背負われている錆びた剣はカタカタと鍔を鳴らしながら文句を言う。
『うるせえぞ娘っ子。今はこんなナリをしちゃいるが、このデルフリンガー様ほど役に立つ剣なんてこの世にありゃしねえんだ』
剣から聞こえるのは男の声だ。
デルフリンガーと名乗るこの剣は、魔法により人格を与えられた『インテリジェンスソード』なのである。
「おまけに五月蝿いったらありゃしない。剣が喋ってんじゃないわよ」
「酷いこと言うなぁ」
静嵐は苦笑いを浮かべる。彼もまた、デルフリンガーと同じように意思を持った武器だ。
今は青年の姿をしているが、その本性は刀なのである。
もっとも彼の場合は、魔法の力ではなく異世界の『仙術』と呼ばれる力によって作られた道具、『宝貝』であるのだが。
「そんな錆び錆びでどう役に立つっていうのよ。包丁のほうがマシじゃない」
『なんだと! 俺が如何に役立つというとだな! それは――』
ルイズの失礼な物言いに、デルフリンガーは勢い込んで反論しようとするが、
途中で自分がどう役に立つのか忘れてしまったことに気づく。
『……忘れた』
肩をすくめ、呆れたようにルイズは笑う。
「やっぱりただのボロ剣じゃない」
『~~っ』
悔しそうに歯噛みする――ような雰囲気を発するデルフリンガー。
しかし意外なところから反撃が飛んでくる。
「あのね、そういうルイズも人のこと言えないじゃないか。聞いたよ?
魔法が苦手で苦手で、上手く使えないから『ゼロのルイズ』っていう仇名がついてるそうじゃないか」
「!」
痛いところを突かれ、ルイズは立ち止まる。
「僕のことも欠陥欠陥っていうけどね。そんなご主人様に言われたくないなぁ、ねえ、ゼロのルイズ様」
「……」
調子に乗った静嵐の物言いに、ルイズは無言で杖を取り出す。
『おい、やべえぞ』
「え?」
「こここ、このバカ剣は。ごごごご主人様になんて口の聞き方するのかしら! 反省が、は、反省が必要ね」
ようやく静嵐は自分が“また”地雷を踏んだことに気がついた。
どうやら『ゼロのルイズ』は彼女にとっては禁句らしいということを今さらながら静嵐は知った。
杖を振り上げたメイジを見て、街のものたちは慌ててその場から逃げていく。
あっという間に武器屋の前の裏路地からは、彼ら以外の人影はそこから消えてしまう。
「ごめんなさい」
こうなればひたすら平謝りするしかない。だが、ルイズは
「却下」
無慈悲にそう言い放ち、ファイヤーボールの呪文を唱えようとして――失敗した。
どかんと小規模ではあるが強力な爆発が静嵐を襲い、静嵐を吹っ飛ばす。
「……先に門の外に行ってるから。あんたは頭を冷やしてから来なさい。いいわね!」
失敗の影響か、ルイズ自身も服や髪に焼け焦げを作った状態だ。
しかしそんなことは意に介そうとはせず「魔法は失敗していない!」というオーラを全身から発しながら、
ルイズは一人裏路地をずんずんと歩いていく。
『まぁ、なんだ。これからよろしくな、相棒――それで相棒、俺からの最初のお願いだ。
俺を背負ってる時は口の利き方ってやつをちょっとは考えてくれ』
「……うん」
ボロボロになった静嵐はかろうじてうなずくことだけができた。
*
「ああもう!なんだって私がこんなことしなくちゃならないのよ!」
そう悪態をつきながら、通りを一人の女性が歩いている。
彼女が歩いているのはブルドンネ通り。先ほどまで静嵐たちがいた裏路地とは違う、トリスタニア一の大通りだ。
小脇に本を抱え、怒りに満ちた様子で肩をいからせて歩いている彼女は驚くほどの美人であった。
豪奢な金髪を背中に揺らし、質素ではあるが非常に質と品がいい服に身を包む。
年のころは二十代後半。顔立ちは整っていて、百人中百人が美女だと言うだろう。
その目は少々釣り長な上に眼鏡をかけているせいで、ややキツい印象を与えるが、
全体に漂う高貴な雰囲気には逆にマッチしている。
それなりの見る目がある者ならば、一目で彼女は只者ではないとわかるだろう。
「資料なら学院にだってあるでしょうに。なんだってわざわざ王宮まで取りに行かなきゃならないんだか!」
苛立つその口ぶりに淀みは無く、言葉の端々から知性の輝きを感じる。
それもそのはず、彼女はトリステインの魔法研究所「アカデミー」の研究員であるのだ。
先日、彼女が勤めるアカデミーに、魔法学院から一つの研究依頼が届いた。
それは魔法学院の学院長直々の依頼で、内容は
「ワシんとこの教師の一人が変なルーンの使い魔を見たって言うんだけどさ、ちょっと調べてくんない?」
という非常にふざけたものであった。
しかしどういう手管を使ったのか、その学院長の依頼は正式なもののとして処理されることになり、
研究員の一人である彼女はその仕事に回されたのだった。
仕事を任された以上、生真面目な彼女はその仕事を完璧にこなそうとし、資料を捜し求めた。
そしてある一冊の書物が必要になったのだが、その書物は王宮の書庫にしかないという。
王宮の書庫ともなれば小者を遣わして「ちょいとお借りしますよ」というわけにもいかず、
研究員の一人であり、それなりに地位の高いとある貴族の出自である彼女の出番となったのだ。
内容のわりにやたらと手間のかかる煩雑な王宮での手続きを済ませ、やっと書物を借り受けたのだが、
そこで少々「不快な出来事」が起こり、彼女はこうして肩をいからせながらブルドンネ通りを歩いているのだった。
「きゃっ!?」
歩いていた彼女に、通行人の一人がぶつかる。
ぶつかった勢いで彼女は地面に倒れこんでしまう。
帽子を目深に被った汚らしい格好の一人の平民の男である
「……」
男はぶつかった彼女に一瞥をくれ、何も言わずに駆け出す。
「待ちなさい!」
無礼以前に公衆道徳が出来ていないその男を呼び止めようとするが。
男は人ごみでごった返すブルドンネ通りを慣れた様子ですいすいと走り去っていく。
「まったく! 最近の男は……あら?」
立ち上がった彼女は、自分が持っていたはずの本が手元に無いことに気づく。
落したのかと辺りを見回すが、それらしき物は無い。
ふと走り去る男の後姿を見れば、その手に本らしきものを持っていることがわかる。
となれば、答えは簡単だ。
「泥棒!」
*
「参ったなぁ。ここはどこだろう?」
ルイズと別れて小一時間ほど経った頃、静嵐たちは未だに町を彷徨っていた。
ルイズは先に門へと行っていると言ったが、初めて来た街の裏路地に放置されてはそうそうたどり着けるものではない。
背中のデルフリンガーが呆れたような声を挙げる。
『やれやれ。新しい相棒との初仕事が人探しとはな。おっと相棒、そっちじゃないぜ』
「え。そう?」
別の通りに抜けようとしていた静嵐をデルフリンガーは呼びとめる。
『相棒たちは東門から入ってきたんだろ? じゃあ逆方向じゃねえか』
「ああ、そうか。よくわかるね。デルフ」
来る時通った道もわかっていない静嵐は素直に感心する。
『……なんでわかんないのかが俺には不思議だぜ、相棒……ん?』
背中のデルフリンガーが何かに気づく。
通りの向こうから急いで走ってくる男が見える。男はろくに前も見ず、
ただひたすら何かから逃げるように走りこんでいる。このままでは静嵐とぶつかるだろう。
『相棒! 右に避けろ!』
「え? こっち?」
流石武器の宝貝、急な指示に対しても即座に反応する。だが、
『馬鹿! 俺から見て右だ!』
剣に右も左もないが、感覚としては後ろを向いて背中合わせになっているつもりだったデルフリンガーと、
前を見ている静嵐とでは当然左右が逆になる。
静嵐は男を避けようとして反対にその男の進路に割り込んでしまった。
「!」
「うわっ」
男が静嵐の無闇に長い足にひっかかり転倒し、静嵐はそんな男の下敷きとなってしまう。
「くっ……」
男は急いで起き上がり、自分の手荷物を探そうとするが見当たらない。
遠くからは「泥棒!」という声が聞こえる。
男は一瞬悔しげな顔をしてから、何も持たず先ほど以上の速さで走り去っていく。
「ああ痛いなぁ、もう。ん、何これ?」
男が立ち去り、静嵐もようやく膝立ちに起き上がる。
起き上がった静嵐の腹の下に、何かがある。一冊の分厚い紙の束だ。
『本みてーだな』
「みたいだね。さっきの人のかな?」
「私のよ」
突然聞こえた声に振り向けば、息を切らせた一人の女が立っていた。
メガネをかけた金髪の美女だった。
「えっと、この本は貴方のですか?」
本の埃を払う。この世界の言語を知らない静嵐には、その本に何と書いてあるかはわからない。
「ええ、あの盗人に奪われたのよ。あなたがぶつかってくれたおかげで取り戻せたようね」
盗人。さきほどの男はこの女性からこの本を盗んだのだろう。
なるほど、それであんなにも急いでいたのか、と静嵐は納得する。
「はぁ。そりゃ何よりで。僕もぶつかった甲斐がありましたよ。ではこれで――」
何はともあれ問題は解決した、と静嵐はその場を立ち去ろうとする。
だが女性はそんな静嵐の襟首を掴み引き止める。
「待ちなさい」
武器の宝貝とは思えないほどの無抵抗さで、
母猫に首を咥えられた猫のような格好になりながら静嵐は問う。
「何か用ですか? 僕はこれからちょっと人を探さないといけないんですが」
早くルイズを探さなければ、待たせてしまうと彼女を怒らせることとなる。
だが女はこともなげに言う。
「折れたのよ」
「折れた?」
何が折れたのかわからない静嵐は、女の全身を頭の先からつま先まで見渡す。
刀の宝貝としての観察眼を無駄に発揮して、『折れた』ものを探す。
骨ではない、メガネの蔓でもない……奇妙な意匠の靴、左右で踵の形が違う。これか。
「ああ、靴の踵ですか。それで?」
それが折れたと言われても、だからどうしろというのだろう。自分に修理できるものでもない。
「肩を貸しなさい」
「僕が?」
「他に誰がいるの」
肩を貸せ、というのはわかる。あのままでは歩きにくいであろうし、
だからといって靴を脱いで歩くわけにもいかない。
ただ、何故自分がそうしなければならないのかわからない。
「いえあの、さっきも言いましたが僕は人を探さないといけないんですがね」
「後にしなさい」
ピシャリと反論を許さず、ただ自分の要求だけを告げる。
その、横柄でありながらそれを当然であると言わんばかりの態度に、
ああ、この人も貴族なんだな。と静嵐は推測。
「平民の分際でこの私の言うことが聞けないの? 西門まででいいわ。そこに馬車を待たせてあるから」
案の定、こちらを平民扱いしての物言いだった。
平民どころか人間ですらない静嵐には、的外れなものでしかないのだが。
それをいちいち説明するのも面倒であるし、説明したところでわからないだろう。
静嵐はあきらめて、彼女を送り届けることにする。こうして話していても埒は明かない。
ならばさっさと用事を済ませるに限ると判断したのだ。
そこで断固として断るという選択肢が存在しないのもまた静嵐らしいことであった。
「ねえデルフ、西門ってさ」
『まぁ普通に考えて東門の逆だな。娘っ子が待ってるとしたらそっちじゃないだろうよ』
「だよね……。はぁ、最近こういうの多いなぁ、僕」
貴族に呼び出され、貴族に決闘を申し込まれと、最近どうにも貴族づいている。
ぼやく静嵐に対し、イライラと女性は怒鳴りつける。
「何ぶつくさ言っているの! いいから早くしなさい!」
「はいはい。わかりましたよ」
「安心なさい。後でちゃんとお礼はするわ。貴方、名前は?」
命令しておいて後でお礼というのも変な話だと思うが、さすがに静嵐であってもそれを指摘するのは躊躇われた。
そんなことをすれば彼女は烈火のごとく怒るであろうことは想像に難くない。
「静嵐刀、まぁ静嵐と呼んで下さい。――それで、ええと、貴女のお名前は?」
静嵐が問うと、彼女は貴族らしい優美な姿勢で名乗る。
「エレオノール、エレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエールよ」
そう言って女性、エレオノールはどこかの誰かによく似た強気な笑みを浮かべた
*
エレオノールに肩を貸し、静嵐たちは並んでトリスタニアの通りを歩いていく。
エレオノールの身長は女性にしてはやや高いほうであるが、
静嵐はそれよりもさらに長身であるため並んで歩いていてもなんら見劣りすることはなかった。
しかしその静嵐の表情は無意味にニコニコとしていて、屈託の無さを通り越した無防備さがある。
それが苛立ちを隠せないエレオノールの表情とはなんとも不釣合いであった。
静嵐に会ってから、正確には静嵐に会う前からエレオノールは何かに怒っているようで、どうにも話しかけづらい雰囲気がある。
巻き込まれては御免とばかりに、デルフリンガーは口を噤んで『ただの剣』のふりをしている。
その険悪な空気に耐え切れず、静嵐はなんとか口を開く。
「あのー、なんだかすごくご機嫌が悪いようですが何かおありで?」
エレオノールは立ち止まり、じろり、と静嵐を睨む。
「いえ、ほら、話せば気がまぎれるということもあるんじゃないかと」
静嵐の弁明に、エレオノール数秒間そうして睨み続けたが、「はぁ」と溜息をついて再び歩きだす。
「……王妃殿下に会ったのよ」
そう切り出したエレオノールは怒り交じりの暗い表情である。
どこともわからない男相手にだが、話せば少しは気がまぎれるというのには納得できたのだろう。
しかし、王妃殿下とは。
静嵐にこの国の事情はよくわからないが、王妃ともなればそれなりの地位の人物のはずで、
たとえ貴族であってもそうおいそれとは会えはしないのではないかと思ったのだ。
静嵐がそう指摘するでもなく、エレオノールは言葉を続ける。
「我が家――ヴァリエール家は王家とも縁があって、そのおかげで親しくさせていただいているの。
……それで今日たまたま王宮に用事が会って出かけたら、偶然王妃殿下にお会いしてこう言われたのよ」
「……なんとおっしゃったんですか?」
なんとなく聞くべきではないという気はするのだが、静嵐はつい聞いてしまう。
「『あらエレオノールではなくて! まあまあまあ久しぶり! お母様は元気?
妹のカトレアのお体の具合は平気かしら? 末のあの子に会えなくてアンリエッタも寂しそうですわ』」
拍子抜けする。どんなドロドロとした会話をしたのかと思えば、
普通の、親しい人間に久しぶりに出会った時にするような会話ではないかと静嵐は思った。
だがエレオノールはこう付け加える。
「『それで貴女は……ご結婚はまだなのかしら?』」
「……」
結婚。人間世界とは隔絶された場所である仙界で造られ、
封印のつづらの中で数百年以上の時を過ごしてきた静嵐であるが、
その『結婚』という言葉が女性にとってどれだけ大きな比重を占めているかは知っていた。
これは不味いことになったぞ。
静嵐は焦る。普段は言わなくてもいいことを言ってしまう性分であるが、
さすがにこの話題に触れることはよろしくない事態を招くということは容易に予想できた。
しかし、そもそもそこに至るまでが不用意と不注意の連続であったことには気づいていない。
エレオノールは言葉を続ける。
その肩は何かを我慢するように小刻みに震え、顔は表情が伺えないほど俯く。
「『アンリエッタもね、詳しくは言えないのだけれど近々縁談の予定があってね。
やはり結婚というのは女性の幸せと言えるものですわ。オホホホホ』」
たぶんそれは、一字一句間違えていないだろう。
幸か不幸かそんなことまでも記憶してしまうだけの知力が彼女には備わっているのだ。
「なーにが女の幸せよ! 結婚してない女が不幸せだとでも言うんかーい!」
「! く、苦しい!」
そう叫び、エレオノールは静嵐の首を掴みギリギリと締め上げる。
げに恐ろしきは怒れる女。武器の宝貝に致命傷を与えかねない力の入りようである。
たぶんその王妃殿下というのには悪気はなかったのだろう。
ただ、知り合いの女性がいつまでも独身であることを疑問に思っただけなのだ
ふっと力が抜け、静嵐の戒めは解かれる。だがその手は未だ静嵐の首にかかったままだ。
いつまた首が絞められるものかわからない静嵐はたまったものではない。
「私だってねえ、婚約もしてたのよ……」
それまでとは打って変わって、か細い声でエレオノールは言う。
この機を逃す静嵐ではない。神速の斬撃にも似た速さで言い繕う。
「婚約ですって? そ、それはけっこうなことじゃないですか!」
「解消されたのよ」
「……」
なんとも気まずい。エレオノールは陰鬱な表情で笑う。
「笑ってしまうわよ、結婚目前にして突然の婚約破棄。その理由ときたら『君のそのキツい性格にはもう耐えられない』ですって?
そうね、そうよね。どうせ私はキツい女よ。女だてらにアカデミーの研究員なんぞやってればキツくもなるわよ!」
「はぁ」
だがそう言っても正直言ってピンと来ない。
静嵐にとって「キツい性格の女」と言えば、
たとえば「なんとなくムシャクシャしてたから」とか言って理不尽に自分を殴りつけてくる刀の宝貝や、
笑いながら普通では考えられもしないような無茶をやらかす静嵐の創造主などであるのだ。
それに比べればエレオノールなど、怒る理由に筋が通っているだけまだましであると言える。
(つまり彼女はどうってことのない自分の性格に問題があると思い込んでる、いうことだな)
だから静嵐は、素直にそれを否定してやる事にした。
「僕は別にそうは思いませんけどねえ」
「え?」
静嵐の意外な言葉に驚くエレオノール。
「だから、エレオノールさんは特別に「キツい性格」をしているとは思わないな、と」
「そ、そうかしら?」
にわかには信じられない、という様子でエレオノールは問い返す。
静嵐は深く考えることもなく、自分の感想を言う。
「まぁ、他の人はどうか知りませんけど。少なくとも僕は別に気にならないかな。
むしろ、どちらかと言えば『可愛い』もんだと思いますよ」
「!」
静嵐の言葉に、何故かエレオノールはきょろきょろと辺りを見回したり、髪を手で撫で付けたり、
意味も無くメガネの位置を直したりと落ち着きの無い挙動不審な行動を取り出す。
静嵐はその様子に、ひょっとして自分は何か失礼を働いたのではないかと考える。
「あ、貴族様に可愛いなんて言っちゃ失礼かな?」
「そ、そうよ。失礼だわ、ええ、とてつもなくし、失礼だわ!」
「申し訳ないです。気に障ったんなら謝ります」
「べ、別にあ、謝るほどのことでもな、ないわ」
「はぁ。そうですか」
「そ、そうよ!」
*
エレオノールは内心かなり動揺している。
まさか否定されるとも思わなかったのだ。
認めたくは無いが自分は「キツい女」であり、それは男にとって喜ばれる性格ではない。
その程度には、彼女は自分自身のことを把握している。
しているのだが……何か苛立つことがあったとき、自分でも感情を制御できないのだ。
それは明らかに自分の欠点であると言えるだろう。
にも関らず、この目の前の男、静嵐はそれを否定した。
それがエレオノールには信じられなかったのである。
しかも、否定するだけならばともかく、それに加えてそれを「可愛い」などと評すのは、
まったくもってエレオノールの想像の埒外であったのだ。
(何を気にしているのかしら私は……。ただの平民の世辞にすぎないのに)
そう思っても、何故かこの鈍臭そうな平民のことが気にかかるのだ。
それもそのはず、エレオノールは美人だ有能だと世辞を言われたことはあっても、
ただただ素直に「可愛い」などと言われたことなどありはしなかったのだ。
「と、ところで貴方、ちょっと見ない格好だけど。どこから来たのかしら?」
内心の動揺を隠す為、当たり障りの無い話題を振る。
このセイランという男、どうにも見たことの無い格好をしている。
ただの袖つきの濃紺の外套、といえばそれまでだが、どことなく軍人の訓練着のようにも見える。
しかもそれは、セイランにとってはとても着慣れたもののようで、一種普段着のような気軽さが感じられる。
エレオノールの問い、セイランは困ったような顔をして鼻をかく。
「ええと、どう言えばいいのかな? すごく遠くからなんですが」
遠くとはまた曖昧な答えだ。自分の住んでる場所もわからないような辺境からきたのだろうか。
そうであれば、この奇妙な格好もうなずける。
そして、これほどまでに文化形態の異なる場所といって思いつく場所と言えば。
「……ひょっとしてロバ・アル・カリイエかしら?」
「驢馬……なんですか?」
「驢馬じゃなくて、ロバ・アル・カリイエ。ここトリステインよりずっと東、エルフの治める地よりもさらに向こうにある場所よ」
東、という言葉にセイランは微妙に反応する。
「そこかも知れませんねえ。ちょっとわかんないですけど」
人間と対立している種族であるエルフの地を越えた先にある、
ロバ・アル・カリイエからどうやって来たのかはわからないが、
この男の何処か浮世離れしたところはトリステイン人などのそれではない。
どうやらそれで正解かもしれない、とエレオノールは納得した。
「ロバ・アル・カリイエね……あら?」
エレオノールはセイランの左手に見慣れない刻印があることに気づく。
使い魔のルーンに見えなくも無いが、まさか平民を使い魔にするような『常識知らず』なメイジがいるはずもない。
「これが何か?」
「どこかで見かけたような気がして……なんだったかしら?」
「?」
無論のことセイランがそれをわかるわけもなく、エレオノール自身もどうしてもそれを思い出すことができずに諦める。
ただ妙に、どこかでそれを見かけたような気がして、何故か気にかかり続けていた。
*
そしてようやくのことで静嵐たちは西門にたどり着いた。
夕刻。すでに日も暮れようとしている。
門の外に出たとき、静嵐たちの前に、一匹の青き竜が降り立つ。
タバサの使い魔の竜であった。
竜の上からタバサは問う。その顔は何故か不機嫌そうである。
まるで探し物をしていたが見つからず、そうかと思えば突飛なところからいきなり出てきたかのように。
「何してるの」
「あ、タバサ。ちょうどよかった、ルイズを見かけなかったかい?」
「東門。貴方を待ってた」
『ほれみろ、やっぱりあっちだったじゃねえか』
「あっちだったねえ。ま、しょうがないよ、エレオノールさんを送ってたんだし」
突如現れた竜に少々面食らいながらも、エレオノールは静嵐に聞く。
「知り合いなの? セイラン」
「ええ、僕の主人の学友とでもいいましょうか。ま、知り合いです」
静嵐自身もどう言えばいいのかわからないため、かなり曖昧な説明であるが、
エレオノールも納得はしたようである。
エレオノールはタバサに向き直り、しげしげと彼女を観察し、その服装が魔法学院のものであることに気づく。
「貴女、その格好は魔法学院の生徒ね。私の妹の……いえ、いいわ」
「?」
何かを聞こうとして止める。まるで何か恥ずかしいものを聞いてしまいそうになったかのように。
問われかけたタバサはわけもわからず首をかしげる。
と、静嵐は遠くに止まっている馬車に気づく。
「おや? あれがエレオノールさんの家の馬車ですか?」
「え? ……ああ、そうみたいね」
使用人らしき男がエレオノールの姿を認め、走りよってくる。
「それじゃあここでお別れですね」
「そう、なるわね……」
何故か妙に名残惜しそうにエレオノールはちらちらと静嵐のほうを気にする。
「お礼のほうは後日魔法学院にでも貴方宛で届けさせるわ」
「いえそんな、お構いなく」
ルイズを探している途中で邪魔をされ、迷惑をこうむったといえばそれまでだが、
礼をされるほどのことをしたかというとそうでもない。
「そういうわけにはいかないわ。借りを作ればきちんと返す。それが貴族の義務よ」
「気にしないでいいですよ。僕とエレオノールさんの仲ではないですか」
肩を貸したくらいで仲も何もあったものではないが、何故かその言葉にエレオノールはうろたえる。
「な、仲だなんて! ばば、馬鹿なことを言わないで頂戴!」
どもりつつも、そう怒鳴り。エレオノールはずんずんと馬車のほうに歩いていく。
その後姿に誰かに通じるものを感じつつ、静嵐はのん気に手を振る。
さてまた東門まで行かなければならない、と思ったが。
タバサが親切にも「東門まで送る」といい、竜の上に乗せてくれた。
静嵐とタバサを乗せた竜――タバサはシルフィードと呼んでいる――は大きくはばたき、宙に浮かび上がる。
馬車のほうに向かって歩くエレオノールの姿が小さくなっていく。
と、やおらエレオノールは立ち止まり。振り返って静嵐を仰ぎ見る。
「セイラン!」
「はいー!?」
もうかなり距離が開きつつある。大声で彼を呼ぶエレオノールに対し、静嵐もまた大声で返事をする。
エレオノールは小さく手を振り、まるで「可愛い女の子」のように微笑んで言う。
「今日はありがとう! また、機会があったら会いましょう!」
一瞬その笑みの理由がわからなかったが、とにかくそのように好意的に別れの挨拶をしてくれるのだ。
きちんと挨拶を返さなければならない。
「? ……ええ、縁があればまた!」
それは静嵐にしてみればまったくの社交辞令的挨拶であったが、
何故かエレオノールは満足げに笑った。
怒り顔が多かった彼女にしては珍しい、花のような笑みであった。
*
トリスタニア上空に飛び上がったシルフィードの上で、静嵐は呟く。
「それにしても」
「?」
タバサが首をかしげる。
「ヴァリエールって名前の人は多いんだね、この国には」
最後まで彼女がルイズの関係者だということに気づくことはなかった。
*
西門から折り返すようにして東門の前に降り立った時、そこには一頭の馬に傍らに立つルイズの姿があった。
その表情は先ほどのエレオノールのように苛立ちに染まっていた。
「セーイーラーン!」
「わ、ルイズ!」
「ご主人様を待たせるなんて、あんたそれでも使い魔なの!?」
「ご、ごめんよ。ちょっと人助けをしていたものだから」
人助け。という単語に訝しげな表情を浮かべるルイズ。
どうやら静嵐が人助けをするような――正確に言うなら、人助けをできるような人物には見えていないようだ。
ヘラヘラと笑って平謝りする静嵐に気勢をそがれたのか、
はぁ、と溜息を一つついて、ルイズは言う。
「……まぁいいわ。さっさと帰るわよ」
「うん。――ええと、あの。僕の馬は?」
今朝方静嵐が乗ってきたはずの馬がいない。居るのはルイズが乗ってきた一頭だけだ。
静嵐は無論のこと馬術も得意であるように造られている。馬術は武術にも通じる。
ただ、本人の気質のせいか静嵐は馬に舐められやすく、よく振り落とされるのであるが。
「無いわよ。先に学園に返したわ。使いの者がやってきて、急に馬が必要になったからって」
「ええ!? じゃあ僕はどうやって帰ればいいのさ!」
「ボロ剣は馬にくくりつけて、あんた自身は剣の姿に戻りなさいよ。私自らが運んであげるわ」
ルイズの意外な言葉に驚く。
「え? でも、いいのかい? 帯剣するのは嫌なんじゃないの?」
「あんた一人にしとくと危なっかしいのよ! いいからさっさとやりなさい」
どうやら道に迷って、人助けをして待ち合わせに遅れたことを怒っているようだった。
知らない街に置き去りにされた以上、遅れたのは不可抗力だと反論したかったが、
それはそれでまた彼女の怒りを買うであろうことは目に見えている。
とにかく、これ以上雷が落ちないうちに帰るのが得策だと静嵐は判断した。
「わかったよ。それじゃあ帰ろうか」
爆煙を上げ、静嵐は己の本性、刀の姿へと変わる。
*
そんな彼らを、はるか上空から観察している者が居た。
シルフィードに乗ったタバサである。
タバサは目を凝らし、静嵐とルイズの口の動きを読む。
(「あんたは剣の姿に戻りなさい」「え? でも、いいのかい?」……剣の姿?)
不可解な単語が出る。『剣の姿』に『戻る』とはどういう意味だろう?
首をかしげるタバサに、彼女の使い魔が語りかける。
「きゅいきゅい! お姉さま! もう御用事はお済みになったの?」
「まだ」
「ならさっさと終わらせて帰りましょう。お腹空いたの!」
「もうちょっと待って」
流暢に人語を操るシルフィード。
風竜だと思われたそれは、喪われたと言われている伝説の幻獣、『韻竜』なのである。
幼子のように喚きたてる彼女の使い魔を適当にあしらい、タバサはじっと静嵐たちを見つめる。
何やら言い合っていたようであるが、どうやら話は済んだようである。
静嵐は背中の剣を馬にくくりつけ、ルイズは馬にまたがる。そして静嵐自身は――
「……!」
「あの平民の男の子、剣になっちゃった!」
これには流石のタバサもシルフィードも驚く。ただの青年が、一振りの剣に変化したのだ。
馬上のルイズはその剣をひっつかみ、そのまま馬で学院のほうへと走り去っていく。
「すごいわ! どんな魔法を使ったのかしら!」
インテリジェンスソードのように知能を持った武器というのはたしかに存在するし、
一部の魔導具の中には人間に擬態する機能を持ったものもある。
だが、あのように『生きた人間』が『剣』に変身するなど、タバサは聞いたことも無い。
そんなことが並の魔法や魔導具で可能だろうか?
しかし、これで確信が持てた。
無言で、タバサは杖を握り締める。
「やはり、彼は、彼こそは……」
自分が探していた存在。自分の目的を達成する為の『鍵』なのだろうか? だとすれば、自分は……
その瞳には悲壮な決意の色が浮かぶ。
「『あれ』をなんとしてでも手に入れなければ……」
(続く)
#center(){
[[前頁>零魔娘々追宝録 3]] < [[目次>零魔娘々追宝録]] > [[次頁>零魔娘々追宝録 5]]
}
トリステインの都にて入手した剣
『デルフリンガー』
を背負った静嵐刀
彼とともに歩く
『ヴァリエールの女』
とはいかに?
「武器が欲しい?」
ギーシュとの決闘から数日後のある日。
静嵐は思うところがあり、ルイズに願い出た。
「この前の一件もあって思ったんだけどさ、やっぱり何か手持ちの武器がないとこの姿じゃ戦い辛いんだよ」
「あんた自分自身が剣なんでしょ。それでも武器が必要なの?」
ルイズの疑問はもっともだろうと静嵐は思った。
人間の姿に変身できるとは言え、剣自身が武器を欲しがるとはおかしな話だった。
ただ、それはあくまで自分を「武器」として使う場合の話だ。
「そりゃあね。あるのと無いのでは大違いだよ。武器があればそれだけ攻撃の幅も広がるし。
まぁ、何かあった時ルイズが刀に戻った僕を使って戦ってくれるって言うなら話は別だけどさ」
もしこの間のときのように、ルイズが静嵐を扱うことのできない状況で、
彼女自身を守らねばならない時がきたら、武器がないというのはいかにも心細い。
「それじゃ使い魔の意味が無いじゃない」
そうなのだ。使い魔というのはあくまでも主人の『魔法』を支援する存在であり、
その仕事には柔軟さが求められ、単純な護衛などとはまた違うのである。
静嵐の、「武器の宝貝」という特性を最も生かせる仕事は『戦闘』であるが、
使い魔はただ敵を倒せばいいというわけではないのだ。あくまでもルイズの補佐が仕事なのである。
ルイズはしばし思案するような顔を見せたが、決心したように顔を上げる。
「……ま、この間のことであんたもちょっとは使えそうだってわかったし。
今回だけは特別におねだりを聞いてあげるわ。そうね、明日はちょうど虚無の曜日だし、買い物に行きましょ」
*
キュルケはセイランという青年のことを考えてみた。
魔法の使えない、ゼロのルイズが召喚した使い魔。
最初はただの変わった格好をした凡夫だと思ったが、ギーシュとの決闘という大事件においては、
青銅製のゴーレム七体相手に堂々の立ち回りを見せ、平民でありながら見事貴族に勝利をしている。
キュルケにとって男の評価といえば「好意に値するか否か」であり、貴族か平民かなどは関係ない。
好きになってしまえば相手の身分など関係ないのである。
その点で言えばセイランは『平民でありながら貴族に勝利するほどの力の持ち主』
であり、『それでいて偉ぶった生意気なところのない好青年』と言えるだろう。
十分キュルケの『好み』に当てはまる。
だというのに。
「なーんか興味が沸かないのよねえ……」
それはキュルケにしては不思議であった。
これほどの好条件が揃った相手に「恋」をしないなど、キュルケならばありえないことであり。
彼女の二つ名「微熱」にはなんとも似つかわしくないことだ。
そんなキュルケの疑問を、彼女の友人である雪風のタバサはあっさりと切って捨てる。
「それが普通」
キュルケはいつものように、日がな一日本を読んでいるタバサのもとに押しかけ、
大声で自分自身に対する疑問を並べ立てていたのである。
それは本来、本を読む際の静寂と安寧を何よりも重視するタバサにとっては雑音以外の何物でもないが、
これさえなければ気のいい無二の親友を追い出すわけにもいかず、こうして適当に返事をしているのであった。
「それはそうだけどさぁ! おかしいわね、今度もまたいけそうと思ったのに……?」
やはり納得した様子はなく、キュルケは相変わらず首をひねっている。
タバサは少しだけ本から目を離し、何かを思い出すようにしながらポツリと漏らす。
「彼は……やめておいたほうがいいと思う」
「……どういうこと?」
キュルケがどんな相手と付き合おうと、何か問題が起きない限り基本的に放置するタバサにしては珍しく、
恋の相手に対するアドバイスめいたことを口にする。
キュルケとて、今までつきあってきた相手にはどうしようもない駄目男も存在する。
今になってみればなんであんなに熱をあげていたのかわからないという男がいるにはいたが、
たとえそんな男に対する恋心を吐露したときですら、タバサは何も言わなかった。
――無論、後腐れなく『力ずくで』別れる際に手伝うことは多々あるが。
「……」
問い返すキュルケに、タバサは答えない。
(根拠は言えないけれど、何か疑惑があるってところ?)
「まぁいいけど。貴女がそんなこと言うなんて珍しいし――あら?」
廊下から声が聞こえる、誰かが話ながら歩いているのだろう。
耳をすませば、「はやくしなさいよ」「待っておくれよ」とやや甲高い少女の声と、気の抜けた青年の声が聞こえる。
それが誰のものかはすぐにわかった。話題に上がっていた件の青年セイランと、彼の主人であるルイズだ。
「あの子たち何処かに出かけるみたいね。ま、今日は虚無の曜日だし、買い物にでも行くんだろうけど」
「……」
タバサは無言で本を閉じて立ち上がり、愛用の大きな杖を手にとってマントをつける。
今日は虚無の曜日。タバサが最も好む静かな休日に、自ら外出しようとするのは非常に珍しいことだ。
「出かけるの?」
「追う」
「追うって! ルイズたちを?」
驚いて問いかけるキュルケに、タバサはあっさりと答える。
「この間の助太刀に続いて妙な『雪風』の吹き回しねえ? なんだってあの平民くんをそんなに気にするの?」
「……」
タバサは押し黙る。
キュルケには、それは自分に言う必要が無いという沈黙ではなく、
言うことによってキュルケを厄介ごとに巻き込まないようにするための配慮の沈黙であることはわかった。
そんな友人の気遣いは水臭いと思わなくも無いが、
それを指摘することでわざわざ友人の思いやりを無為にすることもない。
いざというときに、自分が何も言わず手を貸せばいいだけの話だ。
そう考え、キュルケはわざと調子付いたようにふざけた言葉を吐く。
「あ、ひょっとしてああいうのが貴女のタイプだとか?」
「違う」
そこだけははっきりと否定して、タバサは部屋から出て行った。
友人の背中を見送って、キュルケは届かない声をかける。
「……あんまり危ないことしちゃ駄目よ、タバサ?」
*
「あんたも物好きね。よりにもよってそんなボロ剣にするなんて」
武器屋から出て、開口一番にルイズは呆れたように言った。
ルイズにボロ剣呼ばわりされたそれ――静嵐の背に背負われている錆びた剣はカタカタと鍔を鳴らしながら文句を言う。
『うるせえぞ娘っ子。今はこんなナリをしちゃいるが、このデルフリンガー様ほど役に立つ剣なんてこの世にありゃしねえんだ』
剣から聞こえるのは男の声だ。
デルフリンガーと名乗るこの剣は、魔法により人格を与えられた『インテリジェンスソード』なのである。
「おまけに五月蝿いったらありゃしない。剣が喋ってんじゃないわよ」
「酷いこと言うなぁ」
静嵐は苦笑いを浮かべる。彼もまた、デルフリンガーと同じように意思を持った武器だ。
今は青年の姿をしているが、その本性は刀なのである。
もっとも彼の場合は、魔法の力ではなく異世界の『仙術』と呼ばれる力によって作られた道具、『宝貝』であるのだが。
「そんな錆び錆びでどう役に立つっていうのよ。包丁のほうがマシじゃない」
『なんだと! 俺が如何に役立つというとだな! それは――』
ルイズの失礼な物言いに、デルフリンガーは勢い込んで反論しようとするが、
途中で自分がどう役に立つのか忘れてしまったことに気づく。
『……忘れた』
肩をすくめ、呆れたようにルイズは笑う。
「やっぱりただのボロ剣じゃない」
『~~っ』
悔しそうに歯噛みする――ような雰囲気を発するデルフリンガー。
しかし意外なところから反撃が飛んでくる。
「あのね、そういうルイズも人のこと言えないじゃないか。聞いたよ?
魔法が苦手で苦手で、上手く使えないから『ゼロのルイズ』っていう仇名がついてるそうじゃないか」
「!」
痛いところを突かれ、ルイズは立ち止まる。
「僕のことも欠陥欠陥っていうけどね。そんなご主人様に言われたくないなぁ、ねえ、ゼロのルイズ様」
「……」
調子に乗った静嵐の物言いに、ルイズは無言で杖を取り出す。
『おい、やべえぞ』
「え?」
「こここ、このバカ剣は。ごごごご主人様になんて口の聞き方するのかしら! 反省が、は、反省が必要ね」
ようやく静嵐は自分が“また”地雷を踏んだことに気がついた。
どうやら『ゼロのルイズ』は彼女にとっては禁句らしいということを今さらながら静嵐は知った。
杖を振り上げたメイジを見て、街のものたちは慌ててその場から逃げていく。
あっという間に武器屋の前の裏路地からは、彼ら以外の人影はそこから消えてしまう。
「ごめんなさい」
こうなればひたすら平謝りするしかない。だが、ルイズは
「却下」
無慈悲にそう言い放ち、ファイヤーボールの呪文を唱えようとして――失敗した。
どかんと小規模ではあるが強力な爆発が静嵐を襲い、静嵐を吹っ飛ばす。
「……先に門の外に行ってるから。あんたは頭を冷やしてから来なさい。いいわね!」
失敗の影響か、ルイズ自身も服や髪に焼け焦げを作った状態だ。
しかしそんなことは意に介そうとはせず「魔法は失敗していない!」というオーラを全身から発しながら、
ルイズは一人裏路地をずんずんと歩いていく。
『まぁ、なんだ。これからよろしくな、相棒――それで相棒、俺からの最初のお願いだ。
俺を背負ってる時は口の利き方ってやつをちょっとは考えてくれ』
「……うん」
ボロボロになった静嵐はかろうじてうなずくことだけができた。
*
「ああもう!なんだって私がこんなことしなくちゃならないのよ!」
そう悪態をつきながら、通りを一人の女性が歩いている。
彼女が歩いているのはブルドンネ通り。先ほどまで静嵐たちがいた裏路地とは違う、トリスタニア一の大通りだ。
小脇に本を抱え、怒りに満ちた様子で肩をいからせて歩いている彼女は驚くほどの美人であった。
豪奢な金髪を背中に揺らし、質素ではあるが非常に質と品がいい服に身を包む。
年のころは二十代後半。顔立ちは整っていて、百人中百人が美女だと言うだろう。
その目は少々釣り長な上に眼鏡をかけているせいで、ややキツい印象を与えるが、
全体に漂う高貴な雰囲気には逆にマッチしている。
それなりの見る目がある者ならば、一目で彼女は只者ではないとわかるだろう。
「資料なら学院にだってあるでしょうに。なんだってわざわざ王宮まで取りに行かなきゃならないんだか!」
苛立つその口ぶりに淀みは無く、言葉の端々から知性の輝きを感じる。
それもそのはず、彼女はトリステインの魔法研究所「アカデミー」の研究員であるのだ。
先日、彼女が勤めるアカデミーに、魔法学院から一つの研究依頼が届いた。
それは魔法学院の学院長直々の依頼で、内容は
「ワシんとこの教師の一人が変なルーンの使い魔を見たって言うんだけどさ、ちょっと調べてくんない?」
という非常にふざけたものであった。
しかしどういう手管を使ったのか、その学院長の依頼は正式なもののとして処理されることになり、
研究員の一人である彼女はその仕事に回されたのだった。
仕事を任された以上、生真面目な彼女はその仕事を完璧にこなそうとし、資料を捜し求めた。
そしてある一冊の書物が必要になったのだが、その書物は王宮の書庫にしかないという。
王宮の書庫ともなれば小者を遣わして「ちょいとお借りしますよ」というわけにもいかず、
研究員の一人であり、それなりに地位の高いとある貴族の出自である彼女の出番となったのだ。
内容のわりにやたらと手間のかかる煩雑な王宮での手続きを済ませ、やっと書物を借り受けたのだが、
そこで少々「不快な出来事」が起こり、彼女はこうして肩をいからせながらブルドンネ通りを歩いているのだった。
「きゃっ!?」
歩いていた彼女に、通行人の一人がぶつかる。
ぶつかった勢いで彼女は地面に倒れこんでしまう。
帽子を目深に被った汚らしい格好の一人の平民の男である
「……」
男はぶつかった彼女に一瞥をくれ、何も言わずに駆け出す。
「待ちなさい!」
無礼以前に公衆道徳が出来ていないその男を呼び止めようとするが。
男は人ごみでごった返すブルドンネ通りを慣れた様子ですいすいと走り去っていく。
「まったく! 最近の男は……あら?」
立ち上がった彼女は、自分が持っていたはずの本が手元に無いことに気づく。
落したのかと辺りを見回すが、それらしき物は無い。
ふと走り去る男の後姿を見れば、その手に本らしきものを持っていることがわかる。
となれば、答えは簡単だ。
「泥棒!」
*
「参ったなぁ。ここはどこだろう?」
ルイズと別れて小一時間ほど経った頃、静嵐たちは未だに町を彷徨っていた。
ルイズは先に門へと行っていると言ったが、初めて来た街の裏路地に放置されてはそうそうたどり着けるものではない。
背中のデルフリンガーが呆れたような声を挙げる。
『やれやれ。新しい相棒との初仕事が人探しとはな。おっと相棒、そっちじゃないぜ』
「え。そう?」
別の通りに抜けようとしていた静嵐をデルフリンガーは呼びとめる。
『相棒たちは東門から入ってきたんだろ? じゃあ逆方向じゃねえか』
「ああ、そうか。よくわかるね。デルフ」
来る時通った道もわかっていない静嵐は素直に感心する。
『……なんでわかんないのかが俺には不思議だぜ、相棒……ん?』
背中のデルフリンガーが何かに気づく。
通りの向こうから急いで走ってくる男が見える。男はろくに前も見ず、
ただひたすら何かから逃げるように走りこんでいる。このままでは静嵐とぶつかるだろう。
『相棒! 右に避けろ!』
「え? こっち?」
流石武器の宝貝、急な指示に対しても即座に反応する。だが、
『馬鹿! 俺から見て右だ!』
剣に右も左もないが、感覚としては後ろを向いて背中合わせになっているつもりだったデルフリンガーと、
前を見ている静嵐とでは当然左右が逆になる。
静嵐は男を避けようとして反対にその男の進路に割り込んでしまった。
「!」
「うわっ」
男が静嵐の無闇に長い足にひっかかり転倒し、静嵐はそんな男の下敷きとなってしまう。
「くっ……」
男は急いで起き上がり、自分の手荷物を探そうとするが見当たらない。
遠くからは「泥棒!」という声が聞こえる。
男は一瞬悔しげな顔をしてから、何も持たず先ほど以上の速さで走り去っていく。
「ああ痛いなぁ、もう。ん、何これ?」
男が立ち去り、静嵐もようやく膝立ちに起き上がる。
起き上がった静嵐の腹の下に、何かがある。一冊の分厚い紙の束だ。
『本みてーだな』
「みたいだね。さっきの人のかな?」
「私のよ」
突然聞こえた声に振り向けば、息を切らせた一人の女が立っていた。
メガネをかけた金髪の美女だった。
「えっと、この本は貴方のですか?」
本の埃を払う。この世界の言語を知らない静嵐には、その本に何と書いてあるかはわからない。
「ええ、あの盗人に奪われたのよ。あなたがぶつかってくれたおかげで取り戻せたようね」
盗人。さきほどの男はこの女性からこの本を盗んだのだろう。
なるほど、それであんなにも急いでいたのか、と静嵐は納得する。
「はぁ。そりゃ何よりで。僕もぶつかった甲斐がありましたよ。ではこれで――」
何はともあれ問題は解決した、と静嵐はその場を立ち去ろうとする。
だが女性はそんな静嵐の襟首を掴み引き止める。
「待ちなさい」
武器の宝貝とは思えないほどの無抵抗さで、
母猫に首を咥えられた猫のような格好になりながら静嵐は問う。
「何か用ですか? 僕はこれからちょっと人を探さないといけないんですが」
早くルイズを探さなければ、待たせてしまうと彼女を怒らせることとなる。
だが女はこともなげに言う。
「折れたのよ」
「折れた?」
何が折れたのかわからない静嵐は、女の全身を頭の先からつま先まで見渡す。
刀の宝貝としての観察眼を無駄に発揮して、『折れた』ものを探す。
骨ではない、メガネの蔓でもない……奇妙な意匠の靴、左右で踵の形が違う。これか。
「ああ、靴の踵ですか。それで?」
それが折れたと言われても、だからどうしろというのだろう。自分に修理できるものでもない。
「肩を貸しなさい」
「僕が?」
「他に誰がいるの」
肩を貸せ、というのはわかる。あのままでは歩きにくいであろうし、
だからといって靴を脱いで歩くわけにもいかない。
ただ、何故自分がそうしなければならないのかわからない。
「いえあの、さっきも言いましたが僕は人を探さないといけないんですがね」
「後にしなさい」
ピシャリと反論を許さず、ただ自分の要求だけを告げる。
その、横柄でありながらそれを当然であると言わんばかりの態度に、
ああ、この人も貴族なんだな。と静嵐は推測。
「平民の分際でこの私の言うことが聞けないの? 西門まででいいわ。そこに馬車を待たせてあるから」
案の定、こちらを平民扱いしての物言いだった。
平民どころか人間ですらない静嵐には、的外れなものでしかないのだが。
それをいちいち説明するのも面倒であるし、説明したところでわからないだろう。
静嵐はあきらめて、彼女を送り届けることにする。こうして話していても埒は明かない。
ならばさっさと用事を済ませるに限ると判断したのだ。
そこで断固として断るという選択肢が存在しないのもまた静嵐らしいことであった。
「ねえデルフ、西門ってさ」
『まぁ普通に考えて東門の逆だな。娘っ子が待ってるとしたらそっちじゃないだろうよ』
「だよね……。はぁ、最近こういうの多いなぁ、僕」
貴族に呼び出され、貴族に決闘を申し込まれと、最近どうにも貴族づいている。
ぼやく静嵐に対し、イライラと女性は怒鳴りつける。
「何ぶつくさ言っているの! いいから早くしなさい!」
「はいはい。わかりましたよ」
「安心なさい。後でちゃんとお礼はするわ。貴方、名前は?」
命令しておいて後でお礼というのも変な話だと思うが、さすがに静嵐であってもそれを指摘するのは躊躇われた。
そんなことをすれば彼女は烈火のごとく怒るであろうことは想像に難くない。
「静嵐刀、まぁ静嵐と呼んで下さい。――それで、ええと、貴女のお名前は?」
静嵐が問うと、彼女は貴族らしい優美な姿勢で名乗る。
「エレオノール、エレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエールよ」
そう言って女性、エレオノールはどこかの誰かによく似た強気な笑みを浮かべた
*
エレオノールに肩を貸し、静嵐たちは並んでトリスタニアの通りを歩いていく。
エレオノールの身長は女性にしてはやや高いほうであるが、
静嵐はそれよりもさらに長身であるため並んで歩いていてもなんら見劣りすることはなかった。
しかしその静嵐の表情は無意味にニコニコとしていて、屈託の無さを通り越した無防備さがある。
それが苛立ちを隠せないエレオノールの表情とはなんとも不釣合いであった。
静嵐に会ってから、正確には静嵐に会う前からエレオノールは何かに怒っているようで、どうにも話しかけづらい雰囲気がある。
巻き込まれては御免とばかりに、デルフリンガーは口を噤んで『ただの剣』のふりをしている。
その険悪な空気に耐え切れず、静嵐はなんとか口を開く。
「あのー、なんだかすごくご機嫌が悪いようですが何かおありで?」
エレオノールは立ち止まり、じろり、と静嵐を睨む。
「いえ、ほら、話せば気がまぎれるということもあるんじゃないかと」
静嵐の弁明に、エレオノール数秒間そうして睨み続けたが、「はぁ」と溜息をついて再び歩きだす。
「……王妃殿下に会ったのよ」
そう切り出したエレオノールは怒り交じりの暗い表情である。
どこともわからない男相手にだが、話せば少しは気がまぎれるというのには納得できたのだろう。
しかし、王妃殿下とは。
静嵐にこの国の事情はよくわからないが、王妃ともなればそれなりの地位の人物のはずで、
たとえ貴族であってもそうおいそれとは会えはしないのではないかと思ったのだ。
静嵐がそう指摘するでもなく、エレオノールは言葉を続ける。
「我が家――ヴァリエール家は王家とも縁があって、そのおかげで親しくさせていただいているの。
……それで今日たまたま王宮に用事が会って出かけたら、偶然王妃殿下にお会いしてこう言われたのよ」
「……なんとおっしゃったんですか?」
なんとなく聞くべきではないという気はするのだが、静嵐はつい聞いてしまう。
「『あらエレオノールではなくて! まあまあまあ久しぶり! お母様は元気?
妹のカトレアのお体の具合は平気かしら? 末のあの子に会えなくてアンリエッタも寂しそうですわ』」
拍子抜けする。どんなドロドロとした会話をしたのかと思えば、
普通の、親しい人間に久しぶりに出会った時にするような会話ではないかと静嵐は思った。
だがエレオノールはこう付け加える。
「『それで貴女は……ご結婚はまだなのかしら?』」
「……」
結婚。人間世界とは隔絶された場所である仙界で造られ、
封印のつづらの中で数百年以上の時を過ごしてきた静嵐であるが、
その『結婚』という言葉が女性にとってどれだけ大きな比重を占めているかは知っていた。
これは不味いことになったぞ。
静嵐は焦る。普段は言わなくてもいいことを言ってしまう性分であるが、
さすがにこの話題に触れることはよろしくない事態を招くということは容易に予想できた。
しかし、そもそもそこに至るまでが不用意と不注意の連続であったことには気づいていない。
エレオノールは言葉を続ける。
その肩は何かを我慢するように小刻みに震え、顔は表情が伺えないほど俯く。
「『アンリエッタもね、詳しくは言えないのだけれど近々縁談の予定があってね。
やはり結婚というのは女性の幸せと言えるものですわ。オホホホホ』」
たぶんそれは、一字一句間違えていないだろう。
幸か不幸かそんなことまでも記憶してしまうだけの知力が彼女には備わっているのだ。
「なーにが女の幸せよ! 結婚してない女が不幸せだとでも言うんかーい!」
「! く、苦しい!」
そう叫び、エレオノールは静嵐の首を掴みギリギリと締め上げる。
げに恐ろしきは怒れる女。武器の宝貝に致命傷を与えかねない力の入りようである。
たぶんその王妃殿下というのには悪気はなかったのだろう。
ただ、知り合いの女性がいつまでも独身であることを疑問に思っただけなのだ
ふっと力が抜け、静嵐の戒めは解かれる。だがその手は未だ静嵐の首にかかったままだ。
いつまた首が絞められるものかわからない静嵐はたまったものではない。
「私だってねえ、婚約もしてたのよ……」
それまでとは打って変わって、か細い声でエレオノールは言う。
この機を逃す静嵐ではない。神速の斬撃にも似た速さで言い繕う。
「婚約ですって? そ、それはけっこうなことじゃないですか!」
「解消されたのよ」
「……」
なんとも気まずい。エレオノールは陰鬱な表情で笑う。
「笑ってしまうわよ、結婚目前にして突然の婚約破棄。その理由ときたら『君のそのキツい性格にはもう耐えられない』ですって?
そうね、そうよね。どうせ私はキツい女よ。女だてらにアカデミーの研究員なんぞやってればキツくもなるわよ!」
「はぁ」
だがそう言っても正直言ってピンと来ない。
静嵐にとって「キツい性格の女」と言えば、
たとえば「なんとなくムシャクシャしてたから」とか言って理不尽に自分を殴りつけてくる刀の宝貝や、
笑いながら普通では考えられもしないような無茶をやらかす静嵐の創造主などであるのだ。
それに比べればエレオノールなど、怒る理由に筋が通っているだけまだましであると言える。
(つまり彼女はどうってことのない自分の性格に問題があると思い込んでる、いうことだな)
だから静嵐は、素直にそれを否定してやる事にした。
「僕は別にそうは思いませんけどねえ」
「え?」
静嵐の意外な言葉に驚くエレオノール。
「だから、エレオノールさんは特別に「キツい性格」をしているとは思わないな、と」
「そ、そうかしら?」
にわかには信じられない、という様子でエレオノールは問い返す。
静嵐は深く考えることもなく、自分の感想を言う。
「まぁ、他の人はどうか知りませんけど。少なくとも僕は別に気にならないかな。
むしろ、どちらかと言えば『可愛い』もんだと思いますよ」
「!」
静嵐の言葉に、何故かエレオノールはきょろきょろと辺りを見回したり、髪を手で撫で付けたり、
意味も無くメガネの位置を直したりと落ち着きの無い挙動不審な行動を取り出す。
静嵐はその様子に、ひょっとして自分は何か失礼を働いたのではないかと考える。
「あ、貴族様に可愛いなんて言っちゃ失礼かな?」
「そ、そうよ。失礼だわ、ええ、とてつもなくし、失礼だわ!」
「申し訳ないです。気に障ったんなら謝ります」
「べ、別にあ、謝るほどのことでもな、ないわ」
「はぁ。そうですか」
「そ、そうよ!」
*
エレオノールは内心かなり動揺している。
まさか否定されるとも思わなかったのだ。
認めたくは無いが自分は「キツい女」であり、それは男にとって喜ばれる性格ではない。
その程度には、彼女は自分自身のことを把握している。
しているのだが……何か苛立つことがあったとき、自分でも感情を制御できないのだ。
それは明らかに自分の欠点であると言えるだろう。
にも関らず、この目の前の男、静嵐はそれを否定した。
それがエレオノールには信じられなかったのである。
しかも、否定するだけならばともかく、それに加えてそれを「可愛い」などと評すのは、
まったくもってエレオノールの想像の埒外であったのだ。
(何を気にしているのかしら私は……。ただの平民の世辞にすぎないのに)
そう思っても、何故かこの鈍臭そうな平民のことが気にかかるのだ。
それもそのはず、エレオノールは美人だ有能だと世辞を言われたことはあっても、
ただただ素直に「可愛い」などと言われたことなどありはしなかったのだ。
「と、ところで貴方、ちょっと見ない格好だけど。どこから来たのかしら?」
内心の動揺を隠す為、当たり障りの無い話題を振る。
このセイランという男、どうにも見たことの無い格好をしている。
ただの袖つきの濃紺の外套、といえばそれまでだが、どことなく軍人の訓練着のようにも見える。
しかもそれは、セイランにとってはとても着慣れたもののようで、一種普段着のような気軽さが感じられる。
エレオノールの問い、セイランは困ったような顔をして鼻をかく。
「ええと、どう言えばいいのかな? すごく遠くからなんですが」
遠くとはまた曖昧な答えだ。自分の住んでる場所もわからないような辺境からきたのだろうか。
そうであれば、この奇妙な格好もうなずける。
そして、これほどまでに文化形態の異なる場所といって思いつく場所と言えば。
「……ひょっとしてロバ・アル・カリイエかしら?」
「驢馬……なんですか?」
「驢馬じゃなくて、ロバ・アル・カリイエ。ここトリステインよりずっと東、エルフの治める地よりもさらに向こうにある場所よ」
東、という言葉にセイランは微妙に反応する。
「そこかも知れませんねえ。ちょっとわかんないですけど」
人間と対立している種族であるエルフの地を越えた先にある、
ロバ・アル・カリイエからどうやって来たのかはわからないが、
この男の何処か浮世離れしたところはトリステイン人などのそれではない。
どうやらそれで正解かもしれない、とエレオノールは納得した。
「ロバ・アル・カリイエね……あら?」
エレオノールはセイランの左手に見慣れない刻印があることに気づく。
使い魔のルーンに見えなくも無いが、まさか平民を使い魔にするような『常識知らず』なメイジがいるはずもない。
「これが何か?」
「どこかで見かけたような気がして……なんだったかしら?」
「?」
無論のことセイランがそれをわかるわけもなく、エレオノール自身もどうしてもそれを思い出すことができずに諦める。
ただ妙に、どこかでそれを見かけたような気がして、何故か気にかかり続けていた。
*
そしてようやくのことで静嵐たちは西門にたどり着いた。
夕刻。すでに日も暮れようとしている。
門の外に出たとき、静嵐たちの前に、一匹の青き竜が降り立つ。
タバサの使い魔の竜であった。
竜の上からタバサは問う。その顔は何故か不機嫌そうである。
まるで探し物をしていたが見つからず、そうかと思えば突飛なところからいきなり出てきたかのように。
「何してるの」
「あ、タバサ。ちょうどよかった、ルイズを見かけなかったかい?」
「東門。貴方を待ってた」
『ほれみろ、やっぱりあっちだったじゃねえか』
「あっちだったねえ。ま、しょうがないよ、エレオノールさんを送ってたんだし」
突如現れた竜に少々面食らいながらも、エレオノールは静嵐に聞く。
「知り合いなの? セイラン」
「ええ、僕の主人の学友とでもいいましょうか。ま、知り合いです」
静嵐自身もどう言えばいいのかわからないため、かなり曖昧な説明であるが、
エレオノールも納得はしたようである。
エレオノールはタバサに向き直り、しげしげと彼女を観察し、その服装が魔法学院のものであることに気づく。
「貴女、その格好は魔法学院の生徒ね。私の妹の……いえ、いいわ」
「?」
何かを聞こうとして止める。まるで何か恥ずかしいものを聞いてしまいそうになったかのように。
問われかけたタバサはわけもわからず首をかしげる。
と、静嵐は遠くに止まっている馬車に気づく。
「おや? あれがエレオノールさんの家の馬車ですか?」
「え? ……ああ、そうみたいね」
使用人らしき男がエレオノールの姿を認め、走りよってくる。
「それじゃあここでお別れですね」
「そう、なるわね……」
何故か妙に名残惜しそうにエレオノールはちらちらと静嵐のほうを気にする。
「お礼のほうは後日魔法学院にでも貴方宛で届けさせるわ」
「いえそんな、お構いなく」
ルイズを探している途中で邪魔をされ、迷惑をこうむったといえばそれまでだが、
礼をされるほどのことをしたかというとそうでもない。
「そういうわけにはいかないわ。借りを作ればきちんと返す。それが貴族の義務よ」
「気にしないでいいですよ。僕とエレオノールさんの仲ではないですか」
肩を貸したくらいで仲も何もあったものではないが、何故かその言葉にエレオノールはうろたえる。
「な、仲だなんて! ばば、馬鹿なことを言わないで頂戴!」
どもりつつも、そう怒鳴り。エレオノールはずんずんと馬車のほうに歩いていく。
その後姿に誰かに通じるものを感じつつ、静嵐はのん気に手を振る。
さてまた東門まで行かなければならない、と思ったが。
タバサが親切にも「東門まで送る」といい、竜の上に乗せてくれた。
静嵐とタバサを乗せた竜――タバサはシルフィードと呼んでいる――は大きくはばたき、宙に浮かび上がる。
馬車のほうに向かって歩くエレオノールの姿が小さくなっていく。
と、やおらエレオノールは立ち止まり。振り返って静嵐を仰ぎ見る。
「セイラン!」
「はいー!?」
もうかなり距離が開きつつある。大声で彼を呼ぶエレオノールに対し、静嵐もまた大声で返事をする。
エレオノールは小さく手を振り、まるで「可愛い女の子」のように微笑んで言う。
「今日はありがとう! また、機会があったら会いましょう!」
一瞬その笑みの理由がわからなかったが、とにかくそのように好意的に別れの挨拶をしてくれるのだ。
きちんと挨拶を返さなければならない。
「? ……ええ、縁があればまた!」
それは静嵐にしてみればまったくの社交辞令的挨拶であったが、
何故かエレオノールは満足げに笑った。
怒り顔が多かった彼女にしては珍しい、花のような笑みであった。
*
トリスタニア上空に飛び上がったシルフィードの上で、静嵐は呟く。
「それにしても」
「?」
タバサが首をかしげる。
「ヴァリエールって名前の人は多いんだね、この国には」
最後まで彼女がルイズの関係者だということに気づくことはなかった。
*
西門から折り返すようにして東門の前に降り立った時、そこには一頭の馬に傍らに立つルイズの姿があった。
その表情は先ほどのエレオノールのように苛立ちに染まっていた。
「セーイーラーン!」
「わ、ルイズ!」
「ご主人様を待たせるなんて、あんたそれでも使い魔なの!?」
「ご、ごめんよ。ちょっと人助けをしていたものだから」
人助け。という単語に訝しげな表情を浮かべるルイズ。
どうやら静嵐が人助けをするような――正確に言うなら、人助けをできるような人物には見えていないようだ。
ヘラヘラと笑って平謝りする静嵐に気勢をそがれたのか、
はぁ、と溜息を一つついて、ルイズは言う。
「……まぁいいわ。さっさと帰るわよ」
「うん。――ええと、あの。僕の馬は?」
今朝方静嵐が乗ってきたはずの馬がいない。居るのはルイズが乗ってきた一頭だけだ。
静嵐は無論のこと馬術も得意であるように造られている。馬術は武術にも通じる。
ただ、本人の気質のせいか静嵐は馬に舐められやすく、よく振り落とされるのであるが。
「無いわよ。先に学園に返したわ。使いの者がやってきて、急に馬が必要になったからって」
「ええ!? じゃあ僕はどうやって帰ればいいのさ!」
「ボロ剣は馬にくくりつけて、あんた自身は剣の姿に戻りなさいよ。私自らが運んであげるわ」
ルイズの意外な言葉に驚く。
「え? でも、いいのかい? 帯剣するのは嫌なんじゃないの?」
「あんた一人にしとくと危なっかしいのよ! いいからさっさとやりなさい」
どうやら道に迷って、人助けをして待ち合わせに遅れたことを怒っているようだった。
知らない街に置き去りにされた以上、遅れたのは不可抗力だと反論したかったが、
それはそれでまた彼女の怒りを買うであろうことは目に見えている。
とにかく、これ以上雷が落ちないうちに帰るのが得策だと静嵐は判断した。
「わかったよ。それじゃあ帰ろうか」
爆煙を上げ、静嵐は己の本性、刀の姿へと変わる。
*
そんな彼らを、はるか上空から観察している者が居た。
シルフィードに乗ったタバサである。
タバサは目を凝らし、静嵐とルイズの口の動きを読む。
(「あんたは剣の姿に戻りなさい」「え? でも、いいのかい?」……剣の姿?)
不可解な単語が出る。『剣の姿』に『戻る』とはどういう意味だろう?
首をかしげるタバサに、彼女の使い魔が語りかける。
「きゅいきゅい! お姉さま! もう御用事はお済みになったの?」
「まだ」
「ならさっさと終わらせて帰りましょう。お腹空いたの!」
「もうちょっと待って」
流暢に人語を操るシルフィード。
風竜だと思われたそれは、喪われたと言われている伝説の幻獣、『韻竜』なのである。
幼子のように喚きたてる彼女の使い魔を適当にあしらい、タバサはじっと静嵐たちを見つめる。
何やら言い合っていたようであるが、どうやら話は済んだようである。
静嵐は背中の剣を馬にくくりつけ、ルイズは馬にまたがる。そして静嵐自身は――
「……!」
「あの平民の男の子、剣になっちゃった!」
これには流石のタバサもシルフィードも驚く。ただの青年が、一振りの剣に変化したのだ。
馬上のルイズはその剣をひっつかみ、そのまま馬で学院のほうへと走り去っていく。
「すごいわ! どんな魔法を使ったのかしら!」
インテリジェンスソードのように知能を持った武器というのはたしかに存在するし、
一部の魔導具の中には人間に擬態する機能を持ったものもある。
だが、あのように『生きた人間』が『剣』に変身するなど、タバサは聞いたことも無い。
そんなことが並の魔法や魔導具で可能だろうか?
しかし、これで確信が持てた。
無言で、タバサは杖を握り締める。
「やはり、彼は、彼こそは……」
自分が探していた存在。自分の目的を達成する為の『鍵』なのだろうか? だとすれば、自分は……
その瞳には悲壮な決意の色が浮かぶ。
「『あれ』をなんとしてでも手に入れなければ……」
(続く)
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