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「使い魔定光-3(2)」(2009/04/15 (水) 11:39:07) の最新版変更点
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「…いったい、何の騒ぎなのよこれは?」
「……」
ぽつりと呟かれた、そのキュルケの疑問はもっともだった。
タバサと二人して食堂に出向こうかとしたちょうどその時
食堂へと続く廊下から、人の波がワッと押し寄せてきたのだ。
見ると誰も彼も血相を変え、中には怪我をしているものもいるではないか。
「ねぇ、タバサ?あなた人の話聞いてる?」
ため息をつきつつ、隣のタバサに目をやると、彼女は窓から空を食い入るように見つめていた。
キュルケは自身も窓から身を乗り出し、その視線の先を追う。
「なぁに? あ…なんだか一雨きそうねぇ。朝はあんなに晴れてたのに」
「……」
午前中とは打って変わって、太陽はその姿を隠し、灰色の雲が空を覆い始めていた。
そこにいるもの全員、その分厚い雲の上でいったいなにが起こっているのか、知る由もないままに。
「死ねやこらぁぁぁぁぁぁ!!」
凄まじいスピードで回転する円盤が、縦横無尽に空を切り裂く。
周りにあった柱やオブジェは次々と切り落とされた。
切り口は非常に鋭く。人間が切り裂かれてはひとたまりもないだろう。
『ルイズ!ここでの戦闘は―――!』
「なに?!よく聞こえないっ!」
屋外へと吹き飛ばされた角鍔は、幸運なことにルイズをその標的に変えていた。
これで、とりあえずは他の人間にに危険が及ぶことはない。
ポンコツはすでになくなった胸を撫で下ろした。
完全に頭に血が上った角鍔の猛攻をすさまじく、奇声を上げながら回転ノコギリ上に身体を変化させ、物理保護で守られたルイズの身体を切り裂こうと必死だ。
角鍔の攻撃に聞き心地の悪い音を立てる自分の身を守る透明の壁を見て、ルイズはそれが破られるのではないかと気が気ではなかった。
『ここでは遮蔽物が多すぎる!ヤツを回収するには平地が望ましいんだ!』
「へ、平地たって…!」
自分の周りを威嚇するように円を描きながら低空飛行する角鍔。
見失ったと思うと、後方からの一撃。それが先ほどから何度も続いていた。
ここには、こぶし大の角鍔が身を隠すには充分すぎるほどのオブジェや建物が多数ある。
地の利を得なければ勝機はない。ポンコツはそう言っているのだ。
遮蔽物の少ない、平らな場所…
「そうだ!ヴェストリの広場!」
『わかった!そこに急行しよう!案内を頼む!』
そうポンコツが言うや否や、ルイズの身体がフワリと宙に浮かんだ。
ポンコツの内部に入りきらなかった彼女の桃色がかったブロンドの髪が宙に舞った。
自分の身体が宙に浮く、そんな初めての感覚にルイズは気が動転し、じたばたともがく。
「ちょ!ちょっと!ポンコツ!」
『重力制御だ。君達にとってはありふれた技術だろう?』
「わ、わるかったわね!私はどうせゼロの――――って、落ちる!落ちるー!!」
『あまり暴れると本当に落ちるぞ』
暗に魔法が使えないことを指摘されたように感じたルイズは少し不機嫌になるが
そんな彼女の事情などお構いなしに、どんどん高度を上げるポンコツ。
気がつけば、4階建ての建物ほどの高さにまで彼女の身体は上昇していた。
「まちやがれこらぁぁぁ!!」
逃げられたと勘違いした角鍔はさらにヒートアップし、その後を円盤状の身体を高速回転させ猛スピードで追いかける。
『よし、ついて来ているな。ルイズ、そのヴェストリの広場はどこに?』
「そ、そこを左に…いだぁっ!!」
ルイズが急に素っ頓狂な声を上げる。
地上15メイルほどを飛行していたポンコツがルイズの指示に従い方向を変えたはいいが、左側に急に身体を引っ張られたルイズは、校舎の壁に豪快に頭をぶつけてしまったのだ。
衝突された校舎は外壁がぽっかり削られ、痛々しい。
『すまない。やはり飛行すると物理保護系統に異常が起きるようだ。今から調整する』
「うぐっ…先に言ってよ…」
『では、少々急ぐぞ!』
『へっ?き、きゃあああああああああああああ!!』
そんなルイズの抗議などお構いなしに、ポンコツは急速にスピードを上げた。
彼女の悲鳴と角鍔の奇声だけが、けたたましく響いていた。
「オールド・オスマン!」
勢いよく学院長室の扉を開き、興奮気味に駆け寄ってくるコルベールは普段の彼を知る者にとって信じられないほど取り乱している様子であった。
それだけ今起こっている事態が深刻であるということを物語っている。
「わかっとるよ、ミスタ・コルベール。で、怪我をした生徒達は無事なのかの?」
「はい、それは大丈夫です。全員傷はそれほど深くなく、急所も外れているそうです
しかし…これは私でもどうにも…オールド・オスマン!」
悲痛の表情で訴えるコルベールに、みなまで言うなとばかり手を上げ、コルベールを抑えたオスマンは、手元の「遠見の鏡」を指差す。
そこには現在ヴェストリの広場で繰り広げられる戦いが映し出されていた。
「ふむ…ミス・ヴァリエールの使い魔騒ぎ…そして、今回のこの騒動…」
今までの出来事を反芻するかのように呟く、オールド・オスマン。
コルベールは「遠見の鏡」を食い入るように見つめており、その呟きは彼の耳には届かなかった。
「雲行きが怪しくなってきたのぉ…」
それなりに人の影があった昼下がりのヴェストリの広場は、ルイズ達の突然の来襲によって、今は閑散としていた。
中には勇敢にも角鍔に杖を向ける者もいたが、そのほとんどは角鍔の小さな身体と、俊敏な軌道によって防がれた。
あやまってルイズも攻撃されたりしたのだが、ここでは割愛しよう。
『君達の攻撃は流刑体に対しては牽制程度にしかならないのかもしれないな』
「なに落ち着いちゃってんのよ!それよりっ!!」
「死ねこら!死ねこら!死ねこら!」
火柱のような波状の剣に変化した角鍔は、フェンシングよろしくルイズ目掛けて衝きを連発して繰り出す。
その姿は俗に言うフランベルジュに酷似しており、あれで傷を付けられれば業火で焼かれるほどの痛みであろうということは容易に想像がついた。
一突きされれば一巻の終わりだ。
『とにかく奴の動きを止めなければ回収は難しい!』
「止めるって、どうやってよ!?」
『水だ!』
その特異な変身能力を持つ角鍔は、身体組織の組成を瞬時に入れ替えることにより
様々な形態に変形する。
だが、その能力が逆に仇ともなっていた。
角鍔の脆弱な細胞は普段は特殊な磁場で守られ、物体を破壊する際にも使われているが、水だけは簡単にその磁場を浸透する。
角鍔にとって水は強酸と同義なのだ。
「だったら、広場の奥に噴水があるわ!」
『そこで勝負をかける!』
ルイズはきびすを返しダッと走り出す。
助走をつけたまま身体は宙に浮かび、地面スレスレを飛行する。
それを追撃する角鍔。
スピードを上げるポンコツ。
ポンコツは自身が今出せる限界の速度をキープしつつ、突進するように広場の奥へと進んだ。
「ちょ!ちょっと!ポンコツ!なにする気?!このままじゃ、ぶつか――――!」
『噴水が見えた!緊急回避!』
噴水まで既に目と鼻の先程だ。そのままぶつかる気なのかとルイズは焦ってしまう。
だが、これはポンコツの算段どおりだった。
ルイズ、角鍔、そのふたつが噴水を基準に直線に並ぶ瞬間。このタイミングをポンコツは待っていた。
緊急回避。つまり短距離での瞬間的な空間移動。これを利用し、角鍔を噴水に突っ込ませ
弱ったところを回収する。
シンプルながらも、今打てる一番効果的な作戦だった。
ポンコツの作戦は成功するかに見えた…
「わっぶ!」
初めて体験する緊急回避にルイズはバランスを崩し地面に叩きつけられてしまった。
続けて、噴水の断末魔。角鍔が追突した衝撃だろう。
『なに?!』
なんと、まるで空間そのものからせき止められたかのように、角鍔は噴水の直前で静止していた。
直前で止まったとはいえ、その衝撃波は凄まじく、噴水はズタズタに切り裂かれ、水が反対方向に鮮血のように飛び散った。
角鍔は下衆な笑い声を上げ、おかしくてたまらないといった様子で大笑いする
「でひゃひゃひゃひゃひゃ!一時停止は俺様の専売特許よぉ!残念だったなぁ!」
『おのれ…!』
決め手の策も封じられ、ポンコツは焦りを感じた。
最後の命綱は物理保護だけ、だがそれも機能不全が多い今の自分はいったいいつまでもせられるだろうか。
このまま泥沼の戦いを続ければ、ルイズの身体に深刻なダメージを与えるのは明らかだ。
「さぁーて、たっぷり殺し合おうぜぇ…!」
『くっ…!物理保護最大値!』
ポンコツはあわてて緊急回避モードを切り、物理保護を展開しようと試みるが
非情なことにそれは叶わなかった。
『!? 物理保護が?!』
重力制御、そして緊急回避と、立て続けの過負荷が原因だろう、物理保護は展開しなかったのである。
さすがに学習したのか、物理保護を警戒して先程までにらみ合いを続けていた両者のパワーバランスが今、崩れた。
「その壁も限界みてぇだな…!死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
『くっ!ルイズ!』
「……」
緊急回避も叶わない今、ルイズ自身でそれを避けるしかないのだが、彼女は恐怖からか先程から虚ろな様子でただ空を見つめているだけだ。
迫る角鍔。
万事休すか―――
その時
ふいにジュ…っと、音がした
ポツリ、ポツリと空から水滴が角鍔めがけて滴り落ち、瞬間細い煙とともにジュっと音を立てているのだ。
そうしているうちに音は間を置かず、ジュジュっと立て続けに聞こえるようになる。
鼻につく、不快な臭いがあたりに立ちこめた。
「がぎぃややややややぁぁぁぁぁぁあああああああああああ!!」
周囲一帯まで響き渡るような絹を何回裂いても出ないであろう大絶叫が上がった。
『これは…!』
「雨…そうよ雨よ!」
ルイズはなにやら意味のわからない台詞を口にした。
だが、それも無理もない。
これはどこをどうみても完璧、どこへ出しても恥ずかしくないほどの雨だったのだから。
それも桶をひっくり返したかのようなどしゃ降り。空全体が大号泣しているかのような大雨なのだ。
角鍔にとってこれはたまらない。
全身に絶え間なく硫酸を浴びせかけられるようなものだ。
形容のしがたい絶叫を上げ続ける角鍔の形状は、もはやフランベルジュや槍などとは程遠く、絵の具をキャンパスに吹き付けたような、はたまた東国でよく食されているというウニのそれのような、いびつな形になりつつもがき苦しんだ。
『今だ!アクティヴデバイスを射出する!ルイズ、ヤツに手のひらを向けるんだ!』
「こ、こう!?」
ルイズは左手を挙げ、目の前で静止したまま、もがき続けている角鍔に狙いを定めた。
間髪いれずに、その手のひらからルイズの身長ほどの大きさの球体が撃ちだされる。
その瞬間、手のひらに刻まれたルーンが一瞬、光り輝いたように見えたのはルイズの気のせいだろうか。
球体はまるであたりの風景をぐにゃりと捻じ曲げるかのように膨張したかと思うと
その中心にもがく角鍔を取り込み、あたりの地面を抉り取るように引っ張り上げた。
さらに今度は一気にビー玉程度の大きさにまで縮小し、とてつもない速さで上空めがけて飛んでいき、雨雲を突き破りその姿は見えなくなった。
その光景を、巻き上げられた土砂越しにルイズはあっけにとられたように見ていた。
『アクティヴデバイス。取り込まれた流刑体は高重力によって圧縮される。内部では時間の流れさえほぼ停止状態だ』
「…」
『こうして流刑体は宇宙へと放出される …永久にね』
「……」
『「流刑体・角鍔」回収完了だ。やったなルイズ!』
戦い終わってホッとしたのか、ポンコツは普段より上ずった口調で語る
が、今のルイズにとってそのような理屈はどうでもよかった。
『後はここから掘り出されるのを待つばかりだ』
「………」
角鍔とともに巻き上げられた土砂や噴水の残骸などは、まぁ、当然のことだが重力に従い
そのすべてがルイズめがけて振ってきた。
必然的にルイズは土砂と石膏で生き埋めになり、なんとも滑稽な状態だった。
おまけにまわりはどしゃ降りの雨。
土は泥となり、ルイズの制服をこれ以上ないほどに汚していた。
もっとも、角鍔との戦闘で既に破れ、切り裂かれと散々な状態だったのだが。
『…どうした?ルイズ』
さっきから一言も口にしないルイズを奇妙に思い、ポンコツが声をかける。
若干、恐る恐るといったその口調は、ポンコツの判断がそうさせるのか、ルーンの影響なのか。
どちらにせよ、すでに上下関係ができかけていることは事実のようだ。
「…ねぇ。永久に…って言ってたけど、あの後どうなるの?あいつらは」
ぽつり、とルイズが呟く。
脳裏にはポンコツによって回収された撃針や、さっき回収した角鍔の姿が鮮明にフラッシュバックした。
『この星の倫理はまだよくわからないが…「流刑体」は厳密には罪ではない』
「え…?そうなの?」
『罪人(ツミビト)は果て無き旅の中 地を照らす星となる』
『たとえ血塗られた犯罪者であっても 我々の見知らぬ惑星の天で輝き―――』
『そこに生きる者達に夢想や創造をもたらして欲しい。それが流刑体の贖罪(ショクザイ)なのだ』
いつにもまして饒舌なポンコツに、ルイズは驚きつつも思わず聞き入ってしまった。
それでは、自分が子供の頃見上げたあの星の海も
いや、それだけではない。今もなお天に輝く星々は、そんなトガビト達の成れの果てなのだろうか。
無限に広がる銀河の中で永久に輝き続ける。
それはどんなに夢想的で、おそろしいことだろうか。
ルイズは灰色の雲に閉ざされた天を仰ぎ見ながら、そんなことを考えないではいられなかった。
「そう…星を作るのがあんたの仕事ってわけね…ずいぶん荒っぽいけど」
『そういう事だ』
少し得意げな感じのポンコツの物言いに、なんとなくルイズは納得がいかない。
「って、なにフイに綺麗にまとめてんのよ!だいたいあんたはねぇ…!』
『「この惑星の倫理はわからないが」と前置きしただろう?』
「…なーんか納得いかないのよね」
『納得いかない理由の入力を』
#navi(使い魔定光)
「…いったい、何の騒ぎなのよこれは?」
「……」
ぽつりと呟かれた、そのキュルケの疑問はもっともだった。
タバサと二人して食堂に出向こうかとしたちょうどその時
食堂へと続く廊下から、人の波がワッと押し寄せてきたのだ。
見ると誰も彼も血相を変え、中には怪我をしているものもいるではないか。
「ねぇ、タバサ?あなた人の話聞いてる?」
ため息をつきつつ、隣のタバサに目をやると、彼女は窓から空を食い入るように見つめていた。
キュルケは自身も窓から身を乗り出し、その視線の先を追う。
「なぁに? あ…なんだか一雨きそうねぇ。朝はあんなに晴れてたのに」
「……」
午前中とは打って変わって、太陽はその姿を隠し、灰色の雲が空を覆い始めていた。
そこにいるもの全員、その分厚い雲の上でいったいなにが起こっているのか、知る由もないままに。
「死ねやこらぁぁぁぁぁぁ!!」
凄まじいスピードで回転する円盤が、縦横無尽に空を切り裂く。
周りにあった柱やオブジェは次々と切り落とされた。
切り口は非常に鋭く。人間が切り裂かれてはひとたまりもないだろう。
『ルイズ!ここでの戦闘は―――!』
「なに?!よく聞こえないっ!」
屋外へと吹き飛ばされた角鍔は、幸運なことにルイズをその標的に変えていた。
これで、とりあえずは他の人間にに危険が及ぶことはない。
ポンコツはすでになくなった胸を撫で下ろした。
完全に頭に血が上った角鍔の猛攻をすさまじく、奇声を上げながら回転ノコギリ上に身体を変化させ、物理保護で守られたルイズの身体を切り裂こうと必死だ。
角鍔の攻撃に聞き心地の悪い音を立てる自分の身を守る透明の壁を見て、ルイズはそれが破られるのではないかと気が気ではなかった。
『ここでは遮蔽物が多すぎる!ヤツを回収するには平地が望ましいんだ!』
「へ、平地たって…!」
自分の周りを威嚇するように円を描きながら低空飛行する角鍔。
見失ったと思うと、後方からの一撃。それが先ほどから何度も続いていた。
ここには、こぶし大の角鍔が身を隠すには充分すぎるほどのオブジェや建物が多数ある。
地の利を得なければ勝機はない。ポンコツはそう言っているのだ。
遮蔽物の少ない、平らな場所…
「そうだ!ヴェストリの広場!」
『わかった!そこに急行しよう!案内を頼む!』
そうポンコツが言うや否や、ルイズの身体がフワリと宙に浮かんだ。
ポンコツの内部に入りきらなかった彼女の桃色がかったブロンドの髪が宙に舞った。
自分の身体が宙に浮く、そんな初めての感覚にルイズは気が動転し、じたばたともがく。
「ちょ!ちょっと!ポンコツ!」
『重力制御だ。君達にとってはありふれた技術だろう?』
「わ、わるかったわね!私はどうせゼロの――――って、落ちる!落ちるー!!」
『あまり暴れると本当に落ちるぞ』
暗に魔法が使えないことを指摘されたように感じたルイズは少し不機嫌になるが
そんな彼女の事情などお構いなしに、どんどん高度を上げるポンコツ。
気がつけば、4階建ての建物ほどの高さにまで彼女の身体は上昇していた。
「まちやがれこらぁぁぁ!!」
逃げられたと勘違いした角鍔はさらにヒートアップし、その後を円盤状の身体を高速回転させ猛スピードで追いかける。
『よし、ついて来ているな。ルイズ、そのヴェストリの広場はどこに?』
「そ、そこを左に…いだぁっ!!」
ルイズが急に素っ頓狂な声を上げる。
地上15メイルほどを飛行していたポンコツがルイズの指示に従い方向を変えたはいいが、左側に急に身体を引っ張られたルイズは、校舎の壁に豪快に頭をぶつけてしまったのだ。
衝突された校舎は外壁がぽっかり削られ、痛々しい。
『すまない。やはり飛行すると物理保護系統に異常が起きるようだ。今から調整する』
「うぐっ…先に言ってよ…」
『では、少々急ぐぞ!』
『へっ?き、きゃあああああああああああああ!!』
そんなルイズの抗議などお構いなしに、ポンコツは急速にスピードを上げた。
彼女の悲鳴と角鍔の奇声だけが、けたたましく響いていた。
「オールド・オスマン!」
勢いよく学院長室の扉を開き、興奮気味に駆け寄ってくるコルベールは普段の彼を知る者にとって信じられないほど取り乱している様子であった。
それだけ今起こっている事態が深刻であるということを物語っている。
「わかっとるよ、ミスタ・コルベール。で、怪我をした生徒達は無事なのかの?」
「はい、それは大丈夫です。全員傷はそれほど深くなく、急所も外れているそうです
しかし…これは私でもどうにも…オールド・オスマン!」
悲痛の表情で訴えるコルベールに、みなまで言うなとばかり手を上げ、コルベールを抑えたオスマンは、手元の「遠見の鏡」を指差す。
そこには現在ヴェストリの広場で繰り広げられる戦いが映し出されていた。
「ふむ…ミス・ヴァリエールの使い魔騒ぎ…そして、今回のこの騒動…」
今までの出来事を反芻するかのように呟く、オールド・オスマン。
コルベールは「遠見の鏡」を食い入るように見つめており、その呟きは彼の耳には届かなかった。
「雲行きが怪しくなってきたのぉ…」
それなりに人の影があった昼下がりのヴェストリの広場は、ルイズ達の突然の来襲によって、今は閑散としていた。
中には勇敢にも角鍔に杖を向ける者もいたが、そのほとんどは角鍔の小さな身体と、俊敏な軌道によって防がれた。
あやまってルイズも攻撃されたりしたのだが、ここでは割愛しよう。
『君達の攻撃は流刑体に対しては牽制程度にしかならないのかもしれないな』
「なに落ち着いちゃってんのよ!それよりっ!!」
「死ねこら!死ねこら!死ねこら!」
火柱のような波状の剣に変化した角鍔は、フェンシングよろしくルイズ目掛けて衝きを連発して繰り出す。
その姿は俗に言うフランベルジュに酷似しており、あれで傷を付けられれば業火で焼かれるほどの痛みであろうということは容易に想像がついた。
一突きされれば一巻の終わりだ。
『とにかく奴の動きを止めなければ回収は難しい!』
「止めるって、どうやってよ!?」
『水だ!』
その特異な変身能力を持つ角鍔は、身体組織の組成を瞬時に入れ替えることにより
様々な形態に変形する。
だが、その能力が逆に仇ともなっていた。
角鍔の脆弱な細胞は普段は特殊な磁場で守られ、物体を破壊する際にも使われているが、水だけは簡単にその磁場を浸透する。
角鍔にとって水は強酸と同義なのだ。
「だったら、広場の奥に噴水があるわ!」
『そこで勝負をかける!』
ルイズはきびすを返しダッと走り出す。
助走をつけたまま身体は宙に浮かび、地面スレスレを飛行する。
それを追撃する角鍔。
スピードを上げるポンコツ。
ポンコツは自身が今出せる限界の速度をキープしつつ、突進するように広場の奥へと進んだ。
「ちょ!ちょっと!ポンコツ!なにする気?!このままじゃ、ぶつか――――!」
『噴水が見えた!緊急回避!』
噴水まで既に目と鼻の先程だ。そのままぶつかる気なのかとルイズは焦ってしまう。
だが、これはポンコツの算段どおりだった。
ルイズ、角鍔、そのふたつが噴水を基準に直線に並ぶ瞬間。このタイミングをポンコツは待っていた。
緊急回避。つまり短距離での瞬間的な空間移動。これを利用し、角鍔を噴水に突っ込ませ
弱ったところを回収する。
シンプルながらも、今打てる一番効果的な作戦だった。
ポンコツの作戦は成功するかに見えた…
「わっぶ!」
初めて体験する緊急回避にルイズはバランスを崩し地面に叩きつけられてしまった。
続けて、噴水の断末魔。角鍔が追突した衝撃だろう。
『なに?!』
なんと、まるで空間そのものからせき止められたかのように、角鍔は噴水の直前で静止していた。
直前で止まったとはいえ、その衝撃波は凄まじく、噴水はズタズタに切り裂かれ、水が反対方向に鮮血のように飛び散った。
角鍔は下衆な笑い声を上げ、おかしくてたまらないといった様子で大笑いする
「でひゃひゃひゃひゃひゃ!一時停止は俺様の専売特許よぉ!残念だったなぁ!」
『おのれ…!』
決め手の策も封じられ、ポンコツは焦りを感じた。
最後の命綱は物理保護だけ、だがそれも機能不全が多い今の自分はいったいいつまでもせられるだろうか。
このまま泥沼の戦いを続ければ、ルイズの身体に深刻なダメージを与えるのは明らかだ。
「さぁーて、たっぷり殺し合おうぜぇ…!」
『くっ…!物理保護最大値!』
ポンコツはあわてて緊急回避モードを切り、物理保護を展開しようと試みるが
非情なことにそれは叶わなかった。
『!? 物理保護が?!』
重力制御、そして緊急回避と、立て続けの過負荷が原因だろう、物理保護は展開しなかったのである。
さすがに学習したのか、物理保護を警戒して先程までにらみ合いを続けていた両者のパワーバランスが今、崩れた。
「その壁も限界みてぇだな…!死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
『くっ!ルイズ!』
「……」
緊急回避も叶わない今、ルイズ自身でそれを避けるしかないのだが、彼女は恐怖からか先程から虚ろな様子でただ空を見つめているだけだ。
迫る角鍔。
万事休すか―――
その時
ふいにジュ…っと、音がした
ポツリ、ポツリと空から水滴が角鍔めがけて滴り落ち、瞬間細い煙とともにジュっと音を立てているのだ。
そうしているうちに音は間を置かず、ジュジュっと立て続けに聞こえるようになる。
鼻につく、不快な臭いがあたりに立ちこめた。
「がぎぃややややややぁぁぁぁぁぁあああああああああああ!!」
周囲一帯まで響き渡るような絹を何回裂いても出ないであろう大絶叫が上がった。
『これは…!』
「雨…そうよ雨よ!」
ルイズはなにやら意味のわからない台詞を口にした。
だが、それも無理もない。
これはどこをどうみても完璧、どこへ出しても恥ずかしくないほどの雨だったのだから。
それも桶をひっくり返したかのようなどしゃ降り。空全体が大号泣しているかのような大雨なのだ。
角鍔にとってこれはたまらない。
全身に絶え間なく硫酸を浴びせかけられるようなものだ。
形容のしがたい絶叫を上げ続ける角鍔の形状は、もはやフランベルジュや槍などとは程遠く、絵の具をキャンパスに吹き付けたような、はたまた東国でよく食されているというウニのそれのような、いびつな形になりつつもがき苦しんだ。
『今だ!アクティヴデバイスを射出する!ルイズ、ヤツに手のひらを向けるんだ!』
「こ、こう!?」
ルイズは左手を挙げ、目の前で静止したまま、もがき続けている角鍔に狙いを定めた。
間髪いれずに、その手のひらからルイズの身長ほどの大きさの球体が撃ちだされる。
その瞬間、手のひらに刻まれたルーンが一瞬、光り輝いたように見えたのはルイズの気のせいだろうか。
球体はまるであたりの風景をぐにゃりと捻じ曲げるかのように膨張したかと思うと
その中心にもがく角鍔を取り込み、あたりの地面を抉り取るように引っ張り上げた。
さらに今度は一気にビー玉程度の大きさにまで縮小し、とてつもない速さで上空めがけて飛んでいき、雨雲を突き破りその姿は見えなくなった。
その光景を、巻き上げられた土砂越しにルイズはあっけにとられたように見ていた。
『アクティヴデバイス。取り込まれた流刑体は高重力によって圧縮される。内部では時間の流れさえほぼ停止状態だ』
「…」
『こうして流刑体は宇宙へと放出される …永久にね』
「……」
『「流刑体・角鍔」回収完了だ。やったなルイズ!』
戦い終わってホッとしたのか、ポンコツは普段より上ずった口調で語る
が、今のルイズにとってそのような理屈はどうでもよかった。
『後はここから掘り出されるのを待つばかりだ』
「………」
角鍔とともに巻き上げられた土砂や噴水の残骸などは、まぁ、当然のことだが重力に従い
そのすべてがルイズめがけて振ってきた。
必然的にルイズは土砂と石膏で生き埋めになり、なんとも滑稽な状態だった。
おまけにまわりはどしゃ降りの雨。
土は泥となり、ルイズの制服をこれ以上ないほどに汚していた。
もっとも、角鍔との戦闘で既に破れ、切り裂かれと散々な状態だったのだが。
『…どうした?ルイズ』
さっきから一言も口にしないルイズを奇妙に思い、ポンコツが声をかける。
若干、恐る恐るといったその口調は、ポンコツの判断がそうさせるのか、ルーンの影響なのか。
どちらにせよ、すでに上下関係ができかけていることは事実のようだ。
「…ねぇ。永久に…って言ってたけど、あの後どうなるの?あいつらは」
ぽつり、とルイズが呟く。
脳裏にはポンコツによって回収された撃針や、さっき回収した角鍔の姿が鮮明にフラッシュバックした。
『この星の倫理はまだよくわからないが…「流刑体」は厳密には罪ではない』
「え…?そうなの?」
『罪人(ツミビト)は果て無き旅の中 地を照らす星となる』
『たとえ血塗られた犯罪者であっても 我々の見知らぬ惑星の天で輝き―――』
『そこに生きる者達に夢想や創造をもたらして欲しい。それが流刑体の贖罪(ショクザイ)なのだ』
いつにもまして饒舌なポンコツに、ルイズは驚きつつも思わず聞き入ってしまった。
それでは、自分が子供の頃見上げたあの星の海も
いや、それだけではない。今もなお天に輝く星々は、そんなトガビト達の成れの果てなのだろうか。
無限に広がる銀河の中で永久に輝き続ける。
それはどんなに夢想的で、おそろしいことだろうか。
ルイズは灰色の雲に閉ざされた天を仰ぎ見ながら、そんなことを考えないではいられなかった。
「そう…星を作るのがあんたの仕事ってわけね…ずいぶん荒っぽいけど」
『そういう事だ』
少し得意げな感じのポンコツの物言いに、なんとなくルイズは納得がいかない。
「って、なにフイに綺麗にまとめてんのよ!だいたいあんたはねぇ…!』
『「この惑星の倫理はわからないが」と前置きしただろう?』
「…なーんか納得いかないのよね」
『納得いかない理由の入力を』
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