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一晩をドブ川のほとりで過ごし、城を出てから二日目の朝。
筋肉痛で足が痛むわ、虫に刺されて体中が痒いわで何一ついいことが無い。
そのうえ、幽霊から「シャルロットちゃんに助けてもらえばいいんじゃないかな」と愚かな提案。
あまりにも腹が立ったので幽霊の足を踏みつける。
助けを求めるんじゃなく、利用してやるっていうのなら考えなくもないけどね。
それにしたってシャルロットは嫌だ。あいつじゃなくて、そう、シルフィがいい。
あの馬鹿には散々恩を売っていたんだから、わたしに利用される義務がある。
シルフィを暴れさせ、その隙をついて城内に忍び込もう。スキルニルと相対する状況にさえなれば、ルーンの一語で人形に戻してわたしの勝ち。
そう考え、物陰に移り移り屋敷まで出向いたところ、騎士さまはすでに問題を解決してご出立されたとのこと。
騎士さまのおかげでぼっちゃまは立ち直られた。あの方は本当に素晴らしい方です。
聞いてもいないことを延々としゃべり続ける赤髪メイドの脛を蹴り、わたしは屋敷を後にした。
必要な時にはいなくて不必要な時にいてくれるって素晴らしい臣下を持ったものだわ。全員死ね!
城を出てから二日目の昼。食料が無い。
平民どもは皆せせこましく金を稼いでいて、買い物をしている時にも「金貨を出されても釣銭が無い」と言われたことが何度かあった。
そんな所から盗みを働けば、たった一エキューをかすめただけでも盗んだことに気づかれる。
この辺りに泥棒がいる、よし探し出してやろう、なんてことになればとても面倒くさい。故に盗みは却下。
まともな方法で稼ぐこともできない。影に潜んで闇に隠れて生きていかなければ、偽王女として通報される。
そもそも買い物に行くことさえむずかしい。幽霊が持ってきた肉を焼いて腹の虫をなだめるけど、どこまでもつものか。
城を出てから二日目の夜。眠れない。
昨晩とは違う。燃えたぎる怒りのせいで眠れないってわけじゃ……うう、ああ、ぐう。
ぐぐぐぐぐぐぐ。ががが、あぐぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ……これ、ああ、あげがぐげぎぐごげ……。
「お姉ちゃん、だいじょうぶ?」
大丈夫も何も、わたしが腹を押さえて苦しんでる原因はお前が持ってきた肉以外にないんだよ!
お前だって同じものを食べたくせに、なんで一人だけぴんぴんしてるんだよ!?
ああ、腹が痛い腹が痛い腹が痛い腹が痛い腹が痛い腹が痛い腹が痛い腹が痛い痛い痛い痛い痛い!
内臓全部えぐり出してやり痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い鯛いた痛い痛い痛い……。
城を出てから三日目の朝。
出すべきものを出しつくし、幽霊が差し出した怪しげな丸薬を飲み、どうにか腹痛は治まった。
内臓が逆流しかけた。頬がこけたような気がする。介護役は固く絞った冷タオルを額にかけてくれたけど、何かを勘違いしていたような気がしてならない。
ニコニコ顔で「よかったねー」なんてことを言ってる幽霊に蹴りをくれてやる。お前のせいなんだよこの馬鹿!
ああ、例のごとく腹が立つ。何が嫌って、わたし自身にも問題が無くは無いところが腹立たしい。
ものの本に拾い食いは鬼畜者のたしなみとあった。事実、鬼畜者に教育された幽霊は腐りかけた肉を食べても平然としている。
わたしが甘かった。鬼畜者としての素養に頼りきり、訓練が足りないにも関わらず調子に乗っていた。
拾い食いに耐えられる内臓を得るため、復讐の刃として使用するため、わたしは鬼畜性を高めなければならない。
城を出てから三日目の昼。
濡れたタオルで体を拭くだけの毎日に嫌気がさしてきた。わたしは浴槽で身を清めたいのよ。
頑張って拾い食いをしようと思っていたのに、それさえもできなかった。
はぐれ者にも細かいルールがあるらしく、強い人間が優先的によさそうな食べ物を持っていく。
そりゃわたしが出張ればルンペンの十人や二十人、魔法を使って簡単にのしてしまえるけど、暴れて通報されでもしたらそれでおしまい。
しかたなく猫やカラスを追い払い、もそもそと残りを漁る。
こんなことでは、とても鬼畜性が高められているとは思えない。どうしろっていうのよ。
城を出てから三日目の夜。
「というわけで新しい本を出しなさい」
「どういうわけなのさ」
「いいから早く出しなさい。もっといい本を。これ以上ないくらいに鬼畜な本を」
「だからー、本はボクのじゃなくておじさんのものなんだってば」
よし、より鬼畜な本が存在するということは確認できた。あとはそれを手に入れるだけよ。
「わたしはね、今とっても飢えてるの。何か食べれば腹を下すし、腹を下さない食べ物はなかなか手に入らないし」
「慣れれば大丈夫だよ」
「慣れる前に命を落とすんだよ馬鹿幽霊。いいから早く本を出せ」
「だって……おじさんの本だから」
「ああそう。このわたしが頭を下げて頼んでるっていうのに、お前はどうしても貸してくれないと。そういうわけね」
剃毛用のナイフを抜いて幽霊の首筋に当てた。ふふふふふふふ。
「人間、腹すかせてると正常な判断できないのよね」
「う……」
「だからずっと気づかなかったのよねぇ……そういえばここに新鮮な食材があったじゃない」
「ボ、ボク、ちょっとご用事思い出しちゃった。おじさんのところに行ってくるね」
「お土産よろしくね。さっさと戻ってきなさいよ」
三日目の深夜。いや、四日目の早朝だったかも。
石畳の上でマントに包まり寝ていると、どこからか足音が聞こえてきた。人数は五人……全員男。
慌てて身を起こし、自転車とともに闇に潜んでやり過ごすわたし。
仕事帰りの盗賊か、獲物を探す追いはぎか。なんでこの街ここまで治安が悪いのよ。
四日目。
あれだけ入りたいと思っていた風呂への渇望がすとんと無くなった。
服も髪も馴染んできているような気がする。多少汚れている方が虫に刺されないような気もする。鬼畜者として一皮むけたってとこかしらね。
お腹は相変わらず減っているので、食べられる野草を探すことにする。雑草しか見つからない。仕方なく雑草の根を噛んだ。
幽霊はまだ来ない。わたしを待たせるだなんて、何やってるのよあいつ。
七日目。
ふらふらしている。栄養が足りていない。多少怪しいものでも口にした方がよさそうね。
雑草を丸めて自家製煙草を作ってみたけど、いぶされて死にそうになった。草に火をつけることがこれほど危険だったなんて。
でも、それさえ別にすれば火系統の魔法は本当に偉大。とりあえず火さえ通しておけば大抵のものが食べ物になるもの。
水系統の魔法も同じくらい偉大ね。生きていくうえでどれだけ水が必要なのか、心底思い知らされたわ。
風? 土? ああ、そんな系統もあったっけ。
十日目。
久しぶりに新鮮な肉を食べた。
なんでこれに気がつかなかったのか、自分でも不思議でならない。
ライバルを排除しつつ、同時に食料を得ることができる。なんて素晴らしい。
それにしてもカラスの肉って案外美味しいものね。
ええっと……何日目だったっけ。
猫の肉はカラスの肉よりわたし好みかも。火加減がレア限定ってところはちょっと惜しいけどね。
しかしこんな生活でも意外と食を楽しめるものねぇ。
何日目か分からなくなってかなり経つけど、どうでもいい。
朝と昼と夜さえ分かればそれで充分。今日は祭りがあったとかで、人通りが多かった。
気をつけなきゃならないことも多かったけど、その分収穫も盛りだくさん。
ちょっと痛んでるだけの林檎を丸ごと手に入れたのが一番嬉しい。
久しぶりの果物の歯ごたえが気持ちいいこと。わたしってけっこうついてるのよねぇ。
次の日。
生活必需品を作るための作業に勤しんでいると、小便臭い気配を感じる。
顔を上げるとそこには驚いた顔のまま硬直している幽霊がいた。
「……お姉ちゃん?」
「水袋が必要になると思ってね。猫の皮をなめしてるのよ。お前も手伝いなさい」
「そうじゃなくて、その、なんていうかさ……かっこう?」
「ああ、これのこと? 野外での生活にも洒落心は必要かと思って作ってみたのよ。どう? カラスの骨で作ったネックレス。欲しがってもあげないわよ」
「いや、その。うん……かっこいいよ。あやしい魔法使いみたいで」
帰ってきた幽霊は両手で抱えきれないほどの、それどころかまともに持ち運びすることができなほどの品々を持ってきた。
どうやって持ってきたのか、その原理は分からなかったけど、いまさら幽霊に言うべきことじゃない。
「何よこの巨大寸胴鍋」
「これはドラム缶だよ」
「これは?」
「石鹸。たくさーんアワが出るやつを持ってきたんだ」
「きったない毛布ねぇ」
「でも、あるとあったかいでしょ。それとお姉ちゃんに頼まれてたのがこれ」
幽霊が取り出した本を見て、反射的に目を細めた。
ただ薄汚れているだけの本が、わたしの中にある「鬼畜者の目」には、さんぜんと光り輝いて見えた。
「これは……」
「えっとね。鬼営業が語る五感、霊感商法の薦め、だって」
鬼畜道見極めの書と出会い、わたしには新たな道が開けた。
五感鋭利向上の書と出会った時には、己を鍛えて上を目指す喜びを教えられた。
あの二冊の本と出会わなければ、今のわたしは存在しないと思う。
ただ美しいだけの王女として、プチ・トロワの中で怒鳴り散らしているだけだったと思う。
そのような二冊と比べてさえ、この「鬼営業が語る五感、霊感商法の薦め」は別の次元に存在していた。
前二冊が四系統の魔法だとすれば、この本は虚無。ここには一つの世界があった。ただそこにあるだけで計り知れない力を感じる。
「幽霊……気に入ったわ、この本」
「ホント? よろこんでもらえて、ボクうれしい」
「この本さえあれば、あの忌まわしい呪いの人形に一泡吹かせてやることができる」
「あ、忘れてなかったんだ」
「忘れるわけないでしょう。どうして忘れられるもんですか」
ここ数日の……あれ? 数日だったかしら。数日だったような、数十日だったような。どうもよく思い出せない。
ええと、まぁあれよ。数日から数十日の間に、わたしも鬼畜者として著しく成長できた。
さらに数日かけて「鬼営業が語る五感、霊感商法の薦め」を読み、より大きく飛躍する。
そうなれば、元が同じ能力とはいえ、圧倒的にスキルニルを引き離すことができるはず。
より強力な鬼畜者となり、鬼畜者であることに慢心し、油断してきっているやつの穴を突く!
……ふふ、穴を突くだなんて。言い回しまで鬼畜的になってきたわ。いい調子よイザベラ。
「それじゃ読みに読むわよ。一日につき三時間の睡眠のみ許可する」
「うわぁ、すごいなぁ」
「すごいなじゃない。お前も一緒に読むんだよ。わたしだけで読み進められるとでも思う?」
「えええええ!?」
「なに?」
「だって」
「なに?」
「ボク、帰ってきたばかりで」
「なんですって?」
「あのね」
「な! ん! で! す! っ! て!?」
「……はい。読みます」
このやり取り、何度やらせれば気が済むのかしら。黙ってわたしに従えば余計な労力を使わないのに。
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一晩をドブ川のほとりで過ごし、宮殿を出てから二日目の朝。
筋肉痛で足が痛むわ、虫に刺されて体中が痒いわで何一ついいことが無い。
そのうえ、幽霊から「シャルロットちゃんに助けてもらえばいいんじゃないかな」と愚かな提案。
あまりにも腹が立ったので幽霊の足を踏みつける。
助けを求めるんじゃなく、利用してやるっていうのなら考えなくもないけどね。
それにしたってシャルロットは嫌だ。あいつじゃなくて、そう、シルフィがいい。
あの馬鹿には散々恩を売っていたんだから、わたしに利用される義務がある。
シルフィを暴れさせ、その隙をついて宮殿内に忍び込もう。スキルニルと相対する状況にさえなれば、ルーンの一語で人形に戻してわたしの勝ち。
そう考え、物陰に移り移り屋敷まで出向いたところ、騎士さまはすでに問題を解決してご出立されたとのこと。
騎士さまのおかげでぼっちゃまは立ち直られた。あの方は本当に素晴らしい方です。
聞いてもいないことを延々としゃべり続ける赤髪メイドの脛を蹴り、わたしは屋敷を後にした。
必要な時にはいなくて不必要な時にいてくれるって素晴らしい臣下を持ったものだわ。全員死ね!
宮殿を出てから二日目の昼。食料が無い。
平民どもは皆せせこましく金を稼いでいて、買い物をしている時にも「金貨を出されても釣銭が無い」と言われたことが何度かあった。
そんな所から盗みを働けば、たった一エキューをかすめただけでも盗んだことに気づかれる。
この辺りに泥棒がいる、よし探し出してやろう、なんてことになればとても面倒くさい。故に盗みは却下。
まともな方法で稼ぐこともできない。影に潜んで闇に隠れて生きていかなければ、偽王女として通報される。
そもそも買い物に行くことさえむずかしい。幽霊が持ってきた肉を焼いて腹の虫をなだめるけど、どこまでもつものか。
宮殿を出てから二日目の夜。眠れない。
昨晩とは違う。燃えたぎる怒りのせいで眠れないってわけじゃ……うう、ああ、ぐう。
ぐぐぐぐぐぐぐ。ががが、あぐぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ……これ、ああ、あげがぐげぎぐごげ……。
「お姉ちゃん、だいじょうぶ?」
大丈夫も何も、わたしが腹を押さえて苦しんでる原因はお前が持ってきた肉以外にないんだよ!
お前だって同じものを食べたくせに、なんで一人だけぴんぴんしてるんだよ!?
ああ、腹が痛い腹が痛い腹が痛い腹が痛い腹が痛い腹が痛い腹が痛い腹が痛い痛い痛い痛い痛い!
内臓全部えぐり出してやり痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い鯛いた痛い痛い痛い……。
宮殿を出てから三日目の朝。
出すべきものを出しつくし、幽霊が差し出した怪しげな丸薬を飲み、どうにか腹痛は治まった。
内臓が逆流しかけた。頬がこけたような気がする。介護役は固く絞った冷タオルを額にかけてくれたけど、何かを勘違いしていたような気がしてならない。
ニコニコ顔で「よかったねー」なんてことを言ってる幽霊に蹴りをくれてやる。お前のせいなんだよこの馬鹿!
ああ、例のごとく腹が立つ。何が嫌って、わたし自身にも問題が無くは無いところが腹立たしい。
ものの本に拾い食いは鬼畜者のたしなみとあった。事実、鬼畜者に教育された幽霊は腐りかけた肉を食べても平然としている。
わたしが甘かった。鬼畜者としての素養に頼りきり、訓練が足りないにも関わらず調子に乗っていた。
拾い食いに耐えられる内臓を得るため、復讐の刃として使用するため、わたしは鬼畜性を高めなければならない。
宮殿を出てから三日目の昼。
濡れたタオルで体を拭くだけの毎日に嫌気がさしてきた。わたしは浴槽で身を清めたいのよ。
頑張って拾い食いをしようと思っていたのに、それさえもできなかった。
はぐれ者にも細かいルールがあるらしく、強い人間が優先的によさそうな食べ物を持っていく。
そりゃわたしが出張ればルンペンの十人や二十人、魔法を使って簡単にのしてしまえるけど、暴れて通報されでもしたらそれでおしまい。
しかたなく猫やカラスを追い払い、もそもそと残りを漁る。
こんなことでは、とても鬼畜性が高められているとは思えない。どうしろっていうのよ。
宮殿を出てから三日目の夜。
「というわけで新しい本を出しなさい」
「どういうわけなのさ」
「いいから早く出しなさい。もっといい本を。これ以上ないくらいに鬼畜な本を」
「だからー、本はボクのじゃなくておじさんのものなんだってば」
よし、より鬼畜な本が存在するということは確認できた。あとはそれを手に入れるだけよ。
「わたしはね、今とっても飢えてるの。何か食べれば腹を下すし、腹を下さない食べ物はなかなか手に入らないし」
「慣れれば大丈夫だよ」
「慣れる前に命を落とすんだよ馬鹿幽霊。いいから早く本を出せ」
「だって……おじさんの本だから」
「ああそう。このわたしが頭を下げて頼んでるっていうのに、お前はどうしても貸してくれないと。そういうわけね」
剃毛用のナイフを抜いて幽霊の首筋に当てた。ふふふふふふふ。
「人間、腹すかせてると正常な判断できないのよね」
「う……」
「だからずっと気づかなかったのよねぇ……そういえばここに新鮮な食材があったじゃない」
「ボ、ボク、ちょっとご用事思い出しちゃった。おじさんのところに行ってくるね」
「お土産よろしくね。さっさと戻ってきなさいよ」
三日目の深夜。いや、四日目の早朝だったかも。
石畳の上でマントに包まり寝ていると、どこからか足音が聞こえてきた。人数は五人……全員男。
慌てて身を起こし、自転車とともに闇に潜んでやり過ごすわたし。
仕事帰りの盗賊か、獲物を探す追いはぎか。なんでこの街ここまで治安が悪いのよ。
四日目。
あれだけ入りたいと思っていた風呂への渇望がすとんと無くなった。
服も髪も馴染んできているような気がする。多少汚れている方が虫に刺されないような気もする。鬼畜者として一皮むけたってとこかしらね。
お腹は相変わらず減っているので、食べられる野草を探すことにする。雑草しか見つからない。仕方なく雑草の根を噛んだ。
幽霊はまだ来ない。わたしを待たせるだなんて、何やってるのよあいつ。
七日目。
ふらふらしている。栄養が足りていない。多少怪しいものでも口にした方がよさそうね。
雑草を丸めて自家製煙草を作ってみたけど、いぶされて死にそうになった。草に火をつけることがこれほど危険だったなんて。
でも、それさえ別にすれば火系統の魔法は本当に偉大。とりあえず火さえ通しておけば大抵のものが食べ物になるもの。
水系統の魔法も同じくらい偉大ね。生きていくうえでどれだけ水が必要なのか、心底思い知らされたわ。
風? 土? ああ、そんな系統もあったっけ。
十日目。
久しぶりに新鮮な肉を食べた。
なんでこれに気がつかなかったのか、自分でも不思議でならない。
ライバルを排除しつつ、同時に食料を得ることができる。なんて素晴らしい。
それにしてもカラスの肉って案外美味しいものね。
ええっと……何日目だったっけ。
猫の肉はカラスの肉よりわたし好みかも。火加減がレア限定ってところはちょっと惜しいけどね。
しかしこんな生活でも意外と食を楽しめるものねぇ。
何日目か分からなくなってかなり経つけど、どうでもいい。
朝と昼と夜さえ分かればそれで充分。今日は祭りがあったとかで、人通りが多かった。
気をつけなきゃならないことも多かったけど、その分収穫も盛りだくさん。
ちょっと痛んでるだけの林檎を丸ごと手に入れたのが一番嬉しい。
久しぶりの果物の歯ごたえが気持ちいいこと。わたしってけっこうついてるのよねぇ。
次の日。
生活必需品を作るための作業に勤しんでいると、小便臭い気配を感じる。
顔を上げるとそこには驚いた顔のまま硬直している幽霊がいた。
「……お姉ちゃん?」
「水袋が必要になると思ってね。猫の皮をなめしてるのよ。お前も手伝いなさい」
「そうじゃなくて、その、なんていうかさ……かっこう?」
「ああ、これのこと? 野外での生活にも洒落心は必要かと思って作ってみたのよ。どう? カラスの骨で作ったネックレス。欲しがってもあげないわよ」
「いや、その。うん……かっこいいよ。あやしい魔法使いみたいで」
帰ってきた幽霊は両手で抱えきれないほどの、それどころかまともに持ち運びすることができなほどの品々を持ってきた。
どうやって持ってきたのか、その原理は分からなかったけど、いまさら幽霊に言うべきことじゃない。
「何よこの巨大寸胴鍋」
「これはドラム缶だよ」
「これは?」
「石鹸。たくさーんアワが出るやつを持ってきたんだ」
「きったない毛布ねぇ」
「でも、あるとあったかいでしょ。それとお姉ちゃんに頼まれてたのがこれ」
幽霊が取り出した本を見て、反射的に目を細めた。
ただ薄汚れているだけの本が、わたしの中にある「鬼畜者の目」には、さんぜんと光り輝いて見えた。
「これは……」
「えっとね。鬼営業が語る五感、霊感商法の薦め、だって」
鬼畜道見極めの書と出会い、わたしには新たな道が開けた。
五感鋭利向上の書と出会った時には、己を鍛えて上を目指す喜びを教えられた。
あの二冊の本と出会わなければ、今のわたしは存在しないと思う。
ただ美しいだけの王女として、プチ・トロワの中で怒鳴り散らしているだけだったと思う。
そのような二冊と比べてさえ、この「鬼営業が語る五感、霊感商法の薦め」は別の次元に存在していた。
前二冊が四系統の魔法だとすれば、この本は虚無。ここには一つの世界があった。ただそこにあるだけで計り知れない力を感じる。
「幽霊……気に入ったわ、この本」
「ホント? よろこんでもらえて、ボクうれしい」
「この本さえあれば、あの忌まわしい呪いの人形に一泡吹かせてやることができる」
「あ、忘れてなかったんだ」
「忘れるわけないでしょう。どうして忘れられるもんですか」
ここ数日の……あれ? 数日だったかしら。数日だったような、数十日だったような。どうもよく思い出せない。
ええと、まぁあれよ。数日から数十日の間に、わたしも鬼畜者として著しく成長できた。
さらに数日かけて「鬼営業が語る五感、霊感商法の薦め」を読み、より大きく飛躍する。
そうなれば、元が同じ能力とはいえ、圧倒的にスキルニルを引き離すことができるはず。
より強力な鬼畜者となり、鬼畜者であることに慢心し、油断してきっているやつの穴を突く!
……ふふ、穴を突くだなんて。言い回しまで鬼畜的になってきたわ。いい調子よイザベラ。
「それじゃ読みに読むわよ。一日につき三時間の睡眠のみ許可する」
「うわぁ、すごいなぁ」
「すごいなじゃない。お前も一緒に読むんだよ。わたしだけで読み進められるとでも思う?」
「えええええ!?」
「なに?」
「だって」
「なに?」
「ボク、帰ってきたばかりで」
「なんですって?」
「あのね」
「な! ん! で! す! っ! て!?」
「……はい。読みます」
このやり取り、何度やらせれば気が済むのかしら。黙ってわたしに従えば余計な労力を使わないのに。
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