「ルイズさんとハヤテくんと-3-2」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
「ルイズさんとハヤテくんと-3-2」(2007/09/28 (金) 12:48:52) の最新版変更点
追加された行は緑色になります。
削除された行は赤色になります。
「城下町、ですか?」
食堂でトラブルを起こした後、今は昼の時間。
進級直後の日程では、使い魔を召喚して日も浅いと言うのもあり、しばらく数日間は授業は午前のみ、午後は休みとされていた。
その休みを利用し、ルイズはハヤテに服や日用品を買ってやる、と言った。
「そう、城下町に行くのよ。あんたの服はもうボロボロだから、新しいの買ってあげる。
それに、使い魔の姿がみすぼらしかったら、主も恥をかくもの」
「そういえば、まだ一日しか経ってないんですよねぇ。バスにぶつかって大怪我したのが昨日の事に思えないです」
もう一週間以上経ったみたいだと、ハヤテは煤けたり黒ずんだり破れたりしている自分の衣服を見渡す。
『服の損壊の一番の原因が、決してルイズの爆破のせいだと言わないのも、使い魔としての優しさだぁ!』
「……何だか、物凄く不快な声が聞こえたわ」
「そうですか?」
「……ともかく、夕食までに帰らないといけないから、さっさと行ってさっさと帰るわよ」
「そんなに時間がかかるんですか?」
「馬に乗って3時間かかるの。往復したら最短で夜になっちゃうわ」
3時間……確か馬は、時速5~60キロ。つまり、150~180キロぐらいと見積もると。
(結構遠くないですか?
……いや、ここは食事もあるし、寝床もある。買い物事情はよく知らないけど、そんなに街に出る必要が無いのか……。
ん、そのぐらいの距離なら)
ハヤテの中では、一つの方法が浮かんでいた。
「念の為聞くけど、馬には乗れる?」
「馬には乗れますけど……それよりも、もっと早い方法で行きませんか?」
『後にルイズは、それを了承した事を後悔するのだった』
ハヤテが提案した方法は、一緒に召喚されて来た自転車だった。
預かっていたコルベールに今度自転車について説明する事を約束し、出発して5分後。
「お嬢様ー、どうですかー」
ルイズは助手席代わりの荷台に座り、ハヤテの腰に腕を回して掴んでいた。
誰もいない街道を、たった二人。背中越しに伝わるハヤテの熱。
昔、婚約者と馬の遠乗りでそんな乗り方をした事もあるが、やはり相手が同年代という事が効いているのか。
少し変わったシチュエーションに、何故か体温の上昇を感じた。
(って、こいつはただの使い魔よ? まさかねぇ……)
「お嬢様ー?」
「あー、うん……まあまあね。それにしても、不思議な乗り物ね……」
今の速さは大体、馬の速さと同じぐらい。
竜やグリフォンならもっと速いだろうが、人力でここまでの速度で走れる乗り物は、トリステインどころかハルケギニアでも聞いた事が無い。
『残念ながら、速いのはハヤテが非常識なだけである。長距離で平均時速60キロ超を維持できる一般高校生は、そうはいない』
「けど、このぐらいだったら、馬と変わらないじゃない」
「大丈夫、さっきまでは準備運動です。そろそろ、本気を出しますから」
は?
ルイズの目が点になった。これ以上速くするって、どういう事?
「幾らなんでも、そんな冗談は通じないわよ? 馬より速く走るなんて言わないわよね―――」
「さあ行きます! しっかり掴まっていて下さいね!」
「ちょ、あ、きゃあぁぁぁ……!」
ただ無我夢中でハヤテに掴まる。
体温を気にしていられない。声と景色が後ろに置いて行かれる。
髪が無茶苦茶になるのを気に留める余裕も無く、ルイズはこれに乗った事を後悔した。
『ちなみに現在時速、150キロオーバー!』
「頑張りますから、後一時間で着きます!」
「あ、あ、は、はや、」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫、じゃ、ない、わ」
「もう少し我慢して下さいね、お嬢様」
「って、つ、次、みぎ」
「右ですね?
―――イナーシャルドリフトォォォッ!!」
「きゃあぁぁぁっ!!」
「さあ、全速力行きます!」
「もういやあぁぁぁっ……!!」
到着後、流石に爆破は無かったが、杖で何回も殴られたハヤテ。
「もういや……非常識よ……」
「よく分かりませんが、すみません……帰りはもう少しゆっくり走ります」
何はともあれ、無事に街についた二人。
自転車を門の前の駅に預け(珍しい馬だと言われたが)、街の大通りを行く。
東京に比べたら狭いが、露店が所狭しと立ち並び、活気には事欠かない。
「何キョロキョロしてるの?」
「いえ、こういう光景は、映画……じゃなかった、噂でしか見た事ありませんでしたから」
「そういえば、メイジも知らない田舎にいたのよね……」
異世界の説明をし辛い為、まだそういう事になっていた。
「けど、それは次の休みにしときなさい。田舎者だって思われて、財布すられるわよ。それに、」
ルイズが立ち止まったのに続き、ハヤテもある建物の前で立ち止まる。
「先にここで、服選びなさい。お金は十分入れて来たから、遠慮はしなくていいわよ」
と、言った記憶は確かにあった。服を選べと、遠慮するなと言ったのだが。
「どうでしょうか? どれも、お付きの方にピッタリかと思われますが」
「うーん……見慣れない服ばかりですね」
「むしろ、あんたの服みたいなの、見た事無いわよ」
「すみません、この服とこの服の布、ありますか」
「お客様、あの……布、ですか?」
「な、何する気なのよ…?」
「よしっ、これで暫くは保ちますね。布と糸で幾らになりますか?」
「は、はい……これだけです」
「布から直すなら別の店で布買ったのに……非常識よ」
「ありがとうございました……」
もうどうにでもなれと言うやけくそな店員の声を背に受け、二人は店を後にした。
「いやぁ、随分安くつきましたね」
「そうね……」
精神的に疲れ、げっそりとした顔でルイズが返す。
そりゃあ材料だけだったら安くもなるわよ! と突っ込みたかったが、それをしてもこの男には無駄だろうと何となく思った。
「けど、自転車で来たから荷物が積めないってのが問題でしたね」
「ねえ、そこが問題なの!? 私だけおかしいの!?」
外に向かって問い掛けたかったが、残念ながら今それに同意してくれそうな相手は誰もいなかった。
あのキュルケでもいいのに!
「……私、言ったわよね? 服、買いに行くって。遠慮するなって」
「はい、そうですね」
「服屋で買った物が布と糸って、どういう事?」
怒っているのか怒っていないのかよく分からないルイズのジト目を、ハヤテはそれはですねと笑って受け流し、
「あそこの服、これより動きにくそうでしたから」
「じゃあ別の店行ってあげるわよ。それに、服はずっと着てたら慣れるわよ」
「まあ、そうですが……それに」
「それに?」
「今はまだ、ここでどんな事があるか分かりませんから。
ここに慣れるまでは、お嬢様のいざと言う時の為に、動き慣れた格好でいたいんです」
「あんた……」
時々ある無垢な顔でいけしゃあしゃあと言うものだから、少しグッと来た。
使い魔の本分を前に掲げられると、何も言えないではないか。
不意打ちだ。あまりにも不意打ち過ぎて、「そう…じゃ、また次に見に来るわよ」としか言えない。
「さて、と。時間も余裕あるし、財布も余裕あるから、他に欲しい物、無いの?」
ルイズは取り敢えず服屋の事は忘れ、何気なく聞いたつもりだったが、ハヤテは予想に反してうーんと考え込んだ。
「どうしたのよ?」
「えっと……ただ見に行きたいだけなんですけど」
「何?」
「武器屋か防具屋って、ありますか?」
思わぬ問いに、ルイズも考え込む。どういう意図なのかしら……。
「あ、いえ、やっぱりこんな世界ですから、そういうのもあるのかなぁと」
「両手振って必死で言わなくてもいいわよ。
……見たい?」
「はい!
やっぱり、一度は見てみたいです」
男のロマンですからと言う意味は理解出来なかったが、今日もまあ頑張っていたし、時間も余っているからまあいいわ、と仏心を出し、ルイズはハヤテを武器屋に連れて行った。
昼間なのに薄暗い店内に入ると、流石武器屋らしく、あちらこちらに剣や槍が並び、甲胄が飾ってあった。
奥にいた中年の主人が、入って来た客が貴族の服装をしているのを見て、慌てて姿勢を正す。
「貴族の旦那、うちはまっとうな商売してまさあ。お上に目をつけられるようなことなんか、これっぽっちもありませんぜ」
「冷やかしよ。もしかしたら買うかもしれないけど……こいつの分を」
「そうですか、まあ見繕いましょうかね」
そういって奥に消えながら、主人は鴨がネギしょって来た、おだてて高く買わせようとほくそ笑む。
「これが武器屋ですか……」
「どう、感想は?」
「予想外ですけど、ある意味予想通りです」
ハヤテが異文化に触れて感銘を受けていると、主人は華奢な細身の剣を持ち出して来た。
「最近は貴族の間で盗賊の被害が増えてるようでして。下僕に剣を持たせるって事で、流行ってるのがこれでさぁ」
「盗賊?」
「なんでも土くれのフーケだかブーケとかいうメイジの盗賊が、貴族のお宝を散々盗みまくってるって噂でさ」
盗賊話はまあどうでもよかったが、隣で剣を振ったり軽く叩いたり、じっと凝視するハヤテと剣を対比すると、何だか頼り無い様に見える。
すると、初めは買う気もなかったのだが、もっとましな他のも見たくなってしまった。もう少し頼りになるように見える剣はないだろうか?
「他のは? もっと大きくて太いのがいいわ」
「お言葉ですが、剣と人には相性ってもんがございます。見たところ、そちらの付き人には、この程度が無難なようで」
「いいのよ、あるなら持ってきなさい」
「お嬢様?」
見るだけじゃ? というハヤテの視線を無視してルイズが言うと、主人は「素人が!」小声でと呟きながら奥から新たな剣を出す。
今度は両手型の大剣で、1.5メートルはある。
宝石が散りばめられ、刀身は鏡の様に光る立派な拵え。
ハヤテが前の剣を返して受けとり、同様に観察する。
案外軽々と持たれた事に店員は多少驚きながらも、
「店一番の業物でさ。貴族のお供をさせるなら、このぐらいは腰から下げて欲しいものですな」
一番と聞き、ルイズは満足した。貴族特有の、一番で無いと気がすまない病である。
「一応、いくら?」
「何せこいつを鍛えたのは、かの高名なゲルマニアの錬金魔術師シュペー卿で。魔法がかかってるから鉄だって一刀両断でさ。
エキュー金貨で二千。新金貨なら三千よ」
「立派な家と、森つきの庭が買えるじゃないの」
「少なくとも、剣は金二百はしますぜ」
ルイズはげんなりした。元々服や日用品を買う予定だったので、あまり財布には金が入っていない。
『だが主人のその自信は、大剣をさっきと同様に調べていたハヤテの言葉によって、崩れさるのであった』
ハヤテが調べる為に大剣を左手で握り、ふと気がつくと、左手の文字が光っていた事に気付いた。
剣を放すと、消える。持つと、光る。
放す、消える。持つ、光る。
そして、分かる事があった。
「何でしょうか……お嬢様!」
「何よ!」
「見てください、これ!」
げんなりしていたルイズにハヤテが文字を光らせ、
「ルーンが光ってるわね……」
「お嬢様は、どういう事か分かりませんか?」
「分からないわ、ルーンの発光なんて聞いた事無いし……もしかして、使い魔にされた生物は不思議な力を持つようになるって言うけど、それかしら」
「そうなんですか……」
自分に訪れた不思議な現象に、ハヤテは戸惑った。剣を握ると、光る左手。
念の為辺りに転がっている物を握ると、武器に全て反応した。
おまけに、強く握ると力強さを感じる。
何だろう……もしかして……。
(これが、シャイニングフィンガーと言うものか……!)
我が世の春が来た! 凄いよター○X、流石○ーンAのお兄さん! とか言いながら全身分離する自分を想像したが、気持ち悪いだけだった。
『言うまでも無く、皆様ご存じガンダールヴ、どんな武器でも使いこなす伝説の使い魔の証である』
「で、何か変わった事でもあったの?」
「ええ、例えばこの剣を握るとですね、武器の事が分かる様になるんです」
と、店一番と自慢の剣を握り、
「これは……ただの鉄の剣ですね」
何、と主人の顎が外れそうな程開く。
「装飾は外側だけのメッキで、かかった魔法も特に無いようです。
あまり実用には耐えられそうにありませんし、道具として使っても、何の効果もありません。
装備できるのは、今のところ僕は可能です。店に売れば、銀貨50枚ぐらいになるでしょう」
「何でそんな事、分かるのよ」
「そ、そうだ! て、て適当な事を言うな!」
「そんな事言われても、手が光ったら武器の事が分かるようになりまして、」
ルイズと店員のダブル追及に怯んだその時、
「おでれーた! 坊主、使い手か!」
どこからか、ルイズでもハヤテでも店員でもない謎の声が聞こえる。
主人があちゃーと頭を抱え、ハヤテがごちゃごちゃとした店内を見回す。
「……幽霊でしょうか?」
「違う! 俺様だ、剣だ!」
声の方向をよく見て、よく聞くと、錆だらけのぼろぼろの剣が喋っていたのだ。
「お、お嬢様! 剣が、剣が喋ってますよ!?
ソーディ○ンでしょうか!? それとも最近噂の、全力全壊と言いながら敵を粉砕する、CV般若と呼ばれている超魔王の武器の親戚でしょうか!?」
「そっちは知らないけど、それはインテリジェンスソードよ」
「インテリジェンスソード?」
「そうでさ、意思を持つ魔剣、インテリジェンスソードでさ。
いったい、どこの魔術師が始めたんでしょうかねえ、剣をしゃべらせるなんて。
とにかく、こいつはやたらとロは悪いわ、客にケンカは売るわで閉口してましたんですが……」
「坊主、おもしれえな! 俺を買ってくれよ!」
「……って言ってるけど、どうする?」
口の悪さにいささか閉口しながらも、ルイズがハヤテに訊ねる。
「面白いですし、」
ルーンを光らせ、
「中々いい剣ですが……問題は、いくらですか?」
「あれなら、百で結構でさ」
「あんなボロボロで錆だらけなので百も取るの? せめて三十にならない?」
「てめ、娘っ子! 俺を値切るのか!?」
「結構で。こっちにしてみりゃ、厄介払いみたいなもんでさ」
「ちょ、お前もか!」
本人、いや本剣の意思を無視し、繰り広げられる交渉事。纏まってルイズがお金を払う間に、ハヤテは新しい仲間に挨拶をしていた。
「やっぱり使い手か。俺様はデルフリンガーってんだ。これからよろしくな、相棒!」
「僕は、綾崎ハヤテです。使い手って、何ですか?」
「さあ、何だったかな……長いこと生きてると、忘れちまった。
ただ、その手のが使い手を表してるって事、俺が使い手に使われたいって事は、覚えてらぁ」
「へぇ……」
「ねぇ、ホントにそんなの買ってよかったの? 今更だけど、安物買いの銭失いじゃない?」
精算から返って来たルイズが、早速辛辣な声をかける。
「こら娘っ子! てめぇ、俺様を値切りやがって! おまけにその言い草はなんだ!」
「いいのよ。そいつは私の使い魔、つまり私の物。使い魔の物は私の物なのよ!」
「ひでぇ!」
(この世界でもジャイアニズムはあるんだ……)
「いいんですよ、お嬢様。正直、見に行くだけで買うとは予想外でしたけど」
「……そうね。私も、気がついたら買う気になってたから」
ハヤテの格好を見て、せめて剣は持たせた方が使い魔として格好が付くかしら→店一番の剣!なら買うしかないわね→金が無い……今更貴族だって言ったからには、何か買わないと恥ずかしいわね、
という内心の変化は、とても言えそうに無かった。
「それに、喋る剣って憧れるじゃないですか。
アニメ……じゃなかった、物語とかで武器と仲良さそうにしてるのを見たら、小さい子供の頃って羨ましくなりませんでした?」
「無いわよ、女だからかしら。後、あんた今は子供じゃないでしょ」
「それはそうですが……まあ、ロマンですよ」
『何でもかんでもロマンで片付けられると思うなよ!とルイズが心の中で突っ込んだかどうかは、定かでは無い』
ただ、子供みたいに嬉しそうに顔を崩すハヤテを見ていると、買った甲斐ぐらいはあるというものだ、と思わされてしまった。
「結局これって、何なんでしょう?」
デルフを握り離しして、光ったり消えたりするルーンを確かめながら、ハヤテは駅に向かうルイズに問い掛ける。
「私は知らないけど、もしかしたら学院の図書館に何かあるかもしれないわね。あそこは古書がいっぱいあるから」
ルイズは空を確かめるように見上げ、
「今日は遅いから、明日にしましょう。帰りも馬なんだから、学院についたらもう夕食時よ」
「自転車ですよ?」
「………………あ」
ルイズは忘れていた。
あまりの衝撃に、脳が記憶を消す事を選んだのかもしれない。
「……また、乗るの? あれに?」
「おいおい娘っ子、どうした?」
流石に尋常で無い声で震えたルイズに訊ねるデルフに、小さく「知らないって幸せよね……」と呟いた。
「もっと、遅くしますが……」
「相棒、娘っ子はどうしたんだよ?」
「いや、何だか自転車が怖いみたいで……」
「そ、それより! 手が光ったら、どんな事が分かるのよ!」
頼むから思い出させないでよ! と一人と一本を鋭く睨み付け、ルイズはせかす様に聞いた。
「はぁ……。まず、武器の種類と、付加効果が分かります」
「付加効果?」
「魔法がかかっているかとか、武器に別の効果が含まれているかとかです。
さっきの剣は、何もかかってないただの剣でした」
「相棒の言う通りだ。あれは、ただの飾りにしかなんねえよ」
ケラケラとデルフが笑う。
「ま、偽者でも店にとっては売れりゃあ勝ちだからな」
「他には?」
「誰が装備出来るかに、売ったら幾らになるか……それだけです」
「それだけ? 他には無いの?」
「何もないですね……力強さは今も感じるのですが」
「あ、そりゃ汗だ、相棒」思わぬ答だ。
「相棒の手、知らないうちに緊張してるか何かで、汗で握り悪いから、力入れて握ってるだけよ」
「あ、成程……」
「なるほど……じゃないわよ。武器の事だけが分かっても使い道無いじゃない。しかも何で武器だけ?」
「さあ……身体は剣で出来ている訳ではあるませんし」
「おかしいな……使い手の力って、こんなだったか?
もっと凄い事があった記憶が……」
デルフの思い出すような呟きは、誰にも聞かれず風に溶けて消えた。
帰り道、自転車にヒモでデルフをくくり付け、行きとは違い、頼まれた通りに50キロに抑えて漕いでいたのだが。
「相棒、この乗り物は何だよ! すっげえな!」
「このぐらいよ! もっと速くしたら、許さないから!」
トラウマを抱えたような主の命令を背中に受けてのんびりと進んでいると、後ろから数頭の馬が追いついて、ハヤテ達と並走した。
騎乗主は学院のマントや制服を着ている。どうやら、ルイズと同様街に用事があった類の連中だった。
「おい、ゼロのルイズがいるぞ!」
「変わった馬だな! しかも使い魔に乗せられてるぜ!」
「ゼロのルイズは、馬にも乗れなくなったらしいぜ!」
「ぎゃははは……」
ある意味子供らしい汚い言葉と笑いを投げ掛け、先へと馬を走らせる。
「けっ、なんだありゃ?」
「―――お嬢様」
「なっ、何かしら?」
召喚してから一度も聞いた事の無い、芯の通ったハヤテの声。とてもまじめなのに嫌な予感しかしなくて、思わず訊ねてしまった。
「あの人達の馬、抜いても―――」
「だめだめだめ! ダメ、絶対!」
馬を抜く、という事はまたアホみたいなスピードを出すと言うこと。
竜なら空を飛んでいるから振動も無く、速さの比較も感じにくいのだが、同じ、いやそれ以上の速度を大地で走られる自転車でされると、置いていかれる木やその他の景色とのスピードの対比で怖さが先に立った。
「僕のやっている事でお嬢様をバカにされる事は、許せませんから」
「いいから! 気にしないでいいから!
気持ちは嬉しいけど無視しなさい!」
「では、本気を出します!」
「人の話を聞いてぇぇぇぇ……!」
結果から言えば、ルイズは馬鹿にされた相手を追い抜いたとき、顎が外れる程驚いた顔を見て気分はすっきりしたのだが、
その後一週間は「自転車なんて乗りたくない……もう見たくもないわ」と食堂のとあるメイドに愚痴る姿を目撃されたそうである。
『次回は、土のゴーレムと戦い……の前に何かがありまっすぅ!』
「あれ? 僕の台本、途中からハーマイオニーに変わってるんですけど?」
『何処かで出てきた呪いのアイテム、ハヤテは生き延びる事が出来るかっ!』
「城下町、ですか?」
食堂でトラブルを起こした後、今は昼の時間。
進級直後の日程では、使い魔を召喚して日も浅いと言うのもあり、しばらく数日間は授業は午前のみ、午後は休みとされていた。
その休みを利用し、ルイズはハヤテに服や日用品を買ってやる、と言った。
「そう、城下町に行くのよ。あんたの服はもうボロボロだから、新しいの買ってあげる。
それに、使い魔の姿がみずぼらしかったら、主も恥をかくもの」
「そういえば、まだ一日しか経ってないんですよねぇ。バスにぶつかって大怪我したのが昨日の事に思えないです」
もう一週間以上経ったみたいだと、ハヤテは煤けたり黒ずんだり破れたりしている自分の衣服を見渡す。
『服の損壊の一番の原因が、決してルイズの爆破のせいだと言わないのも、使い魔としての優しさだぁ!』
「……何だか、物凄く不快な声が聞こえたわ」
「そうですか?」
「……ともかく、夕食までに帰らないといけないから、さっさと行ってさっさと帰るわよ」
「そんなに時間がかかるんですか?」
「馬に乗って3時間かかるの。往復したら最短で夜になっちゃうわ」
3時間……確か馬は、時速20キロ程度。つまり、50~60キロぐらいと見積もると。
(あまり遠くないですね……ん、そのぐらいの距離なら)
ハヤテの中では、一つの方法が浮かんでいた。
「念の為聞くけど、馬には乗れる?」
「馬には乗れますけど……それよりも、もっと早い方法で行きませんか?」
『後にルイズは、それを了承した事を後悔するのだった』
ハヤテが提案した方法は、一緒に召喚されて来た自転車だった。
預かっていたコルベールに今度自転車について説明する事を約束し、出発して5分後。
「お嬢様ー、どうですかー」
ルイズは助手席代わりの荷台に座り、ハヤテの腰に腕を回して掴んでいた。
誰もいない街道を、たった二人。背中越しに伝わるハヤテの熱。
昔、婚約者と馬の遠乗りでそんな乗り方をした事もあるが、やはり相手が同年代という事が効いているのか。
少し変わったシチュエーションに、何故か体温の上昇を感じた。
(って、こいつはただの使い魔よ? まさかねぇ……)
「お嬢様ー?」
「あー、うん……まあまあね。それにしても、不思議な乗り物ね……」
今の速さは大体、馬の2倍ぐらいの速さ。
竜やグリフォンならもっと速いだろうが、人力でここまでの速度で走れる乗り物は、トリステインどころかハルケギニアでも聞いた事が無い。
『残念ながら、速いのはハヤテが非常識なだけである。長距離で平均時速60キロ超を維持できる高校生は、そうはいない』
「このぐらいだったら、思ったより早くつくわね」
「いえ、これは準備運動です。そろそろ、本気を出しますから」
は?
ルイズの目が点になった。これ以上速くするって、どういう事?
「幾らなんでも、そんな冗談は通じないわよ? 馬より速く走るなんて言わないわよね―――」
「さあ行きます! しっかり掴まっていて下さいね!」
「ちょ、あ、きゃあぁぁぁ……!」
ただ無我夢中でハヤテに掴まる。
体温を気にしていられない。声と景色が後ろに置いて行かれる。
髪が無茶苦茶になるのを気に留める余裕も無く、ルイズはこれに乗った事を後悔した。
『ちなみに現在時速、150キロオーバー!』
「頑張りますから、後30分もせずに着きます!」
「あ、あ、は、はや、」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫、じゃ、ない、わ」
「もう少し我慢して下さいね、お嬢様」
「って、つ、次、みぎ」
「右ですね?
―――イナーシャルドリフトォォォッ!!」
「きゃあぁぁぁっ!!」
「さあ、全速力行きます!」
「もういやあぁぁぁっ……!!」
到着後、流石に爆破は無かったが、杖で何回も殴られたハヤテ。
「もういや……非常識よ……」
「よく分かりませんが、すみません……帰りはもう少しゆっくり走ります」
何はともあれ、無事に街についた二人。
自転車を門の前の駅に預け(珍しい馬だと言われたが)、街の大通りを行く。
東京に比べたら狭いが、露店が所狭しと立ち並び、活気には事欠かない。
「何キョロキョロしてるの?」
「いえ、こういう光景は、映画……じゃなかった、噂でしか見た事ありませんでしたから」
「そういえば、メイジも知らない田舎にいたのよね……」
異世界の説明をし辛い為、まだそういう事になっていた。
「けど、それは次の休みにしときなさい。田舎者だって思われて、財布すられるわよ。それに、」
ルイズが立ち止まったのに続き、ハヤテもある建物の前で立ち止まる。
「先にここで、服選びなさい。お金は十分入れて来たから、遠慮はしなくていいわよ」
と、言った記憶は確かにあった。服を選べと、遠慮するなと言ったのだが。
「どうでしょうか? どれも、お付きの方にピッタリかと思われますが」
「うーん……見慣れない服ばかりですね」
「むしろ、あんたの服みたいなの、見た事無いわよ」
「すみません、この服とこの服の布、ありますか」
「お客様、あの……布、ですか?」
「な、何する気なのよ…?」
「よしっ、これで暫くは保ちますね。布と糸で幾らになりますか?」
「は、はい……これだけです」
「布から直すなら別の店で布買ったのに……非常識よ」
「ありがとうございました……」
もうどうにでもなれと言うやけくそな店員の声を背に受け、二人は店を後にした。
「いやぁ、随分安くつきましたね」
「そうね……」
精神的に疲れ、げっそりとした顔でルイズが返す。
そりゃあ材料だけだったら安くもなるわよ! と突っ込みたかったが、それをしてもこの男には無駄だろうと何となく思った。
「けど、自転車で来たから荷物が積めないってのが問題でしたね」
「ねえ、そこが問題なの!? 私だけおかしいの!?」
外に向かって問い掛けたかったが、残念ながら今それに同意してくれそうな相手は誰もいなかった。
あのキュルケでもいいのに!
「……私、言ったわよね? 服、買いに行くって。遠慮するなって」
「はい、そうですね」
「服屋で買った物が布と糸って、どういう事?」
怒っているのか怒っていないのかよく分からないルイズのジト目を、ハヤテはそれはですねと笑って受け流し、
「あそこの服、これより動きにくそうでしたから」
「じゃあ別の店行ってあげるわよ。それに、服はずっと着てたら慣れるわよ」
「まあ、そうですが……それに」
「それに?」
「今はまだ、ここでどんな事があるか分かりませんから。
ここに慣れるまでは、お嬢様のいざと言う時の為に、動き慣れた格好でいたいんです」
「あんた……」
時々ある無垢な顔でいけしゃあしゃあと言うものだから、少しグッと来た。
使い魔の本分を前に掲げられると、何も言えないではないか。
不意打ちだ。あまりにも不意打ち過ぎて、「そう…じゃ、また次に見に来るわよ」としか言えない。
「さて、と。時間も余裕あるし、財布も余裕あるから、他に欲しい物、無いの?」
ルイズは取り敢えず服屋の事は忘れ、何気なく聞いたつもりだったが、ハヤテは予想に反してうーんと考え込んだ。
「どうしたのよ?」
「えっと……ただ見に行きたいだけなんですけど」
「何?」
「武器屋か防具屋って、ありますか?」
思わぬ問いに、ルイズも考え込む。どういう意図なのかしら……。
「あ、いえ、やっぱりこんな世界ですから、そういうのもあるのかなぁと」
「両手振って必死で言わなくてもいいわよ。
……見たい?」
「はい!
やっぱり、一度は見てみたいです」
男のロマンですからと言う意味は理解出来なかったが、今日もまあ頑張っていたし、時間も余っているからまあいいわ、と仏心を出し、ルイズはハヤテを武器屋に連れて行った。
昼間なのに薄暗い店内に入ると、流石武器屋らしく、あちらこちらに剣や槍が並び、甲胄が飾ってあった。
奥にいた中年の主人が、入って来た客が貴族の服装をしているのを見て、慌てて姿勢を正す。
「貴族の旦那、うちはまっとうな商売してまさあ。お上に目をつけられるようなことなんか、これっぽっちもありませんぜ」
「冷やかしよ。もしかしたら買うかもしれないけど……こいつの分を」
「そうですか、まあ見繕いましょうかね」
そういって奥に消えながら、主人は鴨がネギしょって来た、おだてて高く買わせようとほくそ笑む。
「これが武器屋ですか……」
「どう、感想は?」
「予想外ですけど、ある意味予想通りです」
ハヤテが異文化に触れて感銘を受けていると、主人は華奢な細身の剣を持ち出して来た。
「最近は貴族の間で盗賊の被害が増えてるようでして。下僕に剣を持たせるって事で、流行ってるのがこれでさぁ」
「盗賊?」
「なんでも土くれのフーケだかブーケとかいうメイジの盗賊が、貴族のお宝を散々盗みまくってるって噂でさ」
盗賊話はまあどうでもよかったが、隣で剣を振ったり軽く叩いたり、じっと凝視するハヤテと剣を対比すると、何だか頼り無い様に見える。
すると、初めは買う気もなかったのだが、もっとましな他のも見たくなってしまった。もう少し頼りになるように見える剣はないだろうか?
「他のは? もっと大きくて太いのがいいわ」
「お言葉ですが、剣と人には相性ってもんがございます。見たところ、そちらの付き人には、この程度が無難なようで」
「いいのよ、あるなら持ってきなさい」
「お嬢様?」
見るだけじゃ? というハヤテの視線を無視してルイズが言うと、主人は「素人が!」小声でと呟きながら奥から新たな剣を出す。
今度は両手型の大剣で、1.5メートルはある。
宝石が散りばめられ、刀身は鏡の様に光る立派な拵え。
ハヤテが前の剣を返して受けとり、同様に観察する。
案外軽々と持たれた事に主人は多少驚きながらも、
「店一番の業物でさ。貴族のお供をさせるなら、このぐらいは腰から下げて欲しいものですな」
一番と聞き、ルイズは満足した。貴族特有の、一番で無いと気がすまない病である。
「一応、いくら?」
「何せこいつを鍛えたのは、かの高名なゲルマニアの錬金魔術師シュペー卿で。魔法がかかってるから鉄だって一刀両断でさ。
エキュー金貨で二千。新金貨なら三千よ」
「立派な家と、森つきの庭が買えるじゃないの」
「少なくとも、剣は金二百はしますぜ」
ルイズはげんなりした。元々服や日用品を買う予定だったので、あまり財布には金が入っていない。
『だが主人のその自信は、大剣をさっきと同様に調べていたハヤテの言葉によって、崩れさるのであった』
ハヤテが調べる為に大剣を左手で握り、ふと気がつくと、左手の文字が光っていた事に気付いた。
剣を放すと、消える。持つと、光る。
放す、消える。持つ、光る。
そして、分かる事があった。
「何でしょうか……お嬢様!」
「何よ!」
「見てください、これ!」
げんなりしていたルイズにハヤテが文字を光らせ、
「ルーンが光ってるわね……」
「お嬢様は、どういう事か分かりませんか?」
「分からないわ、ルーンの発光なんて聞いた事無いし……もしかして、使い魔にされた生物は不思議な力を持つようになるって言うけど、それかしら」
「そうなんですか……」
自分に訪れた不思議な現象に、ハヤテは戸惑った。剣を握ると、光る左手。
念の為辺りに転がっている物を握ると、武器に全て反応した。
おまけに、強く握ると力強さを感じる。
何だろう……もしかして……。
(これが、シャイニングフィンガーと言うものか……!)
我が世の春が来た! 凄いよター○X、流石○ーンAのお兄さん! とか言いながら全身分離する自分を想像したが、気持ち悪いだけだった。
『言うまでも無く、皆様ご存じガンダールヴ、どんな武器でも使いこなす伝説の使い魔の証である』
「で、何か変わった事でもあったの?」
「ええ、例えばこの剣を握るとですね、武器の事が分かる様になるんです」
と、店一番と自慢の剣を握り、
「これは……ただの鉄の剣ですね」
何、と主人の顎が外れそうな程開く。
「装飾は外側だけのメッキで、かかった魔法も特に無いようです。
あまり実用には耐えられそうにありませんし、道具として使っても、何の効果もありません。
装備できるのは、今のところ僕は可能です。店に売れば、銀貨50枚ぐらいになるでしょう」
「何でそんな事、分かるのよ」
「そ、そうだ! て、て適当な事を言うな!」
「そんな事言われても、手が光ったら武器の事が分かるようになりまして、」
ルイズと主人のダブル追及に怯んだその時、
「おでれーた! 坊主、使い手か!」
どこからか、ルイズでもハヤテでも主人でもない謎の声が聞こえる。
主人があちゃーと頭を抱え、ハヤテがごちゃごちゃとした店内を見回す。
「……幽霊でしょうか?」
「違う! 俺様だ、剣だ!」
声の方向をよく見て、よく聞くと、錆だらけのぼろぼろの剣が喋っていたのだ。
「お、お嬢様! 剣が、剣が喋ってますよ!?
ソーディアンでしょうか!? それとも最近噂の、全力全壊と言いながら敵を粉砕する、CV般若と呼ばれている超魔王の武器の親戚でしょうか!?」
「そっちは知らないけど、それはインテリジェンスソードよ」
「インテリジェンスソード?」
「そうでさ、意思を持つ魔剣、インテリジェンスソードでさ。
いったい、どこの魔術師が始めたんでしょうかねえ、剣をしゃべらせるなんて。
とにかく、こいつはやたらとロは悪いわ、客にケンカは売るわで閉口してましたんですが……」
「坊主、おもしれえな! 俺を買ってくれよ!」
「……って言ってるけど、どうする?」
口の悪さにいささか閉口しながらも、ルイズがハヤテに訊ねる。
「面白いですし、」
ルーンを光らせ、
「中々いい剣ですが……問題は、いくらですか?」
「あれなら、百で結構でさ」
「あんなボロボロで錆だらけなので百も取るの? せめて三十にならない?」
「てめ、娘っ子! 俺を値切るのか!?」
「結構で。こっちにしてみりゃ、厄介払いみたいなもんでさ」
「ちょ、お前もか!」
本人、いや本剣の意思を無視し、繰り広げられる交渉事。纏まってルイズがお金を払う間に、ハヤテは新しい仲間に挨拶をしていた。
「やっぱり使い手か。俺様はデルフリンガーってんだ。これからよろしくな、相棒!」
「僕は、綾崎ハヤテです。使い手って、何ですか?」
「さあ、何だったかな……長いこと生きてると、忘れちまった。
ただ、その手のが使い手を表してるって事、俺が使い手に使われたいって事は、覚えてらぁ」
「へぇ……」
「ねぇ、ホントにそんなの買ってよかったの? 今更だけど、安物買いの銭失いじゃない?」
精算から返って来たルイズが、早速辛辣な声をかける。
「こら娘っ子! てめぇ、俺様を値切りやがって! おまけにその言い草はなんだ!」
「いいのよ。そいつは私の使い魔、つまり私の物。使い魔の物は私の物なのよ!」
「ひでぇ!」
(この世界でもジャイアニズムはあるんだ……)
「いいんですよ、お嬢様。正直、見に行くだけで買うとは予想外でしたけど」
「……そうね。私も、気がついたら買う気になってたから」
ハヤテの格好を見て、せめて剣は持たせた方が使い魔として格好が付くかしら→店一番の剣!なら買うしかないわね→金が無い……今更貴族だって言ったからには、何か買わないと恥ずかしいわね、
という内心の変化は、とても言えそうに無かった。
「それに、喋る剣って憧れるじゃないですか。
アニメ……じゃなかった、物語とかで武器と仲良さそうにしてるのを見たら、小さい子供の頃って羨ましくなりませんでした?」
「無いわよ、女だからかしら。後、あんた今は子供じゃないでしょ」
「それはそうですが……まあ、ロマンですよ」
『何でもかんでもロマンで片付けられると思うなよ!とルイズが心の中で突っ込んだかどうかは、定かでは無い』
ただ、子供みたいに嬉しそうに顔を崩すハヤテを見ていると、買った甲斐ぐらいはあるというものだ、と思わされてしまった。
「結局これって、何なんでしょう?」
デルフを握り離しして、光ったり消えたりするルーンを確かめながら、ハヤテは駅に向かうルイズに問い掛ける。
「私は知らないけど、もしかしたら学院の図書館に何かあるかもしれないわね。あそこは古書がいっぱいあるから」
ルイズは空を確かめるように見上げ、
「今日は遅いから、明日にしましょう。帰りも馬なんだから、学院についたらもう夕食時よ」
「自転車ですよ?」
「………………あ」
ルイズは忘れていた。
あまりの衝撃に、脳が記憶を消す事を選んだのかもしれない。
「……また、乗るの? あれに?」
「おいおい娘っ子、どうした?」
流石に尋常で無い声で震えたルイズに訊ねるデルフに、小さく「知らないって幸せよね……」と呟いた。
「もっと、遅くしますが……」
「相棒、娘っ子はどうしたんだよ?」
「いや、何だか自転車が怖いみたいで……」
「そ、それより! 手が光ったら、どんな事が分かるのよ!」
頼むから思い出させないでよ! と一人と一本を鋭く睨み付け、ルイズはせかす様に聞いた。
「はぁ……。まず、武器の種類と、付加効果が分かります」
「付加効果?」
「魔法がかかっているかとか、武器に別の効果が含まれているかとかです。
さっきの剣は、何もかかってないただの剣でした」
「相棒の言う通りだ。あれは、ただの飾りにしかなんねえよ」
ケラケラとデルフが笑う。
「ま、偽者でも店にとっては売れりゃあ勝ちだからな」
「他には?」
「誰が装備出来るかに、売ったら幾らになるか……それだけです」
「それだけ? 他には無いの?」
「何もないですね……力強さは今も感じるのですが」
「あ、そりゃ汗だ、相棒」思わぬ答だ。
「相棒の手、知らないうちに緊張してるか何かで、汗で握り悪いから、力入れて握ってるだけよ」
「あ、成程……」
「なるほど……じゃないわよ。武器の事だけが分かっても使い道無いじゃない。しかも何で武器だけ?」
「さあ……身体は剣で出来ている訳ではあるませんし」
「おかしいな……使い手の力って、こんなだったか?
もっと凄い事があった記憶が……」
デルフの思い出すような呟きは、誰にも聞かれず風に溶けて消えた。
帰り道、自転車にヒモでデルフをくくり付け、行きとは違い、頼まれた通りに20キロに抑えて漕いでいたのだが。
「相棒、この乗り物は何だよ! すっげえな!」
「このぐらいよ! もっと速くしたら、許さないから!」
トラウマを抱えたような主の命令を背中に受けてのんびりと進んでいると、後ろから数頭の馬が追いついて、ハヤテ達と並走した。
騎乗主は学院のマントや制服を着ている。どうやら、ルイズと同様街に用事があった類の連中だった。
「おい、ゼロのルイズがいるぞ!」
「変わった馬だな! しかも使い魔に乗せられてるぜ!」
「ゼロのルイズは、馬にも乗れなくなったらしいぜ!」
「ぎゃははは……」
ある意味子供らしい汚い言葉と笑いを投げ掛け、先へと馬を走らせる。
「けっ、なんだありゃ?」
「―――お嬢様」
「なっ、何かしら?」
召喚してから一度も聞いた事の無い、芯の通ったハヤテの声。とてもまじめなのに嫌な予感しかしなくて、思わず訊ねてしまった。
「あの人達の馬、抜いても―――」
「だめだめだめ! ダメ、絶対!」
馬を抜く、という事はまたアホみたいなスピードを出すと言うこと。
竜なら空を飛んでいるから振動も無く、速さの比較も感じにくいのだが、同じ、いやそれ以上の速度を大地で走られる自転車でされると、置いていかれる木やその他の景色とのスピードの対比で怖さが先に立った。
「僕のやっている事でお嬢様をバカにされる事は、許せませんから」
「いいから! 気にしないでいいから!
気持ちは嬉しいけど無視しなさい!」
「では、本気を出します!」
「人の話を聞いてぇぇぇぇ……!」
結果から言えば、ルイズは馬鹿にされた相手を追い抜いたとき、顎が外れる程驚いた顔を見て気分はすっきりしたのだが、
その後一週間は「自転車なんて乗りたくない……もう見たくもないわ」と食堂のとあるメイドに愚痴る姿を目撃されたそうである。
『次回は、土のゴーレムと戦い……の前に何かがありまっすぅ!』
「あれ? 僕の台本、途中からハーマイオニーに変わってるんですけど?」
『何処かで出てきた呪いのアイテム、ハヤテは生き延びる事が出来るかっ!』
表示オプション
横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: