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「ゼロのガンパレード 15」(2008/03/16 (日) 16:57:18) の最新版変更点
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草原を渡る風に髪を靡かせながら、シエスタは少しずつ明るさを増していく空を眺めた。
タルブの村の朝は早い。おそらく既に村の男たちは起き出して仕事の準備をし、
女たちは朝食を作り出していることだろう。
本来ならばシエスタもその列に加わるべきではあったが、
帰って来たばかりだし一日くらいはゆっくりしていろと父に言われたのである。
「おはようございます、ミス・シエスタ」
「おはようございます、ミセス・シュヴルーズ。よくお眠りになられましたか?」
ええ、と微笑んだのはシエスタを護衛してタルブの村までやってきたシュヴルーズである。
それから魔法学院に引き返しても到着は深夜になってしまうので、それならと村で一泊することにしたのだ。
これはオスマンも承知の上のことで、そのための代金も少しだが学院から出ている。
最初は貴族や魔法衛士が付き添っての帰郷ということで、何事かあったのかと村中大騒ぎになったものだが、
シエスタの説明でやっと落ち着きを取り戻したのだった。
「ここはいい村ですね、ミス・シエスタ。それとも、平民の暮らしはどこでもこうなのでしょうか」
「どうでしょう? わたしはこの村以外は知りませんから」
朝の光に目を細めながらシエスタが言った。
「でも、わたしは、この村が大好きですよ、ミセス・シュヴルーズ」
胸を張ってそう告げる少女の様子に微笑がこぼれる。
彼女が自信をもってそう言うのも頷ける。確かにここはいい村だった。
昨夜、宿泊代だといって差し出した袋を受け取らなかった村人たちの姿を思い出す。
彼らは言ったのだ。
あんたたちはシエスタの恩人だ。ならそれは村の恩人と同じだ。恩人から金は受け取れないと。
仕方なく袋を納めれば後は宴だった。
村の恩人を歓迎すると、あとからあとから人が訪れた。
出された料理は野卑で、上品さもなく、普段口にするものからすれば粗野ではあったが、
シュヴルーズとその相伴に与った魔法衛士にとっては何よりも美味に感じられた。
お貴族さまの口に合いますかどうかと出されたシチュー、ヨシェナベと言う名のそれはこの上なく温かかったし、
村の秘蔵ですと注がれた葡萄酒も今までにないほど美味しかった。
朝になれば、出会う村人全てが親しみを込めて挨拶をしてくれた。
お金が受け取ってもらえぬならと農機具に『錬金』の魔法を使えば、皆が心の底から感謝の言葉を述べてくれた。
『貴族は魔法を持ってしてその精神と為す』
トリステイン魔法学院の校訓である。
何度も唱えたし、何度も生徒たちに告げた言葉である。
だが、と今になってシュヴルーズは思うのだ。
自分はその言葉を知っていても、本当にその言葉を理解していたのかと。
土のトライアングルメイジとして学院に奉職し、何人もの貴族を送り出してきた。
自分の世界はと言えば学院と首都トリスタニア、そして自宅しかなかった。
魔法を使えるのが当然の世界だった。
魔法を使っても感心はされても感謝されることなどなかった。
それを当たり前だと思い、不思議に思うことなどなかった。
目を閉じ、思い切り息を吸い込む。
優しい草原の空気が胸いっぱいに広がる。
優しい村人たちの声が聞こえる。
小さな世界に閉じこもって、何の疑いもなく自分を貴族だと思っていた昨日までの自分と、
この広い草原に立って、魔法を使ったことで村人たちから感謝されている自分。
本当に貴族の名に相応しいのは、いったいどちらなのだろうか。
古い記憶を思い出した。
一年前、学院に来たばかりのルイズが言ったというその言葉。
最初の授業で、君たちの思う貴族とは何ぞやと問うたコルベールに、その少女は堂々と告げたのだという
『魔法が使える者を貴族と言うのではありません。
その力を万民のために、名も顔も知らぬ領民のために、
どこかの誰かの笑顔のために使える者こそが貴族と言われるのです』
これがそうなのか、とシュヴルーズはようやく理解した。
貴族とはなんなのか、魔法を使うというのはいったいどういうことなのか。
それが、その答えこそがこの村の人たちの笑顔だった。
胸の奥で苦笑する。これは一体どういう皮肉なのか。
魔法が使えぬルイズが理解していたものを、魔法が使える自分が理解できていなかっただなんて。
なのに、魔法学院の教師などという職に就いていただなんて。
目を開け、空を見上げた。
雲一つない青空が、あの桃色の髪の小さな少女の首飾りのような色の空が見えた。
ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。
あの少女は本当に不思議だ。
魔法が一切使えぬ身でありながら誰よりも貴族たらんとしている少女。
誰よりも貴族を理解している少女。
彼女のことを思えば頬に笑みが浮かぶ。
それに彼女の仲間たち。キュルケ、タバサ、ギーシュ。
三人とも教師の間では実力者ぞろいと評判である。
ことにギーシュはルイズと決闘騒ぎを起こしてからかなり力をつけているとも聞く。
それに一年生や三年生、彼女の先輩と後輩たち。
三年生は後輩に貴族の心構えで負けてはおれぬと奮い立ち、
一年生は堂々と決闘の場に赴いた彼女の言動に貴族とは何かを教えられた。
彼女は、次々と人の心を変えていく。
彼女に人は貴族を見、我もまた貴族たらんと奮い立つ。
それはまるで、地に落ちた一粒の小麦がやがては麦畑になるように。
ルイズという名の麦は、魔法学院を豊潤な麦畑に変えたのだ。
シュヴルーズは本当に楽しそうに笑った。
麦畑から取れた麦は、また新たな麦畑になるだろう。
それを繰り返せば、きっとトリステインの、いやハルケギニア全ての貴族がルイズのようになる日も近いのかもしれない。
ならば、と彼女は心に決めた。
『赤土』のシュヴルーズの名にかけて、一粒でも多くの麦を地に撒こうと。
/*/
ガリアの王都リュティスの東端、ヴェルサルテイル宮殿。
さらにその中心に位置するグラン・トロワと呼ばれる建物の一室で、
現ガリア王ジョゼフ一世は面白げに片眉を上げた。
目の前では彼と同じ青い髪をした少女が、その広い額を赤く染めて怒りの色を見せている。
よほど興奮しているのだろう、朝一番で父王の元を訪れた王女は、興奮を隠そうともせずに声を張り上げた。
「現役の北花壇騎士ともあろうものが! その主君に何の断りもなく行動するなど許されませんわ!」
「まぁそう怒るな、イザベラ。問題なのは成果だ。任務に対する成果さえ上げれば文句は言わん。
別に、なにか任務を与えていたというわけでもないのだろう?」
二人の目の前の机には、二通の書状が置かれている。
一通はトリステインのマザリーニ枢機卿からの密書、
北花壇騎士七号タバサことシャルロットがアルビオンに向かったと言う報告と、
それに同行した者たちの名簿であった。
「任務、任務ですって!?」
信じられない、と言う風にイザベラは叫んだ。
「任務がなくても、常にそれを受け取ることが出来る場所にいるのが義務ではありませんこと!?
ましてや、あのガーゴイル娘は、王位を簒奪しようとした罪人の娘なのですよ?
あの無表情な顔の下で、一体どんな悪辣な野望を考えていることやら!
考えるだけで怖気が走りますわ!」
簒奪か。
娘の言葉に現王は皮肉げな笑みを浮かべた。
生憎だが娘よ。俺とお前以外の国民は、俺こそを王位の簒奪者だと思っているのだぞ?
「それで、イザベラよ。
お前は余に何が言いたいのだ。シャルロットはお前の部下だろう。
部下の不満を余にもらしに来たのか」
「違いますわ!
あのガーゴイル娘への処罰の許可をいただきに来たのです!」
唇を歪めて王女は言った。
確かにイザベラは北花壇騎士団の団長であり、命令権を持ってはいる。
だが、その部下たちの中でもただ一人、タバサに対しては処罰を与えることを王に禁じられていたのだ。
命令違反や敵前逃亡などの明確な叛意を示した場合を除き、彼女に対して何ら肉体的被害を与えてはならないと。
気位の高いイザベラにして見ればこれはどうにも許容しがたいことであり、
いきおいタバサへの態度も陰湿なものとなっていた。
「却下だ」
「父上!」
考える素振りも見せずに首を横に振る父王に、イザベラは机を叩いて反論した。
「父上はお甘い!
そもそも、なぜわたしにあのガーゴイル娘への処罰権を与えてはくださいませんの!?」
「約束だからだ」
娘の激昂を軽く受け流し、ジョゼフは軽く目をつぶると口を開いた。
「約束だ。
あの娘には手は出さぬと。
シャルルとその妻だけで満足すると。
あの娘の母親と約束したのだ。
王の約束は守られなくてはならん」
瞼の裏にあの日の情景が浮かび上がる。
怯えの表情を隠さぬ貴族たちの中にあって、ただ一人自分を睨みつけた女丈夫の瞳を思い出す。
自分を糾弾し、娘の安全を願い、そして毒をあおった義理の妹。娘の安全を信じて毒をあおった気高い母親。
誰もがジョゼフを無能と蔑み、王位を簒奪したと言い、邪知暴虐な王だと後ろ指を差す中で、
だが、それでも彼女は義兄を信じた。
自分の願いを聞き、笑みを浮かべた王を信じて毒を呑んだ。
「あの女はな、余に何も求めなかった。
余がその約束を履行すると信じて毒を呑んだ。
まったく、そんなところは夫のシャルルそっくりだ。
気がつけば誰も彼もが、あいつの思うように動いていた。
何より腹立たしいのは、誰もそれを不快に思わんところだ。
余には幾度生まれ変わっても真似できぬ」
イザベラは不満そうに頬を膨らませた。
故オルレアン公シャルルのことは彼女も知っている。
魔法に長け、誰にでも愛された優しい叔父上。
だが、彼は父のものとなるべき玉座を狙った大罪人ではなかったのか。
なのに、なぜ父は叔父のことを語る時、あんなに優しい瞳を見せるのか。
「それは騙されていたんですわ!
そんな大嘘つきの子供ですもの、あの娘だって何かよからぬ事を考えているに決まってます!」
「やれやれ、よくもまぁ嫌ったものだな。
昔はあんなに仲が良かったというのに。
今でも憶えているぞ。お前とシャルロットが二人で、ラグドリアン湖で溺れかけた時のこととかな」
「冗談でもおやめください父上。
それは何も知らぬ子供の頃のことですわ。
確かにあの時はあの娘の魔法で助けられましたけれど、
きっと心の奥底では魔法がまだ使えなかったわたしを蔑んでいたに違いありませんわ!」
ますます興奮する娘にやれやれと肩を竦める。
これでは話は平行線だ。いつまでたっても交わるわけがない。
「なんにせよ、だ。
今回の件で花壇騎士の任務に支障があるとも思えん。
よってシャルロットの罪を問うことはせん」
「父上!」
しかしとジョゼフはにやりと笑い、トリステインからの密書を手に取った。
「ここには、シャルロットが友人と共にアルビオンに旅行に行ったと書いてあるな。
イザベラ、お前がそれを羨ましく思って怒っているのだというのなら、
余にはそれを止めることはできんな」
その言葉に、イザベラの顔が瞬時に引きつた。
そこに爆発の予兆を感じ取ったジョゼフは、
片隅に控えていた騎士に手を振り王女を退室させるように命じる。
「離しなさい、カステルモール!
父上、まだ話は終わったわけでは……!」
抱きかかえられるように退出する愛娘を見た父の顔が緩み、
侍女を呼んでイザベラが暴れたために脱げた靴を片付けるよう指示すると、
しばらく誰も部屋に入らぬように言いつけた。
「心の奥では蔑んでいた……か。
確かに今のシャルロットは余たちを恨んでいような。
だが娘よ、お前は、それがどれだけ幸せなことかまだ解らんのだろうな」
呟くと、部屋の隅に置いてあった遊戯の駒に目を向ける。
思い出そうとしたわけでもないのに忘れられぬあの日の情景が、
今もなお脳裏から離れぬ弟の言葉が彼の脳裏を過ぎった。
『おめでとう。兄さんが王になってくれて、ほんとうによかった。ぼくは兄さんが大好きだからね――――』
/*/
学院に戻ると言うミセス・シュヴルーズの見送りを終え、
シエスタはゆっくりと懐かしい道に歩を進めた。
まだ朝も早く、家にいてもすることがない。
そんな時は、村はずれの草原と並ぶお気に入りの場所で過ごすのが彼女の常だった。
村から少し離れた小高い丘の麓に作られたその建物の前に立つ。
村人からは寺院だと思われているそれはもう数十年も昔、彼女の曾祖父が建立した施設であった。
その中には曾祖父が残した遺品が眠っている。
それについて尋ねられた時、彼は決まって言ったそうだ。
『人でも神でも命を賭けて戦う時がある。そしてそれは貴族だけに限った話ではない。
誰も彼も、貴族も平民もなしに戦う時が来る。
運命を司る火の国の宝剣の導きにより絢爛舞踏祭が始まる時、これは再び蘇るだろう』
その言葉から、これはなにか宗教的なものなのかと村人の多数が勘違いしたのは余談である。
シエスタは胸を張って扉を開くと建物の中へと足を踏み入れた。
尊敬する曾祖父に、同じくらい尊敬している彼女の主人のことを報告するために。
日差しが、門に刻まれた文字を温かく照らす
そこに刻まれているのは曾祖父が自ら刻んだ祖国の文字だと言う。
もはやそれを読むことのできる者はこの世にはいないが、
シエスタとその家族たちはそこに刻まれた言葉の文字を知っていた。
物心ついた頃から聞かされ、叩き込まれた遺品の使い方同様に、
それは彼女たち家族にとっては絆であり誇りであった。
――――“正義最後の砦タルブ出張所・秘密格納庫”
草原を渡る風に髪を靡かせながら、シエスタは少しずつ明るさを増していく空を眺めた。
タルブの村の朝は早い。おそらく既に村の男たちは起き出して仕事の準備をし、
女たちは朝食を作り出していることだろう。
本来ならばシエスタもその列に加わるべきではあったが、
帰って来たばかりだし一日くらいはゆっくりしていろと父に言われたのである。
「おはようございます、ミス・シエスタ」
「おはようございます、ミセス・シュヴルーズ。よくお眠りになられましたか?」
ええ、と微笑んだのはシエスタを護衛してタルブの村までやってきたシュヴルーズである。
それから魔法学院に引き返しても到着は深夜になってしまうので、それならと村で一泊することにしたのだ。
これはオスマンも承知の上のことで、そのための代金も少しだが学院から出ている。
最初は貴族や魔法衛士が付き添っての帰郷ということで、何事かあったのかと村中大騒ぎになったものだが、
シエスタの説明でやっと落ち着きを取り戻したのだった。
「ここはいい村ですね、ミス・シエスタ。それとも、平民の暮らしはどこでもこうなのでしょうか」
「どうでしょう? わたしはこの村以外は知りませんから」
朝の光に目を細めながらシエスタが言った。
「でも、わたしは、この村が大好きですよ、ミセス・シュヴルーズ」
胸を張ってそう告げる少女の様子に微笑がこぼれる。
彼女が自信をもってそう言うのも頷ける。確かにここはいい村だった。
昨夜、宿泊代だといって差し出した袋を受け取らなかった村人たちの姿を思い出す。
彼らは言ったのだ。
あんたたちはシエスタの恩人だ。ならそれは村の恩人と同じだ。恩人から金は受け取れないと。
仕方なく袋を納めれば後は宴だった。
村の恩人を歓迎すると、あとからあとから人が訪れた。
出された料理は野卑で、上品さもなく、普段口にするものからすれば粗野ではあったが、
シュヴルーズとその相伴に与った魔法衛士にとっては何よりも美味に感じられた。
お貴族さまの口に合いますかどうかと出されたシチュー、ヨシェナベと言う名のそれはこの上なく温かかったし、
村の秘蔵ですと注がれた葡萄酒も今までにないほど美味しかった。
朝になれば、出会う村人全てが親しみを込めて挨拶をしてくれた。
お金が受け取ってもらえぬならと農機具に『錬金』の魔法を使えば、皆が心の底から感謝の言葉を述べてくれた。
『貴族は魔法を持ってしてその精神と為す』
トリステイン魔法学院の校訓である。
何度も唱えたし、何度も生徒たちに告げた言葉である。
だが、と今になってシュヴルーズは思うのだ。
自分はその言葉を知っていても、本当にその言葉を理解していたのかと。
土のトライアングルメイジとして学院に奉職し、何人もの貴族を送り出してきた。
自分の世界はと言えば学院と首都トリスタニア、そして自宅しかなかった。
魔法を使えるのが当然の世界だった。
魔法を使っても感心はされても感謝されることなどなかった。
それを当たり前だと思い、不思議に思うことなどなかった。
目を閉じ、思い切り息を吸い込む。
優しい草原の空気が胸いっぱいに広がる。
優しい村人たちの声が聞こえる。
小さな世界に閉じこもって、何の疑いもなく自分を貴族だと思っていた昨日までの自分と、
この広い草原に立って、魔法を使ったことで村人たちから感謝されている自分。
本当に貴族の名に相応しいのは、いったいどちらなのだろうか。
古い記憶を思い出した。
一年前、学院に来たばかりのルイズが言ったというその言葉。
最初の授業で、君たちの思う貴族とは何ぞやと問うたコルベールに、その少女は堂々と告げたのだという
『魔法が使える者を貴族と言うのではありません。
その力を万民のために、名も顔も知らぬ領民のために、
どこかの誰かの笑顔のために使える者こそが貴族と言われるのです』
これがそうなのか、とシュヴルーズはようやく理解した。
貴族とはなんなのか、魔法を使うというのはいったいどういうことなのか。
それが、その答えこそがこの村の人たちの笑顔だった。
胸の奥で苦笑する。これは一体どういう皮肉なのか。
魔法が使えぬルイズが理解していたものを、魔法が使える自分が理解できていなかっただなんて。
なのに、魔法学院の教師などという職に就いていただなんて。
目を開け、空を見上げた。
雲一つない青空が、あの桃色の髪の小さな少女の首飾りのような色の空が見えた。
ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。
あの少女は本当に不思議だ。
魔法が一切使えぬ身でありながら誰よりも貴族たらんとしている少女。
誰よりも貴族を理解している少女。
彼女のことを思えば頬に笑みが浮かぶ。
それに彼女の仲間たち。キュルケ、タバサ、ギーシュ。
三人とも教師の間では実力者ぞろいと評判である。
ことにギーシュはルイズと決闘騒ぎを起こしてからかなり力をつけているとも聞く。
それに一年生や三年生、彼女の先輩と後輩たち。
三年生は後輩に貴族の心構えで負けてはおれぬと奮い立ち、
一年生は堂々と決闘の場に赴いた彼女の言動に貴族とは何かを教えられた。
彼女は、次々と人の心を変えていく。
彼女に人は貴族を見、我もまた貴族たらんと奮い立つ。
それはまるで、地に落ちた一粒の小麦がやがては麦畑になるように。
ルイズという名の麦は、魔法学院を豊潤な麦畑に変えたのだ。
シュヴルーズは本当に楽しそうに笑った。
麦畑から取れた麦は、また新たな麦畑になるだろう。
それを繰り返せば、きっとトリステインの、いやハルケギニア全ての貴族がルイズのようになる日も近いのかもしれない。
ならば、と彼女は心に決めた。
『赤土』のシュヴルーズの名にかけて、一粒でも多くの麦を地に撒こうと。
/*/
ガリアの王都リュティスの東端、ヴェルサルテイル宮殿。
さらにその中心に位置するグラン・トロワと呼ばれる建物の一室で、
現ガリア王ジョゼフ一世は面白げに片眉を上げた。
目の前では彼と同じ青い髪をした少女が、その広い額を赤く染めて怒りの色を見せている。
よほど興奮しているのだろう、朝一番で父王の元を訪れた王女は、興奮を隠そうともせずに声を張り上げた。
「現役の北花壇騎士ともあろうものが! その主君に何の断りもなく行動するなど許されませんわ!」
「まぁそう怒るな、イザベラ。問題なのは成果だ。任務に対する成果さえ上げれば文句は言わん。
別に、なにか任務を与えていたというわけでもないのだろう?」
二人の目の前の机には、二通の書状が置かれている。
一通はトリステインのマザリーニ枢機卿からの密書、
北花壇騎士七号タバサことシャルロットがアルビオンに向かったと言う報告と、
それに同行した者たちの名簿であった。
「任務、任務ですって!?」
信じられない、と言う風にイザベラは叫んだ。
「任務がなくても、常にそれを受け取ることが出来る場所にいるのが義務ではありませんこと!?
ましてや、あのガーゴイル娘は、王位を簒奪しようとした罪人の娘なのですよ?
あの無表情な顔の下で、一体どんな悪辣な野望を考えていることやら!
考えるだけで怖気が走りますわ!」
簒奪か。
娘の言葉に現王は皮肉げな笑みを浮かべた。
生憎だが娘よ。俺とお前以外の国民は、俺こそを王位の簒奪者だと思っているのだぞ?
「それで、イザベラよ。
お前は余に何が言いたいのだ。シャルロットはお前の部下だろう。
部下の不満を余にもらしに来たのか」
「違いますわ!
あのガーゴイル娘への処罰の許可をいただきに来たのです!」
唇を歪めて王女は言った。
確かにイザベラは北花壇騎士団の団長であり、命令権を持ってはいる。
だが、その部下たちの中でもただ一人、タバサに対しては処罰を与えることを王に禁じられていたのだ。
命令違反や敵前逃亡などの明確な叛意を示した場合を除き、彼女に対して何ら肉体的被害を与えてはならないと。
気位の高いイザベラにして見ればこれはどうにも許容しがたいことであり、
いきおいタバサへの態度も陰湿なものとなっていた。
「却下だ」
「父上!」
考える素振りも見せずに首を横に振る父王に、イザベラは机を叩いて反論した。
「父上はお甘い!
そもそも、なぜわたしにあのガーゴイル娘への処罰権を与えてはくださいませんの!?」
「約束だからだ」
娘の激昂を軽く受け流し、ジョゼフは軽く目をつぶると口を開いた。
「約束だ。
あの娘には手は出さぬと。
シャルルとその妻だけで満足すると。
あの娘の母親と約束したのだ。
王の約束は守られなくてはならん」
瞼の裏にあの日の情景が浮かび上がる。
怯えの表情を隠さぬ貴族たちの中にあって、ただ一人自分を睨みつけた女丈夫の瞳を思い出す。
自分を糾弾し、娘の安全を願い、そして毒をあおった義理の妹。娘の安全を信じて毒をあおった気高い母親。
誰もがジョゼフを無能と蔑み、王位を簒奪したと言い、邪知暴虐な王だと後ろ指を差す中で、
だが、それでも彼女は義兄を信じた。
自分の願いを聞き、笑みを浮かべた王を信じて毒を呑んだ。
「あの女はな、余に何も求めなかった。
余がその約束を履行すると信じて毒を呑んだ。
まったく、そんなところは夫のシャルルそっくりだ。
気がつけば誰も彼もが、あいつの思うように動いていた。
何より腹立たしいのは、誰もそれを不快に思わんところだ。
余には幾度生まれ変わっても真似できぬ」
イザベラは不満そうに頬を膨らませた。
故オルレアン公シャルルのことは彼女も知っている。
魔法に長け、誰にでも愛された優しい叔父上。
だが、彼は父のものとなるべき玉座を狙った大罪人ではなかったのか。
なのに、なぜ父は叔父のことを語る時、あんなに優しい瞳を見せるのか。
「それは騙されていたんですわ!
そんな大嘘つきの子供ですもの、あの娘だって何かよからぬ事を考えているに決まってます!」
「やれやれ、よくもまぁ嫌ったものだな。
昔はあんなに仲が良かったというのに。
今でも憶えているぞ。お前とシャルロットが二人で、ラグドリアン湖で溺れかけた時のこととかな」
「冗談でもおやめください父上。
それは何も知らぬ子供の頃のことですわ。
確かにあの時はあの娘の魔法で助けられましたけれど、
きっと心の奥底では魔法がまだ使えなかったわたしを蔑んでいたに違いありませんわ!」
ますます興奮する娘にやれやれと肩を竦める。
これでは話は平行線だ。いつまでたっても交わるわけがない。
「なんにせよ、だ。
今回の件で花壇騎士の任務に支障があるとも思えん。
よってシャルロットの罪を問うことはせん」
「父上!」
しかしとジョゼフはにやりと笑い、トリステインからの密書を手に取った。
「ここには、シャルロットが友人と共にアルビオンに旅行に行ったと書いてあるな。
イザベラ、お前がそれを羨ましく思って怒っているのだというのなら、
余にはそれを止めることはできんな」
その言葉に、イザベラの顔が瞬時に引きつた。
そこに爆発の予兆を感じ取ったジョゼフは、
片隅に控えていた騎士に手を振り王女を退室させるように命じる。
「離しなさい、カステルモール!
父上、まだ話は終わったわけでは……!」
抱きかかえられるように退出する愛娘を見た父の顔が緩み、
侍女を呼んでイザベラが暴れたために脱げた靴を片付けるよう指示すると、
しばらく誰も部屋に入らぬように言いつけた。
「心の奥では蔑んでいた……か。
確かに今のシャルロットは余たちを恨んでいような。
だが娘よ、お前は、それがどれだけ幸せなことかまだ解らんのだろうな」
呟くと、部屋の隅に置いてあった遊戯の駒に目を向ける。
思い出そうとしたわけでもないのに忘れられぬあの日の情景が、
今もなお脳裏から離れぬ弟の言葉が彼の脳裏を過ぎった。
『おめでとう。兄さんが王になってくれて、ほんとうによかった。ぼくは兄さんが大好きだからね――――』
/*/
学院に戻ると言うミセス・シュヴルーズの見送りを終え、
シエスタはゆっくりと懐かしい道に歩を進めた。
まだ朝も早く、家にいてもすることがない。
そんな時は、村はずれの草原と並ぶお気に入りの場所で過ごすのが彼女の常だった。
村から少し離れた小高い丘の麓に作られたその建物の前に立つ。
村人からは寺院だと思われているそれはもう数十年も昔、彼女の曾祖父が建立した施設であった。
その中には曾祖父が残した遺品が眠っている。
それについて尋ねられた時、彼は決まって言ったそうだ。
『人でも神でも命を賭けて戦う時がある。そしてそれは貴族だけに限った話ではない。
誰も彼も、貴族も平民もなしに戦う時が来る。
運命を司る火の国の宝剣の導きにより絢爛舞踏祭が始まる時、これは再び蘇るだろう』
その言葉から、これはなにか宗教的なものなのかと村人の多数が勘違いしたのは余談である。
シエスタは胸を張って扉を開くと建物の中へと足を踏み入れた。
尊敬する曾祖父に、同じくらい尊敬している彼女の主人のことを報告するために。
日差しが、門に刻まれた文字を温かく照らす
そこに刻まれているのは曾祖父が自ら刻んだ祖国の文字だと言う。
もはやそれを読むことのできる者はこの世にはいないが、
シエスタとその家族たちはそこに刻まれた言葉の文字を知っていた。
物心ついた頃から聞かされ、叩き込まれた遺品の使い方同様に、
それは彼女たち家族にとっては絆であり誇りであった。
――――“正義最後の砦タルブ出張所・秘密格納庫”
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