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「Chapter 2 『理解できた魔王』」(2007/09/30 (日) 23:39:41) の最新版変更点
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早朝の森の冷えた空気は淀みはなく、清々しいものであった。
そのまま校舎に向かわず、散策と散歩を兼ねてぐるりと左右から回りこんでみる。
ほとんど学校というよりは城に近いもので、そこかしこに守るための設計の名残が見えた。
近くに給仕の女らしき人間が洗濯をしていたので、フードを被り尋ねる。
「聞きたい事があるのだが、出入り口はどこだろうか?」
「へ?」
足音もなく近づいてきて突然話しかけたからだろうか、間の抜けた声で返事が返ってきた。
「中に入りたいのだが」
「ええっと…すみませんが、どちら様でしょう…」
「昨夜呼び出された……桃色の髪の娘の使い魔、なんだが」
「え…ええー…?あっ、ひょっとしてエルフの!」
どうもエルフだと思われているようだが、この魔王エルフが何を指すのか理解できない。
だが下手に釈明するよりもそのまま通しておいた方が通りが良さそうだということで通しておくことにした。
処世術の一つである。預言者として『かつての故郷』に戻った時にも、似たような経験はしていた。
「どこから入れば?」
「え、え…えっと…そこに出入り口がありますので、そちらにどうぞ」
「そうか。感謝する」
どうやらエルフは人を困惑させる存在らしい、と魔王は理解しつつあった。
それでいい、と思った。疎まれるのは慣れているし、邪魔さえ無ければ差し支えは無い。
部屋の位置はおおまかに覚えているので、そのあたりをうろつけば見つかるだろうと考えていた。
「……名前を聞いていなかった」
ルイズとシエスタの名前どちらに対して言ったのかはともかく、魔王は今、道に迷っていた。
予想以上に内部が広かったのと、正確な名前が思い出せないことにより、部屋まで辿り着けないのだ。
諦めて、途中で見つけた食堂に引き返す。食事はおそらくここでとるのだろうから、運がよければ出会えるだろうと考えた。
魔王と呼ばれたとはいえ、元々は王子であり単なる魔法の才能ある古代人であったのだ。
日が昇ってから暫くすると、案の定、生徒がぞろぞろとやってきた。
あまり目立ちたくは無いのだが、事態が事態だけにしかたなく、フードを被ったまま物陰で待つ。
生徒のうち一人を捉まえて尋ねようとも思ったが、こちらを見た生徒は気まずそうに目をそらして食堂へ入っていく。
そのとき、青い髪の少女が目についた。向こうもこちらを見た。その瞳には何を写していたかは判らない。
だが、他の生徒に比べて実践慣れした印象を受ける。どこか警戒しているのだろうか、隙も見当たらない。
だが、いずれにせよ下手に動く必要は無いだろう、と魔王は思った。わざわざ騒ぐ必要は無いのだ。
一通りの生徒が席に座るころ、最後の最後に赤い髪の女性と桃色の髪の女性が言い合いをしながら歩いてきた。
色とりどりの頭髪の中でもひときわ目立って見える彼女たちは、こちらに気づくと小走りで寄ってくる。
「ねえ、貴方ってひょっとしてルイズの言っていた使い魔のエルフ?耳が尖ってるの?」
「そうよ…ねえちょっと!何やってんのよこんなところでっ!しかも思いっきり怪しいじゃない!」
「今日の予定を教えてもらわないとどうにもできん。…こちらは?」
赤い髪の女の方を向き訪ねる。ざっと上から下まで眺めると、2人は対照的な存在であった。
「初めましてエルフさん。私はキュルケ、『微熱』のキュルケよ。ルイズから色々聞いてるわ」
「ちょっと!ほとんど何にもわかってないくせに適当なこと言わないで!」
「あら、『ゼロ』のルイズが大失敗の末にエルフを呼び出したってことは周知の事実よ?」
「だから成功したんだって言ってるでしょ!コントラクトサーヴァントも上手くいったんだし!」
やいのやいの、と始めそうなので、とりあえず2人の言い争いを止めておく。
名前は『ルイズ』であることを、この時になりようやく確証が持てた魔王であった。
「……話を戻すぞ。これからどうすればいい」
「えっと…そうね、使い魔は食事が終わるまで外で待ってもらうんだけど…貴方、食事はどうするの?」
「人間と変わらない」
「それはそうなんだろうけど…そうじゃなくて、どこで食べるつもり?」
「当ては無い。だが必要なら外で待っていることにしよう。終わったらどこにいれば?」
まだ手持ちの道具の中に携帯食料が幾つか残っていたし、もし無くなればそのとき考えればいいと思っていた。
幾ら異世界とはいえ金貨や宝石、薬品を売り払えば何とかなるだろうという認識である。
「(何か調子狂うわ…)じゃあ、ここで待ってて」
「わかった」
「バイバイ、エルフさん♪」
「ちょっと!いきなり色目使ってるんじゃないわよ!」
いつもああなのか、と軽く魔王として3人の部下を従えていた時代を思い出し、げんなりした。
食事が終わったのかルイズは30分ほど経過した後に真っ先に飛び出して、最後の方に席に着いた。
その間に名前を尋ねられる。ルイズ曰く名前が無いと呼ぶときに不便だから、だそうだ。
流石に魔王だ!と名乗るのは馬鹿のすることなので、素直にジャキと名乗ることにする。
魔法学院の教室は、どちらかといえば大人数の授業を前提に作られているようであった。
中心部に卓上のようなものがあり、階段状に席が続いている。不恰好なすり鉢のようであった。
ルイズが入ってきたことに気づくと、皆がいっせいに声を潜めたり、クスクス笑ったりしている。
キュルケと名乗った少女は数名の男子を従えて楽しく談笑していた。
「まるでモンスターの見本市だな」
そう呟く魔王に、ルイズが何か言いたげであったが、飲み込んだようであった。
「…使い魔に席は用意されてないわ」
「わかった。では立っていよう」
ふと、騒ぎが収まっていく。紫色のローブを着た中年女性が入ってきたからだ。
その外見からは人の良さそうな表情が見え、若かりし頃は快活であったことが想像できる。
彼女は微笑むと、教室を見回して満足そうにこう言った。
「みなさん、春の使い魔召喚は大成功だったようですね。このシュヴルーズ、
春に皆さんの使い魔を見るのがとても楽しみなのですよ」
ルイズは複雑そうな表情だった。
「おやおや、ミス・ヴァリエールは変わった使い魔を召喚したのですね」
シュヴルーズは悪気も無く、そう言った。教室は沈黙に包まれた。
沈黙を破ったのは一人の少年である。少年は震える声で、こう言った。
「『ゼロ』のルイズ!いくらお前が失敗続きだからってエルフを召喚することは無いだろ!」
ルイズは立ち上がって反論した。
「違うわよ!これは成功なの!コントラクトまできちんと完了したのよ!」
「嘘つくなよ!そうじゃなきゃ何で他の魔法が成功しないんだよ!」
ふたたび小さなざわつきが起こる。そうだそうだ、と同意する声や、くすくす笑う声も聞こえる。
「ミセス・シュヴルーズ!かぜっぴきのマリコルヌが私を侮辱します!」
「俺は『風上』のマリコルヌだ!風邪なんてひいてないぞ!」
「あんたのダミ声はまるで風邪でもひいたみたいなのよ!」
マリコルヌと呼ばれた少年も立ち上がり、ルイズとにらみ合う形となる。
それを見かねたシュヴルーズ先生は杖を振るうと、2人を席に優しく落とした。
「2人とも、みっともない真似はおよしなさい。貴族たるもの、場に応じた慎みを覚えるべきです」
魔王は2人の言い争いには呆れていたが、シュヴルーズに対しては一定の評価をしていた。
相応な実力を持ち、きちんと勤めを果たしたのだ。つまり、彼女は経験豊富な良い教師である、と。
「お友達をゼロだのかぜっぴきだのと言ってはいけません。わかりましたか?」
「ミセス・シュヴルーズ。僕のかぜっぴきは中傷ですが彼女のゼロは事実です」
再び失笑が何箇所か響く。シュヴルーズは厳しい顔で部屋を見回すと、杖を振って彼らを黙らせた。
彼らの口には赤い粘土のようなものが張り付いている。これにより、魔王はさらに彼女を評価した。
「貴方たちはそのまま授業を受けなさい。 …では、授業を始めます」
授業が始まった。彼女は杖をふり、机の上に幾つかの石を生み出すと、こう言った。
「私の二つ名は『赤土』。赤土のシュヴルーズといいます。『土系統』の魔法を今年1年、
皆さんに講義することになります。魔法の4系統はご存知ですね?…はい、ミスタ・マリコルヌ」
「は、はい。『火・水・風・土』の4つです!」
彼女は満足そうに頷くと、それに付け加えた。
「今は失われた『虚無』を加えて、今この世界は5つの系統により成立しています。
その中でも『土』は最も重要な位置を占めていると私は考えています。これは身びいきではありません。
『土』は万物の組成を司り、重要な金属の作成や加工、石や土を用いた建築などに使われます。
確かに戦いに関して言えば破壊力には欠けますが、生活には最も密接した魔法と言えるでしょう」
魔王として、ジャキとして、興味深く話を聞き入ってしまう。どうやら魔法の分類が異なるようだ。
そして生活の根幹を担っているのならば、自分の生まれた時代と大差ない差別があることが容易に想像できた。
シュヴルーズの講義は続く。
「今から皆さんには『練金』を覚えてもらいます。1年生の時にできるようになった人も居るでしょう。
しかし、基本は大事です。できる人にもおさらいをかねて、改めて覚えていただきます」
シュヴルーズは杖を掲げると、石ころに向かい杖を振り上げた。
そして短くルーンを呟くと石ころが輝く。その後には、金属の塊が残された。
「ゴ、ゴ、ゴールドですか?ミス・シュヴルーズ!」
「いいえ、真鍮です。金を練成できるのは『スクウェア』メイジだけ。私は『トライアングル』ですから…」
魔王は、それがランクなのだろうと思った。だが、どうして図形を利用するかまでは中々合点がいかなかった。
使い魔が質問しても不気味がられるし、目立つだけだろうと考えて、ルイズに問いかける。
「(なによ)」
小声でルイズは答えてくれた。どうやら別の系統でも、この魔法使いたちは扱えるらしい。
そのあたりは自分のいた世界と認識が大きく異なるのだろう。いや、未来では滅んでいた技術だ。
あるいはこの世界の方が、魔法という見地では進んでいるのかもしれない。
そんな風に考えているとルイズが先生に指名された。
「ミス・ヴァリエール!」
「はいぃ!」
「授業中の私語は慎みなさい」
「はい…」
「先ほどの一件もありますし、マリコルヌの次は貴方に何かしてもらいましょう」
「え…私、がですか?」
「そうです。…では、この石ころを『練金』してもらいます」
魔王は軽い罪悪感を覚えた。余計なことをしたのでルイズが実技をすることになったのだ。
だがルイズは黙して動かない。具合でも悪いのかとシュヴルーズが再び呼びかけると、首を横に振った。
そのとき、助け舟を出すかのようにキュルケがヴァリエールに進言をする。
彼女は危険である、と言ったのだ。他の面々も同意し、口々に中止を求めた。
「――やります」
だが、彼女は立ち上がった。彼女は一杯一杯なのか、皆の忠告を耳に入れようとはしない。
マリコルヌに至っては跪き彼女への謝罪をして、己の愚かさをのろった。必死の懇願だった。
ルイズは天使のような笑顔で彼を許す。だけれども彼女は壇上に立ち、杖を構えた。
誰もがこの後の悲劇を、惨劇を思い描き、守りの体制に入る。
ゆっくりと、完璧な詠唱。薄く開いた瞳は石を真っ直ぐ見つめ、彼女は杖を振り下ろした。
「……これは!この魔力は!」
紛れも無い『冥』であった。魔王はマジックバリアを展開し、自らも防御の構えを取る。
直後、石ころが眩い光を放って爆発した。
「ああああああ!俺のラッキーが!ラッキーがああああ!」
「だからあれほど言ったのよ!危険だって!」
「もうヴァリエールは退学にしてくれよ!」
シュヴルーズは気を失って痙攣していた。突然の事故であれだ。生きているだけでも儲けものだろう。
魔王は跳躍し、シュヴルーズの状態を確認した。重症ではない。擦り傷が多いが失神しているだけだ。
彼女を軽く叩いて目を覚まさせると、ルイズの方を向いて様子を伺った。
「ちょっと失敗したわ」
大ブーイングである。彼女は、このトリスティン学院の中で最も非難を浴びる存在だった。
魔王は理解したのだった。彼女の『ゼロ』は成功率がゼロであることなのだ、と。
そして、彼女は例外的な素質の持ち主である、と。
早朝の森の冷えた空気は淀みはなく、清々しいものであった。
そのまま校舎に向かわず、散策と散歩を兼ねてぐるりと左右から回りこんでみる。
ほとんど学校というよりは城に近いもので、そこかしこに守るための設計の名残が見えた。
近くに給仕の女らしき人間が洗濯をしていたので、フードを被り尋ねる。
「聞きたい事があるのだが、出入り口はどこだろうか?」
「へ?」
足音もなく近づいてきて突然話しかけたからだろうか、間の抜けた声で返事が返ってきた。
「中に入りたいのだが」
「ええっと…すみませんが、どちら様でしょう…」
「昨夜呼び出された……桃色の髪の娘の使い魔、なんだが」
「え…ええー…?あっ、ひょっとしてエルフの!」
どうもエルフだと思われているようだが、この魔王エルフが何を指すのか理解できない。
だが下手に釈明するよりもそのまま通しておいた方が通りが良さそうだということで通しておくことにした。
処世術の一つである。預言者として『かつての故郷』に戻った時にも、似たような経験はしていた。
「どこから入れば?」
「え、え…えっと…そこに出入り口がありますので、そちらにどうぞ」
「そうか。感謝する」
どうやらエルフは人を困惑させる存在らしい、と魔王は理解しつつあった。
それでいい、と思った。疎まれるのは慣れているし、邪魔さえ無ければ差し支えは無い。
部屋の位置はおおまかに覚えているので、そのあたりをうろつけば見つかるだろうと考えていた。
「……名前を聞いていなかった」
ルイズとシエスタの名前どちらに対して言ったのかはともかく、魔王は今、道に迷っていた。
予想以上に内部が広かったのと、正確な名前が思い出せないことにより、部屋まで辿り着けないのだ。
諦めて、途中で見つけた食堂に引き返す。食事はおそらくここでとるのだろうから、運がよければ出会えるだろうと考えた。
魔王と呼ばれたとはいえ、元々は王子であり単なる魔法の才能ある古代人であったのだ。
日が昇ってから暫くすると、案の定、生徒がぞろぞろとやってきた。
あまり目立ちたくは無いのだが、事態が事態だけにしかたなく、フードを被ったまま物陰で待つ。
生徒のうち一人を捉まえて尋ねようとも思ったが、こちらを見た生徒は気まずそうに目をそらして食堂へ入っていく。
そのとき、青い髪の少女が目についた。向こうもこちらを見た。その瞳には何を写していたかは判らない。
だが、他の生徒に比べて実践慣れした印象を受ける。どこか警戒しているのだろうか、隙も見当たらない。
だが、いずれにせよ下手に動く必要は無いだろう、と魔王は思った。わざわざ騒ぐ必要は無いのだ。
一通りの生徒が席に座るころ、最後の最後に赤い髪の女性と桃色の髪の女性が言い合いをしながら歩いてきた。
色とりどりの頭髪の中でもひときわ目立って見える彼女たちは、こちらに気づくと小走りで寄ってくる。
「ねえ、貴方ってひょっとしてルイズの言っていた使い魔のエルフ?耳が尖ってるの?」
「そうよ…ねえちょっと!何やってんのよこんなところでっ!しかも思いっきり怪しいじゃない!」
「今日の予定を教えてもらわないとどうにもできん。…こちらは?」
赤い髪の女の方を向き訪ねる。ざっと上から下まで眺めると、2人は対照的な存在であった。
「初めましてエルフさん。私はキュルケ、『微熱』のキュルケよ。ルイズから色々聞いてるわ」
「ちょっと!ほとんど何にもわかってないくせに適当なこと言わないで!」
「あら、『ゼロ』のルイズが大失敗の末にエルフを呼び出したってことは周知の事実よ?」
「だから成功したんだって言ってるでしょ!コントラクトサーヴァントも上手くいったんだし!」
やいのやいの、と始めそうなので、とりあえず2人の言い争いを止めておく。
名前は『ルイズ』であることを、この時になりようやく確証が持てた魔王であった。
「……話を戻すぞ。これからどうすればいい」
「えっと…そうね、使い魔は食事が終わるまで外で待ってもらうんだけど…貴方、食事はどうするの?」
「人間と変わらない」
「それはそうなんだろうけど…そうじゃなくて、どこで食べるつもり?」
「当ては無い。だが必要なら外で待っていることにしよう。終わったらどこにいれば?」
まだ手持ちの道具の中に携帯食料が幾つか残っていたし、もし無くなればそのとき考えればいいと思っていた。
幾ら異世界とはいえ金貨や宝石、薬品を売り払えば何とかなるだろうという認識である。
「(何か調子狂うわ…)じゃあ、ここで待ってて」
「わかった」
「バイバイ、エルフさん♪」
「ちょっと!いきなり色目使ってるんじゃないわよ!」
いつもああなのか、と軽く魔王として3人の部下を従えていた時代を思い出し、げんなりした。
食事が終わったのかルイズは30分ほど経過した後に真っ先に飛び出して、最後の方に席に着いた。
その間に名前を尋ねられる。ルイズ曰く名前が無いと呼ぶときに不便だから、だそうだ。
流石に魔王だ!と名乗るのは馬鹿のすることなので、素直にジャキと名乗ることにする。
魔法学院の教室は、どちらかといえば大人数の授業を前提に作られているようであった。
中心部に卓上のようなものがあり、階段状に席が続いている。不恰好なすり鉢のようであった。
ルイズが入ってきたことに気づくと、皆がいっせいに声を潜めたり、クスクス笑ったりしている。
キュルケと名乗った少女は数名の男子を従えて楽しく談笑していた。
「まるでモンスターの見本市だな」
そう呟く魔王に、ルイズが何か言いたげであったが、飲み込んだようであった。
「…使い魔に席は用意されてないわ」
「わかった。では立っていよう」
ふと、騒ぎが収まっていく。紫色のローブを着た中年女性が入ってきたからだ。
その外見からは人の良さそうな表情が見え、若かりし頃は快活であったことが想像できる。
彼女は微笑むと、教室を見回して満足そうにこう言った。
「みなさん、春の使い魔召喚は大成功だったようですね。このシュヴルーズ、
春に皆さんの使い魔を見るのがとても楽しみなのですよ」
ルイズは複雑そうな表情だった。
「おやおや、ミス・ヴァリエールは変わった使い魔を召喚したのですね」
シュヴルーズは悪気も無く、そう言った。教室は沈黙に包まれた。
沈黙を破ったのは一人の少年である。少年は震える声で、こう言った。
「『ゼロ』のルイズ!いくらお前が失敗続きだからってエルフを召喚することは無いだろ!」
ルイズは立ち上がって反論した。
「違うわよ!これは成功なの!コントラクトまできちんと完了したのよ!」
「嘘つくなよ!そうじゃなきゃ何で他の魔法が成功しないんだよ!」
ふたたび小さなざわつきが起こる。そうだそうだ、と同意する声や、くすくす笑う声も聞こえる。
「ミセス・シュヴルーズ!かぜっぴきのマリコルヌが私を侮辱します!」
「俺は『風上』のマリコルヌだ!風邪なんてひいてないぞ!」
「あんたのダミ声はまるで風邪でもひいたみたいなのよ!」
マリコルヌと呼ばれた少年も立ち上がり、ルイズとにらみ合う形となる。
それを見かねたシュヴルーズ先生は杖を振るうと、2人を席に優しく落とした。
「2人とも、みっともない真似はおよしなさい。貴族たるもの、場に応じた慎みを覚えるべきです」
魔王は2人の言い争いには呆れていたが、シュヴルーズに対しては一定の評価をしていた。
相応な実力を持ち、きちんと勤めを果たしたのだ。つまり、彼女は経験豊富な良い教師である、と。
「お友達をゼロだのかぜっぴきだのと言ってはいけません。わかりましたか?」
「ミセス・シュヴルーズ。僕のかぜっぴきは中傷ですが彼女のゼロは事実です」
再び失笑が何箇所か響く。シュヴルーズは厳しい顔で部屋を見回すと、杖を振って彼らを黙らせた。
彼らの口には赤い粘土のようなものが張り付いている。これにより、魔王はさらに彼女を評価した。
「貴方たちはそのまま授業を受けなさい。 …では、授業を始めます」
授業が始まった。彼女は杖をふり、机の上に幾つかの石を生み出すと、こう言った。
「私の二つ名は『赤土』。赤土のシュヴルーズといいます。『土系統』の魔法を今年1年、
皆さんに講義することになります。魔法の4系統はご存知ですね?…はい、ミスタ・マリコルヌ」
「は、はい。『火・水・風・土』の4つです!」
彼女は満足そうに頷くと、それに付け加えた。
「今は失われた『虚無』を加えて、今この世界は5つの系統により成立しています。
その中でも『土』は最も重要な位置を占めていると私は考えています。これは身びいきではありません。
『土』は万物の組成を司り、重要な金属の作成や加工、石や土を用いた建築などに使われます。
確かに戦いに関して言えば破壊力には欠けますが、生活には最も密接した魔法と言えるでしょう」
魔王として、ジャキとして、興味深く話を聞き入ってしまう。どうやら魔法の分類が異なるようだ。
そして生活の根幹を担っているのならば、自分の生まれた時代と大差ない差別があることが容易に想像できた。
シュヴルーズの講義は続く。
「今から皆さんには『練金』を覚えてもらいます。1年生の時にできるようになった人も居るでしょう。
しかし、基本は大事です。できる人にもおさらいをかねて、改めて覚えていただきます」
シュヴルーズは杖を掲げると、石ころに向かい杖を振り上げた。
そして短くルーンを呟くと石ころが輝く。その後には、金属の塊が残された。
「ゴ、ゴ、ゴールドですか?ミス・シュヴルーズ!」
「いいえ、真鍮です。金を練成できるのは『スクウェア』メイジだけ。私は『トライアングル』ですから…」
魔王は、それがランクなのだろうと思った。だが、どうして図形を利用するかまでは中々合点がいかなかった。
使い魔が質問しても不気味がられるし、目立つだけだろうと考えて、ルイズに問いかける。
「(なによ)」
小声でルイズは答えてくれた。どうやら別の系統でも、この魔法使いたちは扱えるらしい。
そのあたりは自分のいた世界と認識が大きく異なるのだろう。いや、未来では滅んでいた技術だ。
あるいはこの世界の方が、魔法という見地では進んでいるのかもしれない。
そんな風に考えているとルイズが先生に指名された。
「ミス・ヴァリエール!」
「はいぃ!」
「授業中の私語は慎みなさい」
「はい…」
「先ほどの一件もありますし、マリコルヌの次は貴方に何かしてもらいましょう」
「え…私、がですか?」
「そうです。…では、この石ころを『練金』してもらいます」
魔王は軽い罪悪感を覚えた。余計なことをしたのでルイズが実技をすることになったのだ。
だがルイズは黙して動かない。具合でも悪いのかとシュヴルーズが再び呼びかけると、首を横に振った。
そのとき、助け舟を出すかのようにキュルケがヴァリエールに進言をする。
彼女は危険である、と言ったのだ。他の面々も同意し、口々に中止を求めた。
「――やります」
だが、彼女は立ち上がった。彼女は一杯一杯なのか、皆の忠告を耳に入れようとはしない。
マリコルヌに至っては跪き彼女への謝罪をして、己の愚かさをのろった。必死の懇願だった。
ルイズは天使のような笑顔で彼を許す。だけれども彼女は壇上に立ち、杖を構えた。
誰もがこの後の悲劇を、惨劇を思い描き、守りの体制に入る。
ゆっくりと、完璧な詠唱。薄く開いた瞳は石を真っ直ぐ見つめ、彼女は杖を振り下ろした。
「……これは!この魔力は!」
紛れも無い『冥』であった。魔王はマジックバリアを展開し、自らも防御の構えを取る。
直後、石ころが眩い光を放って爆発した。
「ああああああ!俺のラッキーが!ラッキーがああああ!」
「だからあれほど言ったのよ!危険だって!」
「もうヴァリエールは退学にしてくれよ!」
シュヴルーズは気を失って痙攣していた。突然の事故であれだ。生きているだけでも儲けものだろう。
魔王は跳躍し、シュヴルーズの状態を確認した。重症ではない。擦り傷が多いが失神しているだけだ。
彼女を軽く叩いて目を覚まさせると、ルイズの方を向いて様子を伺った。
「ちょっと失敗したわ」
大ブーイングである。彼女は、このトリステイン学院の中で最も非難を浴びる存在だった。
魔王は理解したのだった。彼女の『ゼロ』は成功率がゼロであることなのだ、と。
そして、彼女は例外的な素質の持ち主である、と。
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