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あれだけ誠心誠意説得してやったのにも関わらず、シルフィの馬鹿は服を着るのが嫌だとごねていた。
ま、そんな頑固者も「シルフィちゃんが服を着ないとシャルロットちゃんが恥ずかしいよ」の一言で折れたわけだけどね。
役立たず役立たずと罵ってきたけど、幽霊もたまには役に立つのね。
どんな愚物も役に立たせてみせるのが王女の王女たる所以ってところかしら。ほほほ。
「お姉ちゃんお姉ちゃん」
「スカートの裾を引っ張るんじゃない! ……なによ?」
「お店のおじさんがこっち見てるけど。気づかれちゃったかな?」
「かもしれないわね」
しょせんは裸をマントでくるんだだけの状態だもの。
ちょっと動くだけで見苦しいものがちらちらと見えるし、動かなくても露出の度が過ぎている。
幽霊とわたしと自転車で挟み込むようにして通りの隅をこっそりと通ってきたけど、ホコリ臭い店の中ではそういうわけにもいかない。
店主は不躾な視線を注いでくる。睨みつけてやれば慌てて目を反らすけど、少し時間を置くとまた見ている。
ただの助平親父なら放っておいてもよし。通報されたりしなければ……。
「……さっさと買った方がよさそうね」
「……ボクもそう思う」
「ちょっと! 二人でなにこそこそお話してるの! シルフィだけ仲間はずれにするなんて意地悪なんだから!」
仲間外れも何もお前は仲間でもなんでもないっていうか敵そのものなんだよ!
こいつときたら見る物見る物珍しげに「あれなに?」「あれなに?」って。幽霊だってもう少し自制心あるわよ。
「もっとシルフィの相談にのればいいの。いっぱいありすぎて迷っちゃうのね」
一人で選んで一人で買うこともできない半端者め。お前なんかズタ袋でも頭から被ってればそれでいいのよ。
「これなんてどうかなー」
「うわ……魚の柄ってねえ。お前も信じられないもの選ぶわね」
「じゃあ、これっ」
「芋虫のワンポイントなんてどこから掘り出してきたのよ」
「ボク、イモムシ好きだよ」
「お前の好みなんてどうでもいいの。どうせ選ぶならこういうものとか」
「ヒラヒラが多くて動きづらそうだよ」
「うるさいわね。それじゃこういうのは」
「お姉ちゃんってかわいいもの好きだよね。ちょっとキャラに合ってないような気が……」
「何か言った?」
「自分の趣味を押しつけるタイプなのね。召使の子たちもかわいそうなのね」
「お前というやつは恵んでもらえる身でそんなことをよくも……!」
「お姉ちゃん。おじさん見てるよ」
「ぐっ」
「もっと自由に動けるものがいいのね」
「それ以上自由に動いてどうするのよ」
「これなんてどうかなー。カッコいいよ」
「作業着にしか見えないけど……」
「シルフィのふくー、シルフィのふくー、素敵な素敵なおめしものー」
「ううむ、トップとボトムの組み合わせによっては……」
「そういえばパンツもいるよね。ブラジャーはどうしよう」
「ブラジャーって何なのね?」
「そうだ、肌着も必要ね。服を着ただけじゃ隠し切れないかもしれないし」
「靴も買わなきゃダメだよねー」
「ゴワゴワしてるものはいやいやー」
女三人で姦しいとはよく言ったもので、三者三様趣味がバラバラなものだから、くっだらない買い物一つで長引く長引く。こんなに時間がかかるなら適当な物を選べばよかったわ。
結局、散々迷った挙句に選んだものは無難極まりない白のブラウスに紺のスカート、ニーソックスと各種下着、履き潰しかけたブーツ。
とりあえず、跳ねるだけで胸が揺れ、駆けるだけで下の毛がそよぐといった見苦しい姿からは脱したんだけど、古着ということで生地も状態も良いとは言い難い。その上、着ている人間が年を食っているため、とうのたった学生のようにも見える。
この学生様は「お姉さまと同じがいい!」なんて言っていた。だったら始めからそう主張しなさいよ馬鹿。
「うーん。やっぱりゴワゴワしてるみたい」
しかも文句言ってやがるし。誰が金払ったと思ってるのかしら恩知らず。
「でもいいの。我慢する。シルフィいい子だもの」
どの口が言う。さっきまで素っ裸だったくせに。
「シルフィちゃんはえらいんだねぇ」
「えへへ。ほめられると照れるの~」
増長させる馬鹿もいるし。帰ったら折檻してやる。
これでようやく落ち着いて大通りを歩くことができる……と安心したのもつかの間、シルフィは古着屋を出てすぐに足を止めた。
何をしているのかと思えば、串焼き肉の屋台の前で、肉を焼く様子をじっと見ている。
「ちょっと」
動かない。
「ちょっとシルフィ」
動こうとしない。
ひょっとしてこれはチャンスなんじゃないか……と思って置いていこうとしたらマントを握られた。
「お前ねえ」
地の底から響くような重低音が、掴まれた袖を通じてシルフィから聞こえてきた。要するに、恥ずかしげもなく腹をならしている。
「シルフィちゃん、お腹すいてるの?」
シルフィは答えない。ただ物欲しげに串焼き肉を見つめるだけ。店主もやりにくそうにしている。
「お姉ちゃん、買ってあげたら?」
「なんでわたしが!」
相槌を打つようにしてシルフィの腹の音がなった。
「ほら、シルフィちゃんかわいそうだよ。それにボクもお腹すいちゃった」
「お腹すいた。ごはん食べたいのね」
「物乞いどもが! お前らわたしの財布に底が無いとでも思ってるんじゃないのかい」
王族の最高峰に位置するわたしは、現金を持ち歩く機会がほとんどない。
幽霊に預けた皮袋の中に入っているのは、大臣から巻き上げたり、騎士団長からくすねたりした少量の金貨のみ。
この限りある金を他人のために使うなんて考えただけで腹が立つ。わたしのために使うものさえ足りないっていうのに。
「お肉おいしそう……じゅるり」
「いい匂いだねー」
だけど、このままではダメだ。よだれを流さんばかりに肉を見ているシルフィに、止めようとしない幽霊。
店主の我慢にも限界がある。営業妨害ということで衛視でも呼ばれれば、それでわたしの小旅行もおしまいだ。
「……お前達。わたしの慈悲に感謝して、限りない優しさを噛み締めて食すように。店主、上等な肉を一つとクズ肉を適当によこしなさい」
「やった! お肉なのね! シルフィのは、いーっぱいください! いっぱい、いいーっぱい!」
「ボクのぶんも!」
こいつら……。
受け取った肉を一かじり。ふむ。肉汁がなかなかジューシィ。
鬼畜者であるわたしにとって、不衛生である点はどうでもいい。味よ味。
よく言えば素材を活かした野趣溢れる味、悪く言えば適当な調味料で適当に調理した適当な肉の味。
悪くは無いけど、城で出される料理とは比べるべくもない。そんな肉料理を「美味しい美味しい」とパクついている幽霊に腹が立つ。
お前はいつももっといい物食べているでしょう。その程度の肉で喜んでいたら、わたしが不味い物しか出さないと思われるじゃないの。
そして、幽霊以上にシルフィが忌々しい。
両手で抱えきれないほど肉を持っていたくせに、気がつけばぺろりと平らげていた。
幽霊の方は「体のわりによく食べる」程度だけど、シルフィは「明らかに人間の限界を超えて」いる。
獣のようにガツガツと肉を食らい、口元はおろか頬や鼻の先まで肉汁で汚していた。
一つ食べ終えるたびに背伸びした幽霊が口を拭いてやっても、すぐにまた汚れるから意味が無い。
大通りの肉を食べ尽くす勢いで店をはしごし、食べた量を合計すれば自分の体積を超えている。
店のものと軽口を叩き合い、おまけや値引きをねだったりして、猥雑な町の中に溶け込みながら、一匹の飢えた鬼と付き人の子鬼が大通りを闊歩する。
「あっちからもいい匂いがするのね」
「シルフィちゃんは食いしん坊だなー」
こいつらは……。
「シルフィまたお腹すいてきちゃった」
「あそこのお店、まだ行ってないよ」
いったい……。
「ジュース、ジュース」
「ボクも飲む!」
どこまで……。
「もっと食べる! お肉もっと食べる!」
「シルフィちゃんはホントによく食べるね。だからこんなにおっきくなったんだ」
食べれば気がすむの……?
「あのコサージュ、お姉さまに似合いそう」
げっ、食い気の次は色気か。
「シルフィとおそろいでつけたらきっととてもかわいいの!」
こいつの使った金額、全部シャルロットに請求してみようか。いやしかし、そんなことをすれば王女としての度量が……。
「シャルロットちゃんとシルフィちゃんならきっと似合うよ」
「ユウレイちゃんにもきっと似合うのね!」
うちの馬鹿とよその馬鹿はお互いにおべっかを使って露店をまわっている。標的は食料から服飾品に移行した、らしい。
どこかふらついたその足取りは、食べ物を漁っている時よりも覚束ない。
たらふく食べたせいで腹に血が回っているんでしょうね。ただでさえ頭に行く血が足りないっていうのに。
あっちにふらふら、こっちにふらふら。ああ、危なっかしい。あ、あ、ほら、よく見てないから……ああああ……あーあ、やった。
「シルフィちゃんだいじょうぶ?」
「うう……汚れちゃったのね」
路上に何気なく置いてあった木箱につまづき、注意力散漫なシルフィの馬鹿が盛大につんのめった。
はるかに小さな体格の幽霊に助け起こされているその姿は、誰の目から見ても情けなく見える。クスクス笑っている通行人も一人や二人ではない。
何をやってるんだか……他人のふり他人のふり。
「あ、シルフィちゃん。お洋服がやぶけちゃってるよ」
ああん……?
「うう……シルフィのお洋服がぁ……。釘に引っかかっちゃったのね……」
なんですって!?
「……何よこれは」
「服に穴が開いちゃったのね」
「開いちゃったのね……じゃない! お前ちょっとこっちに来い」
「な、なんでそんなに怖い顔するの。シルフィ何も悪くない!」
「いいから早く!」
ぶつくさ言うシルフィを引っ張って、さっきの裏通りに出た。酒場の裏手。ここなら人目につくことはない。
「お姉ちゃん、シルフィちゃんも悪気があったわけじゃ」
「黙れ」
とりなそうとする幽霊は睨みつけて黙らせる。これ以上わたしに我慢しろだなんてどの面下げて言えるのかしらね。
わたしはわたしのやりたいようにやる。シルフィに向き直り、肩に手を置き石畳の上に座らせた。
「ここなら当分は誰も来ないわね」
襟に手をかけた。ボタンを一つ外す。
「安心しなさい。誰も来ないうちに終わらせてあげるから」
ボタンをもう一つ外す。
「い、いったい何をするつもりなのね!」
「黙ってなさい」
さらにボタンを外す。シルフィの肌が少しずつ外に出てくる。
「わたしの金で服を買って。わたしの金で散々食って。他にも色々買って。挙句の果てにその服を破いて」
流れるようにボタンを外していく。袖口のボタンも外し、一動作で服を抜き取った。
服を着せるのには苦労したけど、脱がせるのは鬼畜者のお家芸。この程度なら目を瞑っていたってできる。
「わたしがそのまま済ますと思う?」
「だって……だって……ごめんなさい……」
「ね。シルフィちゃんも謝ってるから」
「残念ね。もう少し早く頭を下げていればよかったのに」
こんな所で練習の成果を発揮することになるとは思わなかったわ。もちろん、やる以上はしっかりやるけど。
「幽霊、タオル」
「あの……」
「早く!」
「は、はい」
まずは髪をまとめて邪魔にならないようにする。
「幽霊、道具」
「えっ。だって」
「いいから!」
「わ、わかったよ。はい」
よしよし。しっかりと舐めて先を濡らして……一気に通す!
「あっ……!」
刺す!
「あああああ!」
抜く!
「きゅいきゅい!」
刺す抜く刺す抜く刺す抜く刺す抜く! リズミカルに!
「お姉ちゃんすごく速い!」
「す、すごいテクニックなのね!」
刺す抜く刺す抜く刺す抜く刺す抜く刺す抜く刺す抜く……最後はこれでぇぇぇ……フィニッシュ!
「ああ……すごいのね……」
「お姉ちゃんすごい! たっくさん練習してたもんね!」
ふふふ、もっとたたえなさい。それくらいの褒め言葉じゃ釣り合わないくらいの完璧な仕上がりだもの。
あれだけ酷く破れていたブラウスが完璧に補修されている。パッと見じゃ補修の跡すら見えない。
「従姉姫がお裁縫上手だなんて信じられないのね!」
「どこまでも失礼なやつだね。裁縫くらいできなきゃ一流の鬼畜者を名乗れないんだよ」
まったく、人を侮るにもほどがある。こいつには教育というものが足りていない。世の中の道理というものを教えてやらないと。
「お前、まさかわたしが親切で繕ってやったなんて思ってないだろうね?」
「違うのね?」
「世の中には破れた服に欲情する変質者だっているのよ。破れたままの無防備な格好でうろちょろされたらエセ鬼畜を喜ばせるだけじゃない。わたしはね、鬼畜としての責務を果たしたまでのことなの」
「うーん……よくわからないのね」
「お姉ちゃん、ボクもよくわかんないよ」
まったく揃いも揃って馬鹿ばかり。こんなに簡単なこと一つ教えるだけでも骨が折れて仕方ないわ。
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あれだけ誠心誠意説得してやったのにも関わらず、シルフィの馬鹿は服を着るのが嫌だとごねていた。
ま、そんな頑固者も「シルフィちゃんが服を着ないとシャルロットちゃんが恥ずかしいよ」の一言で折れたわけだけどね。
役立たず役立たずと罵ってきたけど、幽霊もたまには役に立つのね。
どんな愚物も役に立たせてみせるのが王女の王女たる所以ってところかしら。ほほほ。
「お姉ちゃんお姉ちゃん」
「スカートの裾を引っ張るんじゃない! ……なによ?」
「お店のおじさんがこっち見てるけど。気づかれちゃったかな?」
「かもしれないわね」
しょせんは裸をマントでくるんだだけの状態だもの。
ちょっと動くだけで見苦しいものがちらちらと見えるし、動かなくても露出の度が過ぎている。
幽霊とわたしと自転車で挟み込むようにして通りの隅をこっそりと通ってきたけど、ホコリ臭い店の中ではそういうわけにもいかない。
店主は不躾な視線を注いでくる。睨みつけてやれば慌てて目を反らすけど、少し時間を置くとまた見ている。
ただの助平親父なら放っておいてもよし。通報されたりしなければ……。
「……さっさと買った方がよさそうね」
「……ボクもそう思う」
「ちょっと! 二人でなにこそこそお話してるの! シルフィだけ仲間はずれにするなんて意地悪なんだから!」
仲間外れも何もお前は仲間でもなんでもないっていうか敵そのものなんだよ!
こいつときたら見る物見る物珍しげに「あれなに?」「あれなに?」って。幽霊だってもう少し自制心あるわよ。
「もっとシルフィの相談にのればいいの。いっぱいありすぎて迷っちゃうのね」
一人で選んで一人で買うこともできない半端者め。お前なんかズタ袋でも頭から被ってればそれでいいのよ。
「これなんてどうかなー」
「うわ……魚の柄ってねえ。お前も信じられないもの選ぶわね」
「じゃあ、これっ」
「芋虫のワンポイントなんてどこから掘り出してきたのよ」
「ボク、イモムシ好きだよ」
「お前の好みなんてどうでもいいの。どうせ選ぶならこういうものとか」
「ヒラヒラが多くて動きづらそうだよ」
「うるさいわね。それじゃこういうのは」
「お姉ちゃんってかわいいもの好きだよね。ちょっとキャラに合ってないような気が……」
「何か言った?」
「自分の趣味を押しつけるタイプなのね。召使の子たちもかわいそうなのね」
「お前というやつは恵んでもらえる身でそんなことをよくも……!」
「お姉ちゃん。おじさん見てるよ」
「ぐっ」
「もっと自由に動けるものがいいのね」
「それ以上自由に動いてどうするのよ」
「これなんてどうかなー。カッコいいよ」
「作業着にしか見えないけど……」
「シルフィのふくー、シルフィのふくー、素敵な素敵なおめしものー」
「ううむ、トップとボトムの組み合わせによっては……」
「そういえばパンツもいるよね。ブラジャーはどうしよう」
「ブラジャーって何なのね?」
「そうだ、肌着も必要ね。服を着ただけじゃ隠し切れないかもしれないし」
「靴も買わなきゃダメだよねー」
「ゴワゴワしてるものはいやいやー」
女三人で姦しいとはよく言ったもので、三者三様趣味がバラバラなものだから、くっだらない買い物一つで長引く長引く。こんなに時間がかかるなら適当な物を選べばよかったわ。
結局、散々迷った挙句に選んだものは無難極まりない白のブラウスに紺のスカート、ニーソックスと各種下着、履き潰しかけたブーツ。
とりあえず、跳ねるだけで胸が揺れ、駆けるだけで下の毛がそよぐといった見苦しい姿からは脱したんだけど、古着ということで生地も状態も良いとは言い難い。その上、着ている人間が年を食っているため、とうのたった学生のようにも見える。
この学生様は「お姉さまと同じがいい!」なんて言っていた。だったら始めからそう主張しなさいよ馬鹿。
「うーん。やっぱりゴワゴワしてるみたい」
しかも文句言ってやがるし。誰が金払ったと思ってるのかしら恩知らず。
「でもいいの。我慢する。シルフィいい子だもの」
どの口が言う。さっきまで素っ裸だったくせに。
「シルフィちゃんはえらいんだねぇ」
「えへへ。ほめられると照れるの~」
増長させる馬鹿もいるし。帰ったら折檻してやる。
これでようやく落ち着いて大通りを歩くことができる……と安心したのもつかの間、シルフィは古着屋を出てすぐに足を止めた。
何をしているのかと思えば、串焼き肉の屋台の前で、肉を焼く様子をじっと見ている。
「ちょっと」
動かない。
「ちょっとシルフィ」
動こうとしない。
ひょっとしてこれはチャンスなんじゃないか……と思って置いていこうとしたらマントを握られた。
「お前ねえ」
地の底から響くような重低音が、掴まれた袖を通じてシルフィから聞こえてきた。要するに、恥ずかしげもなく腹をならしている。
「シルフィちゃん、お腹すいてるの?」
シルフィは答えない。ただ物欲しげに串焼き肉を見つめるだけ。店主もやりにくそうにしている。
「お姉ちゃん、買ってあげたら?」
「なんでわたしが!」
相槌を打つようにしてシルフィの腹の音がなった。
「ほら、シルフィちゃんかわいそうだよ。それにボクもお腹すいちゃった」
「お腹すいた。ごはん食べたいのね」
「物乞いどもが! お前らわたしの財布に底が無いとでも思ってるんじゃないのかい」
王族の最高峰に位置するわたしは、現金を持ち歩く機会がほとんどない。
幽霊に預けた皮袋の中に入っているのは、大臣から巻き上げたり、騎士団長からくすねたりした少量の金貨のみ。
この限りある金を他人のために使うなんて考えただけで腹が立つ。わたしのために使うものさえ足りないっていうのに。
「お肉おいしそう……じゅるり」
「いい匂いだねー」
だけど、このままではダメだ。よだれを流さんばかりに肉を見ているシルフィに、止めようとしない幽霊。
店主の我慢にも限界がある。営業妨害ということで衛視でも呼ばれれば、それでわたしの小旅行もおしまいだ。
「……お前達。わたしの慈悲に感謝して、限りない優しさを噛み締めて食すように。店主、上等な肉を一つとクズ肉を適当によこしなさい」
「やった! お肉なのね! シルフィのは、いーっぱいください! いっぱい、いいーっぱい!」
「ボクのぶんも!」
こいつら……。
受け取った肉を一かじり。ふむ。肉汁がなかなかジューシィ。
鬼畜者であるわたしにとって、不衛生である点はどうでもいい。味よ味。
よく言えば素材を活かした野趣溢れる味、悪く言えば適当な調味料で適当に調理した適当な肉の味。
悪くは無いけど、宮殿で出される料理とは比べるべくもない。そんな肉料理を「美味しい美味しい」とパクついている幽霊に腹が立つ。
お前はいつももっといい物食べているでしょう。その程度の肉で喜んでいたら、わたしが不味い物しか出さないと思われるじゃないの。
そして、幽霊以上にシルフィが忌々しい。
両手で抱えきれないほど肉を持っていたくせに、気がつけばぺろりと平らげていた。
幽霊の方は「体のわりによく食べる」程度だけど、シルフィは「明らかに人間の限界を超えて」いる。
獣のようにガツガツと肉を食らい、口元はおろか頬や鼻の先まで肉汁で汚していた。
一つ食べ終えるたびに背伸びした幽霊が口を拭いてやっても、すぐにまた汚れるから意味が無い。
大通りの肉を食べ尽くす勢いで店をはしごし、食べた量を合計すれば自分の体積を超えている。
店のものと軽口を叩き合い、おまけや値引きをねだったりして、猥雑な町の中に溶け込みながら、一匹の飢えた鬼と付き人の子鬼が大通りを闊歩する。
「あっちからもいい匂いがするのね」
「シルフィちゃんは食いしん坊だなー」
こいつらは……。
「シルフィまたお腹すいてきちゃった」
「あそこのお店、まだ行ってないよ」
いったい……。
「ジュース、ジュース」
「ボクも飲む!」
どこまで……。
「もっと食べる! お肉もっと食べる!」
「シルフィちゃんはホントによく食べるね。だからこんなにおっきくなったんだ」
食べれば気がすむの……?
「あのコサージュ、お姉さまに似合いそう」
げっ、食い気の次は色気か。
「シルフィとおそろいでつけたらきっととてもかわいいの!」
こいつの使った金額、全部シャルロットに請求してみようか。いやしかし、そんなことをすれば王女としての度量が……。
「シャルロットちゃんとシルフィちゃんならきっと似合うよ」
「ユウレイちゃんにもきっと似合うのね!」
うちの馬鹿とよその馬鹿はお互いにおべっかを使って露店をまわっている。標的は食料から服飾品に移行した、らしい。
どこかふらついたその足取りは、食べ物を漁っている時よりも覚束ない。
たらふく食べたせいで腹に血が回っているんでしょうね。ただでさえ頭に行く血が足りないっていうのに。
あっちにふらふら、こっちにふらふら。ああ、危なっかしい。あ、あ、ほら、よく見てないから……ああああ……あーあ、やった。
「シルフィちゃんだいじょうぶ?」
「うう……汚れちゃったのね」
路上に何気なく置いてあった木箱につまづき、注意力散漫なシルフィの馬鹿が盛大につんのめった。
はるかに小さな体格の幽霊に助け起こされているその姿は、誰の目から見ても情けなく見える。クスクス笑っている通行人も一人や二人ではない。
何をやってるんだか……他人のふり他人のふり。
「あ、シルフィちゃん。お洋服がやぶけちゃってるよ」
ああん……?
「うう……シルフィのお洋服がぁ……。釘に引っかかっちゃったのね……」
なんですって!?
「……何よこれは」
「服に穴が開いちゃったのね」
「開いちゃったのね……じゃない! お前ちょっとこっちに来い」
「な、なんでそんなに怖い顔するの。シルフィ何も悪くない!」
「いいから早く!」
ぶつくさ言うシルフィを引っ張って、さっきの裏通りに出た。酒場の裏手。ここなら人目につくことはない。
「お姉ちゃん、シルフィちゃんも悪気があったわけじゃ」
「黙れ」
とりなそうとする幽霊は睨みつけて黙らせる。これ以上わたしに我慢しろだなんてどの面下げて言えるのかしらね。
わたしはわたしのやりたいようにやる。シルフィに向き直り、肩に手を置き石畳の上に座らせた。
「ここなら当分は誰も来ないわね」
襟に手をかけた。ボタンを一つ外す。
「安心しなさい。誰も来ないうちに終わらせてあげるから」
ボタンをもう一つ外す。
「い、いったい何をするつもりなのね!」
「黙ってなさい」
さらにボタンを外す。シルフィの肌が少しずつ外に出てくる。
「わたしの金で服を買って。わたしの金で散々食って。他にも色々買って。挙句の果てにその服を破いて」
流れるようにボタンを外していく。袖口のボタンも外し、一動作で服を抜き取った。
服を着せるのには苦労したけど、脱がせるのは鬼畜者のお家芸。この程度なら目を瞑っていたってできる。
「わたしがそのまま済ますと思う?」
「だって……だって……ごめんなさい……」
「ね。シルフィちゃんも謝ってるから」
「残念ね。もう少し早く頭を下げていればよかったのに」
こんな所で練習の成果を発揮することになるとは思わなかったわ。もちろん、やる以上はしっかりやるけど。
「幽霊、タオル」
「あの……」
「早く!」
「は、はい」
まずは髪をまとめて邪魔にならないようにする。
「幽霊、道具」
「えっ。だって」
「いいから!」
「わ、わかったよ。はい」
よしよし。しっかりと舐めて先を濡らして……一気に通す!
「あっ……!」
刺す!
「あああああ!」
抜く!
「きゅいきゅい!」
刺す抜く刺す抜く刺す抜く刺す抜く! リズミカルに!
「お姉ちゃんすごく速い!」
「す、すごいテクニックなのね!」
刺す抜く刺す抜く刺す抜く刺す抜く刺す抜く刺す抜く……最後はこれでぇぇぇ……フィニッシュ!
「ああ……すごいのね……」
「お姉ちゃんすごい! たっくさん練習してたもんね!」
ふふふ、もっとたたえなさい。それくらいの褒め言葉じゃ釣り合わないくらいの完璧な仕上がりだもの。
あれだけ酷く破れていたブラウスが完璧に補修されている。パッと見じゃ補修の跡すら見えない。
「従姉姫がお裁縫上手だなんて信じられないのね!」
「どこまでも失礼なやつだね。裁縫くらいできなきゃ一流の鬼畜者を名乗れないんだよ」
まったく、人を侮るにもほどがある。こいつには教育というものが足りていない。世の中の道理というものを教えてやらないと。
「お前、まさかわたしが親切で繕ってやったなんて思ってないだろうね?」
「違うのね?」
「世の中には破れた服に欲情する変質者だっているのよ。破れたままの無防備な格好でうろちょろされたらエセ鬼畜を喜ばせるだけじゃない。わたしはね、鬼畜としての責務を果たしたまでのことなの」
「うーん……よくわからないのね」
「お姉ちゃん、ボクもよくわかんないよ」
まったく揃いも揃って馬鹿ばかり。こんなに簡単なこと一つ教えるだけでも骨が折れて仕方ないわ。
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