「T-0 10」(2008/04/06 (日) 19:13:05) の最新版変更点
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オールド・オスマンの部屋を目指して、『炎蛇』の2つ名を持つメイジことコルベールは走っていた。
肩が揺さぶられ、服が着崩れ寸前になっている事も、体力にはそこそこ自信があるにもかかわらず、
息が切れ掛かっている事もお構いなしだ。
それほど大事な、2つの報告があった。
それも、片方は下手をすれば国を揺るがすほど重大かも知れない、機密的な報告が。
だからコルベールは走っていた。この事実をオスマンに、恩師に「伝えなくては」と。
いよいよオスマンのいる学院長室の扉が見えたとき、彼はいつも何気なく通る道が果てなく思えた。
ここは、実はコレほど長いものだったのか? という錯覚すら覚えていた。
ターミネーターは足を少し上げると、ほぼ歩く要領でワルキューレを顔から踏み潰した。
薄っぺらく変形した青銅が地面に落ち、持っていたハンマーが手からずり落ちた。
目の前で起きたことが信じられないのは、何も対峙しているギーシュだけではない。
彼らを囲う見物人たちも、開いた眼や口が閉じそうに無い者が大勢いる。
てっきり、一方的な弱者暴虐が見れるとばかりに心を躍らしていた彼らは、
しきりに隣近所のやつと顔を見合わせたりして、これがリアルである事を確かめ合っていた。
そして、一寸遅れた後に、彼らはざわざわと騒ぎ始め、事実を認めたくない何人かのお調子者どもは
矢継ぎ早にギーシュを冷やかし始めた。
「おいおいおいギーシュ? 本気出せ――っ!!」
「さすがにお優しいな――ッ、ギ・ー・シュ・さ・ま……ハハハハハッ!!」
「真面目にやれ――っ!!」
ヒートアップしてきた彼らの口からは、
とても貴族様のお言葉とは思えないほどの汚さと醜さに満ちた言葉が吐き出される。
「くそっ……」
別にそのヤジに乗せられた訳ではないが、
ギーシュは焦りの中で杖を構え直し、今度は造花の花弁を2枚振り落とした。
出てくるのはやはり、甲冑の女性像ワルキューレ。
ただ、今度の2体はそれぞれ青銅で練り固められた剣を握っている。
だが、その2体も使い魔の男に傷一つつけることなく、
剣を振りかぶった一瞬に、男が無造作に払った右腕によってゴミクズのように空を舞った。
殴打された部分がグシャグシャに潰れ、特に片方は腰をやられていたせいか、
上半身と下半身の真っ二つに引き千切れていた。
男は地面に横たわるワルキューレの残骸を興味深そうに一瞥したが、
さして興味を誘わなかったのだろう、くっと目を先に上げて、ゆっくりと視線をギーシュに戻した。
「くっ!」
視線の交わりに気圧されかけたギーシュは思わずしりもちを付きそうになったが
そこは持ち前のプライドと意地で何とか堪えた。
男は黙ってギーシュを見ていたが、それに飽きたのか、はたまた様子見が終わったのか、
唐突に首を少し傾けるとゆったりと身体を動かし、永い眠りから目覚めたばかりの獣のように緩やかに歩き出した。
「報告があります、オールド・オスマン! ノックもしない無礼はこの際お許しください」
うまくロレツ回らない舌で早口言葉のように言い切ると、勢いまかせに扉を開けた。
目の先に、長い白髭を十分に蓄えた偉大な魔法使いが……
――眼鏡の似合う理知的な女性に踏みつけられ、床に這いずっていた。
「……何してらっしゃるんでしょうか……?」
床に四散している書類を踏まないように気をつけ、オスマンの目の前まで移動した。
恩師の無様な姿に思わず言葉を失いそうになったが、力を振り絞ってみれば震える口から何とか言葉を出す。
コルベールを見上げていたオスマンはきょとんとした顔になり、飄々とした態度で白髭を撫でた。
「『何』って……ミス・ロングビルに腰のマッサージしてもらっとったんじゃが……?」
最後に「のう?」と付け加え、真上に見える女性に同意を求める。
オスマンを踏みつけている女性――ミス・ロングビルはクスクス笑いながら、言った。
「ええ。何か誤解をされてるようですが、オールドオスマンの仰った通りですが?」
「そ、そうでしたか。ミス・ロングビルが仰るならその通りなのでしょうな! いや、全く……」
てっきり、『また』セクハラしたオスマンに怒ったロングビルが、折檻しているところなのではないか?
とそれに近い事を言いかけたが、なんだかロングビルの笑顔が怖い上、怪しく光(っているように見え)る目が
これ以上何も言うなと語っていたので言わぬが吉だと判断を下した。
ところでどうでもいい話だが、このミス・ロングビルはオールド・オスマンの秘書であり、コルベールから見て女性の理想に近い。
無駄の無いすらりとした体系に、整った顔立ち。
ややきつめの印象がある目の上にかけられた眼鏡が知的な色気に加え、デキる女である事を見るものに思わせる。
しかも見てくれだけでなく、実際仕事ができるために、ロングビルという高嶺の花はコルベールには一層眩しく遠くに見えていた。
まぁ、要するにコルベールは、42にもなって片思いというやつをしているのだった。
「あ――で、何のようじゃったかのうミスタ・コルベール? 最近物忘れがちと激しくての……」
「まだ何も言ってませんよ、オールド・オスマン」
なんだか終わりそうに無い漫才となりそうなので、
コルベールは咳払いを一つして気持ちを切り替えると、真剣な表情でオスマンを見据えた。
まだミス・ロングビルがいるが、彼女は信用できる。まぁ、言っても差し支えは無いだろう――――
グシャ……
ターミネーターが無情にもワルキューレの残骸たちを踏みつけ、また一歩ギーシュへと近づいた。
その足取りは相変わらずゆっくりなのだが、確実に近づいてくる分その遅さが逆に恐怖を煽る。
ギーシュは後ずさりしながらだんだんと追い詰められ、とうとう硬い壁に背中を預ける形となっていた。
もう、後には引けない。
既にワルキューレは全7体を出し切り、今ギーシュの前に立っているのは武器も持たない2体だけだ。
残りの5体――後に出した2体は一撃でオシャカにされた――は皆地面に崩れ落ち、ターミネーターに踏み潰されている。
予想の斜め上を行く――……『平民』と『貴族』というものの本来の優劣が逆転した構図にも見えるこれは、
それまでまだお気楽な見世物見物の気分だった周囲の貴族達、及び偶然居合わせた何人かの使用人(平民)たちの言葉を奪い、
彼らの胸中に不安と期待を植え込ませた。
それは主人のルイズも例外ではなく――――彼女は3割の不安と2割の期待、そして5割の好奇心を混ぜ合わせた瞳で事の経過を見守っていた。
彼女の脳裏を同時進行を促す記憶は、ターミネーターの台詞とあの悪夢の事――。
自分がターミネーターに対し負けろと言った事など、驚愕したのを機に脳の片隅へと押しこめて、
とっくに忘れていたことだった。
突如として現れた人形は青銅で出来たものであり、ターミネーターではなかった。
初めて出現したときは、その製造工程からメモリにあるT-1000の姿とダブって見えもしたが、
壊してみれば所詮単純なつくりで、しかも出来の悪い青銅人形だった。
青銅よりはるかに硬度に、そして精密に造られた自分自身――T-800――の敵ではない。
案の定、それらは手を振るわせただけで簡単に潰れ、攻撃すれば自身が潰れるという体たらく。
ターミネーターはこの戦いにおける勝率を、ゆるぎなく99・9パーセントと定めた。
赤い前方表記越しに見える人間の子供の顔は、断定は出来ないが恐怖か哀しみかのどちらかに染まっていると判断できる。
そして、子供と、ターミネーターを遮るように立つあの青銅の人形は、これ以上出してこないことから見て、
どうやらあれらが最後の2体である可能性が高い。それとも、無駄だと悟って出してないのかも知れないが、この際別にどっちでもよかった。
それよりも、気になる問題は先程から身体機能に生じる、『妙な負荷』だ。
あの人形を破壊する直前、刹那の間に等しい一瞬電子機能がハッキングされたように白く弾け、
次に前方表記画面が元に戻ったときには、運動及び行動をつかさどる一連の機能が過負荷を起こしたようにうねりを上げ、
設計されている耐久以上の過負荷を事実として全身に轟かせていた。
通常なら望まない過負荷が掛かった場合、この時点でCPUが警告を発して運動機能を一時的に停止させるはずなのだが、
今、ターミネーターの前方表記には警告の文字が一つとして見られなかった。
計算される負荷は確かに限界地を超え、通常のT-800モデル以上のパワーを生み出しているはずなのにだ。
一応自己検査を行ったのだが、何度やっても結果は問題無と表示されるだけで原因は不明なまま。
計算計器が狂っている事も含めて検査を続けるも、相変わらず異常無と問題無が表示されるだけに終わった。
そういえば、文字を刻まれたと聞いた左手から、
ちりちりと焼けるような痛みが時々するのだが、果たして関係あることなのだろうか?
死刑台に足を乗せているような心境だった。とてもじゃないが『生きている心地』というものが感じられない。
まさか、平民だと愚弄し、タンカを切った相手がここまで怖いとは思いもしなかった。
ワルキューレを紙くずのように引き千切ったパワーに、青銅の一撃で全く傷つかない防御力。
ギーシュは思った。
あの平民の男は本当に平民……いや、それ以前に人間なのか?
と。
ともかく、わかっている事は使い魔の繰り出すあの一撃をまともに受けては、華奢な自分などどうなる事かということ。
……想像しただけで吐き気を催した。
いやだ! まだこんなところで死にたくは無い!
バッ、と花びらの散って丸ハゲになった杖をターミネーターに向ける。しかし、気力だけ。
ギーシュはまだ知る由も無いが、恐怖や恐れの無いターミネーターにそんな脅しが通用するはずも無かった。
「と、止まれ! 止まらないともっと痛い魔法をお見舞いするぞ!!」
上ずった声で叫びとおす。しかし、言葉の意味が解からない――仮に解っていたとしても――ターミネーターの足は止まらない。
慌てふためいてバランスを崩し、背後の壁にもたれ掛かった。迫りくる恐怖を前に、ギーシュはある種の絶望をかみ締める。
(パニくって考えなしにワルキューレを生産したのがまずかったな……もう、殆ど魔法を繰り出せる精神力が残っていないや……)
考えろ。
頭の中でもう一人の、プライドが高く諦めの悪い面の自分が叫んだ。
ココで諦めてはいけない。この判断こそが、自分の命だけでなく、家名や……愛する者まで傷つけてしまいかねない。
考えろ!
あせりと恐怖に飲まれそうになるのを、息を整えて落ち着く事で阻んだ。
最善の方法を今ココで、この状況で判断するんだ、見つけ出すんだ…………。
だが、現実は甘いものではない。
考えを張り巡らせ、可能性を導き出すほど今が本当に『どうにもならない状況』だという事が身に染み渡った。
虚ろになって空を見上げる。もうだめだ……そう思ったのと同時に、身体の力がずるりと抜けた。
見上げた際に重心が後ろになり、これでほぼ全体重が壁にもたれ掛かることとなる。
(この壁みたいに、僕が強くて逞しかったらな~……)
自分を支える壁を横目を通してちらりと見やる。
太く大きな石で固められた、くすんだベージュ色の壁は何も答えてはくれなかった。
(ん? 壁…………!!!)
ギーシュは飛び上がって振り返った。
見物客がそれを見て高らかな歓声と悲鳴をあげたが、今のギーシュには届いていない。
彼はひたすら壁の存在を確かめるように撫でまわし、叩き、蹴った。
――ふっ!
先程までとは打って変わり、やたらときびきびした動きに戻ったギーシュは意気揚々と踵を返し、
今まさにワルキューレたちに手をかけようとしていたターミネーターを指差した。
その奇行に、驚いたわけではないがターミネーターは動きを止めた。
「君を倒す算段がついた!!」
ギーシュは自身を秘めた大声で叫んだ。
「決闘は僕の勝利で終わらせてもらう!!」
決意の篭った強い声が広場全体に響き渡ると、広場の雰囲気ががらりと変わった。
お調子者たちは拍手喝采。全員総立ちでギーシュの人知れぬ自信に期待を寄せる。
無論、ターミネーターには関係ないが。
表情を変えぬまま彼が足を再び動かそうとしたとき、それよりも先にギーシュは大げさに杖を振るった。
#navi(T-0)
オールド・オスマンの部屋を目指して、『炎蛇』の2つ名を持つメイジことコルベールは走っていた。
肩が揺さぶられ、服が着崩れ寸前になっている事も、体力にはそこそこ自信があるにもかかわらず、
息が切れ掛かっている事もお構いなしだ。
それほど大事な、2つの報告があった。
それも、片方は下手をすれば国を揺るがすほど重大かも知れない、機密的な報告が。
だからコルベールは走っていた。この事実をオスマンに、恩師に「伝えなくては」と。
いよいよオスマンのいる学院長室の扉が見えたとき、彼はいつも何気なく通る道が果てなく思えた。
ここは、実はコレほど長いものだったのか? という錯覚すら覚えていた。
ターミネーターは足を少し上げると、ほぼ歩く要領でワルキューレを顔から踏み潰した。
薄っぺらく変形した青銅が地面に落ち、持っていたハンマーが手からずり落ちた。
目の前で起きたことが信じられないのは、何も対峙しているギーシュだけではない。
彼らを囲う見物人たちも、開いた眼や口が閉じそうに無い者が大勢いる。
てっきり、一方的な弱者暴虐が見れるとばかりに心を躍らしていた彼らは、
しきりに隣近所のやつと顔を見合わせたりして、これがリアルである事を確かめ合っていた。
そして、一寸遅れた後に、彼らはざわざわと騒ぎ始め、事実を認めたくない何人かのお調子者どもは
矢継ぎ早にギーシュを冷やかし始めた。
「おいおいおいギーシュ? 本気出せ――っ!!」
「さすがにお優しいな――ッ、ギ・ー・シュ・さ・ま……ハハハハハッ!!」
「真面目にやれ――っ!!」
ヒートアップしてきた彼らの口からは、
とても貴族様のお言葉とは思えないほどの汚さと醜さに満ちた言葉が吐き出される。
「くそっ……」
別にそのヤジに乗せられた訳ではないが、
ギーシュは焦りの中で杖を構え直し、今度は造花の花弁を2枚振り落とした。
出てくるのはやはり、甲冑の女性像ワルキューレ。
ただ、今度の2体はそれぞれ青銅で練り固められた剣を握っている。
だが、その2体も使い魔の男に傷一つつけることなく、
剣を振りかぶった一瞬に、男が無造作に払った右腕によってゴミクズのように空を舞った。
殴打された部分がグシャグシャに潰れ、特に片方は腰をやられていたせいか、
上半身と下半身の真っ二つに引き千切れていた。
男は地面に横たわるワルキューレの残骸を興味深そうに一瞥したが、
さして興味を誘わなかったのだろう、くっと目を先に上げて、ゆっくりと視線をギーシュに戻した。
「くっ!」
視線の交わりに気圧されかけたギーシュは思わずしりもちを付きそうになったが
そこは持ち前のプライドと意地で何とか堪えた。
男は黙ってギーシュを見ていたが、それに飽きたのか、はたまた様子見が終わったのか、
唐突に首を少し傾けるとゆったりと身体を動かし、永い眠りから目覚めたばかりの獣のように緩やかに歩き出した。
「報告があります、オールド・オスマン! ノックもしない無礼はこの際お許しください」
うまくロレツ回らない舌で早口言葉のように言い切ると、勢いまかせに扉を開けた。
目の先に、長い白髭を十分に蓄えた偉大な魔法使いが……
――眼鏡の似合う理知的な女性に踏みつけられ、床に這いずっていた。
「……何してらっしゃるんでしょうか……?」
床に四散している書類を踏まないように気をつけ、オスマンの目の前まで移動した。
恩師の無様な姿に思わず言葉を失いそうになったが、力を振り絞ってみれば震える口から何とか言葉を出す。
コルベールを見上げていたオスマンはきょとんとした顔になり、飄々とした態度で白髭を撫でた。
「『何』って……ミス・ロングビルに腰のマッサージしてもらっとったんじゃが……?」
最後に「のう?」と付け加え、真上に見える女性に同意を求める。
オスマンを踏みつけている女性――ミス・ロングビルはクスクス笑いながら、言った。
「ええ。何か誤解をされてるようですが、オールドオスマンの仰った通りですが?」
「そ、そうでしたか。ミス・ロングビルが仰るならその通りなのでしょうな! いや、全く……」
てっきり、『また』セクハラしたオスマンに怒ったロングビルが、折檻しているところなのではないか?
とそれに近い事を言いかけたが、なんだかロングビルの笑顔が怖い上、怪しく光(っているように見え)る目が
これ以上何も言うなと語っていたので言わぬが吉だと判断を下した。
ところでどうでもいい話だが、このミス・ロングビルはオールド・オスマンの秘書であり、コルベールから見て女性の理想に近い。
無駄の無いすらりとした体系に、整った顔立ち。
ややきつめの印象がある目の上にかけられた眼鏡が知的な色気に加え、デキる女である事を見るものに思わせる。
しかも見てくれだけでなく、実際仕事ができるために、ロングビルという高嶺の花はコルベールには一層眩しく遠くに見えていた。
まぁ、要するにコルベールは、42にもなって片思いというやつをしているのだった。
「あ――で、何のようじゃったかのうミスタ・コルベール? 最近物忘れがちと激しくての……」
「まだ何も言ってませんよ、オールド・オスマン」
なんだか終わりそうに無い漫才となりそうなので、
コルベールは咳払いを一つして気持ちを切り替えると、真剣な表情でオスマンを見据えた。
まだミス・ロングビルがいるが、彼女は信用できる。まぁ、言っても差し支えは無いだろう――――
グシャ……
ターミネーターが無情にもワルキューレの残骸たちを踏みつけ、また一歩ギーシュへと近づいた。
その足取りは相変わらずゆっくりなのだが、確実に近づいてくる分その遅さが逆に恐怖を煽る。
ギーシュは後ずさりしながらだんだんと追い詰められ、とうとう硬い壁に背中を預ける形となっていた。
もう、後には引けない。
既にワルキューレは全7体を出し切り、今ギーシュの前に立っているのは武器も持たない2体だけだ。
残りの5体――後に出した2体は一撃でオシャカにされた――は皆地面に崩れ落ち、ターミネーターに踏み潰されている。
予想の斜め上を行く――……『平民』と『貴族』というものの本来の優劣が逆転した構図にも見えるこれは、
それまでまだお気楽な見世物見物の気分だった周囲の貴族達、及び偶然居合わせた何人かの使用人(平民)たちの言葉を奪い、
彼らの胸中に不安と期待を植え込ませた。
それは主人のルイズも例外ではなく――――彼女は3割の不安と2割の期待、そして5割の好奇心を混ぜ合わせた瞳で事の経過を見守っていた。
彼女の脳裏を同時進行を促す記憶は、ターミネーターの台詞とあの悪夢の事――。
自分がターミネーターに対し負けろと言った事など、驚愕したのを機に脳の片隅へと押しこめて、
とっくに忘れていたことだった。
突如として現れた人形は青銅で出来たものであり、ターミネーターではなかった。
初めて出現したときは、その製造工程からメモリにあるT-1000の姿とダブって見えもしたが、
壊してみれば所詮単純なつくりで、しかも出来の悪い青銅人形だった。
青銅よりはるかに硬度に、そして精密に造られた自分自身――T-800――の敵ではない。
案の定、それらは手を振るわせただけで簡単に潰れ、攻撃すれば自身が潰れるという体たらく。
ターミネーターはこの戦いにおける勝率を、ゆるぎなく99・9パーセントと定めた。
赤い前方表記越しに見える人間の子供の顔は、断定は出来ないが恐怖か哀しみかのどちらかに染まっていると判断できる。
そして、子供と、ターミネーターを遮るように立つあの青銅の人形は、これ以上出してこないことから見て、
どうやらあれらが最後の2体である可能性が高い。それとも、無駄だと悟って出してないのかも知れないが、この際別にどっちでもよかった。
それよりも、気になる問題は先程から身体機能に生じる、『妙な負荷』だ。
あの人形を破壊する直前、刹那の間に等しい一瞬電子機能がハッキングされたように白く弾け、
次に前方表記画面が元に戻ったときには、運動及び行動をつかさどる一連の機能が過負荷を起こしたようにうねりを上げ、
設計されている耐久以上の過負荷を事実として全身に轟かせていた。
通常なら望まない過負荷が掛かった場合、この時点でCPUが警告を発して運動機能を一時的に停止させるはずなのだが、
今、ターミネーターの前方表記には警告の文字が一つとして見られなかった。
計算される負荷は確かに限界地を超え、通常のT-800モデル以上のパワーを生み出しているはずなのにだ。
一応自己検査を行ったのだが、何度やっても結果は問題無と表示されるだけで原因は不明なまま。
計算計器が狂っている事も含めて検査を続けるも、相変わらず異常無と問題無が表示されるだけに終わった。
そういえば、文字を刻まれたと聞いた左手から、
ちりちりと焼けるような痛みが時々するのだが、果たして関係あることなのだろうか?
死刑台に足を乗せているような心境だった。とてもじゃないが『生きている心地』というものが感じられない。
まさか、平民だと愚弄し、タンカを切った相手がここまで怖いとは思いもしなかった。
ワルキューレを紙くずのように引き千切ったパワーに、青銅の一撃で全く傷つかない防御力。
ギーシュは思った。
あの平民の男は本当に平民……いや、それ以前に人間なのか?
と。
ともかく、わかっている事は使い魔の繰り出すあの一撃をまともに受けては、華奢な自分などどうなる事かということ。
……想像しただけで吐き気を催した。
いやだ! まだこんなところで死にたくは無い!
バッ、と花びらの散って丸ハゲになった杖をターミネーターに向ける。しかし、気力だけ。
ギーシュはまだ知る由も無いが、恐怖や恐れの無いターミネーターにそんな脅しが通用するはずも無かった。
「と、止まれ! 止まらないともっと痛い魔法をお見舞いするぞ!!」
上ずった声で叫びとおす。しかし、言葉の意味が解からない――仮に解っていたとしても――ターミネーターの足は止まらない。
慌てふためいてバランスを崩し、背後の壁にもたれ掛かった。迫りくる恐怖を前に、ギーシュはある種の絶望をかみ締める。
(パニくって考えなしにワルキューレを生産したのがまずかったな……もう、殆ど魔法を繰り出せる精神力が残っていないや……)
考えろ。
頭の中でもう一人の、プライドが高く諦めの悪い面の自分が叫んだ。
ココで諦めてはいけない。この判断こそが、自分の命だけでなく、家名や……愛する者まで傷つけてしまいかねない。
考えろ!
あせりと恐怖に飲まれそうになるのを、息を整えて落ち着く事で阻んだ。
最善の方法を今ココで、この状況で判断するんだ、見つけ出すんだ…………。
だが、現実は甘いものではない。
考えを張り巡らせ、可能性を導き出すほど今が本当に『どうにもならない状況』だという事が身に染み渡った。
虚ろになって空を見上げる。もうだめだ……そう思ったのと同時に、身体の力がずるりと抜けた。
見上げた際に重心が後ろになり、これでほぼ全体重が壁にもたれ掛かることとなる。
(この壁みたいに、僕が強くて逞しかったらな~……)
自分を支える壁を横目を通してちらりと見やる。
太く大きな石で固められた、くすんだベージュ色の壁は何も答えてはくれなかった。
(ん? 壁…………!!!)
ギーシュは飛び上がって振り返った。
見物客がそれを見て高らかな歓声と悲鳴をあげたが、今のギーシュには届いていない。
彼はひたすら壁の存在を確かめるように撫でまわし、叩き、蹴った。
――ふっ!
先程までとは打って変わり、やたらときびきびした動きに戻ったギーシュは意気揚々と踵を返し、
今まさにワルキューレたちに手をかけようとしていたターミネーターを指差した。
その奇行に、驚いたわけではないがターミネーターは動きを止めた。
「君を倒す算段がついた!!」
ギーシュは自身を秘めた大声で叫んだ。
「決闘は僕の勝利で終わらせてもらう!!」
決意の篭った強い声が広場全体に響き渡ると、広場の雰囲気ががらりと変わった。
お調子者たちは拍手喝采。全員総立ちでギーシュの人知れぬ自信に期待を寄せる。
無論、ターミネーターには関係ないが。
表情を変えぬまま彼が足を再び動かそうとしたとき、それよりも先にギーシュは大げさに杖を振るった。
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