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「零魔娘娘追宝録 2」(2008/08/25 (月) 22:01:39) の最新版変更点
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魔法の使えないメイジ
ゼロのルイズが召喚した
『静嵐刀』
とはいかなる宝貝であるか?
ここではない異世界、そこには『仙人』という存在がいる。
卓越した知能や技術によって、この世の成り立ち、天地の理の全てを知りえた者だけがなれる存在。それこそが仙人である。
仙人になれるほどの才覚を持ってしまった者は、その高すぎる能力ゆえに普通の人間たちとはまともに暮らしていくことはできない。
だから仙人たちは『仙界』と呼ばれる異世界を己の力で築きあげることにより自らを隔離し、
そしてそこで今もなお己の知恵と技術を磨かんとして修行を積んでいるのである。
そんな仙人たちが自ら作り上げた道具、それこそが『宝貝』である。
なにせもともとの仙人たちが人知を超えた存在である。その道具たる宝貝もまた尋常ならざる力を持っている。
世界全ての出来事を瞬時に知ることができる宝玉。
時の流れを自由に駆け戻ることができる砂時計。
この世のいかなる存在であっても斬る事のできる矛。
それら数多の宝貝の一つ、それこそが何を隠そう静嵐刀その人である。
そしてその恐るべき道具、宝貝の所持者にして使い魔の契約者になったルイズは、
「なんというか、ピンと来ない話ね」
「はぁ、ピンと来ませんか」
いまいち納得できていないようであった。
静嵐は辺りを見回す。質素だが質のよい調度品。布団のついた寝心地の良さそうな寝台。
どれもこれも静嵐の知っている文化圏のものとはかけ離れた意匠をしている。
これを見ればさすがの静嵐でも、ここが全くの異世界であるということが実感できた。
そう、ここはルイズの部屋。契約の儀式のあと、自室に戻ったルイズは静嵐に説明を求めたのだ。
内容はズバリ「宝貝って何?」である。
「百歩譲って異世界というのがあるとして、センニンっていう存在がいるとして、パオペイなんていう道具があるとして、
アンタがそのパオペイだっていう証拠はどこにあるのよ。アンタはどう見たってただの――平民じゃない」
ルイズは静嵐を観察する。たしかに静嵐は変わった男だと思う。
見たことも無いようなデザインの服、耳慣れない響きの名前、トリステインではあまり目にすることの無い黒髪。
それらを見る限り、その辺にいるような平民とは違うような気がする。
なるほど、たしかに珍しい人間であるかもしれない。だが、それだけだ。
それが静嵐の言うパオペイの存在、そして静嵐自身がそのパオペイであるということの証拠にはなり得ない。
「そうですね。なら百聞は一見にしかず、僕が『宝貝』である証拠を見せましょう。――ゴホン、ではとくとご覧あれ」
わざとらしい咳払いをして、勿体つけたように静嵐は言う。
何をするのかと思ったが、次の瞬間――静嵐が爆発する。
「!」
驚くのはルイズだ。目の前を覆う爆煙に、また自分の失敗魔法が炸裂してしまったのかと思ってしまうが、
自分は杖を握ってもいなければ呪文を唱えてもいない。
それにこの爆発は何か変だ。煙の量と勢いは凄いが、爆発につきものの熱や光はほとんど無い。いつもの自分の失敗魔法ではない。
そして徐々に煙が薄れていくと、そこに静嵐の姿は無く。
――あるのはただ一振りの剣だった。
静嵐の外套と同じ深い藍色をした鞘、表面にはやはり外套と同じく精緻な雄牛の彫りこみがしてある。
長さはそれほどではない。少なくとも、ルイズの知っている『剣』とは少し違う。
ルイズの知っている剣はもっと大きく肉厚で、いかにも鈍重そうであるが、
この剣はもっと薄く鋭いであろうことは、鞘の形からも見て取れる。
とにかく、鞘から引き抜いてみればわかることだ。静嵐の行方も含めて、この剣を手にとって見ればわかることである。
そう思いルイズは剣の柄に手を伸ばし、握ってみる。
『どうです? これで僕が宝貝だということはわかったでしょう』
「キャッ!?」
ガシャン、と金属音を立てて剣が床に落ちる。いきなり頭に響いた声に、ルイズは驚いてしまったのだ。
「な、なに今の?」
今の声は静嵐のものであるように聞こえた。
だがその声は、どこかから耳に聞こえたというのではなく、頭の中に直接聞こえたというのが気味が悪い。
……いずれにせよもう一度剣を握ってみればわかる、とルイズはおそるおそる再び剣を握る。
するとまた、先ほどの声が頭に響く。
『ひどいなぁ。いきなり落さないでくださいよ』
聞こえるのはぼやくような声。この声はやはり静嵐だ。
「ひょ、ひょっとしてセイランなの?」
『そうですよ。――とまあこの通り。先ほどの姿はあくまで仮の姿であり、僕の本当の姿はこの刀のほうなんですよ』
「すごいわ!」
素直に感心するルイズ。
インテリジェンスソードなど、知能を持った武器などはこの世界では珍しいものではない。
だが静嵐のように人間の姿を取れる武器などルイズは聞いたことも無い。
どんなメイジがどんな魔法を用いても、このようなものを作ることは難しいだろう。
これならば静嵐の言う「異世界に住む仙人の造った宝貝」という話も真実味を帯びてくる。
「他には何かできないの?」
『そうですね。この状態でならば、使用者の体を自由に操ることができます。
ああ、もちろん、使用者が体の操作に抵抗すればできないんですが』
少し興味が沸く。体を操作されるというのに不安が無いではないが、やってみて欲しいという気持ちが強い。
「そう……。ちょっとやってみてちょうだい」
『はいはい。お任せだよ』
途端、ルイズの体がルイズの意思とは無関係に動き出す。
ルイズの強気な顔つきが緩み、静嵐刀のそれと同じ緩んだ笑みに変わる。
ルイズの体を操った静嵐は鞘から己を引き抜き、素振りをするように空を切る。部屋の中にヒュンヒュンと心地よい風切り音が響く。
その素振りの動きは、当のルイズ本人から見ても淀みのない洗練された動きであり、まるで剣の達人のようである。
『僕の体には各種様々な武術の達人の動きが刻み込まれていて、こうして使用者を操っている時もその動きができるんだ』
「じゃあ今の私は剣の達人になってるってこと?」
『そういうことさ。ついでにいえば体の内面、筋肉や血管の動きも制御してるから、
普段よりも速く走ることや強い力を出すこともできるよ。もっとも、僕には使用者の身体能力を引き上げる機能はないから、
あくまでもルイズの本来持っている力以上のことはできないんだけどね』
そして静嵐はピタリと刀の動きを止め、自らを鞘に収め、宙に放り投げる。
空中で再び先ほどと同じように爆煙が広がり、その中から静嵐が姿を現す。
「とまぁこんな感じだよ。理解してくれたかな?」
「ええ……よくわかったわ」
ルイズは考える。
これはひょっとして拾い物ではないだろうか?
最初は役に立ちそうもない平民を召喚してしまったとがっかりしたが、このような能力があるとわかった以上そうではない。
たしかに一般的な使い魔とは違ったものになってしまったが、
珍しいという意味ではキュルケのサラマンダーやタバサの風龍に勝るとも劣らないものであることは間違いない。
そしてその上この人知を超えた能力である。
今のところその使い道は思いつかないが、何かしらの役に立つことがあるかもしれない。
「すごいわ……! すごいわよセイラン!」
ルイズは興奮して叫ぶ。
思いもよらぬ誉め言葉に静嵐は戸惑う。
「え? そ、そうですかね。自分で言うのもなんですが宝貝にしてはたいした力は無いほうですよ、僕は」
「謙遜することはないわ。ただの平民かと思っていたけど、こんなにすごい剣だなんて……!」
「剣じゃなくて刀なんですけどね、僕は。――でもそう言ってもらえると嬉しいなぁ。こんな僕みたいな欠陥宝貝を」
「そんなことないわ、貴方みたいな欠陥宝貝でも――欠陥?」
不意の言葉にルイズの表情が変わる。歓喜から嫌疑へと。
「あれ? 言ってませんでしたっけ?」
「――待ちなさい。欠陥って何よ」
「ええとですね。僕は、正確には僕らなんですが……、普通の宝貝とは違う欠陥宝貝なんですよ」
「……何ですって?」
「だから欠陥宝貝。――僕の製作者である龍華仙人というのはですね、こう言っちゃなんですが破天荒な人でして。
宝貝作りの腕前はたしかにすごいんですが、日用道具の宝貝に必要も無いほど危険で強力な戦闘能力を追加したり、
そうかと思えば威力がすごすぎてまともに使えないような武器の宝貝を造ってしまったりとしてしまう人なんですよ」
「…………」
ルイズは言葉も無い。嫌疑の表情は険悪に変わりつつある。
「そんなお人なものですから、失敗作である欠陥宝貝もその数たるや半端な数ではないもので。
その数なんと七百二十七個ですよ? すごいもんですよねえ」
はっはっは、と静嵐は笑う。ルイズはもう一片たりとも笑みを浮かべていない。
「それで僕もその中の一つでして、本来は龍華仙人の工房に封印されていたんですが、
とある事故によってその封印が解けてしまい、僕ら欠陥宝貝たちは自由を求めて逃亡したわけです。
そのまま仙界から人間界に逃げる途中、僕はルイズに召喚されてしまい今現在に至る、と。
いやぁ、それでもこうしてお役に立てるんですから人生何が幸いするかわかりませんね。
――あれ? どうかしました」
険悪は激怒に変わり、さらにそれを無理やり抑えようとしてひきつった笑みへと変化する。
「じゃじゃじゃあああ、聞くけど、ホントのホントにあんたは、け、『欠陥』パオペイなわけ?」
「ええそれはもう。龍華仙人のお墨付きでして」
一縷の望みを託し、最後の希望を口に出す。
「あ、ひょっとしてあれ? あれよね? あまりにも強力すぎて封印されることになったとか? そうよ、そうよね? ね?」
「いえ、そんなことは無いですよ。さっきも言いましたとおり、
僕は宝貝にしちゃあ平凡な機能しかないもので、そんな封印される強力じゃあないですよ」
「つ、つまりアンタは本当に、ただの欠陥道具なの?」
「そうなりますねえ。残念ながら」
あっけらかんと言う静嵐。あまりにもあっさりと言うその様子に、ルイズの方は小刻みに震えだし、
「だ……」
「だ?」
「駄目じゃないのよそれじゃあああああああああ!」
溜め込んだ力を爆発させるように叫ぶ。
黙っていればいいのに、うっかり自分が欠陥宝貝だとバラしてしまった。
その失言にようやく気づき、慌てて静嵐は弁明する。
「いえ! 欠陥といっても設計当初の仕様とちょっと異なってしまっているだけであって、
使用にはなんら問題は無い――はずですよ?」
「……はず?」
「い、今のところは特に異常も無いですから――たぶん」
「……たぶん?」
「え、ええと……」
「――もういいわ、一瞬でもアンタに期待した私が馬鹿だったのね……」
言葉に詰まる静嵐に、がっくりと肩を落し地に手をついて落ち込むルイズ。
しかし、ならばせめてこの欠陥宝貝の欠陥部分を把握し、どう使えばいいのか考えねばなるまい。
それがご主人様としての自分にできる、精一杯の抵抗である。
「…………それで、アンタの欠陥は何なのよ?」
「僕の欠陥ですか。ええと、それがその……わからないんですよ」
「わからない?」
「はい。さっき言った、使用に問題は無いと言うのは本当で、
さっきみたいに刀の状態で武器として使う分には普通の武器の宝貝と同じように扱えるはずなんです。人型のときも同じく。
だから、自分では特に問題も見当たらないというのが現状なんですよ」
「本当にわからないわけ?」
「はい。そもそもですね、宝貝の欠陥にはいくつか種類がありまして。
一つはさっきも言った機能上の問題。動くはずの部分が動かなかったり、不必要な機能がありすぎたるする場合です。
ほとんどの欠陥宝貝がこれですね。ですが僕は、さっきも言いました通り今のところその手の欠陥が見当たらないわけで」
そう言いながら静嵐は指折り数えていく。
「で、次に、使用には全く問題が無いが、その宝貝としての機能をすでに全うしたもの、早い話が不用品の類です。
もちろん、汎用的な武器の宝貝である僕はそれには含まれません。
そして最後が――性格の問題です」
「性格?」
「宝貝の中には僕のように人格を持つようなものも多くありまして。
その中にはとてもまともとは言いがたい、性格破綻しているものもいるんです。
自分の道具としての業を満たさんがために使用者以外のものを切り刻もうとする剣や、
己の機能に不満を持ち、創造主である龍華仙人に戦いを挑むようなもの。
そういった彼らは機能上にこそ問題は無いんですが、それを制御する人格に問題があって封印されてしまったんです」
たしかに静嵐はそういう類の宝貝には見えない。毒にも薬にもなりそうに無いのは確かである。
無論、この間抜けな性格が演技である可能性は無いわけではないが、
それならそれでもっとマシな演じ方というものもあるだろう。
何を好き好んでこんな、間の抜けて愚鈍な――ああ、なるほど。そうか、そういうことか。やっとわかった。
ルイズは低い声で呟く。
「……アンタの欠陥とやらがわかったわ」
「え? ホントですか!」
「ええ。それはもう、今も身に沁みて実感しているわ……」
「そ、そんな。大丈夫ですか? うわぁ、何かマズイところでもあるかな?」
そう言って静嵐は自分のどこかにおかしなところが無いか探し始める。
「……聞きたいかしら? アンタの欠陥」
ぐるぐると己の尻尾を追いかける犬のように、自分の背中を見ようとして四苦八苦している静嵐に、
ルイズはこれ以上ないというほど、にこやかに問いかける。
「うう。聞きたくないけど、聞かないわけにはいかないよなぁ……」
「じゃあ一度しか言わないから、よく聞きなさい。いい、アンタの欠陥は――」
大きく息を吸い込み、あらん限りの声で告げる。
「その! 間抜けな所よ!」
『静嵐刀』
刀の宝貝。男性の形態もとる。
欠陥はその間抜けな性格。あらゆる計算を不意の一言で一瞬にして突き崩す様はまさに混沌の権化と言える。
機能上の問題もあると言われているが現在は未確認である。
#center(){
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}
魔法の使えないメイジ
ゼロのルイズが召喚した
『静嵐刀』
とはいかなる宝貝であるか?
ここではない異世界、そこには『仙人』という存在がいる。
卓越した知能や技術によって、この世の成り立ち、天地の理の全てを知りえた者だけがなれる存在。それこそが仙人である。
仙人になれるほどの才覚を持ってしまった者は、その高すぎる能力ゆえに普通の人間たちとはまともに暮らしていくことはできない。
だから仙人たちは『仙界』と呼ばれる異世界を己の力で築きあげることにより自らを隔離し、
そしてそこで今もなお己の知恵と技術を磨かんとして修行を積んでいるのである。
そんな仙人たちが自ら作り上げた道具、それこそが『宝貝』である。
なにせもともとの仙人たちが人知を超えた存在である。その道具たる宝貝もまた尋常ならざる力を持っている。
世界全ての出来事を瞬時に知ることができる宝玉。
時の流れを自由に駆け戻ることができる砂時計。
この世のいかなる存在であっても斬る事のできる矛。
それら数多の宝貝の一つ、それこそが何を隠そう静嵐刀その人である。
そしてその恐るべき道具、宝貝の所持者にして使い魔の契約者になったルイズは、
「なんというか、ピンと来ない話ね」
「はぁ、ピンと来ませんか」
いまいち納得できていないようであった。
静嵐は辺りを見回す。質素だが質のよい調度品。布団のついた寝心地の良さそうな寝台。
どれもこれも静嵐の知っている文化圏のものとはかけ離れた意匠をしている。
これを見ればさすがの静嵐でも、ここが全くの異世界であるということが実感できた。
そう、ここはルイズの部屋。契約の儀式のあと、自室に戻ったルイズは静嵐に説明を求めたのだ。
内容はズバリ「宝貝って何?」である。
「百歩譲って異世界というのがあるとして、センニンっていう存在がいるとして、パオペイなんていう道具があるとして、
アンタがそのパオペイだっていう証拠はどこにあるのよ。アンタはどう見たってただの――平民じゃない」
ルイズは静嵐を観察する。たしかに静嵐は変わった男だと思う。
見たことも無いようなデザインの服、耳慣れない響きの名前、トリステインではあまり目にすることの無い黒髪。
それらを見る限り、その辺にいるような平民とは違うような気がする。
なるほど、たしかに珍しい人間であるかもしれない。だが、それだけだ。
それが静嵐の言うパオペイの存在、そして静嵐自身がそのパオペイであるということの証拠にはなり得ない。
「そうですね。なら百聞は一見にしかず、僕が『宝貝』である証拠を見せましょう。――ゴホン、ではとくとご覧あれ」
わざとらしい咳払いをして、勿体つけたように静嵐は言う。
何をするのかと思ったが、次の瞬間――静嵐が爆発する。
「!」
驚くのはルイズだ。目の前を覆う爆煙に、また自分の失敗魔法が炸裂してしまったのかと思ってしまうが、
自分は杖を握ってもいなければ呪文を唱えてもいない。
それにこの爆発は何か変だ。煙の量と勢いは凄いが、爆発につきものの熱や光はほとんど無い。いつもの自分の失敗魔法ではない。
そして徐々に煙が薄れていくと、そこに静嵐の姿は無く。
――あるのはただ一振りの剣だった。
静嵐の外套と同じ深い藍色をした鞘、表面にはやはり外套と同じく精緻な雄牛の彫りこみがしてある。
長さはそれほどではない。少なくとも、ルイズの知っている『剣』とは少し違う。
ルイズの知っている剣はもっと大きく肉厚で、いかにも鈍重そうであるが、
この剣はもっと薄く鋭いであろうことは、鞘の形からも見て取れる。
とにかく、鞘から引き抜いてみればわかることだ。静嵐の行方も含めて、この剣を手にとって見ればわかることである。
そう思いルイズは剣の柄に手を伸ばし、握ってみる。
『どうです? これで僕が宝貝だということはわかったでしょう』
「キャッ!?」
ガシャン、と金属音を立てて剣が床に落ちる。いきなり頭に響いた声に、ルイズは驚いてしまったのだ。
「な、なに今の?」
今の声は静嵐のものであるように聞こえた。
だがその声は、どこかから耳に聞こえたというのではなく、頭の中に直接聞こえたというのが気味が悪い。
……いずれにせよもう一度剣を握ってみればわかる、とルイズはおそるおそる再び剣を握る。
するとまた、先ほどの声が頭に響く。
『ひどいなぁ。いきなり落さないでくださいよ』
聞こえるのはぼやくような声。この声はやはり静嵐だ。
「ひょ、ひょっとしてセイランなの?」
『そうですよ。――とまあこの通り。先ほどの姿はあくまで仮の姿であり、僕の本当の姿はこの刀のほうなんですよ』
「すごいわ!」
素直に感心するルイズ。
インテリジェンスソードなど、知能を持った武器などはこの世界では珍しいものではない。
だが静嵐のように人間の姿を取れる武器などルイズは聞いたことも無い。
どんなメイジがどんな魔法を用いても、このようなものを作ることは難しいだろう。
これならば静嵐の言う「異世界に住む仙人の造った宝貝」という話も真実味を帯びてくる。
「他には何かできないの?」
『そうですね。この状態でならば、使用者の体を自由に操ることができます。
ああ、もちろん、使用者が体の操作に抵抗すればできないんですが』
少し興味が沸く。体を操作されるというのに不安が無いではないが、やってみて欲しいという気持ちが強い。
「そう……。ちょっとやってみてちょうだい」
『はいはい。お任せだよ』
途端、ルイズの体がルイズの意思とは無関係に動き出す。
ルイズの強気な顔つきが緩み、静嵐刀のそれと同じ緩んだ笑みに変わる。
ルイズの体を操った静嵐は鞘から己を引き抜き、素振りをするように空を切る。部屋の中にヒュンヒュンと心地よい風切り音が響く。
その素振りの動きは、当のルイズ本人から見ても淀みのない洗練された動きであり、まるで剣の達人のようである。
『僕の体には各種様々な武術の達人の動きが刻み込まれていて、こうして使用者を操っている時もその動きができるんだ』
「じゃあ今の私は剣の達人になってるってこと?」
『そういうことさ。ついでにいえば体の内面、筋肉や血管の動きも制御してるから、
普段よりも速く走ることや強い力を出すこともできるよ。もっとも、僕には使用者の身体能力を引き上げる機能はないから、
あくまでもルイズの本来持っている力以上のことはできないんだけどね』
そして静嵐はピタリと刀の動きを止め、自らを鞘に収め、宙に放り投げる。
空中で再び先ほどと同じように爆煙が広がり、その中から静嵐が姿を現す。
「とまぁこんな感じだよ。理解してくれたかな?」
「ええ……よくわかったわ」
ルイズは考える。
これはひょっとして拾い物ではないだろうか?
最初は役に立ちそうもない平民を召喚してしまったとがっかりしたが、このような能力があるとわかった以上そうではない。
たしかに一般的な使い魔とは違ったものになってしまったが、
珍しいという意味ではキュルケのサラマンダーやタバサの風龍に勝るとも劣らないものであることは間違いない。
そしてその上この人知を超えた能力である。
今のところその使い道は思いつかないが、何かしらの役に立つことがあるかもしれない。
「すごいわ……! すごいわよセイラン!」
ルイズは興奮して叫ぶ。
思いもよらぬ誉め言葉に静嵐は戸惑う。
「え? そ、そうですかね。自分で言うのもなんですが宝貝にしてはたいした力は無いほうですよ、僕は」
「謙遜することはないわ。ただの平民かと思っていたけど、こんなにすごい剣だなんて……!」
「剣じゃなくて刀なんですけどね、僕は。――でもそう言ってもらえると嬉しいなぁ。こんな僕みたいな欠陥宝貝を」
「そんなことないわ、貴方みたいな欠陥宝貝でも――欠陥?」
不意の言葉にルイズの表情が変わる。歓喜から嫌疑へと。
「あれ? 言ってませんでしたっけ?」
「――待ちなさい。欠陥って何よ」
「ええとですね。僕は、正確には僕らなんですが……、普通の宝貝とは違う欠陥宝貝なんですよ」
「……何ですって?」
「だから欠陥宝貝。――僕の製作者である龍華仙人というのはですね、こう言っちゃなんですが破天荒な人でして。
宝貝作りの腕前はたしかにすごいんですが、日用道具の宝貝に必要も無いほど危険で強力な戦闘能力を追加したり、
そうかと思えば威力がすごすぎてまともに使えないような武器の宝貝を造ってしまったりとしてしまう人なんですよ」
「…………」
ルイズは言葉も無い。嫌疑の表情は険悪に変わりつつある。
「そんなお人なものですから、失敗作である欠陥宝貝もその数たるや半端な数ではないもので。
その数なんと七百二十七個ですよ? すごいもんですよねえ」
はっはっは、と静嵐は笑う。ルイズはもう一片たりとも笑みを浮かべていない。
「それで僕もその中の一つでして、本来は龍華仙人の工房に封印されていたんですが、
とある事故によってその封印が解けてしまい、僕ら欠陥宝貝たちは自由を求めて逃亡したわけです。
そのまま仙界から人間界に逃げる途中、僕はルイズに召喚されてしまい今現在に至る、と。
いやぁ、それでもこうしてお役に立てるんですから人生何が幸いするかわかりませんね。
――あれ? どうかしました」
険悪は激怒に変わり、さらにそれを無理やり抑えようとしてひきつった笑みへと変化する。
「じゃじゃじゃあああ、聞くけど、ホントのホントにあんたは、け、『欠陥』パオペイなわけ?」
「ええそれはもう。龍華仙人のお墨付きでして」
一縷の望みを託し、最後の希望を口に出す。
「あ、ひょっとしてあれ? あれよね? あまりにも強力すぎて封印されることになったとか? そうよ、そうよね? ね?」
「いえ、そんなことは無いですよ。さっきも言いましたとおり、
僕は宝貝にしちゃあ平凡な機能しかないもので、そんな封印される強力じゃあないですよ」
「つ、つまりアンタは本当に、ただの欠陥道具なの?」
「そうなりますねえ。残念ながら」
あっけらかんと言う静嵐。あまりにもあっさりと言うその様子に、ルイズの方は小刻みに震えだし、
「だ……」
「だ?」
「駄目じゃないのよそれじゃあああああああああ!」
溜め込んだ力を爆発させるように叫ぶ。
黙っていればいいのに、うっかり自分が欠陥宝貝だとバラしてしまった。
その失言にようやく気づき、慌てて静嵐は弁明する。
「いえ! 欠陥といっても設計当初の仕様とちょっと異なってしまっているだけであって、
使用にはなんら問題は無い――はずですよ?」
「……はず?」
「い、今のところは特に異常も無いですから――たぶん」
「……たぶん?」
「え、ええと……」
「――もういいわ、一瞬でもアンタに期待した私が馬鹿だったのね……」
言葉に詰まる静嵐に、がっくりと肩を落し地に手をついて落ち込むルイズ。
しかし、ならばせめてこの欠陥宝貝の欠陥部分を把握し、どう使えばいいのか考えねばなるまい。
それがご主人様としての自分にできる、精一杯の抵抗である。
「…………それで、アンタの欠陥は何なのよ?」
「僕の欠陥ですか。ええと、それがその……わからないんですよ」
「わからない?」
「はい。さっき言った、使用に問題は無いと言うのは本当で、
さっきみたいに刀の状態で武器として使う分には普通の武器の宝貝と同じように扱えるはずなんです。人型のときも同じく。
だから、自分では特に問題も見当たらないというのが現状なんですよ」
「本当にわからないわけ?」
「はい。そもそもですね、宝貝の欠陥にはいくつか種類がありまして。
一つはさっきも言った機能上の問題。動くはずの部分が動かなかったり、不必要な機能がありすぎたるする場合です。
ほとんどの欠陥宝貝がこれですね。ですが僕は、さっきも言いました通り今のところその手の欠陥が見当たらないわけで」
そう言いながら静嵐は指折り数えていく。
「で、次に、使用には全く問題が無いが、その宝貝としての機能をすでに全うしたもの、早い話が不用品の類です。
もちろん、汎用的な武器の宝貝である僕はそれには含まれません。
そして最後が――性格の問題です」
「性格?」
「宝貝の中には僕のように人格を持つようなものも多くありまして。
その中にはとてもまともとは言いがたい、性格破綻しているものもいるんです。
自分の道具としての業を満たさんがために使用者以外のものを切り刻もうとする剣や、
己の機能に不満を持ち、創造主である龍華仙人に戦いを挑むようなもの。
そういった彼らは機能上にこそ問題は無いんですが、それを制御する人格に問題があって封印されてしまったんです」
たしかに静嵐はそういう類の宝貝には見えない。毒にも薬にもなりそうに無いのは確かである。
無論、この間抜けな性格が演技である可能性は無いわけではないが、
それならそれでもっとマシな演じ方というものもあるだろう。
何を好き好んでこんな、間の抜けて愚鈍な――ああ、なるほど。そうか、そういうことか。やっとわかった。
ルイズは低い声で呟く。
「……アンタの欠陥とやらがわかったわ」
「え? ホントですか!」
「ええ。それはもう、今も身に沁みて実感しているわ……」
「そ、そんな。大丈夫ですか? うわぁ、何かマズイところでもあるかな?」
そう言って静嵐は自分のどこかにおかしなところが無いか探し始める。
「……聞きたいかしら? アンタの欠陥」
ぐるぐると己の尻尾を追いかける犬のように、自分の背中を見ようとして四苦八苦している静嵐に、
ルイズはこれ以上ないというほど、にこやかに問いかける。
「うう。聞きたくないけど、聞かないわけにはいかないよなぁ……」
「じゃあ一度しか言わないから、よく聞きなさい。いい、アンタの欠陥は――」
大きく息を吸い込み、あらん限りの声で告げる。
「その! 間抜けな所よ!」
『静嵐刀』
刀の宝貝。男性の形態もとる。
欠陥はその間抜けな性格。あらゆる計算を不意の一言で一瞬にして突き崩す様はまさに混沌の権化と言える。
機能上の問題もあると言われているが現在は未確認である。
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