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「眼つきの悪い使い魔-3話」(2008/11/29 (土) 19:26:51) の最新版変更点
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マチルダにとって、その男に対する初見の印象は最悪であった。
全身黒ずくめの服装。二の腕の鋭利な肉付きは威圧感を人に与える。何より容貌が気にくわない。
いかにも人を脅すことに慣れたといわんばかりの目つきは、どうみてもカタギのものではなかった。
しかし、テファはこの男にある程度の信頼を寄せているらしい。なぜ、あれだけの目にあって
きたというのに、あの子は他人を信じるのか。それは、確かに自分にはない美点ではある。できれば
変わらずそのままでいてほしい。だから、
だから、マチルダは、泥をかぶるのは自分の役目と心得る。
「…………」
朝食の席で、オーフェンは居心地悪そうに何度も座りなおしていた。
空気が重い。会話がない。陰気である。
子供たちはいつもどおり騒がしかった。それなりに礼儀正しく食べてはいるが、食べることと喋る
ことで口が止まることはない。
だというのに、空気が重い。この居心地の悪さを感じているのは、今のところオーフェンとマチルダ
だけのようだ。
妹に悪い虫でもついたと思っているのか、マチルダは上品に朝食を片付けながらも、視線を
オーフェンから外さない。というか、睨みつけている。特に何かを聞いてくるわけでもなく、ただただ
睨みつけている。
あとで適当に弁明するべきかとオーフェンは考えるが、そもそも何を弁明をすればよいのか。
気の重さが晴れぬまま、二人のとってのみ、重苦しい朝食が終わった。
ティファニアは食器を洗いに台所へ向う。数人の子供がそれを手伝いに同行し、ほかの子供たちは
それぞれの作業分担に散っていった。田舎では珍しくないことだが、子供も重要な労働力である。
そのため、さきほどまで賑わっていた大机には、オーフェンとマチルダが差し向かいに座ることと
なった。
やはりマチルダは無言。冷えた目を向けるだけである。
ティファニアの姉なので、最低限の関係修復は図るべきだろう。なかば義務感から、オーフェンは
口を開いた。
「あー、ミズ・マチルダ――」
「マチルダでいい。薄気味悪い」
気の短い姉ちゃんだなと思いながらも、オーフェンは少し反省する。いきなり名前を呼ぶのは不躾
すぎたか。ここは、世間話から入るとしよう。
こほん、と咳払いをし、
「なあ、変態執事が暴走人力車を急停止して、中から取り出した小箱に七色発光する蝶がいたら
何て名づける?」
「……はぁ?」
「いや、すまん。今の無し」
ぱたぱたと手を振って訂正を求める。まずい、まわりが普通人すぎることへのストレスでもあった
のか、意味不明な言葉が溢れた。彼女の不審度が40上昇。最初の不審度が70ほどに見えたので
すでにスコアオーバーだ。
「とにかくだ、俺が言いたいのはだな、そのうち自分で出て行くから、そう警戒するなということだ」
それなりに誠意を込めた言葉だったのだが、マチルダは鼻で笑う。
「そのうち、いつか、後で。ふん、男の言いそうな台詞だね」
「いちいち捻くれた姉ちゃんだな。額面どおりに受け取れよな」
どうやらティファニアとはかなり気色が違うらしい。猫を被る必要はないと判断して、オーフェン
は足を組み、片肘をつきながら言葉を続けた。
「あんたにゃあんたの都合もあるんだろうが、こっちにも色々あんだよ。悪いが当座の目星がつく
までは宿代わりにさせてもらうぜ。家主の了解は取ってあるしな」
「それこそ知ったことじゃないね。ここみたいな田舎は、ちょっとした変化にも敏感なんだ。あんた
みたいなのは迷惑なんだよ。……馬鹿な噂でも、あの子にとっちゃ命取りなっちまう」
目蓋を瞬かせる。うん? つまり彼女が俺を追い出したたがってるのは、
「ティファニアの安全のためか?」
「当たり前だろ。あの子はあたしの妹だよ」
その答えを驚愕を持って受け止めた。当たり前らしい。青天の霹靂である。容易に平静を取り戻す
ことができず、聞き返す。
「当たり前?」
「当たり前」
なんだかよく分からない言葉を吐く女性を不思議そうに見返して、
「その、君はティファニアの姉なんだよな?」
「しつこいね。そうだと最初にいっただろ」
「そうするとやっぱり君も昔は、ティファニアを肩車して石畳に背中から倒れたり、4階の窓から
景色を眺めるティファニアの足をやってみたかったからという理由で持ち上げたり、野犬の群れを
相手に奮闘するティファニアをビール片手に観戦したりしてたんだよな?」
「するわけないしょうが!」
ものすごく不思議そうな顔で、オーフェンはマチルダを見つめた。
「じゃあ君のどのへんが姉なんだ?」
「……なあ、あんたの言う姉って、いったいどんな生き物なんだい?」
分からないことは考えないようにする。
オーフェンは手製の釣竿と魚籠を手に、慣れた様子で川辺へ腰を下ろした。
最初は魔術を使い微弱な雷を起こして魚を獲っていたが、今は個人的な趣味と子守から解放される
時間を長引かせるために、釣竿を使っている。
竿を仕掛けてからごろりと地面に背をつけた。木漏れ日が目に沁みるが、それさえも心地よい。
半月の間、こんな穏やかな生活が続いている。我ながら平和ボケが過ぎるとは思うが、いままでが
異常だったのだ。こんな休養もいいだろう。
どこか優しい気持ちのまま、土でできた拳を仰ぎ見て、オーフェンは眠気に誘われ、
「……あ?」
間抜けな言葉を置き去りにして、体はすでに反応していた。バネを弾けさせ、全力でその場を飛び
退る。ぎりぎりで回避が間に合う。標的をったした巨大な拳は地面にぶつかり、瞬間オーフェンの
体を浮かせた。
間合いを取る。オーフェンは半身になり腰を落とす。正面、視線の先に、奇妙な人型があった。
人形、だろうか? 今まで目にした天人製のものに比べると、荒削りな印象が強い。だが一番の
違いはその大きさだった。5メートルはあろうかという全長に、付随する手足。撫でられるだけで
容易く人の命は消えるだろう。
粗野に唾を吐き、視線を林に向ける。
「おい。洒落にしても笑えねーぞ」
返答はない。険悪に眦を吊り上げて、オーフェンは視線を土くれの人形に戻した。ならば、容赦
する必要はない。
人形がこちらに向き直る。動きは鈍重である。構わずに両足のスタンスを広く取る。右手を開き、
右腕を目標である人形へ突き出す。左手を右肩に添えて、彼は最も使い慣れた呪文を口にした。
「我は放つ光の白刃」
マチルダとしては、殺すつもりなど毛頭なかった。平民では決して抵抗できぬ魔法を見せることで
脅し、この場から立ち去ってもらえればそれで良かったのだ。
だが、今、彼女のゴーレムは胸に大穴を空けている。あろうことか、あの男の魔法によって!
使い魔として呼ばれた? 遠い異国の平民? よくほざいた。見かけに騙された己の甘さに反吐が
出る。正体は分からない。いや、メイジがハーフエルフのもとへいる理由など一つしか考えられない。
アルビオンの密偵か。けれどそんなことは、本人からから直接聞けばよい。手足を潰しても、人は
会話に不自由はしない。
明確な殺意を込めて、マチルダは再度ゴーレムを操る。胸の大穴などすぐに塞がる。術の相性が
悪かったなと彼女は男を嘲笑う。だが、
あの男の放った、二度目の魔法によって崩れる散るゴーレムを目にして、マチルダの嘲笑は凍り
ついた。
実際のところ、オーフェンにしてみれば冷や汗ものだった。時間が巻き戻るかのように傷が塞がっ
いく人形に仰天し、慌てて放った自壊連鎖の魔術。これが通用しなかければ素直に逃げようとも思っ
ていたが、さすがに塵から再生することはないらしい。
安堵の吐息をついてから、改めて林に潜んでいるであろう彼女へ呼びかけた。
「説明してくれんだろうな、マチルダ?」
静かな足音をたてて、姿を現す。初対面のときを思い出させるフードを彼女は被っていた。
そのフードの下に光る両目は、憎悪すら覗いて見える。
「何者だ、あんたは?」
「いきなり襲い掛かっといてそれかよてめえ」
半眼で告げるオーフェンに、それより強い眼光をマチルダは返す。
「アルビオンの手の者なら、なぜ今までティファニアを殺さなかった。私もまとめて捕らえてから
突き出すつもりだったのかい?」
「……?」
オーフェンが小首を傾げる。なんだか話が噛み合っていない。
「えーとだ、妹さんから俺のことは聞いてるよな?」
「あの子は素直だからね。さぞや騙しやすかったろうさ。あんたにとっちゃ、笑いが止まらなかった
だろうよ」
「……何か俺すげぇ極悪人にされてないか?」
徹底抗戦だーとばかりに杖を向けてくるマチルダに対して、オーフェンは両手を挙げ降参を示し、
ティファニアにも話していなかった自分の素性を語り始めた。
世間すれしているだけあって、マチルダからの理解を得るのは多大な時間を必要とした。
キエサルヒマ大陸の歴史、文化、風俗の説明。魔法と魔術の成り立ち。ドラゴン種族のこと。
さまざまな説明にも納得しなかったが、最後に杖無しで魔術を使ってみせたことが決定打となり、
一応は信じる、という評価を受けることとなった。
殺意と憎悪から、胡散臭げなものにランクアップした視線で、マチルダは話しかける。
「なんだか御伽噺みたいだね」
「あんたらが言うなよ。こっちは被害者なんだぜ」
「ああ、いや、すまないね。さっきのことも、その、謝るよ。あたしはちょっと、妹や子供たちの
ことが絡むと、自制ができなくてさ。ほんとにごめん」
「……妹を気づかう姉なんてもの、本当にいるんだなー。新種の昆虫か何かかあんた」
「ねぇ、過去に何があったの……?」
「あー、台風みたいな人だったな、君のお姉さん」
家から遠ざかっていくマチルダの背の眺めながら、オーフェンがぼやく。
意味が分からず不思議そうな目を向けてくるティファニアに、今度帰ってきたら聞いてみなさいと
適当に答えて家に足を向ける。ひどく疲れた。今日は早めに休むとしよう。
「あの、オーフェンさん」
常にない真剣な口調に、オーフェンの足が止まる。振り返ると、合わせた両手で衣服をきつく掴む
ティファニアの姿があった。それで、なんとなく気づく。
「オーフェンさん。お願いがあります」
「いいぜ」
気安く請け負うオーフェンに、ティファニアは目をぱちくりさせる。それに対して肩を竦めて
みせて、
「お姉さんについて行ってくれってんだろ? まあ、俺としては外に出るいい機会かもしれんしな。
たまには使い魔らしい仕事してみるのも、悪くないだろうさ」
その力の抜けた言葉に気が緩んだのか、ティファニアは涙を隠すように顔を俯かせる。
「……姉さんは、マチルダ姉さんは、いつも心配することはないよって言ってくれるけど、私、
分かるんです。姉さんが何か危険なことをしてるって。でも、私はここを離れることができないから。
なんにも、姉さんの力になれなくて。こんなこと、オーフェンさんにお願いしちゃダメって――」
「ストップ。頼むからストップ」
真面目でまともすぎるのも考えものだなと胸中で呟きながら、オーフェンは口を挟む。
「あのな、こんなのは単なる利害の一致なんだから、そんなにすまなそうな声を出さないでくれ。
俺はこの国は始めてだから付添い人がいたら助かる。マチルダの危険な何某かは俺がフォローする。
ティファニアは使い魔の俺に命令する。そんだけじゃん」
「そんな、私、命令なんて」
「んじゃ、嘘でいいから、命令してみ?」
陸にあがった魚のように、ティファニアは口をパクパクさせる。上目遣いでオーフェンをちらちら
と見る。しばらくの間、ひどく落ち着かない様子で彼女は混乱していた。
丸々一分後。なんとか呼吸を整え終え、重大な秘密を伝えるような口調で、彼女は告げた。
「マチルダ姉さんの、力になってください」
「よっしゃ。心得た」
そのママゴトのような遣り取りに、二人して吹き出す。笑いあいながら、ふと気づいたことを
オーフェンは口にした。
「ところでマチルダって何歳?」
「え? えーと23歳ですけど」
しばらくの無言の後、
深い懊悩を抱えた重い溜息が、オーフェンから零れた。
「……そうか、また年上か」
削除いたしました。
長期に渡ってご掲載くださった管理人様、また拙作を読んでくださった方々へ御礼申し上げます。
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