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「眼つきの悪い使い魔-2話」(2008/11/29 (土) 19:25:57) の最新版変更点
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使い魔オーフェンの朝は早い。まず薪を割ることから始まる。
「ヤクザ死ねヤクザ死ねヤクザ死ねー!」
「使い魔ー使い魔ー、火ぃ吹いて、火ぃー」
「うああーん怖いー! 目が怖いー! 斜めー! 30度と150度ー!」
だが、ガキに蹴られたり袖を引っ張られたり号泣されるのは使い魔の仕事じゃないんじゃねえか?
眠そうで嫌そうな顔を隠そうともせず、オーフェンは機械的に薪を割り続けた。
こちらにやって来て、すでに半月ほど経っていた。タダ飯食いはさすがに居心地が悪いので、
できる範囲で手を貸すことにする。
薪割りなどの力仕事や菜園の手伝い。また、食事の足しに鳥や魚を捕まえてきたときは、妙に喜ば
れたりもした。これは単に、オーフェン自身が肉を食べたかっただけなのだか。
夜はティファニアからこの国の話を聞く。意外と彼女の知識量は多く(姉から教わったらしい。
優しい姉が実在するとはさすが異世界)参考になる。
実際のところ、すでにオーフェンは危機感を失くしていた。屋根のあるところで3食毛布つき。
毎日行う適度な労働。なんとも平和で真人間な生活ではないか。いや俺はもともと真人間だから別に
感慨に耽る必要はないのだが。
現状、気になる点は二つだけだ。一点は左手の甲に浮かぶ鉤傷。白い裂傷のようなものが召喚され
てから浮かんでいる。今にも消えそうな薄いものだが、何かの模様に見えなくもない。不気味である。
そしてもう一点。
「ティファニア。ガキの子守がうっとおしいという本音を隠して言うが、村に行ってもいいか?」
げしげしこちらの脛を蹴ってくる小僧に拳骨を落としてから、オーフェンが言う。
「それは、別に構わないけど……暗くなる前に帰ってきてね。あと、あんまり子供たちをいじめな
いでね?」
「…………」
いじめているつもりはないとか、それ以前に、
(普通だ。すごく普通で真人間な答えだ)
思わず目頭が熱くなる。こんなまともな応答をする人は、いったい何年ぶりだろうか。ああ、心が
洗われる。
「そんなに遠くでもないんだろ? なら大丈夫さ」
請け負って笑顔で頷く。だが、対してティファニアの表情には妙な曇りがあった。
首をかしげ視線で問うと、
「やっぱり、私と毎日一緒にいると、怖いよね?」
「……? よく意味が分からない」
少女の眼の奥にある陰りが、不用意に茶化すことをオーフェンに禁じた。
長髪に指を絡め、長く鋭利な耳を覗かせる。視線を落としティファニアが続ける。
「私は、その、半分だけだけど、エルフの血が混じってるから。村の人たちに怖がられたりするのも
しかたがないって分かってるの。でも、オーフェン。あなたを傷つけるようなことは決してしないか
ら。絶対しないから。それだけは、信じてほしいの」
訥々と語る。瞳に涙は浮かんでいない。それは、恐れられることになれ、信じられないことにも慣
れてしまっている、一人の少女の傷であった。
だからオーフェンは、ひどくすまなく思いながらも、その言葉を苦痛をもって告げた。
「……ごめん、エルフって何?」
かなり勇気を出しての発言だったのだろう。拗ねてしまったティファニアを宥めてからの出発は、
正午前となってしまった。
エルフについては、天人種族のようなものかといい加減な納得の仕方をする。まあ、言葉が通じて
意思の疎通ができるのであれば、特に問題ではない。今オーフェンが必要としているものは地図で
あった。
当面帰られないことへの危機感は去った。身一つで生きていく自信もある。ただ、元の世界への
未練はいまだにあった。もう一人だけとなってしまった姉や、唯一の生徒。また長い間一緒に旅をし
た妹のような……いや、あんな妹はごめんだが、とにかくまあそんな少女。数多くの知人ともう二度
と会えないのは、やはりつらい。硬くて死なない兄弟はどうでもいいが。
ティファニアを頼れば、生活することについて心配はないだろうが、残りの一生を面倒見てもらう
わけにもいかないだろう。また、あの場に留まっていて帰る手段が見つかるとも思えない。
再びはぐれ旅に出る。のであれば、やはり地図は必要である。
「ま、せっかく異世界に来たんだ。物見遊山でもせにゃ元がとれんしな」
小声で嘯きながら、歩を早めた。
物思いに耽りながら歩いていたせいか、村へは太陽が頂点にある時刻についた。そこでオーフェン
はやや落胆する。本当に、ただの村だった。寒村である。店があるかも疑わしい。
足を踏み入れ、人がいないかと視線を巡らす。一番目に付いたのは、家々の粗末さだった。薄々
思っていたことだが、この世界の文明レベルはあまり高くないかもしれない。測量技術が確立してい
なければ、地図を求めてもあまり意味がないのでは――
ふと気配を感じ、振り向く。首が太く、農耕でよく鍛えられた男たちが、こちらに向かって歩いて
いた。三人いる。日に焼けた真っ黒な顔を険悪に尖らせていた。
「よう!」
「? 俺か?」
「てめー以外にどこにいるんだよ。頭におが屑でもつまってんのかてめえ」
ここしばらく耳にしていなかった口調に、反応が遅れた。
構わずリーダー格と思われる男が顎をしゃくる。
「てめー向こうから来やがったな。まさかあのエルフのガキの知り合いか?」
「……いや、ただの旅のもんだが」
やや視線を細めてオーフェンが答える。特に凄んだ覚えはないのだが、三人組が若干身を竦めた。
だがすぐに自分たちの人数を思い出したのだろう。仲間同士で視線を交わし、にやにやと笑い出す。
「そうかそうか、旅のもんか。なら悪りいこと言っちまったな。この村は初めてだろう? 来な。
案内してやるぜ」
なんというか、実に分かりやすい連中だった。ティファニアのような控えめな善人よりも、こちら
のほうがよほどやりやすい。なのだが、妙に物足りなさを感じてしまう。
(なんつうか、普通なんだよな。このチンピラ連中も)
なんだろうか。一味足りない感じがする。ああ、トトカンタにいた連中は善人にしろ悪党にしろ
変態にしろもっと個性が――
そこまで考えて正気に返った。いや、あれを懐かしがったら俺もうだめだろ。
「ああん。どうしたびびってんのか? いいから来いよ」
溜息を堪えて、オーフェンは肩をすくめながら頷いた。人目につかぬ所へ行くことについて異論は
ない。
三人組の後姿を見ながら、オーフェンは適当に名前をつける。リーダー格の男がA。両隣の連中を
BとCにする。
とりあえず、せっかく背中を向けてくれているので、好意に甘えることにした。
ざくざくと無造作に間合いを詰めて、Cの首後ろを打ち抜く。完全に不意打ちのため一撃で昏倒さ
せることに成功。
続いてB。突然の展開に混乱しているので、再び無造作に間合いを詰める。
動く標的を殺さずに、気絶だけさせることは中々に難しい。戦闘力を削ぐことだけを考え、足元の
小石をつま先で軽く蹴る。飛んできた小石から反射的に顔を庇おうとしたB(あれ? こっちがC
だったか?)の鳩尾を同じく打ち抜いた。肺の空気を残らず絞られ、すとんとBかCの腰が落ちる。
意識はあるが、しばらく身動きができないだろう。
さて、残るAである。
おあ、え、あ、などと奇妙な声を上げた後、てめえと怒鳴りながら殴りかかってきた。本当に普通
だなあ物足りない思いを抱えたまま、当たり前のようにオーフェンは迎撃した。
「で、だ」
周りでうめき声を上げる三人を見下ろしながら、悩む。さて、どう始末をつけたものか。あ、そう
いえば俺、こっちの通貨持ってないよな。
「なあ、お前ら金ある?」
「へ、ふざけ」
みなまで言わせず、ガスガスとヤクザキックをかましてから、同じ口調で聞く。
「なあ、お前ら金ある?」
「すんませんごめんなさい勘弁してください……」
説得を開始する。怯えさせないように微笑みかけながら、
「ひいっ!」
「……いきなりあげたその悲鳴が気になるが、今はよしとしよう。なーなー、俺ちょっと金に困って
てさあ、ちっと分けてくれるだけでいいんだってマジでマジで」
「あの、僕、いま財布持ってなくて」
「あー家に忘れちまったのか。よくあるよなー」
「そ、そうなんです! よくありますよね!」
「あるある。はははは」
笑いながらたぶんAである男の懐に腕を突っ込む。じゃり、という硬い音と感触。
「あぁぁぁぁるじゃねぇぇかぁぁぁぁ」
「うあああヤクザだあああ」
臨時収入×3ゲット。正当な労働への報酬である。
まあ無駄足にはならなかったなと、一人納得顔でオーフェンは帰宅する。
大した額ではないだろうが、有って困るものでもない。ティファニアから一番近い街でも訊ね、
行ってみるのもいいだろう。
そうすると、食料が必要となる。干し肉、干し魚でも作るべきか。こんなところで牙の塔時代の
サバイバル知識や、トトカンタ時代の赤貧生活が役に立つとは。……後者については、あまり嬉しく
ないが。
「……うん?」
ティファニアの家の玄関前。見慣れぬ人影が立っていた。フードを目深に被っている。体系からし
て女だろうか。
長い耳の少女と談笑している。彼女の知り合いであることは間違いないが、ひょっとしたら、話に
あった少女の姉であるかもしれない。
二人を驚かせないように、足音を立てながら近づくことにする。耳をピクリと動かし、最初に気づ
いたのは、やはりと言うべきかティファニアだった。
「オーフェンさん、お帰りなさい!」
「ああ、ただいま」
いつもより声に張りがある。恐らく、目の前の女性のせいだろう。対照的に胡乱かつ警戒を隠す気
もない視線をフードの女性は向けてきていた。
「あんたが、件の使い魔かい」
「そうらしいな。オーフェンだ。で、君はティファニアの姉でいいのかな」
フードの女性はかすかに顎を引く。頷いて見せたらしい。そして、決闘を挑むかのような口調で、
自らの名を名乗った。
「マチルダだ。忘れてくれても構わない」
削除いたしました。
長期に渡ってご掲載くださった管理人様、また拙作を読んでくださった方々へ御礼申し上げます。
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