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トリステイン魔法学院からほど近い、野原の片隅。だだっ広い原野
の真ん中に、一本の剣が突き立てられていた。
「おーい! 頼むから、もう勘弁してくれよ!」
悲鳴を上げる剣、名をデルフリンガーという。近場の大地は所々が
掘り返されていたり、あるいは草が焼けこげていたり、凍り付いてい
たりとなかなかに凄惨だ。
そばには大きな岩があり、その上にクロコダイルとロングビルが腰
掛けていた。ロングビルはノートに何かを書き留めている。
悲痛な懇願を無視して、クロコダイルはロングビルに声をかけた。
「次は何だ」
「えーと、【エア・ハンマー】ですわ」
「だそうだ。聞こえたか、タバサ」
「わかった」
岩のすぐ根元には、声をかけられたタバサ以外にルイズ、ギーシュ、
キュルケ、そしてモンモランシーまでもが控えていた。他にも四体の
使い魔——シルフィード、ヴェルダンデ、フレイム、ロビン——が勢
揃いしている。
ちなみにモンモランシーがいる理由は、水系統を得意とするメイジ
を探していたクロコダイルにギーシュが紹介したからだ。彼女にして
みればあまり歓迎できない事態だが、クロコダイルから面と向かって
依頼されると断りづらい。なので不本意ながら、おとなしくこの実験
に参加しているのである。
他の一同が見守る中、タバサはさっと杖を振る。少女の目の前の大
気が凝縮され、見えない槌となって飛び出した。向かう先は、地面に
刺さったデルフリンガー。
「ちくしょー! 訴えてやるー!」
大の男でも簡単に殴り飛ばす空気の塊は、しかしたった一本の剣を
揺らがせる事ができない。デルフリンガーが魔力を吸収し、集められ
ていた大気が霧散したのである。妙な叫びはご愛嬌だ。
「【エア・ハンマー】は完全に無力化できるな」
「はいはいっと……次、【ロック・スピア】」
「はい!」
羽ペンをさらさらと動かしたロングビルは、次の項目を読み上げた。
威勢良く返事をしたギーシュが杖を振ると、地面から伸びた鋭い岩
がデルフリンガーに襲いかかる。いつぞやロングビルがクロコダイル
の命を狙った時のものと同じ、土系統のドットスペルだ。
「だから固形物はやめろって、あだッ!?」
刃に激突した岩槍は砕け散ったが、反動でデルフリンガーは大きく
跳ね飛ばされた。先ほどの【エア・ハンマー】とは、元になる材質が
全く異なるからこその結果だろう。
大地に転がったデルフリンガーを右手“だけ”飛ばして立て直しつつ、
クロコダイルは目を細めた。
「物理的なダメージまでは処理しきれんか」
「でも、剣としての強度は破格だと思いますわ。
普通の武器なら、あの一撃で砕けていてもおかしくありません」
「ふむ……ちょうどいい。後で使い魔の攻撃も試してみよう。おれも含めてな」
「いーやーだー!!!」
ちなみに、今日は普通の授業日。クロコダイルは課外授業の名目で
朝から子供達を連れ出していた。事前に話を聞いたオスマンは最初の
うちこそ笑顔だったが、ロングビルも引き抜かれるとわかると途端に
渋い顔になった。
「うぅ、ワシの尻が遠のいてしまったわい」
「寝言ほざいてないでさっさと仕事してください、オールド・オスマン。
ほら、この書類なんか王宮からの急ぎのものじゃないですか」
「そういう君こそ当てが外れたのぉ、ミスタ・コルベール」
「な、何をおっしゃるんです?」
「愛しの彼女は、新しい男に首ったけ。夜の営みまで後僅か、と」
「ばばばば、バカ言わないでください、私は別に!
第一、ミス・ロングビルが夜の営みだなんて、そんなふしだらな!」
言いつつも、想像したのかコルベールの顔がゆでだこのように赤く
染まる。他人の、特に普段カタブツな人間の妄想を飛躍させる手助け
は、オスマンにとって雑作もない事であった。
「どーしたのかね? 顔が赤いぞ、ミスタ・コルベール」
「何でも、何でもありません!
それよりほら、この王宮からの書、る、い……わーっ!?」
Mr.0の使い魔
—エピソード・オブ・ハルケギニア—
第十六話
昼前までかかって五人の生徒が使える魔法を一通り試してみた結果、
デルフリンガーは系統やクラスに関係なく、ほぼ全ての魔法に対して
無力化が可能らしいと判明した。
ただし吸収できるのは魔法の核となる魔力限定のようで、実際顕現
した氷や岩を消し去る事はできなかった。正面からぶつかった場合、
デルフリンガー本体の丈夫さで対処するしかないのである。それでも
フレイムの火炎放射やシルフィードの風のブレスだけでなく、最後に
叩き込まれたクロコダイルの【砂漠の宝刀】にまで耐え抜いたのだ。
魔法学院の壁よりも頑丈、という驚くべき強度であった。
また、ギーシュのワルキューレを使った実験で、刃の部分に触れた
場合のみ魔力を吸収できる、という事もわかった。柄の部分を握らせ
ても行動に支障はなかったが、刃に触れるとあっさり崩れ落ちた事が
理由である。
吸い取った魔力がどうなるのかまではわからなかったが、実験中に
限界が来て破裂するような事態は起きなかった。上限となる量が莫大
なのか、もしくは上限そのものがないのかもしれない。
なお、ルイズの【爆発】だけは、呪文が【レビテーション】であれ
【ファイヤーボール】であれ中途半端にしか吸い込めなかった。吸収
しきれなかった魔力で爆発が起き、小さなクレーターができるのだ。
どうやらかなり特殊な事例のようだが、デルフリンガーは悲鳴をあげ
ながらも「わからねー」の一点張り。長い年月の間で記憶が風化して
おり、前例になりそうなものが思い出せないらしい。結局、ルイズの
魔法がどういう扱いになるのか、未だに謎のままである。
実験を終えた一同が学院に戻ってくると、何やら皆が右往左往して
いる。生徒も教師も衛兵もコックもメイドも、随分慌てているようだ。
と、そこへコルベールが息せき切って駆けつけた。頭の上には趣味
の悪い金髪カールのカツラがかぶさっている。普段見慣れた髪型、と
いうか髪の量を超越したその物体は、笑いを通り越して気持ち悪い。
Mr.8の髪のように、中に何か仕込んでありそうだ。
「やっと戻ってきましたか! 大変です、大変ですぞ!」
「……ミスタ・コルベール。まずその絶望的に似合わないカツラを外せ」
「おや、そうですか。わりとお気に入りだったのですが」
おかしい、絶対おかしい。
普段バラバラな七人と四匹と一本の意見は、見事に一致した。
十一対もの冷たい視線に気づいたコルベールは、いそいそとカツラ
を脱いで小さく咳払いする。
「えー、実はですな……なんと!
我がトリステイン王国がハルケギニアに誇る可憐な一輪の花!
アンリエッタ姫殿下が、ゲルマニアからお帰りの途中、この学院に行幸なさるのですよ!」
心中でファンファーレが鳴り響いたのは、この場ではたったの四人
だけであった。ルイズ、ギーシュ、モンモランシー、そして大仰に手
を広げたコルベールである。残りの人間とトリステイン貴族、王族に
興味のない使い魔およびインテリジェンスソードには、「あ、そう」
程度の感慨しか浮かばなかった。
場の両極端な空気も何のその、にこやかに心境を語るコルベール。
「いやはや、姫様の行幸とは、これまさしく僥倖ですな」
「寒いな」「寒いわね」「寒いですわ」
「寒いわよ」「寒い」「寒いね」「寒いわ」
「さ——きゅいきゅい」
——きゅるきゅる
——もぐもぐ
——けろけろ
「寒いぜ」
再び統一された十二の感想に、コルベールはがっくりと項垂れた。
生徒は正門前の左右に整列し、その後ろにそれぞれの生徒の使い魔
が控えている。クロコダイルは人間であっても使い魔なので、ルイズ
の後ろで他の使い魔と一緒になっていた。留め具に手を加えて腰の左
側に装着された鞘には、デルフリンガーが静かに納まっている。
やがて正門をくぐって王女の一行が現れると、生徒達が一斉に杖を
掲げた。学校が行事などで客人を迎える際の儀礼であるが、気合いの
入り様が格別である。
滑らかに入場した馬車が停止し、数人の召使いが絨毯を延ばす。本
塔の玄関から馬車までの間に深紅の道ができあがると、いよいよ姫君
の登場だ。
「トリステイン王国王女、アンリエッタ姫殿下のおなーりーー!!」
衛士の一人が宣言するのにあわせ、馬車の扉が開かれる。
最初に姿を見せたのは、王女ではなく痩せぎすの老人だった。王国
の枢機卿、マザリーニである。生徒がそろってげんなりした顔になる
のも意に介さず、マザリーニは馬車を降りると脇によけ、続いて下車
する人物の手を取った。
今度こそ、降りてきたのはアンリエッタ王女。生徒だけでなく一部
の教師からも歓声が上がり、それに応えてアンリエッタが手を振った。
王族が持つ気品、優雅さ溢れる仕草である。
(客寄せパンダとサーカスの団長ってとこか)
クロコダイルは、アンリエッタとマザリーニの関係をそう評した。
王女には確かに素晴らしい華がある。人気という点では他の追随を
許さないだろう。清楚で可憐な、という形容詞がこれほど似合う人物
を——“勇敢”な姫なら一人心当たりがあるが——クロコダイルは他に
知らなかった。
しかし逆に言えば、それは政治に関する汚さとは無縁という事でも
ある。欲望渦巻く国同士の政治の場は、例えるなら飢えたハイエナの
群れの中だ。そんな場所に生まれたての子鹿を放り込めば、瞬く間に
骨だけの無惨な姿にされてしまう。アンリエッタは、腹黒い国家元首
の相手をするには綺麗すぎるのだ。
翻って枢機卿は、なるほど人気という言葉からはかけ離れた位置に
いる。みすぼらしい爺さんよりも美しい少女の方がいいという意見は
多いだろう。二人を並べれば、その差はさらに顕著に現れる。
しかし老人の目に宿る光は、政治に深く食い込む人間特有のもの。
欲望に忠実な人間がどれほど意地汚く、そして凶悪であるかを知って
いる。おそらく他国との政治に関しては彼が仕切っている筈だ。未熟
な王女を国の頭に据えているのは、国民の支持を集中させて内部分裂
を防ぐためか。あるいは他にも思惑があるのかもしれない。
訪れる客の人気を博すが運営には手を出せないパンダと、顔は出ず
ともサーカス全体の管理を総括する団長、というクロコダイルの見方
は、あながち間違いではなかった。
そしてクロコダイルが注意を払うべきは、マザリーニである。正面
から叩き潰すか、搦め手で弱らせるか、協調するか——いずれにせよ、
一筋縄ではいかない相手だ。有能なのは間違いないが、味方にできる
かどうかはまた別問題だ。
「……ん?」
剣呑な思考を巡らせていたクロコダイルは、ふと目の前のルイズの
様子がおかしい事に気づいた。赤い顔でどこかを見つめて、ぼけっと
突っ立っている。
視線を追うと、馬車の護衛の中に、見事な羽帽子をかぶった一人の
青年がいた。鷲の頭に獅子の胴体を持つ——確かグリフォンとかいう
生き物に跨がった、凛々しい貴族である。他の護衛達の並びを見るに、
どうやら彼がリーダーらしい。
その青年の瞳が、ちらりとルイズを、そしてクロコダイルを捉えた。
ルイズに向けた視線は穏やかなものだったが、直後にクロコダイルの
視線とぶつかったのは——。
(ほぅ……いい目をするじゃねェか)
知らず知らず鋭い笑みが浮かぶ。
目が合ったのはほんの一瞬だが、クロコダイルは男の内に燃え盛る
野心を見て取った。平和や正義を掲げたり、あるいは昇進に励む軍人
の目ではない。獲物を喰らい、邪魔者を叩き潰し、頂点を目指す海賊
の目だ。
あちらはその野望をあえてさらけ出したまま、クロコダイルと目を
合わせた。気づかれまいという油断、ではなく、理解させるために。
それも、前にいるルイズではなく後ろのクロコダイルにのみ、だ。
「おもしれェ」
クロコダイルの口から漏れた小さな呟きを聞き取ったのは、腰の鞘
に納まるデルフリンガーだけ。そのデルフリンガーも特に何かを言う
事はなく、クロコダイルの真意は本人の心の内に留め置かれた。
...TO BE CONTINUED
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