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「ゼロのガンパレード 12」(2008/03/16 (日) 17:00:12) の最新版変更点
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朝靄の中、ルイズは俯いたままの侍女に優しく声をかけた。
「そんな顔しないで、シエスタ。きっとすぐに迎えに行くから」
ルイズたちが学園を離れアルビオンに向かう今日、
シエスタも学園を離れて故郷であるタルブの村に向かうのである。
王女からの密命を受けたルイズが手配したのがまずこれだった。
かつてシエスタを我が物にしようとした男、モット伯。
自分が学園にいないとなれば、彼かもしくは彼の配下の者がシエスタを召しだそうとする危険性があった。
ならば学園から遠ざけてしまおうと言うルイズの策略である。
まさかにもわざわざタルブの村まで彼女を探しには行くまい。
村まで送り届ける護衛を頼んだついでに確認したところでは、タルブの村の領主はモット伯とは不仲であるとのことだった。
ならば言葉は悪いが、たかが平民の女性一人のために仲の悪い相手に借りを作るなどと言うこともあるまい。
アルビオンから帰ってきたらすぐにでも迎えに行くつもりだった。
「やれやれ、立派に見えてもやっぱりまだまだ子供だねぇ。
なんでそこの嬢ちゃんが落ち込んでるか解ってねぇみたいだ」
「まったくだぁなぁ。まぁ、こればっかりはしかたがねぇけどよ」
呆れたような声が響いた。
タバサがその得物としているデルフリンガーと地下水のコンビである。
主人はキュルケやギーシュ、それにブータと共にシルフィードに荷物を積んだりウェルダンテ用の鞍を用意しており、ここにはいない。
丈の長いデルフリンガーはそう言った作業をするにの邪魔だし、地下水は喋るのがうるさいと放置されたのである。
「あのな、ルイズ嬢ちゃん。
騎士でも従者でも使い魔でも貴族でも何でもいいけどよ、
およそ他人に仕える者が、名目だけでなく、心から誰かに心酔している人間が、
心の底から望んでいる一言って何か解るか?
それさえ命じられれば無常の幸福だと、死んでもかまわないって思う一言って奴だが」
考えるが、ルイズには解らない。
そしてそのことで自分を恥かしいと思った。
人の上に立つ貴族たらんとして歩いてきた自分が、そんな一言すら解らないなんて。
だがデルフリンガーの告げた答えは、彼女にとっては到底信じがたいものだった。
「簡単な一言さ。
“自分のために死んでくれ”
その言葉さえあれば、忠実な従者は万の大軍にだって刃向かえる。
現に……うん? 誰だっけな。誰かそんなことをした奴がいたはずだが……」
「あー、とにかくだ。そこの嬢ちゃんは、あんたにそう命じられなかった自分に不満を持ってるんだよ。
ウチの主人やキュルケやギーシュがあんたと一緒に行くのに、なんで自分は行けないのかって」
途中から論旨があやしくなったデルフリンガーに代わり、地下水がその後を引き取った。
ルイズは唇を噛んだ。
彼女の考えでは、危険な場所に第一に飛び込むのが貴族たるものの責務だと思っていた。
部下や従者を死なせるなど言語道断だと思っていた。
なのにデルフリンガーと地下水は、主のために死ねるのが喜びだと言う。
疑問に思ったが、彼らが虚偽を言っていないことだけは確かだった。
存在を始めてからの長い年月。その間に彼らが看取ってきた幾十幾百幾千の人々の死に様が、
彼らの言葉に真実のみが纏う重みを宿らせていたからだ。
「……そう、なの?
わたしはただ、シエスタに危ない目に遭ってもらいたくないって……」
「ルイズ様、お気になさらないでください。これはわたしの我が儘なんです。
確かに、デルフリンガー様や地下水様の言うとおり、わたしもルイズ様のお役に立ちたいって思ってますけど……」
顔を曇らせるルイズに、慌ててシエスタが口を開いた。
ルイズの気持ちは嬉しかった。
自分がルイズを終の主人と決めたあの時のことを憶えていてくれたことは、
王国から密命を受けた時にでも忘れずにいてくれたことは天にも昇るほど嬉しかった。
けれど、いや、だからこそ、思うのだ。
なぜ自分には、彼女を助けることが出来ないのかと。
「聞いたかい? デルフリンガー様だってよ」
「聞いたぜ。地下水様だってよ」
二振りの武具が声を交わす。
告げられた言葉は僅か。けれどこの二振りにはそれで十分だった。
武具として生まれ、意思を吹き込まれて生きてきた。
睡眠も食事も必要とせず、ただ長い時間をそこに在るだけの存在として過ごしてきた。
相棒と呼ばれることもあった。
文字通り道具としてしか扱われないこともあった。
気味の悪い物体として敬遠されることも、
誰からも顧みられることなく棚の中や宝箱の中で過ごしてきたこともあった。
だがこの侍女のように、全く違和感なく自分たちを一個の人格として扱い、
しかも敬意すら払ってくれる少女に出会ったことは初めてだった。
ましてや戦士でもメイジでもなく、商人でもない。
武器としての自分たちではなく、
珍しい商品としてでもなく、
デルフリンガーと地下水としての一個人を見てくれる存在は。
「ついでに言わせて貰うがよ、シエスタ嬢ちゃん。
戦士でもメイジでも兵士でも貴族でもいいがよ、
およそ戦う者にとっての一番の幸せって何か解るか?」
「それはな、守りたいものがあることだよ、嬢ちゃん。
守りたい者を守り、守らねばならない物を守り、守るべきモノを守れることが幸せなのさ」
「誇りなんぞ、名誉なんぞ、戦場じゃあ意味がねぇ。
なにしろみんな狂ってる。正気でいたいなんて贅沢をいう奴から死んでいくのさ」
「そんな中で生き残るのは、いつだって守りたいものがある奴だ。
それこそが、狂気の淵から帰ってくる唯一の手段なのさ」
「俺たちの経験から言わせて貰えば、間違いなくルイズ嬢ちゃんは幸せだ。
あんたっていう守りたいものがあるからな」
だから、デルフリンガーと地下水は決めたのだ。
主人に言われたわけでもなく、自分たちの意思で誓ったのだ。
必ずルイズを守り、再びシエスタに会わせてやろうと。
「ま、心配するこたねぇやな。
俺たちの主人はトライアングルメイジでシュヴァリエだ。
それに猫の旦那もいる」
「俺っちは四大の魔法が使えるし、兄貴は魔法を吸い込んじまう。
必ずルイズ嬢ちゃんをあんたの元に連れ帰ってやるよ」
お互いの気配を探り、心中で笑う。
ああ、確かに自分たちは幸せだ。
ルイズという守りたい者が出来た。
横に相棒、頼りになる主人に戦友。そして守るべき姫君。
およそ戦場に赴く前に、これ以上に望むものなどあるものか。
「よろしくお願いします。デルフリンガー様、地下水様も。
お二方もお気をつけてくださいね」
深々と頭を下げるシエスタに、二振りの剣はえも言われぬ感情を抱いた。
腰のすわりが悪いというか、穴があったら隠れたいというか。
おそらく彼らに自由に動く身体があったならば、
二人とも身動ぎをしていたであろう。
何しろ、一個の人格として扱われたのが初めてな彼らである。
当然このような感謝の情を向けられたことも初めてであり、
堪らない気恥ずかしさに襲われたのだった。
だが、と二振りは思った。
――――こういうのも、悪くない。
/*/
目の前に現れた男を、キュルケは胡乱げな目で観察した。
自分たちより十歳ほど年上の、見事な羽帽子をかぶった凛々しい貴族である。
ルイズの婚約者だというその貴族は、にこやかに帽子を取って頭を下げる。
「女王陛下の魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵だ。君たちの護衛を仰せつかった」
「ワルド様、アンリエッタ姫は未だ即位していないし、マリアンヌ大后も同様ですわ。
卑しくも王室直属の近衛が事実関係を誤認しているのは問題ではないかしら」
「おお、僕の可愛いルイズ。これは失礼したね。
僕の忠誠は未だ生まれざる新たな王に向けられているのでね、つい間違えてしまったよ」
ルイズの言葉に、笑いながら訂正するワルドを見ながら、キュルケは唇を歪めた。
気に入らない。
この男、ルイズを明らかに下に見ている。
そんな視線をキュルケは昔から知っていた。
魔法が使えぬルイズを侮り、一段下に置く視線を知っていた。
それは魔法をこそ至高とみなす貴族にとってはいたし方のないことなのかもしれないが、
まかり間違ってもルイズの婚約者を称する者が浮かべていいものではなかった。
大猫がキュルケの横に寄り添い、落ち着けというように手を舐める。
見ればギーシュは彼女と同じような目でワルドを見つめ、タバサは心配するような目で本の影からこちらを見ていた。
「失礼、ワルド子爵。グラモン家四男、ギーシュ・ド・グラモンと申します。お見知りおきを」
ここは任せろと目配せしたギーシュが前に進み、堂々と口上を述べた。
魔法衛士隊は全貴族の憧れであり、それはかつてのギーシュも例外ではなかったが、
しかし今の彼には他に仰ぎ見るべきモノがあり、守るべきものを知っていた。
つまりはルイズ症候群の重症患者だったのだ。
「なるほど、君がか。君の事は姫殿下から聞いているよ。
勿論、君の父や兄君たちのことも。もっともこれは姫殿下からではないが」
「それは重畳。
ところでご質問があるのですが、ワルド子爵はミス・ヴァリエールの婚約者とのことでしたが」
「その通りだよ。実に嬉しいことにね。もっとも、こうして再会するのは十年ぶりだがね」
「なるほど、そうでしたか。これで謎が解けました」
「ほう、どのような謎かな?」
「なに、杞憂といいますか、解けてしまえばなんでもないことですよ。お気になさらず」
「いや、気になるな。姫殿下のお話からすれば、どうも君は僕の知らない可愛いルイズを知っているようだしね」
にこやかに会話を進めるギーシュとワルドだが、どうにもその間に険悪な空気が漂っているように見えてならない。
「……修羅場?」
「わたし、あの子爵様よりもギーシュ様のほうがルイズ様にはお似合いだと思います」
「ななななななに言ってんのよシエスタ!」
やれやれと思いつつもキュルケは頬を緩めた。
これで解った。この子爵は、十年前のルイズしか知らないのだ。
彼女本人から聞いた話では、やはりそれくらいにある男性に会ってから全てが変わったのだと言う。
それが誰かは本人も知らない、顔と声だけしか憶えてないと言っていたが、少なくとも子爵でないのは間違いなかろう。
だからワルド子爵の中では、ルイズは魔法が使えないと泣いていたどこにでもいるような子供のままなのだ。
やれやれと思いながら苦笑する。
まぁ知らないのならば仕方ない。これから知っていけばいいのだ。
たぶん最初は驚くだろう。わたしやギーシュがそうだったように。
けれどたぶん最後には、この子爵様もルイズに感化されてしまうだろう。
何しろルイズはこのわたしの好敵手なのだから。
ひとしきり未来を予想して肩を震わせ、それにしてもとキュルケは思った。
「あの姫さま、わたしたちのこと、なんて説明したのかしら?」
朝靄の中、ルイズは俯いたままの侍女に優しく声をかけた。
「そんな顔しないで、シエスタ。きっとすぐに迎えに行くから」
ルイズたちが学園を離れアルビオンに向かう今日、
シエスタも学園を離れて故郷であるタルブの村に向かうのである。
王女からの密命を受けたルイズが手配したのがまずこれだった。
かつてシエスタを我が物にしようとした男、モット伯。
自分が学園にいないとなれば、彼かもしくは彼の配下の者がシエスタを召しだそうとする危険性があった。
ならば学園から遠ざけてしまおうと言うルイズの策略である。
まさかにもわざわざタルブの村まで彼女を探しには行くまい。
村まで送り届ける護衛を頼んだついでに確認したところでは、タルブの村の領主はモット伯とは不仲であるとのことだった。
ならば言葉は悪いが、たかが平民の女性一人のために仲の悪い相手に借りを作るなどと言うこともあるまい。
アルビオンから帰ってきたらすぐにでも迎えに行くつもりだった。
「やれやれ、立派に見えてもやっぱりまだまだ子供だねぇ。
なんでそこの嬢ちゃんが落ち込んでるか解ってねぇみたいだ」
「まったくだぁなぁ。まぁ、こればっかりはしかたがねぇけどよ」
呆れたような声が響いた。
タバサがその得物としているデルフリンガーと地下水のコンビである。
主人はキュルケやギーシュ、それにブータと共にシルフィードに荷物を積んだりウェルダンテ用の鞍を用意しており、ここにはいない。
丈の長いデルフリンガーはそう言った作業をするにの邪魔だし、地下水は喋るのがうるさいと放置されたのである。
「あのな、ルイズ嬢ちゃん。
騎士でも従者でも使い魔でも貴族でも何でもいいけどよ、
およそ他人に仕える者が、名目だけでなく、心から誰かに心酔している人間が、
心の底から望んでいる一言って何か解るか?
それさえ命じられれば無常の幸福だと、死んでもかまわないって思う一言って奴だが」
考えるが、ルイズには解らない。
そしてそのことで自分を恥かしいと思った。
人の上に立つ貴族たらんとして歩いてきた自分が、そんな一言すら解らないなんて。
だがデルフリンガーの告げた答えは、彼女にとっては到底信じがたいものだった。
「簡単な一言さ。
“自分のために死んでくれ”
その言葉さえあれば、忠実な従者は万の大軍にだって刃向かえる。
現に……うん? 誰だっけな。誰かそんなことをした奴がいたはずだが……」
「あー、とにかくだ。そこの嬢ちゃんは、あんたにそう命じられなかった自分に不満を持ってるんだよ。
ウチの主人やキュルケやギーシュがあんたと一緒に行くのに、なんで自分は行けないのかって」
途中から論旨があやしくなったデルフリンガーに代わり、地下水がその後を引き取った。
ルイズは唇を噛んだ。
彼女の考えでは、危険な場所に第一に飛び込むのが貴族たるものの責務だと思っていた。
部下や従者を死なせるなど言語道断だと思っていた。
なのにデルフリンガーと地下水は、主のために死ねるのが喜びだと言う。
疑問に思ったが、彼らが虚偽を言っていないことだけは確かだった。
存在を始めてからの長い年月。その間に彼らが看取ってきた幾十幾百幾千の人々の死に様が、
彼らの言葉に真実のみが纏う重みを宿らせていたからだ。
「……そう、なの?
わたしはただ、シエスタに危ない目に遭ってもらいたくないって……」
「ルイズ様、お気になさらないでください。これはわたしの我が儘なんです。
確かに、デルフリンガー様や地下水様の言うとおり、わたしもルイズ様のお役に立ちたいって思ってますけど……」
顔を曇らせるルイズに、慌ててシエスタが口を開いた。
ルイズの気持ちは嬉しかった。
自分がルイズを終の主人と決めたあの時のことを憶えていてくれたことは、
王国から密命を受けた時にでも忘れずにいてくれたことは天にも昇るほど嬉しかった。
けれど、いや、だからこそ、思うのだ。
なぜ自分には、彼女を助けることが出来ないのかと。
「聞いたかい? デルフリンガー様だってよ」
「聞いたぜ。地下水様だってよ」
二振りの武具が声を交わす。
告げられた言葉は僅か。けれどこの二振りにはそれで十分だった。
武具として生まれ、意思を吹き込まれて生きてきた。
睡眠も食事も必要とせず、ただ長い時間をそこに在るだけの存在として過ごしてきた。
相棒と呼ばれることもあった。
文字通り道具としてしか扱われないこともあった。
気味の悪い物体として敬遠されることも、
誰からも顧みられることなく棚の中や宝箱の中で過ごしてきたこともあった。
だがこの侍女のように、全く違和感なく自分たちを一個の人格として扱い、
しかも敬意すら払ってくれる少女に出会ったことは初めてだった。
ましてや戦士でもメイジでもなく、商人でもない。
武器としての自分たちではなく、
珍しい商品としてでもなく、
デルフリンガーと地下水としての一個人を見てくれる存在は。
「ついでに言わせて貰うがよ、シエスタ嬢ちゃん。
戦士でもメイジでも兵士でも貴族でもいいがよ、
およそ戦う者にとっての一番の幸せって何か解るか?」
「それはな、守りたいものがあることだよ、嬢ちゃん。
守りたい者を守り、守らねばならない物を守り、守るべきモノを守れることが幸せなのさ」
「誇りなんぞ、名誉なんぞ、戦場じゃあ意味がねぇ。
なにしろみんな狂ってる。正気でいたいなんて贅沢をいう奴から死んでいくのさ」
「そんな中で生き残るのは、いつだって守りたいものがある奴だ。
それこそが、狂気の淵から帰ってくる唯一の手段なのさ」
「俺たちの経験から言わせて貰えば、間違いなくルイズ嬢ちゃんは幸せだ。
あんたっていう守りたいものがあるからな」
だから、デルフリンガーと地下水は決めたのだ。
主人に言われたわけでもなく、自分たちの意思で誓ったのだ。
必ずルイズを守り、再びシエスタに会わせてやろうと。
「ま、心配するこたねぇやな。
俺たちの主人はトライアングルメイジでシュヴァリエだ。
それに猫の旦那もいる」
「俺っちは四大の魔法が使えるし、兄貴は魔法を吸い込んじまう。
必ずルイズ嬢ちゃんをあんたの元に連れ帰ってやるよ」
お互いの気配を探り、心中で笑う。
ああ、確かに自分たちは幸せだ。
ルイズという守りたい者が出来た。
横に相棒、頼りになる主人に戦友。そして守るべき姫君。
およそ戦場に赴く前に、これ以上に望むものなどあるものか。
「よろしくお願いします。デルフリンガー様、地下水様も。
お二方もお気をつけてくださいね」
深々と頭を下げるシエスタに、二振りの剣はえも言われぬ感情を抱いた。
腰のすわりが悪いというか、穴があったら隠れたいというか。
おそらく彼らに自由に動く身体があったならば、
二人とも身動ぎをしていたであろう。
何しろ、一個の人格として扱われたのが初めてな彼らである。
当然このような感謝の情を向けられたことも初めてであり、
堪らない気恥ずかしさに襲われたのだった。
だが、と二振りは思った。
――――こういうのも、悪くない。
/*/
目の前に現れた男を、キュルケは胡乱げな目で観察した。
自分たちより十歳ほど年上の、見事な羽帽子をかぶった凛々しい貴族である。
ルイズの婚約者だというその貴族は、にこやかに帽子を取って頭を下げる。
「女王陛下の魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵だ。君たちの護衛を仰せつかった」
「ワルド様、アンリエッタ姫は未だ即位していないし、マリアンヌ大后も同様ですわ。
卑しくも王室直属の近衛が事実関係を誤認しているのは問題ではないかしら」
「おお、僕の可愛いルイズ。これは失礼したね。
僕の忠誠は未だ生まれざる新たな王に向けられているのでね、つい間違えてしまったよ」
ルイズの言葉に、笑いながら訂正するワルドを見ながら、キュルケは唇を歪めた。
気に入らない。
この男、ルイズを明らかに下に見ている。
そんな視線をキュルケは昔から知っていた。
魔法が使えぬルイズを侮り、一段下に置く視線を知っていた。
それは魔法をこそ至高とみなす貴族にとってはいたし方のないことなのかもしれないが、
まかり間違ってもルイズの婚約者を称する者が浮かべていいものではなかった。
大猫がキュルケの横に寄り添い、落ち着けというように手を舐める。
見ればギーシュは彼女と同じような目でワルドを見つめ、タバサは心配するような目で本の影からこちらを見ていた。
「失礼、ワルド子爵。グラモン家四男、ギーシュ・ド・グラモンと申します。お見知りおきを」
ここは任せろと目配せしたギーシュが前に進み、堂々と口上を述べた。
魔法衛士隊は全貴族の憧れであり、それはかつてのギーシュも例外ではなかったが、
しかし今の彼には他に仰ぎ見るべきモノがあり、守るべきものを知っていた。
つまりはルイズ症候群の重症患者だったのだ。
「なるほど、君がか。君の事は姫殿下から聞いているよ。
勿論、君の父や兄君たちのことも。もっともこれは姫殿下からではないが」
「それは重畳。
ところでご質問があるのですが、ワルド子爵はミス・ヴァリエールの婚約者とのことでしたが」
「その通りだよ。実に嬉しいことにね。もっとも、こうして再会するのは十年ぶりだがね」
「なるほど、そうでしたか。これで謎が解けました」
「ほう、どのような謎かな?」
「なに、杞憂といいますか、解けてしまえばなんでもないことですよ。お気になさらず」
「いや、気になるな。姫殿下のお話からすれば、どうも君は僕の知らない可愛いルイズを知っているようだしね」
にこやかに会話を進めるギーシュとワルドだが、どうにもその間に険悪な空気が漂っているように見えてならない。
「……修羅場?」
「わたし、あの子爵様よりもギーシュ様のほうがルイズ様にはお似合いだと思います」
「ななななななに言ってんのよシエスタ!」
やれやれと思いつつもキュルケは頬を緩めた。
これで解った。この子爵は、十年前のルイズしか知らないのだ。
彼女本人から聞いた話では、やはりそれくらいにある男性に会ってから全てが変わったのだと言う。
それが誰かは本人も知らない、顔と声だけしか憶えてないと言っていたが、少なくとも子爵でないのは間違いなかろう。
だからワルド子爵の中では、ルイズは魔法が使えないと泣いていたどこにでもいるような子供のままなのだ。
やれやれと思いながら苦笑する。
まぁ知らないのならば仕方ない。これから知っていけばいいのだ。
たぶん最初は驚くだろう。わたしやギーシュがそうだったように。
けれどたぶん最後には、この子爵様もルイズに感化されてしまうだろう。
何しろルイズはこのわたしの好敵手なのだから。
ひとしきり未来を予想して肩を震わせ、それにしてもとキュルケは思った。
「あの姫さま、わたしたちのこと、なんて説明したのかしら?」
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