「気さくな王女-4」(2007/09/24 (月) 10:33:14) の最新版変更点
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「つまり、イトーという家に、代々伝わっている、鬼畜の道を、見極める本?」
「そうだね」
「何よそれ。結局のところどういう本なのよ?」
「えっとねー……女の人をひどい目にあわせる方法がいろいろ書いてある本、なのかな」
女の人をひどい目にあわせる方法? また随分胡乱な本だ。犯罪の手引書みたいな物か。
「お姉ちゃんには用事の無い本だと思うよ」
そういえば、人形娘も性別的には一応女だったな。体つきはあれだけど。
「だからこれはしまっておくね」
てことは……この本を使えば……。
本をとろうとする幽霊の手を避け、わたしは子供の手では届かない位置に高く掲げた。
「この本、いいじゃない」
「女の子が読んだりする本じゃないってば」
「わたしは王女なの! その辺の下賎な女子供と一緒にするんじゃない!」
「王女さまならますます読んじゃダメだと思う……」
「帝王学っていうのはあらゆる要素を含むから帝王学っていうのよ。鬼畜の道……だっけ? それも習得する必要がある」
「そうなのかなー?」
「そうなんだよ。いちいち文句つけるな」
「……うん。わかった」
しぶしぶながらも一応は納得したらしい。
幽霊は並べていた品々をささっと片付け――どうやったのかはいまいち不明――立ててあった自転車に手をかけ……。
「待て!」
「なに?」
「どさくさに紛れてどこへ行こうとしてるのよ! わたしの使い魔まで連れて!」
「だって、本と交換したから自転車返してくれるんでしょ」
なぁに不思議そうな顔してんだか。世の中そう簡単に片付くようなら警吏も司法も必要ないんだよ。
「まだ自転車はわたしの使い魔」
「えー!」
「だから持っていけば泥棒になる。幽霊だって法は守ってもらうからね」
「ずるいよずるいよ横暴だ!」
「ずるくない!」
鋭く怒鳴りつけて黙らせた。
「そこのスツールに座ることを許可する。自転車からは離れなさい」
「……はーい」
不承不承自転車から離れる幽霊。油断ならないったらもう。
本を右手に、わたしは語る。物を知らない幽霊に理ってものを説いてやらないとね。
「これは本よね。何のためにあるのか知ってる?」
「読むため?」
「はい、馬鹿なりによくできました。つまり読めなかったら本ではないってこと」
「ふんふん。なるほど」
したり顔で頷いているけど、どうせ理解できてない。わたしにとってはどうでもいいけどね。
「で、わたしはこの本が読めない」
「お姉ちゃん字が読めないの?」
「馬鹿にするな! 字くらい読める! わたしはね、幽霊世界の字が読めないだけ。生きてる人間だからね」
「だから幽霊じゃ……」
こほん、と一つ咳払い。ここからが肝心よ。
「つまり、この本が書物の本分を発揮するためには、わたしにも理解できるよう訳してくれる存在が必要不可欠ってわけ」
言いつつ、寝台の上から降り立った。
「お前この本の題字を読んでいたね……つまりは中身も読めるってことだね?」
幽霊の座っているスツールを引きずった。目的地は机の横。
逃げようとする幽霊の肩を押さえ、わたしは椅子に腰掛け机に向かった。
「ボク、ちょっと用事を思い出したんだけど……帰っちゃダメ?」
ずずずっと顔を近づけた。鼻息のかかる距離に幽霊が怯む。はなから有無を言わせる気はないのよ。
「よく聞こえなかったんだけどもう一度言ってもらえる?」
「あのね、ボク用事を……」
ずずずずずずっと顔を近づけた。逃げないように肩は掴んだまま、距離は鼻息どころか皮膚呼吸さえ感じそうなくらいに近い。
「よく聞こえなかったんだけど。もう一度だけ言ってもらえる?」
「あ、あの、ボク、子供だからむずかしい字が読めないんだよね」
「頭で読むな。心で読め。魂で読め!」
まず一ページ目を開いた。本は手垢で汚れ、朽ちる一歩手前でかろうじて踏みとどまっている。
いや、この汚れは手垢だけじゃない。血と、汗と、何かよく分からない液体が染み込んでいる。
ふふふ、この本の呪われた歴史を感じさせてくれるじゃない。人形娘の暗澹とした未来が見えてくるようだわ。
「さあ、どんどん行くわよ。読み終わるまでは寝かさないからね」
「ひえええェ」
「にくつぼをにくつぼと思わず……お姉ちゃん、にくつぼってなに?」
「いいから先を読む!」
「一度ターゲットを決めたら目を離すことなく……」
「ふむふむ」
「道具に頼ってはならないが、かといって……」
「なるほど」
「笑みを浮かべる時は卑屈に笑い……」
「難しいわね」
「五感の全てを……一つに……ぐぅ……」
「寝るな!」
「ボク……もうだめ……ねむい……」
「寝るなって言ってるでしょうが! 今度弱音吐いたら鞭でひっぱたくよ!」
「すぅ……すぅ……」
「まずは体力……ある程度の小道具が……ゲットしたネタは新鮮なうちに……」
「ふう……」
本を閉じた。背表紙につっと指を這わせる。読み始める前は終わらない強行軍、だけど読み終えた後は本の薄さに驚くばかり……ふふ。
少し背中を伸ばすだけで背骨がいい音を響かせる。疲れたには疲れたけど心地よい疲労感ね。何かを成し遂げた……久方ぶりに感じる気持ちよさ。
沈んだ月二つを無視、昇ってきた太陽を無視、一番鳥の鳴き声を無視、幽霊の泣き声も無視、小鳥の囀りや朝食まで完全に無視、目の前を横切っていった桃色のドラゴンも見て見ぬふりでやり過ごした。時計を見ると……ほほほ、読むも読んだり十六時間。
幽霊は潰れた。それはもう見事に潰れた。絨毯の上で丸まって惰眠を貪っている。
わたしは太平楽に寝ているわけにもいかない。体の奥底からこんこんと湧き出、止まることを知らないエネルギーを感じる。
不休不眠で朝食も抜いたのに精力絶倫、人形娘を相手に鬼畜デビューを飾る。そのことを考えるだけで眠気は吹き飛んだ。
あいつが来る前にやっておかなければならないことはまだまだある。
剃毛用に切れ味鋭いナイフを用意しなければ。荒縄は倉庫にあるだろう。張型は侍女に買ってこさせよう。少し大きめを使うのが鬼畜としての嗜みね。
早くおいでなさいガーゴイル。鬼畜の道に踏み込んだイザベラ様の恐ろしさ、体の奥底に刻み込んで、あ、げ、る。
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「つまり、イトーという家に、代々伝わっている、鬼畜の道を、見極める本?」
「そうだね」
「何よそれ。結局のところどういう本なのよ?」
「えっとねー……女の人をひどい目にあわせる方法がいろいろ書いてある本、なのかな」
女の人をひどい目にあわせる方法? また随分胡乱な本だ。犯罪の手引書みたいな物か。
「お姉ちゃんには用事の無い本だと思うよ」
そういえば、人形娘も性別的には一応女だったな。体つきはあれだけど。
「だからこれはしまっておくね」
てことは……この本を使えば……。
本をとろうとする幽霊の手を避け、わたしは子供の手では届かない位置に高く掲げた。
「この本、いいじゃない」
「女の子が読んだりする本じゃないってば」
「わたしは王女なの! その辺の下賎な女子供と一緒にするんじゃない!」
「王女さまならますます読んじゃダメだと思う……」
「帝王学っていうのはあらゆる要素を含むから帝王学っていうのよ。鬼畜の道……だっけ? それも習得する必要がある」
「そうなのかなー?」
「そうなんだよ。いちいち文句つけるな」
「……うん。わかった」
しぶしぶながらも一応は納得したらしい。
幽霊は並べていた品々をささっと片付け――どうやったのかはいまいち不明――立ててあった自転車に手をかけ……。
「待て!」
「なに?」
「どさくさに紛れてどこへ行こうとしてるのよ! わたしの使い魔まで連れて!」
「だって、本と交換したから自転車返してくれるんでしょ」
なぁに不思議そうな顔してんだか。世の中そう簡単に片付くようなら警吏も司法も必要ないんだよ。
「まだ自転車はわたしの使い魔」
「えー!」
「だから持っていけば泥棒になる。幽霊だって法は守ってもらうからね」
「ずるいよずるいよ横暴だ!」
「ずるくない!」
鋭く怒鳴りつけて黙らせた。
「そこのスツールに座ることを許可する。自転車からは離れなさい」
「……はーい」
不承不承自転車から離れる幽霊。油断ならないったらもう。
本を右手に、わたしは語る。物を知らない幽霊に理ってものを説いてやらないとね。
「これは本よね。何のためにあるのか知ってる?」
「読むため?」
「はい、馬鹿なりによくできました。つまり読めなかったら本ではないってこと」
「ふんふん。なるほど」
したり顔で頷いているけど、どうせ理解できてない。わたしにとってはどうでもいいけどね。
「で、わたしはこの本が読めない」
「お姉ちゃん字が読めないの?」
「馬鹿にするな! 字くらい読める! わたしはね、幽霊世界の字が読めないだけ。生きてる人間だからね」
「だから幽霊じゃ……」
こほん、と一つ咳払い。ここからが肝心よ。
「つまり、この本が書物の本分を発揮するためには、わたしにも理解できるよう訳してくれる存在が必要不可欠ってわけ」
言いつつ、寝台の上から降り立った。
「お前この本の題字を読んでいたね……つまりは中身も読めるってことだね?」
幽霊の座っているスツールを引きずった。目的地は机の横。
逃げようとする幽霊の肩を押さえ、わたしは椅子に腰掛け机に向かった。
「ボク、ちょっと用事を思い出したんだけど……帰っちゃダメ?」
ずずずっと顔を近づけた。鼻息のかかる距離に幽霊が怯む。はなから有無を言わせる気はないのよ。
「よく聞こえなかったんだけどもう一度言ってもらえる?」
「あのね、ボク用事を……」
ずずずずずずっと顔を近づけた。逃げないように肩は掴んだまま、距離は鼻息どころか皮膚呼吸さえ感じそうなくらいに近い。
「よく聞こえなかったんだけど。もう一度だけ言ってもらえる?」
「あ、あの、ボク、子供だからむずかしい字が読めないんだよね」
「頭で読むな。心で読め。魂で読め!」
まず一ページ目を開いた。本は手垢で汚れ、朽ちる一歩手前でかろうじて踏みとどまっている。
いや、この汚れは手垢だけじゃない。血と、汗と、何かよく分からない液体が染み込んでいる。
ふふふ、この本の呪われた歴史を感じさせてくれるじゃない。人形娘の暗澹とした未来が見えてくるようだわ。
「さあ、どんどん行くわよ。読み終わるまでは寝かさないからね」
「ひえええェ」
「にくつぼをにくつぼと思わず……お姉ちゃん、にくつぼってなに?」
「いいから先を読む!」
「一度ターゲットを決めたら目を離すことなく……」
「ふむふむ」
「道具に頼ってはならないが、かといって……」
「なるほど」
「笑みを浮かべる時は卑屈に笑い……」
「難しいわね」
「五感の全てを……一つに……ぐぅ……」
「寝るな!」
「ボク……もうだめ……ねむい……」
「寝るなって言ってるでしょうが! 今度弱音吐いたら鞭でひっぱたくよ!」
「すぅ……すぅ……」
「まずは体力……ある程度の小道具が……ゲットしたネタは新鮮なうちに……」
「ふう……」
本を閉じた。背表紙につっと指を這わせる。読み始める前は終わらない強行軍、だけど読み終えた後は本の薄さに驚くばかり……ふふ。
少し背中を伸ばすだけで背骨がいい音を響かせる。疲れたには疲れたけど心地よい疲労感ね。何かを成し遂げた……久方ぶりに感じる気持ちよさ。
沈んだ月二つを無視、昇ってきた太陽を無視、一番鳥の鳴き声を無視、幽霊の泣き声も無視、小鳥の囀りや朝食まで完全に無視、目の前を横切っていった桃色のドラゴンも見て見ぬふりでやり過ごした。時計を見ると……ほほほ、読むも読んだり十六時間。
幽霊は潰れた。それはもう見事に潰れた。絨毯の上で丸まって惰眠を貪っている。
わたしは太平楽に寝ているわけにもいかない。体の奥底からこんこんと湧き出、止まることを知らないエネルギーを感じる。
不休不眠で朝食も抜いたのに精力絶倫、人形娘を相手に鬼畜デビューを飾る。そのことを考えるだけで眠気は吹き飛んだ。
あいつが来る前にやっておかなければならないことはまだまだある。
剃毛用に切れ味鋭いナイフを用意しなければ。荒縄は倉庫にあるだろう。張型は侍女に買ってこさせよう。少し大きめを使うのが鬼畜としての嗜みね。
早くおいでなさいガーゴイル。鬼畜の道に踏み込んだイザベラ様の恐ろしさ、体の奥底に刻み込んで、あ、げ、る。
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