「ゼロの使い魔~我は魔を断つ双剣なり~-03」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
「ゼロの使い魔~我は魔を断つ双剣なり~-03」(2008/05/25 (日) 19:56:09) の最新版変更点
追加された行は緑色になります。
削除された行は赤色になります。
空、双子の月。
翡翠の瞳は確かにそれを捉えていた。
「ここは……?」
覚醒する意識、広がる視界に捉えたそれに呟く。
見たことの無い景色、最初に浮かぶ思考はそれ。
「起きたのね」
声、向ける瞳、そこには月光に照らされる桃色の銀髪の少女。鳶色の瞳が九朔を見ている。
「誰だ?」
「私はルイズ・ド・ラ・ヴァリエール。あんたを召喚したご主人様」
「主人、だと?」
軋む体、ゆっくりと起き上がらせると世界は転回、視界と水平になる。
虫の鳴き声、静かな草原がそこに在る。
そして膝を抱えて座り、自分に相対する少女。
「そうよ、私はアンタを『サモン・サーヴァント』で呼び出して『コントラクト・
サーヴァント』で契約したの。
つまり、アンタは……正直認めたくないけど私の使い魔ってこと」
ルイズはその表情を苦々しいものにして九朔を見ている。
「どういうことだ?我は確かにさっきまで……っ!?」
そこまで口に出して九朔の思考は停止した。
背筋に走るのは戦慄、永遠にも思える一瞬が過ぎ去り認識した
事項が九朔の中を通り過ぎる。
――何も思い出せない
馬鹿な、そんな想いが胸を駆け抜けるが落ち着かせる。思考を奔らせ自分が持つ情報を
出来る限り引き出す。
自分は『大十字九朔』、騎士である、以上。
生活の事やらなにやらは思い出せるが、自分にとって重要であると確信できる
場所がぽっかりと脳内から抜け落ちている。
それはまるで書物からぺヱジを引き千切ったように完全にだった。
「馬鹿な……!」
更に口に出して絶句する。
どういうことだ、自分はいったいどうなったのだ?
混乱する思考にパニックを引き起こしそうになる。
だが、
「―――あんた、何者よ?」
覗き込んだ少女の鳶色の瞳が合い、現実に引き戻される。
「……何だと?」
「だから、何者って聞いてるの」
「我は…………分からぬ」
「え!?」
「思い……出せぬ」
鳶色の瞳が驚きに見開く。
「記憶喪失なの、あんた?」
「みたいだ。だが、ここではない場所から来たのは分かる」
「じゃあガリアとかアルビオン出身なの?」
思考を巡らす。
「否、そのようなところではない。我は……我がいたのは………っ!?」
酷い頭痛が九朔を襲った。
めまぐるしく移り変わる映像、脳内に情報の奔流が迸る。
フラッシュバックした映像群は暗転し、その中の幾つかが残る。
映像→情報、一つの型に当て嵌まるようにそれは構築されていく。
ノイズ消去、合致、ノイズ消去、合致、繰り返される反復動作。
完成されるそれ、一個の情報体として脳内にインプットされる。
「アーカム………シティ」
「アーカムシティ? 聞いた事がないわね」
「今浮かんだ言葉だ。恐らく、そこが我のいた場所だ」
「どこかの田舎とかじゃないわよね?」
「違う、田舎などではない」
聳え立つ摩天楼、夜のない街、時計塔、繁栄のるつぼ。浮かぶ其の映像はゴシックであり
レトロ、そしてモダン。到底田舎といえるものではない。
「そんなの聞いた事ない。『マテンロー』ってなに? 街の事?」
「違う、天を突くほどの高さを持つ建物の事だ」
「それってつまり空に浮いてるってこと? アルビオンのお城みたいに」
「空には浮いておらん、ただのビルだ」
「ビル? 何それ」
「コンクリートで造られた建物だ」
「????」
質問をするたびにルイズの頭には疑問符が連続して浮かぶ。目の前の自分と変わりない
少年の言うことは理解の範疇を超えたものばかりだ。
互いに質問を何度か繰り返し、ルイズはその情報をまとめてみる。
「要するにあんたは別の世界から来たけど自分のことが分からないってところで
いいのかしら?」
「まあ、大体そんなところだな」
そもそもこんな風に月が二つもある場所など見たことがないしな、そう付け加えて
九朔は頷く。
「信じられないわね。荒唐無稽すぎて笑い話にもなんない」
抱えていた足を放り出し、溜息をつくルイズ。
「それはこちらの話だ。使い魔だの、貴族だの平民だの、我の知ったことではない。
それにそもそも、我は汝の使い魔になる気など毛頭ないしな。
帰り方は分からぬようだが、なに、自力で探すとするさ」
それを聞いてルイズの表情が一変する。立ち上がり、九朔に詰め寄る。
「ふざけないでよ! あんたと私は『契約』したのよ?!」
「契約を取り消せばよかろう?」
先ほど手袋の下を見た時にあった謎の文字をルイズに見せ付けるように示す。
「無理よ、あんたの左手の甲に刻まれたルーンだけど消せないから。
あんたが死ぬまでずっとね」
「なっ!?」
頭を鈍器で殴られたような衝撃に九朔は顔をゆがめる。
「それは何か? 寝ている間に為された契約は取り消せず、しかもお前のものは俺のもの
俺のものは俺のもの、そして我は生涯汝の物だとでも言う気か?!」
眼前にまで詰め寄っていたルイズを九朔は睨みつける。
「し、仕方ないじゃない、使い魔の契約ってそんなものなんだから! それに、元々
『サモン・サーヴァント』の呪文はあんたみたいに人間を呼び出す呪文じゃないもの!
それにそれに………ファ、ファーストキス………だったんだから!」
あの時は捨て鉢になってしてしまったキスだったが、今更に思い返すとやっぱり
ファーストキス、恥ずかしくないわけがない。
おまけに目の前のこの少年、よくよく見るとかなり綺麗な顔立ちだ。
清く正しく女子である自分よりも充分に女の子っぽい顔のつくりをしている。
睫毛はすらりと伸び瞳の色は澄んだ翡翠、蒼銀の髪は月光で仄かに煌めき背まで伸ばした
それはリボンで編まれていたりする。
確信する、これを解いて女装とかさせたら絶対大概の女子は敵わない。
そんな彼である、キスの恥ずかしさが嬉しさも相まって3倍だったりして顔を逸らしつ
上目遣いに九朔を見たルイズだったが、
「キスなどどうでも良いわ!」
どうでも良い扱いで斬捨てられた、これは酷い。
「まあ、契約を履行する必要はないからどうにでもできるとしてだ。だが、動物などを
呼び出すはずの呪文が我を呼び出しただと? つまりは何だ? どういうことなのだ?
我は何か? 只の動物か? 犬か? 狗か!?
南米あたりのホテル最上階、スイートルームに突撃したが駆逐されるようなただの
走狗だとでも―――」
「う……うるさぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああい!!!!」
怒髪天であった。
それは不退転の心意気をも仏契(ぶっちぎ)る劫火の憤怒である。
顔を朱で塗った様に赤くし、、仁王立ちになり、九朔を悪鬼の形相で睨みつけた。
「わわ、私のファーストキスだったのよ!?そそそ、それをどうでも良いですって!?
ふざけないで! ええ、ええ、ふざけないでちょうだい!
そもそもアンタなんか行く当ても帰り方も何も分からないくせに!
勝手に行ったところで野垂れ死によ、ええ、野垂れ死に!」
矢継ぎ早に思いつくままに叫ぶルイズ。其の顔は恥ずかしさやら何やら入り混じって
真っ赤になり、小さめの可愛い口は怒りでわなわなと小刻みに震えている。
「いい、良いわ! 行ってみなさいよ、ええ、行っちゃいなさいよ!
行って野垂れ死ぬが良いわ! 別の世界から来たとか言ってたしここの常識なんて
どうせ知らないわよね? ああ、だからきっと野宿だわ!
きっと長続きしない! すぐにひもじい思いをして後で後悔するのよ!
あああそうよね! 私のファーストキスをどうでも良い扱いしたもの!」
「あー……汝、そんなにファーストキスが大事だったのか?」
余りの怒気に呆気に取られた九朔だったがそれだけ言ってみる。
「誰が! アンタみたいなの勘定に入らないわ、使い魔だもの! けど、あんたのした
行いは許せない、許さないんだから!」
やっぱりファーストキスが大事だったんじゃないのかと思う九朔ではあるがあえて言わない。
こういう手合いは怒らせるだけ怒らせて自然鎮火させるのが良いと何故か魂のうちに
理解していた。
それから延々と思いつくままに数分の間怒りの言葉をぶつけるルイズであったが、それも
流石に疲れたのかおとなしくなる。
「はぁ……はぁ………」
「気が済んだか?」
「うるさい……」
立ち上がり、膝をついて息を切らすルイズに肩を置こうとする九朔であったが拒絶される。
まあ、己のファーストキスを奪った相手に気を使われるのは厭なのだろう、
合点し座りなおそうとする。
と、
「ん?」
座ろうとした先で何かがうごめいた。
それは良く見ると、
「てけり・り?」
なにやらぶるんぶるんと悶えるスライムっぽい生き物で、悪夢めいた感じに蠕動を
繰り返しつつも愛らしさのある赤っぽい何かであった。
それはいわゆるショゴスと呼ばれる「古のもの」に使えていた奉仕種族の一つで、
彼の母親のも同じものを従えているのだが、それはまた別の話。
「誰だ、汝?」
「てけり・り」
ぴよんぴよんと跳ねて九朔の足元にやってくる。
見た事の無い生き物だが、なかなかに愛くるしい姿である。
「……何それ?」
一息ついて落ち着いたルイズが疲れた顔でこっちを見ていた。
「さあな。ランドルフと此奴は名乗っておるが」
「何言ってるか分かんないんだけど………」
「てけり・り」
ルイズがそれを見ると、体の真ん中と思しき場所にある眼がくりんと愛らしく
ウインクした。
蠕動が悪夢めいてて不気味なのだが、結構可愛いかもしれないと思うルイズ。
「てけり・り」
「ふむ、汝も記憶喪失なのか」
「てけり・り!」
片膝をつき、その触手でジェスチャーする不可思議物体と会話する九朔、ルイズのことは
既にアウトオブ眼中である。というか、何言ってるか分からない。
「てけり・り」
「ふむ、汝もアーカムシティを知っておるのか」
「てけり・り」
「そうか、汝も我と同じだな。同士と呼ぶべきか?」
「てけり・り!」
「ははは」
まるで竹馬の友とで言うような親しみで触手と握手する九朔。なんだか、不気味なような、
何処となく背徳的で官能的なような。
「ねえ、ちょっと」
「ん、何だ?」
「てけり・り?」
同時してこちらを向く一人と一匹、いや、一つ? 一羽? 一スライム?
まあ、どうでも良い。
「結局、あんた行くの? 行かないの? はっきりしてよ」
意訳すれば『行かないでほしい』、である。
実際行ってしまえとか色々言ったが九朔に行かれてしまったら今度こそ、それこそ本当に
メイジとして自分は失格になってしまう。
それに付け加え、『ゼロ』のあだ名に更にいらぬ屈辱的二つ名が其の前に添えられる事に
なる。
それは厭だ。
だから彼を引き止めたいのだが、生来の性格ゆえに素直に目の前の少年に残ってください的な
ことが言えない。
「ん、確かに我には行く当ても路銀もないしな」
「じゃ……じゃあ、私の使い魔として働く?」
「てけり・り」
「ふむ。ランドルフもそう思うか?」
「てけり・り」
人外との会話の方が重要度高しとでも言うのか、どうにか切り出した提案を無視され
カチンとなるルイズ。
だが耐える、眉を逆ハの字にしたいのを堪える。
「で……ど、どうする?」
「そうだな、情報を集めるまでの間厄介になるとしよう」
「てけり・り」
どうにか使い魔として残ってくれる決断をしてくれたようだ。
内心万歳をしたいルイズであるがそこはそれ、彼女の素直でないところである。
「だ、だったら仕方ないわね。本当なら許さないところだけどさっきまでのあんたの失礼な
物言いは許してあげる。今日からあんたは私の使い魔、それとそこのぷにぷにもよ。
私のために色々してもらうんだから!」
ふん、と鼻を鳴らして腕を組み、見下ろすように言うルイズ。
それに肩をすくめる九朔であったが、とにかく全て良し。
*****
それから数時間後、学院に戻ったルイズは夜食も出る時間でないと分かるや否や服を
脱ぎ捨て眠ってしまった。
晩御飯食べたかったな、と呟くそこに恨めしげな何かが含まれていたがそれはあえて無視した。
「ふむ」
双子の月明かりの差し込む窓際で九朔はランドルフが変形したベッドに横たわっていた。
彼(一応の性別だが)曰く、自分はベッドになったり浮き輪になってた気がするらしく、
記憶を取り戻すために九朔にそうやって扱って欲しいと言われての事であった。
実に健気である。
「てけり・り」
「ああ、我が一体何者だったのか考えていたのだ」
「てけり・り」
慰めるように触手が九朔の肩を叩く。
「はは、汝は優しいのだな」
「てけり・り」
「ん?ああ、あの娘か………たしかに、困った主人だな」
あどけない寝顔を向けるその少女、言い草は傲岸不遜極まりなく聞けば貴族という、
自分たちのいた世界では霧が立ち込めるあの国ぐらいにしかいないような階級に
いているそうな。
しかし、そんな階級にいるにしては年相応の少女の反応を示すあたり悪い人間ではないようだ。
ファーストキスであそこまで怒り狂うのだ、可愛いものである。
だが彼女がそうであったとしても、ここがろくでもない世界であるのは間違いない。
現に自分の記憶にあるあの国はそういった種類の人間が多いから容易に推測できる。
「てけり・り」
「ん?我の反応が子供らしくないだと?」
「てけり・り」
「そうだな、確かに不思議なことばかりだ。それに……我自身も記憶を失っている」
そう、自分は記憶喪失だ。
自分に関しての記憶がごっそりと抜け落ちている。
なのに、いったいどうしてかそんな状況であるにも拘らず自分は厭なくらいに落ち着いて
しまっているのだ?
思い出せない今、それを考えても仕方ないのだが。
「てけり・り」
「ああ。明日は我等に起こせと言っておったな。だが、着替えの手伝いはしなくても良いから
掃除と雑用、洗濯物を運んでおけとは。普通は全部一人でしないか?」
普通は当たり前である。だが、貴族である彼女は普通は何もしないのが当たり前である。
なのに彼女が着替えの手伝いをさせず、それだけに終わったのはひとえに彼の顔が女性に
匹敵する程の可愛さがあってのこと。
だが、それが時に悲劇を生む事を彼はまだ知らない。
「てけり・り?」
「ふむ、そう言えばそうだな。女子(おなご)の生活の面倒を見るのに何故だか余り
嫌悪感がない。もしかすると、こういった事に慣れておったのかもな」
実は結構当たっていたりするのかもしれない。なぜなら彼の半身は常時下着のような
服装かつ、三十路を過ぎた彼の保護者はパッツンパッツンのミニスカートで総司令を
しているのだから。
「てけり・り」
「そうだな、明日も早い。今日は寝るとしよう」
そんな年相応でない彼も半分は人の子、ルイズからもらった毛布を
羽織り眠りにつく。
ランドルフもその不気味だが愛くるしい瞳を体の中に沈める。
真っ暗な部屋に三者三様の寝息が満ちる。
#navi(ゼロの使い魔~我は魔を断つ双剣なり~)
空、双子の月。
翡翠の瞳は確かにそれを捉えていた。
「ここは……?」
覚醒する意識、広がる視界に捉えたそれに呟く。
見たことの無い景色、最初に浮かぶ思考はそれ。
「起きたのね」
声、向ける瞳、そこには月光に照らされる桃色の銀髪の少女。鳶色の瞳が九朔を見ている。
「誰だ?」
「私はルイズ・ド・ラ・ヴァリエール。あんたを召喚したご主人様」
「主人、だと?」
軋む体、ゆっくりと起き上がらせると世界は転回、視界と水平になる。
虫の鳴き声、静かな草原がそこに在る。
そして膝を抱えて座り、自分に相対する少女。
「そうよ、私はアンタを『サモン・サーヴァント』で呼び出して『コントラクト・
サーヴァント』で契約したの。
つまり、アンタは……正直認めたくないけど私の使い魔ってこと」
ルイズはその表情を苦々しいものにして九朔を見ている。
「どういうことだ?我は確かにさっきまで……っ!?」
そこまで口に出して九朔の思考は停止した。
背筋に走るのは戦慄、永遠にも思える一瞬が過ぎ去り認識した
事項が九朔の中を通り過ぎる。
――何も思い出せない
馬鹿な、そんな想いが胸を駆け抜けるが落ち着かせる。思考を奔らせ自分が持つ情報を
出来る限り引き出す。
自分は『大十字九朔』、騎士である、以上。
生活の事やらなにやらは思い出せるが、自分にとって重要であると確信できる
場所がぽっかりと脳内から抜け落ちている。
それはまるで書物からぺヱジを引き千切ったように完全にだった。
「馬鹿な……!」
更に口に出して絶句する。
どういうことだ、自分はいったいどうなったのだ?
混乱する思考にパニックを引き起こしそうになる。
だが、
「―――あんた、何者よ?」
覗き込んだ少女の鳶色の瞳が合い、現実に引き戻される。
「……何だと?」
「だから、何者って聞いてるの」
「我は…………分からぬ」
「え!?」
「思い……出せぬ」
鳶色の瞳が驚きに見開く。
「記憶喪失なの、あんた?」
「みたいだ。だが、ここではない場所から来たのは分かる」
「じゃあガリアとかアルビオン出身なの?」
思考を巡らす。
「否、そのようなところではない。我は……我がいたのは………っ!?」
酷い頭痛が九朔を襲った。
めまぐるしく移り変わる映像、脳内に情報の奔流が迸る。
フラッシュバックした映像群は暗転し、その中の幾つかが残る。
映像→情報、一つの型に当て嵌まるようにそれは構築されていく。
ノイズ消去、合致、ノイズ消去、合致、繰り返される反復動作。
完成されるそれ、一個の情報体として脳内にインプットされる。
「アーカム………シティ」
「アーカムシティ? 聞いた事がないわね」
「今浮かんだ言葉だ。恐らく、そこが我のいた場所だ」
「どこかの田舎とかじゃないわよね?」
「違う、田舎などではない」
聳え立つ摩天楼、夜のない街、時計塔、繁栄のるつぼ。浮かぶ其の映像はゴシックであり
レトロ、そしてモダン。到底田舎といえるものではない。
「そんなの聞いた事ない。『マテンロー』ってなに? 街の事?」
「違う、天を突くほどの高さを持つ建物の事だ」
「それってつまり空に浮いてるってこと? アルビオンのお城みたいに」
「空には浮いておらん、ただのビルだ」
「ビル? 何それ」
「コンクリートで造られた建物だ」
「????」
質問をするたびにルイズの頭には疑問符が連続して浮かぶ。目の前の自分と変わりない
少年の言うことは理解の範疇を超えたものばかりだ。
互いに質問を何度か繰り返し、ルイズはその情報をまとめてみる。
「要するにあんたは別の世界から来たけど自分のことが分からないってところで
いいのかしら?」
「まあ、大体そんなところだな」
そもそもこんな風に月が二つもある場所など見たことがないしな、そう付け加えて
九朔は頷く。
「信じられないわね。荒唐無稽すぎて笑い話にもなんない」
抱えていた足を放り出し、溜息をつくルイズ。
「それはこちらの話だ。使い魔だの、貴族だの平民だの、我の知ったことではない。
それにそもそも、我は汝の使い魔になる気など毛頭ないしな。
帰り方は分からぬようだが、なに、自力で探すとするさ」
それを聞いてルイズの表情が一変する。立ち上がり、九朔に詰め寄る。
「ふざけないでよ! あんたと私は『契約』したのよ?!」
「契約を取り消せばよかろう?」
先ほど手袋の下を見た時にあった謎の文字をルイズに見せ付けるように示す。
「無理よ、あんたの左手の甲に刻まれたルーンだけど消せないから。
あんたが死ぬまでずっとね」
「なっ!?」
頭を鈍器で殴られたような衝撃に九朔は顔をゆがめる。
「それは何か? 寝ている間に為された契約は取り消せず、しかもお前のものは俺のもの
俺のものは俺のもの、そして我は生涯汝の物だとでも言う気か?!」
眼前にまで詰め寄っていたルイズを九朔は睨みつける。
「し、仕方ないじゃない、使い魔の契約ってそんなものなんだから! それに、元々
『サモン・サーヴァント』の呪文はあんたみたいに人間を呼び出す呪文じゃないもの!
それにそれに………ファ、ファーストキス………だったんだから!」
あの時は捨て鉢になってしてしまったキスだったが、今更に思い返すとやっぱり
ファーストキス、恥ずかしくないわけがない。
おまけに目の前のこの少年、よくよく見るとかなり綺麗な顔立ちだ。
清く正しく女子である自分よりも充分に女の子っぽい顔のつくりをしている。
睫毛はすらりと伸び瞳の色は澄んだ翡翠、蒼銀の髪は月光で仄かに煌めき背まで伸ばした
それはリボンで編まれていたりする。
確信する、これを解いて女装とかさせたら絶対大概の女子は敵わない。
そんな彼である、キスの恥ずかしさが嬉しさも相まって3倍だったりして顔を逸らしつ
上目遣いに九朔を見たルイズだったが、
「キスなどどうでも良いわ!」
どうでも良い扱いで斬捨てられた、これは酷い。
「まあ、契約を履行する必要はないからどうにでもできるとしてだ。だが、動物などを
呼び出すはずの呪文が我を呼び出しただと? つまりは何だ? どういうことなのだ?
我は何か? 只の動物か? 犬か? 狗か!?
南米あたりのホテル最上階、スイートルームに突撃したが駆逐されるようなただの
走狗だとでも―――」
「う……うるさぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああい!!!!」
怒髪天であった。
それは不退転の心意気をも仏契(ぶっちぎ)る劫火の憤怒である。
顔を朱で塗った様に赤くし、、仁王立ちになり、九朔を悪鬼の形相で睨みつけた。
「わわ、私のファーストキスだったのよ!?そそそ、それをどうでも良いですって!?
ふざけないで! ええ、ええ、ふざけないでちょうだい!
そもそもアンタなんか行く当ても帰り方も何も分からないくせに!
勝手に行ったところで野垂れ死によ、ええ、野垂れ死に!」
矢継ぎ早に思いつくままに叫ぶルイズ。其の顔は恥ずかしさやら何やら入り混じって
真っ赤になり、小さめの可愛い口は怒りでわなわなと小刻みに震えている。
「いい、良いわ! 行ってみなさいよ、ええ、行っちゃいなさいよ!
行って野垂れ死ぬが良いわ! 別の世界から来たとか言ってたしここの常識なんて
どうせ知らないわよね? ああ、だからきっと野宿だわ!
きっと長続きしない! すぐにひもじい思いをして後で後悔するのよ!
あああそうよね! 私のファーストキスをどうでも良い扱いしたもの!」
「あー……汝、そんなにファーストキスが大事だったのか?」
余りの怒気に呆気に取られた九朔だったがそれだけ言ってみる。
「誰が! アンタみたいなの勘定に入らないわ、使い魔だもの! けど、あんたのした
行いは許せない、許さないんだから!」
やっぱりファーストキスが大事だったんじゃないのかと思う九朔ではあるがあえて言わない。
こういう手合いは怒らせるだけ怒らせて自然鎮火させるのが良いと何故か魂のうちに
理解していた。
それから延々と思いつくままに数分の間怒りの言葉をぶつけるルイズであったが、それも
流石に疲れたのかおとなしくなる。
「はぁ……はぁ………」
「気が済んだか?」
「うるさい……」
立ち上がり、膝をついて息を切らすルイズに肩を置こうとする九朔であったが拒絶される。
まあ、己のファーストキスを奪った相手に気を使われるのは厭なのだろう、
合点し座りなおそうとする。
と、
「ん?」
座ろうとした先で何かがうごめいた。
それは良く見ると、
「てけり・り?」
なにやらぶるんぶるんと悶えるスライムっぽい生き物で、悪夢めいた感じに蠕動を
繰り返しつつも愛らしさのある赤っぽい何かであった。
それはいわゆるショゴスと呼ばれる「古のもの」に使えていた奉仕種族の一つで、
彼の母親のも同じものを従えているのだが、それはまた別の話。
「誰だ、汝?」
「てけり・り」
ぴよんぴよんと跳ねて九朔の足元にやってくる。
見た事の無い生き物だが、なかなかに愛くるしい姿である。
「……何それ?」
一息ついて落ち着いたルイズが疲れた顔でこっちを見ていた。
「さあな。ランドルフと此奴は名乗っておるが」
「何言ってるか分かんないんだけど………」
「てけり・り」
ルイズがそれを見ると、体の真ん中と思しき場所にある眼がくりんと愛らしく
ウインクした。
蠕動が悪夢めいてて不気味なのだが、結構可愛いかもしれないと思うルイズ。
「てけり・り」
「ふむ、汝も記憶喪失なのか」
「てけり・り!」
片膝をつき、その触手でジェスチャーする不可思議物体と会話する九朔、ルイズのことは
既にアウトオブ眼中である。というか、何言ってるか分からない。
「てけり・り」
「ふむ、汝もアーカムシティを知っておるのか」
「てけり・り」
「そうか、汝も我と同じだな。同士と呼ぶべきか?」
「てけり・り!」
「ははは」
まるで竹馬の友とで言うような親しみで触手と握手する九朔。なんだか、不気味なような、
何処となく背徳的で官能的なような。
「ねえ、ちょっと」
「ん、何だ?」
「てけり・り?」
同時してこちらを向く一人と一匹、いや、一つ? 一羽? 一スライム?
まあ、どうでも良い。
「結局、あんた行くの? 行かないの? はっきりしてよ」
意訳すれば『行かないでほしい』、である。
実際行ってしまえとか色々言ったが九朔に行かれてしまったら今度こそ、それこそ本当に
メイジとして自分は失格になってしまう。
それに付け加え、『ゼロ』のあだ名に更にいらぬ屈辱的二つ名が其の前に添えられる事に
なる。
それは厭だ。
だから彼を引き止めたいのだが、生来の性格ゆえに素直に目の前の少年に残ってください的な
ことが言えない。
「ん、確かに我には行く当ても路銀もないしな」
「じゃ……じゃあ、私の使い魔として働く?」
「てけり・り」
「ふむ。ランドルフもそう思うか?」
「てけり・り」
人外との会話の方が重要度高しとでも言うのか、どうにか切り出した提案を無視され
カチンとなるルイズ。
だが耐える、眉を逆ハの字にしたいのを堪える。
「で……ど、どうする?」
「そうだな、情報を集めるまでの間厄介になるとしよう」
「てけり・り」
どうにか使い魔として残ってくれる決断をしてくれたようだ。
内心万歳をしたいルイズであるがそこはそれ、彼女の素直でないところである。
「だ、だったら仕方ないわね。本当なら許さないところだけどさっきまでのあんたの失礼な
物言いは許してあげる。今日からあんたは私の使い魔、それとそこのぷにぷにもよ。
私のために色々してもらうんだから!」
ふん、と鼻を鳴らして腕を組み、見下ろすように言うルイズ。
それに肩をすくめる九朔であったが、とにかく全て良し。
*****
それから数時間後、学院に戻ったルイズは夜食も出る時間でないと分かるや否や服を
脱ぎ捨て眠ってしまった。
晩御飯食べたかったな、と呟くそこに恨めしげな何かが含まれていたがそれはあえて無視した。
「ふむ」
双子の月明かりの差し込む窓際で九朔はランドルフが変形したベッドに横たわっていた。
彼(一応の性別だが)曰く、自分はベッドになったり浮き輪になってた気がするらしく、
記憶を取り戻すために九朔にそうやって扱って欲しいと言われての事であった。
実に健気である。
「てけり・り」
「ああ、我が一体何者だったのか考えていたのだ」
「てけり・り」
慰めるように触手が九朔の肩を叩く。
「はは、汝は優しいのだな」
「てけり・り」
「ん?ああ、あの娘か………たしかに、困った主人だな」
あどけない寝顔を向けるその少女、言い草は傲岸不遜極まりなく聞けば貴族という、
自分たちのいた世界では霧が立ち込めるあの国ぐらいにしかいないような階級に
いているそうな。
しかし、そんな階級にいるにしては年相応の少女の反応を示すあたり悪い人間ではないようだ。
ファーストキスであそこまで怒り狂うのだ、可愛いものである。
だが彼女がそうであったとしても、ここがろくでもない世界であるのは間違いない。
現に自分の記憶にあるあの国はそういった種類の人間が多いから容易に推測できる。
「てけり・り」
「ん?我の反応が子供らしくないだと?」
「てけり・り」
「そうだな、確かに不思議なことばかりだ。それに……我自身も記憶を失っている」
そう、自分は記憶喪失だ。
自分に関しての記憶がごっそりと抜け落ちている。
なのに、いったいどうしてかそんな状況であるにも拘らず自分は厭なくらいに落ち着いて
しまっているのだ?
思い出せない今、それを考えても仕方ないのだが。
「てけり・り」
「ああ。明日は我等に起こせと言っておったな。だが、着替えの手伝いはしなくても良いから
掃除と雑用、洗濯物を運んでおけとは。普通は全部一人でしないか?」
普通は当たり前である。だが、貴族である彼女は普通は何もしないのが当たり前である。
なのに彼女が着替えの手伝いをさせず、それだけに終わったのはひとえに彼の顔が女性に
匹敵する程の可愛さがあってのこと。
だが、それが時に悲劇を生む事を彼はまだ知らない。
「てけり・り?」
「ふむ、そう言えばそうだな。女子(おなご)の生活の面倒を見るのに何故だか余り
嫌悪感がない。もしかすると、こういった事に慣れておったのかもな」
実は結構当たっていたりするのかもしれない。なぜなら彼の半身は常時下着のような
服装かつ、三十路を過ぎた彼の保護者はパッツンパッツンのミニスカートで総司令を
しているのだから。
「てけり・り」
「そうだな、明日も早い。今日は寝るとしよう」
そんな年相応でない彼も半分は人の子、ルイズからもらった毛布を
羽織り眠りにつく。
ランドルフもその不気味だが愛くるしい瞳を体の中に沈める。
真っ暗な部屋に三者三様の寝息が満ちる。
#navi(ゼロの使い魔~我は魔を断つ双剣なり~)
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