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17話
「ちょっとそこのレッツゴー三匹」
あんまり関わりたくないけれど放置しておくほうが恥ずかしい。しかたなく声をかけるルイズ。
「大々的に自分たちは馬鹿だって主張しなくても、皆知ってるから安心しなさい。」
「ひでぇ!」
にこっと慈愛に満ちた笑みを浮かべるルイズ。精神的ダメージは倍増だ。
「ヴァリエール!これは男同士の友情の話だ。」
「そうだ。部外者は出て行ってくれないか?」
一斉に抗議の声を挙げる馬鹿3人。しかしルイズは、蚊の羽音ほども気にする価値はないとばかりに、華麗にスルーする。
「はいはい。わかったから恥を強調する舞台装置はさっさと片付けて、撤収しなさい。」
進級したばかりのころはおそらくムキになっていたことだろう。しかしルイズはいつまでも子供のままではない。ここ数ヶ月の経験で、
真正面から真剣に相手をしないほうがいい人種がいることを勉強していたのだ。
ふふん、と余裕すら感じる態度で3人をあしらうルイズ。シッシッと犬でも追い払うように、手を振る。
盃を持ったまま席から追い立てられ、恨めしそうにルイズを睨む残月たち。
「……どうにも心の狭いなぁ、ルイズは。」
「別に、自分に関係ないと思うけどなぁ。」
「左様。こう、言っては何ですが、心の広さと胸の大きさは比例するのですかな。」
「なンやと?」
残月のついうっかりな発言に、ルイズの顔はたちまち夜叉のような
表情に変化する。先ほどの余裕などどこにいったのかしら?って
な感じだ。おまけに関西弁が混じっている。
「おいこら。誰の胸が小さくて心が狭いっちゅーねン。どこをひっくり返したらそういう結論に達したンや、あ?」
ヤクザ歩きで顔を少し斜めにして、ガンを飛ばすルイズ。あまりの迫力に尿が漏れそうだ。
「マリコルヌ殿。さすがに酷い発言ではないですかな?」
と、残月。
「そうだな。さすがに言いすぎだと思うよ。」
と、ギーシュ。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
泣き出しそうな表情でマリコルヌが叫ぶ。
「なに、なんの話?ぼくじゃなくて残月さんが言ったよね、たしか!?なんでぼくに責任転嫁してるの!?」
「マリコルヌ、男らしくないぞ。」
「ふむ。そんな具合だから、恋人ができぬのではないですかな?」
先ほど義兄弟の契りを交わしたばかりだというのに、トカゲの尻尾のごとくあっさりマリコルヌを切り離しにかかる2人。まさに外道。
「ちょ、なにそれ!?いま僕の恋人とか関係ないじゃん!なんで僕から遠ざかっていくの!?ねぇ!?なんで僕の後ろにいるヴァリ
エールを鬼や悪魔みたいな感じで見てるの?ちょっと、答えてよ!というか遠ざかっていかないでよ!」
あらん限りの勢いで舌を動かすマリコルヌ。しかし残月とギーシュは視線を合わそうとせず、陣幕を解体し始める。
そして、マリコルヌの肩に手が置かれた。
恐る恐る振り返ると、そこには笑顔のルイズが…。
「しかし見苦しかったですなぁ、風邪引きマリコルヌ殿は。」
「まぁ、しょせんマリコルヌだからね。」
さきほど掌をあっさり返した二人が歩いている。助けてくれと哀願するマリコルヌを見殺し、見えない聞こえないで逃走して来たのだ。
あたかも義兄弟の誓いなど最初からなかったかのようだ。
ちなみにまだマリコルヌへの責めは続いているようだ。どこからか豚があげる悲鳴のような音が聞こえてくる。
「しょせんそのような人物だったということでしょうな。ですが、我らの2人の誓いは、永遠ですぞ。」
残月が握手を求め腕を出す。
「ああ。ぼくたちは、死ぬときは一緒だ!」
ギーシュがその手を握り返す。
ぐっと、互いに手を強く握り合う。目と目が合い、二人は頷く。
「しかし私個人としては、死ぬときは女性と一緒のほうがよいですなぁ」と残月。
「それはぼくもさ。」とギーシュ。
「はっはは。おたがい同じことを考えていますな。さすがは義兄弟です。」
朗らかに笑う残月。頷き返すギーシュ。
「死ぬときは、ぜひ大きな胸に包まれて逝きたいものですな。なぜおっぱいはあれほど素晴らしいのか……。」
うっとりと語る残月。しかし、ギーシュはちっちっちっと指をワイパーのように動かし。
「胸の大きさはこのさい問題じゃないさ。女性の価値は髪、だよ。それとうなじ。胸なんて、デブでも大きいからねぇ。」
あからさまに不快な表情をする残月。
「おやおや。ギーシュ殿はカツラにでも欲情されるのですか?そういえばモンモランシー嬢はいかにも貧相な体で…。ああいうのは特
殊な趣味の人間でなければ相手にせぬでしょうしなぁ。」
ムッとギーシュの眉間に皺がよる。
「胸が大きければそれでよい、というような粗暴な野蛮人には、あの繊細な美は理解できないんだろうねぇ。まぁ、デブの脂肪に圧迫
されて臨終を迎えるのをぼくは止めないから別にいいけどね。」
「ほほう。まぁ、髪が美しければ男であろうと劣情を抱く変態、なのでしょうね。あまり近寄っていただきたくないですな。」
ギッと残月をギーシュが睨む。ほぼ同時に、残月もギーシュを睨んだ。
「「決闘だ!」」
契りを結んで5分もせぬうちに完全崩壊した義兄弟の絆であった。
「王女、臣下の身で御叡慮に口を挟むのは不敬なれど、あえて言わせていただきたい。もう一度、考え直してはいただけませぬか。」
マザリーニが深く頭を下げる。
元々痩せ気味で、鶏がらの異名を持つ男である。しかし、今のマザリーニは鶏がらというのも痛々しいほど、さらにやつれていた。
「くどい。」
とアンリエッタがあっさり拒絶する。取り付く島がない、とはこういうことなのだといわんばかりだ。
「卿、これは熟考のすえ導き出した結論です。もはやいくら考えなおそうと、私の決心は変わらないでしょう。」
「し、しかし……」
今にも倒れそうなほど真っ青マザリーニ。しかし表情はりりしく、力強い。なんとか王女を説得せんという強い意思が見て取れる。
「ゲルマニアと連合し、アルビオンへ侵攻するというのはリスクが大きすぎると、卿は考えるのです。やはり空から封鎖するほうが、
確実かつ正攻法ではないでしょうか?過去、あまたの軍がアルビオン侵略を企て、そのたびに苦渋を舐めてきた歴史を知らぬでは
ありますまい。」
「もちろんです。」
冷ややかに答えるアンリエッタ。
「しかし、アルビオン打倒はいまやトリステインの国是。なにしろ我が親族を追放し、打ち立てた政権なのですから。これを放置してお
くなど、わが国が王制を敷く以上、ありえぬこと。いずれ決着をつけるときはやってくるのです。それならば、敵が先日の侵攻作戦で
兵を失った今こそが、その決着をつけるべきときなのではないでしょうか?」
冷酷な光がアンリエッタの瞳に宿っている。アルビオンについて語るときは、最近いつもこうである。一切聞く耳を持たず、まるで実
父の仇のごとく憎憎しげな態度をとるのだ。
「ですが、これ以上の税率引き上げは……」
「今は非常時です。国民には多少の窮乏をしいることになるのは、やむを得ないでしょう。それに負担が大きいのはむしろあなたがた
でしょう。以前のような贅沢ができなくなるから、不満を抱いているメイジがいると聞きますが?わたしのように自ら率先して倹約をで
きないものばかりが文句を言っているような気がしてなりませぬ。」
「ですが陛下。いくら倹約しようと限度があります。戦列艦50隻の建造費、2万の傭兵、数十もの諸侯に配る糧食費。倹約風情で浮い
た金ではまかなえませぬ…」
「それについては心配をする必要はありませぬ。戦費はある人物の助力によりほぼまかなうことができたと財務卿から報告がありまし
た。」
「しかし高等法院は遠征軍編成反対に傾きつつあり…」
「意見の調整は、卿とわたしの仕事ですわ。そして説得できる材料は揃いつつあります。」
玉座から立ち上がり、自室へ戻ろうとするアンリエッタ。
「よいですか。これは王命です。ただちに、遠征軍の編成を行いなさい。できぬ場合はあなたの更迭もありえます。長らくわが国を支え
てきた卿を、このようなことで失いたくないのです。すみやかに命令を実行してください。」
そのまま侍女を連れ、足音を響かせて立ち去っていくアンリエッタ。その背中を見送ることしかできぬマザリーニ。
いったいなぜこのようなことになったのだろうか。
思えば、アンリエッタ王女が変わったのは誘拐事件からだ。あれ以来、女王はアルビオンに対して敵意をむき出しにし、強い意思を
持って「必ずや邪知暴虐の神聖政府を打ち倒そう」としているのだ。
強い意志をもつことは悪いことではない。むしろマザリーニの望んでいた姿だ。それこそ最初は女王としての自覚が出て来たのだと
安易に喜んでいた。しかしどうも様子がおかしい。女王としての自覚が出て来たのと同時に、背後になにか別の考えが見え隠れする
のだ。
マザリーニは、思う。
考えるに、アンリエッタ女王はひょっとしたらその前から変わっていたのではないか、と。
たしかにそうだ。それまで王女であることに嫌悪感を示していたのが、少しずつ前向きになっていったときがあった。今考えれば、そ
の変化はあからさまではなかったか。
自分はそれに気づいていたが、あえて気づかないふりをしていたような気がする。おそらく、まだ子供だと、臣下の身でありながら舐
めた態度をとっていたのだ。
アンリエッタ女王が変わり始めたのは、おそらくあの男が現れてからである。あの男がウェールズ皇太子の代理人を自称して現れて
から、少しずつ王女は変わって行った。よく考えると、誘拐事件のときもそうだ。あの男の指示で追跡を行わなかったのだ。仮にも王女
が誘拐され、何の手立ても打たないというのは前代未聞だ。にもかかわらずあのときはそれに納得していた。
それに、王女を連れて帰ってきたのもあの男だ。どう考えても、あの男の考えに王女は影響を受けている。
と、マザリーニの行く手に、その男があらわれた。数人の次官や家臣を金魚の糞のように引き連れて、優雅な物腰で歩いている。
「もし、右丞相」
マザリーニが声をかけると、男が立ち止まった。それだけで周囲の空気が2度も違うような気になる。右丞相と呼ばれた男は優美に
会釈をすると、マザリーニの元へ歩みよった。
「これは左丞相。女王のご機嫌はいかがでした?」
静かに微笑む男。その名を、孔明という。
「女王は、機嫌はよろしくないようだ。わしは今怒鳴られてきたところだ。それよりも……」
人払いをできぬか?というマザリーニ。かしこまりましたと孔明は答え、ただちに近侍を下がらせる。
「しかし立ち話もなんだ。わしの自室へご足労願えるか。」
ええ、とあっさり了承する孔明。もしマザリーニが腹に一物ある男ならどうなるかわからぬというのに、あっさりと、だ。逆に心配をして
しまうではないか。馬鹿なのか、お人よしなのか。それとも、そうする人間かどうか、見抜いているというのか。
マザリーニも自分の近侍を下がらせる。部屋に入り、鍵を閉めサイレントの効果を持つマジックアイテムを使う。元々この部屋には覗
き見ができぬような工夫を施してあるが、さらに念には念を入れてのことだ。これで中の会話を覗き見ることのできる人間は、スクウェ
アクラスといえどもいないはずだ。
粗末ではあるが白湯を出し、椅子に座るマザリーニ。そしてどう話を切り出すか迷っていると、
「さて、お話というのは、おそらく私が陛下に何を吹き込んだのか、聞きたいということでしょう?」
さらっと孔明が口を開いた。あまりのことに思わず白湯を噴出しそうになるマザリーニ。
「驚かれることはありますまい。そういう疑念を抱かれたからこそ、わたしを呼んだのは充分予想できるではありませんか。」
いつもながらこの男はなんなのだ。まるでこちらの全てを読み通しているかのようだ。いや、むしろこちらの思考をコントロールしてい
るような感じすらある。このようにぴたりと当てられると、
「そ、その通りだ。」
と返すしかない。普通ならば「なにを言ってるんだこいつは。」と思うようなことすら、全てを見通しているかのごとく先を回り続けられる
と、説得力を帯びてくるから不思議だ。
「吹き込んだ、というのは言葉の綾ですが。」
うふふと嗤う孔明。ゆったりと羽扇で扇いでいるのは、なにも夏だからというだけではなく、自分の思考を読まれぬように顔を隠して
いるのだろう。
「おそらく卿は、誘拐事件のときに、わたしがなにを考え行動していたのか知りたいのでしょう。よろしい。今から、全てを説明いたしま
しょう。さすれば、」
と、孔明は一息つく。
「さすれば、卿はなぜ陛下が戦を決心されたのかを、理解されるでしょう。」
「まず、逆に卿へお聞きしたいことがあります。卿は普段、歩くときにどこをごらんになられていますか?」
またわけのわからぬことを、と思ったがおそらく孔明のことだ。なにか理由があるのだろうと、真面目に答える。
「わしは鶏がらなどといわれているが、別に鳥ではないのでな。まっすぐ前を見ておるよ」
マザリーニの答えを聞いて、小さく頷く孔明。
「では、もしも鳥が突然、空から舞い降りて、卿に襲い掛かってくれば、それを避けることはできぬでしょう。」
うむ、と答える。当たり前だ。人間、なにが弱いというと頭上からの攻撃だ。なにしろ空を見上げるように目はついていない。あくまで
前方を警戒するために、目の位置はあるのだ。
「なるほど。つまり右丞相は、空にあるアルビオンの奇襲を、我々は避けられぬ、とおっしゃりたいのか。」
「左様。」
孔明が微笑む。
「空にいる、ということはただそこにいるだけで脅威なのです。なにしろ、我々はそこに行くにはかなりの労力を要します。しかし敵は、
ただ重力に身を任せておけば、我々の元へ来ることができるのです。それも、いつでも。もちろんアルビオン大陸の移動ルートは決
まっています。しかしその全てを、いつでもどこに降りてこられてもよいように警戒していれば、金がいくらあっても足りぬのではないで
すかな?」
さらに孔明は続ける。
「また、衰えたり、といってもアルビオンの空軍は隻数60を超えます。つまり敵はやる気になれば、いつでも、どこにでも、兵をこのトリ
ステインに送り込むことができるのです。アルビオンはわが国にとっては腹中の病と言ってよいでしょう。」
「その通りだ。」
が、とマザリーニは反論する。
「しかし、アルビオンを封鎖すればよいではないか。いくら大陸といっても、規模は大きな島ほどしかないのだ。いずれ糧秣も、金も尽
きるのではないか?」
いえいえ、と首を振る孔明。
「それは浅慮というものです。たしかに糧秣はなくなるでしょう。ですが、そのしわ寄せがどこへ行くかといえば、間違いなくアルビオン
の民です。彼らは元々アルビオン王家に忠誠を誓っていたことをお忘れなきように。すなわち、トリステイン王家とは縁の深い民なので
す。さらには、窮鼠猫を噛むのたとえにあるように、追い詰められた神聖政府の軍が降下してきて、わが国の民から略奪をしかねませ
ぬ。」
うむむ、と冷や汗をかくマザリーニ。
「お考えいただきたいのは現在の各国の反応です。亡命してきたアルビオン王家の家臣の方々の尽力により、各国で「レコン・キスタ
討つべし」という機運が高まっています。これを逃す手はありませぬ。今ならば、各国政府は神聖アルビオン政府追討のために、兵を
出すことでしょう。さきほども申し上げましたが、アルビオンはわが国腹中の病なのです。それは取り除かねばならぬといっても、その
ためにはわが国は大きな代償を払うこととなるでしょう。それは大きな手術は受けた人間の体力が減るようなものです。」
「つまり、右丞相は他国の力を利用して、わが国がはらうであろう代償を軽減させるおつもりか。」
「左様。ゲルマニアやガリアはしょせん皮膚の病。されどもわが国のみでことを為せば、例え勝つとも疲弊し、皮膚の病により死するに
相違ありませぬ。しかし、皮膚の病を以って腹中の病を討てば、わが国はかならずや安泰の道を進むでしょう。」
「なるほど。道理はわかった。しかし、わしが聞きたいのは誘拐事件で右丞相が何をしていたかであり、此度の戦を行う理由ではあり
ませぬぞ。」
皮と骨の中で、異常に鋭い目が光った。
「もっともです。ですが、もうしばらく私の質問にお付き合い願いたい。さて、2つ目の質問をしましょう。此度の戦、以上の道理を導きだ
したのがどなたかおわかりか?」
「……もしや……陛下か?」
孔明が深く頷く。
「左様。此度の開戦、この孔明、何一つ助言はしておりませぬぞ。すべて陛下が決断なされたのです。」
まさか、とマザリーニは呆然とする。あのアンリエッタ王女が、そこまで判断力に富むとは思いもしなかったのだ。いや、おそらくマザ
リーニの考えどおり、そこまでの判断力はない。おそらく、とマザリーニは思う。
『この孔明が、なんらかの策を用いて、そうなるように陛下の思考を誘導したに違いない』
それは事実であった。孔明はアンリエッタに、アルビオン、しいてはクロムウェルに対する憎悪や怒りを誘拐事件を利用して刷り込ん
だのである。ウェールズの死体(と言っても本当は偽者なのだが)を蘇らせ、悪用したクロムウェル。愛するウェールズの死を汚したア
ルビオン、というイメージを、さきの事件で植えつけたのであった。
孔明は、おそらく構築した商人ネットワークの情報網を使い、この計画を察知したのだろう。そしてアルビオンにはアンリエッタを傷つ
ける心配はないと判断し、誘拐を行わせたのだ。
マザリーニは全てではないが、おそらく先の事件で孔明はアンリエッタにアルビオンへの憎悪を植え込んだのだろうということは想像
できた。そのために、わざと誘拐させたのだろうということも。
背筋に、冷たいものが走る。
孔明はそんなマザリーニを嬉しそうに眺めながら、話を続ける。
「わたしは陛下が戦を決意するか、せぬか、どちらに至るか非常に不安でした。そのためいずれを選択しようがよいように動く必要があ
ったのです。そのためには、女王を女王とする必要がありました。」
「どういう…どういう、意味だ。」
「おやおや。とぼけるとは卿もお人が悪い…。お気づきのように、女王はアルビオン王家にゆかりのある、とある人物に思慕の情を抱
いていたのです。」
「……う、うむ。それは……」
たしかに、マザリーニも気づいていたことだ。そのためにアンリエッタが学院を訪れたときに部屋を抜け出し、なにごとかを画策したこ
とも知っていた。
「しかし、この相手は今はすでに故人。叶わぬ恋です。しかし、叶わぬ恋の思い出は時として人をいつまでも鎖につなぎとめてしまい
ます。すなわち過去にとらわれ、今を見ず、現実から逃げる道具と化してしまうのです。ゆえにこの思慕の情を断ち切ることが、陛下を
女王として成長させる手段でした。それを行えば、いずれの決断を選ぼうとも問題はありませんでした。」
なるほど、それが女王の自覚の正体か。マザリーニは納得する。
そして背後で見え隠れする意思は、孔明かもしくは孔明に誘導されたなにかだろう。
「つまり右丞相は、誘拐事件のとき、陛下の恋慕を断ち切るべく工作していた、と。そしてその工作は成功し…」
「左様。女王は戦を決意された、というわけです。」
頷き、立ち上がる二人。マザリーニは握手を求め腕を出す。
「心得ました。高等法院の説得はお任せしてよろしいですかな?」
「無論です。」
「わたしは遠征軍の編成を行わなくてはならないようなので、勝手ながらここで失礼させていただきます。いやすっきりいたしました。」
マザリーニの顔に血の気が戻ったようであった。
場所は再び変わり、ガリア。
首都、リュティス。
梁山泊。
その最深部、忠義堂。その南にある研究施設ポロン。
ここが大きく歓声に沸いたのは、ある実験が成功したからであった。
「やりました!実験レベルではありますが、ゲートの固定化に完全に成功しました!」
ジョゼフの元に研究所長にして、人間コンピューターの異名を持つ敷島が飛び込んできたのは夜もふけたころであった。
ジョゼフは即座に寝室を飛び出し、研究施設の最深部、GR計画用特殊実験室へ急いだ。
「おお」
実験室に入ったジョゼフが見たのは、わずか30サントあまりであったが、いつまでも消えることなく輝き続けるコントラクト・サーヴァン
トで現れるゲートであった。
「268回目で、ようやくゲートの固定化に成功しました。」
狂的な笑みを浮かべて、敷島が言う。科学に魂を売り渡している、と言わんばかりの表情だ
「何時間続いているのだ?」と、ジョゼフが問う。
「51時間です、晁蓋様」
敷島の変わりに答えたのは、計器類を見守っていた一人の青年であった。
「おお、呉先生。51時間もですか!?」
「はっ。おそらく、電力の続く限りゲートは開き続けるでしょう。」
顎を撫でるジョゼフ。目の前で、キラキラと輝くゲートは、まるで光の鏡のようであった。
「晁蓋様。これでGR計画は第2段階に進むことができますぞ。」
うんうん、と何度も首を縦に振るジョゼフ。つぎはわしの出番だと、意気も盛ん、天を突くようである。
GR計画の第2段階、それは虚無の使い手であるジョゼフ王自ら、コントラクトサーヴァントを唱え、本来現れぬゲートを強制的に開くも
のである。開いたゲートを、第1段階と同じように固定することができれば、地球とハルケギニアをつなげるというGR計画の目的は達成
できるのだ。
「しかし、ずいぶんと」
小さいな、とジョゼフは思った。大きさはわずか30サントあまりである。これでは鉛筆程度しか受け渡しできない。実用性はまだまだ
という感じではないか。
「やはり電力が足りませぬ。」
しみじみという呉学人。
「梁山泊全体の電力を使っても、このぶんだと1mが限度でしょうな。」
「すると……やはり原子力、なるものしかないのか…?」
ジョゼフの言葉に、2人は頷く。
「はい。この世界で、巨大ゲートの固定に必要なだけの電力をまかなうことができ、しかも作製可能なのは原子力以外にはないとの結
論です。」
「それも3基だというのだろう?」
原子力。ジョゼフは理論としてはそれがどういうものか知っていた。核という危険ではあるが有用なものを用い、水蒸気を起こして発
電を行うシステムだという。
「予算自体は、わしがなんとかする。しかし危険性はないのか?」
「それはなんとも……」
恐縮して、敷島が答えた。
「しかも、バビル2世が出現したことにより、『自己防衛』を行い、補助は必要だが『自己判断』により動かねばならないというではない
か。」
「さらに追加するならば、いざというときのために、『自力移動』することが可能であって欲しい、と……」
「無茶な!」
ジョゼフが思わず叫ぶ。
「はっ。しかし、可能性はあります。」
敷島はかしこまって言う。
「ご存知のようにわたしの専門はロボット工学です。先日完成したヨルムンガンドを見ていただければわかるように、かなりの高性能な
ロボットを作ることができると自負しています。そこで、わたしはロボットを3体用意し、それぞれに原子炉を組み込もうと考えています。
ロボは普段、ゲートに使用する電力で動きます。そしてゲートを使用するときは動作を停止し、全電力を固定化のために使用するという
わけです。」
「ほう。なかなか面白い考えではないか。」
「お褒め頂光栄です」と敷島。
「ロボットの設計は、すでに草間に任せています。我々はこのロボットを計画にあやかり…」
敷島がイメージ図を取り出した。そこには、3体の巨大なロボットが描かれていた。
「GRシリーズと、呼ぶことにしました。」
まるで、エジプトのスフィンクスのような頭部をしたロボットであった。
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