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「Mr.0の使い魔 第九話」(2007/09/04 (火) 17:34:27) の最新版変更点
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「脱出」
「え、ええ!」
「そうね!」
ぼさっとしていると生き埋めになる。手早く槌をケースに収め、三人
は転がるように玄関から飛び出した。真っ先に外に出たルイズは、外で
見張りをしていたクロコダイルにも声をかける。
「フーケよ! ソレ担いでついて来なさい!」
ルイズの言葉で、クロコダイルも事態の急変を察した。足下で気絶し
たままのギーシュを肩に乗せ、三人と共に小屋から離れる。5メートル
も走らないうちに、小屋がぐしゃりと潰れて土山に変わった。続いて土
の塊が膨れ上がり、ものの数秒で巨大なゴーレムができあがる。
敵の手際のよさを見て取り、クロコダイルは密かに口元を歪めた。
Mr.0の使い魔
―エピソード・オブ・ハルケギニア―
第九話
「先手を取る」
ゴーレムが出現した瞬間の隙を狙い、振り向いたタバサが杖を振った。
大気が渦を巻き、竜巻が土の巨人めがけて襲いかかる。轟々と唸る暴風、
しかし超重量級の巨体には然程の脅威ではなかったようで、嵐が収まる
までじっと耐え抜いた。
「なら、あたしが!」
続いてキュルケが呪文を唱える。放たれた【ファイヤーボール】は、
頭と思しき部分を直撃して業火に包んだ。が、決定打には物足りない。
表面が少し黒ずんだものの、それだけで終わってしまった。
「効いてないじゃない!」
「うるさい! 魔法使えないんだから、あんたは黙ってなさい!」
「……へぇ、そういう事言うの」
思わず叫んだルイズだったが、返された言葉に突然不気味な笑みを浮
かべた。魔力を練り上げるキュルケとタバサの後ろで、ルイズは高々と
右手を掲げるゴーレムに目を向ける。大きい。大きすぎる気もするが、
実力を見せるには絶好の獲物。
(大丈夫。今のわたしなら、できる)
精神を集中、狙いはただ一点。
握りしめた杖を、ルイズは勢いよく振り下ろした。
ごぅん、とくぐもった音があたりに響き、ゴーレムの動きがぴたりと
止まる。何事かと仰ぎ見たキュルケの視線の先で、敵の右腕、肘から先
がもげ落ちた。
「やった、成功した!」
しかも、あれをやり遂げたのはルイズらしい。思わず両者を見比べる
キュルケ。この土壇場で、一体どんな魔法を成功させたのか、彼女には
見当もつかない。
「ルイズ、あんた何やったのよ!?」
「べ、別に。ちょっと中の土を【錬金】しただけよ」
キュルケの目が点になった。【錬金】は物体を変化させる魔法であり、
間違っても攻撃用の魔法ではない。魔力を持たない剣や鎧を朽ちさせる
のならともかく、あんなゴーレムを破壊するなんて不可能だ。まして、
以前の授業でもルイズは【錬金】した石ころを爆破して――。
「まさか、ゴーレムの中身を爆発させたの?」
「そ、そうよ。悪い?」
作戦としては悪くない。密閉された空間で起きる爆発は、その衝撃を
逃がす事なく周囲の壁に叩き付ける。おまけにルイズの【錬金】は、石
ころ一つで教室を揺るがす大爆発を起こすのだ。遠方の、しかも魔力を
帯びたゴーレム内部でなし得た【錬金】はごく僅かだが、腕を破壊する
には十分だった。
ただ、キュルケとしては。
「なんて言うか……それって、魔法として成功なの?」
「いいい、いいのよ! ダメージにはなったんだから!」
「なってない」
「「へ?」」
冷静なタバサの一声が、キュルケとルイズを現実に引き戻した。見れ
ば、ゴーレムの砕けた腕がいつの間にか再生している。豊富な土の上に
立っている以上、相手が復元を行うのは当然と言えた。
今度は両手を振り上げるゴーレム。キュルケとルイズの顔が青ざめた。
「るる、ルイズ! さっきの、もう一回!」
「言われなくても!」
再びルイズが杖を構えた、その時。
「少しは使い方を考えみたいだが、まだ甘いな」
それまで観戦していたクロコダイルが、ギーシュを放り出して右手を
振るった。一直線に奔った砂の刃は、太い石柱のような左足を根元から
切り離す。
残る右足だけでは自重を支えきれず、巨人は轟音と共に転倒した。そ
の凄まじい衝撃に、左半身が砕け散る。
「ああいうデカいのを相手にするなら、まず足を潰すんだ。覚えとけ」
「クロコダイル!」
「交代してやる。小僧とブツを持って空に上がってろ」
飢えたドラゴンを彷彿とさせるクロコダイルの笑みに、ルイズだけで
なくキュルケの喉も引きつった。反論しようものなら、ゴーレムより先
に自分達がばらばらにされそうだ。
「た、タバサ! 竜、竜呼んで!」
キュルケが言うが早いか、タバサが短く口笛を吹く。主の窮地を聞き
つけ、シルフィードが颯爽と舞い降りた。半壊したゴーレムが体を組み
直す間に、三人は大急ぎでその背に乗り込む。未だに起きないギーシュ
は、【破壊神の槌】と一緒に【レビテーション】で運び上げた。
背を向けた標的を見過ごすほど敵も甘くはない。獲物を捕らえようと、
傾いたままのゴーレムが左手を伸ばした。
「【砂漠の宝刀(デザート・スパーダ)】!」
その腕が、肘からばっさりと切り落とされる。砂埃と土煙が舞う中、
シルフィードが一気に空へと駆け上がった。
「さぁて、これで邪魔者はいなくなった」
くつくつと喉の奥で笑うクロコダイル。ゴーレムへの対処方法は、先
ほどのギーシュの行動で既に理解している。再生あるいは補充できなく
なるまで壊し続けるか、それとも最初から術者を狙って無力化するか。
クロコダイルは迷わず前者を選択した。近隣の森に潜んでいるだろう
フーケを探し出し、しとめる方が楽かもしれない。が、クロコダイルに
も都合があった。右手に砂嵐を蠢かせながら、またしても再生を終えた
ゴーレムを見据える。
「どの程度”使える”のか、試させてもらうぞ……『土くれ』」
シルフィードが突然の横風に煽られたのは、上空へ飛び上がってすぐ
だった。ぐらりと大きくバランスを崩し、危うく墜落しそうになる。二、
三度羽ばたいてシルフィードは持ち直したものの、背中に乗るルイズ達
はそうはいかない。
「落ち、落ちる! 落ちる!!」
「もっとちゃんと掴まりなさいよ、ヴァリエール!」
「あ、落ちた」
「きゅい」
落とされまいと必死でしがみつくルイズ、ルイズを支えるキュルケ。
気絶したまま放り出されたギーシュにタバサが気づき、シルフィードが
あわやというところで彼をくわえて事なきを得る。
どうにか落とされずにすんだルイズは、事の元凶たる眼下の情勢に目
を向けた。突如として広場を覆い隠した砂嵐。トリステイン国内の気象
条件ではあり得ない規模の砂の渦、魔法なら風、風、土の上級スペルだ。
フーケの系統がそれに合致するとなれば、これ以上の脅威はない。
が。
この場に限って言えば、魔法以外にもう一つだけ、砂嵐を操る手段が
ある。正確には、もう”一人”。
「負けるんじゃないわよ……クロコダイル」
砂の合間からゴーレムが切り崩される様が見え、ルイズは胸元で拳を
握りしめた。
木立の合間で、フーケは思わず舌打ちした。
地上に残ったクロコダイルは、一瞬で広場を覆うほどの砂嵐を作り出
した。砂と風を避ける為にシルフィードが離れたせいで、生徒の誰かが
【破壊神の槌】を使って戦闘に介入する機会が失われてしまったのだ。
使い方を知る為にわざとおびき出し、ゴーレムまで用意したというのに、
これでは全くのくたびれ損である。
おまけにクロコダイルは強い。巨大なゴーレムを砂の刃で切り崩し、
土塊の一撃を新たな砂嵐で受け流す。しかも外周を覆う砂嵐を維持した
ままで。これはゴーレムを主力にするフーケにとって大きな誤算だった。
そもそもゴーレムは、術者の魔力によって素材の結合力を強めて形成
する。結びつきの弱い砂粒で作った場合、形を維持するだけでも莫大な
魔力を消耗するのだ。従って、一般的には粘度が高く、形が崩れにくい
土や岩、上級者では鉄製のゴーレムなどが好まれる。乾いた風に表面の
水分が蒸発し、劣化しやすい今の――言うなれば砂漠さながらの環境は、
ゴーレム維持にはあまりに不適当なである。
もう一つ、ゴーレムは行動に術者の指示が必要だという欠点がある。
臨機応変な戦闘を行うには、指示を出す人間が戦場の認識および魔力の
伝達が可能な場所にいなければならない。分厚い砂嵐で視界が不明瞭と
いうのは、操作性の悪化に直結してゴーレムの被害を増やしていた。
このまま戦闘を続けては、相次ぐ修復で魔力が枯渇する可能性が高い。
「仕方ない。今回は諦めるか」
魔力切れを起こした時を狙われては、僅かな抵抗すらできなくなる。
ここは息を潜めて、次の機会を伺うべきだろう。最悪【破壊神の槌】を
諦め、次の獲物を探した方がいいかもしれない。
素早く判断を下したフーケの目に、砂塵の渦の中、左右に両断されて
崩壊するゴーレムの姿が映った。
(その前に……邪魔者は消しとかないと、ね)
「このくらいなら、まぁ及第点か」
土の塊が完全に動かなくなった事を確認して、クロコダイルは僅かに
息を吐いた。戦闘開始からおよそ十分。魔力に限界がきたか、もしくは
魔力を温存する為に手を休めたか。どちらにしろ、戦力として採用でき
るレベルである。もう少し粘る余裕があればなおよかったが、今は贅沢
を言うまい。質の不足は量で補う事もできるのだし。
考え事をしている間に、周囲を覆っていた砂嵐がゆるゆると萎む。風
で舞い散った大量の砂が、あたりの木々や地面を黄土色に染めていた。
「取り敢えず一人、だな」
空から降りてくるシルフィード、森の奥から出てくるロングビルの姿
をそれぞれ一瞥し、クロコダイルは口の端をつり上げた。
シルフィードが着地するなり、その背からルイズが飛び降りた。巨大
なゴーレム相手に余裕で勝利した事がよほど嬉しいらしく、滅多に見せ
ない満面の笑みを浮かべている。
森から現れたロングビルは、ルイズとは逆に申し訳なさそうな顔で頭
を下げた。
「すみません、ミスタ。ゴーレムは見えたのですが、加勢できず……」
「おれが砂嵐で壁を作っていたのだから、謝る必要はない。
むしろ、魔力があるならまだ戦力に余裕がある、という事だ」
それより、と、クロコダイルはシルフィードに目を向けた。正確には、
その背中でタバサが抱えているケースに。
「お前達は先に【破壊神の槌】を持って帰れ」
「え?」
「フーケ本人は捕まえてないんだ。不意をつかれてまた奪われた、なんて笑い話にもならんぞ」
「む……じゃあ、あんたはどうすんのよ?」
再奪取の可能性を考えると、確かに【破壊神の槌】は持ち帰る方が得
策である。しかし、クロコダイルの言い方だと「自分は残る」と言って
いるも同じ。盗まれた品は取り返したのだし、長居をして無用な危険を
冒す必要はないのではないか。
ルイズの問いに、クロコダイルは周囲を見回しながら答えた。
「ミス・ロングビルとこの辺りを探ってみる。フーケの手がかりがあるかもしれんからな」
「そう、ですわね。わたくしの魔力はまだ余裕がありますし、ミスタがいれば安心ですわ」
僅かに言い淀んだロングビルも、即座に笑顔で切り返した。
ルイズは不満そうに頬を膨らませたものの、実際キュルケやタバサの
魔法では相手に致命傷を与えられなかったのだ。あれ以上の威力の魔法
を放つには、もっと長い詠唱が必要になる。ルイズの場合は【錬金】に
よる爆発でそれなりの成果を出したものの、すぐに再生されてしまった。
あの巨体を一度で吹き飛ばすほどの爆発は起こせないだろうし、そこま
で強力だと自分達も巻き添えになってしまう。加えて、未だに気絶した
ままの足手まといが一人。この戦力配分は妥当な判断だろう。
「……わかったわ。けど、あんまり遅くならないでよね」
「そんなに時間はかけんさ。馬車もあるし、夜までには帰れるだろう」
一応の納得を見せたルイズを乗せて、シルフィードは三たび飛翔した。
空の彼方にその姿が消え行くのを見届けると、クロコダイルは葉巻を取
り出す。すっかりくつろいだその様子に、ロングビルがくすりと笑った。
「では、わたくし達も動きましょうか」
「そうだな」
どういうつもりか知らないが、好都合だ。どんな人間でも、全く警戒
していないならしとめるのは簡単な事。学院には、調査中フーケの魔法
を受けて死んだ、と報告すればいい。事実その通りだし、ばれる心配は
ないだろう。
こっそりと懐の杖に手を伸ばす。クロコダイルは気づいた様子もなく、
詠唱の間も葉巻を吹かし続けていた。
「そうそう、一つ言い忘れておりました」
「何だ、ミス・ロングビル?」
呼びかけられたクロコダイルは、ロングビルに視線をずらして。
「さようなら、ミスタ・クロコダイル」
砂の下から伸びた岩の槍が、クロコダイルの胸板に突き刺さった。
...TO BE CONTINUED
「脱出」
「え、ええ!」
「そうね!」
ぼさっとしていると生き埋めになる。手早く槌をケースに収め、三人
は転がるように玄関から飛び出した。真っ先に外に出たルイズは、外で
見張りをしていたクロコダイルにも声をかける。
「フーケよ! ソレ担いでついて来なさい!」
ルイズの言葉で、クロコダイルも事態の急変を察した。足下で気絶し
たままのギーシュを肩に乗せ、三人と共に小屋から離れる。5メートル
も走らないうちに、小屋がぐしゃりと潰れて土山に変わった。続いて土
の塊が膨れ上がり、ものの数秒で巨大なゴーレムができあがる。
敵の手際のよさを見て取り、クロコダイルは密かに口元を歪めた。
Mr.0の使い魔
―エピソード・オブ・ハルケギニア―
第九話
「先手を取る」
ゴーレムが出現した瞬間の隙を狙い、振り向いたタバサが杖を振った。
大気が渦を巻き、竜巻が土の巨人めがけて襲いかかる。轟々と唸る暴風、
しかし超重量級の巨体には然程の脅威ではなかったようで、嵐が収まる
までじっと耐え抜いた。
「なら、あたしが!」
続いてキュルケが呪文を唱える。放たれた【ファイヤーボール】は、
頭と思しき部分を直撃して業火に包んだ。が、決定打には物足りない。
表面が少し黒ずんだものの、それだけで終わってしまった。
「効いてないじゃない!」
「うるさい! 魔法使えないんだから、あんたは黙ってなさい!」
「……へぇ、そういう事言うの」
思わず叫んだルイズだったが、返された言葉に突然不気味な笑みを浮
かべた。魔力を練り上げるキュルケとタバサの後ろで、ルイズは高々と
右手を掲げるゴーレムに目を向ける。大きい。大きすぎる気もするが、
実力を見せるには絶好の獲物。
(大丈夫。今のわたしなら、できる)
精神を集中、狙いはただ一点。
握りしめた杖を、ルイズは勢いよく振り下ろした。
ごぅん、とくぐもった音があたりに響き、ゴーレムの動きがぴたりと
止まる。何事かと仰ぎ見たキュルケの視線の先で、敵の右腕、肘から先
がもげ落ちた。
「やった、成功した!」
しかも、あれをやり遂げたのはルイズらしい。思わず両者を見比べる
キュルケ。この土壇場で、一体どんな魔法を成功させたのか、彼女には
見当もつかない。
「ルイズ、あんた何やったのよ!?」
「べ、別に。ちょっと中の土を【錬金】しただけよ」
キュルケの目が点になった。【錬金】は物体を変化させる魔法であり、
間違っても攻撃用の魔法ではない。魔力を持たない剣や鎧を朽ちさせる
のならともかく、あんなゴーレムを破壊するなんて不可能だ。まして、
以前の授業でもルイズは【錬金】した石ころを爆破して――。
「まさか、ゴーレムの中身を爆発させたの?」
「そ、そうよ。悪い?」
作戦としては悪くない。密閉された空間で起きる爆発は、その衝撃を
逃がす事なく周囲の壁に叩き付ける。おまけにルイズの【錬金】は、石
ころ一つで教室を揺るがす大爆発を起こすのだ。遠方の、しかも魔力を
帯びたゴーレム内部でなし得た【錬金】はごく僅かだが、腕を破壊する
には十分だった。
ただ、キュルケとしては。
「なんて言うか……それって、魔法として成功なの?」
「いいい、いいのよ! ダメージにはなったんだから!」
「なってない」
「「へ?」」
冷静なタバサの一声が、キュルケとルイズを現実に引き戻した。見れ
ば、ゴーレムの砕けた腕がいつの間にか再生している。豊富な土の上に
立っている以上、相手が復元を行うのは当然と言えた。
今度は両手を振り上げるゴーレム。キュルケとルイズの顔が青ざめた。
「るる、ルイズ! さっきの、もう一回!」
「言われなくても!」
再びルイズが杖を構えた、その時。
「少しは使い方を考えみたいだが、まだ甘いな」
それまで観戦していたクロコダイルが、ギーシュを放り出して右手を
振るった。一直線に奔った砂の刃は、太い石柱のような左足を根元から
切り離す。
残る右足だけでは自重を支えきれず、巨人は轟音と共に転倒した。そ
の凄まじい衝撃に、左半身が砕け散る。
「ああいうデカいのを相手にするなら、まず足を潰すんだ。覚えとけ」
「クロコダイル!」
「交代してやる。小僧とブツを持って空に上がってろ」
飢えたドラゴンを彷彿とさせるクロコダイルの笑みに、ルイズだけで
なくキュルケの喉も引きつった。反論しようものなら、ゴーレムより先
に自分達がばらばらにされそうだ。
「た、タバサ! 竜、竜呼んで!」
キュルケが言うが早いか、タバサが短く口笛を吹く。主の窮地を聞き
つけ、シルフィードが颯爽と舞い降りた。半壊したゴーレムが体を組み
直す間に、三人は大急ぎでその背に乗り込む。未だに起きないギーシュ
は、【破壊神の槌】と一緒に【レビテーション】で運び上げた。
背を向けた標的を見過ごすほど敵も甘くはない。獲物を捕らえようと、
傾いたままのゴーレムが右手を伸ばした。
「【砂漠の宝刀(デザート・スパーダ)】!」
その腕が、肘からばっさりと切り落とされる。砂埃と土煙が舞う中、
シルフィードが一気に空へと駆け上がった。
「さぁて、これで邪魔者はいなくなった」
くつくつと喉の奥で笑うクロコダイル。ゴーレムへの対処方法は、先
ほどのギーシュの行動で既に理解している。再生あるいは補充できなく
なるまで壊し続けるか、それとも最初から術者を狙って無力化するか。
クロコダイルは迷わず前者を選択した。近隣の森に潜んでいるだろう
フーケを探し出し、しとめる方が楽かもしれない。が、クロコダイルに
も都合があった。右手に砂嵐を蠢かせながら、またしても再生を終えた
ゴーレムを見据える。
「どの程度“使える”のか、試させてもらうぞ……『土くれ』」
シルフィードが突然の横風に煽られたのは、上空へ飛び上がってすぐ
だった。ぐらりと大きくバランスを崩し、危うく墜落しそうになる。二、
三度羽ばたいてシルフィードは持ち直したものの、背中に乗るルイズ達
はそうはいかない。
「落ち、落ちる! 落ちる!!」
「もっとちゃんと掴まりなさいよ、ヴァリエール!」
「あ、落ちた」
「きゅい」
落とされまいと必死でしがみつくルイズ、ルイズを支えるキュルケ。
気絶したまま放り出されたギーシュにタバサが気づき、シルフィードが
あわやというところで彼をくわえて事なきを得る。
どうにか落とされずにすんだルイズは、事の元凶たる眼下の情勢に目
を向けた。突如として広場を覆い隠した砂嵐。トリステイン国内の気象
条件ではあり得ない規模の砂の渦、魔法なら風、風、土の上級スペルだ。
フーケの系統がそれに合致するとなれば、これ以上の脅威はない。
が。
この場に限って言えば、魔法以外にもう一つだけ、砂嵐を操る手段が
ある。正確には、もう“一人”。
「負けるんじゃないわよ……クロコダイル」
砂の合間からゴーレムが切り崩される様が見え、ルイズは胸元で拳を
握りしめた。
木立の合間で、フーケは思わず舌打ちした。
地上に残ったクロコダイルは、一瞬で広場を覆うほどの砂嵐を作り出
した。砂と風を避ける為にシルフィードが離れたせいで、生徒の誰かが
【破壊神の槌】を使って戦闘に介入する機会が失われてしまったのだ。
使い方を知る為にわざとおびき出し、ゴーレムまで用意したというのに、
これでは全くのくたびれ損である。
おまけにクロコダイルは強い。巨大なゴーレムを砂の刃で切り崩し、
土塊の一撃を新たな砂嵐で受け流す。しかも外周を覆う砂嵐を維持した
ままで。これはゴーレムを主力にするフーケにとって大きな誤算だった。
そもそもゴーレムは、術者の送る魔力によって素材の結合力を強める
事で形成する。結びつきの弱い砂粒で作った場合、形を維持するだけで
莫大な精神力を消耗するのだ。従って、普通は粘度が高く、形が崩れに
くい土や岩、上級者ではより硬質な金属製のゴーレムなどが好まれる。
乾いた風に表面の水分が蒸発し、劣化しやすい今の――言うなれば砂漠
さながらの環境は、ゴーレム維持にはあまりに不適当なのだ。
もう一つ、ゴーレムは行動に術者の指示が必要だという欠点がある。
臨機応変な戦闘を行うには、指示を出す人間が戦場の認識および魔力の
伝達が可能な場所にいなければならない。分厚い砂嵐で視界が不明瞭と
いうのは、操作性の悪化に直結してゴーレムの被害を増やしていた。
このまま戦い続けると、相次ぐ修復で精神力が枯渇する可能性が高い。
「仕方ない。今回は諦めるか」
魔力切れを起こした時を狙われては、僅かな抵抗すらできなくなる。
ここは息を潜めて、次の機会を伺うべきだろう。最悪【破壊神の槌】を
諦め、次の獲物を探した方がいいかもしれない。
素早く判断を下したフーケの目に、砂塵の渦の中、左右に両断されて
崩壊するゴーレムの姿が映った。
(その前に……邪魔者は消しとかないと、ね)
「このくらいなら、まぁ及第点か」
土の塊が完全に動かなくなった事を確認して、クロコダイルは僅かに
息を吐いた。戦闘開始からおよそ十分。魔力に限界がきたか、もしくは
魔力を温存する為に手を休めたか。どちらにしろ、戦力として採用でき
るレベルである。もう少し粘る余裕があればなおよかったが、今は贅沢
を言うまい。質の不足は量で補う事もできるのだし。
考え事をしている間に、周囲を覆っていた砂嵐がゆるゆると萎む。風
で舞い散った大量の砂が、あたりの木々や地面を黄土色に染めていた。
「取り敢えず一人、だな」
空から降りてくるシルフィード、森の奥から出てくるロングビルの姿
をそれぞれ一瞥し、クロコダイルは口の端をつり上げた。
シルフィードが着地するなり、その背からルイズが飛び降りた。巨大
なゴーレム相手に余裕で勝利した事がよほど嬉しいらしく、滅多に見せ
ない満面の笑みを浮かべている。
森から現れたロングビルは、ルイズとは逆に申し訳なさそうな顔で頭
を下げた。
「すみません、ミスタ。ゴーレムは見えたのですが、加勢できず……」
「おれが砂嵐で壁を作っていたのだから、謝る必要はない。
むしろ、魔法が使えるならまだ戦力に余裕がある、という事だ」
それより、と、クロコダイルはシルフィードに目を向けた。正確には、
その背中でタバサが抱えているケースに。
「お前達は先に【破壊神の槌】を持って帰れ」
「え?」
「フーケ本人は捕まえてないんだ。不意をつかれてまた奪われた、なんて笑い話にもならんぞ」
「む……じゃあ、あんたはどうすんのよ?」
再奪取の可能性を考えると、確かに【破壊神の槌】は持ち帰る方が得
策である。しかし、クロコダイルの言い方だと「自分は残る」と言って
いるも同じ。盗まれた品は取り返したのだし、長居をして無用な危険を
冒す必要はないのではないか。
ルイズの問いに、クロコダイルは周囲を見回しながら答えた。
「ミス・ロングビルとこの辺りを探ってみる。フーケの手がかりがあるかもしれんからな」
「そう、ですわね。わたくしの精神力はまだ余裕がありますし、ミスタがいれば安心ですわ」
僅かに言い淀んだロングビルも、即座に笑顔で切り返した。
ルイズは不満そうに頬を膨らませたものの、実際キュルケやタバサの
魔法では相手に致命傷を与えられなかったのだ。あれ以上の威力の魔法
を放つには、もっと長い詠唱が必要になる。ルイズの場合は【錬金】に
よる爆発でそれなりの成果を出したものの、すぐに再生されてしまった。
あの巨体を一度で吹き飛ばすほどの爆発は起こせないだろうし、そこま
で強力だと自分達も巻き添えになってしまう。加えて、未だに気絶した
ままの足手まといが一人。この戦力配分は妥当な判断だろう。
「……わかったわ。けど、あんまり遅くならないでよね」
「そんなに時間はかけんさ。馬車もあるし、夜までには帰れるだろう」
一応の納得を見せたルイズを乗せて、シルフィードは三たび飛翔した。
空の彼方にその姿が消え行くのを見届けると、クロコダイルは葉巻を取
り出す。すっかりくつろいだその様子に、ロングビルがくすりと笑った。
「では、わたくし達も動きましょうか」
「そうだな」
どういうつもりか知らないが、好都合だ。どんな人間でも、全く警戒
していないならしとめるのは簡単な事。学院には、調査中フーケの魔法
を受けて死んだ、と報告すればいい。事実その通りだし、ばれる心配は
ないだろう。
こっそりと懐の杖に手を伸ばす。隙を逃さぬためにも、素早く詠唱が
終わるドットスペルがいい。発動まで気づかれない事も大切だ。
使う魔法を決めて口中で唱えながら、ロングビルはクロコダイルの様
子を伺った。相変わらず葉巻を吹かして、まるで気づいていないらしい。
「そうそう、一つ言い忘れておりました」
「何だ、ミス・ロングビル?」
呼びかけられたクロコダイルは、ロングビルに視線をずらして。
「さようなら、ミスタ・クロコダイル」
砂の下から伸びた岩の槍が、クロコダイルの胸板に突き刺さった。
...TO BE CONTINUED
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