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「るいずととら第三章-5」(2007/08/19 (日) 08:59:08) の最新版変更点
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アルビオン空軍工廠の街ロサイスは、首都ロンディウムの郊外にある。革命の前からここは、王立空軍の工廠であった。製鉄所や空軍の発令所などの建物が立ち並ぶ。
細かい雨の振りしきる中、ワルドはぼんやりと目の前にある巨大な戦艦を見上げていた。
(なんとも……でかいな。『コイツ』は……)
全長は500メイルほどあるだろうか。黒光りするそれは、天を仰ぐばかりの巨艦であった。
その船の雨に濡れた表面が、ぬるぬると光っている。生き物独特の油と光沢……反射的にワルドは嫌悪感を覚えた。あるいは、『生き物』ではなく『バケモノ』と呼ぶべきだろうか?
ときおり、びくん……びくん……と全体が震える。船体の先頭部分にある、細かい歯の並ぶ巨大な口が餌を求めるように開いては閉じる。
これに乗るのか、と考えるとワルドはうんざりした。竜やグリフォンのような、幻獣に乗るのは別にかまわない。
……だが、誰が進んで妖怪の腹の中に入りたいだろう?
嫌悪感も顕わに巨艦を見上げるワルドに、遠くから声をかける男がいた。
「どうだ、子爵……なんとも頼もしい艦ではないか!」
「閣下」
ワルドがさっと一礼する。
現れたのはアルビオン皇帝、オリヴァー・クロムウェルだった。そして、その横には影のようにぴったりと、黒いコートを着た女が付き従っている。
クロムウェルは上機嫌で傍らに控える黒い女を振り返る。
「さすがはミス・シェフィールドだ。東方の『ロバ・アル・カリイエ』よりもたらした技術……素晴らしいものだな。『親善訪問』では、トリステインが震え上がることだろう」
「もちろんですわ……やつらを皆殺しにしてあげましょう……」
クロムウェルに声をかけられた黒い女は、そう言ってぞっとするような冷たい笑みを浮かべた。ワルドの背筋がぞくりと寒くなる。女は長い黒髪をかきあげ、ゆっくりとワルドを振り返った。
「そうそう……子爵……あなたは竜騎兵隊の隊長としてこの船に乗り込みなさいな。ああそう、あなたの腕を落とした妖怪とも会えるかもしれないわねえ……」
そう言って、ぞわり、と笑う黒い女。あの金色の幻獣に切り落とされたワルドの左腕が、じわりと熱を帯びる。ぐ、とワルドは唇を噛んだ。
無くなった左腕の傷が疼くたびに、ワルドの怒りと憎悪が少しずつ濃度を増していく。
やがて、ワルドはゆっくりと口を開いた。
「……ミス・シェフィールド。よろしければこの艦の名前を聞いておきたいが」
「名前……人間たちの魂でできた船に名前なんて必要かしらねえ……? そうね、でも……この船のことを呼ぶなら……」
ミス・シェフィールド――いや、『斗和子』は巨大な艦を見上げる。目の前にそびえるのは、白面の使いと戦艦『ロイヤル・ソヴリン』号を融合させた妖怪の巨艦である……
「『あやかし』――と、呼びなさいな」
オォオオォオオオオ……!
まるで産声を上げるように、巨大な艦が呻き声を轟かせた……。
風が吹いた。
がたがたと窓を鳴らす風を聴きながら、トリステイン魔法学院では、ルイズがぼんやりとベッドに横たわっていた。
(見るべきものを見る、知るべきものを知る――)
妖怪『時逆』と『時順』の言った言葉を、ルイズはそっと呟いてみた。
自分が知るべきこととは、一体なんだろうか? 見るべきこととは何のことだろう――
『お前さんの「時」が来たよう。見るべきものを見、知るべきことを知る「時」がなぁ……』
現れた妖怪は、そうルイズに告げただけで消えてしまった。
(『知るべきもの』を知るためには、タルブの寺院に来い、ということなのかしら……?)
あれから、キュルケがタバサに真相を白状させたおかげで、とらについての誤解はあっさり解けた。
だが、胸にわだかまるもやもやとした感情は消えてくれなかった。ああそうか、といまさらながらいルイズは思う。
(わたし、知らないんだ。とらのこと、何にも――)
なんだか哀しくなって、ルイズはぎゅっと手を握り締める。
ルイズはそっと起き上がると、机の引き出しを開けた。そこには『時逆』が消え際にルイズに渡したものが入っている。
古びた木でできた細工物――表面には不思議な幾何学模様が描かれている。二羽の鳥に見えないこともなかった。
(……本当に、これ櫛なの? 『時逆』はそう言っていたけど……)
その櫛は……かつて獣になりかけた少年の魂が、槍に喰い尽されるのを防いだものである。だが、そのことはルイズには知る由もなかった。
ルイズは、そっとその櫛を自分の桃髪にとおしてみた。しゅる、とかすかな音を立てて、櫛が髪をすく。別段変わったこともない。ただの変な形をした櫛であった。
はあ、と溜息をついてルイズはふとんにもぐりこんだ。
(タルブの村に行けば、わかるのかしら。何かが……)
明日の早朝には、タルブの村に出発である。とらとシルフィードの帰りを待つかどうかで意見が分かれたが、結局、先に向かって偵察をすることで落ち着いたのだ。
ま、とらが来たらあっという間に退治しちゃうでしょうけどね、と部屋を出るときキュルケが笑った。おやすみ、と言いながらルイズも笑顔を返したが、内心は複雑だった。
(なんだろう……胸騒ぎがする。なんでかしら……?)
早く寝ようと思いながらも、なぜだかルイズは眠れなかった。
窓の外を風が吹く。がたがたと窓をゆする、嫌な風だった。
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アルビオン空軍工廠の街ロサイスは、首都ロンディウムの郊外にある。革命の前からここは、王立空軍の工廠であった。製鉄所や空軍の発令所などの建物が立ち並ぶ。
細かい雨の振りしきる中、ワルドはぼんやりと目の前にある巨大な戦艦を見上げていた。
(なんとも……でかいな。『コイツ』は……)
全長は500メイルほどあるだろうか。黒光りするそれは、天を仰ぐばかりの巨艦であった。
その船の雨に濡れた表面が、ぬるぬると光っている。生き物独特の油と光沢……反射的にワルドは嫌悪感を覚えた。あるいは、『生き物』ではなく『バケモノ』と呼ぶべきだろうか?
ときおり、びくん……びくん……と全体が震える。船体の先頭部分にある、細かい歯の並ぶ巨大な口が餌を求めるように開いては閉じる。
これに乗るのか、と考えるとワルドはうんざりした。竜やグリフォンのような、幻獣に乗るのは別にかまわない。
……だが、誰が進んで妖怪の腹の中に入りたいだろう?
嫌悪感も顕わに巨艦を見上げるワルドに、遠くから声をかける男がいた。
「どうだ、子爵……なんとも頼もしい艦ではないか!」
「閣下」
ワルドがさっと一礼する。
現れたのはアルビオン皇帝、オリヴァー・クロムウェルだった。そして、その横には影のようにぴったりと、黒いコートを着た女が付き従っている。
クロムウェルは上機嫌で傍らに控える黒い女を振り返る。
「さすがはミス・シェフィールドだ。東方の『ロバ・アル・カリイエ』よりもたらした技術……素晴らしいものだな。『親善訪問』では、トリステインが震え上がることだろう」
「もちろんですわ……やつらを皆殺しにしてあげましょう……」
クロムウェルに声をかけられた黒い女は、そう言ってぞっとするような冷たい笑みを浮かべた。ワルドの背筋がぞくりと寒くなる。女は長い黒髪をかきあげ、ゆっくりとワルドを振り返った。
「そうそう……子爵……あなたは竜騎兵隊の隊長としてこの船に乗り込みなさいな。ああそう、あなたの腕を落とした妖怪とも会えるかもしれないわねえ……」
そう言って、ぞわり、と笑う黒い女。あの金色の幻獣に切り落とされたワルドの左腕が、じわりと熱を帯びる。ぐ、とワルドは唇を噛んだ。
無くなった左腕の傷が疼くたびに、ワルドの怒りと憎悪が少しずつ濃度を増していく。
やがて、ワルドはゆっくりと口を開いた。
「……ミス・シェフィールド。よろしければこの艦の名前を聞いておきたいが」
「名前……人間たちの魂でできた船に名前なんて必要かしらねえ……? そうね、でも……この船のことを呼ぶなら……」
ミス・シェフィールド――いや、『斗和子』は巨大な艦を見上げる。目の前にそびえるのは、白面の使いと戦艦『ロイヤル・ソヴリン』号を融合させた妖怪の巨艦である……
「『あやかし』――と、呼びなさいな」
オォオオォオオオオ……!
まるで産声を上げるように、巨大な艦が呻き声を轟かせた……。
風が吹いた。
がたがたと窓を鳴らす風を聴きながら、トリステイン魔法学院では、ルイズがぼんやりとベッドに横たわっていた。
(見るべきものを見る、知るべきものを知る――)
妖怪『時逆』と『時順』の言った言葉を、ルイズはそっと呟いてみた。
自分が知るべきこととは、一体なんだろうか? 見るべきこととは何のことだろう――
『お前さんの「時」が来たよう。見るべきものを見、知るべきことを知る「時」がなぁ……』
現れた妖怪は、そうルイズに告げただけで消えてしまった。
(『知るべきもの』を知るためには、タルブの寺院に来い、ということなのかしら……?)
あれから、キュルケがタバサに真相を白状させたおかげで、とらについての誤解はあっさり解けた。
だが、胸にわだかまるもやもやとした感情は消えてくれなかった。ああそうか、といまさらながらいルイズは思う。
(わたし、知らないんだ。とらのこと、何にも――)
なんだか哀しくなって、ルイズはぎゅっと手を握り締める。
ルイズはそっと起き上がると、机の引き出しを開けた。そこには『時逆』が消え際にルイズに渡したものが入っている。
古びた木でできた細工物――表面には不思議な幾何学模様が描かれている。二羽の鳥に見えないこともなかった。
(……本当に、これ櫛なの? 『時逆』はそう言っていたけど……)
その櫛は……かつて獣になりかけた少年の魂が、槍に喰い尽されるのを防いだものである。だが、そのことはルイズには知る由もなかった。
ルイズは、そっとその櫛を自分の桃髪にとおしてみた。しゅる、とかすかな音を立てて、櫛が髪をすく。別段変わったこともない。ただの変な形をした櫛であった。
はあ、と溜息をついてルイズはふとんにもぐりこんだ。
(タルブの村に行けば、わかるのかしら。何かが……)
明日の早朝には、タルブの村に出発である。とらとシルフィードの帰りを待つかどうかで意見が分かれたが、結局、先に向かって偵察をすることで落ち着いたのだ。
ま、とらが来たらあっという間に退治しちゃうでしょうけどね、と部屋を出るときキュルケが笑った。おやすみ、と言いながらルイズも笑顔を返したが、内心は複雑だった。
(なんだろう……胸騒ぎがする。なんでかしら……?)
早く寝ようと思いながらも、なぜだかルイズは眠れなかった。
窓の外を風が吹く。がたがたと窓をゆする、嫌な風だった。
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