「斬魔の使い魔05」(2008/03/10 (月) 22:54:43) の最新版変更点
追加された行は緑色になります。
削除された行は赤色になります。
トリステイン学院の学院長オールド・オスマン。
齢100歳を超えると言われている老齢のメイジは、果たして難しい顔をしたまま中空を見つめていた。
先日の、生徒による使い魔召喚の儀式以来、こうである。
秘書のロングビルは、その様子を横目で見ながら戸惑っていた。
普段なら、鼻毛を抜くか、自分のお尻を触るか、使い魔のネズミを使ってスカートの中を覗くかをしているというのに。
秘書として雇われてから初めて見る姿である。
理由を聞くべきかどうか……
その思考は、突然の闖入者によって遮られた。
「オールド・オスマン!」
ドアを蹴り破るかのような勢いでコルベールが入ってきた。
「なんじゃね、コルベール君?」
「あの、ミス・ヴァリエールの使い魔の件なのですが……実は……」
コルベールはロングビルをチラチラと見る。
「ああ、ミス・ロングビル。席を外しなさい」
ロングビルは立ち上がり、部屋を出て行った。
それを確認すると、コルベールは書き写したルーンと書物を机の上に置いた。
それを見たオスマンの眼が光った。
「コルベール君、これは……」
「はい、間違いありません。これは始祖ブリミルの使い魔『ガンダールヴ』に刻まれていたルーンと同じであります。
つまり、あの青年は伝説の使い魔ガンダールヴです!」
昼食の時間。
ルイズは今にも飛んでいきそうなほどご機嫌だった。
魔法が使えた。
もう、誰にもゼロのルイズなんて呼ばれることも無い。
「~♪ ~♪ ひゃっほう……うふふふふ」
歩きながらくるくる廻りだし、かと思ったら含み笑いをしだす。
傍から見ると不気味そのものだったが、ルイズは全く気にしていない。
まさに有頂天だった。
そのため、後ろをついてくる九郎の表情に気付くことも無かった。
(何でアルの気配がしたんだ……?)
先ほどの実習で、ルイズから感じたアルの気配。
何処かにいる、そういう気配は前々から感じていたが、何処にいるかというハッキリとしたものではなかった。
それが、あの時は強く感じた。
しかし、今は全く感じない。
そのため、気のせいだったのではないかと言う考えももたげている。
そうこう考えているうちに、食堂へと着いた。
食堂の中でも浮かれたようにスキップをしながら進むルイズ。
「うわ、何か変だぞ」
「さっきの授業で成功したから浮かれているんでしょ」
「たった一回成功したぐらいで、何が楽しいのかねえ」
周囲の生徒からの嘲りじみた言葉も、今のルイズには賛辞にしか聞こえない。
いつもの席へつくと、九郎の方に振り向く。
「今回は貴方も一緒に食べても怒らないわ。むしろ、存分に食べなさい♪」
「アイサー、では遠慮しません」
とりあえず思考はやめ、目の前のご馳走に目を向けることにした。
時間はたっぷりとある。
まず脳に栄養を染み渡らせてから考えるとしよう。
ナイフとフォークを手にステーキにかぶりつこうとしたその時、
「どうしてくれるんだね。君のせいで二人のレディの名誉が傷ついたじゃないか!」
突然、食堂内に響いた声に、九郎とルイズは何事かとそちらを見た。
見ると、金髪の少年が一人のメイドに突っかかっていた。
「も、申し訳ございません! どうかお許しを!」
「謝って二人の名誉が回復するのなら苦労は無いんだよ」
完全に萎縮してしまっているメイドに、ますます声を荒げる少年。
と、少年の友人達が声を上げた。
「おいおい、お前が二股をかけていたのが悪いんだろ」
「そうだぞ、ギーシュ。お前が悪い!」
やんややんやとはやし立てる彼らに、ギーシュと呼ばれた少年は顔を真っ赤にした。
「あ、あのレディ達は、薔薇の意味を理解していなかっただけさ」
誤魔化すかのようにキザッたらしい仕草で髪をかき上げるギーシュ。
ようするに、あのメイドのせいで二股がばれてしまい、そのことに対して八つ当たりをしているようだ。
くだらないと言わんばかりに鼻を鳴らすルイズ。
「フン、女好きのグラモン家らしいわ。どうしようもないわね、って、ちょっと!」
いきなり立ち上がり、ギーシュの方に向かっていく九郎。
「ちょっと待ちなさい! こらー、人の話を聞きなさい!」
制止を無視して向かっていく九郎を慌てて追いかけるルイズ。
ルイズの金切り声に気付いたギーシュが振り向くと、そこには怒りの形相で仁王立ちする九郎の姿があった。
「君は確か、ミス・ヴァリエールの使い魔の平民だったね。何の用だい?」
「その子に謝れ」
自分が罵倒していたメイドを指差して言った九郎の姿に、一瞬呆気にとられ、しばらくして爆笑するギーシュ。
「あははははは! 随分と面白いことを言う平民だね。この僕がこの平民の娘に謝れと?」
「そうだ」
顔色一つ変えずに言い放つ九郎の姿に、反転、不愉快な表情をするギーシュ。
当のメイドはハラハラした様子で二人を交互に見ている。
「……どうやら、君は貴族に対する礼儀を知らないようだな」
「礼儀とやらが理不尽に屈するってことなら、知りたいとも思わないな」
全く物怖じせずに答える九郎に、さらに不快感が募っていく。
平民が、舐めた口を利く。分からせてやらねばならないな。
「よかろう。君に礼儀を教えてやろう。丁度いい腹ごなしだ」
そう言うと、身を翻し九郎に背を向ける。
「ヴェストリの広場で待っている。せいぜい準備をしてくるといい」
友人達やギャラリーがギーシュの後に続いていく。
友人の一人が監視のためにここに残る。
メイドは震えながら九郎を見つめていた。
「あ、貴方、殺されちゃう……」
「ん? そうなのか?」
「貴族を本気で怒らせたら……」
メイドは走り去った。
九郎は、ふぅ、と溜息を吐いた。
後ろからルイズが駆け寄ってきた。
「あ、貴方! 何をやっているのよ!」
「何か大事になってしまいましたね」
「大事になってしまいましたね、じゃないわよ! すぐに謝ってきなさい!」
「……」
沈黙する九郎に、ルイズはさらに畳み掛ける。
「今ならまだ謝れば許してくれるかもしれないわ。土下座でも何でもいいから!」
「……」
「いい? 平民はメイジには決して勝てないの! これは常識なのよ!」
「……嫌だ」
「分かってくれたようね、それなら……って……」
九郎の言葉にルイズの目が釣り上がる。
「今、何て言ったの!?」
「嫌だって言ったんだ。俺は絶対に謝らない」
「――なっ!? ご、ご主人様の言うことに従いなさい!」
「今回ばかりは従えねえ。俺が今ここで謝っちまったら、あの娘はこの先どうなる? また、似たような形でちょっかいを出されるかもしれないだろ」
「そ、それは……」
不安そうにこちらを見つめるルイズの姿。
一瞬、それがアルの姿と重なった。
自嘲的に眼を閉じると、一瞬の間、眼を開け、ルイズの瞳を見つめた。
「そんな後味の悪ィこと、俺は我慢できない」
そのまま身を翻すと、ギーシュの友人に連れられて、食堂を出て行った。
ルイズは呆然としていたが、すぐに持ち直し、
「ああもう! 勝手にしなさい!」
そう叫ぶと、九郎の後をついていった。
何故か頬が熱かったが、それは自分の使い魔に怒っているせいだと自身に言い聞かせて。
九郎達がヴェストリの広場に着いた時、そこは噂を聞きつけた生徒達で溢れかえっていた。
ギーシュは薔薇の造花を掲げて、高々と叫んだ。
「諸君! 決闘だ!」
周囲が歓声に包まれる。
その歓声に応えるように腕を振るギーシュ。
それから九郎の方に振り向き、不敵な笑みを浮かべた。
「とりあえず、逃げずに来たことは褒めてやろうじゃないか」
「誰が逃げるかよ」
「よろしい。では、始めようか」
言うや否や、持っていた薔薇を振った。
花びらが一枚、宙に舞うと、甲冑を着た女戦士の姿になった。
「僕はメイジだ。だから魔法で戦う。文句はあるまいね?」
「特に無いな」
「ふふ、言い忘れていたが、僕の二つ名は『青銅』。青銅のギーシュだ。従って、青銅のゴーレム『ワルキューレ』がお相手するよ」
ワルキューレが九郎に向かって突進する。
九郎は放たれた拳をかわすと、ワルキューレの腹部に蹴りを入れた。
鈍い衝撃音。逆にこちらの足が痛む。
ワルキューレはたたらを踏んだが、すぐに体勢を立て直して向かってきた。
それを横っ飛びでかわす。さらに向かってくる。
「どうした? ただ、逃げることしか出来ないのかい?」
ギーシュの挑発を九郎は無視する。
正直、九郎は攻めあぐねていた。
もしもマギウス・スタイルになれたのなら、一瞬で三枚におろすのだが。
せめて何か武器になるものを用意しておくべきだった。
「――ふっ!」
再び放たれた拳をまたかわし、もう一度、腹部に蹴りを入れる。
少し傷がついたが、それだけだった。
「どうするかねえ……」
正直な話、目の前のゴーレムはそれほど怖くなかった。
生身でアンチクロスを相手にしたこともある。そいつらに比べれば、大した相手ではない。
もっとも、倒せるかどうかということとはまた別だが。
また放たれた拳をかわす。かわす。かわす。時々、蹴りを入れる。
それを何分続けただろうか。
「ええいっ! ちょこまかと!」
業を煮やしたギーシュが薔薇を振るう。
花弁が舞い散り、6体のゴーレムが現れた。
(まずいな……)
これにはさすがの九郎も唸る。
ギーシュは残酷な笑みを浮かべた。
「全く、平民相手にここまですることになるなんてね。7体のワルキューレ。これが僕の全力さ。
行けっ!」
ギーシュが薔薇の造花を振るう。
6体のワルキューレが戦列に加わる。
そして、九郎は――
さすがにかわしきれず、顔面、腹、腕と強烈な打撃を受けた。
膝をつく九郎。
その顔面に蹴りが入る。
「――がっ!」
鼻が折れる。鼻血が溢れ出る。
攻撃はさらに休まず、倒れた九郎に蹴りを入れる。すでにリンチだ。
思わず人込みの中からルイズが駆け寄ってきた。
「止めなさい、ギーシュ!」
「おや、どうしたんだい、ルイズ? 決闘に横槍を入れてくるなんて、貴族らしくないじゃないか」
「ふざけないで! 決闘は禁止されているはずよ!」
「禁止されているのは貴族同士の決闘のみだよ。貴族と平民の決闘は禁止されていない」
「そ、それは――」
と、一際大きい歓声が上がった。
二人が振り向くと、そこにはワルキューレの足を掴んでバランスを崩させた九郎が、転がるように囲みを脱出していた。
骨が折れているのか上手く立ち上がれず、這いずるようにして距離をとる九郎。
「九郎!」
傍に駆け寄るルイズ。
そして、血に濡れた顔を見て驚いた。
九郎は笑っていた。
「な、何で、笑っているのよ?」
「いや……やっと、名前で呼んでくれたなと思ってな」
「――なっ」
ふるふると震えだすルイズ。鳶色の瞳が潤み出す。
「泣いて……いるのか?」
「泣いてないわよ! なんで平民のために泣く必要があるのよ!」
「いやあ、やっぱり泣いているって。うーん、困ったな。泣き顔は苦手だ」
ルイズの涙を拭おうとして、視界がぼやけていることに気付いた。
しこたま頭を蹴られたせいで、意識が遠くなっているのだ。
そのせいかどうか知らないが、ぼやけていたルイズの姿がアル・アジフの姿に見えた。
何故かハッキリと見える。
顔が近づいていく。
脳裏に浮かぶのは――
初めて会った時――
初めて契約した刻――
――久遠に臥したるもの死することなく
怪異なる永劫の内には死すら終焉を迎えん――
――唇が触れた。
#navi(斬魔の使い魔)
トリステイン学院の学院長オールド・オスマン。
齢100歳を超えると言われている老齢のメイジは、果たして難しい顔をしたまま中空を見つめていた。
先日の、生徒による使い魔召喚の儀式以来、こうである。
秘書のロングビルは、その様子を横目で見ながら戸惑っていた。
普段なら、鼻毛を抜くか、自分のお尻を触るか、使い魔のネズミを使ってスカートの中を覗くかをしているというのに。
秘書として雇われてから初めて見る姿である。
理由を聞くべきかどうか……
その思考は、突然の闖入者によって遮られた。
「オールド・オスマン!」
ドアを蹴り破るかのような勢いでコルベールが入ってきた。
「なんじゃね、コルベール君?」
「あの、ミス・ヴァリエールの使い魔の件なのですが……実は……」
コルベールはロングビルをチラチラと見る。
「ああ、ミス・ロングビル。席を外しなさい」
ロングビルは立ち上がり、部屋を出て行った。
それを確認すると、コルベールは書き写したルーンと書物を机の上に置いた。
それを見たオスマンの眼が光った。
「コルベール君、これは……」
「はい、間違いありません。これは始祖ブリミルの使い魔『ガンダールヴ』に刻まれていたルーンと同じであります。
つまり、あの青年は伝説の使い魔ガンダールヴです!」
昼食の時間。
ルイズは今にも飛んでいきそうなほどご機嫌だった。
魔法が使えた。
もう、誰にもゼロのルイズなんて呼ばれることも無い。
「~♪ ~♪ ひゃっほう……うふふふふ」
歩きながらくるくる廻りだし、かと思ったら含み笑いをしだす。
傍から見ると不気味そのものだったが、ルイズは全く気にしていない。
まさに有頂天だった。
そのため、後ろをついてくる九郎の表情に気付くことも無かった。
(何でアルの気配がしたんだ……?)
先ほどの実習で、ルイズから感じたアルの気配。
何処かにいる、そういう気配は前々から感じていたが、何処にいるかというハッキリとしたものではなかった。
それが、あの時は強く感じた。
しかし、今は全く感じない。
そのため、気のせいだったのではないかと言う考えももたげている。
そうこう考えているうちに、食堂へと着いた。
食堂の中でも浮かれたようにスキップをしながら進むルイズ。
「うわ、何か変だぞ」
「さっきの授業で成功したから浮かれているんでしょ」
「たった一回成功したぐらいで、何が楽しいのかねえ」
周囲の生徒からの嘲りじみた言葉も、今のルイズには賛辞にしか聞こえない。
いつもの席へつくと、九郎の方に振り向く。
「今回は貴方も一緒に食べても怒らないわ。むしろ、存分に食べなさい♪」
「アイサー、では遠慮しません」
とりあえず思考はやめ、目の前のご馳走に目を向けることにした。
時間はたっぷりとある。
まず脳に栄養を染み渡らせてから考えるとしよう。
ナイフとフォークを手にステーキにかぶりつこうとしたその時、
「どうしてくれるんだね。君のせいで二人のレディの名誉が傷ついたじゃないか!」
突然、食堂内に響いた声に、九郎とルイズは何事かとそちらを見た。
見ると、金髪の少年が一人のメイドに突っかかっていた。
「も、申し訳ございません! どうかお許しを!」
「謝って二人の名誉が回復するのなら苦労は無いんだよ」
完全に萎縮してしまっているメイドに、ますます声を荒げる少年。
と、少年の友人達が声を上げた。
「おいおい、お前が二股をかけていたのが悪いんだろ」
「そうだぞ、ギーシュ。お前が悪い!」
やんややんやとはやし立てる彼らに、ギーシュと呼ばれた少年は顔を真っ赤にした。
「あ、あのレディ達は、薔薇の意味を理解していなかっただけさ」
誤魔化すかのようにキザッたらしい仕草で髪をかき上げるギーシュ。
ようするに、あのメイドのせいで二股がばれてしまい、そのことに対して八つ当たりをしているようだ。
くだらないと言わんばかりに鼻を鳴らすルイズ。
「フン、女好きのグラモン家らしいわ。どうしようもないわね、って、ちょっと!」
いきなり立ち上がり、ギーシュの方に向かっていく九郎。
「ちょっと待ちなさい! こらー、人の話を聞きなさい!」
制止を無視して向かっていく九郎を慌てて追いかけるルイズ。
ルイズの金切り声に気付いたギーシュが振り向くと、そこには怒りの形相で仁王立ちする九郎の姿があった。
「君は確か、ミス・ヴァリエールの使い魔の平民だったね。何の用だい?」
「その子に謝れ」
自分が罵倒していたメイドを指差して言った九郎の姿に、一瞬呆気にとられ、しばらくして爆笑するギーシュ。
「あははははは! 随分と面白いことを言う平民だね。この僕がこの平民の娘に謝れと?」
「そうだ」
顔色一つ変えずに言い放つ九郎の姿に、反転、不愉快な表情をするギーシュ。
当のメイドはハラハラした様子で二人を交互に見ている。
「……どうやら、君は貴族に対する礼儀を知らないようだな」
「礼儀とやらが理不尽に屈するってことなら、知りたいとも思わないな」
全く物怖じせずに答える九郎に、さらに不快感が募っていく。
平民が、舐めた口を利く。分からせてやらねばならないな。
「よかろう。君に礼儀を教えてやろう。丁度いい腹ごなしだ」
そう言うと、身を翻し九郎に背を向ける。
「ヴェストリの広場で待っている。せいぜい準備をしてくるといい」
友人達やギャラリーがギーシュの後に続いていく。
友人の一人が監視のためにここに残る。
メイドは震えながら九郎を見つめていた。
「あ、貴方、殺されちゃう……」
「ん? そうなのか?」
「貴族を本気で怒らせたら……」
メイドは走り去った。
九郎は、ふぅ、と溜息を吐いた。
後ろからルイズが駆け寄ってきた。
「あ、貴方! 何をやっているのよ!」
「何か大事になってしまいましたね」
「大事になってしまいましたね、じゃないわよ! すぐに謝ってきなさい!」
「……」
沈黙する九郎に、ルイズはさらに畳み掛ける。
「今ならまだ謝れば許してくれるかもしれないわ。土下座でも何でもいいから!」
「……」
「いい? 平民はメイジには決して勝てないの! これは常識なのよ!」
「……嫌だ」
「分かってくれたようね、それなら……って……」
九郎の言葉にルイズの目が釣り上がる。
「今、何て言ったの!?」
「嫌だって言ったんだ。俺は絶対に謝らない」
「――なっ!? ご、ご主人様の言うことに従いなさい!」
「今回ばかりは従えねえ。俺が今ここで謝っちまったら、あの娘はこの先どうなる? また、似たような形でちょっかいを出されるかもしれないだろ」
「そ、それは……」
不安そうにこちらを見つめるルイズの姿。
一瞬、それがアルの姿と重なった。
自嘲的に眼を閉じると、一瞬の間、眼を開け、ルイズの瞳を見つめた。
「そんな後味の悪ィこと、俺は我慢できない」
そのまま身を翻すと、ギーシュの友人に連れられて、食堂を出て行った。
ルイズは呆然としていたが、すぐに持ち直し、
「ああもう! 勝手にしなさい!」
そう叫ぶと、九郎の後をついていった。
何故か頬が熱かったが、それは自分の使い魔に怒っているせいだと自身に言い聞かせて。
九郎達がヴェストリの広場に着いた時、そこは噂を聞きつけた生徒達で溢れかえっていた。
ギーシュは薔薇の造花を掲げて、高々と叫んだ。
「諸君! 決闘だ!」
周囲が歓声に包まれる。
その歓声に応えるように腕を振るギーシュ。
それから九郎の方に振り向き、不敵な笑みを浮かべた。
「とりあえず、逃げずに来たことは褒めてやろうじゃないか」
「誰が逃げるかよ」
「よろしい。では、始めようか」
言うや否や、持っていた薔薇を振った。
花びらが一枚、宙に舞うと、甲冑を着た女戦士の姿になった。
「僕はメイジだ。だから魔法で戦う。文句はあるまいね?」
「特に無いな」
「ふふ、言い忘れていたが、僕の二つ名は『青銅』。青銅のギーシュだ。従って、青銅のゴーレム『ワルキューレ』がお相手するよ」
ワルキューレが九郎に向かって突進する。
九郎は放たれた拳をかわすと、ワルキューレの腹部に蹴りを入れた。
鈍い衝撃音。逆にこちらの足が痛む。
ワルキューレはたたらを踏んだが、すぐに体勢を立て直して向かってきた。
それを横っ飛びでかわす。さらに向かってくる。
「どうした? ただ、逃げることしか出来ないのかい?」
ギーシュの挑発を九郎は無視する。
正直、九郎は攻めあぐねていた。
もしもマギウス・スタイルになれたのなら、一瞬で三枚におろすのだが。
せめて何か武器になるものを用意しておくべきだった。
「――ふっ!」
再び放たれた拳をまたかわし、もう一度、腹部に蹴りを入れる。
少し傷がついたが、それだけだった。
「どうするかねえ……」
正直な話、目の前のゴーレムはそれほど怖くなかった。
生身でアンチクロスを相手にしたこともある。そいつらに比べれば、大した相手ではない。
もっとも、倒せるかどうかということとはまた別だが。
また放たれた拳をかわす。かわす。かわす。時々、蹴りを入れる。
それを何分続けただろうか。
「ええいっ! ちょこまかと!」
業を煮やしたギーシュが薔薇を振るう。
花弁が舞い散り、6体のゴーレムが現れた。
(まずいな……)
これにはさすがの九郎も唸る。
ギーシュは残酷な笑みを浮かべた。
「全く、平民相手にここまですることになるなんてね。7体のワルキューレ。これが僕の全力さ。
行けっ!」
ギーシュが薔薇の造花を振るう。
6体のワルキューレが戦列に加わる。
そして、九郎は――
さすがにかわしきれず、顔面、腹、腕と強烈な打撃を受けた。
膝をつく九郎。
その顔面に蹴りが入る。
「――がっ!」
鼻が折れる。鼻血が溢れ出る。
攻撃はさらに休まず、倒れた九郎に蹴りを入れる。すでにリンチだ。
思わず人込みの中からルイズが駆け寄ってきた。
「止めなさい、ギーシュ!」
「おや、どうしたんだい、ルイズ? 決闘に横槍を入れてくるなんて、貴族らしくないじゃないか」
「ふざけないで! 決闘は禁止されているはずよ!」
「禁止されているのは貴族同士の決闘のみだよ。貴族と平民の決闘は禁止されていない」
「そ、それは――」
と、一際大きい歓声が上がった。
二人が振り向くと、そこにはワルキューレの足を掴んでバランスを崩させた九郎が、転がるように囲みを脱出していた。
骨が折れているのか上手く立ち上がれず、這いずるようにして距離をとる九郎。
「九郎!」
傍に駆け寄るルイズ。
そして、血に濡れた顔を見て驚いた。
九郎は笑っていた。
「な、何で、笑っているのよ?」
「いや……やっと、名前で呼んでくれたなと思ってな」
「――なっ」
ふるふると震えだすルイズ。鳶色の瞳が潤み出す。
「泣いて……いるのか?」
「泣いてないわよ! なんで平民のために泣く必要があるのよ!」
「いやあ、やっぱり泣いているって。うーん、困ったな。泣き顔は苦手だ」
ルイズの涙を拭おうとして、視界がぼやけていることに気付いた。
しこたま頭を蹴られたせいで、意識が遠くなっているのだ。
そのせいかどうか知らないが、ぼやけていたルイズの姿がアル・アジフの姿に見えた。
何故かハッキリと見える。
顔が近づいていく。
脳裏に浮かぶのは――
初めて会った時――
初めて契約した刻――
――久遠に臥したるもの死することなく
怪異なる永劫の内には死すら終焉を迎えん――
――唇が触れた。
#navi(斬魔の使い魔)
表示オプション
横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: