「宵闇の使い魔 第肆話」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
「宵闇の使い魔 第肆話」(2007/08/13 (月) 19:30:35) の最新版変更点
追加された行は緑色になります。
削除された行は赤色になります。
トラゾウがギーシュを圧倒した事で、私への視線にも少し変化があった。
けど、それ以上にトラゾウの周りが――
キュルケは何時ものこととしても、あのメイドに――タバサまで!?
どういうことなのよ、これって。
アイツは私の使い魔なんだからッ!
宵闇の使い魔
第肆話:微熱の誘惑
虎蔵とギーシュの決闘。
オスマンとコルベールは、学長室の壁に掛けられた遠見の鏡でそれを眺めていた。
「ふむ―――勝ったか」
オスマンが軽く杖を振ると、効果が切れて普通の鏡に戻る。
コルベールがやってくるまでロングビルにセクハラを働いていた好色爺とは思えぬ、
真剣な様相で椅子に身体を深く沈めた。
「やはりあの使い魔がガンダールヴであることは、間違いないようですな」
「確かにのう――あの動きを見てしまえば否定は出来まい。しかし――」
何か言いたげなオスマンに、コルベールが鸚鵡返しに問う。
「しかし、いかにガンダールヴと言えども、あの動きは尋常ではあるまい。
最後の六体のゴーレムの攻撃を回避した手段も不明であるしの。
時に――お主、奴と一対一で勝てる自信があるか?」
オスマンの言葉に、コルベールは黙り込み、思考の海に沈む。
確かに、あのスピードは異常である。
少なくとも魔法を唱える隙は与えられないだろうし、並みの魔法では当てる事も出来まい。
本気で勝とうとするならば不意打ち――それも広範囲の魔法で一気に殲滅するしか――
と、其処まで考えたところでコルベールは頭を振ってその思考を振り払う。
「勝てる勝てないで言えば、勝つことは不可能ではないでしょう。
しかし、彼はミス・ヴァリエールの使い魔です。そのような必要性がありましょうか?」
「お主の言いたい事はわかる。だが、見たろう。あの笑みを――あれは人が浮かべる類の物ではない」
ぬぅ――と、コルベールも唸るしかない。
それ程の恐怖が、威圧感があの笑みにはあった。
近くに居た生徒たちは何も感じなかったのだろうか。
あれは獣の――それも生きるために戦うのではなく、望んで戦い、殺戮する獣の笑みだ。
「とはいえ、確かに最後はミス・ヴァリエールの言葉に従っていたようじゃな」
そう、ルイズの最後の叫び――あれが無ければ、ギーシュの片腕は容易く宙に舞っていた。
あの使い魔は確かに、ルイズには従ったのだ。
コルベールはオスマンの声でネガティヴな想像を振り切る。
「まぁ、暫くは様子見しかあるまい。厄介ごとが他に無いわけでもないからの」
「《土くれ》ですか」
コルベールの出した名前に、オスマンは面倒そうに頷いた。
「まあ、学院の宝物庫ならば問題は無いと思うがのう――」
一方、オスマンとコルベールが深刻な話をしているのと同刻。
既に人が立ち去った広場では、キュルケとタバサがあの決闘の検証をしていた。
「うーん――確かに彼は此処に居て、六方向からワルキューレの槍で刺された。
それは間違い無いと思うのよ」
腕を組みながら、虎蔵が変わり身を使った場所に立つキュルケ。
タバサもそれには同意する。確かに、見たのだ。
「けど、次の瞬間には彼は――上から降りてきて、ワルキューレの頭の上に立った」
と、今度は空を見上げる。
室内や森の中というわけでもない。
上には双月が浮かんでいるだけだ。
「で、その時には――槍が刺さった方の彼は、こいつになってた」
といって杖で六の槍痕が残る丸太をコンコンと叩く。
ただの丸太だ。
「どーいうことよ。これ」
お手上げ、と言わんばかりに肩を竦めるキュルケ。
タバサは僅かに考え込んで、
「――可能性としては――」
と呟き始める。
「彼が風のスクエアクラスであること」
「遍在!」
パンっと手を叩いて、それがあったわね、と納得するキュルケ。
そう。誰しもが彼を平民だと思い込んでいるが、もしメイジであるならば――
「けど、それは無いと思う」
と、タバサの言葉がキュルケの思考を遮る。
なんで、と首を傾げるキュルケに、タバサは相変わらずの表情で、
「メイジであることを隠しているとすると、色々と不自然。
例えばもし、何か罪を犯していて正体が割れたくないメイジなら、あんな奇抜な方法で勝っては目立つ」
と、何時もよりだいぶ饒舌に喋る。
「それに――あの身のこなしのこともある」
なるほど、とキュルケも頷く。
魔法衛士隊ならあのような動きが出来るのだろうか。
難しいと思う。
なにせ目で捉えきれない程の超スピードだ。
「まったく、本当に何者なのかしら。流石にルイズも気になってたようだし」
「――解らない。でも、興味はある」
――ただの《メイジ殺し》ではない。それ以上の何か――
キュルケの呟きに答えながらも、タバサはそう考えていた。
「うーん、いけないわね。火が付いちゃったかも――
タバサ、もしかして貴女もって事は無いわよね?」
歩き始めたタバサの後ろを歩きながら、自らの身体を抱きながらキュルケが言う。
親友の相変わらずの調子に、タバサは深い溜息をつくのだった。
夜。
虎蔵は昨日に引き続き、テラスに出てきては紫煙を燻らせていた。
あの後、厨房で茶を――もっとも紅茶だったが――を飲んでいたら、
決闘の話を聞きつけたマルトーが「我らの剣」だとか言って抱きついてきたり、
シエスタがやたらと世話を焼きたがってきたりと大変だった。
そして酒の匂いをさせてルイズの部屋に変えれば、
やたらと不機嫌なルイズに行動を咎められるわ、最後の変わり身を問い詰められるわで、
はっきり言って決闘が終わってからの方がよっぽど疲れたものだ。
ちなみにルイズは決闘時の精神的な疲労か説教疲れか、倒れこむようにベットに突っ伏している。
「あ゛ー。畳が恋しい――」
妙な疲れを感じて呟けば、随分と長くあの感触を味わってないことを思い出す。
ふぅ――と煙を輪っかにして吐き出す。
床に毛布だけで寝るのも別に平気ではあるのだが、こう、十分なリラックスは出来ない。
「さっきの餓鬼の部屋を借りるか?」
腰を抜かしては、同じ位の年頃に見える金髪の少女に解放されていた姿を思い返す。
――まぁ、今日はきっと連れ込んでいることだろうから勘弁してやるか――
ギーシュの名前も思い出せないままそう決め付けると、よっこらせ、と声に出して立ち上がる。
煙草を地面に落して踏みつけると、のんびりとルイズの部屋へと戻っていった。
翌日から、虎蔵とルイズの周りには妙に人が集まるようになって来た。
もともとキュルケは、学院の生徒の中では比較的ルイズにちょっかいを掛けてくる方であったが、
最近はやたらと虎蔵の事を聞いてくる。
もっとも、聞かれたところでルイズにも答えられないので、人の使い魔にちょっかいを出すなと釘を刺し続けている。
まつたく聞いては居ないようで、ことあるごとに虎蔵に絡んでいってるのだが。
また、キュルケの友人であるらしいタバサからの視線も気になる。
彼女の場合、キュルケが送ってくるような質の物ではないだろうが、
何か虎蔵を探るような感じを受ける。
彼女自身、あの日以来、虎蔵の正体が気になって色々と問い詰めてはいるのだが、
あの手この手でかわされてしまっているのが現実だ。
飄々とかわされては、気がつけば居なくなっていたり戻ってきていたりするのだから、
あまり強く出たところで意味が無いのは数日で理解した。
他の名前も知らない女生徒のなかにも、僅かながらだがファンが居るらしい。キュルケ曰く。
確かに、顔は悪くないし、そこらの男子生徒より背も高く、なにより強い。
なるほど、平民とはいえ多少は人気が出るのかもしれない。
さらに平民からはやたらと人気が出ているようで、食べ物はあのメイドが作っているらしい。
コックの連中からもやたらと好かれているようで、厨房に行っては酒を飲んで返ってくる事が多い。
相手がメイドでは内容なのが救いだが。
――救い?――
救いとはなんだ。別に自分は、彼が誰と何していようとも、使い魔としての本分を果すならば構わないはずだ。
他意は無い。
後はギーシュがやたらと懐いているように見える。一方的にだが。
彼は全く良いところ無く負けた事で、女性とからの人気は地に落ちたようだが、
それが逆に幸いしてモンモランシーとは復縁できたようだ。
まぁ、これはルイズに関係の無いことなのであっという間に頭から消え去った。
「はぁ――」
ルイズはベッドに横になり、天井を眺めながら溜息をつく。
彼は今夜もまた、ふらっと部屋を抜け出していった。
問い詰めたところによれば、テラスで煙草という細い葉巻のような物を吸っているのだという。
まぁ、部屋の中で座れるよりはマシなのだが、ここ数日の事を考えると、
こう頻繁に目の前から消えられるのは気分の良い物ではない。
再び溜息をついたて寝返りをうとうとしたところで、隣の部屋が僅かに騒がしくなッた。
またキュルケが男を連れ込んでいるのだろう――
と、何時ものように無視しようとしたのだが、
「まさか――」
ほんの僅かにだが嫌な予感を感じると、ルイズはベッドから起き上がった。
少し時間を遡る。
虎蔵がテラスに出て残り少ない煙草を咥えていると、何処からかフレイムがやってくる。
最近は妙にキュルケが絡んでくるのでよく見かけるが、この時間に見たのは初めてだった。
「何の用だ――って、言葉通じてんのか?」
自分とルイズが出来ない為か、主と使い魔の感覚共有はすっかり忘れている虎蔵は、
フレイムの頭をぽんぽんと叩きながら口にする。
すると、フレイムは虎蔵の袖を甘噛みして、建物の中へと連れて行こうとする。
「こら、引っ張んな。んだよ、ついて行けば良いのか?」
何の用だかと呟くが、キュルケの部屋はルイズの部屋の隣りなのだから、
別に無駄足になるわけではないか、とフレイムの後についていった。
ふむ、とルイズの部屋を一瞥してからキュルケの部屋のドアを開ける。
ノックなどするタイプではない。
「邪魔するぞ」
と、声だけは掛けて、ずかずかと踏み込んでいく。
部屋の中は暗かったが、窓から月明かりが入ってくることもあって、部屋の奥にキュルケが居ることは見えた。
「扉を閉めて貰える?風が入って寒いから」
そんなか?と、首をかしげながらドアを閉める。
すると、どこか嗅ぎ慣れた香りが感じられた。何か香でも焚いているようだ。
「これで良いだろ。俺ぁそろそろ寝ようと思ってたんだが――」
「あら、そうなの?なら丁度良いタイミングよ。こっちにいらっしゃいな」
虎蔵の言葉を遮るようにキュルケがそういうと、ランタンに火が灯り、彼女の姿をぼんやりと映し出す。
ベッドに腰掛けたキュルケはベビードールだけを着けた悩ましい姿を晒していた。
ルイズと同じ学院の生徒だとは思えないスタイルで、別にまったく似てはいないのだが、
召喚される直前まで抱いていた娼婦を思い出す。
「貴方はあたしをはしたない女だと思われるでしょうね。あたしの二つ名は『微熱』。
すぐに燃え上がって『情熱』に変わってしまうの」
くすりと艶美に笑いながらベッドから立ち上がると、虎蔵にしなだれかかってくる。
彼女自身からも甘い香りがした。
「なるほどな――」
虎蔵がそう呟くと、ポケットに突っ込んでいた手でキュルケの顎を押さえて軽く上を向かせると、
やや強引に唇を奪う。
「んッ!?」
流石のキュルケも、あっさり乗ってくるどころか彼の方から手を出してくるとは思って居なかったようで、
僅かに目を見開いて驚きを示す。
抵抗も拒絶もしなかったが。
暫くして開放されると、キュルケは先程よりも上気した表情で少し拗ねて見せる。
幾つか用意していた口説き文句も全て無駄になってしまった。
「思ってた以上に強引なのね」
「この時間に、んな格好で誘っておいて強引もなんもねーだろ」
キュルケは「それもそうね」と言って、押し倒されるように、しかし自らベッドに倒れこむ。
虎蔵にしてみれば、まあ悪くはない提案である。
昼間には、講義を抜け出してギーシュのベッドを借りて惰眠を貪ってはいることもあるが、夜は相変わらず床に毛布である。
加えて、召喚直前からお預けを喰らっていることを思い出せば、キュルケの提案は十分に魅力的だ。
最近随分と世話を焼こうとしてくるシエスタは、下手に手を出すと面倒なことになりそうではあるが、
こっちならばそういった事も無さそうで、こう言ってはなんだが都合が良い。
ベッドに倒れたまま上気した表情で見上げてくるキュルケを眺めつつ、自らもスーツを脱ごうと手をかけるが――
「見られて興奮する趣味は無いんだがな――」
虎蔵がそう言いながら上体を起こす。
キュルケは、「え?」と表情を変えると、彼の視線を追って窓を見た。
「キュルケ!待ち合わせの時間に君が来ないから来てみれば」
窓の外に少年が一人。
どうやら先約があったようだ。
やれやれ、と肩を竦めてベットから降りる虎蔵。
「あ、ちょっとトラゾウ―――えぇと、ベリッソン、二時間後に」
「何を言ってるんだ、だいたいそんな平民の男に――」
二時間と言う言葉に、くくっと笑いながらドアへと向かう。
身体を動かした挙句に、ベッドから追い出されるのが確定しているのに、わざわざ乗る必要はない。
「あっ、ちょっと待って!あぁん、もう――」
「悪いが、制限時間付きは嫌いなんでね」
そう言い残すと、あっさりと出て言ってしまった。
「キュルケ!」
相変わらず食い下がるベリッソンに、「もう!」と苛立ち紛れに魔法をぶつけるのだった。
トラゾウがギーシュを圧倒した事で、私への視線にも少し変化があった。
けど、それ以上にトラゾウの周りが――
キュルケは何時ものこととしても、あのメイドに――タバサまで!?
どういうことなのよ、これって。
アイツは私の使い魔なんだからッ!
宵闇の使い魔
第肆話:微熱の誘惑
虎蔵とギーシュの決闘。
オスマンとコルベールは、学長室の壁に掛けられた遠見の鏡でそれを眺めていた。
「ふむ―――勝ったか」
オスマンが軽く杖を振ると、効果が切れて普通の鏡に戻る。
コルベールがやってくるまでロングビルにセクハラを働いていた好色爺とは思えぬ、
真剣な様相で椅子に身体を深く沈めた。
「やはりあの使い魔がガンダールヴであることは、間違いないようですな」
「確かにのう――あの動きを見てしまえば否定は出来まい。しかし――」
何か言いたげなオスマンに、コルベールが鸚鵡返しに問う。
「しかし、いかにガンダールヴと言えども、あの動きは尋常ではあるまい。
最後の六体のゴーレムの攻撃を回避した手段も不明であるしの。
時に――お主、奴と一対一で勝てる自信があるか?」
オスマンの言葉に、コルベールは黙り込み、思考の海に沈む。
確かに、あのスピードは異常である。
少なくとも魔法を唱える隙は与えられないだろうし、並みの魔法では当てる事も出来まい。
本気で勝とうとするならば不意打ち――それも広範囲の魔法で一気に殲滅するしか――
と、其処まで考えたところでコルベールは頭を振ってその思考を振り払う。
「勝てる勝てないで言えば、勝つことは不可能ではないでしょう。
しかし、彼はミス・ヴァリエールの使い魔です。そのような必要性がありましょうか?」
「お主の言いたい事はわかる。だが、見たろう。あの笑みを――あれは人が浮かべる類の物ではない」
ぬぅ――と、コルベールも唸るしかない。
それ程の恐怖が、威圧感があの笑みにはあった。
近くに居た生徒たちは何も感じなかったのだろうか。
あれは獣の――それも生きるために戦うのではなく、望んで戦い、殺戮する獣の笑みだ。
「とはいえ、確かに最後はミス・ヴァリエールの言葉に従っていたようじゃな」
そう、ルイズの最後の叫び――あれが無ければ、ギーシュの片腕は容易く宙に舞っていた。
あの使い魔は確かに、ルイズには従ったのだ。
コルベールはオスマンの声でネガティヴな想像を振り切る。
「まぁ、暫くは様子見しかあるまい。厄介ごとが他に無いわけでもないからの」
「《土くれ》ですか」
コルベールの出した名前に、オスマンは面倒そうに頷いた。
「まあ、学院の宝物庫ならば問題は無いと思うがのう――」
一方、オスマンとコルベールが深刻な話をしているのと同刻。
既に人が立ち去った広場では、キュルケとタバサがあの決闘の検証をしていた。
「うーん――確かに彼は此処に居て、六方向からワルキューレの槍で刺された。
それは間違い無いと思うのよ」
腕を組みながら、虎蔵が変わり身を使った場所に立つキュルケ。
タバサもそれには同意する。確かに、見たのだ。
「けど、次の瞬間には彼は――上から降りてきて、ワルキューレの頭の上に立った」
と、今度は空を見上げる。
室内や森の中というわけでもない。
上には双月が浮かんでいるだけだ。
「で、その時には――槍が刺さった方の彼は、こいつになってた」
といって杖で六の槍痕が残る丸太をコンコンと叩く。
ただの丸太だ。
「どーいうことよ。これ」
お手上げ、と言わんばかりに肩を竦めるキュルケ。
タバサは僅かに考え込んで、
「――可能性としては――」
と呟き始める。
「彼が風のスクエアクラスであること」
「遍在!」
パンっと手を叩いて、それがあったわね、と納得するキュルケ。
そう。誰しもが彼を平民だと思い込んでいるが、もしメイジであるならば――
「けど、それは無いと思う」
と、タバサの言葉がキュルケの思考を遮る。
なんで、と首を傾げるキュルケに、タバサは相変わらずの表情で、
「メイジであることを隠しているとすると、色々と不自然。
例えばもし、何か罪を犯していて正体が割れたくないメイジなら、あんな奇抜な方法で勝っては目立つ」
と、何時もよりだいぶ饒舌に喋る。
「それに――あの身のこなしのこともある」
なるほど、とキュルケも頷く。
魔法衛士隊ならあのような動きが出来るのだろうか。
難しいと思う。
なにせ目で捉えきれない程の超スピードだ。
「まったく、本当に何者なのかしら。流石にルイズも気になってたようだし」
「――解らない。でも、興味はある」
――ただの《メイジ殺し》ではない。それ以上の何か――
キュルケの呟きに答えながらも、タバサはそう考えていた。
「うーん、いけないわね。火が付いちゃったかも――
タバサ、もしかして貴女もって事は無いわよね?」
歩き始めたタバサの後ろを歩きながら、自らの身体を抱きながらキュルケが言う。
親友の相変わらずの調子に、タバサは深い溜息をつくのだった。
夜。
虎蔵は昨日に引き続き、テラスに出てきては紫煙を燻らせていた。
あの後、厨房で茶を――もっとも紅茶だったが――を飲んでいたら、
決闘の話を聞きつけたマルトーが「我らの剣」だとか言って抱きついてきたり、
シエスタがやたらと世話を焼きたがってきたりと大変だった。
そして酒の匂いをさせてルイズの部屋に帰れば、やたらと不機嫌なルイズに行動を咎められるわ、最後の変わり身を問い詰められるわで、はっきり言って決闘が終わってからの方がよっぽど疲れたものだ。
ちなみにルイズは決闘時の精神的な疲労か説教疲れか、倒れこむようにベットに突っ伏している。
「あ゛ー。畳が恋しい――」
妙な疲れを感じて呟けば、随分と長くあの感触を味わってないことを思い出す。
ふぅ――と煙を輪っかにして吐き出す。
床に毛布だけで寝るのも別に平気ではあるのだが、こう、十分なリラックスは出来ない。
「さっきの餓鬼の部屋を借りるか?」
腰を抜かしては、同じ位の年頃に見える金髪の少女に介抱されていた姿を思い返す。
――まぁ、今日はきっと連れ込んでいることだろうから勘弁してやるか――
ギーシュの名前も思い出せないままそう決め付けると、よっこらせ、と声に出して立ち上がる。
煙草を地面に落して踏みつけると、のんびりとルイズの部屋へと戻っていった。
翌日から、虎蔵とルイズの周りには妙に人が集まるようになって来た。
もともとキュルケは、学院の生徒の中では比較的ルイズにちょっかいを掛けてくる方であったが、最近はやたらと虎蔵の事を聞いてくる。
もっとも、聞かれたところでルイズにも答えられないので、人の使い魔にちょっかいを出すなと釘を刺し続けている。
まつたく聞いては居ないようで、ことあるごとに虎蔵に絡んでいってるのだが。
また、キュルケの友人であるらしいタバサからの視線も気になる。
彼女の場合、キュルケが送ってくるような質の物ではないだろうが、何か虎蔵を探るような感じを受ける。
彼女自身、あの日以来、虎蔵の正体が気になって色々と問い詰めてはいるのだが、あの手この手でかわされてしまっているのが現実だ。
飄々とかわされては、気がつけば居なくなっていたり戻ってきていたりするのだから、あまり強く出たところで意味が無いのは数日で理解した。
他の名前も知らない女生徒のなかにも、僅かながらだがファンが居るらしい。キュルケ曰く。
確かに、顔は悪くないし、そこらの男子生徒より背も高く、なにより強い。
なるほど、平民とはいえ多少は人気が出るのかもしれない。
さらに平民からはやたらと人気が出ているようで、食べ物はあのメイドが作っているらしい。
コックの連中からもやたらと好かれているようで、厨房に行っては酒を飲んで返ってくる事が多い。
相手がメイドではないようなのが救いだが。
――救い?――
救いとはなんだ。別に自分は、彼が誰と何していようとも、使い魔としての本分を果すならば構わないはずだ。
他意は無い。
後はギーシュがやたらと懐いているように見える。一方的にだが。
彼は全く良いところ無く負けた事で、女性とからの人気は地に落ちたようだが、それが逆に幸いしてモンモランシーとは復縁できたようだ。
まぁ、これはルイズに関係の無いことなのであっという間に頭から消え去った。
「はぁ――」
ルイズはベッドに横になり、天井を眺めながら溜息をつく。
彼は今夜もまた、ふらっと部屋を抜け出していった。
問い詰めたところによれば、テラスで煙草という細い葉巻のような物を吸っているのだという。
まぁ、部屋の中で座れるよりはマシなのだが、ここ数日の事を考えると、
こう頻繁に目の前から消えられるのは気分の良い物ではない。
再び溜息をついたて寝返りをうとうとしたところで、隣の部屋が僅かに騒がしくなッた。
またキュルケが男を連れ込んでいるのだろう――
と、何時ものように無視しようとしたのだが、
「まさか――」
ほんの僅かにだが嫌な予感を感じると、ルイズはベッドから起き上がった。
少し時間を遡る。
虎蔵がテラスに出て残り少ない煙草を咥えていると、何処からかフレイムがやってくる。
最近は妙にキュルケが絡んでくるのでよく見かけるが、この時間に見たのは初めてだった。
「何の用だ――って、言葉通じてんのか?」
自分とルイズが出来ない為か、主と使い魔の感覚共有はすっかり忘れている虎蔵は、フレイムの頭をぽんぽんと叩きながら口にする。
すると、フレイムは虎蔵の袖を甘噛みして、建物の中へと連れて行こうとする。
「こら、引っ張んな。んだよ、ついて行けば良いのか?」
何の用だかと呟くが、キュルケの部屋はルイズの部屋の隣りなのだから、別に無駄足になるわけではないか、とフレイムの後についていった。
ふむ、とルイズの部屋を一瞥してからキュルケの部屋のドアを開ける。
ノックなどするタイプではない。
「邪魔するぞ」
と、声だけは掛けて、ずかずかと踏み込んでいく。
部屋の中は暗かったが、窓から月明かりが入ってくることもあって、部屋の奥にキュルケが居ることは見えた。
「扉を閉めて貰える?風が入って寒いから」
そんなか?と、首をかしげながらドアを閉める。
すると、どこか嗅ぎ慣れた香りが感じられた。何か香でも焚いているようだ。
「これで良いだろ。俺ぁそろそろ寝ようと思ってたんだが――」
「あら、そうなの?なら丁度良いタイミングよ。こっちにいらっしゃいな」
虎蔵の言葉を遮るようにキュルケがそういうと、ランタンに火が灯り、彼女の姿をぼんやりと映し出す。
ベッドに腰掛けたキュルケはベビードールだけを着けた悩ましい姿を晒していた。
ルイズと同じ学院の生徒だとは思えないスタイルで、別にまったく似てはいないのだが、
召喚される直前まで抱いていた娼婦を思い出す。
「貴方はあたしをはしたない女だと思われるでしょうね。あたしの二つ名は『微熱』。
すぐに燃え上がって『情熱』に変わってしまうの」
くすりと艶美に笑いながらベッドから立ち上がると、虎蔵にしなだれかかってくる。
彼女自身からも甘い香りがした。
「なるほどな――」
虎蔵がそう呟くと、ポケットに突っ込んでいた手でキュルケの顎を押さえて軽く上を向かせると、やや強引に唇を奪う。
「んッ!?」
流石のキュルケも、あっさり乗ってくるどころか彼の方から手を出してくるとは思っていなかったようで、僅かに目を見開いて驚きを示す。
抵抗も拒絶もしなかったが。
暫くして開放されると、キュルケは先程よりも上気した表情で少し拗ねて見せる。
幾つか用意していた口説き文句も全て無駄になってしまった。
「思ってた以上に強引なのね」
「この時間に、んな格好で誘っておいて強引もなんもねーだろ」
キュルケは「それもそうね」と言って、押し倒されるように、しかし自らベッドに倒れこむ。
虎蔵にしてみれば、まあ悪くはない提案である。
昼間には、講義を抜け出してギーシュのベッドを借りて惰眠を貪ってはいることもあるが、夜は相変わらず床に毛布である。
加えて、召喚直前からお預けを喰らっていることを思い出せば、キュルケの提案は十分に魅力的だ。
最近随分と世話を焼こうとしてくるシエスタは、下手に手を出すと面倒なことになりそうではあるが、
こっちならばそういった事も無さそうで、こう言ってはなんだが都合が良い。
ベッドに倒れたまま上気した表情で見上げてくるキュルケを眺めつつ、自らもスーツを脱ごうと手をかけるが――
「見られて興奮する趣味は無いんだがな――」
虎蔵がそう言いながら上体を起こす。
キュルケは、「え?」と表情を変えると、彼の視線を追って窓を見た。
「キュルケ!待ち合わせの時間に君が来ないから来てみれば」
窓の外に少年が一人。
どうやら先約があったようだ。
やれやれ、と肩を竦めてベットから降りる虎蔵。
「あ、ちょっとトラゾウ―――えぇと、ベリッソン、二時間後に」
「何を言ってるんだ、だいたいそんな平民の男に――」
二時間と言う言葉に、くくっと笑いながらドアへと向かう。
身体を動かした挙句に、ベッドから追い出されるのが確定しているのに、わざわざ乗る必要はない。
「あっ、ちょっと待って!あぁん、もう――」
「悪いが、制限時間付きは嫌いなんでね」
そう言い残すと、あっさりと出て言ってしまった。
「キュルケ!」
相変わらず食い下がるベリッソンに、「もう!」と苛立ち紛れに魔法をぶつけるのだった。
表示オプション
横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: