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「ハルケギニアの騎士テッカマンゼロ-4」(2008/02/28 (木) 17:36:29) の最新版変更点
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「ホントに良かったの?」
ワルドのグリフォンの騎上で、上目遣いにルイズは尋ねた。グリフォンの手綱を引く、ワルドへ向けてのものだ。
今ルイズはワルドに抱かれるような格好でグリフォンにまたがっている。
目的地は昨日彼が言ったとおり、ヴァリエール公爵領。ときどき休みながらの、ちょっとした旅行のようなものだ。
「何だい? 急に」
「だってワルド、ゼロ機関とかの仕事で忙しいんじゃない?」
「君の警護も立派な仕事だよ。それにミス・ロングビルは優秀だしね」
「そうなの。そういえば、どんな仕事をしてるのか知らないわ」
「ラダムへの対策が主な任務だけど……今は国中から戦力に使えそうなものを探す方が重要かな。
ミス・ロングビルは今日はタルブ村に向かうと言っていたね」
「タルブ村? そんな所に何かあるの?」
「確か……竜の羽衣の伝説がどうとか」
「竜の羽衣?」
「伝説だよ。本当にあるとは思えない」
緊張しているせいか、口数が多くなっている。ワルドもそれは分かっているので、笑いながら話に付き合っていた。
そうこうしているうちに、目的地は確実に近づいていた。
少しずつ、ルイズの顔がこわばっていくのが分かる。
「ほら、見えてきたよ」
地平線の向こうに、やっと領境が見えてきた。
ヴァリエール公爵領は広い。領境から屋敷まで普通の馬車で半日かかる。
ワルドたちはグリフォンをとばして来たが、それでも時間がかかることには違いない。
やっと吊り橋が見えてきた。
吊り橋は上がっていたが、ワルドのグリフォンの前には大した障害ではない。それを飛び越え、さらに走る。
屋敷の目の前まで来た二人はグリフォンを降りる。グリフォンを樹の辺りに待たせ、屋敷に向かう。
歩いている途中で、ルイズはふと顔を上げた。
「そういえば、ワルドは戻らなくていいの? 近くでしょ」
すると、ワルドは顔色を曇らせた。再会して以来、初めて見せる表情だ。
「ワルド?」
「いや、すまない。僕の領地は壊滅したんだ」
「壊滅!?」
意外な返事にルイズは素っ頓狂な声を上げた。それに対してワルドは努めて平静な感じで応える。
「ああ、ラダムの襲撃があってね。今はもうラダムの植物園さ」
「ご……ごめんなさい。わたし、そんなこと知らなくて」
「いいんだ。もう、過ぎたことだからね」
そう言って笑う。とても寂しげな笑いだった。かなり堪えているのは間違いない。
当然だ。貴族として、領地を失うのは身を切られるように辛いはずだ。
ルイズは自分の迂闊さを心の底から悔いた。
屋敷の大きな門をくぐったところでルイズは足を止めた。
緊張しているのは分かるが、ここまで来て……。
そう思ったワルドが彼女の手を引いて促そうとしたところで、ルイズは顔をうつむけ、言いづらそうにしながらも口を開いた。
「……ねえワルド。一つ、頼んでいい?」
「何かな、僕の可愛いルイズ」
少しでも彼女の気を紛らわせようと軽い調子で言うが、彼女は顔を上げなかった。
「テッカマンのこと、父さまたちには言わないで」
家族に心配をかけたくないということだろう。ワルドはおどけた調子で承諾、ひざまずいてルイズの手をとり、その手に接吻をした。
「承知いたしました。我が姫君」
ルイズは照れて顔を真っ赤にし、ワルドに怒鳴りつけた。
ついに屋敷の目の前まで来た。来てしまった。
しかし、なかなか扉を開ける決心がつかない。手をつけただけで、そこから先に押せない。
ワルドはルイズが扉を開けるのをあえて待っているのか、何も手助けをしない。
「あなたたち、何をしてるのかしら」
そこへ後方から鋭い声が投げかけられた。ルイズは慌てて振り向くが、ワルドはそれを予期していたかのごとくゆっくりと後ろを向く。
そこでは、きつい目つきをしたブロンドの女性が杖をルイズたちに向けていた。
女性の姿を見て、いや見るまでもなく声だけでルイズはそれが誰か分かった。
「エ、エレオノール姉さま!」
紛れもなく、その女性はエレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエール。ルイズの長姉だ。
ルイズの顔と声を聞いたエレオノールは一瞬驚くが、すぐにいつもどおりの表情を取り戻す。
「あら、あなた……ちびルイズ?」
そしてつかつかと歩いてくる。懐かしさに抱きつこうとしたルイズは、いきなり頬を引っ張られた。
「どの面下げて、ここに顔を出しているのかしら~」
「い、いひゃい! なにをひゅるの、ねえひゃま」
その様子を見ていたワルドは、くすくすと笑いを漏らした。その声にエレオノールはルイズから手を離し、ワルドの方に向き直る。
「あなた、ワルド子爵ね。……結婚の報告にでも来たのかしら」
「ち、違うわよ! ワルドはただここまで送ってくれただけで……」
「そう……まあいいわ。入りなさい」
大きな扉を開ける。その先では、ルイズとよく似た桃色の髪をした女性がしっとりと微笑んだ。
「ルイズ……、お帰りなさい、小さなルイズ」
「ちいねえさま!」
ルイズのすぐ上の姉、カトレア・イヴェット・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・ラ・フォンティーヌだ。まるで来るのが分かっていたか
のように、ルイズを出迎えた。嬉しさのあまり、ルイズは彼女のすぐ上の姉に抱きついた。今度は頬をつねられるようなこともない。
「お久しぶりですわ、ちいねえさま」
「ルイズ、お顔をよく見せて」
細く白い手をルイズの顔に添えて、顔を近づける。
「まあ、すっかりきれいになって」
「ちいねえさまったら。ね、お体の具合はいかが?」
「ありがとう、相変わらずよ」
ルイズが顔をうつむけたのを見て、カトレアはとりなすように言う。
「大丈夫よ。いつものことだもの」
そこで話題を変えようと、ルイズは別の質問をした。
「そういえば、父さまと母さまは?」
ルイズの質問に、カトレアもエレオノールも顔をそむける。カトレアが口を開こうとしたところで、エレオノールは手で制した。
「父さまは貴族として軍務に復帰して以来、連絡がつかないわ。母さまは……」
「お姉さま、それは……」
カトレアが制止しようとしたが、エレオノールは構わずに続けた。
「……母さまはあんたを探しに行ったきり、帰ってこないわ」
彼女の言葉に、ルイズは大きな衝撃を受ける。自分を探しに行ったということは、トリステイン魔法学院に……
「あの……姉さま、それってどういう……」
「魔法学院と連絡が取れなくなって、あの化け物が現れたでしょ。それで、あんたを探しに飛び出していったのよ」
「お姉さま!」
カトレアは珍しく声を荒げた。しかしエレオノールはその抗議を受け付けない。
「黙っていてもいずれ分かることよ。ならさっさと教えた方がいいわ」
「それは……ルイズ?」
ルイズは放心したように、両膝を地面に落としている。尋常ではないその様子に、カトレアはしゃがみこんで問いかけた。
「ルイズ、大丈夫?」
「わ、私のせいで……母さまが?」
「そんなことはないわ。あなたのせいではないのよ、ルイズ」
「ルイズ、話があるから後で私の部屋にいらっしゃい」
そんな二人の様子を見下ろしながら、エレオノールはきつい調子で言った。
何とか自分を取り戻したルイズは、カトレアの部屋でドレスを選んでもらい、彼女自らに髪を整えてもらっていた。
心労のせいか、髪の毛はかなり痛んでいた。カトレアは優しく、自分とそっくりな色の髪に櫛を通す。
沈んだままの表情で、ルイズはカトレアに訊いた。
「……ちいねえさま」
「何? ルイズ」
「エレオノール姉さまって、やっぱりわたしのことを嫌ってるのかな?」
「何でそんなことを思うの?」
「だって、エレオノール姉さまったら昔からわたしにいじわるしてばっかで……母さまだってわたしのせいで……」
途中から涙声になっている。カトレアはルイズを後ろから優しく抱きしめ、ささやいた。
「そんなことないわよ。姉さまだってあなたのことが可愛くて仕方ないのよ。心配だから、ついついきつく言っちゃうの。
それに、魔法学院のことを聞いて真っ先に飛び出そうとしたのはねえさまなのよ?」
「え、うそ!」
「本当よ。けど、わたしをほうっておけないからって姉さまは家に残って……母さまが代わりに探しに行ったのよ」
ルイズはカトレアの話に聞き入った。昔から自分にいじわるばかりしていた長姉の意外な一面を初めて知った。
「だから、母さまのことはルイズのせいじゃないわ。むしろ、わたしのせいよ?」
「そ、そんなことない! ちいねえさまのせいなわけないじゃない!」
「ほら、誰のせいでもないでしょ? 母さまは自分で決断して出て行ったの。だから、あなたが気にすることじゃないわ。
分かった?」
「……うん」
長い沈黙の末、ルイズは頷いた。カトレアも満足そうに微笑む。そして再びルイズの髪の毛に櫛を入れた。
カトレアに再び髪を整えられる気持ちよさに身を委ねながらも、ルイズは思った。
誰のせいでもない。ちいねえさまはそう言っていたけど、本当はそうじゃない。
紛れもなく、ラダムのせいだ。そして、それを呼び出したのはわたし……。
カトレアに見えないところで、ルイズは強く拳を握り締めた。
「エレオノール姉さま、入ります」
カトレアと共に、部屋に入る。そこにはエレオノールだけでなく、彼女と対峙するような形でワルドまでがいた。
「あら、来たわね」
ルイズが入ってきたのを見たエレオノールはちょうどいい、とばかりに言った。
ここに何故ワルドがいるのか分からないルイズは、混乱する。
「お姉さま、これはいったい……?」
「ワルド子爵にも聞いてもらうためよ。あなたたち、さっさと結婚なさい」
あまりにも突然のことで、わけが分からない。ルイズは間抜けにも、呆けた表情となってしまった。
「……え? ええぇぇぇぇっ!!?」
やっと理解したルイズは、可愛らしい声を全開にして驚いた。
エレオノールは、ルイズが叫び終わって息を整えているのを見計らってから、発言する。
「もう学院もなくなってしまったことだし、おとなしくうちで花嫁修業でもしていなさい!」
「でも……」
「でも、じゃなくてはいでしょ! あんたたちは婚約者なんだから、別に今から結婚しても問題ないわ!」
しかし、あまりにも突然のことに、気持ちの整理がつかない。
「だって……そうだ! ワルドは、ワルドはなんて言ってるの!?」
突然話を振られたワルドは、ルイズのほうを見、エレオノールのほうへと向き直る。
「そうだね。僕としてはルイズと今すぐ結婚できるのは嬉しいよ」
「……だそうよ。ルイズ、文句はないわね!」
エレオノールは強い調子で断じた。あまりのことに、ルイズは惑うばかりだ。
「そんな……いきなり」
そのとき、ルイズは他のテッカマンの気配を感じた。すぐ近くにいるこれは、間違いなくダガーのものだ。
ルイズはエレオノールとカトレア、ワルドの顔を次々と見比べた。そして、ワルドの方に視線を固定させる。
彼女の視線に気付いたワルドは首をかしげる。
「どうかしたのかい?」
「ワルド、ちょっと来て!」
返事も聞かず、強引に引っ張って部屋を出る。ドアに差しかかった辺りで、カトレアが声をかけた。
「ルイズ、どうかしたの?」
そして、足早について来ようとする。ルイズは心の中で謝りながら、大きな声で言った。
「ごめんなさい、ちいねえさま! ワルドと二人っきりで話があるの!」
廊下に出たルイズは、そのまま足早に外へ向かっていた。彼女の尋常でない様子と表情に、思い当たったことを訊く。
「ラダム、かい?」
こくりと頷く。ワルドは仕方ない、とでも言う風に肩をすくめた。
「お姉さまたちには、うまく言ってくれる?」
「分かったよ。君との結婚は当分先になりそうだね」
「え?」
「こんなんじゃ、結婚なんてとてもできそうにないからね。お姉さまたちにもそう伝えておくよ」
そう言って、ワルドは部屋へと引き返していった。後姿を見送ったルイズは、意を決して外へ向かって駆け出した。
領地内の森の中。そこで一人の少年がバラをくわえながら木にもたれかかっていた。
金色の巻き髪をした、美少年といってもいい顔立ちをしている。彼は何かを隠すかのように、常に顔の右側を右手で覆っていた。
そこに、小さな足音が響いた。木の根に足を取られないように気をつけ、飛び跳ねるようにして、ルイズがやってくる。
彼女の姿を見つけたギーシュは身を起こし、嬉しそうな声を発した。
「よく来てくれたね。嬉しいよ、ルイズ!」
「ギーシュ……!」
状況と台詞だけ取ってみると逢引のようにも見えるが、二人の間に流れる不穏な空気はそれを否定する。
そう。彼らの間にあるのは、殺意だけだった。
一方は裏切り者に対する蔑みと右目の傷に対する恨み。
もう一方は自分の大切な者を奪った存在に対する憎悪。
「この傷の恨み、受けてもらうよ」
ギーシュは右手にクリスタルを持った。それで初めて彼の顔があらわになる。
それを見て、ルイズは息を飲んだ。顔の右側に大きな傷跡が刻まれ、彼の顔を台無しにしていた。
そして、右手のクリスタルを天に掲げて叫んだ。
「テックセッター!」
システムボックスに包まれたギーシュの身体は人ならざるもの、ラダムの姿へと変わっていった。
「テッカマンダガー!」
それに対し、ルイズもクリスタルを掲げて叫んだ。
「テックセッタァーッ!」
ルイズの身体もシステムボックスに包まれ、ギーシュと同じような変化を遂げる。
実際、ギーシュとルイズはほとんど同一の存在だ。どちらも同じ物によって、同じ改造を受け、同じような姿へと変えられた。
唯一つの違いは、人の心が残っているかどうか。ただ、それだけだ。
だからこそルイズは今までギーシュを倒すことができなかった。
しかし、今は違う。母を奪われ、ラダムへの怒りと憎しみに満ち溢れている今なら。
「テッカマンゼロ!」
変身を完了したルイズ、テッカマンゼロはテックランサーを構え、かつての学友に飛び掛っていった。
二人のテッカマンは空中を自在に舞い、接近してはランサーを切り結び、高速で離脱してはまた切り結ぶ。
テッカマンが高速で飛び回るたびに衝撃波が発生し、木々をなぎ倒していく。
ダガーは魔法を使わないまま、テックランサーを駆使している。
彼には勝算があった。先の戦闘の経験から、ゼロがとどめをさせないと踏んでいたのだ。
だが、戦闘が始まってすぐにそれは誤算だと思い知った。ゼロの攻撃はいつになく苛烈で、迷いのないものだったのだ。
しかし、作戦には直接の関係はない。
ただゼロを罠にはめ、あの世に送り込むだけだ。
幾度目かの衝突で、機会が来た。
低空で激突し、間合いが離れた瞬間、ダガーはランサーを変形させ、横に構える。
変形したテックランサーから反物質の矢、コスモボウガンを連続して放たれた。
ゼロはとっさに下に移動し、それをかわす。あまりに急激な回避は勢いを止めきれず、地面に足を着いてしまった。
それを見たダガーは、仮面の下で薄く笑った。罠にかかったのだ。
「いまだ!」
ダガーがバラの花を振る。と同時に地面から複数の手が飛び出し、ゼロの足を掴んだ。
「えっ!?」
その腕は土を吹き飛ばし、全身を現した。ワルキューレだ。
完全に虚を疲れたゼロは、四肢を完全に拘束されてしまう。
「これで終わりだ、ゼロ!」
ダガーはランサーの変形したコスモボウガンを連射した。ボルテッカには到底及ばないが、直撃すればただではすまない。
その寸前、かろうじてゼロは身体を動かした。
二、三発の矢が肩に突き刺さるが、心臓を狙っていた矢はコスモボウガンはゼロに突き刺さる前にワルキューレの背中を貫き、爆発した。
衝撃でワルキューレの拘束する力が緩む。その瞬間、ゼロは懇親の力で両腕の拘束を外し、右腕の自由を奪っていたワルキューレをダガーへと投げつける。
「なにっ!?」
二人の一直線上にワルキューレが割り込んだ。一瞬、互いの視界が遮られる。
ゼロは両肩の装甲を開き、全てのエネルギーを込めた。片側四つ、計八つのレンズ状の物体に光が集まる。
彼女の脳裏に母親のイメージが浮かんだ。そして、叫ぶ。
「ボルテッカァァッ!!」
今度は、迷いはなかった。ボルテッカは狙い違わずダガーに迫っていく。
もはやダガーに避ける術はなかった。
「うあああぁぁぁぁぁっっ!!」
断末魔の叫びを残し、テッカマンダガーはフェルミオンの奔流の中へと消えていった。
ゼロは両肩の装甲を収納する。
身体を拘束していたワルキューレたちは、崩れ落ちるように大地に消えた。
ダガーが滅びた何よりの証拠だ。
わたしは、ギーシュを殺したんだ……。
静かになったところで、ワルドはルイズがいると思われるところへ走った。
先ほど、凄まじいエネルギーの放たれたところだ。
果たしてルイズは、そこにいた。
桃色の髪をした小柄な少女は、手に持った何かを呆けたように見つめている。
「ルイズ、それは?」
彼女の手の中にあったのは、一枚のバラの花だった。それはやがて、溶けるように消滅した。
しばらくの間ルイズはそれを見つめ続けていたが、何かを吹っ切るようにワルドの方を向く。
「……ううん、なんでもない。それより、もう帰らないと」
「いや、それは……」
「ごめんなさい。今は、お姉さまたちと顔をあわせられない」
ルイズは下を向き、思いつめたような顔で言った。
その表情に何かを感じたワルドは何も言わず首を縦に振り、グリフォンのいた場所へと走った。
テッカマンオメガは、ダガーの消滅を知りながらも何ら動揺を見せなかった。
「ダガーが倒されましたか。ならば、次の者を送りこむだけです、ルイズ」
その時、テックシステムから一人の人間が解放され、新たなテッカマンが生み出された。
#navi(ハルケギニアの騎士テッカマンゼロ)
「ホントに良かったの?」
ワルドのグリフォンの騎上で、上目遣いにルイズは尋ねた。グリフォンの手綱を引く、ワルドへ向けてのものだ。
今ルイズはワルドに抱かれるような格好でグリフォンにまたがっている。
目的地は昨日彼が言ったとおり、ヴァリエール公爵領。ときどき休みながらの、ちょっとした旅行のようなものだ。
「何だい? 急に」
「だってワルド、ゼロ機関とかの仕事で忙しいんじゃない?」
「君の警護も立派な仕事だよ。それにミス・ロングビルは優秀だしね」
「そうなの。そういえば、どんな仕事をしてるのか知らないわ」
「ラダムへの対策が主な任務だけど……今は国中から戦力に使えそうなものを探す方が重要かな。
ミス・ロングビルは今日はタルブ村に向かうと言っていたね」
「タルブ村? そんな所に何かあるの?」
「確か……竜の羽衣の伝説がどうとか」
「竜の羽衣?」
「伝説だよ。本当にあるとは思えない」
緊張しているせいか、口数が多くなっている。ワルドもそれは分かっているので、笑いながら話に付き合っていた。
そうこうしているうちに、目的地は確実に近づいていた。
少しずつ、ルイズの顔がこわばっていくのが分かる。
「ほら、見えてきたよ」
地平線の向こうに、やっと領境が見えてきた。
ヴァリエール公爵領は広い。領境から屋敷まで普通の馬車で半日かかる。
ワルドたちはグリフォンをとばして来たが、それでも時間がかかることには違いない。
やっと吊り橋が見えてきた。
吊り橋は上がっていたが、ワルドのグリフォンの前には大した障害ではない。それを飛び越え、さらに走る。
屋敷の目の前まで来た二人はグリフォンを降りる。グリフォンを樹の辺りに待たせ、屋敷に向かう。
歩いている途中で、ルイズはふと顔を上げた。
「そういえば、ワルドは戻らなくていいの? 近くでしょ」
すると、ワルドは顔色を曇らせた。再会して以来、初めて見せる表情だ。
「ワルド?」
「いや、すまない。僕の領地は壊滅したんだ」
「壊滅!?」
意外な返事にルイズは素っ頓狂な声を上げた。それに対してワルドは努めて平静な感じで応える。
「ああ、ラダムの襲撃があってね。今はもうラダムの植物園さ」
「ご……ごめんなさい。わたし、そんなこと知らなくて」
「いいんだ。もう、過ぎたことだからね」
そう言って笑う。とても寂しげな笑いだった。かなり堪えているのは間違いない。
当然だ。貴族として、領地を失うのは身を切られるように辛いはずだ。
ルイズは自分の迂闊さを心の底から悔いた。
屋敷の大きな門をくぐったところでルイズは足を止めた。
緊張しているのは分かるが、ここまで来て……。
そう思ったワルドが彼女の手を引いて促そうとしたところで、ルイズは顔をうつむけ、言いづらそうにしながらも口を開いた。
「……ねえワルド。一つ、頼んでいい?」
「何かな、僕の可愛いルイズ」
少しでも彼女の気を紛らわせようと軽い調子で言うが、彼女は顔を上げなかった。
「テッカマンのこと、父さまたちには言わないで」
家族に心配をかけたくないということだろう。ワルドはおどけた調子で承諾、ひざまずいてルイズの手をとり、その手に接吻をした。
「承知いたしました。我が姫君」
ルイズは照れて顔を真っ赤にし、ワルドに怒鳴りつけた。
ついに屋敷の目の前まで来た。来てしまった。
しかし、なかなか扉を開ける決心がつかない。手をつけただけで、そこから先に押せない。
ワルドはルイズが扉を開けるのをあえて待っているのか、何も手助けをしない。
「あなたたち、何をしてるのかしら」
そこへ後方から鋭い声が投げかけられた。ルイズは慌てて振り向くが、ワルドはそれを予期していたかのごとくゆっくりと後ろを向く。
そこでは、きつい目つきをしたブロンドの女性が杖をルイズたちに向けていた。
女性の姿を見て、いや見るまでもなく声だけでルイズはそれが誰か分かった。
「エ、エレオノール姉さま!」
紛れもなく、その女性はエレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエール。ルイズの長姉だ。
ルイズの顔と声を聞いたエレオノールは一瞬驚くが、すぐにいつもどおりの表情を取り戻す。
「あら、あなた……ちびルイズ?」
そしてつかつかと歩いてくる。懐かしさに抱きつこうとしたルイズは、いきなり頬を引っ張られた。
「どの面下げて、ここに顔を出しているのかしら~」
「い、いひゃい! なにをひゅるの、ねえひゃま」
その様子を見ていたワルドは、くすくすと笑いを漏らした。その声にエレオノールはルイズから手を離し、ワルドの方に向き直る。
「あなた、ワルド子爵ね。……結婚の報告にでも来たのかしら」
「ち、違うわよ! ワルドはただここまで送ってくれただけで……」
「そう……まあいいわ。入りなさい」
大きな扉を開ける。その先では、ルイズとよく似た桃色の髪をした女性がしっとりと微笑んだ。
「ルイズ……、お帰りなさい、小さなルイズ」
「ちいねえさま!」
ルイズのすぐ上の姉、カトレア・イヴェット・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・ラ・フォンティーヌだ。まるで来るのが分かっていたか
のように、ルイズを出迎えた。嬉しさのあまり、ルイズは彼女のすぐ上の姉に抱きついた。今度は頬をつねられるようなこともない。
「お久しぶりですわ、ちいねえさま」
「ルイズ、お顔をよく見せて」
細く白い手をルイズの顔に添えて、顔を近づける。
「まあ、すっかりきれいになって」
「ちいねえさまったら。ね、お体の具合はいかが?」
「ありがとう、相変わらずよ」
ルイズが顔をうつむけたのを見て、カトレアはとりなすように言う。
「大丈夫よ。いつものことだもの」
そこで話題を変えようと、ルイズは別の質問をした。
「そういえば、父さまと母さまは?」
ルイズの質問に、カトレアもエレオノールも顔をそむける。カトレアが口を開こうとしたところで、エレオノールは手で制した。
「父さまは貴族として軍務に復帰して以来、連絡がつかないわ。母さまは……」
「お姉さま、それは……」
カトレアが制止しようとしたが、エレオノールは構わずに続けた。
「……母さまはあんたを探しに行ったきり、帰ってこないわ」
彼女の言葉に、ルイズは大きな衝撃を受ける。自分を探しに行ったということは、トリステイン魔法学院に……
「あの……姉さま、それってどういう……」
「魔法学院と連絡が取れなくなって、あの化け物が現れたでしょ。それで、あんたを探しに飛び出していったのよ」
「お姉さま!」
カトレアは珍しく声を荒げた。しかしエレオノールはその抗議を受け付けない。
「黙っていてもいずれ分かることよ。ならさっさと教えた方がいいわ」
「それは……ルイズ?」
ルイズは放心したように、両膝を地面に落としている。尋常ではないその様子に、カトレアはしゃがみこんで問いかけた。
「ルイズ、大丈夫?」
「わ、私のせいで……母さまが?」
「そんなことはないわ。あなたのせいではないのよ、ルイズ」
「ルイズ、話があるから後で私の部屋にいらっしゃい」
そんな二人の様子を見下ろしながら、エレオノールはきつい調子で言った。
何とか自分を取り戻したルイズは、カトレアの部屋でドレスを選んでもらい、彼女自らに髪を整えてもらっていた。
心労のせいか、髪の毛はかなり痛んでいた。カトレアは優しく、自分とそっくりな色の髪に櫛を通す。
沈んだままの表情で、ルイズはカトレアに訊いた。
「……ちいねえさま」
「何? ルイズ」
「エレオノール姉さまって、やっぱりわたしのことを嫌ってるのかな?」
「何でそんなことを思うの?」
「だって、エレオノール姉さまったら昔からわたしにいじわるしてばっかで……母さまだってわたしのせいで……」
途中から涙声になっている。カトレアはルイズを後ろから優しく抱きしめ、ささやいた。
「そんなことないわよ。姉さまだってあなたのことが可愛くて仕方ないのよ。心配だから、ついついきつく言っちゃうの。
それに、魔法学院のことを聞いて真っ先に飛び出そうとしたのはねえさまなのよ?」
「え、うそ!」
「本当よ。けど、わたしをほうっておけないからって姉さまは家に残って……母さまが代わりに探しに行ったのよ」
ルイズはカトレアの話に聞き入った。昔から自分にいじわるばかりしていた長姉の意外な一面を初めて知った。
「だから、母さまのことはルイズのせいじゃないわ。むしろ、わたしのせいよ?」
「そ、そんなことない! ちいねえさまのせいなわけないじゃない!」
「ほら、誰のせいでもないでしょ? 母さまは自分で決断して出て行ったの。だから、あなたが気にすることじゃないわ。
分かった?」
「……うん」
長い沈黙の末、ルイズは頷いた。カトレアも満足そうに微笑む。そして再びルイズの髪の毛に櫛を入れた。
カトレアに再び髪を整えられる気持ちよさに身を委ねながらも、ルイズは思った。
誰のせいでもない。ちいねえさまはそう言っていたけど、本当はそうじゃない。
紛れもなく、ラダムのせいだ。そして、それを呼び出したのはわたし……。
カトレアに見えないところで、ルイズは強く拳を握り締めた。
「エレオノール姉さま、入ります」
カトレアと共に、部屋に入る。そこにはエレオノールだけでなく、彼女と対峙するような形でワルドまでがいた。
「あら、来たわね」
ルイズが入ってきたのを見たエレオノールはちょうどいい、とばかりに言った。
ここに何故ワルドがいるのか分からないルイズは、混乱する。
「お姉さま、これはいったい……?」
「ワルド子爵にも聞いてもらうためよ。あなたたち、さっさと結婚なさい」
あまりにも突然のことで、わけが分からない。ルイズは間抜けにも、呆けた表情となってしまった。
「……え? ええぇぇぇぇっ!!?」
やっと理解したルイズは、可愛らしい声を全開にして驚いた。
エレオノールは、ルイズが叫び終わって息を整えているのを見計らってから、発言する。
「もう学院もなくなってしまったことだし、おとなしくうちで花嫁修業でもしていなさい!」
「でも……」
「でも、じゃなくてはいでしょ! あんたたちは婚約者なんだから、別に今から結婚しても問題ないわ!」
しかし、あまりにも突然のことに、気持ちの整理がつかない。
「だって……そうだ! ワルドは、ワルドはなんて言ってるの!?」
突然話を振られたワルドは、ルイズのほうを見、エレオノールのほうへと向き直る。
「そうだね。僕としてはルイズと今すぐ結婚できるのは嬉しいよ」
「……だそうよ。ルイズ、文句はないわね!」
エレオノールは強い調子で断じた。あまりのことに、ルイズは惑うばかりだ。
「そんな……いきなり」
そのとき、ルイズは他のテッカマンの気配を感じた。すぐ近くにいるこれは、間違いなくダガーのものだ。
ルイズはエレオノールとカトレア、ワルドの顔を次々と見比べた。そして、ワルドの方に視線を固定させる。
彼女の視線に気付いたワルドは首をかしげる。
「どうかしたのかい?」
「ワルド、ちょっと来て!」
返事も聞かず、強引に引っ張って部屋を出る。ドアに差しかかった辺りで、カトレアが声をかけた。
「ルイズ、どうかしたの?」
そして、足早について来ようとする。ルイズは心の中で謝りながら、大きな声で言った。
「ごめんなさい、ちいねえさま! ワルドと二人っきりで話があるの!」
廊下に出たルイズは、そのまま足早に外へ向かっていた。彼女の尋常でない様子と表情に、思い当たったことを訊く。
「ラダム、かい?」
こくりと頷く。ワルドは仕方ない、とでも言う風に肩をすくめた。
「お姉さまたちには、うまく言ってくれる?」
「分かったよ。君との結婚は当分先になりそうだね」
「え?」
「こんなんじゃ、結婚なんてとてもできそうにないからね。お姉さまたちにもそう伝えておくよ」
そう言って、ワルドは部屋へと引き返していった。後姿を見送ったルイズは、意を決して外へ向かって駆け出した。
領地内の森の中。そこで一人の少年がバラをくわえながら木にもたれかかっていた。
金色の巻き髪をした、美少年といってもいい顔立ちをしている。彼は何かを隠すかのように、常に顔の右側を右手で覆っていた。
そこに、小さな足音が響いた。木の根に足を取られないように気をつけ、飛び跳ねるようにして、ルイズがやってくる。
彼女の姿を見つけたギーシュは身を起こし、嬉しそうな声を発した。
「よく来てくれたね。嬉しいよ、ルイズ!」
「ギーシュ……!」
状況と台詞だけ取ってみると逢引のようにも見えるが、二人の間に流れる不穏な空気はそれを否定する。
そう。彼らの間にあるのは、殺意だけだった。
一方は裏切り者に対する蔑みと右目の傷に対する恨み。
もう一方は自分の大切な者を奪った存在に対する憎悪。
「この傷の恨み、受けてもらうよ」
ギーシュは右手にクリスタルを持った。それで初めて彼の顔があらわになる。
それを見て、ルイズは息を飲んだ。顔の右側に大きな傷跡が刻まれ、彼の顔を台無しにしていた。
そして、右手のクリスタルを天に掲げて叫んだ。
「テックセッター!」
システムボックスに包まれたギーシュの身体は人ならざるもの、ラダムの姿へと変わっていった。
「テッカマンダガー!」
それに対し、ルイズもクリスタルを掲げて叫んだ。
「テックセッタァーッ!」
ルイズの身体もシステムボックスに包まれ、ギーシュと同じような変化を遂げる。
実際、ギーシュとルイズはほとんど同一の存在だ。どちらも同じ物によって、同じ改造を受け、同じような姿へと変えられた。
唯一つの違いは、人の心が残っているかどうか。ただ、それだけだ。
だからこそルイズは今までギーシュを倒すことができなかった。
しかし、今は違う。母を奪われ、ラダムへの怒りと憎しみに満ち溢れている今なら。
「テッカマンゼロ!」
変身を完了したルイズ、テッカマンゼロはテックランサーを構え、かつての学友に飛び掛っていった。
二人のテッカマンは空中を自在に舞い、接近してはランサーを切り結び、高速で離脱してはまた切り結ぶ。
テッカマンが高速で飛び回るたびに衝撃波が発生し、木々をなぎ倒していく。
ダガーは魔法を使わないまま、テックランサーを駆使している。
彼には勝算があった。先の戦闘の経験から、ゼロがとどめをさせないと踏んでいたのだ。
だが、戦闘が始まってすぐにそれは誤算だと思い知った。ゼロの攻撃はいつになく苛烈で、迷いのないものだったのだ。
しかし、作戦には直接の関係はない。
ただゼロを罠にはめ、あの世に送り込むだけだ。
幾度目かの衝突で、機会が来た。
低空で激突し、間合いが離れた瞬間、ダガーはランサーを変形させ、横に構える。
変形したテックランサーから反物質の矢、コスモボウガンを連続して放たれた。
ゼロはとっさに下に移動し、それをかわす。あまりに急激な回避は勢いを止めきれず、地面に足を着いてしまった。
それを見たダガーは、仮面の下で薄く笑った。罠にかかったのだ。
「いまだ!」
ダガーがバラの花を振る。と同時に地面から複数の手が飛び出し、ゼロの足を掴んだ。
「えっ!?」
その腕は土を吹き飛ばし、全身を現した。ワルキューレだ。
完全に虚を疲れたゼロは、四肢を完全に拘束されてしまう。
「これで終わりだ、ゼロ!」
ダガーはランサーの変形したコスモボウガンを連射した。ボルテッカには到底及ばないが、直撃すればただではすまない。
その寸前、かろうじてゼロは身体を動かした。
二、三発の矢が肩に突き刺さるが、心臓を狙っていた矢はコスモボウガンはゼロに突き刺さる前にワルキューレの背中を貫き、爆発した。
衝撃でワルキューレの拘束する力が緩む。その瞬間、ゼロは懇親の力で両腕の拘束を外し、右腕の自由を奪っていたワルキューレをダガーへと投げつける。
「なにっ!?」
二人の一直線上にワルキューレが割り込んだ。一瞬、互いの視界が遮られる。
ゼロは両肩の装甲を開き、全てのエネルギーを込めた。片側四つ、計八つのレンズ状の物体に光が集まる。
彼女の脳裏に母親のイメージが浮かんだ。そして、叫ぶ。
「ボルテッカァァッ!!」
今度は、迷いはなかった。ボルテッカは狙い違わずダガーに迫っていく。
もはやダガーに避ける術はなかった。
「うあああぁぁぁぁぁっっ!!」
断末魔の叫びを残し、テッカマンダガーはフェルミオンの奔流の中へと消えていった。
ゼロは両肩の装甲を収納する。
身体を拘束していたワルキューレたちは、崩れ落ちるように大地に消えた。
ダガーが滅びた何よりの証拠だ。
わたしは、ギーシュを殺したんだ……。
静かになったところで、ワルドはルイズがいると思われるところへ走った。
先ほど、凄まじいエネルギーの放たれたところだ。
果たしてルイズは、そこにいた。
桃色の髪をした小柄な少女は、手に持った何かを呆けたように見つめている。
「ルイズ、それは?」
彼女の手の中にあったのは、一枚のバラの花だった。それはやがて、溶けるように消滅した。
しばらくの間ルイズはそれを見つめ続けていたが、何かを吹っ切るようにワルドの方を向く。
「……ううん、なんでもない。それより、もう帰らないと」
「いや、それは……」
「ごめんなさい。今は、お姉さまたちと顔をあわせられない」
ルイズは下を向き、思いつめたような顔で言った。
その表情に何かを感じたワルドは何も言わず首を縦に振り、グリフォンのいた場所へと走った。
テッカマンオメガは、ダガーの消滅を知りながらも何ら動揺を見せなかった。
「ダガーが倒されましたか。ならば、次の者を送りこむだけです、ルイズ」
その時、テックシステムから一人の人間が解放され、新たなテッカマンが生み出された。
#navi(ハルケギニアの騎士テッカマンゼロ)
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