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「宵闇の使い魔 第壱話」(2007/10/07 (日) 21:12:52) の最新版変更点
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削除された行は赤色になります。
俺がその銀色に光る姿見を見つけたのは――何処だったかの娼館でな。
あぁ、その通り。
あらかたの"穴"塞ぎ終えたんで久方ぶりに、って奴だ。
んでまぁ、珍しくサービス精神なんぞを発揮してやろーかってところで、現れやがった。
埒外な事には慣れてるもんで、飲み込まれる瞬間に何とか服と荷物は掴んだ。
そん時はまぁ、どうせ美津里の奴が、と思ったんだがな。
宵闇の使い魔
第壱話:まれびと
「宇宙の果てのどこかにいる、私の下僕よッ!強く、美しく、そして生命力に溢れた使い魔よッ!
私は心より求め、訴えるわ――我が導きに応えなさいッ!」
ルイズの10回目の必至の訴えかけによって、またしても爆発が起こり、砂煙を巻き上げる。
――また駄目だったのか――
絶望と悔恨に唇を噛んだ、その瞬間。
「どこだッ!ここはぁッ!?」
そう怒声を上げて、砂煙の中からほぼ全裸の眼帯男が現れた。
「なッ……ぁッ……」
言葉も無い。
当然といえば当然だ。
やっと呼び出した筈の使い魔はどう見ても平民。
しかもほぼ全裸。
呆気に囚われていた学友達が我に返れば、
「おいおいおい、よりにもよって平民を呼び出すなよ!」
「おいおい、なんだあの露出狂は。変な下着つけてるぞ」
などと囃し立ててきたり、
「キャァァァッ!!」
などと黄色い悲鳴を――わざとらしく――上げてみたりしてくる。
男はチッと舌打ちしながら辺りを見回しているが、ルイズは構いもせずにコルベールへと顔を向けては、再召喚を懇願する。
しかし、伝統を盾にそれを跳ね除けられてしまえば諦めるほか無く、しぶしぶとその男の元へと向かう。
「とりあえず着なさいよ。それ、服なんでしょ」
と、男が手に掴んでいる服らしきものを指差す。
流石に、使い魔になるとはいっても、ほぼ全裸の男とファーストキスは避けたいようだ。
男が「あぁ……」と頷きながらその見慣れない服を着込むのを待つ。
十分に鍛えられた身体と、幾つもの傷跡。
傭兵かなにかだろうか。
少なくとも、堅気の人間ではないだろう。雰囲気もどこか剣呑だ。
厄介かも、と思う反面、全くの役立たずにはならないで済むかもとも思う。
男が服を着終えると、ルイズは腰に手を当て、見上げるようにして告げる。
「感謝しなさいよねッ。貴族にこんなことされるなんて、普通は一生ないんだから!」
と顔を顰めながらも、僅かに照れをみせるという器用な真似をしながら言葉を続けた。
「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ヴァリエール。
五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」
ぶつぶつとなにやら唱えると、キッと男を睨みつけて、
「ちょっと屈みなさい」
何が始まるのかと眺めながらも、ポケットをぽんぽんと叩いては何かを探している様子の男を屈ませて、
「んッ!!」「ぬぉ」
と強引に口付けを行った。
「おいおい、なんのつも……っガッ!?」
抗議――という程のものでも無さそうだが、男が行為の意図を確認しようとした瞬間、男の左手に痛みが走り、ルーンが刻まれていく。
《コントラクト・サーバント》は一発で成功したことに本当に僅かだが満足を得つつ、コルベールへと視線を向ける。
「ふむ、珍しい形のルーンだな。少なくとも知られている文字ではない。早速調べたいところだが――
まずは、解散としよう」
コルベールは男の左手のルーンをまじまじと眺めていたが、次の授業の時間が迫っていることに気付くと、解散を告げる。
するとコルベールも青砥達も、次々に《フライ》を唱えては宙に浮き、各々学院へと飛んでいった。
男が「ほぉー……」と僅かに関心した様子の声を上げているが、ルイズは「ほら、行くわよ」と言って彼らが飛んでいった方向へと歩き始めた。
とはいえ、ルイズ以外が一人残らず飛んで行ってしまえば、
「おい、お前さんは飛ばねえのか?」
という疑問が出てくるのは当たり前の事だ。
しかしルイズは、男を再びキッと睨んで
「そんな事よりッ、あんたの名前はッ!使い魔にするんだから、
それくらい知っておかなきゃいけないんだからッ」と強引に話題を逸らす。
男はそれで彼女は飛べないと察したのか、肩竦めて、
「名前か。どれが良いんだか――まぁ良いか。長谷川虎蔵だ――っと、おい。ちょっと待て。なんだ使い魔って」
慌てて問い返した。
「トラゾウ?変な名前ね。まぁ良いけど――でなによ、使い魔も知らないの?」
歩みは止めずに、虎蔵を見上げるルイズ。
「いや、知ってはいるが何で俺が――おいまて、まさか、これは」
と顔を顰めて左手を見る。
虎蔵が驚くのは無理も無い。
彼の非常識な関係者――勿論彼自身もとんでもなく非常識ではあるが――の中には使い魔らしきものを使う奴も居るには居るが、
それにしたって卵に手足が生えたようなのだとか、僵尸だとか、挙句の果てにはこの星の明日を守る為にスクランブルしそうなからくり人形だとかであって、人間ではない。
――いや、最初の以外は違うか――
兎も角、人間が使い魔になるというのは、あまり聞いた事が無い。
あの《悪魔憑き》らしき女も、使い魔とは違うだろう。
まぁ、なんにせよ面倒ごとには違いない。
とはいえ――
「んじゃ、此処は何処なんだ」
そう。
現在地である。
バックレてしまうにしても、現在地位は聞いておいたほうが良いだろう。
もっとも、あのように何人もの子供が遊びの延長のように《魔法》を使っているのを思い返せば、どうも使い魔どころではなく面倒なことになっている気はするのだが。
するとルイズは、やはり立ち止まることはせずに
「トリステイン魔法学院よ。トリステイン王国の」
と簡潔に答える。
聞いたことの無い国名に、虎蔵は「さよけ」と答えて溜息をついた。
虎蔵にしてみれば異世界の存在を疑い理由はない。
異世界のナニカと低気圧のアイノコを丸々喰らった以上は。
鬱陶しいデブが笑いながら異世界へと旅立った以上は。
――おい、まさか奴が着てたりはしねえだろうな―――
などと危惧もあるが、納得は出来る。
ついでに言えば、元の世界に戻る方法も、そのうち美津里がなんとかしてくれるだろうとも思う。
後が恐いが。
ならばまぁ、
「しゃあない、暫く付き合ってやるか――」
と、大雑把に結論付けてルイズの後をついていくのだった。
その後、ルイズの部屋に連れて行かれた虎蔵は幾つかの確認作業を行ってから部屋を抜け出し、
夜空を眺めながら紫煙を燻らせていた。
「……考えたら此処にゃ煙草なんぞ無さそうだな……」
ふぅ、と煙を吐き出しながら手元のそれを眺める。
まぁ葉巻ぐらいならあるだろうし、最悪パイプでも良いのだが。
月を眺めながら、ルイズの部屋での会話の内容を思い返す。
虎蔵は使い魔をやってやることには――本意では無いが――まぁ納得していたので其処はスムーズに終ったが、
問題は彼の正体についてだ。
異世界、などという物を納得するかどうか解らないし、納得されてもソレはソレで面倒なことになりかねない。
ならば、という事で適当に誤魔化しながら喋っていたのだが、
虎蔵がこの世界のことについて知らない異常、当然ボロは出る。
最終的に、彼は何処かの傭兵で、余り過去は探られたくない。
使い魔はやってやるから、必要以上の詮索はなしといこう、という事になった。
もっとも、下着を投げ渡されて洗っとけなどと言われたことには面食らったが。
どうも彼女は虎蔵を、使い魔を男として認識していないようで、羞恥心とかは無いらしい。
その方が面倒は少なくて済むから良いのだが、呼び出されたのが"最中"だったことを思い返せば微妙な気分になるのは否めない。
とはいえ、流石にあの子供に無理やり手を付けるつもりも無いが。
「ま、こういう世界なら小間使い位居るだろ――」
そう呟くと、地面に煙草を落して踏み消し、異界の証左である双月の元を去って行った。
そして翌朝。
「ふぁぁ」
と気だるげに欠伸をしながら、ルイズの洗濯物を手に水場を探していた虎蔵は、
運良くメイド姿の黒髪の少女が洗濯をしているところに遭遇できた。
彼が近づいていくと、その少女――シエスタが足音に気付いて視線を上げる。
「よぉ」
とりあえず、気軽に声を掛けて近くにまで向かう虎蔵。
シエスタも、律儀に洗濯を一時中断して立ち上がり、「おはようございます」と返した。
しかし、改めて虎蔵を見ると「えぇと」と首を傾げる。
「あぁ、なんつったか――ルイズなんたらって長い名前の」
「あぁ、はい。ミス・ヴァリエールの呼び出された使い魔の方でしたか。
噂は聞いていますよ」
虎蔵がその仕草の意味を察してルイズの名前を出せば、
既に噂は広まっていたようで、シエスタはにこっと笑みを浮かべて納得した。
「えぇと、それで何か御用でしょうか。あ、洗濯物です?」
虎蔵が手にしている物を見れば、シエスタは察して自ら問う。
「あぁ、察しが良くて助かる。頼めるか?」
「はい、結構ですよ――男の方ですものね」
洗濯物を受け取ると、その中に下着も含まれているのを見て苦笑する。
虎蔵も肩を竦めて同意を示す。
「あ、でもそろそろ起こされた方が良いかもしれません。朝食に間に合わなくなってしまいますよ」
虎蔵から受け取ったルイズの洗濯物を他の洗濯物とまとめながら、ちらりと建物の方を見る。
そこに食堂でもあるのだろう。
「さよか。んじゃま、我侭嬢ちゃんを起こしに行くか」
虎蔵はやはり気だるげに答えると、踵を返して寮へと向かいだす。
そこへ、
「あっ――すいません、私、シエスタと申します。あの」
慌てて思い出したかのように背中に声を掛けられる。
すると虎蔵は、立ち止まりはせずに後手を軽く振って、
「虎蔵。長谷川虎蔵だ」
とだけ名乗って、去っていくのだった。
虎蔵がルイズの部屋に戻ると、一応自分で目は覚ましたようで、ぽわぽわと寝ぼけているルイズが目に入る。
「おう、起きたか。飯の時間らしいぜ」
窓を開けながら声を掛けると、相変わらずの寝ぼけ声で「着替え――」などとのたまった。
「は?――あぁ」
着替えをするから出て行けということかと解釈し、ドアへと向かう虎蔵だが、
「着替えを手伝いなさいって言ってるの」
と、徐々に覚醒してきたようで、今度ははっきり告げた。
「おいおい、使い魔ってのはベビーシッターの真似事もやらされんのか?」
「誰がベビーよッ!」
子ども扱いを通り越して赤ん坊呼ばわりをされれば、朝っぱらから一瞬にして沸騰するルイズ。
「餓鬼なら着替えくらいは自分でするからな」
「貴族は従者がいるときは一人で着替えたりはしないのッ!」
「知るか――っとォ」「きゃっ」
流石に其処まで面倒見れるか、と出て行こうとドアを開けると、タイミング悪くドアを開けようとしていた人物と鉢合わせしてしまい、
その人物と軽くぶつかってしまう。
「おう、悪いな。大丈夫か?」
ルイズでは感じえないであろう柔らかな感触を胸で受け止めながら、声を掛ける。
褐色肌に赤毛の――少女とは呼びにくいかもしれない。
特にルイズを見た後では。
ルイズに聞かれようものなら、どれだけ激昂するかも解らないようなことを考えながら、キュルケを開放する。
「えぇ、大丈夫。此方こそ失礼したわね」
「こら、待ちなさ――って、キュルケッ!朝っぱらから人の使い魔に何してくれてんのよッ!」
「なにってぶつかっただけよ。それにそっちこそ何時までそんな格好をしているの?もうすぐ朝食の時間よ?」
「それはコイツが――って、コラ何処に行くのよッ!」
「外で煙草吸ってる」
さっきまで寝ぼけていたのが嘘のようにキュルケに食って掛かるルイズに肩を竦めると、
後は頼んだ、とでも言わんばかりにキュルケの肩を叩いて出て行ってしまう虎蔵。
流石に部屋の外では待っているようだが。
キュルケはそのまま追いかけようとするルイズを引きとめながら、
抱きとめられた感触と、そこから見上げた顔立ちを思い返して、
「出てきた時の格好は流石にアレだけど、よく見ると結構良い男ね」
などと呟く。
ルイズはそれを聞くと、ぎょっとしつつもキュルケを睨んで、
「言っておくけど、人の使い魔に変な色目使わないでよねッ」
と釘を刺すが、キュルケは何処吹く風といった様子で「さっさと着替えなさいよ」と促す。
それを廊下で聞いていた虎蔵は、キュルケの使い魔であるフレイムの炎を使って煙草に火をつけては、
「はぁ――なんだかなぁ、おい。どうにも騒がしいね、此処は」
とぼやくのだった。
俺がその銀色に光る姿見を見つけたのは――何処だったかの娼館でな。
あぁ、その通り。
あらかたの"穴"塞ぎ終えたんで久方ぶりに、って奴だ。
んでまぁ、珍しくサービス精神なんぞを発揮してやろーかってところで、現れやがった。
埒外な事には慣れてるもんで、飲み込まれる瞬間に何とか服と荷物は掴んだ。
そん時はまぁ、どうせ美津里の奴が、と思ったんだがな。
宵闇の使い魔
第壱話:まれびと
「宇宙の果てのどこかにいる、私の下僕よッ!強く、美しく、そして生命力に溢れた使い魔よッ!
私は心より求め、訴えるわ――我が導きに応えなさいッ!」
ルイズの10回目の必至の訴えかけによって、またしても爆発が起こり、砂煙を巻き上げる。
――また駄目だったのか――
絶望と悔恨に唇を噛んだ、その瞬間。
「どこだッ!ここはぁッ!?」
そう怒声を上げて、砂煙の中からほぼ全裸の眼帯男が現れた。
「なッ……ぁッ……」
言葉も無い。
当然といえば当然だ。
やっと呼び出した筈の使い魔はどう見ても平民。
しかもほぼ全裸。
呆気に囚われていた学友達が我に返れば、
「おいおいおい、よりにもよって平民を呼び出すなよ!」
「おいおい、なんだあの露出狂は。変な下着つけてるぞ」
などと囃し立ててきたり、
「キャァァァッ!!」
などと黄色い悲鳴を――わざとらしく――上げてみたりしてくる。
男はチッと舌打ちしながら辺りを見回しているが、ルイズは構いもせずにコルベールへと顔を向けては、再召喚を懇願する。
しかし、伝統を盾にそれを跳ね除けられてしまえば諦めるほか無く、しぶしぶとその男の元へと向かう。
「とりあえず着なさいよ。それ、服なんでしょ」
と、男が手に掴んでいる服らしきものを指差す。
流石に、使い魔になるとはいっても、ほぼ全裸の男とファーストキスは避けたいようだ。
男が「あぁ……」と頷きながらその見慣れない服を着込むのを待つ。
十分に鍛えられた身体と、幾つもの傷跡。
傭兵かなにかだろうか。
少なくとも、堅気の人間ではないだろう。雰囲気もどこか剣呑だ。
厄介かも、と思う反面、全くの役立たずにはならないで済むかもとも思う。
男が服を着終えると、ルイズは腰に手を当て、見上げるようにして告げる。
「感謝しなさいよねッ。貴族にこんなことされるなんて、普通は一生ないんだから!」
と顔を顰めながらも、僅かに照れをみせるという器用な真似をしながら言葉を続けた。
「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ヴァリエール。
五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」
ぶつぶつとなにやら唱えると、キッと男を睨みつけて、
「ちょっと屈みなさい」
何が始まるのかと眺めながらも、ポケットをぽんぽんと叩いては何かを探している様子の男を屈ませて、
「んッ!!」「ぬぉ」
と強引に口付けを行った。
「おいおい、なんのつも……っガッ!?」
抗議――という程のものでも無さそうだが、男が行為の意図を確認しようとした瞬間、男の左手に痛みが走り、ルーンが刻まれていく。
《コントラクト・サーヴァント》は一発で成功したことに本当に僅かだが満足を得つつ、コルベールへと視線を向ける。
「ふむ、珍しい形のルーンだな。少なくとも知られている文字ではない。早速調べたいところだが――
まずは、解散としよう」
コルベールは男の左手のルーンをまじまじと眺めていたが、次の授業の時間が迫っていることに気付くと、解散を告げる。
するとコルベールも青砥達も、次々に《フライ》を唱えては宙に浮き、各々学院へと飛んでいった。
男が「ほぉー……」と僅かに関心した様子の声を上げているが、ルイズは「ほら、行くわよ」と言って彼らが飛んでいった方向へと歩き始めた。
とはいえ、ルイズ以外が一人残らず飛んで行ってしまえば、
「おい、お前さんは飛ばねえのか?」
という疑問が出てくるのは当たり前の事だ。
しかしルイズは、男を再びキッと睨んで
「そんな事よりッ、あんたの名前はッ!使い魔にするんだから、
それくらい知っておかなきゃいけないんだからッ」と強引に話題を逸らす。
男はそれで彼女は飛べないと察したのか、肩竦めて、
「名前か。どれが良いんだか――まぁ良いか。長谷川虎蔵だ――っと、おい。ちょっと待て。なんだ使い魔って」
慌てて問い返した。
「トラゾウ?変な名前ね。まぁ良いけど――でなによ、使い魔も知らないの?」
歩みは止めずに、虎蔵を見上げるルイズ。
「いや、知ってはいるが何で俺が――おいまて、まさか、これは」
と顔を顰めて左手を見る。
虎蔵が驚くのは無理も無い。
彼の非常識な関係者――勿論彼自身もとんでもなく非常識ではあるが――の中には使い魔らしきものを使う奴も居るには居るが、
それにしたって卵に手足が生えたようなのだとか、僵尸だとか、挙句の果てにはこの星の明日を守る為にスクランブルしそうなからくり人形だとかであって、人間ではない。
――いや、最初の以外は違うか――
兎も角、人間が使い魔になるというのは、あまり聞いた事が無い。
あの《悪魔憑き》らしき女も、使い魔とは違うだろう。
まぁ、なんにせよ面倒ごとには違いない。
とはいえ――
「んじゃ、此処は何処なんだ」
そう。
現在地である。
バックレてしまうにしても、現在地位は聞いておいたほうが良いだろう。
もっとも、あのように何人もの子供が遊びの延長のように《魔法》を使っているのを思い返せば、どうも使い魔どころではなく面倒なことになっている気はするのだが。
するとルイズは、やはり立ち止まることはせずに
「トリステイン魔法学院よ。トリステイン王国の」
と簡潔に答える。
聞いたことの無い国名に、虎蔵は「さよけ」と答えて溜息をついた。
虎蔵にしてみれば異世界の存在を疑い理由はない。
異世界のナニカと低気圧のアイノコを丸々喰らった以上は。
鬱陶しいデブが笑いながら異世界へと旅立った以上は。
――おい、まさか奴が着てたりはしねえだろうな―――
などと危惧もあるが、納得は出来る。
ついでに言えば、元の世界に戻る方法も、そのうち美津里がなんとかしてくれるだろうとも思う。
後が恐いが。
ならばまぁ、
「しゃあない、暫く付き合ってやるか――」
と、大雑把に結論付けてルイズの後をついていくのだった。
その後、ルイズの部屋に連れて行かれた虎蔵は幾つかの確認作業を行ってから部屋を抜け出し、
夜空を眺めながら紫煙を燻らせていた。
「……考えたら此処にゃ煙草なんぞ無さそうだな……」
ふぅ、と煙を吐き出しながら手元のそれを眺める。
まぁ葉巻ぐらいならあるだろうし、最悪パイプでも良いのだが。
月を眺めながら、ルイズの部屋での会話の内容を思い返す。
虎蔵は使い魔をやってやることには――本意では無いが――まぁ納得していたので其処はスムーズに終ったが、
問題は彼の正体についてだ。
異世界、などという物を納得するかどうか解らないし、納得されてもソレはソレで面倒なことになりかねない。
ならば、という事で適当に誤魔化しながら喋っていたのだが、
虎蔵がこの世界のことについて知らない異常、当然ボロは出る。
最終的に、彼は何処かの傭兵で、余り過去は探られたくない。
使い魔はやってやるから、必要以上の詮索はなしといこう、という事になった。
もっとも、下着を投げ渡されて洗っとけなどと言われたことには面食らったが。
どうも彼女は虎蔵を、使い魔を男として認識していないようで、羞恥心とかは無いらしい。
その方が面倒は少なくて済むから良いのだが、呼び出されたのが"最中"だったことを思い返せば微妙な気分になるのは否めない。
とはいえ、流石にあの子供に無理やり手を付けるつもりも無いが。
「ま、こういう世界なら小間使い位居るだろ――」
そう呟くと、地面に煙草を落して踏み消し、異界の証左である双月の元を去って行った。
そして翌朝。
「ふぁぁ」
と気だるげに欠伸をしながら、ルイズの洗濯物を手に水場を探していた虎蔵は、
運良くメイド姿の黒髪の少女が洗濯をしているところに遭遇できた。
彼が近づいていくと、その少女――シエスタが足音に気付いて視線を上げる。
「よぉ」
とりあえず、気軽に声を掛けて近くにまで向かう虎蔵。
シエスタも、律儀に洗濯を一時中断して立ち上がり、「おはようございます」と返した。
しかし、改めて虎蔵を見ると「えぇと」と首を傾げる。
「あぁ、なんつったか――ルイズなんたらって長い名前の」
「あぁ、はい。ミス・ヴァリエールの呼び出された使い魔の方でしたか。
噂は聞いていますよ」
虎蔵がその仕草の意味を察してルイズの名前を出せば、
既に噂は広まっていたようで、シエスタはにこっと笑みを浮かべて納得した。
「えぇと、それで何か御用でしょうか。あ、洗濯物です?」
虎蔵が手にしている物を見れば、シエスタは察して自ら問う。
「あぁ、察しが良くて助かる。頼めるか?」
「はい、結構ですよ――男の方ですものね」
洗濯物を受け取ると、その中に下着も含まれているのを見て苦笑する。
虎蔵も肩を竦めて同意を示す。
「あ、でもそろそろ起こされた方が良いかもしれません。朝食に間に合わなくなってしまいますよ」
虎蔵から受け取ったルイズの洗濯物を他の洗濯物とまとめながら、ちらりと建物の方を見る。
そこに食堂でもあるのだろう。
「さよか。んじゃま、我侭嬢ちゃんを起こしに行くか」
虎蔵はやはり気だるげに答えると、踵を返して寮へと向かいだす。
そこへ、
「あっ――すいません、私、シエスタと申します。あの」
慌てて思い出したかのように背中に声を掛けられる。
すると虎蔵は、立ち止まりはせずに後手を軽く振って、
「虎蔵。長谷川虎蔵だ」
とだけ名乗って、去っていくのだった。
虎蔵がルイズの部屋に戻ると、一応自分で目は覚ましたようで、ぽわぽわと寝ぼけているルイズが目に入る。
「おう、起きたか。飯の時間らしいぜ」
窓を開けながら声を掛けると、相変わらずの寝ぼけ声で「着替え――」などとのたまった。
「は?――あぁ」
着替えをするから出て行けということかと解釈し、ドアへと向かう虎蔵だが、
「着替えを手伝いなさいって言ってるの」
と、徐々に覚醒してきたようで、今度ははっきり告げた。
「おいおい、使い魔ってのはベビーシッターの真似事もやらされんのか?」
「誰がベビーよッ!」
子ども扱いを通り越して赤ん坊呼ばわりをされれば、朝っぱらから一瞬にして沸騰するルイズ。
「餓鬼なら着替えくらいは自分でするからな」
「貴族は従者がいるときは一人で着替えたりはしないのッ!」
「知るか――っとォ」「きゃっ」
流石に其処まで面倒見れるか、と出て行こうとドアを開けると、タイミング悪くドアを開けようとしていた人物と鉢合わせしてしまい、
その人物と軽くぶつかってしまう。
「おう、悪いな。大丈夫か?」
ルイズでは感じえないであろう柔らかな感触を胸で受け止めながら、声を掛ける。
褐色肌に赤毛の――少女とは呼びにくいかもしれない。
特にルイズを見た後では。
ルイズに聞かれようものなら、どれだけ激昂するかも解らないようなことを考えながら、キュルケを開放する。
「えぇ、大丈夫。此方こそ失礼したわね」
「こら、待ちなさ――って、キュルケッ!朝っぱらから人の使い魔に何してくれてんのよッ!」
「なにってぶつかっただけよ。それにそっちこそ何時までそんな格好をしているの?もうすぐ朝食の時間よ?」
「それはコイツが――って、コラ何処に行くのよッ!」
「外で煙草吸ってる」
さっきまで寝ぼけていたのが嘘のようにキュルケに食って掛かるルイズに肩を竦めると、
後は頼んだ、とでも言わんばかりにキュルケの肩を叩いて出て行ってしまう虎蔵。
流石に部屋の外では待っているようだが。
キュルケはそのまま追いかけようとするルイズを引きとめながら、
抱きとめられた感触と、そこから見上げた顔立ちを思い返して、
「出てきた時の格好は流石にアレだけど、よく見ると結構良い男ね」
などと呟く。
ルイズはそれを聞くと、ぎょっとしつつもキュルケを睨んで、
「言っておくけど、人の使い魔に変な色目使わないでよねッ」
と釘を刺すが、キュルケは何処吹く風といった様子で「さっさと着替えなさいよ」と促す。
それを廊下で聞いていた虎蔵は、キュルケの使い魔であるフレイムの炎を使って煙草に火をつけては、
「はぁ――なんだかなぁ、おい。どうにも騒がしいね、此処は」
とぼやくのだった。
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