「不滅の使い魔-1」(2007/08/11 (土) 17:27:32) の最新版変更点
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トリステイン魔法学院の教室の一つ。はきはきと喋る教師の声に真剣に耳を傾ける者、
春の陽気に思わずぼんやりしている者、授業以外の事に考えを巡らせる者。様々な者がいる中で、
数日前に行われた使い魔召喚の儀式で学生達に呼ばれた、多種多様な使い魔が、多種多様な鳴き声を上げている。
別段変わったところは無い。この学院でよく目にする、よくある光景だ。
ただ一つ、使い魔の鳴き声が授業の邪魔になるくらい頻繁に、やかましく響くことを除けば。
おい、さっさとこの騒音妨害の原因を止めろよ、ルイズ。
自分以外の生徒の目が、そう語りかけるように自分を睨んでいる事を、ルイズは感じていた。
…しょうがない。でもやめるとは思わないけど。注意したの今日だけで5回目だし。
心の中で言い訳をしながら、ルイズは後ろを向き、他の生徒の呼んだ使い魔とじゃれあっている、その原因を睨みつけた。
「いい加減にしなさいアカシ!」
その原因――明石暁は、鳴き喚きながら逃げようと必死に暴れる竜に体全体でからみつき、
「この世界の竜にも逆鱗はあるのか」を確かめようと竜の体をまさぐっている手を止め、
ばつが悪そうに、曖昧に笑った。
「す、すまん…」
「ミス・ヴァリエール。あなたの使い魔は本当に個性的なようですね」
ミセス・シュヴルーズの呆れたような声。もう笑い飛ばすのも面倒になったのか、周囲の生徒が一斉にため息をつき、
それによってルイズの顔が真っ赤になる。
なんとか明石の魔の手から逃げ出したシルフィードが、ミセス・シュヴルーズに相槌を打つように
きゅい、と声を上げた。
「ほんっと!信じらんない!」
「いや、悪かった。ついつい夢中になっちゃって」
授業も終わり、自室に向かうために、明石とルイズは廊下を歩いていた。
明石によって授業中ずっと恥をかかされ続け、その怒りからか、平面な胸を張ってのしのしと歩くルイズと対照的に、
明石は背を丸め、気恥ずかしそうに歩く。後姿を見たらどっちが大きいのか、一瞬わからなくなるほどのオーラのなさだ。
「それにしても、そんなに珍しいものばっかりなの?魔法なんかも見た事無いって、あんたどんだけ田舎者?」
「俺のいた世界には魔法使いなんていなかったんでな。それこそフィクション、ファンタジーの話だ」
「はいはい、別の世界ってやつね」
明石からなんども聞かされた言葉に半眼になって答えるルイズ。別の世界だとかなんだとか、
大抵の人間なら、聞いた途端疑う前に笑ってしまう話だ。
何でも彼は、ここに来る前にはサージェスという組織で、人類が使うには危険すぎる旧文明の遺産、
歴史的価値の高い貴重な宝物、絶滅寸前の動植物など、後世にのこすべき秘宝――彼はプレシャスと呼んでいた――を
保護するエージェントだったのだという。
そしてその仕事のなか、別世界への扉を開くと伝えられるプレシャスを調査中、そのプレシャスが発動して
気づいたらここにいたのだと言うのだ。
到底信じられる話ではなかった。特に最後の一文を、である。それが確かなら、彼を召喚したのは自分の力でなく、
そのプレシャスとかの力ということになる。断じて信じるわけにはいかない。
「それにしてもよ?別の時ならともかく、大事な授業中に邪魔になるようなことする?TPOってものを考えてよ」
「いや、それは本当に悪かった。だがな?いきなり目の前に見たことも無いものがいっぱいあるんだぞ!?
こう、なんていうか、胸が高鳴るだろ!?するとついつい手が伸びるというかなんというか、だな!?」
「いや、ぜんぜんわかんないんだけど…」
さっきまでの意気消沈した姿もどこへやら、目を輝かせて力説する明石。その姿は例えるなら、
給食に好きなおかずがあるのに気づいた小学生。ちなみに彼、現在24歳である。ほんとかよ。
ルイズの思いっきり引いている顔に気づいたのか、これ以上説明しても無駄か、
と言いたげな顔をしながら明石は視線をルイズから離した。
「まあいい。今日はもう用はないな?図書館に行きたいんだが」
「図書館?あんた本読めるの?」
「いや。だから教えてくれ」
「はあ?ふざけないでよ!なんであたしがそんなことしなきゃいけないのよ!」
「いいじゃないか、教えてくれ!お前俺に宝の山を目の前にしておあずけくらわすようなまねして、心が痛まないのか!?」
「そんなの知らないわよ!」
「あらあらルイズ。なにそんなとこで騒いでるのよ」
ルイズと明石が同時に声のした方向を向く。妖艶という言葉の似合う女と、
脇に本を抱えた無表情の少女がこちらを見ていた。
「キュルケ、あたしの使い魔を躾けてるとこなんだから邪魔しないでくれる?」
今にも噛み付きそうな険しい表情で睨みつけるルイズ。
ルイズがキュルケと読んだ女はあら、と口元を釣り上げて意地悪そうに笑った。
「こんな廊下のど真ん中で躾け?場所を考えなさいよ。いくらあなたが小さくても邪魔になるんだから」
「な、なぁんですってぇ!?あたしのどこが小さくて貧相だっていうの!?」
「別に貧相とは言ってないけど、自覚はあるみたいね」
途端に始まるキュルケとルイズの口喧嘩。派手にやってる割にはなんだか楽しそうだな、
などと明石が呑気なことを考えていると、隣の少女がまったく表情を変えずにこちらを見つめている。
やはり自分のように人間の使い魔というのが珍しいのだろうか。
「えっと……君は?」
「タバサ」
タバサがこれまたまったく顔を変えずに言う。
「そうか、タバサ。俺は明石だ、よろしく」
こくり、とわずかにうなずくタバサ。こういうタイプはどう接すればいいのか分かりにくいな、
と明石は少しだけ苦笑した。
思えばここに来る前の生活で、周りにいる人は敵も味方もいろんな意味で個性的な奴ばっかりだった。
一匹狼、女好き、天然、俺様。よくあんなチームがまとまったものだ、と明石はいまさらながら思う。
ちなみに、自分も十分個性的で暴走しやすくて突っ走るタイプだ、ということは棚に上げている。
……みんなはどうしているだろうか。
「本が読みたいの?」
「え?」
タバサの声に気づき、明石は生返事を返す。
「本。さっきルイズに言ってた」
「ああ、それか。ここの文字が読めないんでな。教えてもらいたかったんだ」
そこまで言ってから、明石はそうだ、と口にした。
「よければ君が教えてくれないか?いや、今も手に抱えてるくらい、君は本が好きみたいだし。
本が読みたくても読めない気持ちは、君なら分かるだろ?」
「…謝ってくれるなら」
「謝る?」
意外なタバサの返答に、明石は思わず疑問符を口にする。彼女と面と向かって会うのは今日が始めてのはずだが、
気づかないところでなにか悪いことをしていただろうか。
「シルフィードに。あたしの使い魔。授業で掴んでた」
「あ、あのドラゴンか。いや、今日は悪かった。よし、今からでも謝りに行こう」
「なら教える。ついて来て」
くるり、と踵を返し歩き出すタバサに従う明石。二人がいないのにルイズとキュルケが気づくのは、
それから10分ほどしてからだった。
「…で、一体俺が何をしたっていうんだ?」
夜の学院の校庭を歩きながら、明石は一人つぶやいていた。
別に悪いことをやった覚えはない。ルイズが文字を教えるのは嫌だというから、
タバサに頼んで教えてもらった。それだけだ。
タバサの講義は分かりやすく、面白かったので、そのまま3時間ほど続けていた。
そして大分空腹を感じ始めたのでそのまま食堂に連れて行ってもらっていたところでルイズと鉢合わせし、
出会い頭に「どこほっつき歩いてたのよー!!」となにやら魔法を使って爆発、
ギャグのように吹っ飛んでうつぶせに倒れているところで背中を踏まれぐりぐり、挙句の果てに
「あんたは夕飯抜き!その辺で草でも食ってなさい!」
ときたものだ。
まあ連絡をしなかったのは悪かったかもしれない。次からは気をつけるとしよう。
そう結論付けて、明石は当面の問題、自分の空腹を満たす方法に考えを向けた。
サバイバル技術は一流の明石だが、さすがに異世界の食用の植物などは分からない。
近くに川でもあればまだ魚でも捕まえられるかもしれないが、例えあったとしても、
月が二つあるとはいえ、この暗さでは見つけられるかわからない。
(…本気でその辺の草でも食わないといけないかもしれないな)
その気になれば毒以外ならなんでも食えるとはいえ、正直それは最終手段としたいところだ。
「あら?あなたは?」
突然かけられた声に反応し、結構本気で食べられそうな植物を探していた明石は前を向いた。
黒髪のメイド姿の少女が、自分を不審そうに見ていた。
「あー、えっと」
「あ、もしかしてミス・ヴァリエールの召喚した使い魔ですか?」
得心が行った、というような顔をするメイド。どうやら自分は有名人らしい。
「そうだ。俺は明石、明石暁だ」
「アカシサトルさん、ですか。わたしはここで働いてる、シエスタって言います」
シエスタの顔がぱあっと笑顔に変わる。正直怪しい人物に見えたが、
意外と礼儀正しい人だったので、ほっとしているようだ。
「ちょうどよかった。実はルイズから食事を抜かれてな。余り物でいいんで、なにか食事が取りたいんだ」
「そうなんですか。でしたら食堂に来てください。ちょうどまかない食を作ってるところですから」
「おおあんたか!貴族の使い魔になっちまった奴ってのは!」
「まったく災難だったな!」
「貴族とこれから一生付き合っていかなきゃいけねえんだ、たっぷり食っときな!」
大柄なコック達が豪快に笑いながら、出来立ての料理を明石の前に並べる。
「ありがとうございます。これからもちょくちょく寄ることになるかもしれませんが」
「ああ気にすんな!ひとり位増えたからって大して変わりゃしねえよ!」
「まったく、お前も面倒なことになったもんだよな!精々がんばれよ!」
またも豪快に笑うコック達。いけすかない貴族に一生飼い殺し、というのが確定していることに
どこか同情心が働くのか、コック達はやけに親切に明石をもてなす。
しかし当の明石は、料理に箸をつけながら、どこか楽しそうに、笑みを浮かべてつぶやいた。
「これほどの冒険なんてそうそうあるもんじゃない。これから一体なにがあるか、期待せずにはいられないな」
なお、食後明石が部屋に帰ったとき、いつまでたっても帰ってこない使い魔に、
完全に切れていたルイズに明石に失敗魔法を叩き込んだのは、また別の話である。
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