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使い魔の達人-10b - (2009/08/21 (金) 23:29:04) のソース
#navi(使い魔の達人) 「な、なによあれ…!」 ルイズは我が目を疑った。カズキがどこからともなく槍を出現させたかと思えば、物凄い勢いで火を噴きながら突進し、ゴーレムを貫いたのだ。 生憎ゴーレムに大したダメージは与えられず、それ自体もすぐに回復してしまったが…あんな武器、見たことも聞いたこともない! 「すごいわダーリン!…けれど、あんな槍、どこに隠し持ってたのかしら?」 キュルケの疑問にも、ルイズは頷く。 そうだ、どこから出した?カズキがこの場に持ってきた武器は、キュルケの名剣のみ。 それが折れてしまった今、カズキには武器は――そこまで考えて、ルイズはハッとした。 カズキは言っていた。‘剣より槍の方が使い慣れている’と。 そして、カズキの中に潜む、‘錬金術’の‘力’の存在……まさか、あれが? あんな凄い力を持ってて…何故今まで出さなかった?ギーシュの時だって…あれを使えばもっと楽に……。 ルイズは考える。ルイズは思い出す。これまでの自分の使い魔の言動を。その一つ一つを。 そしてルイズの頭の、冷静な部分が答えを弾き出した。まさか、あいつ…! 「止めなきゃ!一刻も早く、あいつを止めさせなきゃ!」 ルイズが突然そんなことを言い出すので、二人は驚いた顔でルイズを見つめた。 「何を言ってるのよ。あの調子なら、あんなゴーレム。もうじき倒せちゃうわ。 …まさかあんた、また前みたいなこと言い出すんじゃないでしょうね?使い魔になんとかしてもらうのはダメとか、どうのこうの。 さすがに今度は、そんなの言ってられないわよ?」 「んなワケないでしょ、馬鹿!倒すの倒さないの、そういう問題じゃ…!」 「もうじきかは疑問」 タバサが呟いた。彼女にしては珍しい分析に、キュルケの興味はそちらにうつった。 「どういうこと?」 「見ればわかる」 そして、ゴーレムを指した。 「くそっ、なんだこいつ!復活するのが、いきなり早くなった!」 カズキが貫くと、人間が通れるくらいの穴が開く…が、それも束の間。すぐに閉じてしまう。 足などを狙って崩してみるが、ゴーレムを形作る別の土を回したのだろうか。倒れる前に姿勢を立て直してしまうのだ。 「章印みたいに、判りやすい弱点でもあればいいのに…!」 そんなことをぼやく。かつて戦った人喰いの敵、‘ホムンクルス’を相手にしていたときは、体に刻まれたその印を貫くだけで倒すことができた。 しかし、この巨大ゴーレムには、そんなものはない。どれだけ崩そうと、次の一撃を打ち込む前に直ってしまう。 直る前に連続して攻撃を放とうとするが、この突撃槍の特性上、細かい制御は不向き。エネルギーを使った攻撃は、一発一発がどうしても大味なのだ。 どうする…!? 決まっている。より強力な一撃を叩き込めば良いのだ。今よりも、強力な一撃を…! カズキは突撃槍から垂れ下がる飾り布を、強く握った。 「じゃあなに?あのままじゃ倒せないってこと?」 キュルケがすぐに復活するゴーレムを見ながら言った。 「いずれは倒せるはず。けれど、その前にミス・ロングビルが犠牲になったりするかも知れないし」 タバサは次いで、カズキを指した。 「彼が疲弊しきってしまう可能性もある。彼の持つ槍は見たことも聞いたこともない。 そういう力を持つマジックアイテムかも知れない。けれど、あれだけの力を無尽蔵に出せるとは考えがたい」 いつにも増して饒舌なタバサ。更に彼女の言は続く。 「それに、彼の一撃は強過ぎる」 「どういうことよ?」 問いを重ねるキュルケに、タバサは呆れ混じりに答えた。 「突進する力が強過ぎて、威力が十分に伝わらない。あれはあのゴーレムには、過ぎた攻撃」 そんな言葉に、キュルケは疑問符を浮かべた。ルイズはしばし考えた後、言葉を紡いだ。 「つまり、カズキの突撃する力に対し、土でできたゴーレムじゃ柔らかすぎて、満足に破壊できないってこと?」 タバサは小さく頷いた。 「な、なんか間抜けねそれ…って、それどころじゃないわ!なんにせよ、早く止めなきゃ!」 ルイズがカズキを見やれば、なんとカズキは、地面に片膝をついていた。 「カズキ!?」 まさか、本当に疲弊してきたのだろうか?別段怪我を負っている様子もないのに、槍に凭れかかるように立ち上がる。 「何か、何かないの!?」 とにもかくにも、あの槍をこれ以上使わせているわけにはいかない。ゴーレムをこれ以上進ませるわけにもいかない。 なんとか自分が手伝える方法はないのだろうか?そのとき、タバサの懐にある『破壊の聖石』に気づいた。 「タバサ、聖石を!」 タバサは小さく頷くと、ルイズに『破壊の聖石』を手渡す。 手のひらに収まる、六角形の金属塊。真ん中の凹んだ部分に、妙な模様が刻んである。こんなマジックアイテム、見たことない。 しかし、悔しいが…自分の魔法は、あてにならない。今はこれしか頼れない。 槍に凭れたカズキを見た。次いで、ゴーレムを睨み付ける。 ルイズは深呼吸をした。それから目を見開く。 「タバサ!わたしに『レビテーション』をお願い!」 そう怒鳴って、ルイズは竜から地面に身を躍らせた。タバサは慌ててルイズに呪文をかけた。キュルケが叫んだ。 「ルイズ!」 『レビテーション』の呪文で、地面にゆっくりと降り立ったルイズは、ゴーレムに向けて『破壊の聖石』を掲げた。 「石よ!あのゴーレムをなんとかして!」 しかし、何も起こらない。『破壊の聖石』は沈黙したままだ。 「…っ!ほんとにマジックアイテムなの!これ!」 ルイズは怒鳴った。込められた魔法を発動させるためには、何か条件が必要なのだろうか? 「!?」 飾り布を突撃槍に巻きつけようとしたところで、カズキの胸に不意に痛みが走る。次いで、強烈な脱力感。 「~~~っ!」 だめだ、立っていられない! カズキはその場に片膝をついた。槍を地面に突き立て、それを支えになんとか倒れることを防ぐ。 なんだこれ、急に変な痛みが…でも、それどころじゃない。ゴーレムを止めなきゃ…! 呼気を荒げ、額に脂汗を浮かべながら、両足に気合を込めて立ち上がる。カズキはゴーレムを睨み付けた。 すると、さすがにあれだけ攻撃すれば危険視の一つもするか。森へ進むのをやめ、カズキに向けて拳を振り上げてきた。 カズキは口の端を歪めて笑った。やった、これであとは…! 「石よ!あのゴーレムをなんとかして!」 後方からルイズの声。カズキは目を見開いた。思わず振り向いてしまう。 「なっ……!?」 ルイズが居た。なにか手に持って、ぶつくさ言っている。 「うおっ!」 ゴーレムの拳が向かってくるので、何とか跳ねて避けた。拳が鉄になってないようだが、それどころではない。 「…っ!ルイズ!何してんだ!逃げるんだろ!?」 カズキが怒鳴った。ゴーレムの近くにいるのも危険だが、何より自分はもう、人間では…人間では…… 「あれっ?」 手の色を確認する。おかしい。既にヴィクター化への期間は過ぎたはずだ。おそらく最後の一押しになるであろう、『武装錬金』も発動してしまった。 なのに、カズキの肌は黄色いまま……カズキはワケがわからなくなった。 「なによ!あんたが化物になるの、黙って見てろっての!?そんなの、いくらなんでも冗談じゃないわ! だから、これでゴーレムをなんとかしようと思ったのに…!もう、どうするのよ、これ!!」 そしてルイズは、手に持ったものを掲げたり、振ったりしてみせた。カズキはそれを…『破壊の聖石』を見て、息を呑んだ。 馬鹿な!なんでアレがここに…!? カズキは思わず、ルイズに駆け寄った。 「ルイズ!そっ、それ!!」 「これ?『破壊の聖石』。フーケが盗んでいって、さっき取り返したものよ。けど、どう使うのかわかんない!」 ルイズはカズキにそれを見せた。間違いない。これは―― 「『核鉄』!でも、何でこんなトコに!?」 そう、ルイズの手に持った金属塊こそ、何を隠そう『核鉄』であった。何故これが、こんなところに…この世界に? 「知ってるの?」 カズキは頷いた。知ってるも何も、自分の心臓の位置には、これの出力強化版である『黒い核鉄』が収まっているのだ。 そしてそれこそが、カズキを存在するだけで死を撒き散らす、化物へと変えていく原因でもある。 その段になってカズキは、自分がルイズに近づいてしまったことに気づく。が、やはりルイズが脱力感に襲われている様子はない。 それどころか、自分のほうが痛みで苦しいくらいなのだ。 「それにわたしはあのゴーレムを……フーケを許せない。あんたに…わたしの使い魔に‘それ’を使わせたフーケのゴーレムを、なんとしてでも倒したいの。 …けど、わたしの魔法じゃ、あのゴーレムは倒せないわ……どうやらこれも、使えないみたいだし」 ルイズは悔しくて、手中の『核鉄』をより強く握った。 カズキの心に、こみ上げてくるものがあった。気を抜くと、視界が滲みそうだったので、なんとか堪えた。 今のルイズは、『ゼロ』の払拭のためじゃない。自分のために、戦おうとしてくれていたのだ。 嬉しかった。ひたすらに嬉しかった。ルイズをここで死なせたくない。ルイズのために、なにかしてやりたいと、改めてカズキは思った。 だからカズキは、その手を差し出した。 「ルイズ。ルイズの気持ち、よくわかった。だけどその気持ちを、今はオレに預けてくれないか。 ルイズはイヤかも知れないけれど……ここはオレに任せてくれ」 ルイズはカズキを見た。その黒い瞳を、鳶色の瞳が見据える。やがて小さく頷くと、おずおずと手に持った『核鉄』を手渡した。 受け取ったカズキも一つ頷くと、ゴーレムを見据えた。そして、ゆっくりとゴーレムへ向かっていく。 どうやらゴーレムは、ここにきて森へ向かうか、こちらを相手するか迷っている様子だった。 カズキはもう一つの『核鉄』をちらと見る。その中央には、『核鉄』共通のシンボルおよび、そのシリアルナンバーが刻まれている。 LII――52番の『核鉄』を示す。それはカズキの師、キャプテン・ブラボーの使っていた『核鉄』である。 これが何故今ここにあるのか、わからない。けれど、それもまた、迷いを払う要因になったことは確か。 力を借りるよ、ブラボー…そしてルイズ! 「いくぞ、フーケ…いくぞ、ゴーレム!」 ルイズの思いを宿した『核鉄』を構え、カズキは叫んだ。 「W(ダブル)―――『武装錬金』!!」 手に先から、光が溢れる。金属塊が分解し、カズキの左手に現れたのは、一本目とは意匠を異にする突撃槍である。 ※サンライトハートアナザータイプ2nd イメージ → http://roofcity.hp.infoseek.co.jp/cgi-bin/upload/src/up0120.jpg 二本の突撃槍を構える。先刻の痛みはまだ引きずっているが、何故だろうか、そんなこと、気にならなかった。 ゴーレムは、こうなってはカズキを先に叩きのめすしかないと判断したのか、拳を振り上げてきた。打ち下ろされる拳を避け、間を詰める。 「うぉぉおおお!」 ゴーレムが屈んでいる今を見計らい、渾身の力を込めて跳躍する。右手、左手と順に突撃槍をゴーレムの腰に突き刺した。 二枚の飾り布が揺れる。その先が、うっすらと光を帯び始めた。 「いくぞ――エネルギー 全・開!!」 キュルケが、タバサが目を覆った。森の中から、眩い光が溢れ出したのだ。風竜が突然の光に驚き、暴れようとするのを、タバサがなんとか留める。 光の発生源は、ゴーレムの間近。カズキが突き刺した二本の槍の、飾り布から発生していた。 「綺麗…」 ルイズは目を見開いて、思わずぽつりと呟いた。山吹色(サンライトイエロー)の眩い光。まるで太陽光に似ている。 迸る光に、地上にもう一つの太陽が出現したと錯覚させるほどのエネルギー量。それは大気を震わせ、大地をも揺らす。 「貫けぇぇえ!!」 やがてそれを伴い、カズキはゴーレムを一気に貫いた! 轟音をあげ、ゴーレムの腰から上が一瞬で吹っ飛んだ。光が引くと、しばし目を閉じる。あまりの光に、目が焼きついてしまったようだ。 目が慣れるとそこには、ゴーレムの下半身だけが立っていた。やがてそれも、滝のように腰の部分から崩れ落ち、ただの土の塊へと還っていく。 ルイズはその様子を呆然として見つめていたが、腰が抜けたのかへなへなと地面に崩れ落ちた。 風竜が地面に着地し、キュルケとタバサが顔を覗かせた。 そしてカズキが、長い滞空を終えて、一瞬だけエネルギーを逆噴射して、地面に降り立った。 長いため息が一つ出た。とにかく、これでゴーレムはいなくなったのだ。 「……武装、解除」 カズキが呟くと、二本の突撃槍が一瞬バラバラに分解したように見えたかと思うと、虚空に消えた。 一つはカズキの手の中で『核鉄』に。もう一つは、カズキの肉体、心臓部にて、『黒い核鉄』に戻った。 すると、左手のルーンも仄かに輝く程度になり、体の軽さもなくなった…どころか、ここに来る前より、ずっと重い。 「カズキ!すごいわ!やっぱりダーリンね!」 キュルケが抱きついてこようとするのを、カズキはぎょっと後ずさった。あらん?とキュルケの腕が虚空をかき抱く。 「……」 更に距離を置くカズキの様子を見て、意を決したようにルイズは立ち上がった。 カズキにずんずん近寄っていくと、カズキはやはり距離を置こうとしたが… 「カズキ。動かないで」 名指しだった。思わずその場で立ち止まってしまう。その間に、ルイズが距離を詰めてきた。 やがて、カズキの前で腕を組んで仁王立ちする。その鳶色の瞳が、カズキを上から下まで往復する。 「カズキ、体の調子は?」 「え、いや…普通、です。っていうか、かなり疲れた」 「力は沸いてくる?わたしは、あんたの近くに居ても、ぜんぜん疲れないけれど」 ルイズに言われ、自分の疲弊具合を再確認する。以前ギーシュと決闘した時同様、武器を握っている間に体が軽くなった反動か知らないけれど、今はその分重い。 それに、戦闘中に感じた胸の痛みは消えたものの、その脱力感も、上乗せされている。そしてそれが、急激に回復するような様子も、特にない。 「……沸かない、けれど」 うろたえ、首を振りながら答えるカズキに、ルイズは一つ頷いた。安堵の息を吐き、告げる。 「大丈夫。あんた、まだ人間よ」 「どういうこと?」 キュルケが横から尋ねてきた。特に他人に言うことでもないので、 「使い魔の問題だから、あんたには関係ないことよ」 「なにそれ」 そういうルイズに、キュルケはなおも問い詰めようと思ったが、タバサがそれを阻んだ。 「フーケはどこへ?」 全員がハッとした。彼女は風竜から降り立った後、周辺を伺っていたが、特に人影は見当たらなかったらしい。 すると、先刻フーケのゴーレムに追われて森へ入ってしまっていたロングビルが、茂みの中から姿を現した。 「ミス・ロングビル、無事だったのね!フーケは…」 キュルケが声を上げるが、ロングビルはわからないというように首を振った。よほど怖かったのだろうか。顔に疲労が滲んでいた。 「みなさん、先ほどは思わず逃げてしまって申し訳ありません。ゴーレムが迫ってくるもので……」 「しかたないわ。あんなのに襲われるってわかって、普通その場に立ち止まってなんかいられるわけないもの。 気にせずとも良いことですわ。それにしても、フーケは結局どこからゴーレムを操ってたのかしら」 さて、と皆が首をかしげた。実はゴーレムに乗って操作していた、とでも言うのなら、カズキが先ほど上半身を吹き飛ばした際に発見できたはずだ。 ではどこに…? 「もう、逃げてしまったのではないでしょうか?」 ロングビルがそんなことを言ってきた。キュルケも、頷いて同意した。 「確かにね。『土くれ』ご自慢のゴーレムも、ダーリンが破壊しちゃった以上、お宝を取り返すのも無理でしょうし」 そんなキュルケの言葉に、タバサは無感情に。ルイズは、どこか悔しそうに納得した。 「とにかく、一度学院に戻りましょうよ。こんなところ、いつまでも居たくないわ」 キュルケが提案する。ルイズとタバサが頷いた。とにかく疲れた、といった様子だ。 カズキは、放心したように手の中の『核鉄』を見つめた。何故、これがこの世界に…、とぼんやりと思う。 すっとロングビルの手が伸びて、放心したカズキの手から『核鉄』を取り上げた。 「ロングビルさん?」 カズキは怪訝に思って、ロングビルの顔を見つめた。ロングビルはにこやかに言った。 「ご苦労様です。『破壊の聖石』……本当に、凄い代物でしたのね」 そう言い、カズキからすっと遠のくと、次いでルイズに近寄った。 「へ?」 そして、ルイズをもう一本の腕で羽交い絞めにした。そして、ルイズを引きずって距離をとる。 「今度こそ、確かに領収したわ」 「ミス・ロングビル!どういうこと!?」 キュルケが叫んだ。ルイズは唖然として、ロングビルを横目に見つめた。ロングビルは、にっこりと笑った。 「さっきのゴーレムを操っていたのは、私」 「そんな、じゃあ……、あなたが……?」 目の前の女性は眼鏡を外した。優しそうだった目が吊り上がり、猛禽類のような目つきに変わる。 「そう。『土くれ』のフーケ。さすがは『破壊の聖石』ね。 まさかあんな、火を噴く槍が封印されたマジックアイテムだったなんて思ってなかったわ。 突進でゴーレムに何度も穴を開けてくれた挙句、最後にはばらばらじゃないの」 フーケは『核鉄』を、ルイズに押し付ける。カズキとタバサが、同時に動こうとした。 「おっと。動かないで!ちょっとでも動けば、この子の命がないわ。まずは全員、杖を遠くに投げ捨てなさい」 仕方なく、ルイズたちは杖を放り投げた。これでもう、メイジは魔法を唱えることができないのだ。 フーケは次いで、カズキに目を向けた。 「使い魔君。あんたがまさか、『破壊の聖石』をもう一個持ってるなんて思ってなかったわ。 隠し持ってるそれを、こっちに渡してもらいましょうか」 口の端を歪めながら、フーケが言った。カズキは息を呑んだ。 「そうすれば、この子を離してあげる。あなたの『聖石』とこの子で交換、というコトでどう? 主人思いと評判の、ミス・ヴァリエールの使い魔君ですもの。主人を助けるためなら『聖石』の一つや二つ、惜しくないでしょう?」 そう言われて、カズキは思わず左胸の辺りに手を置いた。そこに隠しているのか、とフーケはあたりをつけた。 「どうして!?」 ルイズがそう怒鳴るとフーケは、 「うるさいわね…けど、そうね。ちゃんと説明しなくちゃ、納得して渡してくれないでしょうし、説明してあげるわ」 と言って、妖艶な笑みを浮かべた。 「私ね、この『破壊の聖石』を奪ったのはいいけれど、使い方がわからなかったのよ」 「使い方?」 「ええ。さすが『聖石』なんて言うだけあって、この場所に持ってくるまでは、体調がすこぶる良くなったわ。 所持するだけで体調の良くなる石。それだけでも十分売れるマジックアイテムだけど……私が知りたいのは、『破壊』のほう。 なんとか使ってみようと、いろいろやってみたけど、この石はうんともすんとも言わないんだもの。困ってたわ。 持っていても、きちんとした使い方がわからないんじゃ、宝の持ち腐れ。そうでしょ?」 同意を得ようと、ルイズに目を向けた。ルイズはフーケを睨み返した。嘲るようにフーケは笑った。そして、続ける。 「残りの使い方がわからなかった私は、あなたたちにこれを使わせて、使い方を知ろうと考えたのよ」 「それで、あたしたちをここまで連れてきたってワケね」 キュルケも睨みながら、フーケに言う。 「そうよ。魔法学院の者だったら、知っててもおかしくないでしょう?」 「あたしたちの誰も、知らなかったらどうするつもりだったの?」 「そのときは、全員ゴーレムで踏み潰して、次の連中を連れてくるのよ。 でも、その手間は省けたみたいね。こうやって、きちんと使い方を教えてくれたじゃない」 『核鉄』をひらりと振りながら、フーケは笑った。 「さ。説明はこれまで。それじゃあ、あんたの『聖石』も、いい加減渡してもらいましょうかね。 その服の、内ポケットにでも入ってるのかしら?よほど上手く隠してたのか、膨らみもないようだけど」 カズキは動かなかった。動けなかった。 以前にも、こんなことがあった。 ‘ホムンクルス本体’に寄生された、斗貴子を救う為……ついにその‘ホムンクルス’の創造主――あの男を見つけた時のこと。 その寄生した‘ホムンクルス’の解毒剤と、『核鉄』を交換条件に出された時のこと。 あの時自分は、『核鉄』を渡してしまえば、自分は死んでしまうから、斗貴子に解毒剤を渡せないからと、その申し出を蹴った。 そして今は――この『核鉄』は、『黒い核鉄』に、更に危険なものになってしまっている。 もし取り出せたとして…自分が死ぬのはともかく、万が一にも、更なる悲劇を生み出しかねない以上、これを世に放り出すわけには、絶対にいかない。 だが。だからと言って、ルイズを見殺しにするわけにもいかない。 ルイズを。自分を救おうと、自分のために戦おうとしてくれた少女を、このまま死なせるわけにもまた、絶対にいかない。 一瞬で飛び掛って……だめだ。その前に、フーケに『武装錬金』を発動されたら?もしそれが、ルイズの命を危うくするものだったら? どうすれば…どうすればいい…? カズキが悩んでいると、フーケが急かした。 「どうしたの?さっさとなさいな。……まさか、ご主人さまを助けたくない、とか?」 フーケもまた、焦っていた。 相次ぐゴーレムへのダメージを補修するため、実はかなりの精神力を消費してしまっている。 あの槍を使ってカズキから『聖石』を無理やり奪い取るのは、おそらく無理。 『破壊の聖石』、その扱いに関しては、カズキの方に一日の長がある、とフーケは踏んだからだ。 だから、ルイズを人質にしたわけだが…まさかこうも渋るとは。予想と異なる展開に、フーケは背中に汗をかき始める。 キュルケとタバサは、そんな二人を交互に見やった。なんとかしたいが、杖は投げ捨ててしまった。 拾おうにも、その前に『破壊の聖石』を使われてしまう可能性が高い。 そして、この中で一人。 ルイズだけが、心の底からマグマのように、ふつふつと怒りが湧き上がっていた。 フーケは、『破壊の聖石』の使い方を知るために。 皆を窮地に立たせ、『聖石』を使わせるためだけに、こんな一芝居を打ったのだ。 そしてそのために、カズキに、『破壊の聖石』のみならず、彼自身が使おうとしなかった‘力’すら、使わせたのだ。 許せない。 この少年は、自分が化物になることを知りながら…運が良いのか、今回は、それがなかったようだけれど。 それでも、皆を救うために。‘この女も救うため’に、ゴーレムに向かってあの‘力’を使ったと言うのに。 それなのに。それなのに、この女は……! 許せない! ルイズはもうなんとしても、フーケに一発見舞ってやりたかった。 だが、どうやって?自慢じゃないが腕っ節はそんなに強くない。だったら、魔法だ。どんな魔法でも、失敗して爆発する、自分の魔法。 ゴーレムには効かないが、フーケになら、きっと効果は十分だ。 杖には少し遠いが…飛びつけばきっとなんとかなる。そんな風に考えていた。 あとは、唱える魔法。長い詠唱はできない。 どんな魔法でも、爆発するのなら……! ルイズは意を決して、その場で思い切り跳ねた。桃色の頭部が、フーケの顔面を襲う! カズキに気をとられていたフーケはそれをもろに食らってしまった! 「んぎっ!」 間抜けな呻き声をあげ、仰け反るフーケ。その間に腕からすり抜け、杖へと飛びつく! 鼻の頭を擦りながら、フーケがルイズを睨んだ。 「っこの…!そんなに死にたいのなら、一番先に殺してあげるわ!『武装――』」 「イル・アース――」 フーケは、『核鉄』を構えた。ルイズもまた、杖をフーケに向ける! カズキはその詠唱に、聞き覚えがあった。数日前、自分も間近で聞いたその詠唱は―― 「『錬金』!!」 「デル!!」 『錬金』の呪文! ルイズとフーケ。二人の真ん中で、小規模の爆発。衝撃が、辺りを駆け巡る。 そして何かが、地面に転がる。見れば、所々欠けた状態の『核鉄』だ。 つまり、フーケの『武装錬金』とルイズの『錬金』。勝ったのは、ルイズの『錬金』! 「~~~!くそっ!」 いよいよ往生際の悪いフーケは、懐からナイフを取り出した。それで、ルイズに切りかかろうとでもいうのか。 だが、それは適わない。 「ぐっ…!?」 カズキの手は、飾り布を掴んでいた。突如出現した突撃槍の先は、カズキを向いていた。 そしてフーケの腹には、突撃槍の石突が突き刺さっている。 バカな……『聖石』は、呪文を唱えないと発動できないはずじゃ……。 そんなことを考えながら、フーケの意識は沈んでいった。 『武装錬金』は、その扱いに慣れれば無音無動作で発動できる――『武装錬金』の初歩である。 「あ、あんたたち…?」 キュルケとタバサは、目を丸くして二人を見ていた。 カズキが再度、武装解除を唱えれば、突撃槍は虚空へ消えた。そして、ルイズに駆け寄った。 「ルイズ、大丈夫?」 「え、ええ。あんたこそ、体のほうは?」 ルイズは地面に座り込んだまま尋ね返した。大丈夫みたい、と言うカズキが手を差し出したので、その手を掴み、立ち上がらせてもらう。 そしてカズキは、地面に転がった『核鉄』を拾うと、二人に向き直った。 「ロングビルさん…フーケを捕まえて、『破壊の聖石』を取り戻したよ」 すっかりボロボロの『核鉄』を示しながら、苦笑交じりにカズキがそう告げた。 キュルケとタバサは顔を見合わせると、カズキに駆け寄ってきた。 抱きついてくるキュルケに、今度は逃げなかった。 #navi(使い魔の達人)