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ゼロと竜騎士-5 - (2007/07/26 (木) 14:56:07) のソース
――使い魔召喚の儀式、そして契約の儀式からもうすぐ一週間になる。 この間にルイズの生活はそれ以前と比べて大きく変わったとも言えるし、全く変わっていないとも言える。 魔法が使えないのは相変わらずだ。 二つの重要な儀式が成功したのだから、もしかしたら自分も魔法を使えるようになったのかもしれない――そんな風に考えて望んだミス・シュヴルーズの錬金の授業では、毎度の通り魔法を暴発させてしまった。 ミス・シュヴルーズは完全に目を回してしまい、クラスメイトたちからは何時も通り『ゼロのルイズ』と侮辱されたものだ。 そういった面では全く変わっていない。 大きく変わった点ももちろんある。 それは紆余曲折を経て契約した使い魔であるビュウと、それこそ四六時中一緒にいるようになったことだ。 お互いの年齢や性別を考えた結果、居室こそ別々に分かれてはいる。 とはいえ、朝になったらビュウがルイズの部屋まで迎えに来るし、朝食を取ったら一緒に授業に向かうし、授業中は当然隣の席にいるし、昼食も、午後の授業も、その後の自由時間も、夕飯の席でもビュウはルイズと一緒にいようとしてくれる。 それは使い魔とは主と常に共に在り~、という使い魔としての常識を、ビュウが健気に守っているからで、特段彼を責めるわけにはいかない問題だ。 しかし実際問題、まだ出会って間もなく、親しいと呼べるほどに付き合いの深くない人間――しかも立場は相手が上!――と四六時中一緒にいなくてはならないというのは、どうにも気詰まりでならない。 『メイジと使い魔の関係は契約を交わしてからが本番である』 これは使い魔召喚の儀式を行うに当たっての講義で、担当のコルベールが言っていた言葉だが、ルイズはその教えの意味を遅まきながら実体験をもって学ばされていた。 使い魔を甘やかしすぎてもいけない、かといって厳しくしすぎてもいけない。 そのさじ加減は非常に難しく、色々と壁にぶつかりながら自らの経験則でもってその最良を見極めなくてはならないのである。 もっとも、ルイズの場合は使い魔が人間であるビュウだ。 お互いの力関係は基本的に対当――と言いたいところだが、ルイズがビュウに萎縮してしまっていることもあり、その実際はビュウの方が若干立場が上と言えなくもない。 つまり、甘やかすとか厳しくするとかそういった次元の問題ではないと言うことも出来る。 故に、だからこその難しさというものがあるのだ。 これは純粋に人間関係を構築し、それを円満に運営するという能力に直結しているわけだが、ルイズはとかくこの手の能力に欠けていた。 貴族として上っ面だけの付き合いをするのならばいい。 彼女もラ・ヴァリエール公爵家の娘、そういった対人折衝の術は心得ている。 しかし使い魔――というよりはむしろパートナーであるビュウに対して、そのような上っ面だけの折衝術で望んでいいはずがない。 問われているのは、『ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール』という公人のそれではなく、素顔の16歳の少女、『ルイズ』としての人間性なのであった。 「参ったわ……」 ばたんきゅー、とルイズは自室のベッドに突っ伏した。 時刻は既に夜半を過ぎ、夜の早い生徒であれば、もう自室の灯りを消している者もいるだろう。 開け放した窓からは春の夜気が涼やかな風を送ってくるが、そんなものは今のルイズにとっては幾ばくの慰めにもならない。 ルイズは対当な人間関係の構築というのが苦手なのだ。 苦手と言うよりは、その経験が無いと言ったほうがより正しいだろう。 貴族教育を受けた人間として、目上の人との人間関係を作るのは出来る。 貴族教育を受けた人間として、目下の人間、平民を扱う術も心得ている。 しかし対当な人間関係、それはつまり友人と呼べる存在のことなのだが、そんなものを作れた試しは一度だってないのだ。 同年代の貴族の子弟は皆、魔法の扱えないルイズを『ゼロのルイズ』と蔑んで見下していたし、ルイズ自身もまたそんな周囲に反発して、あんな連中と仲良くするのはゴメンだとばかりに無視していた。 唯一の例外はタバサくらいのものであろうが、彼女は彼女で友と呼ぶには無茶がある。 正直に言おう、先週の一件が初めての会話だった。 従ってルイズには友達がいない。 一人もいない。 従ってルイズには対当な同士としての人間関係を築けた経験がない。 だからどうすればいいのか分からない。 従ってルイズは、もう契約して一週間も経とうといるのに、未だに使い魔のビュウとうまく打ち解けられずにいるのだった。 「とにかく、このままじゃいけないわ……」 羽根枕を抱きしめて、現状の問題点を整理する。 ・主と使い魔の関係は、その主導権は主にあるべきである。 ・とはいえ、自分とビュウの場合は若干関係が特殊なことだし、主導権は必ずしも握れるものではないにしても、少なくともその関係性は対等であるべきだ。 ・今の自分ばっかりがビュウに遠慮して、萎縮しているのはやはり問題がある。 おおまかにすればこの三つの点が現状最大の問題点と言えるだろう。 羽根枕を抱きしめる腕にぎゅっと力をこめて、決意を新たにする。 整理した問題を一つ一つ解決し、お互いに対当な関係性を築くためにも、 「まずは、ちゃんと会話できるようにならないと」 言葉が通じ合っていることなんて、会話が出来ているという内には入らない。 自分の伝えたいことを相手にはっきりと言うことが出来、相手もこちらにちゃんと言いたいことを言える――そんな関係の構築をルイズは目指すことにした。 (この一歩は人類にとっては小さな一歩かもしれないけど、このルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールにとっては大きな一歩となるであろう――) そんなことを思いながら、ルイズは徐々に眠りに落ちていった。 そして、運命の一日は七日目に訪れたのである。 その日もルイズはビュウによってそれなりに優しく起こされた。 朝が弱いルイズとは対照的に、騎士団の一員として規則正しい生活を送っていたビュウの朝は早い。 肩を揺すられて起こされ、最初に鼻についたのは獣臭、というかドラゴン臭である。 恐らく早朝の時間を利用して、タバサの使い魔である風竜のシルフィードと戯れていたのだろう。 最近のタバサは使い魔が自分よりもビュウの方にばかり懐いてしまって困っているらしい。 「これ、今日の着替え」 「あ、ありがとう……」 「使い魔だからね」 「でも、時々すごく申し訳ない気持ちになるのよ」 「使い魔なんだから、気にしないでいいのに」 ビュウは苦笑して言うが、それでも魔法の使えないメイジと竜騎士の使い魔では、ご主人様の方がどうしても使い魔に恐縮してしまう。 これじゃあいけない、と分かっているのだが、口がうまく回らないのだ。 何かを言おう、会話をしようとルイズはまだ少し寝ぼけたままの頭を必死で回転させる。 『おはよう』 『いい朝ね』 『小鳥が囀っているわ』 『今朝もビュウはタバサの使い魔と遊んでいたの?』 『あんまり仲良くしすぎていると、タバサに嫉妬されるわよ?』 ぐるぐると思考を回転させ、最初の一言はどれにしようと迷ってしまう。 落ち着け、落ち着きなさいルイズ、いいじゃない『おはよう』でいいじゃない、それが一番無難よ。 挨拶は円満な人間関係運営の基礎だわ、そうよそこから始めるの、ちっとも変じゃないわ。 「あの、お、おは――」 「それじゃあ外で待ってるから」 「――よ、よう?」 ルイズの挨拶を遮るようにビュウは言って、そのまま部屋を出て行ってしまった。 バタンと扉がしまり、ルイズの自室にはそこはかとなく間の抜けた風が吹き抜ける。 ビュウが部屋から出て行った扉を見つめて、ルイズは小さくため息をついた。 ベッドから降りて窓を開け放つと、そこから室内に残ったドラゴンの匂いが逃げていく。 「食堂行く前にお風呂行けって言うべきなのかしら……」 間を外された悔しさのようなものが、そんな独り言を呟かせてしまう。 そこでまたため息。 直球でそんなことを言えば、面と向かってビュウに対し「貴方は臭い」と言っているのと同義だ。 少なくともルイズの頭の中でそうなのだ。 こういうときにどう言ってお風呂を勧めたらいいものかどうか、そういう言葉の選び方もよく分からないのが今のルイズなのである。 場面は朝食の席に移る。 最近食堂でのルイズは、四六時中一緒にいるビュウはもちろんのこと、キュルケやタバサと一緒に食卓を囲むことが多い。 初めてビュウが食堂に姿を現したときは、何故平民がここにいるのか、と言って騒ぎ立てた生徒もいたが、そういう生徒もビュウが竜騎士であることを告げれば何も言ってこなくなった。 そしてキュルケがルイズと食事の席を同じくする理由については――よく分からない。 最初はビュウに対してツェルプストー家の悪い癖、すなわち恋の微熱が発動したのかとも思ったが、どうやらそうではないらしい。 タバサが一緒なのはキュルケが引っ張ってくるからだ。 そしてタバサはビュウがドラゴン臭をまとわりつかせているときは、例外なく目を眇めて彼を睨み付ける。 彼女なりに危機感を感じているのだろう。 食事中、ルイズは黙々と料理を口に運ぶビュウを観察する。 今朝のメニューはガリア風の軽食といった献立が並んでいた。 表面を固焼きにして中に水分を多く残したもっちりしたパン、コンソメは多くの野菜を煮込んだブイヨンから作られたものだろう。 コンソメを作ったものと同じブイヨンを混ぜ込んだらしいオムレツには、薄切りにした鳥の胸肉を何枚も重ねて間にチーズを挟んだものが具として収まっていた。 色とりどりの野菜を使ったサラダには酸味の強いドレッシングが掛かっていて、これだけがロマリア風なのだが、全体の味のバランスを考えるとアクセントのある一品として食卓に華を添えている。 ルイズはこれらの料理の中でビュウがどれが好きそうなのかを考えつつ、彼を観察していた。 どんな食べ物が好きなのか、どんな食べ物が嫌いなのか。 話の種としては些細なものだろうが、身近な話題であるだけに話を膨らませやすいだろう。 そんなわけでルイズはジーッと食事を取るビュウのことを見つめていたのだが、 「ちょっとヴァリエール! 零してる、スープ零してるわよ!」 そんなキュルケの声で我に返った。 「え……うぁ!?」 ビュウを観察しつつ自分の食事も進めようなんて横着をしたのが悪かったのだろう。 スプーンから零れたコンソメが真っ白なブラウスに大きな染みを作ってしまっていた。 「あーあ、もう、ひょっとしてまだ寝ぼけてるの?」 「ね、寝ぼけてなんていないわよっ」 「だったらなにをやって……って、そんなのどうでもいいわよね。竜騎士さん」 キュルケに促されるまでもなく、ビュウは立ち上がっていた。 「部屋に帰って着替えよう。すぐに脱いで洗わないとその染みは落ちなくなる」 「い、いいわよ。染みが落ちないなら捨てちゃえば。新しいの、買うし」 「馬鹿ね、ヴァリエール。そんな染みつきのブラウスでいつまでも人前に出てる気? みっともないわよ」 「う……」 タバサだけは我関せずとばかりに食事を続けていたが、そう二人に諭されてはルイズも変な意地を張るわけには行かなかった。 渋々といった様子で席を立つ。 「それじゃ竜騎士さん、その子のことはよろしくね」 「分かった――ああ、そうだ。厨房の人に言って、僕たちの食事の残りを適当にバケットにでもして詰めとくように言っておいてくれないか? 僕はともかくとして、ルイズはまだ殆ど料理に手をつけてなかったみたいだ」 「はいはい、お任せあれ。ヴァリエール、また教室でね」 「……」 そんな会話がキュルケとビュウの間で交わされると、ルイズは何だか不貞腐れたような心地になっていた。 主である自分よりも、ビュウはキュルケとの方が息が合っている気がする。 ビュウにじゃれつくシルフィードを見ているときのタバサも同じような気持ちになるのだろうか、とタバサを見やるが、彼女は相変わらず黙々と食事を続けるだけだった。 「ルイズ」 「あ、うん……ごめんなさい、ビュウ」 「いいよ。僕もよくぼーっとして服やらマントやらドラゴンの涎でベトベトにされたりしてたし」 呆けていて服を汚すなんてのはよくあることだ、と言いたいのだろうが、あまり慰めにはなっていない。 ルイズは肩を落として、先導して歩くビュウの背中を見つめた。 会話の切欠が欲しい、何か話せるようになりたい、とにかく打ち解けたい。 そう思っているのにどうしていいか分からないのだ。 俯いて歩き、時々思い出したように顔を上げるが、空気を求める魚のように口をパクパクとさせるだけで、ルイズの口から言葉が生まれることは一度もなかった。 ビュウに対する遠慮と、会話に対する苦手意識からくる敬遠。 その二つが絡まりあって悪循環を起こしてしまっている。 ルイズの前を歩くビュウとの距離はたったの三歩くらいしかないのに、その背中がやけに遠く感じられた。 そうこうしている内に部屋の前にたどり着いてしまう。 ビュウは「じゃあ僕はここで待ってるから。ブラウスはクローゼットに替えが入っているよ」と普段通りのご様子。 ドアノブに手を掛け、ルイズはちらりと上目遣いにビュウを見やった。 「……あの、ビュウ?」 「ん? なに?」 「えっと、私のこと――」 ルイズは言いかけ、 「ごめん、なんでもない。すぐ着替えるから、待ってて」 「? ――わかった」 結局なにも言えなかった。 ドアを閉じて自室の中、閉めた扉に背中を預けてズルズルと崩れ落ちる。 深い深いため息が零れ落ちた。 「ねえビュウ、私のこと、呆れてない……?」 言いたかった言葉を、小さく口に出してみる。 言えなかったのは、そんなことを言ってしまって、なんて答えが帰ってくるのかが怖かったからだ。 そんなことを聞いてしまって、そんな質問、ビュウだって答えづらいだろうとか、そういう配慮はそこにはない。 その辺りにルイズの対人経験の薄さが如実に現れているのだが、経験の薄さがそんな自分の間違いに気づかせてくれないのだ。