ガコッ!

陶器が手から滑り落ち、床で硬い音を立てる。
思わず目を閉じた夜月はそっと落ちた陶器の
傍にしゃがみ込んで―――それを持ち上げ、青ざめた。

「割れっ……!」

割れてしまった。
割ってしまった。


彼が今は亡きお母さんに買ってもらったと言って
大事に大事にしていたカップを――!










どうしようどうしよう。

割れてしまった陶器のカケラを拾い集めながら
夜月は殆ど泣きそうになりながらおろおろしている。
手がカケラで切れてもお構い無しに全て拾い上げ、
とりあえずハンカチの上に並べてみた。

血がついてしまったのを綺麗にティッシュで拭いて、
くっつけることなど出来なさそうな小さなカケラを忌々しげに見る。

「……怒るかなぁ…」

怒るよね…と独り言を呟く。
功太朗の家には今夜月しかいなかった。
功太朗も彼の弟も学校だし、父親は仕事。

殆ど我が家のように出入りしている夜月は今日も今日とて
当然のように彼の弟が出かける前に入れてもらい見送ったのだが。

「…………嫌われちゃうかなぁ…」

落ち込んだらどんどんマイナス思考になっていく夜月の
本領発揮、といったところだろうか。
母親のカップを割ったことで嫌われてしまうというところまで
考えが及んで――目に涙をためる。

逃げ出したい気持ちでいっぱいになった。
でも知らないふりをして逃げることなど出来ない。

血の滴る指をティッシュでぐいぐいとぬぐいながら
可愛らしい苺のメモ帳にそっと謝罪の言葉を記す。

『ごめんなさい』

割れたカップを置いた苺のハンカチの隣に
メモ帳を残して、着てきたコートを慌てて羽織り、
そのまま家から走って出た。


怒られるより嫌われるより、
その悲しそうな表情を見るのに耐えられなかった。









「どこいこう……」

カバンを忘れてきたので鍵がない。
戻っても良い――まだ誰も帰らないだろう。
でももう一度あのカップを見る勇気はなかった。

お金もカードも入った財布をカバンの中に残してきた。
おまけに携帯電話すら置いてきてしまった。

「…おうちは遠いなぁ」

うろうろと周辺を歩きながら冬も近づく空を見上げる。
大学へ行っている功太朗はもうそろそろ帰ってくるだろうか。
それとも今日は遅くなるのだっただろうか。

「…さむ…」

吹き荒ぶ風に身を震わせてながら歩く。
店先に待たされているワンコと戯れても、
通りがかった知らない男の人に声をかけられても
殆ど上の空で、何か喋ったはずなのに覚えていない。


悲しむかな。
悲しむよね。

怒るだろうか。
嫌われるだろうか。


つい先日、母親を失った時から抱き続けていたらしい
ショックから少しだけ立ち直ってくれたというのに。
あれほど彼にとっての母親の重要さを感じたというのに。

大切なカップだと知っていたのにどうして
しっかりと持たなかったのだろう。

「……どうしよう……」

ふと目に付いた公園にふらふらと入る。
寒いせいか誰もいない――野良猫が前を横切った。

「…にゃんこ」

おいで、と声をかけてみたが一度視線をやっただけで
その野良猫はさっさとどこかへ行ってしまった。

手が冷たい。
冷え性なのも相まって爪が紫色になりつつある。

はぁ、と息を吐きかけてから暖かそうな場所を求めて
滑り台のような、半球状の遊具が目に留まる。

その真ん中にあいた穴を覗き込んで、
風を防げそうなことを確認するとその中にもぐりこむ。

少々狭いものの、体の小さな夜月には
窮屈というような場所ではなかった。


ちらちらと、雪が降ってくるのが見える。
もう少し奥へ行こうと少しだけ移動して、
冷たい風が弱まったことに溜息をつく。

「……どうしよっかなぁ…」

やはりさっき荷物を取りに行けばよかった。

今から帰っては鉢合わせる可能性がある。
…今帰らなくてもいずれは顔をあわせるのだが。



吐く息が白い。
手が冷たくて痛くなってきた。


目を閉じて、いつも優しく微笑みかけてくれる
大切な人を思い浮かべて――胸が苦しくなった。

「ごめんなさい……」

ごめんなさい。
膝を抱き寄せて顔を伏せる。



走ってきたのだろう荒い息遣いと、
誰かが近づいてくる足音が、した。





夜月ちゃんと功太朗が付き合いだして間もない頃
リコちゃんに貰ったSS!
悲しむ顔見るのが耐えられないとか萌えすぎるだろ…!←
リコちゃんありがとー!