【1】

全ての始まりは一通の手紙だった。

どういう経緯を経て私の元へ辿り着いたのかは不明だが、日本の学園から何故か入学書類が届いた。
何の縁も無い国からスイスに暮らす私の元にこんなものが届く事自体奇妙な事なのだが、
封筒を開け書類に目を通した時点で私は日本に行く決意を固めていた。
今から思えばそれが私と銀誓館学園との運命の糸が繋がった瞬間だったのだろう。

義父に手紙の内容と私の決意を告げると暫く黙り込んだものの、こちらが驚くほどあっさりと許可してくれた。
その後、実は若い頃から日本贔屓な義父は嬉々として私に日本の知識や日本語を教え、
(まぁ、これは前々からなのだが)あまつさえ家まで買ってしまった。

修行も大切かもしれんが、お前も年頃なんだからしっかり楽しんで来い!
そんな言葉と笑顔に見送られ私は祖国を発った。

飛行機で12時間半、ようやく私は日本に辿り着いた。
日本とはこんなにも遠い国だったのか……。
休む間もなく私は銀誓館学園へ赴き、転入手続きを終わらせて
義父が用意した騎士団日本支部──まぁ、行ってしまえば義父の別荘だが──へと向かった。
いくら父上が生活能力皆無といえど大きい買い物だ。
副団長も目を光らせていたと聞くし、そんなに悪い物件ではないだろう。
未知の土地での一人暮らしは大変だろうが基本的な所は心配ない。

その時の私はまだ、そんな甘い幻想を抱いていた。

地図を頼りに鎌倉の歴史を感じさせる町並みを進むにつれ民家がまばらになってきた。
いささか不安になって来た私は手元の地図改めて見直すが、紙面はまだまだ先だと指し示す。
ついには舗装された道路が途切れ、さらに進んだ先にその建物はあった。


美しい山の麓に抱かれ、豊かな自然に囲まれた
もう、十年近く前から放置され、荒れ放題の、古い古い日本の家屋が。


【2】

賑やかな鎌倉の中心からバスを乗り継ぎ、
バスの路線が途切れてからは覚えたての日本語と筆談で道を聞きながら
悪路の先に辿り着いた先には荒れ放題の家屋──武家屋敷というものらしい──が姿を現した。

扉は閉ざされているが朽ちたのか、はたまた動物に破られたのか下の方に大きな穴があいている。
土で固められた壁はひび割れ、木材という木材は白蟻に喰われている有様だ。
入ってすぐ右の庭園は風に飛ばされた瓦が其処此処に散乱し、
以前は美しく整えられていたであろう緑は好き勝手にのさばっている。
屋敷を囲む塀がボロボロに崩れ落ちている為、管理されていない裏山の雑草が庭との境界を脅かしている。
更に屋根を見上げると茅葺を苗床にした草が花を咲かせており、不覚にもその様が美しいと思ってしまった。

……父上、歴史ある格安の日本家屋と聞かいて、ろくに情報を集めず飛びついたでしょう。
しかも何裏山まで一緒に買っちゃってるんですか。
副団長、貴方が着いていながら何故止め……あぁ、こと趣味の事になると
子供みたいな父上に押し切られる状況がありありと浮かんできます。
それにしたってこれは無いでしょうっ!!!

私は眩暈と父上への苦言を堪え、来た道を引き返す事にした。
が、すぐ住めると思っていた私はホテルへ泊まる準備などしているはずも無く、
結局事情を学園側に話し一時的に学園の寮へ入れて貰える事になった。
(いやに対応が早かったが、似たような事が度々有るのだろうか……?)

学生として、そして能力者としての生活に追われ気が付けば来日して早一ヶ月が過ぎた。
簡単な掃除をしながら屋敷の状態を調べていく内に、私一人でどうこう出来るレベルでは無い事はわかった。
が、しかしこのまま放置しておく訳にも行かないだろう。
建前であれ、我らが騎士団の日本支部なのだ。
どうしたものかと考えを巡らせていたある日、私は真森真昼と出会った。
銀誓館学園の能力者の務めとして教室のテレビ放送で流される依頼の他に
ゴーストタウンと化してしまった地域の探索・ゴースト掃討がある。
基本的に4人までのパーティーを組んで行くのだがどういう訳か私に白羽の矢が立った。
そういえば転入手続きをした際、同行リストに登録をした覚えがある。

彼女の話によると普段一緒に行っている能力者が忙しく、前衛がいなくて困っていたそうだ。
ゴーストタウンでの出来事は今の話に関係無いので割愛するが、改めて己の未熟さと責務の重さとを実感した。

探索中、話の流れで例の屋敷の話になると興味深そうな顔をするので詳しく状況を説明してみた。
緑が素敵な所なのでしょうねと、ややずれた感想を延べ彼女はおっとり微笑む。
……今にも裏山に飲み込まれそうなほど自然が豊かなのは確かだな。

それから更に数日後、真森は見知らぬ能力者と共に私の元へやって来た。


【3】

「広いお宅をお一人で掃除されていると仰っていたのでお手伝いに参りまいりました。」
「話は真昼ちゃんに聞いたよ。男手は多いに越した事がないだろう?」
「宜しくお願いしますね。」
「ま、一つよろしく。」

慇懃な挨拶と軽快な挨拶を聞きながら驚きのあまり暫し呆然としていると、見知らぬ能力者……狩名功太朗は自己紹介と真森のゴーストタウン探索同行の礼を述べた。
なるほど、彼が探索のパートナーだったようだ。
二人の好意をありがたく受け取り、次の日の放課後皆で屋敷に行く事にした。

「これは……聞いた話以上に凄まじいね」

半分崩れかかった様な屋敷を前に狩名がつぶやいた。
今まで崩壊せず残っていただけでも奇跡の様な屋敷なのだ。仕様が無い。
私はこのまま外に居ても始まらないので二人を中に入るようにうながした。
無論客人をもてなせるような状態ではないのだが……。

足元に気を付けろ言う間もなく狩名が床板を突き破り廊下にはまってしまったり、
扉を開けたとたん飛び出してきた狸に真森が悲鳴を上げ倒れかけるなど、
大変な騒ぎになったのだが、私は日本に来て以来張り詰めていたものが少しづつ解れていくのを感じた。
スイスに居た頃は周りに父上や団員がいるのが当たり前の事だったが、離れてみて改めて仲間の大切さを痛感した。

「畳も駄目、床板も駄目、壁も駄目、建具も駄目。ぱっと見た感じ屋根も葺き替えなきゃ駄目だろうね。
 昔の建物は柱に良い木材を使ってあるから骨格は大丈夫だろうけど、
 こりゃ本格的に修復しなきゃいけないよ」

皆で屋敷の内部を一通り見て回ったあと、狩名が絶望的な感想を述べた。
しかし本部から十分に屋敷の維持費を預かっている。修理費は何とかなるだろう。

「修復と言うか、これだけ荒れてるとリフォームだね。多分家が一軒建つくらい掛かると思うよ?」
「古いお屋敷ですと、一般の畳とサイズが違うので特注になってしまうと聞きます。
 屋根も瓦だけではなく、茅葺の所もございますし……」

そう言って二人が計算してくれた畳と瓦だけの値段をスイスフランに直してあまりの金額に眩暈がした。
……どうやら、私の考えは、相当、甘 かったら し  い   。
遠のき掛ける意識を引き寄せ、いかに生活を切り詰めていくか考えているとまた二人から声が掛かった。

今度は一体なんだ……?


【4】

まぁまぁ、そんなに途方に暮れた顔をしないで、と言うが狩名よ、私はそれ所ではない。
折角手伝いに来てくれたのに悪いが、今日はもう帰ろう。
そう告げると誰かが私の制服の裾を掴んだ。
何だと振り返ると、小さな声で真昼に提案があります、と真森が私を見上げていた。

「あの、差し障りがございませんでしたら……ここを結社にしてしまうのは如何でしょう?」

結社……能力者の能力者による能力者の為の組織の事か?
真森がこくこくとうなずくと、狩名も相槌を打った。

「なるほどね。確かに承認されれば活動資金が貰えるし、
 ルーク君は海外からの転入生だから住居の補助金も結構な額が出るはずだ。
 それと預かってる維持費を合わせたら何とかなるんじゃないかな?」

学園のコネがある業者が入るだろうから安くして貰えるだろうし、使えるものは使わないとね。
そういって茶目っ気たっぷりにウインクをする。
ここは元々私が日本に滞在する為に購入された支部と称した父上の別荘であるし、能力者の活動内容も騎士団のそれから外れた所は無い。
良い案だし、これ以上のものは私には到底思い付けないだろう。
二人に深く感謝し、早速明日結社結成の手続きをしに行く事にした。

結社結成の手続きをして数日後には無事承認され、運営費と同時に申告した住居の補助金がおりた。
お陰で武家屋敷の修復を依頼する資金が出来たのだが、流石に建物住居スペースだけで精一杯だった為、母屋と湯殿以外はそのままになっている。
これから少しづつ自分達の手で作り上げていくのも悪くない。
私には心強い仲間がいるのだから。

こうして我らがデュナメイス騎士団日本支部は銀誓館学園に所属する結社の一つとなった。






今は無き同背後結社「デュナメイス騎士団日本支部」に載せていたお話です。
改めて読み直すと最初から書き直したくなるのですが
初めて形にしたSSということで、自戒の意も込めて置いておこうと思います( ˇωˇ )