【劇毒処刑人/黄色い死神】

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世間でよく言われているが、犯罪者どもは暗くて狭いところを好むと云われている。まるでゴキブリのようなやつらだと。実際その通りだが、俺はやつらはゴキブリそのものだと思っている。 やつらは隙があれば他人を傷つけ、モノを盗み、仕舞いには人を殺して悦に入る。これをゴキブリだと言わないで何というのだろうか。ゴキブリは害虫だ。害虫は殺される。なぜなら人間に害を与えるからだ。 害虫は人間並の頭を持っていないので喋ることが出来無い。喋ることが出来無いと、そいつは人間より頭が悪く、弱いと判断されることが非常に多い。 人間は自分より弱い生き物を傷つける悪癖を持っているので、そいつが人間に害を加えると判断した時は躊躇せずに殺してしまう。 だが、人間は一般に心といわれるものを持っていて、自分より弱くて頭の悪い生き物が自分と同じ人間なら、傷つけるのをためらうことが多い。心の中にある自制心がストップをかけるわけだな。コイツを傷つけたら自分は様々なモノから罰を与えられて酷い目に遭う、と。それは法律であったり、傷つけた奴の友人や家族であったりする。 多くの人間はこれを恐れて人間を傷つけないが、中には自制心が欠けていて、息を吸うように人間を傷つける奴もいる。 彼らにとって人間を殺すのはゴキブリを殺すのと全く同じ感覚だ。言い換えれば、ゴキブリがゴキブリを殺しているのと同じ。 そんなゴキブリどもを駆除するのが、人間としての俺の役目だと思っている。残念ながら、俺の生きている間はこいつらは殺しても殺してもいつまでも沸いてくる。もし明日、この世から一切犯罪者が消えたら俺はマスクを脱いでプレスで頭を砕こうと思うが、そんなことはあり得ない。だから俺は劇毒を使い、犯罪者に死刑を執行する。害虫駆除には毒が一番だからだ。 4月20日 「最後に自己紹介だ。俺はホーネット。お前はなんて名前だ?」 昔に聞いた古い鉄の扉を開けるような音がしている。俺は女の頭蓋骨が軋むのをじっくり聞きながら、女の名前を聞き出そうとしていた。 「自己紹介されたら自分も自己紹介で返すのが礼儀ってもんだろう。言え。」 俺が話しかけている間にも女の頭は話しかける前の1.5倍弱に膨らんでいた。 「答えろ。」 女の頭がボン、と音を立てて破裂すると、黒っぽい血にまみれた肉と骨の破片が俺に降り注いだ。女の背後の壁に耳が付いた皮がへばりついているのが見えた。俺は女は最後まで質問に答えなかったのが残念だった。端から見れば汚ならしいが、こうでもしなきゃ彼らは罪を償ったことにはならないし、頭の中の蜂が大人しくならない。 俺は全頭マスクのゴーグルに跳んだ腐肉を指で拭い視界をクリアにすると、いまだに突っ立っている礼儀知らずの女の胴体を蹴り倒した。アゴやうなじの切れ端をぶら下げたままの首の切り株がブッと血を吐いて、たまたまそこにあった水溜まりに倒れ込んで水飛沫を撒き散らした。飛沫の一部は俺の防護スーツに付いて黒色の染みを残した。その水溜まりには多分ごろつきに八つ当たりされて死んだ犬が頭を突っ込んでいた。犬は腐っていて、緑の汁が鼻から漏れていた。臭そうだった。重い犯罪を犯したクズ売女には相応しい最期だった。 俺はこの名無しの犯罪者につけてやるべき名前を考えようとしたが、イマイチ浮かんでこなかったので女の持ち物から連想することにした。 俺はしゃがんで女のポケットを探りサイフを抜き取ると、女の足元に落ちていた血まみれのバッグを拾い上げ、中身を地面にひっくり返した。アスファルトに化粧品とお菓子の他にサイフを6つと新鮮なイチモツを見つけた。俺は防護スーツのズボンのポケットにそれらを再び女のバッグに全部突っ込んで、肩に掛けた。女の名前は"定六"にした。 左腕の毒針を頭の無くなった定六に向ける。腕をしっかり伸ばして的を外さないようにして、毒を撒いた。濃さはかなりのもので、肌に付くと瞬く間に皮膚を腐らせ、肉を溶かしてガスにしてしまう。それを胸から爪先の順番でじっくり吹き付けた。それから俺は、定六の死体が服ごと腐って腐敗ガスを上げながらあぶくを立てて溶けて黒色の肉汁になるまでの5分間、じっと死体を見つめながら晩飯のことを考えた。すでに蜂はいなくなっていた。 事が終わってから気づいたことだったが死んだ定六はスリの他に夫殺しもしていたらしい。そうでもしなきゃバッグから6つのサイフの他にタオルにくるまれた切断されたイチモツが出てくるハズがないからだ。ブツは一番苦痛を与えるために切られたに違いない。 恐らく浮気相手と一緒になるため邪魔な夫をぶち殺した後、家にロクな逃亡資金が無いことに気付き、名も無き通行人から金を奪おうとしたに違いない。 そして6人のサイフを盗んだ後、休憩なのか近道なのか知らないがわざわざ路地裏に入りこんだのが運の尽きだった。 少し前まで、俺は路地裏の隅に積まれたゴミ箱とガラクタの隙間から通路の先にある通りを監視していた。この町に蔓延している腐れ犯罪者を探し出すために隙間に潜り込んで20分、女がサイフをスっているのが見えた。 頭の中で蜂が飛び始めた。俺はいつでも飛び出せるようにじっと観察していた。運よくこの路地に入ったら処刑を執行し、入らなくても通りから外れて1人になったところを狙うつもりだった。 女の見た目はケバい化粧に派手な服装をした売女で、この町におけるよく見るタイプの女ベストテンに入っているような多数派だった。そして、何を思ったかスリ女はこの路地裏に入ってきた。 しめた、と思った。 女が充分に路地裏に入り込んできたを確認すると、俺は素早くゴミ箱とガラクタの間から飛び出した。 蜂はさっきより数を増してだんだんうるさくなってきた。 その時俺はドクロをあしらった全頭マスクと防護スーツのフードを被って、マスクと一体化しているゴーグルのクリアな視界で世間を見渡していた。全頭マスクの前面と黒い厚手の手袋をしている両手、腿の中程まで長い黒色の長靴を履いている足を除く全身を、薄汚れた黄色い防護スーツは覆っている。この防護スーツはつなぎのようにズボンと上着が一体化していて、言われなければ変わったレインコートに見える。背中には灰色に塗装された特殊な素材の毒薬タンクを背負っていた。足マスクのゴーグルは視界こそキレイだが見た目は赤ペンキを塗りたくったと思えるほど真っ赤だ。これが俺のコスチュームだ。 俺は着地すると右手を軽く握って3本の毒針を防護スーツの袖から突き出した。そいつは注射針の親玉みたいな太くて長い管で、注射針と違うところはあらゆる毒に耐える特殊合金製の管だった、といったくらいか。毒針は防護スーツの下に着ている専用スーツの上腕部分に均等間隔でくっついていて、パイルバンカーみたいに腕に沿って袖からビュッと飛び出すようになっている。端から見るとウルヴァリンの爪に見えなくもない。 女は振り向いた。ガラクタが崩れる音に驚いたに違いない。 「お前はスリの罪を犯した。だから死ね。」 俺はワンテンポ空けて女の鼻に毒針を右ストレートを叩き込む要領で突き刺してやった。 3本の針は女の鼻とその両脇に深々と突き刺さり、俺は針の感触から頭蓋骨をギリギリ貫いているのがわかった。 女はビックリしたのか狂ったのか、左右の視線をバラバラに動かして、口をパクパクさせていた。 俺には口の動きが 「今日の晩御飯は何?」 と読めた。気分はそれほど悪くなかっかので、最後の慈悲として答えてやった。蜂はもう我慢出来ないほどになっていた。 「そうだな、そういえば考えてなかったな…お前が死んだら考えることにしよう。」 目をバラバラに動かすのはよくあることだったので気にせずに右手を強く握り毒液を注入した。もちろん最高濃度でだ。 この女の意識はまだ残っているかはわからなかったが、俺はこの女の最期に言葉を添えた。 「痛いか?怖いか?腐ってじっくり反省するんだ。お前に財布を盗まれた奴は今頃どう思ってる?悲しい?悔しい?そんなもんじゃ無い。被害者は皆自分の大切な財布を盗んだ犯人を、お前を苦しめたいと思ってる。殺したいと思ってる。お前の薄い胸板にカンナを掛けてやりたいと思ってる。だから俺が殺してやった。仇を討ってやった。お前は苦しいか?辛いか?被害者はそれをお前の100倍味わった。お前はもうすぐ死ぬが、被害者はまだまだ生き続けるんだ。彼らはこの苦しみをこの先何十年背負わなくちゃいけないと思ってるんだ?楽に死なせはしないから、腐って臭い水になるまでそれを考えつづけるんだな。」 息継ぎ無しで話したから少し喉が痛かった。でも女にとってはいい薬になっただろう。 ずっと隙間に隠れていたので、体のあちこちが痛いのを今になって体が思い出した。さっきまで俺の頭の中の脂肪の塊がドバドバと脳内麻薬を垂れ流しにしていたに違いなかった。脳ミソの気遣いに少しだけ感謝した。 じっくり考えた結果、晩飯は三日前にスーパーの裏で処刑したキャットブッチャーが持っていたコーンビーフを焼いたのにすることに決めた。俺の記憶が間違っていなけりゃ、死んだキャットブッチャーは俺に腐った血肉を浴びせた後、俺にこの缶詰を2つ、飛ばしてきた。今は家の冷凍庫の中に収まっているはずだ。 そういえば今日のノルマはスリ女の分で終わっていたのでさっさと帰って焼肉を頬張ることにした。 腕時計に目をやると、夜中の12時を回ったところだった。拳を開いて毒針を格納し、俺は家に向かった。 ふと、どういう訳か、俺は毒針を定六に突き刺す時、マスクの下で自然と頬が緩んだのを思い出した。 4月17日 俺の頭上にギラギラに輝く太陽が浮かんでて、やつは春にも関わらず意味もなく張り切っているようだった。俺はこの町の人間がこの暑さに頭をやられないか心配になって周りを見渡したが、このスーパーマーケット「ヒロカワ」のお客様用駐車場には車が一台も無く、誰も居なかった。今日は土曜日だから別に店を畳んで夜逃げした、というわけでも無さそうだ。町の人間は家に引き込もって自己防衛しているようなので町を守る身としては安心した。 太陽が光の量を間違えるということは、太陽光を照らされるこちらさんからは物凄く迷惑なことで、下手すりゃ骨と皮だけの徘徊老人は1時間も彷徨けば即身仏になって道端に崩れ落ち、専用の業者に拾われて家族から引き取り料5万円を搾り取られた挙げ句、工場でカツオブシみたいにすりおろされてうがい薬になって薬局に並んでしまい、赤いポストは手紙を焼き焦がし郵便局を火事にする。 俺は今にも電信柱の影から飛び出してきそうな気がする、火だるまになった猫に頭に乗られたくないので急いでヒロカワの自動ドアを目指した。 こんなときは走るのがベストだろうが、そうはいかなかった。俺は暑さからくる喉の乾きでとても走れるコンディションじゃなかったし、昨日は8人もの犯罪者を処刑してその内の半分と殺し合ったものだから全身が疲れていた。 走ろうとすれば熱苦しいフルフェイスヘルメットが呼吸を邪魔しているので十分な走りは出来ないし、全身を覆うつなぎが、熱でヒリヒリしている俺の超敏感肌と擦れるのは歩いている今だからこそ我慢できるが、走って物凄い勢いで肌がボロボロに傷つけられるのはさすがに気が狂いそうだ。 最悪摩擦熱で俺が火だるまになってヒロカワに飛び込み、すっかり焼けた俺の体を爺さん婆さん達が取り囲んで花見をしてしまう。更に口で息をすれば喉が焼けるように痛むのでとてもじゃないが走れなかった。 足が止まった。俺はふらつく視界でスーパーの自動ドアの向こうのジュース売り場を睨んで、飲み物達に威嚇した。 15秒後、俺はヒロカワのジュース売り場の棚の前で水の入ったペットボトルを掴んでいた。別に喉が乾いているだけだからただの水で充分だし、俺の舌はあまり味を認識しない。例えばコーラとソーダを飲み比べても同じ炭酸水だと感じてしまう。また、既に春だというのにガンガン効いているクーラーのおかげで俺の超敏感肌は治っていた。これでヒロカワから近場のマンホールまで安全に移動できるだろう。 水と本命の大根を5本担いでレジに行き、クーラーを名残惜しみながら店を出た。 ヒロカワの外は相変わらず地獄のような太陽光線が降り注いでいたので、俺はレジ袋を頭上に掲げ太陽光線を防ぎながら家に帰ろうとした。 店の正面の道路を渡ろうとしたところで、ミカンが潰れる音が聞こえたので振り返ると駐車場の隅で白いタンクトップに青いジーパンを穿いた犬の顔をした男が猫を両手で持ち上げてはアスファルトに叩きつけているのが見えたので、ミカンが食べられると思った俺は落胆しつつ殺意が沸いた。犬は既に猫の返り血ですっかりタンクトップが血まみれになっていた。哀れな猫は男にまかされるままで一切の抵抗をしていなかった。 目を凝らせば犬の顔は何匹もの黒猫の皮を繋げて作られたもので、不格好だがきちんと犬になっているのは感心した。 しかし、猫を殺しているのは許せなかったので急いでコスチュームを取りに行くことにした。 再びヒロカワの駐車場に着く頃には、犬が5匹目の猫を地面に叩きつけているところだった。 見たところ、特に人が叩きつけられた様子は無かったので俺は犬に向かって走り出した。 急速に接近しながら右手を握り、毒針を飛び出させると、犬の脇腹に根元まで突き刺した。手は握り拳を作っていた。ちょうど犬は猫を拾い上げて腕を高々て掲げたところだった。毒針を突き刺された犬は、猫を放してしまい、猫は俺が左手を出さなかったのでアスファルトに頭から激突し、脳ミソを俺と犬にぶちまけた。 犬の脇腹から毒針を引き抜くと、既に犬の腹の中では毒がはらわたを腐らせているようだった。その証拠に、犬は俺が毒針を抜いた瞬間に背中から倒れ、焼けたように熱いアスファルトの上でジタバタもがいていたからだ。 俺はマウントを取ると、苦しんで痙攣する犬の胸に左手の毒針を心臓を貫くかたちで突き刺してから、毒針を手首のスナップを効かせて捻りながら引き抜いた。3本の金属針に串刺しにされた心臓が胸の薄い皮膚を突き破って外気に触れ、初めて見る景色に嬉しくなったのか血管の断面からリズミカルに血を吹き出した。 俺はうれしくなって犬の眉間に心臓が突き刺さったままの左毒針を脳に達するまで突き刺し、脳ミソに毒薬を注入した。 その頃には犬の腹はグズグズに腐り溶けていて、この暑さで臭いは凄まじいことになっているようだ。尻の下の感触と、ハエが目の前をうろちょろしているのでわかった。 毒薬を流し込まれた脳ミソは灰色のスープになって、引き抜いた毒針から滴った。 俺はいつものように、名前を聞こうとしたが、脳ミソがスープになっているんじゃ話が出来ないと気付いた。そこで俺は、猫を潰していたから"キャットブッチャー"と名付けた。 キャットブッチャーの腹はすっかり脳ミソと同じようにスープになってしまった。いや、泡がゴポゴポいっているのでコーラかな。 俺はまだ足りないと思ったので、キャットブッチャーの両足に左右の毒針を同時に突き刺し、同時に毒薬を注入した。どうなるか期待して様子を見ていると、数十秒は特に変化は無かったが、24秒を過ぎたところで突然破裂した。クジラの下痢を食らったみたいに、俺は頭からキャットブッチャーの肉を被ってしまった。肉だけじゃなくコーンビーフ缶も2つ、俺に飛んできた。 固い缶詰が腹に直撃して自分の油断に少し呆れていると、俺のゴーグルに垂れてきた肉片で我にかえった。 急いで腐り損ねたキャットブッチャーの肉片やら頭やらに毒薬を振りかけ、俺はその場を後にした。もちろん、コーンビーフ缶はポケットにつっ込んでおいた。 家に帰ってから初めて、左毒針に心臓が突き刺さったままなのに気付いた。 4月 21日 マンホールの下は、季節に関わらず暗くて暖かいので冬場なんかの寒いときはありがたく思っている。だが、たまに脳天に冷たい雫が垂れ落ちてくるのはうんざりさせられる。何メートルものの土の間を潜り抜けてろ過された、極限まで濁りを除去されたその一滴が、遥か昔からこの下水道を眺めてきたレンガを伝わって頭の上に落ちてくる。マスク越しにもわかる凄まじい冷たさ。あれにはどうしても慣れることが出来ない。 例えば、俺は狂暴なジャングルの人食い族に捕えられていている。両手両足を押さえられて身動きがとれない。そんなとき、急に顎を掴まれて脳天に大きなマシェットをぴたりと当てられた。そんな気分。次の一瞬でマシェットが俺の頭を真っ二つにしているのがすぐに想像できる。それくらいゾッとするってことだ。 下水道は歴史を感じさせるレンガ製で、所々ひび割れていて水が染み出していた。それを舐めとることはしないが、案外いけるんじゃないかと思う。水路脇の通路を歩く時は、ずっと同じ風景なのは飽きてくるが、たまにドンブラコッコッドンブラコと流れてくる動物の死体やガラクタが心に刺激をもたらしてくれる。俺はいつもの場所に来ると、壁を作っているレンガのうち、他のモノと比べて少しだけ新しいレンガを押した。その左隣の縦列のレンガがタンスが引き摺られるような音を立てて更に左隣のレンガと少し隙間を開けた。へこんだレンガに手を当てたまま更に向こう側に押すと壁に偽造されていた扉が開いた。どんなテクノロジーかは知らないがつくづく素晴らしいと思う。 通路に入ると湿った土が俺を迎えてくれた。俺は後ろ手に扉を閉めた。 重い蓋を持ち上げて、マスク越しに深夜の冷たい空気を感じた。 顔を穴から覗かせると、辺りは静まりかえっていた。誰もいないのを確認すると穴の縁に手を掛け、体を地面に乗り上げた。 ここは俺の家に程近い林の中で、下水道へと繋がる秘密の通路の入り口が作られている。この通路はたまたま下水道の探索をしていた俺が見つけたもので、誰が何のために作ったのかイマイチはっきりしていない。毎日使っているが、俺以外は使っていないようだったので、今は自由に使わせてもらっている。 家に着くといつもの手順で扉を開く。壁のスイッチを入れると蛍光灯の明かりが次々につく。殆んどのモノを白で統一された部屋が現れた。靴は脱がずに清潔な部屋に入った。 机の上に肩に掛けたバッグを下ろし、毒針用のパイプを外してからタンクを降ろす。防護スーツはポケットの中身をみんな出してから、脱いで消毒槽に浸した。 ポケットにはいっていたのは犯罪者達の遺品で、今日処刑した3人の持ち物だ。最初に机の上に置かれたのは犯罪者第393号フレイマーのマッチ、次が犯罪者第394号カーストーのバールのようなもの、最後は犯罪者第395号ファニーボックスの催涙ガス缶だった。 次に、毒針射出機を腕から外してステンレスの机の上にゆっくりと置く。 残ったのは真っ黒な強化スーツと長靴に手袋。それと俺の顔であるドクロのマスク。 ベッドに横たわりたい欲望を抑え、冷凍庫に向かった。 この部屋の壁に組み込まれている冷凍庫は牛が丸々2頭入ると思えるくらい広い。天井には鎖が10本吊り下げられていて、その先端には肉鉤がくくりつけてある。大きな肉を引っ掛けるためだ。 冷凍庫の内壁の両サイドは棚になっていて、自分で買った食料と犯罪者から奪った食料がところ狭しと納まっている。 俺はその棚の右手前中段に入っているコーンビーフ缶を 2つ取り出し冷凍庫を閉めると、一旦机の上に置いてから部屋の隅にあるガスバーナーを取り上げた。 焼いたコーンビーフは脂が効いていてそのまま喰うより格段に旨かった。脂は舌に絡み付き、弱くなった味覚をかつてのように敏感に戻し、馬や牛の混合肉が俺を楽しませた。 空になった缶詰は再び冷凍庫の別の棚に机の上の遺品達と一緒に戻しておいた。棚は冷凍庫の正面の奥にあって、そこには今までに処刑してきた犯罪者達の遺品がところ狭しと並べてある。この缶詰は犯罪者第384号、キャットブッチャーのものだ。俺がコーンビーフ缶を置くと金属同士が立てる固い音で缶詰は晴れて遺品となった。 それからバーナーを元の場所に置いた。 洗面所で歯を磨き、口を水でゆすいでから口を大きく開いた。口の中は爛れていてとても痛々しかった。肉が少しだけ付いたドクロっ、て言い方がそのまま当てはまるくらいひどい。痛みは無いが、あの時、口に毒が流れ込んできてひどく苦い味と鉄の味がしたことを思い出すして辛くなった。 マスク開口機能をオフにして「顔」の口を閉じた。トラバサミによく似たガキョンと音が鳴った。 さっさと寝ようと思い、電気を消してベッドに倒れ込んだ。 毛布一枚を掛け、仰向けになり目をつぶる。意識が混濁してきた頃、蜂がうるさく頭の中を飛び始めたが、無視した。 目覚めると真っ暗だった。当たり前だ。ベッドサイドの夜光時計だけが光っていた。針は6時43分を指していた。 ひどい悪夢を見ていた気がするがどうしても思い出せなかった。心臓が激しくうねっていて呼吸が苦しい。全身の汗腺は大半が死にかけの病人だったから汗は掻いていなかった。 毛布をはねのけ、部屋の電気を付けてから冷凍庫の中に入る。 そこで全身を冷やして心を一旦落ち着かせると、棚の大根の切れ端をかじった。味こそほとんど分からないが、辛いということは分かったのが残念だ。 冷凍庫から出ると、すぐに消毒液から防護スーツを引っ張り出し2、3度振って水気を切ってからステンレス台に載せた。防護スーツを乾かしている間に毒針射出装置の調子を診てから両腕に装着した。防護スーツを羽織ってから毒薬タンクを背負う。毒薬は補充の必要は無さそうだった。ホースをタンクと毒針射出装置に接続して準備完了。 俺は部屋の電気を消し、隠し扉を開けた。 開けっ放しの玄関から吹いている廃工場をすりぬける暖かい春風が防護スーツの裾を揺らした。 俺は春風に向かって1歩、足を踏み出した。  黄色い死神 完

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