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7人倶楽部の沿革

ルールの変更など、会の節目となった出来事を、ここに記していこうと思います。
  • 2010年9月14日創設。立ち上げメンバー三人がお互いに知り合いでない一人ずつを招待し、第0回は六人で部会を開く。第一回にさらに一人入れ、以降レギュレーション通りとした。
  • 2011年1月、中退などイレギュラーな行動に対処するための規約改訂を行った。
  • 2011年1月、入会部会の日までに誰も新人部員を招待できていないという事態に直面。相談の結果、新人不在のまま続けても今後の運営ができなくなるとの判断から、入会部会を延期することにし、ここではじめて部会が流れた。しかし、その後の部員の努力により新人の確保に成功。倶楽部が再開される。
  • 2011年3月、震災起こる。交通機関の停止や放射能問題により、職場から自宅待機を命じられる部員もあらわれる。未曾有の混乱の中回の存続も危ぶまれたが、「むしろみんなと食事できた方が気が晴れる」との意見が多数。一度の部会延期の後、より強い連帯感とともに、通常どおりの倶楽部が再開された。
  • 2011年9月、一周年パーティ開催。創始者knskの自宅に現役とOBがはじめて一同に会し、7人倶楽部の一歳の誕生日を祝った。この日、7upが7人倶楽部公式飲料に、七面鳥が公式料理に制定される。
  • 2012年2月、OB会有志による7人倶楽部紹介ビデオが完成。同時に@knskが執筆した7人倶楽部の小論「7人論」も公開される。
  • 2012年6月、姉妹組織として名古屋市に7人倶楽部名古屋が立ちあがる。
  • 2012年7月、姉妹組織として大阪府に7人倶楽部Osakaが立ちあがる。
  • 2013年9月、殿堂入りの連続により新陳代謝が機能せず弱体化。部員のモチベーションが下がり消滅の危機すら感じられるなか、"部会7回分を一日で早回し"という作戦により、幽霊部員の一層をはかり持ち直す。







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