※いつもの人ではありません、別の人です
※設定が通常と異なる場合があるかも知れません
※ツッコミは控えめにお願いします








朝起きて、寝ぼけ眼をこすりつつ顔を洗い、食卓に着く。
それは普遍的な日常であり、かけがえのない幸せの一つであると言えるだろう。
地底の、朝になっても日の光一筋入って来ない環境でもそれは同じである。

「おはよう、こいし」
「おはよう、お姉ちゃん」

今日も、そんな普通の日だった。
ただ一つ、私の席にぽつんと置かれた手紙一つを除いて。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

『 ツッコミ ヲ イレタラ アナタ ノ マケ 』

【やってはいけないリスト】

  • ツッコミを入れるな
  • 記録者に干渉するな
  • 無視するな

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「ダメエェェ――――――z_____ッ!!!」

突如、こいしが大声で叫んだかと思うと手元の紙をひったくった。
珍しく興奮し、ぜえぜえと荒い息を吐いている。訳が分からなかった。

「ま、……い、今のなし。今のなしね、お姉ちゃん。はい、最新版」

そう言って、同じような手紙を渡してくる。
なんだろう? ご飯食べたいのだけれど。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

『 チジョウ ニ デレバ アナタ ノ カチ 』

【やってはいけないリスト】

  • ツッコミを入れるな
  • 記録者に干渉するな
  • 無視するな
  • 戦うな
  • 笑うな
  • 心を閉ざすな
  • 諦めるな
  • 無駄に死ぬな
  • ケチるな

※※

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「読んだ? お姉ちゃん」
「ええ。で?」

うんうんと嬉しそうに頷くこいし。
こんなに上機嫌のこいしを見たのは久しぶりかも知れない。

「じゃあ、ゲームのルールを解説するよ」

かと思ったら何か始まった。ああ、朝からサンマの干物はちょっと重いなあ。

「この世界は現実ではありません。
 プレイヤーであるお姉ちゃん、古明地さとりが見ている夢となっています。

 この世界はループしています。
 プレイヤー、お姉ちゃんはクリアするまで何度も挑戦させられています。

 この世界の住人の行動はパターン化されており、一定の動き・会話しか出来ません。
 所々に用意されたイベントを掻い潜り、カタカナで書かれている条件を満たせばステージクリアなのです。

【ルール】
  • 【やってはいけないリスト】の行為を行なった場合、そのプレイヤーは死亡又は殺害され残機が一つ減ります
  • 残機が無くなると記憶がリセットされて最初の状態に戻ります
  コンティニューしますか?
     ニアはい
      いいえ
  • 残機の数は表面の※の数でわかるようになっています

【手紙について】
  • 手紙に書かれてある文章はコンティニューされても消えません
  • この紙を消失・紛失した場合、次のコンティニューまで再発行されません
  • 【やってはいけないリスト】は死亡した場合にのみ自動でその死因が追記されます

【記録者について】
  • ゲームのルール説明、記録を行なう者。ゲーム中に一人だけ存在します
 ちなみにわたしです。やったねおねえちゃん!
  • 【やってはいけないリスト】の行動を取ったプレイヤーを殺害する役割も持っているため注意が必要となります
  • 故意にプレイヤーを妨害することはありません。手助けもしません」

ああ、味噌汁は豚汁かぁ。今日はヘビーだなぁ……。

「で?」

静かになったので聞いてみる。
こいしの心は読めないのだから、とりあえず聞くしかないのだ。

「お姉ちゃん……、私の話聞いてた?」
「ええ、詰まるところ地上に行けばいいのね」

どうせ暇なのだ。乗ってみるのも悪くはないかも知れない。
こいしは何か不機嫌そうだったが、感情が出るのはいいことだと前向きにとらえることにした。



「となると、これは私が書いたものね」

朝食を終え、流しに食器を浸けた後。
私は先ほどの手紙を手に外出の準備をしていた。

【やってはいけないリスト】

  • ツッコミを入れるな
  • 記録者に干渉するな
  • 無視するな
  • 戦うな
  • 笑うな
  • 心を閉ざすな
  • 諦めるな
  • 無駄に死ぬな
  • ケチるな

身だしなみを整えながら内容を精査する。
そんなに量もないから分かることもそんなにない。

「ひいふうみいよう……、8つ。
 ふむ、つまりすでに最低8回死んだのね、私」
「そうねー」

こいしは相変わらず不機嫌だった。
機嫌が直るまであまり有用な事はなさそうだった。

「で、さっき話したルールがすべてではない、と。
 一部の能力の封印もなされているようね。具体的には、少なくとも弾幕と読心術」
「そうねー」

さっき、廊下ですれ違ったペットからは何も読み取れなかった。
正確には読み取れなかったのではなく、読めなかった。そのくらいはわかる。
つまり、なかなかに凝ったゲームだった。こいしの他に黒幕がいると考えていいだろう。

「じゃ、行くとしましょうか」
「そうねー」

こいしに促すのではなく、あくまで自分に対して言う。

  • 記録者に干渉するな

よく分からないが自分で書いたことだ。信用していいだろう。

「うー、コンティニューしたてのお姉ちゃんは冷静なんだからー」

ふむ、コンティニューしたてなのか。



少し歩くと、空がいた。

「うにゅ……、静まれ……私の右腕……!」

何か右手を抱えて悶絶している。すごく関わり合いたくない光景だった。
振り返ると、こいしがにやにやしていた。ああ、これが「所々に用意されたイベント」なのね、はいはい。

「どうしたの、空」
「うにゅ? だ、駄目っ! 近寄らないでさとり様っ!」

無視するなの忠告を聞いて話しかけたら拒絶された。

「どうして? 何が起きているのか話してくれてもいいでしょうに」
「駄目! 駄目なの! さとり様を巻き込むわけにはいかないんだからぁ!!」

そんな如何にもかまって下さいな態度で言われても困る。
でも突っ込んだら駄目。あ、これ割と辛い。

「ビーッ! ビーッ! 残り時間一分!」
「……」
「だめえ、まだ来ちゃだめえ! うつほのなかからでてこないでぇ!」
「……」
「うう……、だめ、まだ耐えなきゃ! 私から屈しちゃ駄目なのぉ。
 で、でもこれ気持ちいい……、はっ! 駄目、駄目ようつほ! そんな誘惑に屈しちゃ駄目!」
「……」
「はあ、はぁ……、駄目、耐えられない。お燐……はやくきてぇ……」

自分で警告音を発し、暴れて荒い息を吐く空。ああ突っ込みたいなあ。
しかし、世の中は非情なのだ。これはゲームなのだからいちいち同情する必要なんかないだろう。

「11回!」

………
……

「……は?」

ぽかんとするこいし。あれ? 外したかしら?

「何が?」

呆けたまま聞いてくるこいし。どうやら本格的に外したらしい。

「空が駄目と言った回数よ、11回」
「も、もうだめえぇぇぇ! きちゃうのおぉぉぉぅ!!」

あ、更に一回。しまった焦りすぎたか。
間違えた場合はどうなるのだろうと思ってこいしを振り返る。
こいしはふるふると震えており、やがてこちらを振り返ると大声で叫んだ。

「なんでやねん!」

その瞬間、私の背後で爆発が起こった。
空の核融合。あわてて再び振り返ると先ほどまで空のいた場所を中心にクレーターが出来ていた。

「流石にないわ! 今まで結構このイベントはやってきたけどこんなボケ晒したお姉ちゃんは今回が初めてよ!
 お空を叩いてメガンテ食らったり、戦闘を挑んで太極符印で吹っ飛ばされるお姉ちゃんはどこに行ったのよお!!」

ツッコミ禁止って辛いなあ。

「もういい! お姉ちゃんなんて建屋さんにぽあされちゃえばいいのよ!」

怒り心頭なのか、大声で叫んでそのまま踵を返した。
ふむ、殺さないのね。あの子がトドメを刺すかと思ったのだけれど。

「さとり様」

そのとき、背後から声が聞こえた。
地獄の底から響いてくるような黒い声だった。

「屋敷をコワシタのはさとり様ですか?」

末代まで祟られそうな視線で私を見つめてくるのは地霊殿の営繕担当、通称建屋さんだ。
地霊殿の床で爪を研いだ者は、次の日には見えなくなると言う、あの建屋さんだ。

「地霊殿をコワシタのはさとり様ですか?」

その建屋さんが真摯な瞳で私を見上げてくる。裏切れない。そんな気持ちにさせてくれる。

「いいえ。屋敷を壊したのはしぶちゃんよ」
「そうですか、資材部長ですか。分かりました、ありがとうございますさとり様」

ぺこりと頭を下げ、ひたひたと資材部へと至る廊下を歩み始める建屋さん。
なんだろうあれ、みんなのうらみ的なものを感じる。
まあ、これでこのイベントは終わりなのだろう。
このゲームを観測しているものにとってこれが楽しい見物であったなら、何も起こらないはずだ。

「ってえーー!! なんなのよそれぇーー!!!」

建屋さんを見送った廊下の先、襖戸を景気よく開けはなってこいしが現れた。

「なんでぽあされないのよ! なんで建屋さん納得しちゃうのよぉーーー!!!」

少なくともこいしにとっては不本意だったようだ。
これはもしかしたら殺されるのかも知れない。

「こいし様」

ところが、イレギュラーが起こった。

「へ?」

ぽんとこいしの肩を叩いたのは建屋さんだった。
これで確信した。
こいしはあくまで記録者だ。ゲームマスターではないし、マスターより高い権限は持ち得ていない。
つまり、ステージクリアだ。

「じゃ、出かけてくるわ」

そう言ってその場を立ち去る。
何も起きない。
私の考えはあながち間違ってはいないようだった。

「こいし様、常々襖戸は静かに開けるように言っていたように思うのですが、違いますか?」
「う……あ……」
「襖が傷む。乱暴に扱うと建物は早期に傷みます。こいし様は地霊殿がお嫌いですか」
「え……と……」
「少しお話があります。ちょっと入りましょうか」

こいしの背中を押し、建屋さんはこいしとともに暗い部屋の中へと消えていきました。
やがて、襖戸が静かに、静かに閉まり、再び地霊殿に静寂が訪れたのです。



「次はお燐なのね」
「にゃーん」

玄関を出て、すぐのところにお燐が待ちかまえていた。
いつものように猫車を装備し、背中には「ねこばす」と書かれた幟を背負っていた。

「さとり様、どうですかお安くしておきますよ!」

まるで焼き芋屋台のような物言いだ。
ちょっと考えてもいいかしらと言い、しばらくしていいですよと了承を得る。
ふんふんとしっぽを振りながらこちらを見つめてくるお燐。
ゲームマスターは割と臨機応変に介入をしてくるようだ。
イベント展開を全部予期して式を打つなんてそうそうできるものではないし、何よりそれでは詰まらないだろう。
ゲームなのだし、喜ばれるは先の読めない白熱した展開だろうから。

「お燐」
「なんですかさとり様」
「その猫バスの行き先は一体どこなのかしら」
「火焔地獄ですとも」

すらすら出てきた。なるほど、ある程度は式で打って対応できないと介入するのか。

「では、私はそのバスには乗れないわね。これから地上に出るわけだから」
「にゃーん。 それは残念! またのご利用をお待ちしておりますにゃー!」

ぴゅーんと走り去ってしまうお燐。
何かすごくあっけない気もするがこれで本当にいいのだろうかと不安になる。
でも、仕方ない。所詮自分の知る範囲でしか動けないのだ。
分からないことはいつまで考えても分からない。とっとと先に進むとしましょう。



地霊殿から地上までというのは実は意外と遠い。
旧地獄街道その他をえっちらおっちらと登って行かなくてはならない。徒歩で。
まさか飛ぶことすら出来ないとは思わなかった。
まあ、RPGでいきなり主人公が飛べたら興ざめなのはわかる。しかし、VPという選択肢もあるのではないか。

「ちょいとそこのかのじょぉ」

そんなことを考えながら歩いていると声をかけられた。いやん、これってもしかしてナンパ?

「はい、なんでしょう」

にこやかに振り返ると鬼が立っていた。
全身びしょ濡れで目元が赤かった。なんだ酔っぱらいか。

「なんでわたしがさめざめと泣いているところを無視して行こうとするのさぁ」
「へ? あ、いや、少しばかり考え事をしていたもので」
「考え事をしていたからって無視していいことにはなんねーだろーがよー! ええー?」

ガッシ!

ボカ!

あたしは死んだ!

スイーツ!



……………



………






「はっ!!?」

気付いたら布団の上だった。
上半身を起こし、周りを見渡すことで状況への理解を取り戻していく。

「そうか、死んだのね」

やってはいけないことリスト、無視するな。
迂闊だった。常に周囲に注意を向けておくべきだった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

『 チジョウ ニ デレバ アナタ ノ カチ 』

【やってはいけないリスト】

  • ツッコミを入れるな
  • 記録者に干渉するな
  • 無視するな
  • 戦うな
  • 笑うな
  • 心を閉ざすな
  • 諦めるな
  • 無駄に死ぬな
  • ケチるな


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



食卓に行き、手紙を確認すると残機が一つ減っていた。
それにしても初期残機2とはひどい話だ。どこかに1upアイテムかなにかあるのだろうか?

「お姉ちゃんおはよう」
「あら、おはようこいし」

ふと視線を向けると、食卓の向かいにぐったりしたこいしが座っていた。
建屋さんの追求を受けたのだからあれから一日は経っているとみていいだろう。

「お姉ちゃん。もうあの展開は嫌だからね。お空はただ汗疹が痒いだけだから棒を外してあげれば済む話だからね」

よほど建屋さんの追求が効いたのだろうか。
譫言のようにぶつぶつと呟くこいしはまるで昨日とは別人だった。
ついでに、無意識にでもそんなネタバレになるようなこと喋っていいのだろうか。いいのかも知れない、STGだし。



「すごい! 痒くない! さとり様大好き!」

腕の制御棒を外してやると空は意外なほど喜んだ。
抱きつき、耳を甘噛みしてひとしきり感謝の意を示すと元気よく走り去っていった。



「にゃーん!」

元気に走り去っていくお燐。
だが、このときはこれがお燐との今生の別れだと言うことには誰も気づかなかったのだ。



「いた……」

旧地獄街道。
道のど真ん中でさめざめと泣き崩れる鬼、星熊勇儀を視界にとらえ、私はリベンジに萌えていた。
なんであんな派手な存在に気付かなかったのだろう。本当に不思議だ。

「もしもし、どうしましたか?」
「おーいおいおいおい、うう……、おさけが、おさけがぁ~」
「お酒?」

みると、どでかい杯が傍に転がっており、中身はほぼ空だと言っていい状態だった。
周辺はびしょびしょであり、鬼がど派手に杯をひっくり返したことが推察された。

「うぅ、メントスなんて入れるんじゃなかった……」
「メ……」

危ない。
ちらりと背後のこいしを振り返り、セーフっぽいことを確認する。

「うぅ、お母様に怒られる。怒られないためにはクリーニング代として358,150円ほど必要になるって言うのにぃぃぃ」
「……」

これはあれか。強制所持金没収イベント。
こう言うのは理不尽なのは分かっていても払わなければ進めないものだ。ああ理不尽だなあ。
イライラする気持ちを抑えつつ、財布を取り出す。40万は入っていたはず。大丈夫だ。

所持金:200,000

「……」

なんでだぁぁぁぁ! と叫びたいのを全力で押さえ込む。

「お姉ちゃん、死んだら所持金半分なのはRPGの常識だよ」

どこの常識だよそれは。まだROM一つに付きセーブ一個の方が普遍的だよ畜生!
そんなことを思いながらも私は鬼から目を離せなかった。
きらきらした瞳で私を見上げるその姿は鬼とは思えなかった。要求は鬼そのものだったが。

「で、お姉ちゃんはどうするのかなぁ?」

ニヨニヨと笑うこいし。調子を取り戻してきたようだ。
しかしどうする、どうするんだこれ。
所持金は20万、以上。無駄に死ぬなってのはこういう事か、なんて罠だよこのすっとこどっこい。

「ああああ!! もううううぅぅぅ!!!」

普通に考えてここまでノーミスなんてあるわけがない。考えろ、きっと抜け道はある!
そして、意を決して私は着ている物をはぎ取り始める。金がないなら物で払うしかないでしょう! 体? 死んだ方がましよ!

「あ、あの……。ここに20万あります。そしてこの着物を売れば20万にはなるはずです(幻想板調べ)。どうぞ使ってください!」

半ばやけくそ気味に鬼に財布と上半身の着物(下着含む)を突き出す。だって仕方ないじゃないのよぅ!

「あ、ありがとう! ありがとう! これで子供に米を買ってあげられます!」

知るかよとっとと行けお幸せに!!

「す、すごい。これは新展開だわ。すぐ傍に短期倉庫整理アルバイト募集、報酬30万の張り紙があるって言うのに……」

しるかぁぁぁぁ!! もういい! 次行くわよ!!



「私は常識に囚われてしまいました」
「そうですか」

そこから、更に距離を歩いた先。
私は再びイベントを発生させてしまっていた。いや違う。発生したのだ、勝手に。

「それに比べて貴女のその常識に囚われない姿。本当に羨ましい限りですわ」
「そうですね」

私の目の前に立ちふさがっていたのは巨大な蜘蛛の巣だった。あと人間。
どうして白スク姿で蜘蛛の巣に引っかかっているのかは知らない。知らなくても良いと思う。

「そう、あれは夏の暑い日のことでした」

ああ、なんか始まった……。 長いのかなあ?

「その日、私は特に何をするでもなく神社の縁側から外を見ていました。
 ああ、暇だなあ。何か面白いこと起こらないかなあ、と。
 すると、私の近くに一匹の蛙さんが近寄ってきたのです。
 縁側に突かれた私の手の傍でぴたりと止まり、何か言いたそうに私のことを見上げていました。
 その、つぶらな瞳を見て、私はこの蛙さんも退屈で私と遊びに来たのだろうと思ったのです。

 私は、しばらくの間その蛙さんと一緒に遊びました。
 学○の付録に付いてきた乾電池と導線を使って蛙さんの足をぴくぴくさせてみたり、
 思いっきり真上に放り上げて池に小気味よい音を立ててダイビングをさせてみたり、
 近くの田んぼから藁を一本拝借してきてそれを使って遊んでみたり……。

 気づくと、逢魔が時になっていました。
 もうそんな時間になったのか。そろそろ帰らなきゃと思い、
 さっき縁側に放った蛙さんにさよならを言うために振り向いたのです。
 ところが、蛙さんは縁側に仰向けに寝っ転がったまま、私の方を見ようともしませんでした。
 私は、そんな蛙さんの態度に少し腹が立ってしまい、仕返しに神社にあった土鍋を持ち出してきて蛙さんに覆い被せました。
 どうだ、参ったか。真っ暗で恐いだろう。助けて欲しかったらケロケロ鳴いてみろ。
 土鍋の上に立って、土鍋の中に呼びかける私。
 しばらくそんなことを続けていたのですが、全く返事がないことに次第に不安になってきたのです。
 本当に疲れていて声も出なかったのではないか、土鍋の中からでは声は聞こえないのではないか。
 そんなことを考えて、確認しようと土鍋から降りようとしたのですが、
 やはりこれは蛙さんの罠だ、土鍋を退けたらゲロゲロ笑われるのがオチなのではないかという考えからそれも出来ませんでした。
 そんな時間が過ぎていき、あたりが暗くなってようやく私は土鍋を退ける決心をしました。
 そおっと土鍋から降りようとする私。ところが、そんなときに限って私は足を踏み外してしまったのです。
 土鍋を足で蹴るようにして縁側に派手に転びました。
 少し打ってしまった膝をさすりながら後ろを振り向くと、土鍋は縁側の遙か向こうにまで滑っていってしまっていました。
 えへへと苦笑いをしながら私は土鍋に駆け寄っていき、土鍋を退けてみました。

 蛙さんは、いなくなってしまっていました。

 あれ、おかしいな。
 蛙さんいなくなっちゃった。
 ひっくり返した土鍋の中は空っぽで、さらに縁側のどこにも蛙さんの姿は見あたりませんでした。
 唯一変わったことと言えば、土鍋が滑っていった後に一本の線が引いてあったことでした。
 さわってみると湿っていて、でも、もう暗かったので色までは分かりませんでした。
 その時は、お母さんから帰ってきなさいの電話があったので帰りました。

 私は、帰った後、お母さんに今日起こった不思議な出来事のことを話しました。
 お母さんは、しばらく考えた風にしてから私にこう言いました。

 「早苗、あなたは奇跡を起こしたの」
 「奇跡?」
 「そう、奇跡よ。早苗の奇跡でその蛙さんは別の世界へと飛ばされてしまったの」
 「別の世界って?」
 「私たちがいる、この世界とは違うところよ。
  早苗の奇跡で飛ばされた蛙さんは帰れなくて困惑しているでしょうね」
 「えへへ」
 「こら、照れないの。いい? 早苗の奇跡は蛙さんを困らせてしまったの。
  その奇跡は他人を困らせちゃう奇跡だから、無闇に使ってはいけないわよ」
 「そうなの?」
 「そうよ。それに滅多に起こらないからこそ奇跡は奇跡なのよ」

 その夜、私は寝付けませんでした。かんがえr」

「おやぁ~、なんだいあんた達。私の獲物に手ぇ出そうって言うんじゃないだろうねぇ」

しまった。なんで私はこんなどうでもいい話をずっと黙って聞いているんだ。
背後からかけられる声に、私はびくりと肩を震わせた。
無視していくわけにも行かなかったのだ。仕方ないじゃない。

「いいえ、珍しい獲物だなあと思って」
「あはは、そうだろう。緑色の巫女。レアだよねえ」

ケラケラと嬉しそうに土蜘蛛は笑った。
つられて笑うと殺されそうだったので我慢しておく。
しかし、このイベントの趣旨が分からない。何をしたらクリアなのだろうか。

「ところでさ、実際何してるの? こんなところで」
「え?」

人に話を振っておきながら、土蜘蛛はいそいそと自分の巣へとはい上がっていた。
相変わらず緑色の巫女は自分語りを続けている。
きっと人の話を聞かない子と言われていたに違いない。

「いえ、ちょっと地上に用事……が……」

バキン

土蜘蛛、黒谷ヤマメが突如巫女の首をへし折った。

「ふーん、地上ねえ。最近はちょいとお買い物みたいなノリでホイホイ出て行くよねみんな」

割れた首に口を付けてあふれ出す血を啜り出す。血は緑色の巫女をあっという間に紅色へと塗り替えてしまう。
何ともおぞましい光景だった。両方、見た目には人の形を取っていると言うところなんか特に。

「あーえー、あー、わたし、用事があるのでここら辺で失礼しますね」

だから、先へと進もうとした。実際、話としてはもう終わっているだろう。自然な流れだ、問題はないはず。

「だめだよ」

甘かった。
私の脚にはすでに幾重にも蜘蛛の糸が巻き付いており、それによって私は瞬時に空中へとつり上げられた。

「人の話聞くのはいいけどさ、あなた自分も食べ物だって自覚あった?」
「ああ、そうかも知れませんね」

詰んだ。これは一ミス確定っぽい。

「それなのにさ、私なんかと暢気に話なんてして、びっくりしたよ」

ヤマメは巫女から口を外し、血にまみれた口元をぬぐった。
今や巫女は食べかすと表現するに差し支えない状況だった。ああなるのか、嫌だなあ。

「能力の使えない妖怪さとりなんて、そこらの人間となんの替わりもないよねえ」

にやりといやらしく笑い、そのまま私へと近づいてくる。
全くもって腹立たしい。対象は色々。複雑な気分だった。


    たたかう
   ニアたべる
    まほう
    アイテム



    しばらくおまちください



……………



………






「おはよう、こいし」
「おはよう、お姉ちゃん」

食卓にて朝の挨拶を交わす。
さわやかな挨拶のはずなのに、そこには感情が込められていなかった。

「うふふふ、これで残機0ね、お姉ちゃん」
「わざわざご指摘いただくとも分かっておりますとも」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

『 チジョウ ニ デレバ アナタ ノ カチ 』

【やってはいけないリスト】

  • ツッコミを入れるな
  • 記録者に干渉するな
  • 無視するな
  • 戦うな
  • 笑うな
  • 心を閉ざすな
  • 諦めるな
  • 無駄に死ぬな
  • ケチるな
  • 常識を捨てるな



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



残機は指摘通りに0。
あとリストに一つ追加されている。あの死に方は初めてだったのか。

「じゃあ、そろそろ行くわ。じっとしていていいことは何もなさそうだし」
「そろそろクリアも見えてきたかな? それではラストミステリー、不思議発見!」

もう慣れた。



………
……



「私は常識に囚われてしまいました」
「そうですか、たいへんですね。あ、私ちょっと急ぎの用があるのでこの辺で」

そう軽くあしらって即座にその場を離れた。
少しばかり歩を進め、先ほどの経験を元に時期を見計らい岩場へと身を潜めた。

「ふんふふーん、今日は湯豆腐で軽く一杯~」

謎の鼻歌を歌いながらヤマメが歩いていった。
こうやってやり過ごせばいいのだ。わざわざ話をする必要なんてないはずだ。

「お姉ちゃんつまんないー」

それはよかった。でもこっちは本気なんだけどね。



終わりというのは意外とあっけないものなのかも知れない。
地上の光が見えてきて、私はそう感じていた。

「『このはしわたるべからず』」
「なにかあるねー」

へらへら笑っているこいしが非情に憎たらしい。
視界にゴールが見えているのに、その手前には何か橋があった。
橋かけるんだったら水くらい張っておけ、突っ込まないけど。

「真ん中渡ればいいんじゃないかしら」

あまり長く考えてもよろしくなさそうだった。
こんなものは偉大な先人に従っておけばいいんじゃないかしら。
満を持して橋の前に立ち、ど真ん中を歩き出す。
途端に風景が変わり、橋の下には水面の風景が広がった。

「……妬ましいわ」

すると背後から声がかかった。
そのあまりにもパルパルしい声に私はつい足を止めてしまった。

「ずっと待っていたのに出番が来なかった。フライングした土蜘蛛がとても妬ましい」
「……」
「ずっと岩場の影から貴女のこと見てたって言うのに、全然気付いてくれなかったのね」

いつからでしょうか?

「ねえ、今度こそ私の相手、してくれるんでしょう」

今度の声は更に近く、耳元から聞こえてきた。
その圧倒的な存在感に私はつい後ろを振り向いてしまったのだ。

そして、後悔した。

視界を埋め尽くしたのは無数の怨霊。
そしてその中心に女王のように佇むグリーンアイドモンスターだった。

「お姉ちゃん、黄泉の国から帰るときは後ろ振り返っちゃいけないんだよ。常識でしょ」

そうですね、はいすみません。

「ああ、貴女は地獄の管理人だというのに地獄を捨てて地上へと出て行くのね。なんて妬ましい」
「うるさい黙れ」

もうこうなったら開き直るしかない。ゴールは見えているのだ。
あとは脚力勝負と行こうじゃない、諦めないわよ。

「きゃぁぁぁぁ!!! こないでぇぇぇぇ!!」

本気で走るときは何かに追いかけられている場合を想定するといいという話を聞いたことがある。
でも今それは必要ない。想定しなくても追いかけてくるものはいるのだから。

「妬ましいわぁぁぁぁぁ!!!」

ゲームは始まったばかりである。





  コンティニューしますか?
     ニアはい
      いいえ



  • ・・・常識って大切ですねぇ。 -- 名無しさん (2009-07-28 00:08:26)
  • オリジナルの人も良いけどこれも良い。 -- 名無しさん (2009-07-28 00:24:28)
  • これはよいパロディw
    「私は常識に囚われてしまいました」ってとこでなんか笑ってしまったw -- 名無しさん (2009-07-28 19:01:23)
  • 作者から了解とってるなら明記した方がいいよ -- 名無しさん (2009-07-28 23:24:12)
  • これはこれで面白いwwwww -- 名無しさん (2009-07-29 17:05:49)
  • 本家より好きかも -- 名無しさん (2009-07-29 20:56:53)
  • これは面白いw -- 名無しさん (2009-08-10 11:15:47)
  • え、そこで終わるのww -- 名無しさん (2009-08-11 16:23:00)
  • さとりは冷静だなぁ、一機も無駄にしてない -- 名無しさん (2009-08-16 02:31:43)
  • シリーズ中一番面白かった。 -- 名無しさん (2010-03-23 23:20:38)
  • さとりの着物は俺が20万で買います -- 名無しさん (2010-03-23 23:40:10)
  • じゃあ俺は25万出そう -- 名無しさん (2010-03-24 19:24:48)
  • 自分の着物+下着が20万だとwww過大評価しすぎだろwww
    ナルシスト乙www


    まあ、あれだな。そんなナルシーの着物は処分しなきゃな。うん。
    仕方がないから俺が責任もって処分しといてやるよ。
    さあ渡すんだその着物を渡すンだ下着モ渡スンダハヤクワタスンダ
    ハリー!ハリー!!ハリー!!!ハリー!!!!ハリー!!!!! -- 名無しさん (2010-06-01 00:30:46)
  • 地獄の下着魔?(冗談) -- 名無しさん (2010-06-01 23:35:29)
  • 冷静すぎワロタwww本家も大好きだがこういうのもいいな -- 名無しさん (2010-06-02 17:55:08)
  • パルさん可愛いwww -- 名無しさん (2016-02-11 20:13:40)
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最終更新:2016年02月11日 20:13