間接証拠に関する判例(最判平22・4・27)

間接証拠に関する判例(殺人,現住建造物等放火被告事件・最判平22・4・27)

 一審・控訴審において間接証拠の積み重ねにより有罪認定されたケースにおいて、間接事実の審理が足りないことなどを理由として判決を破棄し一審に差し戻した事案です。

事案
  • 殺人事件において直接の証拠がなく、現場マンションに落ちていた吸殻のDNA鑑定の結果、および被告人が当時使用していた自動車と同種・同色の自動車が,本件マンションから北方約100mの地点に駐車されていたこと、また似たような人物の目撃証言などから、第一審・控訴審においてそれぞれ有罪を受けた被告人が上告。

判決
  1. 第一審・控訴審判決を破棄、第一審裁判所へ差し戻し
  2. 理由
    1. 刑事裁判における有罪の認定に当たっては,合理的な疑いを差し挟む余地のない程度の立証が必要であるところ,情況証拠によって事実認定をすべき場合であっても,直接証拠によって事実認定をする場合と比べて立証の程度に差があるわけではないが(最判H19・10・16参照),直接証拠がないのであるから,情況証拠によって認められる間接事実中に,被告人が犯人でないとしたならば合理的に説明することができない(あるいは,少なくとも説明が極めて困難である)事実関係が含まれていることを要するものというべきである。ところが,本件において認定された間接事実は,以下のとおり,この点を満たすものとは認められず,第1審及び原審において十分な審理が尽くされたとはいい難い。
    2. 吸殻につき、同種の吸殻が複数あったのにそれを全部取り調べたわけでもなく、また変色などから捨てられた時期に疑問があったのだが、そういった疑問点について、真理が尽くされていない。
    3. 第1審判決は,被告人が犯人であることを推認させる間接事実として,上記の吸い殻に関する事実のほか,殺害動機などを挙げているが、Cを殺害する動機については,Cに対して怒りを爆発させてもおかしくない状況があったというにすぎないものであり,これは殺人の犯行動機として積極的に用いることのできるようなものではない。また,被告人が本件事件当日に携帯電話の電源を切っていたことも,他方で本件殺害行為が突発的な犯行であるとされていることに照らせば,それがなぜ被告人の犯行を推認することのできる事情となるのか十分納得できる説明がされているとはいい難い。その他の点を含め,第1審判決が掲げる間接事実のみで被告人を有罪と認定することは,著しく困難であるといわざるを得ない。
    4. 弁護人は、参加意思の有無にかかわらず国民に裁判への参加を強制し、守秘義務や財産上の不利益を課す裁判員制度は、憲法が保障する国民の基本的人権を侵害すると主張する。しかし、裁判員になることを義務付けているのは、裁判員制度が司法への国民の理解増進と信頼の向上に資するという重要な意義があり、そのためには広く国民の司法参加を求めるとともに負担の公平を図る必要があるためで、十分合理性のある要請に基づくものだ。やむを得ない事由がある場合には辞退を認めるなど負担軽減の措置がある。義務付けは裁判員制度を円滑に実施するための必要最小限のものと評価でき、憲法に抵触するとはいえない。
    5. そもそも,このような第1審判決及び原判決がなされたのは,第1審が限られた間接事実のみによって被告人の有罪を認定することが可能と判断し,原審もこれを是認したことによると考えられるのであり,前記の「被告人が犯人でないとしたならば合理的に説明することができない(あるいは,少なくとも説明が極めて困難である)事実関係」が存在するか否かという観点からの審理が尽くされたとはいい難い。本件事案の重大性からすれば,そのような観点に立った上で,第1審が有罪認定に用いなかったものを含め,他の間接事実についても更に検察官の立証を許し,これらを総合的に検討することが必要である。
    6. よって原判決は,本件吸い殻に関して存在する疑問点を解明せず,かつ,間接事実に関して十分な審理を尽くさずに判断したものといわざるを得ず,その結果事実を誤認した疑いがあり,これが判決に影響を及ぼすことは明らかであって,第1審判決及び原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。


解説
 マスコミは高裁での死刑判決の差戻しがどうたらこうたら言ってますが、ことはそんなに単純な問題じゃないんですよね。
 事実認定が覆る、もしくはそこに問題があると認定されて差し戻されるのは、証拠調べとか採否、さらには証拠集めの時点の捜査の問題があったってことですから、結構大きな問題だったりします。
 この裁判の判決文とか読んでいただけると分かりますが、結構いい加減だったりするんですよね…下級審判決って。

 この事件を語る上で直接証拠とか間接証拠とか説明が必要だと思うので、ちょっと解説しますと…
「要証事実」
 証拠によって証明しなければならない事実のこと
「直接証拠」
 要証事実を直接証明できる証拠
「間接事実(情況証拠)」
 要証事実を推認させるような事実
「間接証拠」
 間接事実(情況証拠)を証明する事実
というような感じになります。

 例えば検察官が証明したい事実として「被告人は包丁で被害者を刺し殺した」としましょう。これを「要証事実」といいます。
 その「要証事実」ですが、例えば、秋葉原の通り魔事件のように一部始終を見てる人が多いような事件なら、これを証明するのは簡単で、見ていた人を証人として法廷につれてきて尋問すればいいんですね。その場合の証言を「直接証拠」といいます。
 ところが殺人事件の事案といえども、このように「要証事実」一つでスパッと決まるのはほとんどありません。犯罪の現場を見てるとかそういうケースなんてなかなかないわけですから。
 そこで、その「要証事実」を細かく分けて、その細かいものを立証することによって、立証するようにしています。この細かく分けたものを「間接事実」(または情況証拠)、それを立証するものを「間接証拠」というわけです。
 例えば死亡推定時刻から被告が死亡した時間が分かるので、(1)死亡したとき(犯行時刻ですね)に現場に被告人がいたこと、(2)被告人が包丁を握ったことがあるか、(3)包丁は被害者を突き刺すのに使われたのか、などが挙げられます。
 (1)の証拠はいわゆる「アリバイ」ってものなんですが、例えばその時間の直前直後に現場や現場の近くで目撃されていて、それが法廷で証言されていれば、被告人が犯行当時その現場にいた可能性があるという推認が働きます。逆に被告人が犯行現場からとんでもなく遠くて交通も不便なところにいてそれが証明されれば、いなかったという推定ができると思います。
 (2)は単純にその包丁の柄に指紋がついているかどうか、でしょうね。
 (3)は包丁が被害者に刺さった状態なら当然として、例えば別のところで発見された場合は被害者の血がついていてその鑑定結果が出されていること、さらに刺し傷と包丁の形が一致すること、包丁が骨に当たって折れた場合の刃こぼれとか欠けた刃の存在とかも証拠になるでしょうね。

 これはまだまだ単純なケースで、実のところこの3つのうちどれかが欠けることも多いんですよね。例えば(2)の包丁を握ったことの有無について指紋が検出されなかった場合、さらにそれを推認する間接事実を出す必要があります。例えば、包丁の柄に繊維がついていて、それが現場付近に捨ててあった手袋と同じもので、その手袋を被告人が有していたとか、その包丁を被告人が購入していて、しかもそれを店員が覚えていたとか。

 さらに、事例で挙げた事件の場合は包丁という明確な凶器があるのですが、例えば凶器がないような殺人…風呂とかそういうところに水を溜めて首を押さえ込んで溺死させるとか、そういうのはそういう明確な証拠がなくなってしまうんです。

 で、今まで挙げた証拠の事例ですが、実はその証明できる力、とでもいうのですかね、それが証拠によって千差万別なんですよね。
 例えば、(1)のその時間に被告人が現場に存在したことですが、防犯ビデオとかで撮影されていたりすると、確実にいたんだな、という推認が働きやすいと思います。あとその現場にいたことを目撃されている場合の証言とか。逆に犯行現場とはちょっと離れた場所に被告人の車が止められていたとか、そういう場所での目撃証言はそれ一つで「犯人か?」という推認は働きにくいと思います。
 ただ、犯罪というのは大体秘密裏に行われることが多いですから、そういう細かい証拠を集めていって、積み上げていって有罪を立証するという手法を取らざるを得ない場合が出てくるんですよね。

 そこで問題になってくるのはどれくらいの間接証拠の積み上げが必要か、ってことです。

 これについては最判H19・10・16という判決が「合理的な疑いを差し挟む余地のない程度の立証が必要」と言ってます。そしてそれだけの立証があるのならば、例えば直接証拠がなくても、関節証拠のみで有罪にできるとしてます。
 今回の判決はそれをさらに一歩進めて「情況証拠によって認められる間接事実中に,被告人が犯人でないとしたならば合理的に説明することができない(あるいは,少なくとも説明が極めて困難である)事実関係が含まれていることを要するものというべき」としました。

 実はこの事件、一審からの記録読むと分かるんですが、かなり被告人の内面にかかる部分…犯行動機とかそういうのですが…そこを重視してる側面が強いんですね。実際に一審で認定されていた自白調書が控訴審では任意性なしという扱いになっていたり。
 そういう証拠ばかりが積み重なっちゃって、実際に殺人を行ったか否かを表すような証拠が、それこそ吸殻と近くの駐車場に犯行時間帯に止めてあった車しかなかったようです。
 しかし車なんてものは、ナンバープレートの確認とかその車に乗り込んだとかそういう確認ができない場合、同種類の車が偶然駐車していた可能性も否定できないし、一方で吸殻のほうはDNA鑑定から被告人のものと分かったのですが、それがいつ捨てられたものかが分からなかったんですね。実際犯行直後に捨てたものとしては変色がおかしいという疑念もあったりして。
 こうなるとそれこそ犯行動機だけで犯罪を認定することになってしまうのですが、これはさすがに問題があるでしょう。

 こういうことを書くと、とかく識者の中には変なこと言う人もいて、平気で「疑わしきを罰する」ようなことを言うような識者もいます。しかし、動機だけで「疑わしい」と捜査機関が考えて、しかもその「疑わしい」だけで裁判が決まってしまうとするならば、かなり危険なことなんですよね。動機なんて誰にでもありうることだし、しかもそれがなかったことを立証するのは難しいわけで。
 となるとやはりここまで厳格な証拠と立証の要求は当然といえば当然だと思います。
最終更新:2010年04月29日 09:31
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