学園都市第二世代物語 > 25

25 「母と娘」

 

なんとか見とがめられずに、あたしはB-316までやってきた。

そっと扉を開けて、あたしは、おそるおそる利子(りこ)のそばへ行く。

 

利子はすうすうと寝息を立てて眠っていた。

あたしは、利子を起こさないように、そっと椅子を持ってきて利子の傍に置き、腰を下ろしてこの子の顔を眺める。

利子の顔をこんなそばで見るのは、あの時以来。まだあどけない2歳前の頃。

あたしの記憶の中にある、子供の面影は僅かに残っているけれど、親の欲目と笑えば笑え、20年前の若かりし頃のあたしに間違いなく似ている。

あたしは思わずにんまりしてしまう。

なるほど、これならば、あたしら二人が並んだら、間違いなく親娘だと思われること間違いなし。

お揃いの服を着て、この娘と二人で街を歩いてみたい……。例え、親バカと指さされようとも。

それくらい許して欲しいものだ。


だが、遙か昔、あたしを叩きのめしたあのメルヘン野郎の面影も色濃く残っているのも事実だった。

(垣根にそっくりだった)

心理定規<メジャーハート>の悲痛な声が蘇る。

あの女は、垣根を愛していたのだろう。

男を愛した女とは結局結ばれず、敵対した女がその男の子供を産む……不条理な話だ。

「娘は父親に似る」

はからずも、その言い伝えは正しい事をあたしは改めて認識せざるを得なかった。

 

(利子……あたしを蘇らせてくれたんだってね……ありがとう)

あたしは小さくつぶやきながら、利子のほほをなで回す。

あの子は撫でられるのが大好きで、こうするといつも目を細めて良く笑ったものだ……そして、

……え?

 

「ママ……?」

起きた。

利子が目を細めて笑っている。そう、あの時のように? 

「リ……コ……?」

「ねえねぇ、ママ、ママだよね? ママなんだよね?」

大きく目を開けた利子が不安そうな顔であたしを見つめる。

その目は、佐天利子(さてん としこ)ではない、麦野利子(むぎの りこ)、あたしの利子だ。

あたしには、もう否定する気はなかった。ええい、言ってしまえ! もうどうにでもなれ!

「そう、ママよ、利子。あたしは麦野沈利、あなたを産んだ、あなたののママ。蘇らせてくれて、ありがとう」

 

「よかった……ママがいて……」

利子の顔がパアッと輝き、そして直ぐに泣きそうな顔に変わって、目尻から涙がつーっと流れ落ちる……

手で涙を拭いて利子が起きあがった。

「ママ? どうして、あたしを置いていったの?」

利子があたしを正面から見つめる。ボロボロと涙を流しながら。

「答えて、お願い、ママ」

うそ、これじゃ、まるでいつもの夢と同じじゃない。 

まさか、これも夢? 

いいや、違う!

これは、夢じゃない。

夢なものか。

目の前にいるのは、起きているのは正真正銘の、あたしの娘。

この子は、麦野利子だ。

 

「ごめんなさい!!」

 

あたしは、利子を力一杯抱きしめた。柔らかい身体。暖かい身体。よかった。やっぱり、夢じゃない。

あたしの、あたしの可愛い娘。

あたしの産んだ、一人娘。

あたしの、利子。

あたしの、二歳で手放さねばならなかった娘。

 

あたしは、夢の中では出来なかったことを、あれから16年経った今、ようやく出来た……
             
 

「やっとママに会えた……あたしの、大好きなママに」

利子があたしを柔らかく抱きしめてくれる。

あの子の心臓の鼓動が感じ取れる。

利子、あなたはこんなに大きくなったのね……。

「あたしだって、あたしだって、利子を忘れたことなんて、一度もないわ」

「ママ? お願い。ちゃんと教えて。あたしをどうして置いていったの?」

利子がまた同じ事を聞く。

わたしに捨てられた、と思っているのだろう。かわいそうに。

どれほど悲しかっただろう、どれほど辛かったろう、どれほど苦しかったろう……。

「あなた、あたしの夢の中にまで出てきて、同じ事聞くのよ? そんなに知りたいの、利子?」

「うん。あたしは、どうしても聞きたいの」

「後悔しない? ちっとも明るい話じゃないのよ? それでもいいの?」

「うん、あたしは本当のことが知りたいの。『あたしはそのためにここにいるの』」

そう言うと、利子はあたしから腕を抜き、

あたしの腕の中で身体を回転させて、

あたしの胸にぽてと頭を預け、

あたしの顔を見上げて、

にっと嬉しそうに笑った。

それは、あたしが絵本を読んであげるときの、利子のおきまりのポーズだった。

あたし自身はすっかり忘れていた事だったけれど、次のおきまりは身体が覚えていた。

利子を後から抱きしめて、あたしのあごを利子のあたまにあててグリグリとしてあげたのだ。

「やーん、いたいよー」

利子が嬉しそうな声を上げてじゃれついてくる。

 

……あのころは、利子はすっぽりとあたしの身体に収まるくらいちっちゃかったけれど、今あたしが押さえているのはあの子の胸。

あたし同様、立派なものだ。さすが、我が娘。

「じゃ、話すわね」

「うん。おはなし、して?」

あたしは、あまり思い出したくない過去の話を利子に聞かせ始めた。

 


「……ということで、あなたは、麦野利子ではなく、佐天利子、としてここにいるわけなの」

あたしは、聞かせたくない残酷な部分は省いたけれど、全てを彼女に話した。

「ウソ偽りはないわ。全て事実よ」

 

……しばらく利子はじっと身じろぎもしなかった。

そして彼女は顔を上げて、ニッコリと笑ってあたしに言った。

 

「ママはあたしを捨てたんじゃなかったのね!!」

 

あたしは面食らった。どれほど厳しい言葉を投げつけられるだろうか、あたしをひっぱたくかもしれない、

泣きわめくかもしれないと覚悟していたのに……あたしが捨てたのかって、この子は……

「あんたを捨てられる訳がないでしょ! あんたはあたしの、あたしが生んだ娘なのよ?」

「あたしが嫌いで捨てたんじゃないのね? 本当なのね? あたしは捨て子じゃなかったのね?」

あたしは少し、あっけにとられつつも、

「誓って言うけれど、わたしは泣きの涙であんたを手放したのよ。誰が好きこのんでそんなことをするものかっ!」

と利子を強く抱きしめながらそう答えた。

利子はしばらくあたしに抱かれるままだった。

 

しばらくするとあの子はあたしの胸からすっと身体を放し、あたしに対する位置に移動し、ベッドにちょこんと腰掛ける形になった。

「ママ、本当のことを話してくれて有り難う。あたしのお父さんの事もわかったし。

ママがあたしを嫌いになって捨てたんじゃなかったってことがわかって、すっごく嬉しいの。

ママ? あたしを産んでくれてありがとう!」

そう言って利子があたまをぺこりと下げた。

 

そして、再び頭をあげた利子が小さく、本当にちいさくつぶやいた。

「良かった、終わったわ……、これで全部、済んだ」

 

「ちょっと、利子? なに?」

あたしは利子のその独り言を聞きとがめた。

全身を悪寒が走る。利子、それ、どういう、意味?

 

バツの悪そうな顔で利子があたしに向かって言う。

「ホントは、あたしはとっくの昔に消えていたはずなの。

でも、あたしは、ママがいきなりいなくなっちゃったことがずっと心に残っていて、なんであたしを置いていったのか、あたしを捨てていったのか、その理由を聞くまでは絶対に消えてやるものか、って思っていたの。

だから、あとから佐天利子ちゃんとしての記憶がどんどん入ってきた後も、あたしは一部分を勝手に占領してじっと身を潜めていたの。

でも、もうあたしが悩んでいたことは全部わかったから、もうあたしがここにいる必要はもうないの。

リコはもう消えなければ、あたしは佐天利子ちゃんに全部返さなければいけないの」

 

あたしは、途中から利子の話を落ち着いて聞いていることが出来なかった。

せっかく会えたのに。利子が、また利子がいなくなろうとしている。しかも、今度は、永遠に?

そ・ん・な! あなた、私に復讐する気なの??

「ダメよ、利子がいなくなるなんて、ママはいや! ママは許さないからねっ!」

「ママ、子供みたいな事言っちゃダメよ。 あたしが狙われる状況は18年前と変わっていないのよ?

あたしが2歳の時に、あたしを生かすためにみんなで考えたことは間違ってなかったのよ。

ホントならあたしはもういないはずだったでしょ?

たまたま、あたしがどうしてもママに聞きたいことがあったから、意地でも消えてやるもんか、って頑張ってたからここまで来ちゃったけれど。

それに、あたしが消えれば、パパとママから受け継ぎ開花したあたしの能力もまた消えるのよ。

佐天利子ちゃんはもう狙われることはないわ。東京にも戻れる」

 

……い・や・だ。

正直虫の良い話だろう、でも、今になってここまで生きてきたあんた、今度はあんたがあたしを置いていくのか?

利子、お願い、ママを置いていかないで!


しかし、あたしの身体は思うように動いてくれない。

そうしているうちに、利子は再び、もぞもぞとベッドに潜り込み、寝る姿勢になってしまった。

そして、あの子は右手を出してあたしの手を握って、またニコニコしながらしゃべり始めた。

「ママ? 大丈夫よ♪ 心配することなんか全然ないわ。安心して? 

今まで通りあたしはママの記憶の中に生き続けるから、いつまでもあたしはママと一緒にいるから。

夢でもう責めることはないから安心して? その代わり、うんと甘えちゃうからね。

そうそう、利子(としこ)ちゃんもママを産みの親だとちゃんと認識してるから、優しくしてね? 

涙子母さんにも、あたしがすっごく感謝してたって、ちゃんと言っておいてね? 

あたしは、優しいママと涙子母さんの2人に巡り会えて、とっても幸せ。じゃ、ママ、また夢の中でね!」

 

そ・ん・な……そんなバカな!! 

やめて! やめてよ、利子。

お願い、いかないで。親のあたしより先にいくなんて、絶対に許さないから! 

 

あたしはあの子の手を強く、強く握りしめた。

「利子! リコ!! だめ! いっちゃダメだったら!! 止めて!! ママの言うことを聞きなさい!!」

あんた、何でそんなに嬉しそうな顔してるのよ!?

利子の目が閉じられた。  ああ、いってしまう!!!

あたしの手を握る力が失せた。

 

あたしはなにも出来なかった……いってしまったのだ、あの子は。

あたしを、残して……。

あたしの、利子は………。
    

「リコーっ!!!!!!!」

 


「「麦野さん!?」」

部屋に入ってきた上条当麻・美琴と、東京から飛んできた母・佐天涙子が見たものは。

 

眠り続ける佐天利子と、その利子にしがみつき、声もなく全身を震わせて泣く麦野沈利の姿だった。

利子の右手を、両手でぎゅっと握りしめて。

 

 

----------------------------------

「リコ、やっぱり出ちゃうんだね?」

「あはは、やっぱりねぇ、お金続かないのよ。

恥ずかしいけれど、奨学金が1/3になっちゃったからさ、さすがにここにはいられないわよ。

みっともない話だけど」

「リコ……ぐすん」

「こらこら、さくら、泣くなっての。別に学校辞める訳じゃないしさぁ、今生の別れじゃないんだし、ちょっと逆方向なだけよ?」

あたしは、退寮の為、荷物の整理をしていた。

 

もう一人の「あたし」、麦野利子(むぎの りこ)がいなくなってしまった。あたしのあの憂鬱な能力と一緒に。

つまり、あたしは「無能力者」になってしまったのだった。

正直、ものすごくホッとしたのは事実だ。

まわりのみんなは

「もったいない」

「レベル6確定目前でレベルゼロだなんて」

と言うけれど、もうジャマーなんてものも不要になったので、わたしの頭は今、ものすごくすっきりして爽快だ。

ただ一つ、予想外だったのは………「奨学金大幅減額」だった。

確かに良く読むと、「奨学金支払総額-授業料-諸経費=各人の口座に振り込まれる、いわゆる『奨学金』」だったのだ。

今までは、あたしはレベル3だったから、まずまずの支払い総額だったのがそれが一気に1/3になったことから、授業料がやっとでとても寮費まで支払える財政事情ではなくなったのだ。

もちろん、学校側も冷たくはあしらわなかった……理由は、「麦野沈利さん」の力だった。

そして、あたしはその人の家に引っ越すことになったのだ。

 

「利子、ポケッとしてるんじゃないの! ほら、どうするのこの本?」

あたしの母、涙子母さんも今日はあたしの引っ越しを手伝ってくれている。

あたしの部屋へ初めて来た日が引っ越しの日、というのはちょっとアレだけれど、まぁそんなこともあるかもね。

「利子、あんた、本当にここで頑張るの? 大変よ? 東京へ戻っても良いのよ?」

ちょ、母さん、決意を鈍らせるようなこと言わないでよ!

あたしにだって、都合ってものがあるんだし、ここには友達だっているんだから!

あたしはここで頑張るんだから! お母さんのように!

 

「ちょっと、佐天さん? それって、あたしが利子ちゃんの保護者には相応しくないって事なのかしらねぇ?」

ぶっ! 

む、麦野さん……! いつの間に?

「に、似てる……?」

「え……この人、お母さんじゃ……ない、んだよ、ね?……」

カオリんとさくらが麦野さんを見て驚いている。

また、よりによって、麦野さんはあたしと同じような髪型にしているし……って、意図的……に?

「あら、麦野さん、こちらにいらしたんですか?

利子と一緒にご挨拶に伺おうとお電話しましたらご不在でしたもので……」

母が恐縮したように麦野さんに言い訳をする……が、あたしの名前を出したところが、母らしいわ。

あたしを取られるんじゃないかと心配しているのかな? えへへ。

「そりゃどうも。あたしも出歩いてる事が多いもんで……あ、それから、娘も呼びましたのでまぁこき使ってやって下さいね。

ほら、ちょっと、志津恵! ご挨拶しなさいよ」

麦野先生が、ニコニコしながら沈利さんの後から出てきた。

「こんにちは。麦野志津恵(むぎの しづえ)です。

佐天のお姉さん、覚えてらっしゃいます? あたし、あの時の、『18番』 です」

最初、母はぽかんとしていた。が、

「あら! ホントに18番なの? うわ、大きくなったわねぇ……見違えるほど綺麗になっちゃってるし。

そうなの? 麦野さんの娘さんになったの?」

「はい。とんでもない母親でしたけれども(笑」

「こら! くっだらない事言ってるヒマあったら手動かしなさいな、志津恵」

まぁ、とかキャーとかこらぁとか、母と麦野さん親娘が三人で盛り上がる (姦しいわ、ホント) のを見ながら、あたしは病院での騒ぎを思い出していた。

 

 

------------------------------------

「リコーっ!!」

あたしを呼ぶ声が聞こえた。

うーん、もう少し寝かせてよ……あれ? 今の……お母さん……じゃないよね?

お母さんなら、としこって呼ぶから…… 

誰だろう……?

う、あたしの顔に生暖かい雫がポトポトと垂れている。

(うん? コレ、なんだろ?)

あたしは無理矢理に目を開けた。

「あ……」

「あ……」

知らない人の顔があった……いや? 見たことがある。えっと、誰だっけ?

そのひとは、あわててあたしから離れた。

「としこ!」

あ、お母さんの声だ。

「やぁ、気が付いたみたいだなぁ」

あ……マコの……上条さんだ……

「利子(としこ)、この人、わかる?」

母さんが、優しい顔で、隣にいる女の人のことを聞いてきた。

「どこかで……会ってますよね……どこかで……あ? あの! もしかして、その、あの……」

「こんな時に会うのもどうかと思ったけれど……」

あたしは身体を起こした。

「ちょ、ちょっと佐天さん、大丈夫なの?」

美琴おばさんがあわてる。お母さんもぐいと身を乗り出してきた。うわ、近いってばさ。

「麦野さん、でしたよね?」

ふっと麦野さんの緊張が解けたように見えた。

あたしは下を向いた。麦野さんなら、どうしても聞きたいことがある。でもさすがに顔を見ながらは聞けない……

「どうして、麦野さんは、みんな殺しちゃったんですか……?」

みんなが息をのんだのがわかった。

「誘拐犯だけど、あたしと母さんを誘拐した悪い人たちだったけど、何も、殺さなくたって、あんなにヒステリックになって……」

「利子、止めなさい!」

母さんが叫ぶ。

「いいのよ、佐天さん。その通りだから。

利子ちゃん? かつてのあたしはね、闇の掃除人だったのよ。昔の時代劇ドラマで必殺仕事人シリーズってあったの知らないかな?

知らなければ借りてみて? まさに、あの通りだったわ。

それでね、相手もプロで、生き残るのに必死なのよ。生半可に対応すると、反撃されて自分が危険なのよ。

あなた、前に撃たれたわよね? あれがまさに、その良い例だったわ」

上条美琴が思い切り鋭い目で麦野沈利をにらみつける。

(なにを余計なことしゃべってんのよ!) という顔で。

無視するかのように、麦野は次の言葉を、ため息と共に吐いた。

「もう、今はそれも出来なくなったけれどね」

「ええっ!?」
「麦野さん、それ、どういう意味!?」
「お、おい?」

みんなが驚いた。

もちろん、あたしも思わず顔を上げて、麦野さんの顔を見た。

「そう、あたしの利子(りこ)は、原子崩し<メルトダウナー>のない、まっさらの状態であたしを再生したのよ。

どういうつもりだったのか、わからないけれど。

あたしの身体も、サイボーグ化していたところは全部もとの人間の身体になっているわ」

あたしも、母さんも、美琴おばちゃんも、上条のおじさんも息をのんで聞いている。

意味がわからない。

もう一人の『あたし』のリコ? 

こら、あんた、あたしの寝てる間に、いったい何をしたの?

 

………あれ? 返事がない。

……こら、リコ、もう一人の『あたし』、返事しなさい!

 

……どうしたんだろう? 起きてこない、よ?

 

「冥土帰し<ヘヴンキャンセラー>曰く、能力開発をもう一度やれば復活するかもしれない、とは言ったけれどね」

「そ、そんな、今更、(その歳で)またやる気なの?」

美琴おばちゃんがようよう口を開いた。

「まさか。やる気なんかないわよ、もう沢山。……そういうことで、原子崩し<メルトダウナー>の麦野沈利は消えちゃったの。

あの戦いで、死んだのよ。今は、ただのおばさんが一人いるだけってところよね」

よくわからないけれど、どうやら、麦野さんは一度、「死んだ」らしい。

それを、『あたし』 が蘇らせた、ということなのだろうか?

うそだ。

それじゃ、『あたし』 って、まるで神様だ。

そんな馬鹿な。

マンガだ。小説だ。SF物語だ。

「あ、あの、麦野さんは、その、<死んで、蘇った>というのですか?」

「ええ、三途の川まで行ったわよ。そこで知ってる人に追い返されたわ。友達が呼んでるって言われてね」

麦野はそこで美琴の顔に視線を送った。

美琴が一瞬驚いた顔をしたが、直ぐに納得の色を見せた。

 

そうだ、もうひとつ、あたしは麦野さんに聞かなければならないことがあったんだ。

今、聞くしかない。

「……あの、麦野さんは……もう一人の 『あたし』 の、おかあさん……なんですよね……」

あたしはお母さんと麦野さんの顔を見ることが出来なかった。

でも、あたしは話を続けた。

「つまり、それって……あたしの……あたしを産んだひと……お母さんってこと、なんですよね?」

まわりの人が、息をのむのがあたしにもわかった。

「利子(としこ)ちゃん?」

麦野さんが優しい声を掛けてきた。 あの、全身ビーム砲のひとが、こんな優しい声をかけてくれるなんて。

「わたしの娘、麦野利子 (むぎの りこ) はもうあなたからは消えたの。

あなたは、佐天利子 (さてん としこ) ちゃんなのよ。

あの子は、わたしの中に帰ってきてるから、もう大丈夫。心配することは、もうないのよ」

リコが消えた? 

『わたし』 がいなくなった、ですって?

……そうか……それで、返事がない、のか……って、ああ、もうよくわからない!

 

あたしは、顔を上げて、麦野さんの顔をはっきりと、見た。

あたしによく似た、いや、はっきりすべきだろう。

あたしを産んでくれた、ひと、だ。

麦野さん、緊張してる、よね?

視線を外すと、隣にはちょっとひきつった顔の、お母さん。

あたしが何を言うか、お母さん、心配してるの?

あたしは一瞬、ちょっと意地悪しちゃえ、というイタズラごころを出した。

「あの、お母さんって呼んでもいいんですか?」

あたしは麦野さんを見つめて言ってやった。

お母さん、どうする? って一瞬横目でちらりと見た。

 

真っ青だった。

その顔を見た瞬間、あたしはものすごく後悔した。

(ごめんなさい!)と本気で思った。

「と・し・こ・ちゃん? それは違うわよ?」

麦野さんが思いもかけないことを言い出した。

「言ったでしょ? わたしの娘はわたしの中に帰ってきたって。あなたは、佐天利子なんだって。意味わからないかな?」

そう言って、ほほえみを浮かべた。

(そうか……じゃぁ、いいんですね、麦野さん?) もう一度、視線を送る。

(いいのよ。ホラ、早く!) そういう返事の視線が返ってきた。

あたしは安心した。 決めた。
              

「ごめんね、おかあさん!!」

あたしは、お母さんの、涙子母さんの胸に飛び込んだ。

 

次の瞬間、あたしはいきなり、げんこつを頭にくらった。

「いったぁ~い!!」

「こらっ、このバカ娘ったら、親を試すようなこと、言うなぁーっ!!」

そう言って、お母さんはあたしを思い切り抱きしめた……。

 

「もう、佐天さんたら、女の子にげんこつはダメって前にも言ったでしょ?」

「娘でも平手打ちしちゃう上条さんには注意されたくないです!」

「おいおい、美琴、お前、今でもそうなのか?」

「え、え、そ、そんなことしてないわよっ! 

あんた、全部平和に解決してから出てきた癖に、偉そうに言うんじゃないわよ!」

「ウソです。あたし、ついこの間、ひっぱたかれました」

「ちょっと? 超電磁砲<レールガン>、あんた、あたしの娘になんてことをするのよ?」

「あら、あなたのお嬢さんはあなたの中にいらっしゃるんじゃなかったかしら?」

「あれは、そのときの話の流れで言っただけよ。あたしの娘の美貌を傷つけるようなことするんじゃないわよ!」

「えぇぇぇぇぇ? あたし、やっぱり娘ですか?」

「ダメです! どさくさに紛れて何言ってるんですか? 麦野さんにはこの子は渡しませんから!」

なんかマズイ方向に話が流れてる。やばい。

(そうだ!)

あたしは思いついたことを恐る恐る言ってみた。


「あ、あのぅ、お母さんが二人いるってことでは、だめですか?」

 

一瞬、場が静まりかえった。

 

―――― 神様が通っていった ―――― 

 

母と麦野さんがお互いに顔を見合わせて……ぶっと吹き出し、笑い始めた。

「あははは、その通りでいいんじゃないですか?」

「そうよね、ベタな小説をまさに地で行くとは思わなかったわ、アハハハハハ」

二人が笑っている。

「原子崩し<メルトダウナー>が……麦野さんが、口開けて笑ってる……」

美琴おばさんが信じられないものを見ているような顔をしている。

「まぁ、良い具合に収まってくれたんじゃないかな? 利子ちゃん、別に、これでいいんだよね?」

上条さんがうんうんと頷きながらあたしに聞いてくる。

それを聞きとがめた美琴おばさんが真っ黒なオーラ全開で突っ込んできた。

「ア・ン・タ・ねぇ~、あたしにさんざん駆け回らせておいて、何一つやらないで、それで最後の最後、美味しいとこだけオレが持っていこう、これにて一件落着、だなんて、ず・い・ぶ・ん・偉くなったものよね……」

「み、美琴さん?」

「ア・ン・タ・のねぇ……そんな幻想は、あ・た・し・が、ぶち殺してやるわぁーっ!!」

「美琴、それ、オレの決めゼリフだってのー! ああっ、やっぱり上条さんはふ・こ・う・だぁーっ!!」

上条さんが逃げ出し、美琴おばさんが追っかけて行く。

「待ちやがれ、このーっ! あの子のことだってそうだし、今日こそアンタ、お仕置きしてやるーっ!!!」

二人の声が遠ざかって行く。


「20年経っても、変わってないんだ……みさ、いや上条さん……」
「そうなのか……」
「……」


残されたあたしたち3人はお互いに顔を見合わせ、また大笑いしたのだった。

 

 

------------------------------------------

「ちょっと、リコ、リコってば?」

「は、はいっ?」

「またぁ……全くリコは……直ぐあっちの世界に行っちゃうんだから……」

カオリんがあたしをつついて、小さな声で聞く。

「麦野先生と一緒に住むんだ?」

「うん」

「ところでさ、あんたのほら、あの、お友だちのあの子、結局どうなったの?」

「マコのこと? ……目はやっぱりダメだったらしいの。

自分の左目とバランスを取る必要があるから、性能を落とした義眼を組み込んだらしいけど、それでもスゴイって、本人は喜んでたわよ? 

あたしはどうかと思うんだけど……」

「そうなんだ? 本人が喜んでるならいいけど……身体の方は?」

「もうリハビリ中だって。複雑骨折じゃなかったのが幸いしたらしいわ。

あの子ったらさ、あたし左利きだから右腕をパワーアームにしたらちょうど良かったかも、なんて脳天気なこと言ってたけどさ……サイボーグにでもなるつもりかしらね」

 

……カオリんにはそう言ったけど、あたしにはわかっている。

麻琴はそんなこと望んでなんかいやしない。マコは、あたしを泣かせない為に道化を演じたのだ。

下手な芝居打っちゃって、全く。

リコ姉ちゃんを心配させる困った妹分だ。

姉貴分としては、常盤台高校に移ってたっぷり面倒を見てあげたいところだけれど、今のあたしはレベルゼロ。

無能力者では常盤台には転入できない。あ~、世の中ってのはホントうまくいかないものだ。

まぁ、退院したら思い切り「ふにゃ~」させてやるとしましょうか!

 

 

--------------------------------------------

「行ってきま~す」

「ちょっと待ってよ、利子(としこ)ちゃ~ん」

「志津姉さん、遅刻しますよ~!?」

ワイワイキャァキャァとおんな二人が玄関先で姦しく(1人足らない?)やっている。

 

「志津恵、あんたお姉さんなんだからしっかりしなさい!」

「は~い」

「じゃ、改めて、行ってきま~す、お母さん」

「ハイハイ、気をつけてね」

「お母さん、行ってきます」

「ああ、利子ちゃんの面倒しっかり見なよ?」

「も・ち・よ!」

 

出かけるのは、麦野志津恵と佐天利子。

見送るのは、麦野沈利と佐天涙子。

「「行ってらっしゃい」」

 

「あなた、来年の春のスケジュールはどうなってるのかな?」

二人を見送った麦野が佐天に聞く。

「は? あの……突然に、なんですか?」

「桜の時期よ。約束通り、花見やろう? 第三位も入れてさ」

「えー、ホントにやるんですか? そっか……どこでやります? ここで? だったら……例年だと4月1旬ですねぇ……

じゃこの辺はスケジュール空けておきますね。あ~何年ぶりかな~お花見なんて……」

すっかり佐天は来年の春を思い、心は花見へ飛んでいる。

 

(ママ? お花見って何?)

 

娘・利子(りこ)が呼びかけてきた気がして、麦野沈利は後を振り返った。

(はいはい、春になればわかるわよ。あんたも一緒に連れて行くから楽しみにしてなさい)

(やったー、ママとお出かけだねっ!)

誰もいないはずの場所。

でも、利子(りこ)が満面の笑みを浮かべてはしゃいでいた、ような気がして、麦野は一人、微笑んだ。

 

「で、ところで今回の出張は、いつまで?」

麦野が佐天に尋ねる。

「もう戻ります。娘をよろしくお願いします。わたしは寂しがり屋の大おばさまの面倒みなければいけませんから」

携帯を取り出す佐天。

 

「くしゅ……誰?あたしをネタにしてるのは?」

上条詩菜が一人で寂しそうに居間にいる。

電話が鳴る。

「はいはい、誰かなぁ?」

 

 

 

--------------------------------

 

 

……あたしの名前は佐天利子(さてん としこ)、学園都市教育大付属高校女子部に通う高校1年生。

あたしは、学園都市にこの4月から来た、新参者。

学園都市に来て超能力を発現して、そしてまた、学園都市でその超能力を失ってしまった。

今は、レベルゼロ、無能力者、だ。

つまり、元に戻った、わけだ。

この1年半の騒ぎはいったい何だったのだろうか。

でも正直、ほっとしてる。

「普通の女子高生」になったのだから。

 

もう一つ、大事件があった。

あたしに、お姉さんと、もう一人のお母さんが出来た。

その、もう一人のお母さんというのはあたしの「生みの母」。

だから「出来た」ではなくて「判明した」、というのが正しいだろう。

お姉さんは、その、あたしの生みの母の養女、だ。

 

「リコ~!」
「りこちゃーん!」
「おはよー!」
「おお、来た来たぁ」
「新しいお家、どう?」
「あ、麦野先生も一緒なんだ?」

 

もちろん、お友だちもいっぱい。

 

佐天利子、学園都市で頑張ってますっ!

 

(佐天利子編 終)

 

→ おまけ 「母と娘/佐天涙子と利子」

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最終更新:2014年02月24日 00:03
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