学園都市第二世代物語 > 06

06 「麦野沈利」

 

「だから殲滅しろって言ったのよ!! あの子が死んだりしたら、あんたも、ぶ・ち・こ・ろ・す、からね!!」

「縁起でもないこと言うんじゃないわよ! 生きて連れてこられた病人で死んだ人間はいない、ってのがアイツの謳い文句よ。

絶対死なないわ。死なせるもんですか! 死ぬわけないでしょ!」

ヘリの奥でレベル5同士が罵り合う一方、娘・利子のそばに母佐天涙子は寄り添っていた。

「利子、もう十分よね。お母さんと一緒に帰ろうね、東京へ。そしてどこか遠くに行こう。もう沢山だわ。

わたしがいけなかったのよ。わたしが未練たらしくしていたのがいけなかったの。もう決めたわ。

母さんが利子を守ってあげる!」

野戦戦闘服を着て、耐ショック担架のそばに付いていたミサカ麻美(10032号)は、佐天涙子のつぶやきを無表情で黙って聞いていた。

ヘリが降下する。冥土帰し<ヘヴンキャンセラー>の病院のヘリポートはすぐそこだ。
 

 

 

「なんだか上条君みたいになってきたね」     カエル顔の医者が言う。

「縁起でもないことを言わないで頂けますか!?」     まだ興奮が冷めていない上条美琴がガツンと言い返す。

その二人をかき分けるようにして 「お願いします、娘を助けて下さい!」   佐天涙子がカエル医者にすがりつく。

「ああ、佐天くん、だったね? 心配しないでいいよ。 さぁ立って立って。 おや?キミも少しけがをしているようだね?

一緒に手当てしてもらった方がよさそうだよ? ああ、ミサカくん、誰か来てもらって、佐天くんの傷の手当をしてもらうように頼んでおいてくれるかな?」     

そう言い残してカエル医者は、彼の戦場である手術室へ向かう。

「はい、かしこまりました」

ミサカ麻美(10032号)は医局インターホンでどこかへ連絡をした後で、

「お姉様<オリジナル>、佐天さんのけがについては、簡単にチェックした限りでは大きなものではありませんでした。

軽度の擦り傷、打撲、そして切り傷が2カ所です。いずれも殺菌消毒、絆創膏で自己治癒可能と見ています、とミサカは報告します」

「ありがとう」     美琴が答える。

「ですが」     と麻美は続ける。

「相当な精神上の打撃を受けていますので、むしろこちらの方が影響が大きいとミサカは危惧します」

「そう……だよね」     と美琴は視線を落とし、手術室の方を見つめる。

「ミサカはこれから手術のアシストに向かいますので、お姉様<オリジナル> にくれぐれも病院内で大げんかを始めないようにお願いします、と釘を刺してこの場を去ります」

「はいはい、頼んだわね、麻美!」

美琴は麻美を見送った後、視線を元に戻した。

(そうすればいいんだろう?)     美琴は考えていた。

憔悴しきった佐天涙子を、銃弾に倒れた佐天利子を、この二人を今後どう守ればよいのかと。
 

 


手術中のランプが消えた。長かった。6時間を超える手術だった。

カエル顔の医者がゆっくりと出てきた。

一瞬飛び出しそうになった上条美琴だったが、途中で引いて下がった。 まず、母親の佐天涙子が聞くべきだったからだ。

「佐天さん、行こう?」     美琴が佐天を支える形でゆっくりと立ち上がった。

麦野沈利も非常時対応ということで、本来ならありえない800mlという大量献血を3時間ほど前に一気に行ったために僅かに青い顔をしていた。

「ふん」     麦野も遅れてゆっくりと立ち上がる。

「無事、終わったよ?」

カエル医者は軽く手を挙げて、集まってきた佐天・上条・麦野の3名に僅かな笑みを浮かべた顔を見せた。

「ありがとう、ございました……先生」 

「佐天さん? 大丈夫、佐天さん?」

佐天涙子は御礼を述べて、気が抜けたのかぐたっと崩れ落ちてしまった。

「いやいや、彼女もこれではダメだね。さて、空いている部屋はあったかな……」

「先生、同じ部屋にしてあげて下さい。とにかく親娘でいた方が絶対に精神的にプラスですから」 

美琴が頭を下げてカエル医者に頼む。

「ふーん、状態が違うからねぇ……、でも確かにその方が良いかもしれないな。そうしようか?」

とカエル医者は少し考えた後、同意したのだった。 

「じゃぁ、念のため、彼女もチェックしておこうかな? 

ミサカくん、お疲れついでですまないが簡易検査のデータを持ってきてくれるかな? 

部屋は……全般検査室Bだな」

「すみません」     

美琴がまた頭を下げる。

「なに、気にすることはないさ。これが僕の『たたかい』なんだからね? 目の前で倒れたひとを放っておくことは許されないことだから」

反対側からミサカ琴子が新たに寝台を持ってきた。佐天涙子を乗せて検査を行うためである。

「お嬢さんの状態報告はどうしようか? 後にするかい?」

ミサカ麻美と琴江が佐天涙子を寝台に寝かせている時にカエル顔の医者が尋ねた。

「とりあえず佐天さんを見て頂いた方が……」

「その倒れたひとを先にみてあげなさいよ、時間はあるし?」

美琴は思わず麦野を見た。麦野は青い顔をしていたが、目の力はいつもと変わりはなかった。

「じゃ、そうしよう。ちょっと待っていてくれるかな? 病室はわかるようにしておくから、とりあえず待合室で待っていてもらった方が良いね。

そうそう、君たち二人、まず先にパウダールームに行った方がいいよ?」

そう言ってカエル医者は次の戦場へと向かった。 

はた、と二人は顔を見合わせ、お互いの服を見た。

「きゃあ!」

「げ!」

悲鳴が上がる。

二人とも、髪は砂埃にまみれ、ヘリのローターに煽られたためにスタイルは崩れバラバラ状態、服も同様にスレ傷やひっかき傷などで少し裂けていたりだったが、なんと言ってもスゴイのは麦野の服。

お構いなしにぶっ放した電子線の戻りが彼女の服のそこら中に焼けこげの跡を残し、数カ所には血しぶきの返り、などと「歴戦の強者」の証拠で埋め尽くされていた。

そして、二人の顔も推して知るべし、だった。

「恥ずかしい!」

「あーっ、あたしとしたことが!」

二人は顔を見合わせる。

「まずいわね」

「あなたのその服はちょっと問題だわね」

「そうね。持ってこさせるわ」

「へ?」

麦野は、

「30分以内に戻るわ」  

と言ってエレベーターホールへ向かっていった。

「あたしも顔ぐらい洗おうっと」

美琴は4階にあるパウダールームへ向かった。
 

 


「すごいね、ちょっと顔ぐらい洗った方がいいよ、というくらいのつもりだったのに、麦野くんなんかすっかり別人みたいに綺麗になっちゃってるね?」

(麦野さん、ひとりだけ綺麗になっちゃってずるいわよ!)

美琴が小さい声で麦野を責める。


―――――― 確かに30分以内に麦野は待合室に戻ってきた ―――――― が。


派手ではないが、仕立てのいいスーツ姿で、髪も洗髪できなかったとは言っていたが、櫛を通し、先ほどよりは遙かにまし、


――― 別人のようになって ―――


待合室に現れたのだった。

病院だから、ということで、香水もつけず、化粧もごく控えめ、青白い顔なのでこれくらいは、とほんの少しあわい頬紅をさしてはいるが。

「何よこれぐらい。 少しは年上の先輩を立てなさいよね」

と澄まし顔で麦野は小さい声で答えてきた。

ボロボロの上条美琴との差は歴然としていた。

 


「それで佐天涙子さんはどうだったのでしょうか?」

美琴はそれより本題だとばかりにカエル顔の医者に尋ねた。

「結論をいえばね」 カエル医者が答える。

「けが等、外傷については全く問題はなかった。

しかし、肉体疲労と精神疲労の両方がかなりきつい状態にあったのは事実なんだねぇ。

まぁまだ若いから1日充電するくらい休めば肉体の疲労は回復するだろう。

ただ、精神の疲労は僕のテリトリーではないので、うまく言えないな。

ケアが必要だろうと僕は考えるけれど、専門家の意見を聞いた方がいいかもしれないね。

一応精神安定剤は打っておいたから今頃はぐっすり眠っていると思うよ」

二人はため息をついた。

「質問はあるかな? 無いようなら、娘さんの方の話をするよ」

カエル医者はそう言ってちょっと水を飲んだ。

「さて、まず順番にいくね?

左腕の銃創はそれほど酷くない。

やけどみたいなもので、本来なら放っておいても問題ないと思うけれど、女の子だから傷跡は残したくないだろうから、お尻から皮膚の移植を行い、カバーした」

「お尻ですか?」美琴が質問する。

「昔から普通に行われていて、手術事例は何百、何千とあるんだよ? 知らなかったのかい?」

麦野と上条の二人はへぇ、へぇと頷く。

「次の貫通銃創だけれど、これはちょっと大きな傷だった。

銃弾が抜けた後が焼けていてね、出血が見た目の傷程には少なくて済んだのは良かったのだけれど、直る際には障害になるのでね。

焼けた部分を一旦削り落とし、お尻の肉を削って充填したんだよ。

さっき、お尻の皮膚を使ったと言ったのはこの為でもある」

「お尻は傷にならないのですか?」

また美琴が訊く。

「仮になったとしても目立たないよ? それに普通は人に見せる場所じゃないからね。

まぁ君たちは、愛するご主人には見せてるんだろうけれど?」

「まっ……」

美琴は真っ赤になる。

「うっ……」

麦野も一瞬青い顔に血の気がさしたが、直ぐに元に戻った。さすが年の功か。

「で、腹部の銃弾なんだが、これは結構やっかいだったね。

幸い肝臓や膵臓、脾臓といった取り返しが付かない臓器には損傷が無くてね、本当に奇跡だったね。

肝臓に被弾してたら即死だったんだよ?

大腸と小腸の一部、腸骨に被弾していたが、全部取り除く事が出来た。

神経にも被弾による影響はないようだから障害は出ないと思うね。

まぁ、ここまでは原因がはっきりしているから対応方法も明確なんでね、時間はかかっても確実に直るからいいんだけれど」

「先生? 頭のことですか?」  麦野が聞く。

「うん、頭蓋骨の一部が割れていて、脳に少し当たっていたんだよね……」

美琴が息を呑む。

「まさか、それで記憶を無くすとか、植物人間になるとか?」

「おいおい、僕はそんな事を言っていないよ? 

場所は前頭葉部分でね、頭蓋骨の一部分が内側に折れ曲がる形で脳に触れていた訳なんだね。

幸い突き刺さっていたわけではなく、すこし圧迫していたというようなものだから、脳は壊死もしていないし、脳血管の損傷も殆ど無かった状態だったから血液による脳の圧迫も殆ど無かったと言って良いと思うね。

運が良かった。腹部の銃弾の件と言い、この頭蓋骨損傷の件と言い、彼女は幸運の持ち主かもしれないね」

(本当に幸運なら病院なんか来ないわよ)

麦野が心の中でそう毒づくと、カエル医者は

「その通りだよ、麦野くん? 本当に幸運な人というのは、病院に来ることもなく健康なまま生涯を全うしたようなひとのことだね。

僕はこんな医者だから、余計そう思うのかもしれないけれど」

麦野の顔が少し引きつる。彼女の身体の一部分は親からもらったものでは無くなっているからである。

「それで、ここらへんは僕よりも木山君のほうが向いているとは思うんだが、彼女が目覚めてからいろいろとチェックをしてもらった方がよいと思うんだね。

あの子は嫌がるかもしれないけれど」

「チェック、ですか……」

美琴がつぶやく。

「頭を打っているのでね、絶対やっておくべきだと思うよ? 

さて他に質問はあるかな? 出来れば僕もちょっと休みたいんだけれどね」

そう言ってカエル医者は少しほほえんだ。

「何かあったら遠慮無くそこのナースコールを使ってくれるかな。

気にしなくて良いよ、それが僕らの仕事なんだからね」

「有り難うございました」

と美琴と麦野が頭を下げる。

「じゃあ」

と言ってカエル医者が出て行く。


「……」

すこし考えた麦野は彼の後を追いかけて部屋を出る。

「先生!」

追いついた麦野が深々と頭を下げる。

「あの子を、あの子を二度も助けて頂いて有り難うございました。

御願いです、あの子の笑顔を取り戻してやって下さい。御願いします!」

彼女の頬を涙が伝う。

カエル医者は頭を下げ続ける麦野を見つめて、やさしく言う。

「僕がやれることは全てやった。あのときと同じようにね。君も僕がどういう医者かは知っているよね? 

あとは、あの子の精神力次第だね。 僕らに出来る事は、あとは祈ることだけだ」

麦野が涙で濡れた顔を上げる。

その目を見つめながら、

「もしかすると、だよ?」   

カエル医者が小さな声で言う。

「あの子は能力を失っているかもしれない」

「えっ……」 

麦野が絶句する。

「損傷した部分は、かつてAIMシャマーを植え込んであったところだったんだよ。だから、逆の可能性もあり得るんだ。

正直どうなるか今の時点ではわからない。ともかく、まずは彼女が意識を取り戻す事が先決だよ。

全てはそこからまたスタート、じゃないかな?」

そう言って、カエル医者は呆然としている麦野の肩をポンと優しく叩いて医局へ歩いていった。

 

麦野はただ、立ちつくすだけであった。
 

 

 

わたしはタクシーに乗っていた。隣には、知らない男の人。

むーちゃんの結婚式のあとの3次会。ちょっと飲み過ぎてしまったわたしは裏通りの陰で吐いていた。

ちゃんぽんはダメだ、といつも反省はするんだけど、ついつい飲んでしまう。

「あー、いけませんね、大丈夫ですか?」      わたしの頭の上から男の人の声が降ってきた。

「だ、大丈夫、です、すみません」     口ではそう言いつつ、地球が回っているのをわたしは実感していた。

「ダメですよ、女の子がべろべろになるまで飲んじゃね。お家はどっちですか?」

こら、ダメじゃないかと言う感じで語りかけてくるその男の人に、わたしは自分のアパートがある場所を教えていた。

わたしは用心深いはずだったのに、どうしてあの時、警戒しなかったのだろう?

そもそも、どうしてあんなになるまで酒を飲んでしまったのだろう?

どうして……。

わたしは結局その男の人に支えられるようにしてタクシーに乗り込んだ……らしい。

ふと気が付くと、自分の家とは全く違う、どこかわからない場所にわたしはいた。

「え?」

「気がついたかい、おねえちゃん? いけないなぁ、ベロベロになるまでお酒飲んじゃ。ママに怒られちゃうぞ?

危ないひとに連れてかれるかもしれないって?」

わたしは一瞬にして酔いが覚めた。しまった、大失敗だ、ああ、神様と思ったけれど現実は甘くなかった。

5~6人のスキルアウトがいる。暗くてよくわからない。怖い、誰か来て、助けて!

わたしはバックを振り回して「誰か! 誰か来て!! ドロボー! ヘンタイ!」と叫んでは見たものの、酒の為に直ぐに息が切れてしまい、へたってしまった。

「お嬢ちゃん、ヘンタイは言い過ぎじゃないかなぁ?」

と1人が言ってわたしの腹を思い切り蹴り上げた。

わたしは簡単に吹っ飛び叩きつけられた。背中も痛いが、蹴られたおなかがものすごく痛い。

ゲボッとわたしは吐いたが、酒の臭いと血の臭いがした。

わたしは動けなくなってしまった。

(ここでやられて、死んでしまうのだろうか、情けない、そんなのいやだ)

とは思ったが、更に男たちに足を思い切り踏まれ、また腹を蹴られた。

「おい、腹はそれぐらいにしとけ。死んでしまうぞ?」

一人が嫌そうな声で言う。

「アン? いいじゃねぇか、どうせヤッちまったら用はねぇ。死んだらソレまでってことでいいんじゃね?」

「さっさとやろうぜ、時間が無駄だ」

一人がわたしの胸元に手を突っ込み、思い切り両方へ引きはがした。

「おう、なかなかいいオッパイだぜ、さすがだな、ヘヘ」

男が下卑た笑いをしながらわたしを見る。

ああ、おかあさん、おとうさん、誰か助けて!

「さっさと裸にしちまえよ」

「バァカ、こういうのはさっさとひんむいたらつまんねぇんだよ。少しずつやんだよ」

「お前の趣味を聞いてるんじゃネェよ」

「はやく下も取っちまえよ」

「お前押さえてろ。キンタマ蹴られるぞ!」

ダメだ、もう。わたし、もう……
 

 

―――――― バリバリバリバリ ―――――― 

 

壁をぶち破ってきた青白い光線が、わたしの頭の上をが横なぐりに通った。

「ぎゃぁーっ」

「ぶぐぉーっ」

「げぇーっ」


        …… その光線の明かりで ……

        …… わたしを蹴り飛ばした男が ……       胴体をまっぷたつにされて

        …… わたしの服を引き裂いた男が ……      足と手をちょん切られて

        …… わたしを押さえつけていた男が ……     首がすっぱりと切り離されて



わたしに血しぶきが降りかかった

        …… 向こうから輝くひとがやってくる ……

わたしは気を失った……





「うわぁーっ!!」

わたしは飛び起きた。

ここのところずっと見ていなかった悪夢。 汗びっしょりだ。動悸はでも普通。呼吸も普通。不思議だ。

「ゆ、夢だよね……」

気が付いた。(びょう、いん?)

わたしは思い出した。娘は? 利子はどこに?
 

「あ、起きたのね?」

暗い部屋でいきなり声をかけられて

「きゃぁ!」

とわたしは叫び声を上げて布団に潜り込んだ。

誰かがベッドの脇をまさぐりピッピッピッと電気をつけた。

「大丈夫、安心して。わたしよ?」

とまた声をかけられた。

わたしは布団の中から顔を出して、声の主を見た。栗色の髪、とても綺麗なひと。

「もしかして、あの、むぎの、さんですか?」

わたしは恐る恐る名前を尋ねてみた。

「あんたねぇ、命の恩人を忘れたわけ? それはちょっと寂しいものがあるわよ?」

とそのひとはわたしにずいっと顔を寄せてきた。

やっぱり、麦野さんだった。わたしの、命の恩人。しかも二度、今度で三回目になるのだろうか。

そして、「返事がないってことは、忘れたのね?」

とんでもありませーん!

「とととと、とんでもないです! たった今も、あの時の悪夢を見て……」

「ちょおっと!? あなた、あたしに助けてもらったのに『悪夢』って何よ? ずいぶんじゃない?

さぁぁぁぁぁぁぁぁてぇぇぇぇぇぇぇんさぁぁぁぁぁぁん? 口のきき方をもう一回、お勉強しましょうかねぇー?」 

ちょっと麦野さん、青光りしているような? もしかして怒ってる?
 

「すすすすすみませーん、あああああの、利子は今どうしてるんでしょうか??」 

ふっと青光りが消えた。はー、助かった。

「集中治療室にまだ入ってるわよ。 明日の昼くらいには出られるんじゃないの? 

まだ多分意識は戻っていないと思うけど」

そうだ、とりあえず手術は終わったんだっけ?……助かったのか、あの子。

良かった……麦野さんもホッとしてるよね。

だって「あなたに言わなくちゃいけないことがあるわ」

「え、ええ?」

麦野さんが目を伏せて、そしてまたわたしの目を見つめて言った。

(な、なんでしょうか~?)

とおどけて返事を返そうとしたけれど、とてもそんな返事をするような雰囲気ではなかった。

「はい……」

素直に返事をした。

「あなたの、『娘さん』、はね」

麦野さんが一瞬口ごもった。

「外傷は足の貫通銃創と腹部への2つが大きなものだったけど、2つとも幸運に恵まれて生命への危険はもうないそう。

これはいいわね?」

「ええ」

わたしはうなずく。

「問題は、撃たれて倒れた時に頭を打ったこと。比較的軽いらしいけど、頭蓋骨陥没骨折。その骨の一部が脳を圧迫。

損傷や壊死まではいかなくて、これも奇跡的な幸運らしいって」

わたしは麦野さんをだまって見つめる。麦野さんが話を続ける。

「脳科学の専門家じゃないし、目覚めてみないとわからないって先生は言ってたけど」

麦野さんはわたしを見すえるかのように強い目で言った。

「もしかすると、能力を失ったかもしれないと」

わたしは彼女の目の強さに思わず下を見つめていたけれど、思わず見つめ返してしまった。

「そ、そんな……」

能力が消えた? 本当に? そんな簡単に? 喜んでいいの? 悲しむべきなの?

「あなた、一瞬安心したでしょ?」

先に言われてしまった。視線を外して小さな声で。

わたしの顔には喜びの色が出ていたのだろうか。それは正直すぎる。しかもレベル5のひとの前で。

「そうよね、あたしのような暴力と破壊に特化したような能力は、人間にとって不要なものよ。

こんな力は、本当なら無いほうが幸せよ、本人もまわりもね。あたしは捨てられなかったけど」

どう答えればよいのだろうか。

わたしはこの人に、その「不要な」はずの能力で命を助けてもらった。偶然だったにせよ。

そして今回もまた、その能力でわたしのみならず、「娘」までも助けてもらっている。

その力はもしかすると「あの子」にも……? それが無くなった……の?

「でも、安心するのは早いのよ、佐天さん」

わたしの顔を見て、麦野さんは何とも言えない顔をした。

「逆のパターンもありうるんだって」

「え……?」 

逆、ってどういうこと?

「今回の衝撃で一気に開花してしまうかもしれないのよ」

「……」 

極端すぎる。能力が無くなるか、一気に開くか、そんな一か八かみたいなことって、そんな!

「どうなるか、全てはあの子が目覚めた時にわかるわ。 AIMストーカーがどういう反応を示すかひとつの目安になるわね」

 かわいそうな、利子。ごめんね。あたしがいけなかった。

「撃たれる前、あの子が言ったんですよ」 

わたしは誰に言うともなくつぶやいた。

「お母さん、どうしてあたしたちばかりこんな目に遭うの? って」

麦野さんがわたしの顔を見て、そして視線を外した。

「おかあさん、怖いって。 そしてその後、あの子は撃たれて……」

「そんなあの子を、私はあの子を守ってやることが出来なかった。すみません、私は母親失格です」

「そんなことはないっ!!」

麦野さんがわたしをにらみつけて小さな声で、でも強く言った。

「あんたは、あんたこそあの子の母親、なのよ!」

「でも、守れなかった。いいえ、逆にあの子をおびき出す釣り餌になってしまいました。

あの子を狙うであろう勢力に、あまりにも私は無力です……。 

もし、あの子に、麦野さんのような超能力があったら、あの子は幸せになるんでしょうか?」

わたしはそう言いつつ、必死で考えていた。

どうしたらいいのだろう、と。

「私は、少し前まで、あの子と二人、東京を離れようと思ってました。そう、昔おばあちゃん家があった田舎に引っ込もうかと。

でも、そんなことぐらいじゃ焼け石に水かな、なんて思えてきて……」

わたしは14年前の事を思い出していた。

あの時の麦野さんの気持ち、今ではすっごく良くわかるような気がする。

「あなたは……」               

わたしは思わず口に出してしまった。

「あの時、あの子を殺そうとしてましたよね?」
 

 

 

(どうすればいいんだろう?)

美琴は、集中治療室の外の待合室で考え続けていた。

能力が消えていたとき。

ある意味、佐天(涙)さんの希望通りになった、ということかもしれない。

東京で、ごく普通の女子高生になって、ごく普通の生活を送ることが出来るかもしれない。

その場合、まだ諦めきれない連中が彼女を狙うかもしれない。

無能力化したことを書庫<バンク>に明記するか? 

いや、もう少し何か事故発表でも使って逆アピールをするとか? 

それぐらいで済むか? 

佐天(涙)さんの例を見ればわかるとおり、無能力者と判明してから実際に手を出した連中はいない。

何故?

他にいくらでも可能性を持ったひとがいたからだ。佐天(涙)さんを追いかけることは効率が良くなかったからだ。

今回の利子さんもそうなるだろうか? 

なるだろう。能力を失って、学園都市の外に出たものを今更追いかけるようなところはないはずだ。

よし、この場合はOKだ。


次は、能力が明確に発現してしまった場合。

父親もしくは母親の能力が受け継がれていた場合、だ。

キリヤマ研を吹き飛ばしたあの能力は、強力なものだった。あの原子崩し<メルトダウナー>をも凌いでいた可能性が高い。

暴走した場合は危険すぎるし、そのパワーに魅せられた連中が押しかけるのは確実。押しかけるどころか再び拉致しかねない。

学園都市以外の勢力からも狙われる可能性が高い。



「東京に戻すのは危険すぎるわね……」

美琴はため息をついた。

佐天(涙)さんには申し訳ないし、上条のお義母さまの楽しみを奪うことになるけれど、本人とその廻りの安全を考えれば学園都市できっちり保護するしかない。

「佐天(涙)さんは危険だわね……」 

母親だからだ。彼女を拉致して人質にする。今回のように。

「!! そう考えたら、佐天(涙)さん以外だっていくらでもいるじゃない……」

拉致して脅すことの出来る関係者は、上条のお義母さま、彼女の同級生など非常に多いことに気が付き、

(とても全員保護しきれる訳がないわ)

頭を抱えてしまった。

「彼女の今までの関係を全部精算すれば……?」

美琴は頭を振った。    (それって、14年前に一度やったことじゃないの!)

また同じことをするのか? 

この方法が可能だったのは、まだあの子が小さかったから。知っているひとが極めて少なかったから。

でも、今、同じ事が出来る訳がない。影響が大きすぎる。

いまさら「佐天利子」という人間の存在を消すなんて不可能。

「できっこないわよ……」

そのとき、美琴に閃くものがあった。ミサカ麻美の言葉。「精神的に相当な打撃を受けています」

「まさか! 佐天さん!?」

 


そのとき、バンと扉が乱暴に開けられ、駆け込んできた女が一人。

「佐天さん!?」 

佐天涙子だった。

涙子は集中治療室へ入ろうと扉を乱暴に引っ張るが、ロックされていて開かない。

「開けて! お願い! 開けなさい!」 

佐天が扉を開こうとしてドアノブをガチャガチャと乱暴に扱い、叫ぶ。

「何をしてるの? 他にも人がいるのよ! 止めなさい! 佐天さん!」

美琴はあわてて佐天を押さえようとするが、彼女のどこにそんな力があったのだろうか、美琴はあっけなくふりほどかれて投げ出される。

「さ、佐天さん……?」 

あまりのことに声も出ない美琴。

「もうたくさん! みんな、みんなあの子に寄ってたかって! あの子はおもちゃじゃない! 1人の人間なのよ! 

私の大事な娘なのよ!」

佐天が美琴を恐ろしい顔でにらみつける。

「超能力が何よ! そんなもの、わざわざ引き出して何が楽しいのよ? 争いの種になってるだけじゃないの!?

一生あの子は平和に暮らせなくなったわ! 一生あの子は戦いの場所から離れられない! 

血みどろの世界にあの子を放り込んでおいて何が超能力は素晴らしい!? 

そんな世界に、どこに自分のかわいい娘を送り込むような親がいますか!?

私は、あの子を学園都市には絶対におかない! それがあの子を引き取った、私の約束!! 

違いますか、麦野さん!?」



佐天涙子が涙を流しながら叫ぶその視線の先には、真っ青な顔で、よろめくように立つ、麦野沈利がいた。
 

 

 

 

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最終更新:2014年02月24日 00:10
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