『桜の花、舞い上がる道を』



「フランソワーズちゃ~ん!よかったわね~!はい、これはお礼ざぁます」
「あ、ありがとうございます」

町の、とある豪邸。
その玄関先に、さくらは居た。

「1、2…3万円か。家の大きさにしてはまあまあかな」

受け取った封筒の中身を確認。
迷い犬を見つけ、届けたお礼である。
さくらはこうやって時々、小遣い稼ぎをしている。
見つけさえすれば、あとは能力を使って捕まえるのは簡単。ちょろいものである。


豪邸の門を出て、帰途につこうとしたその時。

「す、すいません」
「はい?」
「あの、道を教えてもらえませんか?く、区役所ってどっちですか?」

見知らぬ、若い男に声をかけられた。
背が高くやや陰気な男だが、さくらは全く臆することなく応対する。

「う~ん、ここからだとちょっと分かりにくいんですよね…。私時間ありますし、近くまで案内しますよ」
「は、はいお願いします。路地とか、どんどん近道通っていいですから」
「…?あ、はい」

男の言葉通り、近道になる路地も通っていく。
そのような道で、他に人通りがなくなった、その時。

「おとなしくしろ!声を出すな!」

突然男は、さくらの首にナイフを突き付けた。

「…え?」
「誘拐だ!お前と引き換えに、身代金を貰う」
「誘拐…ですか?」
「そうだよ!さあ、お前ん家に電話しな」
「私の家ですか…?」
「焦れったい奴だな!電話しろって言ってんだろ!」
「はい…」

男の言う通り、自宅に電話をかけるさくら。

「よこせ!」

携帯を奪い取る男。
しかし、コール音が鳴り続けるだけで一向に誰も出ない。

「なんだよ、誰もいねーのかよ」
「この時間はいつもいませんよ」
「はぁ!?先に言えよ!」
「だって聞かなかったじゃないですか」

言葉に詰まる男。

「ぐっ…、じゃあ、仕事場でもなんでも誰かいる所にかけろよ!」
「なんでもいいんですか?じゃあ…」

プルルルルル プルルルルル

「はい、喫茶リゾナントです」
「おい、お前んとこの… おいお前名前何てんだ」
「さくらです」
「もしもーし?」
「オホン、お前んとこのさくらちゃんを預かっている。無事に返してほしければ、明日までに1000万円用意しろ」
「はぁ?いたずら電話はやめて下さい」
「いたずらじゃねーよ、おいお前代われ」
「はい、もしもし?」
「…もしもし?本当に小田ちゃん?」
「あ、道重さんですか?私、誘拐されました」
「いやいやいや、ちょっと待って、冗談だよね?」
「冗談じゃないですよ、本当です」
「え?今どこにいるの?」
「ここですか?え~っと、区役所から…」
「バカヤロ! とにかく!そういう事だからな!詳しい事はまた電話する!」

ガチャン プー プー プー

「どうしたんですか?」
「小田ちゃんが、誘拐されたっていうんだけど…」
「ええっ!?」
「ただ、本人に緊張感が全然ないんだよね」
「なんでですかw」
「まあ、小田ちゃんならすぐ逃げたりできるから大丈夫でしょ」
「そうですよね」

事実、リゾナンター達の多くは自らの能力をもってすれば、大抵の拘束から逃れる事は容易い。

「…お前なんでそんな緊張感ないんだよ」
「お兄さんが、本当は悪い人じゃないって分かるからですよ」
「は、はぁ!?ふざけんなよ!?」

男は再び、さくらの首元にナイフを突き付けた。

「お兄さんは、それ以上は、それで本当に刺したりとかはしないですよ。分かってます」
「うるさい!だ、黙れ!」
「それに──」

「──ほら、私はこういうことができるんです」

男が持っていたナイフを、いつの間にかさくらが奪い取り、逆に男に向かって突き付けていた。

「…は、はぁ?なんで…?お前、何なんだ…?ただの金持ちん家の子供じゃ…」
「え?金持ちの家?」
「○○町の家だよ、俺はお前がそこから出てきたのを見て…」
「ああ、あのお家はワンちゃんを届けただけですよ」
「ワンちゃん…?」

力が抜けた男は、その場に座りこんだ。
さくらはナイフを男に返そうとする。男は受け取ろうとするも、地面に落としてしまう。

「何やってんだ俺…。やっぱり何やってもダメだ…」
「どうして1000万円必要なんですか?」
「元々借金があったんだけどさ…、その上うっかり保証人になっちまってさ…」
「ん?こんなところで何してるんだ君達」

2人のもとに、自転車に乗った警官が現れ、声を掛けてきた。
もうダメだ…。男が覚悟したその時。

「あ、小銭を落としちゃって拾ってたんです。ね?」
「え?あ、ああ、うん。そうなんです」

警官はやや怪訝な顔をしながらもその場を去っていった。

「なんで…俺を庇ったんだ?俺はお前を誘拐しようとしたんだぞ?」
「しようとしただけで、まだ誘拐してないじゃないですか。私は道を教えてるだけですから。さぁ、区役所へ行きましょう」
「もう、いいんだ、区役所は…」
「えっ?」
「すまなかった、怖い思いをさせて!」

男はそう言い、駆け出そうとしたその時。

ドシン!!

男は出会い頭に人とぶつかり、尻餅をついて転んだ。

「す、すみません!」
「あ~!痛たたたた!これは腕折れたぜ!?おう兄ちゃん、どうしてくれんだ?」

ぶつかった相手は、絵に描いたようなチンピラ達だった。
胸ぐらを掴まれ、凄まれる男。

「ひっ、ひいっ…」
「しっかり治療費払ってもらわねぇとな!! ん?何だあのガキは」
「あ、あいつは…」

男は恐怖で、うまく舌が回らない。しかし──

「──!?」

次の瞬間、いつの間にか男はチンピラから逃れてさくらに連れられて走っていた。

「なっ!?あ、あれいつの間に?クソっ、待ちやがれ!!」

チンピラ達も2人を追いかけて走り出す。

「な、なんで俺を…?お前だけ逃げてればよかっただろ…」
「私に出来る事であれば、困ってる人を助けるのも私達の使命ですから」
「使命…?」


「あっ!さくらちゃん!」
「あ!生田さん!工藤さんも!」
「道重さんに言われて様子見に来たっちゃけど…」
「待ちやがれ~!!」

そこに、チンピラ達も追い付いてきた。

「お前らだな!?小田ちゃんを誘拐したのは!」
「はっ!?ゆ、誘拐?」
「とぼけても無駄やけんね!」
「いや、それは俺…」
「覚悟しろ!」
「たっぷりお礼させてもらうとよ!」

顔を見合わせる男とさくら。

「まあ、いっか」

さくらはそう言うと、衣梨奈と遥に加勢していった。
誤解されたままの、哀れチンピラ。
結果は言うまでもない。


「これ、借金の足しにはならないでしょうけど、よかったらこれで何か美味しいものでも食べて下さい」
「え?それって君が貰った…」
「いいんです、別に。得意だからいつでも出来ますし」

迷い犬を届けたお礼の金を、男に渡すさくら。

「い、いいのか、本当に?」
「ええ。あ、そうそう。区役所はあとはそこの桜並木をまっすぐ行けば着きますから」
「だから、区役所はもういいんだって…。君の名前、さくらだっけ?」
「はい」
「いい名前だな。君と会えて良かった、ありがとう!」

男は、桜並木を歩いて行った。

「小田ちゃん、あれ誰?」
「ちょっと道を教えてあげたんです」


───明日輝くために息も切らさず走り抜けた
     過去を 未来を 自分を 遠回りしてた昨日を越えて
       桜の花、舞い上がる道を───




投稿日:2014/03/12(水) 21:12:05.64 0




















最終更新:2014年03月18日 15:09