引き出しの奥から、一枚の写真が出てきた。
それは昔、まだ私が日本にいた頃の写真で、隣には高橋愛が写っていた。
写真の中のまだ若い二人。当時の記憶が甦る。
私が独りで歩いていると、愛ちゃんは甘いフレグランスと共に近づいて来て、肩を組み顔を寄せて言った。
「リンリン、大丈夫か?」当時の愛ちゃんは私の顔を見るたび、そう声を掛けた。
「ハイ。バッチリデス」私は決まってこう答える。
「ほうか。良かった」中国から日本に来て、単身で暮らしている私を、常に気に掛けてくれていたのだろう。
「愛チャン。イツモ、良イ匂イ、シマスネ。香水、何ツケテルデスカ?」
「何もつけとらんよ。きっと、シャンプーの香やろ」
目をつぶり、写真に鼻を付けてみる。もちろん匂いなどするはずもないが、愛ちゃんの声が耳に蘇る。
「リンリン、大丈夫か?」
今、はたと気付いた。あれは……あの呼びかけはきっと、半ば以上、愛ちゃん自身に問い掛けていたのではないだろうか?
「リンリン、大丈夫か?」そう言って近づいてくる愛ちゃんは、いつもどこか疲れていた。
母となった今だからこそ分かる。
抱きしめた子供の重みに、心救われる時がある事を。
写真を机の奥に仕舞い、引き出しを閉めた時、何故か胸が切なくなった。
熱い衝動に再び引き出しを開き、もう一度写真を手に取った。
あの頃、愛ちゃんから、たなびく様に放たれていた甘い香が、今の私からもしているのだろうか?
最終更新:2010年06月13日 20:08