『リゾナンターЯ(イア)』 - 7








喫茶店には衣梨奈・遥・香音・優樹が残り、あとの四人が花音たちについて行くこととなった。
一つは、話し合いのために全員が来る必要がないという理由。
そしてもう一つの理由は、全員で来ることの危険性。

先の「赤の粛清」との対決において全員で出撃したため、危うく全滅する事態にまで追い込まれた。
万が一のことを考え、喫茶店に半分のメンバーを残したのだ。
相手が警察を名乗っているとは言え、とてもではないが友好的な態度とは思えなかった。最悪、刃を交えることになるかもしれない。

「ちょっと聞きたいんだけど」
「なに?」

道中、里保が花音に訊ねる。
振り返る花音の表情は、まさしく人を食ったような顔つき。

「さっきからうちたちをつけてる連中、知り合い?」
「さあ?花音のファンじゃない?」

口から出る言葉もまた、相手を小馬鹿にしたような内容だった。
ただの話し合い、情報提供では済まない。里保は波乱の展開を確信していた。

花音たちの後ろを離れて歩く、空ろな目をした男たち。
スーツ姿の男、Tシャツの男、コックみたいな格好の男もいる。

「譜久村さん、あいつら…福田花音ってやつの手下じゃ」
「わからない。でもたぶん、この街中じゃ仕掛けてこないと思う」

状況を訝る亜佑美に、聖が推測を立てた。
仮にも警察という肩書きのある人間だ。何か事を起こすなら、それはきっと人目につかない場所。


「大丈夫です。何かあったら『五感奪取』で無力化させますから」

背後から頼もしい内容とは裏腹の甲高い声。
男たちの後ろでは、春菜がいつでも動けるように男たちに目を光らせていた。

果たして一行は町外れの空き地に着く。
人通りの少ないこの場所は、後ろ暗いことをするには絶好の場所でもあった。
花音が立ち止まったことで、ここまでの道のりが終わりを告げることを意味づける。

「こんなところまで連れてきて、さっき言った『いい方法』でも実行するおつもりですか?」

春菜の核心をつく一言。
それに対する答えは。

それまでにやにやしていた紗季が、瞬発力にものを言わせて春菜を急襲。
あまりの速さに対応しきれなかった春菜は、勢いのままに吹き飛ばされた。

「わかってると思うけど、ただじゃ帰さないから」

地に倒れた春菜を見下すかのように、紗季が冷たい言葉を吐く。
突然の理不尽とも言える行為、予感はしていた。ただ、理由が解せない。

「能力者のエリートともあろうお方たちが、何を考えてるの?」
「何を考えてる、か…じゃあ花音の思いついたこと、教えてあげよっか」

あくまでも思わせぶり。
そして、出された答えもまた。

「あんたたちには『赤の粛清』の実力を計る、ものさしになってもらおうかと思って」
「何言ってるか意味わかんない」
「簡単に言えば、あんたたちを叩きのめすことで、同じようにあんたたちを叩きのめした『赤の粛清』の実力を推測しよう。そういうこと」


たったそれだけのために。
この三人は利害関係のないはずの自分達を襲い、危害を加えようとしている。
ありえない。だが、現実である。
その異常性に、否定の言葉をかけた亜佑美ですら強い眩暈を覚えずにいられなかった。

「ごめんね。でも、これが一番効率がいいのかもしれない。私たちには無駄な時間を過ごしてる余裕なんて、ないから」

見たところ穏健派のように思えた憂佳も、花音の思いつきに消極的ながらも賛同しているようだった。つまり、戦闘は不可避。

覚悟を決めるしかない。
一方的にやられるわけにはいかないのだ。
里保が鞘に手を伸ばし、亜佑美が飛び出す構えを見せる。先制攻撃を喰らった春菜も立ち上がり、聖がサポートとして後方へと下がる。

「お利口さん。じゃあ、さっそく始めるわよ」

満足そうに微笑んだ花音の姿が、まるで消しゴムにでも擦られたかのように掻き消えてゆく。
同時に、それまで不気味に背後をついてきた男たちが一斉に襲い掛かってきた。手には鉄パイプやら、細い鉄骨を束にしたものが握ら
れている。空き地の隅の建設資材から持ってきたものだろう。

「何がファンよ!やっぱあんたの知り合いじゃない!!」

亜佑美が憤るも、まずは目の前の敵に対応しなければならない。
スイッチを切り替えると、自らの能力である高速移動で三人の男たちを撹乱する。


一方、紗季と対峙する春菜、そして里保。
いつでも抜刀し切り伏せられるように、里保がじりじりと相手との距離を詰めるのに対し。
紗季は、懐から日本刀にはとてもではないが抗えない小ぶりのナイフを取り出す。

「そんな脆弱なものを出して、後悔しますよ?」
「はるなん、油断しちゃだめ。相手はまだ自分の能力を出してない」

先に刃物を抜いた迂闊さを警告する春菜だが、里保は自らの警戒を緩めない。
何かはわからないが、禍々しい気を相手から感じるのだ。

「そのちんちくりんの言うとおり。判断するのは紗季の能力を見てからでも、遅くないよ」

里保の予感は的中した。
紗季はその鋭い刃先をあろうことか、自らの胸に突き立てる。
胸の部分から溢れる、鮮やかな赤。

「なっ、何を!!」
「慌てない、慌てない。楽しんでってよ。紗季の『黄泉の番人(ヘルゲート・キーパー)』」

相手の奇行とも言うべき行為に、さすがの里保も動揺する。
春菜にしても同じだ。しかし相手はその時間すら与えない。

紗季は、胸にナイフが刺さったまま、春菜たちに向かって来たのだ。
ありえない状況に、春菜の身が固まる。その隙を紗季は見逃さなかった。

唸る拳。
それは春菜の左頬を強く捉える。
脳を揺さぶられるような衝撃。ともすれば気絶しそうなくらいの痛みを、寸前で痛覚自体をシャットアウトし防いだ。
派手に吹っ飛ぶ春菜。自ら繰り出したパンチの威力ににやけている紗季を、里保が火の出る勢いで襲撃する。


相手は確かにはるなんを殴った時に派手に骨折していた。つまり、殴った手の側である右方面の攻撃は有効!!

水軍流の師匠である祖父から譲り受けた「驟雨環翻」。その透き通る刀身が露になり、紗季を右から左に袈裟懸けする。だが。
紗季は斬られたことなど意に介さないかのように、むしろ笑顔すら見せながら里保との間合いを急速に縮める。眼前に迫る紗季の顔を見
て、里保は理解した。

この子、死んでる。

刀を振り下ろし無防備な里保に、力任せのミドルキックが振り下ろされた。
あばら骨が数本へし折られる、鈍い音。力を振り絞り、追撃を避けるために大きく後ろに下がらざるを得ない。返す刀で相手を斬ろうに
も、斬撃自体が通用しなければ待っているのは致命的な二撃目だからだ。

「里保ちゃん、はるなん!!」

すかさず里保と春菜の治療に当たる聖。
まずは、春菜の折れた左頬に手を翳す。癒しの力が、砕かれた骨を元に戻してゆく。

「あの子、まるで自分の体が壊れることなんてお構いなしみたいな殴り方でした」
「…あれは、死を恐れない人間の動きだよ」

同じく聖に手当てを受ける里保。
何かの一線を完全に越えてしまっている、そう彼女には感じられた。

「死を恐れない?確かにそうかもね。だって紗季の力は、『自由に死と生の間を行き来できる』能力なんだもん」

馬鹿げている。
けれど、現実としてそれが目の前にある。逃れられないものを、三人は突きつけられていた。



喫茶リゾナント。
そこでは花音たちとともに「話し合い」に向かったメンバーたち以外、つまり衣梨奈、花音、優樹、遥が残っていた。
リゾナントを守るという理由も勿論のこと、一般人と皆に思われているさくらの保護という側面もあった。

あの人たち、強そうだった。

さくらは、この喫茶店を訪れた花音たちの実力を瞬時に把握する。
同時に、喫茶店を出た里保たちとの能力比較を始めた。導き出される答えは、一つ。

鞘師さんたちは、あの人たちには勝てないかもしれない。

ただの話し合いが、どうして決闘という結果になるのか。
それは、花音たちの表情、そして態度。生まれた時から研究員たちに囲まれて暮らしていたさくらからすれば、彼女たちの持つ激しい感
情など手に取るように理解できる。
あの激しさでは、話の流れが戦いへと転じるのは必然だろう。そもそも本当にただの話し合いなのかという疑念すらある。

「…どうしたのさくらちゃん、そわそわしちゃって」
「いや、何でもないです」

さくらの様子が気になったのか、声をかける香音。
さくらの心は。このまま黙って見過ごすべきか、それとも里保たちの後を追うか。二つの選択肢の間で揺れていた。
ただの観察対象である彼女たちを助ける必要などあるのだろうか。いや、これは「無償の救済」の意味を知るいい機会だ。ならば、行く
しかない。


「すいません、ちょっと外へ」
「外は危険やけん!!」

が、喫茶店の玄関へと向かうのを衣梨奈に止められる。

「…何が危険なんですか?」
「それはその、うまく言えんけど!でも里保たちが帰ってくるまでは!!」

明らかに勢いだけで押し通そうとしているのが見て取れる。きっとこの人は不器用なんだ。さくらはそう理解するが、外に出してもらえ
ない理由までは理解するつもりはない。
ところが立ちはだかる第二の壁は容易くはなかった。

「おいお前!怪我してんだろうが!だったら外でふらふらして何かあったら、お前の親御さんに申し訳ないだろ!!いいからみんなが戻
るまでここで大人しくしてろよ!!」

チワワみたいな顔をして、もっともらしいことを言う。おまけにこちらにささやかな悪意まで加えている。さくらは遥に恨まれるような
ことをしているつもりなどなかったが、ここまで言われてまで外に出たいかと言えば、そうでもない。
能力を使えば。彼女たちの包囲網から抜け出す事は容易いだろう。ただ、その時点で今回の観察は終了。能力者の前で再び能力を使う迂
闊な真似はしたくはなかった。

「わかりました」

簡素に、了承の姿勢を見せたつもりだったさくら。
けれど、心の奥底に何かが引っ掛かる。言葉にはできない。けれど、大切なのかもしれない何か。


「何かまさトイレ行きたくなっちゃった」
「…緊張感のないやつだな」

それまでぼーっとしていた優樹が、突然そんなことを言い出した。
間の抜けた言動を、さっそく遥に突っ込まれる。

「ねえさくらちゃん、一緒にトイレ行こうよ」
「え?」
「まーちゃん一人でトイレも行けんと?」
「だって怖いんだもん!!」

さくらは困惑する。
彼女は自分よりひとつだけ年下だと言う。その割には言動があまりにも幼い。周囲からは可愛がられているようだが、さくらから言わせ
ればそれは甘い幻想。夢から醒めれば彼女はきっとそれまでの至らなさを後悔するだろう。

「あの、トイレくらい一人で…」
「いいからいいから!ほら、行こ行こ!!」
「あのなあ、トイレならハルが」
「べーだ!今はまーどぅーよりさくまーだもん!!」

遥に悪態を吐きつつ、強引にさくらの手を引っ張る優樹。
その力にさくらが逆らえなかったのは。わからない。でも今はこの流れに身を任せたほうがいい。そんなことを本能的に感じたからなの
かもしれない。





投稿日:2013/10/05(土) 20:54:15.27 0


☆☆


場面は再び、亜佑美と花音のもとへ。
高速移動で男たちの攻撃をかわし続ける亜佑美に、嫌味っぽい声が語りかける。

「ねえ、逃げてばっかりでつまんなくない?ほらほら、殴っていいよ?」
「言われなくても!!」

電光石火の足捌きを止めた亜佑美が、ステップを溜めた力で向かってくる男の鉄パイプを掻い潜り反撃。鳩尾に入った拳が、男に低い呻
き声を上げさせる。

「あーあ、やっちゃった」
「はぁ?やれって言ったのはあんたのほうじゃん!!」
「そうだけど…そのおじさん可哀想だなって。正気に戻れば会社勤めの普通のサラリーマンなのにね」

完全に他人事。
だが、裏を返せば、正気にしていないのは間違いなく花音の能力。

「花音の能力は、『隷属革命(シンデレラレボリューション)』。こういうどこにでもいるような人たちを、花音の召使にしちゃうの。まさに、能力
の革命でしょ?」

自らは手を汚さずに、第三者を犠牲にして相手に危害を加える能力。
まともな神経の持ち主なら、唾棄すべき力。特に、生真面目な亜佑美にとっては。

「気にいらないね。しかも、あんた自身は姿を隠してる。絶対に『安全地帯』から引きずりだしてやる」
「まあ、頑張って?無駄な努力だと思うけど」

姿は見えずとも、ほくそ笑む花音の顔が見えてくるようだ。
亜佑美は、自らの取っておきを使うことにした。それはついこの間、遥に見つけてもらった「取っておき」。


再び亜佑美に襲い掛かる、三人の男たち。
何の罪も無い人たちを自分の駒にするなんて、許せない。昂ぶる感情のままに、亜佑美は大きく叫んだ。

「カムオン、リオン!」

亜佑美の体から、青い粒子の渦がすうっと抜けてゆく。
それとともに、彼女の足元に集まった粒子が徐々に何かの形を象りはじめた。

それは、大きな獅子。
四肢を大地に張り、鬣を靡かせるその姿は、まさに蒼き獅子。

「GO!」

呼びかけとともに、リオンと呼ばれた獅子が雄たけびをあげる。
鋭い眼光が三人の男たちを捕らえたかと思うと、次の瞬間には強靭な足が、顎が、男たちの動きを封じていた。

「何それ!聞いてないよそんな能力!」
「あたしも最近『知った』んだよね!!」

言いながら亜佑美は、男たちのいる方向とは逆へと走り出す。
そこには、戦闘には参加していない憂佳の姿があった。
何やら左手を翳し意識を集中させていた憂佳は、亜佑美に気付けずそのまま衝突してしまう。

突然の攻撃を受けた転倒した憂佳、するとどうだろう。
姿を完全に消したはずの花音が、みるみるうちに炙り出されてゆく。

花音の姿を消したのは、紛れもなく憂佳。
前線に出ない憂佳を見て、亜佑美は予測を立て行動したが、その読みは当たっていたわけだ。


「カムバック、リオン!!」

その声で、再び体を青い粒子に変える獅子。
急速に亜佑美の体に吸い込まれていったそれは、本来の「高速移動」の力の源となる。

「憂佳何やってんの!早く隠して!!」
「遅い!!」

高速の機動力を生かしたショルダータックルが、花音の体に命中する。
あまりの素早さに防御すらできなかった花音は、惨めに吹き飛ばされ、転がっていった。

リゾナンターの先輩であるジュンジュンに亜佑美が教えられたこと。
自分の能力は、ただの「高速移動」ではない。
それを決定づけたのは、遥のある一言だった。

― ハル、あゆみんの中にさあ…青いライオンが見えたんだよね ―

自らの裡に潜む、獣の存在。
ジュンジュンが亜佑美に自分と近い能力を感じたのは、その獣のせいだった。
そして、内在する大きな力についてより具体的に考えるようになる。
そうして生まれたのが、「リオン」だった。

亜佑美の持つ「高速移動」は、青き獅子である「リオン」によってもたらされた力。
なぜ、そしていつからそのような力を持つようになったのかは定かではない。
東北の地に存在した能力開発研究所での生活が影響しているのかもしれない。
ただ、自らの青い獣の名が「リオン」であり、自らの呼びかけによって具現化すること。それらは全て、感覚によって知りえたものだった。


「憂佳、痛いよ!早く治して!!」

亜佑美に突き飛ばされた花音は、地面に転がったままそう喚き続けた。
慌てた憂佳が花音のもとに駆け寄り、そして右手を翳して花音を治療する。

あの子、まさか「二重能力者(ダブル)」?

その様子を見た亜佑美が、自らの予測に疑問を呈す。
二重能力者 ― デュアルアビリティ ― 通称、「ダブル」。本来であれば一個人に対し、一つの能力しか持ちえないという基本原則に
反した存在。ただし、基本ありえない能力を持つがゆえにその威力は絶大である。

身内で言うなら、かつてのリゾナンターのリーダーだった高橋愛が「ダブル」であった。人の心を読む能力と瞬間移動によって繰り出され
る体術は他を圧倒し、ダークネスの脅威となっていた。しかし今は彼女はもう「ダブル」ではない。i914との統合を果たした結果、読心術
と瞬間移動の能力は失われ、代わりに光を操る能力を手に入れていた。

「…花音を突き飛ばしたくらいでいい気にならないほうがいいよ。だってこんなの、全然本気じゃないから。本気になれば、何百人、何千
人の人間を動かすことだってできる。そうなったら、あんたのちっぽけな能力如きじゃ抑えられない。それに」

花音が、視線を向こう側へ移す。


「あんたのお仲間たち、サキチィ相手に苦戦してるみたいだけど」
「えっ!!」

その言葉に驚きを隠せない亜佑美。
視界に飛び込んだのは、負傷し聖に手当を受けている里保と春菜の姿。
たった一人に手傷を負わせられているという結果は、信じがたいものがあった。

「憂佳たちは、あくまでも『スマイレージ』の後方支援。でも、紗季ちゃんは違う。『あやかちゃん』と並ぶ、攻撃の要だから」

憂佳の言葉には、仲間に寄せる絶大な信頼が見てとれた。
だが。

「それだったら問題ないね。だって、鞘師さんも『リゾナンター』の攻撃の要だし」

亜佑美も負けてはいなかった。そして、信じていた。
里保と春菜、そして聖の実力を。



生と死を入れ替えつつ襲い掛かる狂戦士を前にして。
二人のことを治療しながらも、聖は不安を覚えていた。
里保と春菜、二人の治療は済んでいた。折れた骨も、すっかり元通りになっている。だが、相手の不気味な能力を目の当たりにして、心が
折れていないだろうか。体の負傷は治療できても、心の治療まではできない。

でも、きっと大丈夫。

聖は思い直し、二人のことを信じる。
メンバーの中でも前向きな二人、特に里保については鋼でできているんじゃないかと思うくらいの精神力を持っている。現にあの「赤の粛
清」との戦いの中で唯一最後まで抗って見せたのは他でもない彼女自身だ。

聖の信頼を受け止めるように、里保が「驟雨環翻」を再び構える。
春菜もまた、次の攻撃に備えて前傾姿勢を取っていた。

「ばっかじゃないの?紗季のチカラを見てなお立ち向かってくるなんて。無駄無駄、無駄なのれすぅ。生と死の狭間に立つ者に、生者がか
ないっこないんれすぅ」

戦いにおいて絶対に「殺されない」という自信は、すなわちそのまま戦闘力を限界まで引き出すことに繋がる。防御のことなどまるで考え
なくていい、なぜなら「殺されない」こと自体が最大の防御なのだから。自負が、そのまま紗季の余裕の表情に結びついていた。

里保と春菜が、ほぼ同時に出る。
さらにその中央から、聖が最早自らの持ち技のような念動力による射撃を繰り出した。
だが紗季は。心臓と頭、その両方に念動弾を食らいつつ。里保の刀を掌に突き刺させ、春菜の拳を平然と鳩尾にめり込ませた。

「みずきぃ。いつからこんな芸当できるようになったの?心臓と頭を正確に打ち抜く。才能あるんじゃない?でも…」

言いながら、突き刺さった刀を絡め取り引き寄せた里保に強烈な蹴り。
春菜の手首を掴んだまま体を捻り、地に倒す。
攻撃が、まるで効いていない。


「やっぱ所詮はうちらの仲間になれなかった落ちこぼれだよね。ここにいる弱っちぃ連中とつるんでるのがお似合い。同じ『落ちこぼれの七
人』相手に辛勝しかできないレベルだわ」

落ちこぼれの七人。その単語を、聖は聞き逃さない。いや、聞き逃すはずがない。
自らの価値を、聖たちリゾナンターに打ち克つことで証明しようとした、七人の少女たち。幼い記憶をともにした、かつての親友。

「…彼女たちを知ってるの!?」
「知ってるも何も。あんた外部の人間だから知らないんだね。仙石みなみ。古川小夏。森咲樹。佐藤綾乃。佐保明梨。関根梓。新井愛瞳。
あんたたちをこの前襲ったあの子たちも、うちらと同じ『エッグ』なんだよ。正確には、少し違うみたいだけど」

聖は、能力開発部署にいた時のことを思い返す。
中学に入ってすぐに異能力を発現してしまった聖は、当時のリゾナンターのリーダーであった高橋愛の伝手で一時的に警視庁の異能力開
発プロジェクトに身を置くこととなった。その時に出会ったのが、花音たち三人組だった。
彼女たちのことはあまりいい印象がないせいか憶えていたが、そこに明梨たちもいたなんて。
そんな追憶を、心無い言葉で邪魔をするものがあった。

「あいつらは、『スマイレージ』になれなくてドロップアウトした出来損ない。紗季たちエリートとは比べようがない。それなのに、上
から認められたくてわざわざ頼まれてもないのにあんたらに勝負を挑んで…暑苦しい。泥臭い。かっこ悪い」

忌々しげに言う、紗季。
彼女は、同じ「エッグ」として彼女たちとひと括りにされることを嫌っていた。故の嫌悪感、罵倒。だがそれは、聖の心の琴線に触れる
こととなる。

「…許せない。聖のことはいくら言われてもいい。けど、聖たちを倒すことに一生懸命だった、誰かに認められようと必死で戦ってきた
あの子たちを馬鹿にするのは絶対に許さない!!」

珍しく怒りを露にする聖。
そして里保も、春菜も。


「あんたたちスマイレージがどれだけ偉いか知らないけど」
「その高慢な鼻の柱、折らせてもらいます!!」

二人もまた、七人の挑戦者たちと拳を交えていた。
だからこそわかる。彼女たちの真摯さが。そしてそれを踏み躙る、目の前の相手の酷さが。

「許さないのは勝手だけど。紗季の能力は最強だから。あんたたちに破れるほどちゃちなもんじゃないんだよ!!」

吠える紗季。
里保が、腰のホルダーからペットボトルを取り出して中の水を地面に零した。
地中から浮かび上がる、大小の水球。
水球が紗季目がけて一斉に放出されるのと同時に、里保もまた動き出した。

「学習能力ないのかよ!あんたの刀も、水も!!紗季には通用しないんだよ!!」
「そんなの、やってみなきゃわからない!!」

銃弾のように打ち出されたかに見えた水球が、衝突の寸前に激しく霧散する。
目の前には即席の濃霧、紗季の視界から里保が消えた。

「くそ、前が!ど、どこに…」
「ここだよっ!!」

霧が晴れるとともに姿を現した里保、「驟雨環奔」を刺突の型に構えて紗季の腹を貫く。

「だからそんなものが」
「おりゃああああっ!!!!」

それで終わりではなかった。
里保は、体全体を紗季に預けて地面に倒れこむ。つまり、刀によって紗季は地面に打ち据えられた形になる。


「ちくしょう!でもこんな刀、すぐに抜いてやる」
「そうはさせない!」
「はぁ?って、何、何なのこれ!?」

聖の叫びに抗う紗季だが、そこで初めて異変に気がつく。
いつの間にか全身が、ピアノ線のような細い糸に絡め取られていることに。そしてそれが、地中から思い切り紗季の体を引っ張っている
ことに。

「死人になるのも考え物ですよね?あなた、譜久村さんが生田さんからお借りしたピアノ線で体をぐるぐる巻きにされてるのも気づかな
いんですから」
「くそ、何だよこれ、ふざけんな!!」

糸の拘束から必死に逃れようとする紗季、しかし糸は謎の力によって紗季を下へ下へと引っ張り続ける。

「香音ちゃんの物質透過で、糸を括りつけた建設資材を地中に沈めたから、無理に引きちぎればあなたの体もただじゃ済まない」
「ばーか!!何度も言わせるな、こんなもの不死の能力で!千切れたってすぐに再生させれば」
「そう仰ると思いました」

聖の背後に、春菜。
そこへ聖が言葉を付け加える。

「あなたの負けよ、紗季ちゃん。あなたは肉体の生死は自由に操れるけど、精神までは殺せない。もし聖がえりぽんだったら、糸に絡め
た時点であなたの精神は焼き切られる」
「…みずきぃ、お前、同時に保有できる能力、いくつだよ」

今度は紗季がほくそ笑む番だ。


「治癒能力。念動弾操作。物質透過。あとは何?もうすっからかんじゃないの?どうせ精神破壊ははったりだ、見てなよ、この糸を千切
りながら体を再生して…」
「体を、『再生』?」

糸を体に食い込ませ、体を千切ることでその場を抜け出そうとする紗季に、春菜が声を掛ける。

「再生って、一旦体を生き返らせてからじゃなきゃできないですよね?」
「当たり前じゃん。何言ってるんだよ」
「確かに譜久村さんは生田さんの能力まではお借りすることはできませんでした。だから…」

聖の背後で、自信ありげに微笑む春菜。
その手から伸びている、何かがきらきらと光っている。
地中に沈む重しを経由して紗季の体へと伸びる、ピアノ線。

「おいお前!!」
「あたしが生田さんの能力の代わりに。『五感強化』!!」

瞬く間にピアノ線を伝導していった春菜の能力は。
再生の力を使うために体を一度生の世界へと戻した紗季の感覚を大幅に増幅させる。
当然、ピアノ線に刻まれることで発生する痛覚をも。

「ぎゃああああああああああっ!!!!!!!!!!」

ピアノ線が肉を裂き、鮮血を迸らせ。
その現象によって発生する痛みが、何倍にも増幅される。
この世のものとも思えぬ叫びを発する、紗季。
精神的に大ダメージを負ったのか、そのまま昏倒してしまった。





投稿日:2013/10/06(日) 03:17:54.41 0


☆☆☆


「言ったでしょ。鞘師さんは攻撃の要だって。そして譜久村さんとはるなんのサポートも」

 紗季が負けた結果を受け、亜佑美が得意のどや顔を披露する。
 何かを言いたげな憂佳。しかし内に秘めた言葉は形になることはなかった。

 大地に磔にされている紗季をそのままにした状態で、勝利の凱旋のようにこちらに向かってくる、里保、春菜、聖。あくまで
 も辛勝、組み合わせが違えば大敗さえ喫した可能性すらある。だが、結果としてリゾナンターは打ち勝った。そんな思いがメ
 ンバー全員の中にあった。

しかし。
 花音は。福田花音は、この結果に納得していなかった。
 確かに自分達三人はこんな程度の戦いに全力など出してはいない。さらに言えばスマイレージのリーダーである人物を欠いて
 の戦闘は、彼女たちの本領をまるで発揮していないとさえ言える。

それでも、花音は許せない。
リゾナンターの出来損ないのような連中に、一瞬とは言え、虚を突かれたことを。

 勝利に酔いしれたその顔を、青ざめさせてあげる。

 花音には、ある種の持論があった。
 それは、勝利に浮き足立った敵陣営に冷や水を浴びせその後の戦力に大きな影響を与えるための手法。
 人間は、自らが勝利を確信してからの2.4秒間は相手方の反撃のことはまるで考えられない。花音は、その魔の時間を「2(に)4(よん)」と呼んでいた。

 自らの姿は、憂佳が消してくれている。
 相手は無防備にも背中を見せている。そこを、襲う。
 彼女たちの物差しの役目は終わった。結論は、今の自分達なら「赤の粛清」と十分渡り合える。それは「赤の粛清」の討伐への大きな収穫だ。


でも、もう一つくらいは手土産が欲しいかな。だって花音、欲張りなんだもん。

自然に笑みが零れてくる。
「24の時間」の隙を突かれ、絶望に染まる少女たちの姿は、花音にとって何よりの愉悦だった。
そしてその笑顔のまま腰から戦闘用ナイフを抜き、無防備な春菜の背中に凶悪な刃を。

「飯窪さん、後ろです!!」

突如向こうから聞こえてきた、大きな声。
咄嗟に春菜は「五感強化」の力を発動させる。微妙な空気の揺れ、呼吸音。背後に敵がいることを認め、大きく後退する。

「せっかく一人くらいは再起不能にできると思ったのに。思わぬ邪魔が入っちゃった」

ついさっきまで凶行に及ぼうとしていたとは思えない、悪戯っぽい笑みを見せながら、姿を現す花音。憂佳が諦めたかのように、首を振った。

「姿が消える能力…憂佳ちゃんの?え、でも、憂花ちゃんの能力は確か治癒だったはずじゃ…」
「これは・・・『桃香ちゃん』から貰った力だから」

記憶の片隅にある憂佳の能力。
聖は、警察預かりの時代に何度か彼女が仲間たちを治療しているのを見かけていた。
だが、今しがた披露してみせた力もまた憂佳の能力であるならば、彼女は二重能力者ということになってしまう。

そんな聖の思考は、突然横から入ってきたひとつの影によって遮られる。
地面に縫い付けられていたはずの紗季が、糸の呪縛から脱出し襲撃を加えたのだ。

「あんな程度で紗季を倒したと思ってもらったら、困るんだよね」
「そうですか?不死能力以外は普通の女の子と変わらないってわかって、私たちはちょっと安心しましたよ?」

春菜の指摘は正しかった。
生と死を自由に使い分ける驚異の能力者、しかし肉体的に、そして精神的にはそこらにいる少女と変わらない。例を挙げるなら、衣梨奈のよう
な精神攻撃を得意とする能力者と相対した場合、圧倒的不利を蒙ることになるだろう。


「それで勝ったつもり?冗談じゃない!あたしたちはただ単に『物差し』としてあんたたちを使っただけ。こんなの、最初から
真剣勝負からはかけ離れた茶番なんだよ!!」

紗季が怒りに任せ、叫び声をあげる。
再び場に緊迫した空気が張り詰めた。
春菜は、亜佑美は、聖は。三人を前にして苦戦を覚悟した。乱戦ともなれば、花音の能力や憂佳の能力が最大限に生かされてく
るはず。

しかし。
里保は構えていた刀を、鞘に納めた。

「十分でしょ。『赤の粛清』の能力を測るための行為に、これ以上の戦闘が必要?」
「だね。もう、やめよう?」

そして、敵サイドの憂佳もまた荒ぶる紗季を制する。
はじめは納得がいかないような顔をしていた紗季、だが花音もまたとりあえずの敵意を取り下げているのを見るとふて腐れたよ
うに後ろに下がっていった。

「…御協力、感謝するわ。何か『赤の粛清』には楽勝で勝てちゃいそうな感じ?うちには隠し玉の『リーダー様』もいるしね」
「あまり『赤の粛清』のことを甘く見ないほうがいいと思う」
「あらフクちゃん、それは旧友としてのアドバイスだと受け取っていいのかな?でもお生憎様、あんたみたいな劣等生に心配さ
れるようなあたしたちじゃないから」

花音は聖を、リゾナンターを見下す姿勢を崩さない。
それは、最早体の底にまで刻まれている信念のようなものにすら見える。


「それじゃ、私たちはこれで…」
「紗季、やっぱあんたたちのこと嫌い。次会ったらモノが言えない位に叩き潰してやる」

憂佳が。紗季がその姿を景色に溶け込ませてゆく。
最後に、花音が。

「あたしたち『エッグ』はさ、その出自のせいかな。あんたたちリゾナンターの存在、生理的に受け付けないんだよね。『赤の
粛清』を倒したら、次はあんたたちの番になるかもね」

厭らしい笑みを浮かべながら、花音が姿をゆっくりと消してゆく。
三人がいなくなった空き地には、そこはかとない悪意だけが地面のあたりを漂っていた。

「彼女たちの出自。殆ど存在しないはずの二重能力者がいるのも、その出自が関係してるのかな」

聖が、ぽつりと呟いた。
彼女が戦い、そして勝利した七人の挑戦者。その中の一人である仙石みなみは、双子を一人に融合させたことで複数の能力を得
る事ができたと語っていた。ならば、憂佳もまたそのような非人道的手法によって二つの能力を手に入れたのだろう。

警察の中にあって、自分達に敵意を向ける存在。
その事実は、聖にとってただ戸惑わせるだけのものでしかなかった。

「さくらちゃん、どうしてここへ!!」

そんな中亜佑美の、素っ頓狂な声。
それは、花音の不意打ちを未然に防いだ一人の少女へと向けられていた。


「あの、みなさんのことが心配で…つい・・・」

全員の視線を一手に集めたさくらが、申し訳無さそうに釈明する。
リゾナンター側としては、危険な場所に一般人が迷い込んでしまった、という解釈。果たしてどこまで見られたのか。もし、能
力を行使している場面を目撃されていたら。場合によっては、深刻な状況。

「よくわからなかったんですけど、飯窪さんの背後から危ない予感がしたんで叫んじゃいました。ごめんなさい」

しかしさくらの一言が、里保たちの警戒を解く。
一歩間違えれば危険な状況にもなり兼ねなかったが、まずは。

「ありがとう、さくらちゃん。あなたが教えてくれなければ、私は怪我をしていたかもしれない」
「・・・さくらちゃんの、おかげだね」

春菜は、自らのピンチを救ってくれたさくらに素直に感謝の意を述べた。隣の亜佑美も大きく、頷いている。

さくらの心に、柔らかな日差しが差し込む。
あの時と同じだ。路上で春菜に余興芸を褒められた時に感じた、思い。それは決して悪いものではなかった。

人を助けると、こういう気持ちになる? だから鞘師さんも、私を助けたのかな?

少しずつ、謎が解けかけている。
もっと、答えが知りたい。さくらの中で、そんな気持ちが急速に大きくなってゆく。彼女に与えられたタイムリミットが近づ
くのと、同時に。




時は、夕刻を迎えようとしていた。
生を刈り取ることを生業とする赤い死神は、真っ赤な血のような夕陽を目にする度に思い出す。
幼い時に、光射す少女と交わした約束の事を。

スペードは剣、ハートは心臓、

粛清人はその日のことを思い返す。
鞄から取り出された、木製のケース。銅板で角が縁取りされた、宝箱のようなケースを開けると、ハート型とスペード型の小箱が
収められていた。自らはスペードを選び、そして彼女はハートを選んだ。

剣が心臓を刺し貫くのは、必然のことなのかもしれない。

i914、つまり高橋愛がダークネスを離脱した時。
そこから、「銀翼の天使」が喫茶リゾナントを襲撃する日まで。
色あせた思い出は記憶の蓋に仕舞われ、時の経過とともに朽ち果ててゆくのかと思っていた。だがそれは大きな認識違いだという
事を思い知らされる。

他の誰かに殺されるなんて、絶対に許さない。
約束は、果たされなければならない。それは忘れかけていた思い出とともに揺り起こされた、炎のように色濃い意志。

こうして人影すら見当たらない高層ビルの屋上に佇んでいても、時が近づいているのがわかる。
それは、約束が果たされる時。
条件は既に整っている。数日前から、小蝿のように自らの周りを纏わりつく存在。愛をおびき寄せるのに格好の餌となるのは間違いない。

空は、赤と青が入り混じる。
夜の青に磨かれた白い月が、緩やかに「赤の粛清」を照らしていた。





投稿日:2013/10/13(日) 12:47:58.01 0


☆☆☆☆



喫茶リゾナント。
優樹は、カウンター席に座りながら思案中。

「さくらちゃん、うまくいったかなあ」
「優樹ちゃん、何が?」
「え、いや、こっちの話こっちの話。イヒヒー」

笑って誤魔化すも、向けられる香音の視線は疑惑の眼差しそのもの。
だが、作戦が成功しさえすれば何の問題も無い。優樹には根拠の無い自信があった。


今から十数分前。
さくらを強引にトイレに誘った優樹。個室の前まで来るとやおら、さくらのほうへと向き直る。

「さくらちゃん、鞘師さんたちのところへ行きたいんだよね?」
「どうしてそれを」

さくらは、驚きの表情を隠せない。
優樹ははっきり言ってしまうと全く警戒していなかった人物、そんな彼女に自らの心の裡を言い当てられるとは思っていなかったのだ。

「…佐藤さん、お願いがあります」

少しの沈黙のあと、さくらは神妙な顔つきでそんなことを口にした。
これが先ほどの「鞘師さんたちのところへ行きたい」に掛かっている事は、さすがの優樹にも理解する事はできる。


「今から私がしようとしていることを、見逃して欲しいんです」

さくらは、トイレの個室の窓から店外に出ることを思いついていた。
あとは目の前に居る少女さえ言いくるめることができれば。しかし、話は思わぬ展開を見せる。

「ダメー」
「え…」
「そこの窓から抜け出すつもりでしょ?それじゃ間に合わないよ」

優樹の言うことは正しかった。
そこから脱出に成功することはできても、里保を探す時間、向かった場所までの距離。さくらの望むものを手に入れるためには、乗り越
えるべき壁は少なくなかったからだ。

「さくらちゃん、ちょっと目閉じてて」
「……?」
「いいからいいから。まさにおまかせー」

さくらはひどく戸惑う。
ただ。優樹が何をするつもりかはわからないが、何故かにやにやしている彼女を見ていると、話の流れがうまい具合に運ぶ。そんな気が
してしまう。
ついにはこちらが目を閉じていないにも関わらず、強引にさくらの目を自分の手で塞ぐと、一言だけ。

「鞘師さんのとこに、飛んでけー」

そう。
優樹は、自らの物質転移能力でさくらを里保たちがいる場所へと飛ばしたのだ。
しかし、それと同時に複数の足音がこちらへと迫ってくる。


「優樹ちゃん!今、力使ったっちゃろ!!」

真っ先に駆けつけたのは、メンバーの中でも特に能力感知に敏感な衣梨奈。
続いて香音、遥もトイレに入ってきた。
彼女たちの視界に飛び込んできたのは、誰も居ないトイレと、閉まっている個室。

「♪きーみーをまーもるぅー、ほーしーをまーもるぅー」

個室から聞こえてくる歌声。
それは誰の耳からしても、さくらのものとしか思えない。

「まさか、優樹ちゃん外に出てしまったとかいな!」
「あいつ、こんな時に!!」

三人は個室の中にいるのはさくらだと判断し、優樹を探すためにトイレを出て行った。
優樹は、リゾナントのメンバーたちの物まねを披露したさくらへの対抗心からか、密かにさくらの物まねを研究していた。まさか、こん
な時に役立つとは思いもしなかったが。

その後、何食わぬ顔をして店内に戻る優樹。
こうしてさくらはメンバーに気づかれること無く、外出する事に成功していたのだった。


優樹は決して頭のいいほうではない。
だからさくらが里保たちのもとへ行きたい理由、一般人が争いの場に向かうことの危険性について理解できているとは言いがたい。
だがその分、本能的なものを嗅ぎ分ける力は人並み以上にあった。彼女がさくらの意志を汲んで外に出したのも、そうすることで何かい
いことがあるのではないか、と漠然とした気持ちがあったからだった。


「ただいまー!!」

聞きなれた亜佑美の声。
優樹は飛び上がって玄関口へと駆け出す。
彼女たちの帰りを待っていた他のメンバーも優樹に続いた。

「おかえり!その様子だとやりあったみたいだね」
「うん。でも、勝ったから」

聖の治療でだいぶ目立たなくなってきているものの、紗季に手ひどくやられた春菜は手足の所々に擦り傷が残っている。
それを見て向こうでの出来事を察した香音に、里保が簡素に、けれども確かな勝利を伝えた。

「あいつら生意気やったけん、いい気味ったい!!」
「…でも警察の連中に睨まれるのは、いい傾向とは言えない」

勝利の一報を聞きしてやったりの衣梨奈とは裏腹に、聖の表情は冴えない。
本来ならば警察組織とは反社会的能力者、特にダークネスのような巨大な組織と戦う上で協力関係にあらなければならないからだ。

「警察の能力者にも色々な人がいるでしょうし、ああいった方たちだけじゃないとは思いますけど」
「いたらいたでいいじゃん。ハルがまとめてぶっ飛ばす!!」

勇んでみせる遥、しかし四人の仲間の後ろにいる少女の姿を見つけるや否や、険しい顔になる。

「あれお前…なんで、鞘師さんたちと一緒に居るんだよ」

当然の疑問。
さくらが入っているはずのトイレから外に出るためには、店舗内を通らなければならない。だが、遥たちはさくらが戻ってくる姿など見
ていなかった。というわけで、自然に視線は優樹のほうへ。


「まっまさは何もしてないよ!!」
「何で何も聞く前に、してないとか言うと!?」
「優樹ちゃん、なんかやったでしょ!!」

優樹のありえないほどの、過剰な反応。
やはりこいつはクロだ。そう言いたげな香音の表情。先輩の中でも意外と怖い「すーずきさん」の態度から、必然的に「たなさた
ん」や「みにしげさん」に叱られる展開を予想し涙目になる優樹。

「ごめんなさい!!みなさんには外に出るなって止められたのに、何だか胸騒ぎがしちゃって。つい、トイレの窓の外から…」

さくらの咄嗟の弁明が、優樹の危機を救う。一般人に能力を見られた、ということになれば再び記憶消去の件が再燃してしまう。
優樹を守ることは、さくら自身を守ることにも繋がっていた。

「確かに香音ちゃんならともかく、さくらちゃんならあの窓から外に出られるかも」
「そんなことより、外に出ないでって言ったのに!!」

衣梨奈の失礼極まりない発言に軽く苛立ちながらも、香音の矛先はさくらへと向かう。

「昨日あんなことがあったばかりなのに、また怪我でもしたら!」
「すみません…」

反省した素振りを見せるさくら。彼女からしたら取るに足りないこと、というのが本音だがそれをここで出すわけにいかない。あ
くまでも自分は「悪い連中に襲われ怪我をした一般人」、さくらは与えられた役をこなすことに集中していた。


「でも、聖たち…さくらちゃんに助けられたんだよ」
「何それ」
「不意打ちで襲われそうになった時に、大声出して気づかせてくれて。確かに勝手に外に出たのは悪いことかもしれませんが、さ
くらちゃんのおかげで最悪の事態を避けられたのもあるんですよ」

さくらが責められるのを申し訳なく思ったのか、聖と春菜が立て続けにフォローに入る。
れいなとさゆみが不在の状況で、まとめ役の二人に間に入られては香音もそれ以上は追求できないというもの。

「まあ、せっかく東京に出てきたのにまた怪我なんかしたらつまらないでしょ。今日はお休みなんだし、一日中おとなしくしてる
こと」

最後は里保が無難にその場をまとめる。
これで話が丸く収まった、かと言えばそうでもなく。

あいつ…ぜってぇ怪しい!!

最後まで疑惑の眼差しを緩めない、千里眼の持ち主。
遥はさくらの違和感のある場面を目撃してから、ずっと彼女に不信感を抱いていた。そこには優樹をさくらに取られたという実に
子供じみた動機もあるのだが、それはさておき。

さくらを糾弾するには、証拠がないに等しい。
一瞬だけ姿が消えた、などという曖昧な証言で告発するほど遥は子供ではなかった。疑い、迷い。これからは、ひと時も目を離し
てやるもんか。そう息巻く事で、何とか自らの立ち位置を守ろうとしていた。






投稿日:2013/10/22(火) 18:27:40.82 0























最終更新:2013年10月22日 23:27