■ デスキャンセラー -小川紗季- ■ 



 ■ デスキャンセラー -小川紗季- ■

呼吸が、戻ってきた。
あやちょにサキの力を使うのは、これで何回目だっけ?

ね?
膝の上で安らかに寝息を立てる天使に問いかける。

罠だった。
憂佳と花音とは完全に分断されてしまった。
やがて、ここにも新手が押し寄せてくるのだろう。

あやちょはまだ、しばらくは目覚めない。
せっかくここまでたどり着いても花音がいなければ、『あの子たち』の奪還が出来ない。
サキたち、バカだからね。機械の操作とかマジわかんないし。

とはいえ、小川紗季は何も気にしていない。
元々、最初から罠だとわかった上でここへ来た。いや、罠をかけさせたのだ。


矢口さん程度の考えた作戦で、花音の裏をかけるわけないじゃん。
矢口さん程度の考えた作戦で、あやちょを止められるわけないじゃん。

鼻で笑った。
多少味な事をしてくれたとはいえ、せいぜい離脱するまでの時間がちょっと先送りされただけ。
二人は大丈夫、こんな雑魚共の小賢しい小細工なんかへでもない。自力でここまで降りて来れるさ。
ただ、合流するまでの時間が伸びるのはいただけないな、サキは待たされるのキライなんだ。

だったら。

いっちょ、サキが雑魚の数でも減らしといてやるか!

ダクトの奥にあやちょを押し込む。
ショートカットを飾る、黒繻子織の大きなリボンをまっすぐに直し、
両腰の自動拳銃を引き抜く。

あとはサキに任せて、そこで寝てな、あやちょ。
起きた時には、ぜんぶ、きれいに終わらせとくから!
――――


そう、雑魚がどれほど群がろうが、サキには関係ない。

銃弾?撃ったらいいじゃん!
短剣?刺したらいいじゃん!
地雷?それがどうしたのさ!

サキには関係ない。
痛いのはちょっとだけ。
ちょっとガマンすれば、すぐにふさがる。

サキは死なないから。
サキは死ねないから。

雑魚はいいよなぁ。簡単に死ねるんだから。
うらやましいね…うらやましいよ、まじで。
あーうぜ。うざいなぁ。ほんと邪魔。

銃弾の雨の中を進む。
血しぶきが舞い、小川紗季の腕が、小川紗季の顔が、小川紗季の腹が無残に爆ぜる。
顔の半分がえぐられ、上腕から骨が突出し腹から腸管がはみ出す。

だが、その歩みは、いささかも、とどまる事は無い。

この程度の『傷』、この程度の『死』、どうってことない。

【死人還し(デスキャンセラー;death canceller)】

おぞましき呪いの力。ネクロマンシー。地獄の、門番。


――――
初めて『生き還った』ときは、『死ぬほど』苦しかった。
あの頃のサキは全然、ヘタクソだったから。
能力を、使いこなせてなかったから。
『生き還った』けど、全然身体が『治らなかった』。
『死ぬほど』身体が壊れたままで、『死ぬほど』痛くて苦しいまま、サキは『生き続けた』。
あまりの痛みで気を失い、あまりの痛みで目を覚まし、あまりの痛みで、また気を失う。
でも、『死に続ける』うちに、少しづつ、『身体の治し方』もわかってきた。
能力が上達するにつれ、痛みは軽く、そして死への恐怖も薄れていった。

今のサキには何にも怖いものなんかないんだ。
そう……今のサキには……
――――


小川紗季の周囲が、死者で埋め尽くされる。
彼女によって、『死ぬ事を許された者達』の、累々たる死者の回廊。
憐れな兵士たちの、沈黙の地下墳墓。
だが、彼女に、死者への憐れみなど、微塵もない。
これっぽっちも、ない。

骸の頭を無造作に踏みつける。

自動拳銃の弾倉を交換し、腰に納め、大きく伸びをする。
ようやく、顔の傷がふさがり、内部で骨の修復が始まってきた。
はみ出た腸を強引に傷口に押し込む。
ベルトから医療用綴器を取り出し、無造作に傷口を止めていく…これでよし。
じくじくと血がにじみ出ているが、しばらくすればそれも止まるだろう。

一息ついたかな、
戻ろうか、あやちょのところへ。


……いや、まだだ。

まだ、もう一人、こちらへ、ゆっくりと、歩いてくる、影。

「なんだ、雑魚が残ってたか」

小川紗季は足元の死体を蹴り飛ばし、床に転がる突撃銃を拾い上げる。

発砲。

「外した?いや……」

影は変わらず歩き続ける。
ここがどこか、という事を考えれば、矢口さん達以外に『居て』も、おかしくはない。

「能力者か、丁度いいや、流石に退屈だったんだ。」

どっちにしろ、雑魚だ。
だって、サキは死なないんだから。
敵がどれほど強くても、何度殺されようとも、
永遠に『生き還り』続ける、永遠に付きまとい、必ず追い詰める。


サキはいつまでも死なない。
でも、たった一度、死ぬだけで相手は終わり。
あーかわいそうだねー。

ジャケットから手榴弾を取りだし、影の足元へと放り投げ、
さっき蹴り飛ばした死体の襟首をつかんで盾代わりにする。
炸裂。
とことん災難な死体を投げ捨て、不敵な笑みで煙塵に目を凝らす。

黒繻子織の大きなリボンを、もう一度、まっすぐに、
舌舐めずりをする。

あやちょ、待ってて。
起きた時には、ぜんぶ、きれいに終わらせとくから。

そして、……小川紗季は……



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投稿日:2013/10/04(金) 23:42:49.73 0



















最終更新:2013年10月05日 00:01